骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

12 / 49
第12話:ギルド会議

 初仕事を終えて冒険者組合の外に出ると、街は既に夕時だった。街灯に明かりが灯るにはまだ早いものの、大通りに面した飲食店などは看板を照らすランプの準備をしている。路地裏からは夕食の仕込みと思われるいい香りが漂い始めていた。

 ンフィーレアとペテルが別れ際にモモンガへ声を掛ける。

 

「では、私たちは宿に戻ります」

「僕たちも家に帰ります。お疲れさまでした」

 

「はい。皆さん、お疲れさまでした」

 

 中央通りの大広場にモモンガ達を残し、漆黒の剣は宿に、エンリと小鬼の指揮官(ゴブリン・リーダー)はンフィーレアの家に泊まる為にそれぞれ帰路につく。

 そんな彼らを見送ると、モモンガたちもエ・ランテルの外に向かう。人目の付かない所で〈転移門〉(ゲート)を開くためだ。

 

「ナザリックに戻ったらまずは会議だな。緊急で話し合わないといけない案件もできたし。と、その前に。マイ、クレマンティーヌ、報酬の分配だ」

 

 モモンガは小分けしてあった皮袋をやまいことクレマンティーヌに手渡す。

 

「今回の報酬は金貨303枚。各自の取り分は金貨101枚だ」

「ありー」

「まじでこんなに貰っちゃっていいの?」

 

 クレマンティーヌは皮袋を受け取ると、その重量に驚いている。仮に金貨一枚が10万円だとすると、三泊四日の初仕事で1010万円を受け取った事になるのだ。

 

「ふと思ったんだが、漆黒聖典って給与制なのか? もしかしなくてもお前って公務員?」

「“こうむいん”ってのが公務に従事する者の事ならそうだよ? ヤバいところに送られるから不自由しない程度には貰ってるけど、一度にこんな金額を貰ったのは初めて」

 

 クレマンティーヌは腰のベルトに皮袋を結わえると満足そうにポンポンと叩いてみせた。

 その様子を見ていたやまいこが呟く。

 

「ボクたちもNPCに給金渡さないとダメかな」

「!?」

「……」

「保留」

「了解」

 

「殿、この辺りには人気(ひとけ)を感じないでござるよ」

 

 新たにNPCへの給金問題が発生したところでハムスケの声が掛かる。野生動物の勘がなせる業か、ハムスケはそこそこの索敵能力を備えていて、こうして人気の無い場所を探すのに役立つことが分かった。この分だとカルネ村の防衛も問題無くこなせるだろう。

 

「そうか。ならナザリックに帰るとするか」

 

 モモンガが〈転移門(ゲート)〉を開くと一同はナザリックへと帰還する。

 

 

* * *

 

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層のラウンジで、アルベドは身だしなみを入念に確認していた。これからモモンガの応接室で行われる会議に参加するためだ。

 ()()()()()()()()。それはモモンガの私室に入れるという事を意味している。

 

 転移してから今日まで、この第九階層はユグドラシル時代と変わらず、ナザリック内でも特に神聖な場所として存在していた。この階層に入れるのは至高の御方々と、その御手で生みだされたNPCと御方々が招待した客人のみ。

 そして至高の御方の私室への入室は、特別な用向きが無い限り、基本的にはルームサービスなどを行う一般メイドしか入室が許されていなかった。

 

 これからそんな特別な場所に入れるのだ。仕事の一環とは言え、嬉しさの余り口元が緩み笑みがこぼれる。本人は無自覚だが腰の翼も落ち着きなくふわふわしていた。

 

「お待たせしました。アルベド」

 

 アルベドが顔を上げると、同じく応接室に呼ばれていた三つ揃えのスーツに身を包んだ悪魔が、長い尻尾を揺らしながらラウンジに現れる。出先から急遽戻ってきた彼だが、優雅な佇まいは慌ただしさを感じさせない。

 

「それほど待ってはいないわ、デミウルゴス」

「それは良かった。……ところで、会議に呼ばれているのは私たち二人だけかね?」

 

 デミウルゴスはラウンジを見渡し、他の守護者が居ない事を不思議に思う。転移後、モモンガに招集される事が何度かあったが、だいたいが守護者全員で玉座の間が指定されていたからだ。

 しかし、この場には2人しかいない。

 

「ええ、そうよ。――いいえ、正確には守護者からの参加は私たちだけね。やまいこ様が既に向かわれてるわ」

「なるほど。では御方をお待たせする訳にはいきません。早速向かいましょう」

 

 移動中、二人の守護者は口を噤み、磨き抜かれた豪勢な廊下を粛々と進む。

 途中、幾人かの一般メイドとすれ違う。彼女たちはNPCの中でも上位と定められた守護者たちに道を譲るべく廊下の端へと控えるのだが、そんな彼女らとすれ違う度に、言葉こそ交わさないもののアルベドとデミウルゴスは本当に軽く、顎を僅かに引く程度の会釈で応える。

 与えられた役職で立場の上下はあれど、お互いが御方の御手によって生み出された尊い存在であり、大切な仲間なのだ。特にこの階層はメイドたちの手によって日々維持されているのだから敬意を示すのは当然だ。

 

 アルベド達は転移直後を振り返る。

 転移直後、守護者達は警備の為にこの階層にもシモベを配置するようにと進言したが、聞き入れてはもらえなかった。却下された時は警護の面で不安を覚えたものだが、今ではそれで良かったと思っている。やはりこの階層は特別なのだ。自動湧きするシモベや傭兵が軽々しく踏み込んでよい領域ではないと感じている。

