アイドルマスターシンデレラガールズ 〜自称天使の存在証明〜   作:ドラソードP

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【お知らせ】
すいません、随分長い間新話をお待たせしました。作者は生きてます。
正直話が若干難かしく&シリアスパート増えてくるので、執筆にかなり慎重になってます。プロットや設定、デレマスのwiki等とにらめっこする日々で……

まあとりあえず、ここで長々と書くのもアレなんで、さっさとお話スタートです。



第62話 邂逅〜とある日の噴水広場にて〜

第62話

邂逅〜とある日の噴水広場にて〜

 

 

 爽やかな秋風、程よい日差し、流れる水の音。一人思いにふけり、何か考え事をするには最適な環境だ。

 乱れた感情もここの噴水で座り、深呼吸をすればすぐに落ち着きを取り戻す。

 部屋に篭って仕事三昧なのも良いが、たまにはここに来て、気分を変えるのも良いかもしれない。

 

 時刻は丁度四時を過ぎた所。俺は幸子が帰ってくる前に休憩がてら、346プロの屋上にある噴水広場に来ていた。

 なぜわざわざこの場所に来たのか、発端は昨日の悩みだ。

 

 結局、昨日はあの後特に何も無く、幸子の方は普通にレッスンをして、夜は遅くなり過ぎない程度で帰った。

 だが、俺の方はそんな幸子のこれからの事についてを考えていたら、なんだか落ち着けずモヤモヤとしてしまったのだ。そして日を跨いだ今日になってもその心の霧は晴れず、釈然としないままただただ時間だけが過ぎていった。

 そこで俺は、このままでは埒が明かないと思い、一旦外に出て気分を入れ替えることに決めて、今に至る。

 

「しかし、夏場はここも暑苦しかったが、これくらいの季節になると随分と過ごしやすい物だな……」

 

 朝と夜の通退勤、それと幸子の外部での仕事がある時以外、ほとんど外に出ることが無かった為か、前にこの場所に来た時とは随分と外の陽気は変わっていた。

 それに幾ら換気のため、定期的に窓を開けたりはしていたとは言え、実際の外と室内はやはり違う。空気が美味しいと表現されることは良くあるが、今の感想としてはまさにその言葉の通りだ。

 少々、引き篭もりが過ぎて居たか。そりゃあ確かに、考えも鬱屈で悪い方向に傾いてくるな。

 

「にしても、どうした物かな……」

 

 俺は噴水の縁に座りながら、昨日の出来事……いや、幸子との今までの全てと、これからについて考えていた。決して今までまったく考えていなかったという訳では無いが、どこかどうにかなるだろうと他人任せ、時間任せにしていた自分が居たことも否定できないからだ。

 今までが適当だった訳じゃない。手を抜いたという訳でもない。ただ、あまりにも全てが上手く行き過ぎていた。

 それ故に、周りの環境が少しづつ変わってきた今、そのちょっとした変化に俺は不安を覚えさせられていた。

 

 俺は缶コーヒーを開ける。そして、頭の中にカフェインをじっくり流し込む様に、一口だけ飲む。

 途端に広がる苦味、ブラックコーヒーが丁度良い感じに頭を働かす。

 コーヒーは気分や状況によって変えるが、やはり何か頭を働かす時はブラックが一番良い刺激になるな。

 

「キミも、ここの風に吹かれに来たのかい?」

 

 と、俺は誰かから声をかけられる。まあ誰か、とは言ったが、このプロダクションでこんなセリフを言える該当者は、俺が知る限りおおよそ一人しかありえないか。

 

「……いつから居たんだ?」

 

「さあね。だけど少なくとも、キミがボクの存在を認知したその瞬間から、そこにボクは『居た』んじゃないのか?」

 

 彼女、二宮飛鳥もまた、俺と同じく噴水の縁に座っていた。何やらその手には、小説か何かと思われる本を持っている。そして、いつもと変わらずな、その妙に落ち着いた口調で話しかけてきた。

