骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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第13話:リイジー・バレアレ

「ハムスケ、頼んだぞ」

「承知したでござる!」

 

 ハムスケの元気な声が中央広場に響く。エンリと小鬼の指揮官(ゴブリン・リーダー)を背に乗せ、これからカルネ村へ赴き復興と防衛を手伝うように指示されている。

 出発間際、エンリが改めてモモンガ達に礼を述べる。

 

「あ、あの! モモンさん。本当に、何から何までありがとうございます」

「そのうち何かで返してくれればいいさ」

「はい。ンフィーもまたね」

「うん。こっちの準備が出来たらすぐにカルネ村に行くから」

 

 名残惜しそうにする二人であったがハムスケの無慈悲な声がかかる。

 

「御二方、暗くなる前に村へ着きたい故、そろそろ出発するでござるよ」

 

 ハムスケが二人を乗せて歩き始めると、広場の視線が追うように動く。

 ハムスケの存在はやはり目立つようだ。

 ンフィーレアはエンリ達の姿が見えなくなるまで見送るとモモンガに向き直る。

 

「それで、たしか今日は僕のお祖母ちゃんに会いたいという話でしたっけ?」

「はい。街一番の薬師との噂を聞いてね。水薬(ポーション)の鑑定をお願いしたい」

「分かりました。では店までご案内します。あ、それと皆さん昇格おめでとうございます」

 

 店に向かう道すがらンフィーレアは祝いの言葉を贈る。モモンガ一行の首には真新しい白金(プラチナ)のプレートが輝いていた。

 早朝、冒険者組合の営業が始まると同時に受け取ったものだ。広場に集う一部の目敏い冒険者たちもそれに気づいたのか驚いたような表情を浮かべている。風変わりな黒い三人組が数日と経たないうちに(カッパー)から白金(プラチナ)になっていたら冒険者であれば誰もが驚いて当然と言えた。

 

「ありがとう。諸々タイミングが良かっただけさ。エンリにはとてもじゃないが聞かせられないけどね」

 

 モモンガの返事にエンリの境遇を思い出したのか、ンフィーレアは複雑な表情を浮かべる。

 

「そこでひとつ相談なんだが、カルネ村に家を建てたいので君からも村長へ口添えをお願いしたい。冒険の合間に休めるところが欲しくてね。常に住み込むわけではないから自宅というよりは別荘になるが」

「僕が口添えしなくてもモモンさん達なら村の皆も喜んで迎え入れてくれると思いますけど。でもいいんですか? 冒険者を続けられるのなら組合のあるこの街の方が便利だと思いますけど。昨日の報酬があればここエ・ランテルでもそこそこの家が買えますよ?」

「いや。街中はどうも落ち着かなくてね。森に近いカルネ村が好いんだ。こればかりは性分だから仕方がない」

「そうですか。僕としてもカルネ村に居ていただけた方が支援の要請もし易くてありがたいですけど。あ、着きました。この店です」

 

 ンフィーレアに言われ辺りを見渡すと様々な工房が立ち並ぶ区画に立ち入っていた。さながら職人通りとでも言えるような風景で、行きかう人々の装いも一般人のそれとは少々異なっていた。大通り程混雑した印象は無いが荷馬車による搬入や買い付けの商人の姿などがそこかしこで散見され、大通りとはまた違う活気があった。

 ンフィーレアが指し示したのはその中でも店舗と工房を兼ねたような建物で、なかなか年季の入ったその店構えが印象的でモモンガとやまいこは興味津々といった感じて見入っていた。

 

「そんなに珍しいですか?」

「えぇ、水薬(ポーション)は店売りでしか見たことがありませんでしたから」

「あはは、そうですか。じゃあ店に入ったらもっとビックリしますよ。煮詰めた薬草の匂いが強烈ですからね」

 

 カランコロンとドアベルを鳴らして店の戸を開けたンフィーレアに付いていくと、なるほど確かに薬草採取の時よりも強烈な匂いが立ち込めていた。

 

「いらっしゃい、ってなんじゃ、ンフィーレアかい。そちらさんはお客さんかい?」

 

 薬草のむせ返るような香りに包まれた店のカウンターから出迎えてくれたのは、件の最高の薬師と名高いリイジー・バレアレその人であった。

 

 

* * *

 

 

 スレイン法国の北西、アベリオン丘陵を挟んだ先に人間の国、リ・エスティーゼ王国の王都があった。その景観は古き都という言葉が相応しく、歴史を感じさせる建築物が建ち並んでいる。