 

 ほどなくモモンガの私室の前に着くと、アルベドとデミウルゴスは互いの衣擦れを正し、身だしなみの最終確認を行う。両者共に初めて訪れるモモンガの私室を前に緊張の色を隠せない。

 準備が出来たと判断したアルベドが静かにノックをすると、中継ぎとして一般メイドが現れる。アルベドが用向きを伝えると、メイドは部屋の主と短く言葉を交わし、アルベドたちを応接室へと通す。

 

 

* * *

 

 

 アルベドは素早く室内を確認する。上座には変身を解いた死の支配者(オーバーロード)のモモンガと半魔巨人(ネフィリム)のやまいこが座しており、一般メイドは入口横に控えていた。机の上には書類などが散乱しており、御方々のみで何かしらの会議が行われていたことが窺える。

 扉から数歩進むと守護者二人は一礼し、アルベドが代表として口を開く。

 

「守護者統括アルベド、並びに第七階層守護者デミウルゴス。お召しにより参上致しました」

「二人ともよく来た。一週間振りか。まずは座ってくれ」

『失礼いたします』

 

 二人が着席したのを待ち、モモンガは話し始める。

 

「すぐに始めたいところだが、二人に紹介したい者がいる」

 

 そう言うとモモンガは器用に骨の指を鳴らす。

 すると突如、今まで誰も居なかった筈の空間に何者かが姿を現し、アルベドとデミウルゴスは戦慄する。モモンガが〈伝言(メッセージ)〉などの魔法的手段を行使した気配は無く、()()()()()()()()でその何者かは姿を現した。

 つまり、合図を送られた相手は転移などで現れた訳では無く、()()()()()()()()()()()モモンガの合図を直接確認し何らかの隠蔽能力を解除した事を意味する。

 レベル100にもなる守護者が二人とも気配すら感知出来なかった事に僅かばかり恐怖し、そして心底安堵する。モモンガが呼んだという事は少なくとも暗殺者の類では無いからだ。

 さらに、対峙する事で相手から自分たちと同じ何かを感じ取ることができた。その()()は例えるなら同じ組織に属する者同士の共感や共鳴とでも言えようか、とにかく自分たちと近しい存在である事を魂で理解した。

 全身を軍服で身を固めた“彼”が優雅にお辞儀をする。

 

「お初にお目にかかります。宝物殿領域守護者のパンドラズ・アクターでございます。守護者統括のアルベド殿に第七階層守護者のデミウルゴス殿、以後お見知りおきを」

「立場上お名前だけは存じております。守護者統括のアルベドです。宜しくお願い致しますわ」

「第七階層守護者のデミウルゴスです。どうぞ宜しく」

 

 守護者達の挨拶が滞りなく交わされ、パンドラズ・アクターも席に着いたのを確認すると、モモンガはパンドラズ・アクターの能力に関して補足する。

 

「言わずとも分かっているとは思うが、パンドラズ・アクターは私が生みだしたNPCだ。種族は二重の影(ドッペルゲンガー)。デミウルゴスに並ぶ頭脳の持ち主だ。そしてギルドメンバー41人に変身する事ができ、その能力も若干劣るが再現できる。今後、互いに協力する事があるだろうから覚えておけ」

『畏まりました』

 

 続けてモモンガは、アルベドとデミウルゴスに呼び出した経緯を説明する。

 

「パンドラズ・アクターには既に伝えてあるが、お前達守護者三名を呼び出したのは今までギルドメンバーが担ってきたギルド会議に参加してもらう為だ。理由は転移したこの状況では今後、私とやまいこさんの二人だけでは手が回らない部分が出てくると考えたからだ」

 詰まるところ、モモンガとやまいこは、教師と営業職だけで異世界に降り立ったナザリックを運営するのは難しいと考えた。そこでNPCに与えた設定が現実に反映されている点に着目し、“智謀の持ち主”と設定されたアルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターの三名に知恵を借り、一部作業を分担させる事を思いついたのだ。

 

「このギルド会議はナザリックの運営に関わる重要なものであるが、頭脳明晰なお前達ならば参加する資格が十分にあると判断した。是非、このナザリックの為に知恵を貸してほしい」

 

 アルベドとデミウルゴスはギルド会議に参加できる栄誉に思わず歓喜の表情が漏れそうになるがぐっと堪え、深々と頭を下げる。

 

「身に余る光栄にございます。謹んでお請け致します」

「私も御方々に恥じぬ働きをお約束いたします」

 

「さて、まずは()()を渡しておこうか」

 

 モモンガは無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)からワインレッドの光沢を放つベルベットの小包を取り出す。小包を開いて見せると、アルベドとデミウルゴスは驚きの表情をモモンガとやまいこに向ける。

 

「こ、これは! リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン……」

「本当に宜しいのでしょうか? これは至高の御方々のみが身に着ける事を許された指輪のはず……」

 

 二人は例えようのない喜びに震えると同時に背中に冷たい汗が流れる。至高の41人にのみ所持が許された特別な指輪に畏敬の念を抱いてしまい、許可されたとはいえシモベであるNPCが果たして触れて良いものなのか、と躊躇われたのだ。

 

「構わないとも。我々からの信頼の証だと思ってくれ。それにお前達に任せる仕事を考えれば所持していた方が良い。ただし、ナザリック外への持ち出しは厳禁だ。外出する際は他の守護者か戦闘メイド(プレアデス)に預けるように」

『畏まりました』

 