 その佇まいを見ると、本当にあの幸子より学年が下なのか、未だにどうしても疑ってしまう。

 

「しかし、一体どうしたんだい? そんな神妙な顔つきをしながら、独り言なんかを言って。いつものキミからすると、キミのそういった様子は随分と珍しい気がするが」

 

「なんだ、もしかして知らない間に、独り言でも言っていたか?」

 

「無自覚だったのか。そこまで考え込むとは、余程のことでもあったみたいだね。色々と察するよ」

 

 すると飛鳥は本を閉じ、その場から立ち上がる。そして噴水の俺から少し離れた場所に座っていた飛鳥は、俺の方へと歩いて来る。

 

「失礼するよ」

 

 そう一言だけ言い、彼女は再び俺の横で噴水に腰掛けた。

 幸子といい、最近の女子はこういった行動に抵抗を覚えないのだろうか。別に、それを悪いとは言わないが、仮に他の男子学生とかだったとしたら、色々と勘違いをしてしまいそうなものだ。

 

「で、実際悩み事かい? いつも仕事熱心だったキミが、わざわざ勤務時間中にこんな場所に出てくるなんて」

 

「大体、そんな所かな。でも多分、飛鳥が思う様な大した悩みでは無いよ」

 

「フッ、そうかい。まあ生憎、ボクは次のレッスン時間まで暇を持て余していたのでね。なんだったら深刻な相談でも、他愛のない雑談でも、とにかく話なら聞くよ?」

 

「なるほどな、そういうことか」

 

 そうか、考えてみれば今の時間帯、飛鳥は学校帰りか。恐らくこの話口調からすると、学校帰りに時間が余り、ふらっと屋上に寄ったら偶然俺がいた、或いは来たという流れなのだろうな。

 山梨から通う幸子が特例中の特例なだけで、別に都内か、もしくはそれに近い所に住んでいるであろう飛鳥が、この時間帯にプロダクションに居ても別に何もおかしくはない。

 

「まあその……実はさ、ちょっと幸子のことで……」

 

「幸子? なんだい、彼女と何かあったのか?」

 

「いや、正確には別に幸子と直接何かあったって訳では無いんだが、彼女について色々考えていたら、不安になることがあってな」

 

 という事で俺は、飛鳥に話を続けていく。

 

「……あまり想像したくはないもしもの話だが、仮にもし、あいつがトップアイドルの夢を、諦めざるを得ない様な危機に陥ってしまったらどうなるのか、俺はちゃんとアイツの為に何かしてあげられるのかな、なんてつい気になっちゃってさ」

 

「フム、キミにしては珍しい疑問だね。何故その様なことを?」

 

「実は、会社側の動きで色々あってな……」

 

 俺は飛鳥に、そもそもどうしてこんなに悩みこむことになってしまったのか、順序を追って事情を伝えていった。飛鳥は相槌を打ちながら、そんな俺の話を静かに聞いてくれる。

 なんというか、こう相手の話を聞くのが得意な人に話をしていくと、ついつい夢中になって話してしまうものだ。

 

「……なるほど、確かにその話はボクもプロデューサーから聞かされてはいた。だが、記憶に間違いが無ければボク達に大きな影響等はない、とのことではなかったかい?」

 

「そうだ。別に、その話自体にはおかしい点も何も無い」

 

「……それなら一体、キミは何にそこまで悩んでいるというんだ」

 

「まあ、それでなんだが、俺はこの話を昨日会議の後に幸子にしたんだよ。別に、変に隠すような話でもないからな。だが、どうやら話を勘違いしたかなんかでアイツ、妙にへこんだんだよ。ボク達はもう用済み、結局ダメだったのかって」

 

「確かに、デビューしたてのこのタイミングで、いきなり新プロジェクトの始動なんて話をされたら、話を悪い方向に解釈をするのも納得できるね。ましてや、彼女の様な芯が真面目なタイプであればある程」

