骨舞う旅路   作:ウキヨライフ

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第10話:薬師の決意

「漆黒聖典第五席次、クアイエッセです。妹がお世話になっております」

 

 トブの大森林で薬草採取をしていると、森の賢王を追ってクレマンティーヌの兄、クアイエッセが現れた。妹に目つぶしを食らい涙目ではあるが、事前に隊長から報告を受けていた彼は、人間状態のモモンガとやまいこの姿をみとめると跪き頭を下げる。

 

「畏まらなくていいぞ。クレマンティーヌにも言ってあるが、この姿の時は普通の冒険者として接してくれ。私の事はモモン。やまいこの事はマイと呼んでくれて構わない。ついでに毎回説明するのも面倒だから他の連中にもこの事は伝えておいてくれると助かる。さぁ、分かったなら立ってくれ」

「畏まりました」

 

 そう言うとクアイエッセは立ち上がる。兄妹なだけにその顔はクレマンティーヌに似ている。血筋が良いのか立ち居振る舞いは落ち着いていて、特殊部隊の隊員とは思えないほど端正な顔立ちをしている。やや緊張している様子だがクレマンティーヌの兄だ、直ぐに打ち解けるだろう。

 

 当のクレマンティーヌを見やると、猫耳を両手で押さえつけながらやまいこの影に隠れている。エ・ランテルからここまでの道のりで他人に見られることに慣れてきた猫耳セットだが、流石に身内に見られるのはまだまだ恥ずかしいらしい。なるべく兄の視線に入らないようにしている。

 やまいこがクレマンティーヌに見合う装備という事で貸し与えてはいるが、よくよく考えるとゲーム内ではいざ知らず、いつ身内と出会うか分からない現実世界で猫耳と尻尾を常時装備するのはなかなかハードルが高いのではなかろうか。

 

(それにしても、猫耳は隠してもマントから覗くボンデージは隠す様子が無い。そっちは恥ずかしくないのか?)

 

「ああ、クアイエッセ。クレマンティーヌの装備は我々が貸し与えたマジックアイテムだ。()()()()()見た目だが性能は保証する。うん。まぁ、気にしないでやってくれ。それよりもこの森で何をしている?」

「はい。実は破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)を――」

 

「それがしを無視して話を進めないで欲しいでござざっ!?」

 

 神との会話を遮った不届き者にクインティア兄妹から容赦のないダブル殺気が飛び、会話の腰を折られて単純にイラっとしたモモンガも〈絶望のオーラⅠ〉を展開する。到底抗えない殺意にさらされた森の賢王は凄い勢いでひっくり返ると、無防備な腹を見せて即座に降参を宣言する。

 

「こ、降参でござる! それがしの負けにござるよ!」

 

(やれやれ、なんなんだこいつは)

 

「クレマンティーヌ。こいつが逃げ出さないように見張っててくれ」

「はーい」

 

 クレマンティーヌはひっくり返った森の賢王のお腹の上に座ると、薬草の匂いが酷く残る手を森の賢王の鼻にかざし強制的に嗅がすという微妙な嫌がらせを始める。攻撃の()をずらされた事を根にもっているのだろう。

 そんなクレマンティーヌを余所にモモンガとやまいこは会話を続けるため、妹の微妙な行いをこれまた微妙な表情で見つめているクアイエッセに向き直る。

 

「さて、続きを聞こうか。破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)がどうかしたのか?」

 

 

 

 

 

 クアイエッセが語った経緯は次の通りだった。

 復活を予言されていた破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)であったが、漆黒聖典がナザリックと接触したために捜索は中断。謁見後も国策を改め、内政の調整をする一方でいままで敵対していた周辺の亜人達と停戦協定、又は和平交渉をする為に漆黒聖典と高位の神官を方々に派遣した事で捜索に回す人員を確保出来なくなったらしい。

 

 しかし、予言を無かった事にする訳にもいかなかったので、一人師団ことクアイエッセが単身捜索する事になったという。

 複数のギガントバジリスクを操ることができる優れたビーストテイマーである彼の力は亜人達との交渉の席では戦力が過剰であったこと。反面、物理的な索敵能力が高く、探索任務に適していたこと。また彼ならば破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の捜索中に何か問題が起こっても単独で対応出来ると、複合的に判断された人選だった。