 そんな王都の最奥に位置するロ・レンテ城の広大な敷地には三つの建物から成るヴァランシア宮殿があり、その一室では一見華やかなお茶会が開かれていた。

 

 上品な装飾が施された小さな丸テーブルを二人の麗しい淑女が囲んでいる。

 一人はこの部屋の主であるラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。このリ・エスティーゼ王国の第三王女である。もう一人はラナー王女と親交を深めているラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。王国貴族でありながら若くしてアダマンタイト級冒険者チームを率いるリーダーであった。

 

 白いドレスを身に纏った金髪碧眼のラナーはその美しい容姿と民を慈しむ思慮深さから「黄金」の二つ名と共に王国民から絶大な信頼を得ており、対するラキュースも弱冠19歳という若さで英雄級の冒険者と謳われており王都では知らぬものが居ない程の人気を博していた。

 そんな二人の淑女が催すお茶会は華やかさとは裏腹に、交わされる会話は物騒なものであった。

 

「ラナー。他に方法が無いとは言えこのままだとイタチごっこよ?」

「それは分かっています。でも今は焼き討ちしながら情報を探すしか方法がありません」

「最善は尽くすけど、このままだと警戒されて深いところに潜られるだけかもよ?」

「王国内での活動は難しいと判断してくれるのであれば、それはそれで構いません」

「うーん、それならもう少し続けてみるけど」

 

 二人の会話は王国に蔓延している麻薬の撲滅作戦である。

 本来であれば国が動くべき案件だが、麻薬を流通させている犯罪組織「八本指」の影響力は凄まじく、王族や貴族、傭兵や冒険者に至るまで巨大過ぎるコネを持ち、すでに誰も手出しができない状況であった。またその秘匿性も高く、組織の内部規模から活動拠点までの多くが不明といった具合だった。

 

 それでもラナーは()()()()()()()()()()()()()()親交のあったラキュースを頼ったのだ。第三王女という政策から遠い身であるがゆえに軽視されている己の立場を利用し、麻薬畑の焼き討ちという冒険者組合を通さない非合法の依頼をこっそりとラキュースにお願いしているのであった。

 そしてラキュースは冒険者組合を通さない依頼は様々な危険を伴うと知りつつも、国を良くしたいと願うラナーに一貴族として共感しており、また少ない個人資産から依頼料を捻出している涙ぐましい姿に心を打たれ、チームメンバーに半ば頭を下げる形で協力してもらっていた。

 もっとも、危険を伴う非合法活動にチームメンバーを巻き込んで申し訳ない気持ちで一杯のラキュースではあったが、当のメンバー達にはそれほど気にした様子は無かったのだが。

 

「それでね、ラキュース。一つ気になる情報が入ってきているの」

「八本指に動きが?」

「いいえ。実は先日、スレイン法国の使者が王都にいらしたの」

「スレイン法国?」

 

 スレイン法国と聞いてラキュースの表情が僅かに険しくなる。過去に法国の特殊部隊と交戦したことがあり、少なからず因縁があるからだ。

 

「そんな怖い顔をしないでちょうだいラキュース。法国の人は予言を伝えに来ただけですから」

「は? 予言!? 予言って、未来とか当てるあれの事?」

「そう、その予言です。なんでも推定難度240から260の破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)が復活するとかなんとか」

 

 ラキュースは予言という胡散臭い話に眉を顰めるものの、続いて聞かされた難度240以上という評価に言葉を失う。神への信仰心を具現化したようなスレイン法国が、神託や予言の類を冗談で他国に伝えるとは思えなかったからだ。

 

「ラナーはそれ信じたの?」

「はい。信じました」

 

 ラナーが屈託のない笑顔で答える。

 

「殆どの王族と貴族は信じてはいない様子だったけれど、一応復活の候補地であるトブの大森林に隣接するエ・レエブルとエ・ランテルには知らせを向かわせたようです。なにせ今まで大して国交の無かった法国からの情報ですからね。それに彼らが嘘を吐く理由が思い付きませんし、調査をするだけならと動いたようです。万が一本当に復活した場合、王国が滅びかねませんから」

「なるほどね、それで? 私たち蒼の薔薇にトブの大森林を調査してきて欲しいの?」

 

「いいえ。トブの大森林はレエブン侯がミスリル級冒険者を2チーム雇って調査するそうですので任せるつもりです」

「あのレエブン侯が? ちょっと意外だわ」

「ふふふ。彼はああ見えてこの王国を愛しているんですよ? それよりもラキュースにはイビルアイさんにこの破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)について何か知らないか伺ってきて欲しいのです」