 了解の意を示し指輪を受け取ると二人は恭しく指に嵌める。アルベドは迷わず左手の薬指に、デミウルゴスはモモンガに倣い右手の薬指に。

 

 

 

 

 

「まず、お前達三人の今後の仕事内容を伝える。アルベドは守護者統括として他の守護者達からの報告をまとめてもらう他、ナザリックの内政と防衛を任せる。防衛に関してはコキュートスを就けるから分担して連携しろ。それに併せて緊急事態に対応できるよう、シモベの運用に関してある程度の裁量権を与える」

「畏まりました、モモンガ様」

 

「デミウルゴスにはスクロール素材の探索に併せて外での活動内容を増やす。目下のところ、スクロールの件と並行して他国の情報収集に努めてもらう。最終的にはギルド理念の下、ナザリックを一つの国家と見立てた国家戦略の立案と運用を任せるつもりだ。軍事・外交・経済と包括的で曖昧なものが多岐に渡ると思うがナザリックの繁栄の為に尽力してくれ」

「仰せのままに。ナザリックの栄光の為にこの身を捧げましょう」

 

「パンドラズ・アクターは今まで通り経理面でその力を振るってもらう予定だが、先の両名からサポートの要請があった場合は優先して協力するように」

「畏まりました、モモンガ様」

 

 三人の守護者に基本的な仕事内容を告げると、いよいよ本題のギルド会議が始まる。

 まずは転移から二週間、内一週間は冒険者として活動をしていた訳だが、その間のナザリック側とモモンガ側の情報の擦り合わせを行う。

 

「こちらがここ2週間の報告書になります」

「確認しよう。ではこちらの報告書も渡しておく。冒険者になって知り得た内容だ」

 

 互いに報告書を交換すると目を通す。

 アルベドが用意した報告書は綺麗な文字で綴られていた。他の守護者達の報告や提案など様々な内容であったが、各項目が見やすく整理されており、特にモモンガ達が冒険者としてナザリックを離れていた期間の出来事は別口でまとめられていた。

 

【身体測定の結果】

 報告者、ペストーニャ・S・ワンコ

【信者たちによるお布施問題】

 報告者、ユリ・アルファ

【現地最高の薬師の噂】

 報告者、セバス・チャン

【低位階スクロール作成成功】

 報告者、ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥス

【回復魔法の効果実験】

 報告者、デミウルゴス

【牧場経営及び繁殖実験の必要性】

 報告者、デミウルゴス

【野盗の拷問結果】

 報告者、ニューロニスト

【現地の金貨の価値】

 報告者、パンドラズ・アクター

 

 そしてモモンガ側の報告は以下の通り。

 

・現地戦力は概ねレベル30以下

・ンフィーレア・バレアレとカルネ村の保護

森の賢王(ハムスケ)を従属化

破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の存在

世界級(ワールド)アイテムの存在

・対外的な条約の作成

白金(プラチナ)に昇格予定

 

 全員が一通り目を通したのを確認すると、やまいこが口を開く。

 

「今回はボクが進行役を務めるよ。取りあえず重要度の低いものから処理しようか。アルベド、身体測定に関しては今後も2ヶ月毎に実施するようペスに伝えて」

「畏まりました」

 

「次、現地の人間は弱い。一般人はほぼレベル一桁で、冒険者でも20前後が関の山だ。漆黒聖典のような逸材は早々いない事が分かった。ちなみにボク達が連れ歩いているクレマンティーヌはレベル30程と見積もっている。同じ前衛同士なら現地で敵は居ないと思う。あと、デミウルゴス。トブの大森林で従属した森の賢王(ハムスケ)はスクロール素材にしないようにね。一応あれのお陰で冒険者ランクに色が付いたみたいだから。今はアウラに預けているから後で第六階層で外見の確認をするように」

「畏まりました。配下の者にも周知させて置きます」

 

「うん、宜しく。次はパンドラズ・アクターが報告した金貨の価値か。モモンガさん、これどうしようか」

 やまいこの問いにモモンガは唸る。パンドラズ・アクターの報告には、現地の金貨はユグドラシル金貨の半分の価値しかないと記されていた。

 ナザリックの各施設を維持するにはユグドラシル金貨が必要で、当初は冒険者活動を通して稼ぐ予定だったのだ。しかし、ゲームのように高額報酬のクエストが現実世界に常時ある訳がなく、さらに折角得た金貨もユグドラシル金貨の半分の価値しかないとなると、新たな金策を模索しなければならない。

「ここまで質に差があるとはな。これは鉱山で一攫千金を狙うか、広大な農地を開拓するか。やまいこさん、この件は例の計画と合わせて重要度を高めに設定しよう」

 

「了解。では次。ユリが報告したお布施問題だけど、先の案件から少しでも資金の足しになるならこのまま受け取り続けても良いとは思うけど。ボク達は宗教とか始めるつもりとか無かったんだけどな」

 ユリが報告したお布施問題とは、来客に備えてナザリックの地上部分に建てたグリーンシークレットハウスに、神の降臨を聞きつけた法国の民が参拝を始めた事だった。

 さらに顔を出す戦闘メイド(プレアデス)たちの美貌も相まって噂が噂を呼び、日々参拝と共にお布施を持って現れる人間が増えてしまったらしい。

 