 

 そしてその捜索の過程で森に詳しそうな森の賢王に何か異変が起こっていないか聞き出そうとして、今に至るらしい。

 

「なるほどな。森の賢王よ、聞いた通りだ。何か心当たりはあるか?」

 

 お腹の上にクレマンティーヌを乗せたままの森の賢王へモモンガは問うと、クレマンティーヌが返事を急かすようにスティレットで突く。

「っ! そ、それがしは縄張りから滅多に出ない故に分からないでござる! 少なくともこの周辺には変わった様子は無いでござるよ!」

「だそうだ。探すならもっと北だろうな」

「そのようですね。せめてアゼルリシア山脈の東西どちら側か分かればよかったのですが」

 

「ふむ。ところで、破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)とはどのような存在なんだ? 発見したとして、お前達人類に討伐可能なのか?」

「仲間の予言は抽象的な物ですので実際に目にするまでは確かな情報は分かりません。しかし人類の脅威になり得る魔物に関して学んでいる仲間が“竜王(ドラゴンロード)”と称したからには、難度240から難度260程度の存在かと思われます。そして討伐可能かについてですが、多大な犠牲を伴いますが可能でしょう。ただ、スレイン法国には六大神が遺された至宝がありますので、犠牲を最小限に対処できるかもしれません」

「ほう。六大神が遺した至宝(アイテム)か。興味深いな。どのような物なのだ?」

 

 プレイヤーが残したアイテムと聞いてモモンガもやまいこも興味が湧いた。何らかの装備か、強力な召喚アイテムか。物によっては手持ちのアイテムとトレードしてもいいかもしれない。

 

「ケイ・セケ・コゥクと呼ばれる至宝です。相手を強制的に支配下に置く事が可能なものです」

 

(ケイ・セケ・コゥク? ケイセケコク、相手を支配? 世界級(ワールド)アイテムの傾城傾国(けいせいけいこく)か!?)

 

 その動揺を人間状態のモモンガとやまいこが表情に出さなかったのは奇跡といえた。当人達には予想外の答えであり、その衝撃で思考に空白が生まれ、感情を表に出す余裕がなかったのだ。つまり出さなかったというより()()()()()()が正しい。

 しかし、その思考の空白は転移世界の住人が格下の戦力しか持ち得ないと思い込んだ傲慢さが生んだ油断の表れでもあり、モモンガとやまいこを戦慄させるに十分な物であった。

 やまいこは確認とばかりにクアイエッセに問う。

 

「クアイエッセ。それはチャイナ服――えーと、こう、身体にぴったりした白い衣装で、太もも部分からスリットが入っている感じの?」

「おぉ! ご存知でしたか。流石ぷれいやーたる存在。その通りでございます」

「まぁ、ユグドラシルでも有名なアイテムだからね」

 

≪やまいこさん。そこまでにしましょう。下手に情報は与えないでください≫

≪了解≫

 

 この世界の住人が世界級(ワールド)アイテムをどこまで重要視しているか分からないが、ここは些細な情報も与えない方が良いだろう。世界級(ワールド)アイテム保有者には世界級(ワールド)アイテムが効かないといった情報も秘匿しておけば後々何かの役に立つかもしれない。

 

傾城傾国(けいせいけいこく)か。放置は危険な気もするけど、強引に奪うのは悪手か? これからはこの世界にも世界級(ワールド)アイテムが存在する前提で動かないとな。まずはやまいこさんと、外に出ているNPCたちに対策を施さないと不味いな。糞、一気に課題が増えたぞ)

 

 悶々とするモモンガであったが取り敢えず目の前の問題に集中する。

 

「それで実際のところ、発見したらどうするんだ? 支配下に置くのか?」

「いいえ。当初は人類の戦力増強の側面からその予定でしたが、我々スレイン法国がぷれいやーの皆様と接触できた今、わざわざ危険な賭けに出る必要も無くなりましたのでその案は見送られました。現状、発見したら場所を確認するだけに留め、刺激しないように撤退する予定です。発見した状況によっては王国と帝国へ警告することも一応検討されております」

