子は見ている。
主の命令通りに。それは知識、魔法を盗む事。
たとえ、主が近くにいなくても、主が夢を見ている時でも、主の命令をこなす為に子は盗みの機会を待っている。
しかし、なかなか尻尾を出せない。老人は警戒しているのだろう。当たり前だ。何せ不老不死の知識を持っている人物であり、今まで長く生きている人物なのだから。それでも、子は亀のようにじっと待つ。
全ては主の為に。
老人を見てから、随分と時間と立つ。
老人の一日は手紙を書いたり、ページがくたびれている本を読んだり、妻と他愛のない会話ばっかりだったが、老人はついに尻尾を出す。老人は妻が買い物に出ている隙に、床に隠されていた扉を開ける。扉の先には地下室が隠されていた。
子は地下室へと入る。主の命令を完了させる為に。
しかし、老人は気づいてたのか、罠を設置していた。地下室に入ろうとした瞬間、子は罠にかかり、檻に囚われてしまった。老人は捕らえた子を見て、肩を落としてしまう。
「アベ。お前もか‥‥」
ようやく、魔法、知識を受け継げる人物が現れたと期待していた。だが、結果がこの鼠。あの少女は貪欲すぎる。少女が来たら、破門にするか…
老人は少女に思いを馳せながら、階段を上がる。その足取りは重い。まるで膝の痛みを抑えるような足取りだ。
地下から出た老人は何時ものように地下室を隠していく。老人はその作業に集中していたせいなのか、少女に落胆していたせいなのか、老人の後ろに少女がいる事に気づいていない。
「はじめまして。ニコラス・フラメル」
声に驚いた老人が後ろを振り返る。しかし、振り向いた瞬間、意識は遠のいていく。瞼が自分の意志と関係なく、閉じていく。閉じていく眼に一瞬、声の主が映る。
そこにいたのは、先ほど、思いに馳せていた安倍灯葉にそっくりな少女。違うのは白い髪だけだった。
巳は諦めない。
たとえ、眼が鳥に潰されようとも。脳天に剣を突かれようとも。主の命令を守る為に巳は決して死なない。
「お前は吾輩の意志そのもの。決して、意志を潰えてならん」
巳は主の最後が言った言葉を忘れない。私は主の意志そのものなのだから。
巳は主から去ってから成長した体をくねらせて、移動する。向かう先は主が自分の為に作ってくれた住処。そこで、暫く待つことになる。次こそ、主の意志を全うする。全ては主の為に。
巳は決心して、住処へと入ろうとする。
「許しませんよ」
しかし、蛇の後ろに聞こえる声。
巳は振り返る。意志を受け継ぐ者が現れたかと期待して。
待っていたのは巳を焦がす炎。炎を誘う声。
葉灯りて
赤く染めゆく
染まる葉は
紅葉となり
燃え尽きる
最初は頭を焦がす小さな炎。
炎はやがて、巳を包み、大きい体を徐々に焦がしていく大きい炎となる。火だるまとなった巳は悲鳴を上げて、水へと入る。しかし、水に入っても、炎は消えない。
「お礼です。私の名を最後まで噛みしめてください」
少女は、水から出てくる黒い灰と水から照らす灯りを背に受けて、秘密の部屋を後にした。