「やまいこ様、愚見をお許しください」

「アルベド、意見があるなら遠慮せずに言ってみて」

「はい。かつて第八階層の桜花聖域について、タブラ・スマラグディナ様が他の御方々と話していたおりに、神社では初穂料と称して様々な価格帯に設定された鳥居を信者に買わせていたと聞き及んでおります。さらに購入者の名前や組織名を鳥居に刻むことで射幸心を満たしていたとか。もし、今後も参拝を許すのであれば、このシステムの導入をご検討してみては如何でしょうか。ナザリックに傾倒する信者の把握が容易になりますし、そういった信者の存在は今後の活動に役立つと思います」

 

 ポン、とモモンガが手を打つ。

「良い案だ、アルベド。やまいこさん、資金回収は必要な事ですし、協力者になりそうな人間を把握できるのは良い事だと思います。いっその事ナザリックの近くに神社を建てて、法国民から募った巫女に管理させましょう。しばらく監督が必要かもしれませんが巫女達に任せられる様になれば戦闘メイド(プレアデス)を門番兼受付から解放できます」

 

「うーん。まぁ、このまま参拝客が増えてナザリックの周りが騒がしくなるのは嫌だし、スケープゴートとして神社を建てて間に置くのも有りか。でもやるからには信仰対象とか御利益とか? 諸々考えないと。じゃぁ、この案件は一旦アルベドに預ける。神社の建設はアウラとマーレに手伝ってもらって。桜花聖域を作る時に参考にした資料が大図書館にあるはずだから探してみて」

「畏まりました」

 

 やまいこは再び報告書に目を通すと重要度が中ぐらいの案件を見繕う。

 

「次、ここから重要度が中位の案件。ニューロニストが野盗から得た情報だけど、これは外の事だしデミウルゴスに任せて良いかな。デミウルゴス、ボク達と八本指は敵対関係にあると断定していい。冒険者のボク達の事は既に相手に伝わっていると思うから後手にならないように情報が欲しい。まだ手を出す必要は無いけど、組織の規模を調べておいて」

「畏まりました、やまいこ様」

 

「次、セバスが報告している最高の薬師リィジー・バレアレってンフィーレアの関係者だよね? モモンガさん、カルネ村の件もあるし、工房ごと誘致できないかな。ナザリックの為に消耗品のポーションを研究させるなら目の届く場所に居て貰った方がいいと思うんだけど」

「その方が良いでしょうね。法国外にも拠点が欲しかったところですし。よし、この案件は冒険者として私達が引き受けよう」

 

 やまいこは重要度の高い案件を確認すると、半魔巨人(ネフィリム)の醜い顔でデミウルゴスに微笑みかける。

 

「ここから重要度が高い案件だけど、まずはデミウルゴス。良くやった。低位とはいえスクロール製作が成功した功績は大きい」

「勿体ないお言葉、身に余る光栄に存じます」

 

「そして牧場経営の提案も素晴らしい。スクロールの為とはいえ、乱獲して滅ぼしてしまっては元も子もないからね。回復魔法を使って一つの個体から複数回採取出来る事も調べ上げているのは流石としか言いようがない。モモンガさん、例の計画をデミウルゴスに任せても良いんじゃないかな」

 

 モモンガはデミウルゴスが用意した計画書を読み返す。内容はやまいこが語った通り牧場経営に関する物だ。スクロールの製作には羊皮紙が必要だが、製作に適した動物はまだ一種類しか発見できていないようだった。それを安定供給するために飼育し、自分たちの手で数を増やす計画だ。

 さらに今後、中位階魔法や高位階魔法に耐えうる羊皮紙を探す手段に“品種改良”も導入しようというのである。そして羊皮紙を得る過程で死亡した個体に関しては、部位毎にポーションなどの素材になり得るか実験に回すというものだ。

 

「確かに、この計画書は理に適っていて無駄がない」

「モモンガ様。恐れながら()()()()の内容を伺っても宜しいでしょうか」

 流石に含みを持たせた言い回しにデミウルゴスは気になったようだ。

 

「ふむ。それを説明する前に伝えておくことがある。やまいこさんとナザリックの庇護下に入った周辺各国とどのように関わっていくかを相談したのだが、現段階の方針として、表向きは食料援助・通商取引・軍事力の提供の三点を掲げ、裏では愚民政策・生存圏の抑制・突出した技術の独占を行い、支配的な共存共栄体制を敷こうと思っている」

 

 そしてモモンガは一冊の本をデミウルゴスの前に差し出す。

 

「デミウルゴスよ。箱庭に興味はないかね?」

「箱庭、ですか?」

 

 差し出された本を受け取ったデミウルゴスは、その本の題名を読み上げる。

 

完全環境都市(アーコロジー)の基本概念と歴史的失敗」

「そうだ。完全環境都市(アーコロジー)とは我々がリアルと呼ぶ上位世界で、人類が築き上げた都市構造体のことだ。本来の理念から言えば環境学や生態学に重きが置かれ、自然と人類が共存していく理想的な都市設計なのだが、リアルの彼らは、遅すぎた。自然破壊が進み大自然の自浄作用が失われた後で慌てて造ったが時既に遅し、もはや自らを閉じ込め滅びを待つ檻でしかなかった」

 

 デミウルゴスはパラパラとページをめくり、本の内容に軽く目を通す。

 完全環境都市(アーコロジー)とはただ一ヵ所に都市機能を集めれば良いといった代物ではなく、都市をコンパクトにする事で社会的資源を効率的に運用し、その環境が維持されなければならない。

 平面的に拡がりがちな従来の都市を立体的な都市構造にする事で、本来であれば市街地に沈む空間を別の目的に利用する事ができるメリットもある。

 