 

「なるほど。では発見した場合は我々にも情報を回してくれ。場合によってはナザリックの戦力で処理する。それと……、そのケイ・セイ・コゥクを一度見てみたいのだが、手配して貰えるか?」

「畏まりました。ただ、ケイ・セケ・コゥクを装備する事が許されているカイレ様がエルフ王国の重鎮に顔が利くという事で、現在エルフ王国にて和平交渉に赴いております。ですので少々時間を頂きたく思います」

「急かすつもりは無い。この目で見る事が出来るならばいつでもいい」

 

「了解致しました。では、私は破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の捜索に戻ろうかと思います」

 

 あらかた情報交換が終わったと判断したクアイエッセが捜索に戻ろうとすると、最後にモモンガが声をかける。

 

「戻る前に一つ。もし森の中で麻薬畑を見かけたら手を出さず場所だけ教えてくれ」

「畏まりました。しかし森の中は人外の領域、畑などあるでしょうか?」

「昨日この先にあるカルネ村が八本指に襲撃された。麻薬畑に加担するのを断っての事だ。もしかすると断り切れなかった村も中にはあるかもしれない」

「そのような事が。畏まりました。発見次第必ずご連絡致します」

 

 元々王国に良い感情を持っていなかったであろうクアイエッセは厳しい表情を見せる。

 

「頼む。ところでコレ(森の賢王)はどうする? 問題が無ければ引き取りたいのだが」

「お任せ致します。元々人間には害が少ないという理由で長年見過ごしてきた魔獣ですので」

「そうか。ならば森の賢王よ。私の名はモモンガという。私に仕えるのであれば命は助け――」

「忠誠を誓うでござる!」

「きゃわぁっ!?」

 

 森の賢王はお腹の上に座っていたクレマンティーヌに構わず勢いよく飛び起きると、躊躇わずモモンガに忠誠を誓う。その後ろでは振り落とされたクレマンティーヌが後頭部を強打したのか頭を押さえて呻いているのが見える。

 クアイエッセは森の賢王の誓いを見届けると、モモンガに軽く一礼して再び破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の探索に戻る為、深い森の奥へと出発するのだった。

 

 

* * *

 

 

 クアイエッセも去り、森にこれ以上留まる理由も無いモモンガ達は森の賢王を連れてカルネ村に向かって森を歩いていた。

 道中、森の賢王は配下になった印に新しい名前を欲しがった為、モモンガ案の「ハムスケ」に決定した。ネーミングセンスに自信が無かったモモンガではあったが、やまいこから特に代案も出なかったので、たぶん大丈夫だろうと納得することにする。

 

「殿! このハムスケ、命を助けてくれた恩は必ず忠勤で返すでござる!」

「お、おぅ。期待しているぞ、ハムスケ」

 

「モモン。ハムスケを連れ帰ってどうするの?」

 やまいこがハムスケを撫でながら今後の処遇をモモンガに確認する。

「一応名の通った魔獣のようだから、支配下に置いた事を冒険者組合に伝えるついでに魔獣登録しようと思ってます。こんな見た目(ハムスター)だけど多少は名声の足しになるだろうし。その後は、ンフィーレアの要望通り森で放し飼いですかね」

「ボクはンフィーレアの意見を尊重したい。一応今回の依頼者からのお願いだし」

「じゃあ、魔獣登録後はカルネ村を守る前提で今まで通り森で過ごして貰うか」

「賛成。小鬼(ゴブリン)だけじゃ不安だったんだよね。ンフィーレアを懐柔する事を抜きにしても、ここまで関わっておいて放置した結果、村が滅びました~じゃ寝覚めが悪い。でも、ハムスケが森の賢王だって信じてくれるかな?」

「……」

 

 正直なところ信じて貰えるか自信が無い。モモンガにも、そしてやまいこにもハムスケはちょっと大きな可愛らしいジャンガリアン・ハムスターにしか見えないのだ。

 クアイエッセが森の賢王として追っていたという状況から取りあえずハムスケが森の賢王である事を納得しているが、大した戦闘も無く従えてしまった為にハムスケがトブの大森林の一角を200年近く支配していた強大な魔獣である事に確信が持てなかった。