「ん。分かった」

 

「それ以外は今まで通り、手の空いた時に麻薬畑を焼いてくれればいいです」

「軽く言ってくれちゃって。命が懸かってるんだからそんな片手間で出来ないわよ。でもまぁ了解したわ」

「ふふふ。頼りにしています、ラキュース」

「じゃあ、今日はこれでお暇するわ。早速イビルアイに伝えてくる」

「宜しくお願いしますね」

 

 ラキュースは悪戯っ子のように微笑むラナーに苦笑交じりに答えると、仲間のもとへ向かう為にラナーの部屋を後にした。

 

 

* * *

 

 ラキュースが向かった先はリ・エスティーゼ王国の王都中央通りに面した最高級の宿屋。歴史的建造物に指定されても不思議ではない程の落ち着いた佇まいを見せるその宿屋は、窓に嵌った曇りないガラスひとつとっても美しい内装を容易に想像できた。

 一階部分が丸々と酒場兼食堂となっている点は他の宿屋と同じではあったが、その十分すぎる広さとは裏腹に集う宿泊客の数は少ない。それは羽振りの良い商人や一流と呼ばれるような冒険者しか居ない事を示していた。

 

 ラキュースは酒場の一番奥、半ば「蒼の薔薇専用の席」になってしまっているテーブルを目指す。別に本人たちが指定席を作るよう働きかけた訳ではないのだが、王都で名の知れたアダマンタイト級冒険者が好んで使っている席という事で常に空いているのだ。

 そんな指定席で2人の仲間が出迎えてくれる。

 

「よぉ、お疲れさん。イビルアイ、リーダーが戻ってきたぜ」

「ん。どうだった、姫さんの所は」

 

 最初に声を掛けてきたのは蒼の薔薇が誇る戦士ガガーラン。一見して女性とは思えないほど大柄な身体は筋肉で覆われており、鎧から覗く首周りは女性の両太ももを合わせた程に太い。金髪は短く刈り揃えられており機能性のみを追求した出で立ちである。

 そしてもう一人、イビルアイと呼ばれた小柄な相手は漆黒のローブにすっぽりと覆われた格好をしており、額の所に赤い宝石を埋め込んだ仮面で顔を隠している。一見して魔法詠唱者(マジックキャスター)であると分かる外見だが、その容姿を窺い知るすべはなく、またラキュースにかけた声も仮面越しのせいか女性である事は分かるもののそれが少女なのか老婆なのか判断はつかない。

 両者とも個性的ではあるがラキュースにとっては信頼できるかけがえのない仲間である。本来であればもう二人、忍者のティアとティナが居るのだが情報収集の為に出払っていた。

 

 ラキュースが席に着くと、その周辺の音が遠ざかったのが分かる。イビルアイが盗み聞き防止用のマジックアイテムを発動させたようだ。ラナーからの依頼は非合法なものが多い為、依頼を持ち帰ったラキュースを出迎える時は半ば手癖のように使われている。

 

「イビルアイに聞きたい事があったみたい。それを伝えに来たわ。一緒に来てくれれば二度手間にならなかったのに」

「なんだ姫さんもか。すまんな、ああいった畏まった場所は苦手なんだ」

「ん? ()()()()って、何かあったの?」

「早朝、これが届いた」

 

 イビルアイが封書をラキュースに手渡す。差出人は魔術師組合と連名で王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ、あて先は蒼の薔薇イビルアイと書かれている。ガガーランを見るとニヤニヤと笑っている。どうやら内容を知っていてこちらの反応を楽しみにしているようだ。

 

「なにこれ」

「ガゼフ・ストロノーフが魔術師組合の〈伝言(メッセージ)〉代行業務を利用して私に面会の予約を入れてきた。読んでいいぞ」

 

 本人の了解を得て封書の中身に目を通す。

 そこにはエ・ランテルに現れた三人の旅人に関しての情報と、その三人の人物評価をイビルアイに聞きたい旨が書かれていた。

 