「なるほど。それで箱庭ですか。つまり、この世界では環境破壊が進む前に導入して自然保護に努め、庇護下に入った者の生存圏を完全環境都市(アーコロジー)毎に管理し、相互に敵対関係にある種族が接触する機会を減らすことで衝突を避ける効果もある、と。しかしそれでは、いえ、なるほど、そういう事ですか。その為の愚民政策と技術の独占。流石はモモンガ様、そこまでお考えとは」

「ん? う、うむ。最終的に完全環境都市(アーコロジー)の建設などは現地の者にやらせ、我々からは必要以上の干渉はしない事が理想だ。我々が全てを行わない理由は単にそれぞれの文化を尊重したいと考えているからだな」

 

 モモンガとやまいこは、この完全環境都市(アーコロジー)計画を立てるうえで、各種族の文化を尊重することでそれぞれのスタイルを見てみたかったのだ。人間やミノタウロスやエルフが、皆同じ規格の完全環境都市(アーコロジー)に住むなんてつまらないと感じたのだ。

 それはただの好奇心ではあったが、多くの物が規格化されたリアルで暮らしていた反動であり、どうしても譲れないところであった。もちろん様々な種が混在した完全環境都市(アーコロジー)も面白いとは思うが、種族間の軋轢を考慮するとそれを期待するのはまだ早いと感じていた。

 

「読んでもらえば分かると思うが、その内容には魔法が一切考慮に入れられていない。デミウルゴスにやって貰いたい事はその本で得た知識に魔法技術を掛け合わせる事だ。そのうえで愚民政策の一環として、様々な種族が交流できる“娯楽と物流”に特化した完全環境都市(アーコロジー)と、そこに卸す為の食料生産に特化した完全環境都市(アーコロジー)の設計に取り組んで欲しい。特に後者は牧場計画に成り代わるため、皮紙生産の為にも早急に着手してもらいたい」

「畏まりました、モモンガ様。全力を以って当たらせて頂きます」

 

 デミウルゴスがやる気に満ちているのを確認すると、やまいこは再び進行を始める。

 

「では次の案件。ナザリックの対外的な条約の作成。これは各守護者全員で草案を提出して欲しい。従属、保護、同盟の三つの観点から各々が思う条約を考えてみて。この案件は属性が中立のパンドラズ・アクターに預けるからアルベドとデミウルゴスは彼に提出するように」

『畏まりました』

 

「次。クレマンティーヌの兄、クアイエッセから得た情報だけど、レベル80前後と目される破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)というモンスターがトブの大森林に居るらしい。発見され次第こちらにも情報が来る予定だけど、取りあえずは動き出すまでは記憶の片隅にでも置いておいて欲しい」

 

「最後に、これもクアイエッセから得た情報だけど、この世界にも世界級(ワールド)アイテムが存在する」

 

 アルベドとデミウルゴスの顔が僅かに引き締まる。それを見てモモンガが話を引き継ぐ。

 

「パンドラズ・アクター。例の物をデミウルゴスに」

「はい。――デミウルゴス殿、こちらを」

 

 パンドラズ・アクターは無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)から一つの杯を取り出し、デミウルゴスに手渡す。

 杯は黄金で出来ており、翡翠から彫り出したとみられる見事な蛇が巻ついていた。その見た目の豪華さもさることながら内包する強大な力を感じ取り、デミウルゴスは察する。

 

世界級(ワールド)アイテム」

「そう、世界級(ワールド)アイテム、ヒュギエイアの杯だ。世界級(ワールド)アイテムは恐ろしく強力で危険な物だが、世界級(ワールド)アイテムを所持する者同士は互いに世界級(ワールド)アイテムの影響を受けない。この世界にも存在する事が分かった以上、ナザリック外の勢力と多く接触するであろうデミウルゴスにはそれを所持してもらう」

「お預かりします。セバスとソリュシャンも外に出ておりますが、如何いたしましょう。呼び戻しますか?」

「その必要は無い。彼らの主だった活動は街中で商人相手の情報収集。危険は少ないと判断し、このまま世界級(ワールド)アイテム無しで続けてもらう。とは言え、隠密能力に長けたシモベを護衛に付けるつもりだ」

 

 了解の意を示したデミウルゴスがヒュギエイアの杯をしまうと、最後にやまいこが口を開く。

 

「以上で全ての案件が出揃ったけど、他に何か気になる点が無ければこのまま会議は終了になる。なにかある人いる?」

 やまいこは場に居る全員をぐるっと見渡すと、デミウルゴスが手を挙げ発言の許可を求める。

 

「デミウルゴス。何か提案が?」

「二つほど確認をしたい事が」

「何かな?」

 

「はい。一つは食料生産に特化した完全環境都市(アーコロジー)、便宜上、真牧場計画と呼ばせて頂きますが、知性のある生物も対象としたいのですが、宜しいでしょうか?」

 

 やまいことモモンガは目配せする。これは()()()()()()()案件だ。

 やまいこ達はアルベドとデミウルゴスが来る前に、予めパンドラズ・アクターに「属性が極悪に設定されていた場合の思考実験」を行っていた。理想はアルベドやデミウルゴスに変身してもらって会議の予行演習をする事であったが都合よく登録している筈もなく、苦肉の策として取られた手段だが二重の影(ドッペルゲンガー)の彼は見事に極悪を演じてみせてくれた。

 結果、想像するだに恐ろしい話を聞かされる訳だが、やまいことモモンガはそれを一蹴する事はしなかった。極悪に扮したパンドラズ・アクターが提案する様々な案件は残虐な物が多かったが、根底にあるのは共存共栄などという夢見がちで現実味の無い理想を叶えるべく、邪悪ではあるもののナザリックに貢献したいと願う守護者視点の提案であったからだ。