 

「まぁ、信じて貰えなくても、押し通すしか無いだろうな」

 

 

 

 

 

 今後のハムスケの境遇を話しながら村まで辿りつくと、先に撤退していたンフィーレアと漆黒の剣の面々が安堵の表情で出迎えてくれた。が、後ろに控えていたハムスケを見るとその表情が驚愕に染まる。

 ルクルットはハムスケを警戒しているのか、武器こそ抜いていないが何時でも戦闘に移れるように僅かに重心を下げている。

 

「モ、モモンさんよぉ、魅了(チャーム)とかされてないだろうなぁ」

 

 そこまで警戒しなくても良いのではと思うモモンガであったが、周りの余りにも真剣な眼差しに驚く。外見が可愛らしいハムスターではあるが、確かにここまで巨大だと威圧感も凄まじい。

 モモンガが皆の警戒心に思い至ると、改めて安全である事を宣言する。

 

「大丈夫ですよ。森の賢王は私の支配下に入っています。私の許可なしに暴れたりしません」

 

 やまいこも周りを安心させるために「触れても大丈夫ですよ~」と言わんばかりにハムスケを撫でてみせる。

 

「まさに殿の仰る通りでござる! この森の賢王改めハムスケは、殿に仕え、共に道を歩む所存! 殿に誓って、皆々様にはご迷惑をおかけしたりはせぬでござるよ!」

 

 ハムスケの宣言に一瞬静まり返る。

 

「これが森の賢王! 凄い! なんて立派な魔獣なんだ!」

 

(ニニャ!?)

 

「いやはや、こうしているだけで強大な力を感じるのである!」

 

(ダイン!?)

 

「まじかー。こんな偉業をなしとげるたぁ、ぐうの音も出ねぇな。さっさと昇級試験でも受けて貰わないと他の(カッパー)が哀れだぜ」

 

(ルクルットまで!? お前達こそ魅了(チャーム)されてるんじゃないだろうな)

 

 その予想外の高評価にモモンガは狼狽える。やまいこも相手が冗談を言っている訳ではないと分かると、ハムスケのどこに強大な力を感じるのか探し始める始末だ。

 

「クレマンティーヌ。お前はハムスケをどう思う?」

「んー、彼らの反応が意外だから話を振ったんだろうけど、あの反応はもっともだと思うよ? 私と同じくらいの力はあるみたいだし、正直こんな魔獣がいる村とかだれも手がだせないと思うよ? 帝国お抱えの魔法詠唱者達が集団で襲わない限り安泰じゃないかな?」

 

「クレマンティーヌ」

「ん?」

「お前って凄い奴だったんだな」

「ち、ちょっ!? だから言ってんじゃん! 力の差を認識しなってさぁ!!」

 

 ムキー!と憤慨するクレマンティーヌはガシガシと頭を掻きむしり地団駄を踏む。神々が周りとの強さに開きがあり過ぎてその辺の機微を分かっていないであろう事は彼女は理解していた。そのせいで自分の能力が過小評価されている事にも気付いていた。

 一昔前の彼女ならそれで酷くプライドが傷付くところだが今は違う。なにせ指先一つで片腕くらい物理的に吹っ飛ばすような桁違いの相手。気にしたところで不毛なだけなのだが、改めて見当違いなところで指摘されると腹が立つのだ。

 

「どうどう。落ち着いて。ボクに免じて許してやってよ」

 

(あれ? 俺だけ悪いの?)