「南からの旅人3人が冒険者登録と。剣士とモンクと魔法詠唱者(マジックキャスター)。ふむふむ、野盗40人を討伐。なるほど。人食い大鬼(オーガ)を一撃? やるわね。そして、推定難度90の森の賢王を従える!? 間違いなくオリハルコン、アダマンタイトに届くかしら? 続いて、何これ? 小鬼(ゴブリン)を永続召喚するアイテム? 目撃された魔法が、〈飛行(フライ)〉、〈魔法の矢(マジック・アロー)〉、〈雷撃(ライトニング)〉、〈短距離の転移〉、〈治癒魔法(ヒーリング)〉。これは、なかなかの強者ね」

 

「ガゼフは剣士とモンクは己と同等かそれ以上ではないかと思っているらしいな。魔法詠唱者(マジックキャスター)に関しては未知数だ。魔法に詳しくないあの男の報告だから何とも言えんが、〈飛行(フライ)〉を使ったという目撃証言があるから少なくとも第三位階魔法の使い手だ。それだけでかなりの才能の持ち主だと分かる。ただ気になるのは〈短距離の転移〉だな。これが〈次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)〉なのか〈転移(テレポーテーション)〉なのかで全く話が変わってくる」

「どれくらい?」

「前者は第三位階魔法だ。〈飛行(フライ)〉の目撃情報から使えても不自然では無い。だが後者は第六位階魔法。帝国のフールーダ・パラダインに匹敵する能力を持っている事になる」

「嘘……」

 

 思わず絶句する。帝国のフールーダ・パラダインといえば英雄の壁を越えた「逸脱者」と呼ばれる存在。人間が個人で扱える限界といわれる第六位階魔法を行使できる伝説的な大魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。

 そんな規格外の存在と同等の者がエ・ランテルに現れたかもしれないのだ。

 

「で、でも、転移ならイビルアイも使えたわよね?」

「私のは予め記憶した場所に転移するもので第五位階魔法だ。ガゼフの報告が正しければ件の魔法詠唱者(マジックキャスター)は突発的な遭遇戦で使っている。よって事前に記憶しているなんて事は無かろう。だから第三位階か第六位階に絞れるという訳だ」

「……」

 

「くっくっくっ。良いねぇ、その表情。すげぇだろ? そいつら。会ってみてぇよな!」

 ガガーランが堪らず笑いながら言うが、ラキュースは素直に笑う事が出来なかった。

 

「笑い事じゃないわよ、ガガーラン。一応冒険者登録したみたいだけど、正直心配だわ」

「ガゼフのおっさんが認めてんだ、大丈夫だろ。それより俺は剣士とモンクに手合わせ願いてぇ」

「認めるとか認めないとかの話じゃないわ。うちの王族とか貴族の話よ。下手に接触されると帝国に流れる可能性があるわ」

「あー、だな。南から旅して来たんだろ? 先に俺らが接触してフォローしとくか?」

 

 ガゼフが報告してきたような強者はとにかく目立つ。定期的に戦争をしている王国の領主達にとって彼らのような強者は垂涎の的だ。たとえ相手が国政不干渉の冒険者であろうが必ず接触を試みるだろう。

 それが良識のある王族や貴族であれば何の心配もないが、貴族であるラキュースから見てもこの王国の支配階級は腐っているのだ。強引な徴用などを仕掛けて関係が悪くなった場合、冒険者は帝国側へ流れてしまうかもしれない。

 そうなったら最悪だ。帝国を治める鮮血帝はその血生臭い二つ名とは裏腹に、能力のある者は身分に関わらず正当な報酬で召し抱えることで有名だ。帝国では冒険者の立場が弱い反面、能力のある者を積極的に国が召し抱えているという。それはつまり直接軍事力に反映されることを意味していた。

 王国戦士長のガゼフ・ストロノーフも平民出身ではあるが、彼は王が直接召し抱えた言わば例外。王国ではどんなに能力が高かろうが身分が低ければ冷遇されてしまうのだ。扱い一つとっても王国と帝国では雲泥の差があるのだ。

 

「そうね。早めに友好関係を結ぶ必要があるかもしれないわね。彼らが王族や貴族と拗れた場合、最悪私たち蒼の薔薇で対応する事になるかも」

 

 深刻そうに相談を始める二人にやや呆れた調子でイビルアイが口を挟む。

 

「二人とも落ち着け。第六位階云々は可能性の話だ。起こった事だけを見れば全て第三位階に収まる。心配し過ぎても仕方なかろう。ガゼフが戻ってくるのは二日後、色々悩むのは奴の話を聞いてからでいいだろう」

 

(これは小鬼(ゴブリン)の永続召喚には深く突っ込まない方が良さそうだな)とイビルアイは仮面のなかで小さく溜息をつく。

 