 当然、「庇護下に入った二つの種が互いに捕食関係にあった場合」も想定されて然るべきなのだ。このナザリックの住人でさえ食人を好む者や繁殖のために人間を巣として必要とする者がいる以上、目を逸らす訳にはいかない問題であった。代替食品など、代わりが利けばいいがそれが叶わぬ場合も出てくる筈だ。

 やまいこはデミウルゴスの目を真っすぐ見据えて答える。

 

「勿論構わない。ただし条件が三つある。一つ目の条件は対象をナザリックに迎え入れるに相応しくない犯罪者や敵対した者に限定すること。二つ目の条件は、仮にそれらの者を出荷する必要が生じた場合は食肉処理を終えてから出荷すること。最後の条件はこれらの情報を完全に秘匿すること」

「畏まりました、やまいこ様」

 

「確認したいもう一つは?」

「はい。転移直後、敵対的なプレイヤーによるナザリック襲撃を警戒されておりましたが、御二人は世界級(ワールド)アイテムや他のプレイヤーをどの程度の脅威として捉えておいででしょうか? 今後、アインズ・ウール・ゴウンという名が広まるほど、敵対的なプレイヤーと遭遇する可能性が懸念されますが」

 

世界級(ワールド)アイテムは脅威だけど、実のところそこまで危険視はしていない。それが姿()()()()()()()()()()()()ならなおさらね。もちろん警戒しないという意味では無いよ? 転移直後、ボク達が他のプレイヤーを警戒した理由は、あの時点では()()()()()()()()()()()だと思ったからだ。でもそうでは無かった。こう言うと不思議に聞こえるかもしれないけれど、ユグドラシルとこの世界では“命の重さ”が違う。この世界での命はユグドラシルよりも遥かに重い。六大神や八欲王の情報を得たプレイヤーならその事に否応なく気付くはずだ」

 プレイヤーにとって伝説の内容は余りにも重い。

 デミウルゴスの表情も硬い。モモンガとやまいこが死ぬ可能性があるのだ。

 

「そして、それを知った上で、このアインズ・ウール・ゴウンに楯突こうなどというプレイヤーは稀だと判断している。六大神の一人が八欲王に殺された理由は不明だけど、十三英雄の活躍以降プレイヤーの影が歴史上から消えている事に鑑みると、仮に我々以外のプレイヤーがこの世界にいたとしてもその者は思慮深く理性的だと言える。少なくとも不用意に身を危険に晒すような者ではないだろうし、接触があったとしても交渉が出来る相手だと思っている」

 

 嘗てギルドランク第九位を誇っていたアインズ・ウール・ゴウンだが、他の多くのトップギルドとは敵対はしていなかった。彼ら(トップギルド)は往々にして理性的で話が出来る相手だ。例の1500人の中にも彼らは居なかったのだ。アインズ・ウール・ゴウンと戦う事の不毛さを理解していたのだ。

 一つ予測不能なのは、ギルドランク第三位の暴れたいだけの有象無象の輩。しかし、彼らにしても命の重いこの世界(ゲームではない世界)で、本気で命を懸けて暴れられる奴が果たして居るかどうか怪しい。

 自暴自棄に陥った者が襲ってくるかもしれないが、冷静さを欠いた者にこのナザリックを落とせるとは思えない。

 

「つまり話をまとめると、今現在隠れているプレイヤーはこちらが隙を見せなければ十分対応出来ると判断している。逆に八欲王のように派手な行動をしているプレイヤーは要注意だ。強大な国や組織があった場合は、接触する前にその歴史や経歴を調べる必要がある。そして常に世界級(ワールド)アイテムの存在を意識する、かな。こんな答えで良いかな?」

「はい。意識を共有でき不安が軽くなりました。勿論、今後も十分に警戒は続けるつもりですが」

 

「今は隠れているプレイヤーの反感を買わないように非人道的な行為は極力表沙汰にしないよう注意して欲しい。相手が人間種だった場合、大義名分が無いと交渉の余地すら失う可能性があるからね。後はプレイヤーを滅ぼした竜王(ドラゴンロード)の警戒くらいかな。こればかりは未知の存在だからとにかく情報収集が鍵になる」

「畏まりました。慎重に行動いたします」

 

「アルベドからは何かある?」

「強いて言えば前防衛責任者であるデミウルゴスにそのノウハウを聞ければと」

「デミウルゴス。その辺の引き継ぎを任せる」

「畏まりました」

 

「パンドラズ・アクターは?」

「いえ。私からは特にありません」

 

 やまいこは続く者が居ないのを確認するとモモンガに目配せする。それを受けてモモンガが会議を締めくくる。

 

「これにてギルド会議を終了とする。次のギルド会議は何か事が大きく動いた時になるだろう。それまでアルベドには苦労を掛けるが皆から上がってくる報告を逐次まとめてくれ。では、解散。締め切りは設けないが、各自宛がわれた案件に着手してくれ」

 

 守護者達が一礼をすると各々持ち場へと戻っていく。ほぼ守護者に丸投げするだけの場を果たして会議と呼んでいいのか甚だ疑問ではあるが、こうして記念すべき第一回ギルド会議は幕を閉じたのだった。

 

 

* * *

 

 

 モモンガが去り際のパンドラズ・アクターに声を掛けているのを横目にやまいこは一息つく。

 

(やっぱりアルベドとデミウルゴスの前だと緊張するな)

 