 

「モモンちゃんたちはもっと実戦を経験して自分たちがどの領域に居るか学ぶべきだよ。英雄の領域に踏み込んでる私ですらモモンちゃんたちのシモベ相手には手も足も出せないんだからさぁ」

 

 クレマンティーヌの実力は自己申告だが難度90程度で、ユグドラシル換算だとレベル30程だ。対する彼女をナザリックに攫った八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)はレベル49。ゲーム時代でさえレベル差が10も開けばまず勝つのは困難で、20近く離れるともはや困難を通り越して不可能と言えた。武技を使って瞬間的にブーストしようがその差を埋める事は出来ないのだ。

 腑分けされそうになった事を思い出したのか無意識に手がお腹を摩ると、徐々にクレマンティーヌの目から光が無くなっていく。

 

「それ以上はいけない! クレマンティーヌ、戻っておいで!」

 

 

 

 

 

 やまいこが危うく危険な思考に囚われそうになるクレマンティーヌを必死に呼び止めているところに、ンフィーレアが真剣な面もちで近づいてくる。十中八九、出発前に話していた森の賢王不在によるカルネ村への脅威に関してだろう。こうしてハムスケを連れだして来たことで、モンスターの脅威が現実味を帯びてきたのだ。

 

 実のところ、モモンガは小鬼(ゴブリン)の角笛を消費して守ったカルネ村を、見捨てるつもりは最初から無かった。ンフィーレアの生まれながらの異能(タレント)の件もあるが、例えハズレアイテムだとしても自分の資産を消費してまで関わってしまった村が、例えどんな形であれ失われるのは癪に障るのだ。

 ただナザリックの利潤を考えると、相手から庇護を求めてくる事が重要であった。モモンガがお願いを聞き、相手に恩を売る事が理想的な展開なのだ。その点、ここまでの流れは順調で、ンフィーレアは間違いなくモモンガに助けを求めるだろう。

 

 しかし、ンフィーレアの言葉はモモンガの想像を超えたものだった。

 

「モモンさん! 僕を貴方のチームに入れてください!」

「はぁ!?」

「僕はエンリを……カルネ村を守りたい。でも、今の僕にはその力が無いです。だから強くなりたいんです! モモンさんは優秀な魔法詠唱者(マジックキャスター)とお見受けしました。モモンさんのその強さを、欠片でも教えて欲しいんです! 僕には皆さんのような優秀な冒険者を長く雇えるだけの財力はありません。だから、僕をモモンさんのチームに入れてください! 薬学に関しては少し自信がありますし、魔法はまだまだですが頑張って勉強します! 荷物運びでもなんでもします! だからお願いします!」

 

 頼りない少年だと思っていたンフィーレアが、今は男の目になっていた。その真剣な眼差しをモモンガは凝視する。

 

「……はっ、はははは!」

 

 突如、モモンガが明るく笑いだす。その笑いは穏やかで爽やかなものであった。そして笑うのを止め、スーツの埃を払い姿勢を正すと深々と真摯に頭を下げた。驚くンフィーレアにモモンガは告げる。

 

「笑ったりして申し訳ない。君の決意を笑ったわけではない事を知って欲しい。まず私のチームに入るには幾つか条件があるのだが、君は十分にそれを満たしていると言える。だが現状は保留にさせて欲しい。話したと思うが我々は遠くから旅をしてきた身で、まだこの辺りに落ち着くかどうかも未定なんだ」

 

 転移後、アインズ・ウール・ゴウンへの加入条件から「異形種である事」は廃止された。残る条件は社会人であること、そして隠し条件であるギルド構成員の過半数の賛成が必要なのだが、やまいこの今までの反応を見ると恐らく賛成はするだろう。

 しかし、ンフィーレアはナザリックの事もアインズ・ウール・ゴウンの事も何も知らないのである。これは少々アンフェアだし、知った時の反応も不確定だ。強大な力の恩恵を得られると喜ぶかもしれないし、異形種だらけのナザリックに怖気づくかもしれない。

 

≪モモンガさん。保留にするの? 彼の力を得るならチャンスだと思うけど≫

≪確かにチャンスですけど、冒険者チームにしろギルドにしろ、此方の情報を何も知らない人間をいきなり加入させるのはリスクが高いと判断しました≫

 

 この世界の住人とは、互いの立場を考慮して段階的に関わるべきなのでは、と付け加える。冒険者チームとして付き合うのか、ギルドの存在を伝えるのか、プレイヤーである事を明かすのか。

 