「で? ラキュース。姫さんの方はどんな質問なんだ?」

「え? あぁ、そうだったわね。えっとスレイン法国から使者が来て、トブの大森林付近で破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)が復活するかもって伝えてきたらしいのよ。で、その破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)に心当たりがないか? だって。推定難度240から難度260程度の化け物よ。何か知ってる?」

 

 難度を聞いて「ブフゥーッ!!」っとガガーランが盛大に飲みかけの酒を噴き出した。

 

「おいおい。難度240以上とか、正気かよ」

「ガガーラン、まずは口を拭え。しかし、破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)か。すまんが知らんな。もしかしたらあの婆が知っているかもしれないが、連絡してみるか?」

「うん。一応連絡してみて」

 

 イビルアイは顎に手を当て悩む素振りを見せる。

 

「万が一それが事実だとしたら魔神戦争の再来かもしれないな」

「俺たちで、というか人類でそんな化け物に対抗できんのか? スレイン法国の特殊部隊が十三英雄並みに強いってんなら何とかなるかもしれねぇけどよ。いっそアーグランド評議国に助けを求めた方が良いんじゃねぇか?」

 

 ガガーランの言葉にイビルアイはふとガゼフからの封書に目を落とす。

 

(魔神、十三英雄。まさかな)

 

 

* * *

 

 

 モモンガとやまいこは困惑していた。

 ンフィーレアの祖母リイジー・バレアレの店を訪れ、水薬(ポーション)の研究を打診し、あわよくばカルネ村へ誘致して工房を引っ越してもらう。交渉の段階で多少の取り引きが発生するにせよ滞りなく終える筈であった。

 

 まずは現物を見てもらった方が早いと思ったモモンガは、ユグドラシル産の下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を差し出したのだが。

 

(どうしてこうなった)

 

 今、モモンガとやまいこの足元には、二人のズボンの裾を握りしめながら縋りつく老婆(リイジー)が居た。絶対に離さない決意が窺えるほど強く握りしめられた手は震えており、充血した目は懇願するように二人を見上げている。

 ンフィーレアに助けを求めようにも彼の眼差しも恩人を見るそれではなくもはや崇拝の念を感じるものになっていた。思えば〈魔法の矢(マジック・アロー)〉を見られた辺りから薄々こちらが普通の旅人ではない事に感づいていたようだったし、小鬼(ゴブリン)の角笛にも関心を示していた。

 そしてここに来て下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)の登場は止めになったのであろう。

 

「後生じゃ! わしに神の血を! その完成された水薬(ポーション)を譲ってくれぃ!! わしに出来る事なら何でもする!!! この通りじゃ!」

 

(まさかこんな事になるとは)

 

 当初下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を見せられたリイジーは半信半疑であったが、〈道具鑑定(アプレイザル・マジックアイテム)〉を使ったと思ったら驚愕の表情と共に呻き声を上げ、続いて〈付与魔法探知(ディテクト・エンチャント)〉を使ったと思ったら発狂してしまった。

 水薬(ポーション)に関する蘊蓄を捲し立てられ、蘊蓄の合間に罵られたような気もするが、老婆が目を血走らせ涎を垂れ流しながら鬼気迫る姿に気圧され咎める気にもならなかった。

 

 リイジーに言わせるとこの世界の技術では製造過程において必ず水薬(ポーション)は青くなり、また劣化を防ぐことが出来ない。その為に〈保存(プリザベイション)〉の魔法が欠かせないらしい。

 しかし、モモンガが渡したユグドラシルで最も効能が低い下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)は、それ単体で劣化することがない完成された水薬(ポーション)らしく、この世界の薬師や錬金術師、水薬(ポーション)生成に関わる全ての者が長い歴史の中追い求めてなお届かない代物との事だった。

 

 伝説や神話の中でしか語られることのない赤い水薬(赤いポーション)、すなわち神の血である。

 

(ここまで執着するなら多少強引でも要求は通りそうだな)

 

「クレマンティーヌ。店の外で見張りを頼む。誰か来たら重要な商談中とでも言って追い返せ」

「りょーかーい」

 

 クレマンティーヌが店の扉の前で見張りを始めたのを確認すると、モモンガはリイジーへと向き直る。

 