 自身が創ったユリやモモンガが創ったパンドラズ・アクターはその関係性から信用出来ると確信していたが、アルベドとデミウルゴスに関しては少しばかり不安があったのだ。

 やまいこがソファーに深く身を沈めているとモモンガが戻ってくる。どうやら一般メイドも下がらせたようだ。

 

「モモンガさん。パンドラズ・アクターに何か指示を出したの?」

「指示という程のものではありませんよ。宝物殿に戻ったらリフォーム用のデータクリスタルを探す様に言いました」

「部屋の外装変えるの?」

「はい。今回は応接室で会議をしたけど今後の事を考えると会議室も兼ねられる執務室にリフォームしておこうかと思いまして。ユグドラシル時代は現実(リアル)を想起させる物は意識して外してたんですけど、そうも言ってられませんからね。まさかナザリックの中で仕事をする事になるとは思ってもいませんでしたよ」

 

 円卓が使えれば話は早かったのだが、以前会議の為に守護者達を円卓に呼んだ際、守護者の誰もがギルドメンバーの席に座りたがらなかったのだ。生みの親であればその子供が席に座ったところで怒りはしないさと諭しても、忠誠心を試されているのではと勘ぐった守護者達は脂汗を流しながら挙動不審になっただけであった。

 更に空席となった39席を目の当たりにした守護者達がとてつもない悲壮感を漂わせた為、これ以上の強制はパワハラに成りかねないと諦め、それ以降は玉座の間に呼び出す様にしていたのだ。

 

(守護者達には悪いことをした)

 

 しかし、それでも椅子も机も無い玉座の間での会議に限界を感じ、今回はモモンガのプライベートルームの応接室を使ったのだった。

 

 それにしても、とやまいこは思う。リフォームを軽く笑い飛ばすモモンガには頭が下がる思いであった。

 

 ユグドラシル時代、現実(リアル)をゲームに持ち込むのを嫌うギルドメンバーが居たことは確かだし、モモンガも口には出さなかったがそれに共感していた節が窺えた。信念とまではいかなくともそれを曲げるには覚悟が必要だったはずだ。

 

(ボクもしっかりサポートしなきゃな)

 やまいこがそんな事を考えているとモモンガが神妙な態度で問いかける。

 

「本当に良かったんですか? やまいこさん」

「え? なにが?」

「その、愚民政策や牧場の件です」

 

(モモンガさんらしい気遣いだ)

 

 でも、だからこそ伝えねばとやまいこは思う。やまいこに対して後ろめたさを感じないように。モモンガと一緒にナザリックで生きていく上で己の気持ちを明確にする必要を感じた。

 

「教師として反対すると思った?」

「えぇ、まぁ」

「確かに10年前のボクならユリを連れてナザリックを出ていっていたかもしれない。でも安心して。こう見えてナザリックへの帰属意識は強いんだ」

 

 モモンガは平静を装っているが「出ていく」という言葉に一瞬身を固くしたようだった。

 

「モモンガさん、ボクが教師になった理由にこれといった特別な理由はないんだ。小学校時代の担任に影響を受けたから。よくある話だよ。面倒見の良い先生で、子供たちは皆懐いていた。先生のお陰で貧しいながらも学校生活は充実していて、先生のように成りたいと思うようになるのにそれほど時間はかからなかったんだ」

 

 突然語り始めてしまったがモモンガは静かに聞いてくれている。

 

「そして教師になって気付いてしまった。先生と同じ立場になった時、ボク達が受けていたのはある種の思想教育で、与える情報を操作して都合のいい人間になるように洗脳していた事を知ってしまった。面倒見が良かったのも、利用できる将来有望な若者を探すために管理者として監視していたに過ぎなかったんだ。……ボクはウルベルトさんの言うところの『あっち側』の人間だったんだよ」

 

「体制側に(くみ)する事で生活水準が向上したし両親や妹を養う事が出来た。でも、同時に先生に裏切られたと感じていたボクは、理想と現実のギャップに苦しんだ。悩んだ挙句、何の事は無い。ボクは一度手に入れた地位(生活水準)を失うのを恐れて、面と向かって体制に逆らわないように振る舞ったんだ。それでも理想を捨てきれなかったボクは、査問委員会に目を付けられない程度に教え子たちへの思想教育を緩め、教え子たちとの他愛のない会話の中で自立心を養うよう導いた。理想と現実を半々で折り合いをつけたつもりだった。そのお陰か教え子たちとの距離は縮まったと感じたし、他の教師たちと比べても教え子たちの多くが卒業後もよく会いに来てくれた」

 

 やまいこは話を区切り、暗くなりかけた声の調子を戻す。

 

「モモンガさん。ユグドラシル最終日のこと覚えている? ボクのログインが遅れた理由」

「たしか、事情聴取を受けたと」

「そう。あの時は警察の事情聴取って言ったけど、本当は公安の取り調べを受けたんだ。翌日には教育委員会の査問会にも出頭命令が出ていたんだ」

 

 穏やかではない話の流れにモモンガの気が重くなったのを感じる。

 

「あの日、教え子数人から会いたいと連絡があって、2時間くらい喫茶店で話していたんだ。会話の内容は流行のドラマがどうとか、液体食料の新フレーバーは微妙だったとか取り留めも無いもので、普通に楽しく過ごした。そして教え子達と別れて半日くらい経った時、ボクは公安に拘束された」

 

 

 

 

 

「自爆テロを起こしたんだ」

 

 モモンガが小さく息を呑んだのが分かる。

 