≪共存共栄と言っても相手によって距離感は変わると思うんです。この辺は改めてアルベドやデミウルゴスを交えて相談しましょう≫

≪まぁ、クッションは必要かもね。明日から異形種がお友達だよって言われても困るだろうし≫

≪はい。ただ、今回に限っては全面的に助けるつもりです。やまいこさんも気に入ってるでしょ?≫

≪……まぁね≫

 

 モモンガの言う通り、やまいこはンフィーレアの言葉に心打たれていた。無表情なアバターではなく、生きた目であそこまで純粋に真摯に訴えられると、どうにも弱かったのだ。

 

「ンフィーレア。君の気持ちは十分に分かった。今まで我々の仲間に成りたいと言ってきた奴は何人もいたが、打算的な奴らが多かった。中には秘匿性の高い情報や貴重なアイテムを奪う為に近寄ってくる連中だっていたんだ。

 だから君の、純粋に村を守りたいという願いが心地よかった。我々の力を当てにせず、あくまでも自分が強くなって村を守るという心意気が気に入った」

 

 モモンガは言葉を一旦切り、真正面からンフィーレアを見据える。

 

「君をチームに入れる事は出来ないが、村を守ることに関して力を貸そう。もちろんそれ相応の対価は支払ってもらう。場合によっては君にも協力してもらう」

「はい! やらせて頂きます!!」

 

 モモンガがンフィーレアの決意に頷いていると、漆黒の剣の面々が微笑ましいものを見守るような視線を向けていた。モモンガはそんな彼らを気恥ずかし気に見返していると、唐突に思い出したかのように問う。

 

「そういえば、ペテルさんは帰ってきてはいないのですか? 昨日の話では確か昼頃には戻るとの事でしたが」

 

 その疑問に漆黒の剣の表情が僅かに曇る。やはりその事には気付いていたようで不安があるようだ。護送していたのが野盗の生き残りなだけに嫌な予感を拭えないのだう。

 ルクルットがそんな彼らを代表して口を開く。

 

「心配しても始まらねぇ。単に事情聴取が長引いているだけかもしれねぇしよ。こっちは馬車がいつ戻ってきてもいいように薬草を壷に入れる作業を終わらせておこうぜ」

 

 ペテルの事が心配にもかかわらず依頼を優先する彼の表情には険しいものがある。冒険者としては正しい姿なのだろうが、普段明るい彼の姿を知っているだけに痛ましく見える。

 ルクルットは続ける。

 

「それとモモンさん。折り入って頼みたい事があるんだけど、いいかな」

「なんでしょう? 私に出来る事なら良いのですが」

「明日になってもペテルが戻らなかった場合はこっちからエ・ランテルに向かおうと思ってるんだけど、そのぉ、ハムスケ――さんに薬草を運んでもらう事って出来ますか?」

 

 ハムスケの(くだり)がやや緊張気味だったが言わんとしている事は理解できた。

 

「馬やロバに使うサドルバッグがあれば代用出来ると思います。ハムスケには私から指示するので問題は無いでしょう」

「じゃあ、もしもの時は頼みます」

 

 そう言うとルクルットはハムスケにもペコペコと頭を下げている。やはり自分より強く、意思疎通のできる魔獣は恐ろしく見えるらしい。知能が高く、会話の言葉尻から機嫌を損ねる可能性があることを考えると、普通の人間には確かに気を揉む相手かもしれない。

 

(安否を確認するだけならいくらでも手段はあるんだけどな。まあ、ここは彼の言う通りにしておくか)

 

 皆が一抹の不安を胸に抱きながら薬草を壷に移し替える作業を終えると、日はすっかり傾き夕食時になる。襲撃から二日目、未だ各家庭で個別に夕食を取る事に不安がる村人たちは、広場に集まり炊き出しの準備をしていた。

 

 そこに不安の種だったペテルが馬車に乗って戻ってきた。それも、意外な人物を連れて。




八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)のレベル49はWeb版準拠。

独自設定
・情報の価値が高いユグドラシルですが、傾城傾国はwiki的な何かに登録済み。
・クレマンティーヌの難度90。原作では言及されていない、はず。
・破滅の竜王=ザイトルクワエ。数百年前に戦った七人組に亜人が含まれていた為、スレイン法国では伝承が風化している。

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