「さて、リイジー・バレアレよ。()()()()()と言ったが、本心か?」

「勿論じゃ! 二言は無い!!」

「ではこちらの条件を言おう。私に忠誠を誓う事、一生を懸けて水薬(ポーション)研究をする事、研究内容を口外しない事、研究で得た全ての知識と成果物の所有権が私にある事、研究をカルネ村で行う事。これらの条件を守れるなら、安全保障、赤い水薬(赤いポーション)のサンプル提供、製造器具の貸し出し、秘蔵の材料を提供しよう。どうだ? できればこの条件はンフィーレアにも呑んで貰いたいのだが」

 

 モモンガの最後の言葉にリイジーはンフィーレアを仰ぎ見る。

 その目は鋭いが脅迫めいたものでは無かった。流石に孫の一生に関わるかもしれない取り引きだと感じたのか声を掛けずただ本人の返事を待つ姿勢だ。

 ンフィーレアは覚悟を決めたように頷く。

 

「その条件、僕も呑みます。研究させて下さい」

「本当にいいのか? ハッキリと言っておくが、仮に研究が実を結んだとしても私はそれを公表するつもりは無い。つまり、薬師として新たな発見をしたとしても表舞台に立つことは無くなるという事だ。それで本当に構わないのだな?」

「構いません。ただ一つお願いがあります」

 

 モモンガは顎で先を促す。

 

「今後、村の復興や水薬(ポーション)研究などでモモン様に協力を仰ぐ場合があると思います。その際に支払う対価を稼ぐためにも既存の水薬(ポーション)の販売は続けさせてください」

「既存の水薬(ポーション)でなら問題はない。ふむ、完全に囲われる事を良しとせず自立する気概があるのは良い事だ」

 

 身の安全を保障する以上生活費も都合するつもりであったが食い扶持を自分で稼いでくれるならそれに越したことはない。ナザリックの出費を抑えられる意味でもありがたい申し出だ。

 

「では契約成立だな。近日中に荷物をまとめ、カルネ村へ引っ越してほしい。その際の護衛は、どうするかな」

 

 自ら護衛をする手段もあるが、今は名声を広める依頼を一つでも多くこなしたかった。契約という一番重要なイベントが終了した為、後はシモベに任せても問題は無い筈だ。

 モモンガが誰が適任か考えていると、やまいこから声がかかる。

 

「モモン、護衛はシズかエントマに任せられないかな」

「なぜその二人なんです?」

「実は昨日ユリに相談されちゃって。戦闘メイド(プレアデス)の中でまだあの二人には新しい仕事を与えてないでしょ? 第九階層を守る任務に不満を上げている訳では無いみたいなんだけど、他の姉妹たちが新しい任務に従事しているのを羨ましく感じているみたいなんだよね」

 

 なるほどと思うモモンガではあったが、シズは自動人形(オートマトン)で主兵装が銃器であり、またナザリックの全ギミックとその解除方法を熟知しているという設定から外に出すのはセキュリティー上躊躇われた。そしてエントマは蜘蛛人(アラクノイド)で、遠目には普通の少女だがよく観察すると昆虫の集合体で、こちらも人前に出すには躊躇いがある。

 一人っ子だったモモンガにはピンと来なかったが、しかし、姉妹に活躍の場を平等に与えたいというユリの気持ちは何となく理解できた。やまいこもきっと自らが創り出したユリの我が儘に応えてやりたいのだろう。

 

「子沢山の家庭もこんな悩みをするのかな」とモモンガは思いを馳せる。かつてのギルドメンバーも家族サービスや子供のご機嫌取りなどに苦心していたのかもしれない。

 

「分かりました。では護衛はシズとルプスレギナに任せましょう。この付近の脅威度もある程度把握した事ですし、戦闘メイド(プレアデス)の運用を少しずつ増やしましょう。その際は二人一組で行動させるというのはどうでしょうか?」

「賛成。じゃあ、エントマはどうする? もうしばらくお預け?」

「エントマにはデミウルゴスの助手になってもらいます。ギルド会議の後で思ったんですけど、デミウルゴスにタスクを振り過ぎている気がしたので」

「あぁ、確かに。じゃあそれで行こう」

 

 話がまとまると改めてンフィーレア達と今後の予定を詰めていく。

 3日程で今の店をたたみ、エ・ランテルの外でシズとルプスレギナの二人と合流。彼女らと共にカルネ村へと赴き、水薬(ポーション)の研究に勤しんでもらう事になった。

 

 

 

 

 

 そして――、やる気を出し過ぎたシズによってカルネ村が要塞化されるのだが……、その事にモモンガ一行が驚くのは一月後の話であった。




独自解釈
・転移魔法関係

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