「貧民層への空気と水の分配率を上げるよう訴えて、企業を襲ったらしい。幸いボクの身元ははっきりしていたし、知り合いの弁護士が保証人になってくれたから拘束は一時的なものだったけどね。ただ、こう思ってしまったんだ。()()()()()()()()()()()()、たとえ過酷な環境だとしてもそれに疑問を感じないように教育しておけば、死なずに済んだのではとね。ボクの中途半端な教育が教え子を死なせてしまった。この半魔巨人(ネフィリム)の身体になる前にそう思ってしまったんだ」

 

「ボク自身、既に洗脳済みだった事を実感した」

 自爆した教え子たちの命は、世の中になんら影響を及ぼさないだろう。

 

 400年前なら、反体制派は革命を起こせば世の中を変える事が出来た。100年前なら、体制にただ反対するだけで利益になった。だけどアーコロジーでしか人が生きられなくなると、反体制派のような秩序を乱す存在は文字通り()()()()()()()

 テロは何も叶えない。ある国ではテロリストが潜伏したアーコロジーの階層ごと処分したと聞く。秩序を守る為に平然と血が流された。それがまかり通る世の中なのだ。

 テロリストが死んだ分、彼らが消費する筈だった資源で誰かが生き延びる。そういう世の中だったのだ。

 

「あんな形で教え子を失って、かつての担任の影がちらついて。あの日、気持ちの整理が付かなくて、一杯一杯で、モモンガさんに甘えたかったんだ」

「……」

「ふふふ。それに何だかんだでユグドラシルの終了を迎えるモモンガさんの事も心配だったしね」

 

 モモンガの様子を窺うもその骸骨の顔からは表情は読み取れない。

 あの日、いつも通りに振る舞うモモンガに痛々しさを感じたのは自分だけだろうか。いや、会いに来たメンバーは皆感じたはずだ。維持され続けたナザリックと、維持し続けたモモンガの姿に、病的な何かを感じたはずだ。

 

「話を戻そう。心配してくれているみたいだけど大丈夫。この世界に来て色々と吹っ切れたからね。脳内ナノマシーンの補給アラートが無い時点で覚悟は出来ていたさ。最初に共存共栄を掲げたのはボクだから、ナザリックの事でボクに気遣う必要は無いよ。

 ただ覚えておいて。支配するという事は綺麗ごとだけじゃやっていけないって事を」

「……はい」

「じゃあ、この話はこれでお終い。気分を切り替えよう。明日は冒険者組合に行ってプレートを受け取らないといけないんだから」

「ふぅ。そうですね」

 

「じゃあ、ボクは部屋に戻るよ」 ソファーにもたれ天井を仰いでいるモモンガにそう告げ廊下に出ると、受付の仕事が終わったのだろうかユリ・アルファ(理想の自分)が待っていた。ユリは一礼すると側に控える。

 

「ユリ、ボクは少し疲れた。自室に戻るから何か温かい飲み物を用意してちょうだい」

「畏まりました、やまいこ様。直ぐにお部屋の方へご用意いたします」

「うん、よろしく」

 

 そう返事をして食堂に向かうユリを見送り、やまいこは自室に戻るのだった。

 

 

* * *

 

 

「どう? それ、面白い?」

 

 第九階層のラウンジに意見交換も兼ねてアルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターの三名が集っていた。気を利かせたメイドが飲み物と軽食を用意してくれたのでちょっとしたお茶会になっている。

 ギルド会議などで挙がった案件に対して意見交換を終えたところで、モモンガから預かった本を熱心に読み耽るデミウルゴスにアルベドが声を掛けたのだった。

 

「はい。大変参考になります。特に都市を立体的に捉える概念は素晴らしいものです。私が考えた牧場に取り入れて改良すればもっと効率化できると思います。問題があるとすれば建築技術ですが、それも経験を積む事で追々解決出来るでしょう」

「そう。まぁ慣れるまでは慎重にね」

「勿論です。まずは地下に掘り進むタイプのアーコロジーを作ってみようかと思います。このタイプでしたら目立ちませんし、やまいこ様に提示された条件を比較的楽に叶えることが出来ると思いますので」

「たしか『秘匿する』だったわね」

「はい。地上部分に普通の牧場をダミーとして作り、地下に牧場アーコロジーを作る予定です」

 

「なるほどね。じゃあ私はこれで失礼するわ。大図書館(アッシュールバニパル)で桜花聖域の元になった資料を探さないといけないから」

「司書長には近いうちにまた素材を届けると伝えておいてください」

「分かったわ。パンドラズ・アクターも他の守護者に紹介したいから後日改めて時間を頂戴」

「畏まりました。統括殿」

 

 それだけ言うとアルベドは第十階層の大図書館(アッシュールバニパル)へと姿を消す。

 アルベドを見送ったデミウルゴスはパンドラズ・アクターに声を掛ける。

 

「パンドラズ・アクター、早速で申し訳ないが協力して貰いたい事がある」

「何ですかな? デミウルゴス殿。私に手伝える事であれば何なりと」

「るし★ふぁー様の姿になり土木用のゴーレムを数体用意してもらいたい」

「お任せ下さい。候補地が決まり次第現地でお造りしましょう」

「実は既に場所は決まっていて皮紙牧場の雛形も作ってあるんだ。案内しよう。……と、その前に第六階層に行って森の賢王(ハムスケ)とやらを確認しなければいけませんね」

「ではご一緒しましょう」

 

 こうして守護者三名のお茶会は幕を閉じ、ラウンジにはいつもの静寂が戻った。




独自設定
・桜花聖域関係
・やまいこの過去話

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。