 

 だが、そこで飛鳥は不思議そうな顔をする。

 

「しかし、ではそれは単なる彼女の早とちりだったという訳だろう。落ち込んでしまった彼女に、その場ですぐにフォロー等は入れてあげなかったのかい?」

 

「ああ、勿論すぐにフォローは入れたさ。そしたら、あいつの方は秒速でいつもの調子に戻ったよ」

 

「……おかしな話だ。では別に、キミは何も、そこまで悩み込むようなこともないだろう」

 

「ハハッ、確かに飛鳥が言う通り、そうなんだよな。なんで俺は、こんなに悩みこむハメになっているんだか……」

 

 俺は視線を飛鳥の方から、手元の缶コーヒーの方に視線を落とす。その真っ黒な缶の外観は、まるで先の見えぬ現状を表しているかの様に感じられる。

 

「……でもさ、なぜだか知らないけど、その時の彼女の悲しんだ表情。それが例え本当の物じゃなかったとしても、なんだかその表情が、俺の頭に強く残ってしまったんだよ」

 

「……成程、少しづつだが、話の全貌が見えてきた」

 

「いつか消えてしまうかもしれない当たり前、もしかしたら訪れてしまうかもしれない未来。そんなのを一瞬でも想像してしまったら、今まで気にしていなかった……いや、気にしないようにしてきた様々なことが、怖くなってきた」

 

 俺は乾いてきた口を潤す為、コーヒーを一杯だけ口にする。悩みが中々晴れない今、ただただ苦いその味が良く響く。

 

「……俺がこれから先、仮に何か取り返しのつかないミスを、選択をしてしまったら、あの幸子の悲しむ顔が本当の物になってしまったら、そんなことを考え始めたら、酷い寒気みたいなものがしてな……」

 

 飛鳥は俺の話を黙って聞いてくれている。俺は話を聞いてくれるそんな飛鳥の姿を見て、自分の口から漏れる嘆きに近いその言葉を一旦止めた。

 

「……まったく、俺はプロデューサーだっていうのにこの程度のことで悩んで、しかも中学生の少女にこうして相談まで聞いてもらって、一体何をしてんだか」

 

「話の内容は大体理解できたよ。確かに、キミがそこまで悩み込んでいた理由も、こうして深く聞いてみると良く分かった」

 

 そう言うと、飛鳥は言葉を続けていく。

 

「だが別に、キミのその悩みや苦悩は決して悪い物、という訳ではないだろう。人は考え、悩む生き物だ。いつでもそうやって成長してきた」

 

「……つまり、どういうことだ?」

 

「ああ。つまりは、こうして悩むキミは人として真っ当で、何より正しいってことだ。キミはまだ何も間違ってなどいない」

 

 飛鳥は俺の状況を理解したかのように、表情に笑みを浮かべる。まるですべてを見通したかの様に、察したかの様に、静かに。

 

「第一、キミはまだ、その取り返しのつかないミスとやらを犯したりした訳ではないのだろう? 寧ろ、そんな未来を防ごうと試行錯誤苦悩しているのならば、実に良い事じゃないか」

 

「そりゃそうなんだろうけどさ。でも、仮にそうなんだとしても、一度最悪の事態とかを考えてしまうと、悪い考えだけが飛躍し過ぎて、今度は不安や恐怖ばかりが次々と湧いて出てきてしまうんだよ。そうなると、中々仕事も手につかなくてさ」

 

「不安や恐怖、か……」

 

 俺達二人は噴水の縁で黙り込む。辺りには、噴水から流れる水の音だけが静かに響き渡っている。

 

「……しかし、悩むのは良い事とは言ったが実際、キミを良く知るボク個人としては、少し疑問もある。そんなほぼほぼありえないもしかしたらの話に、そこまで悩みこむなんて。いつも冷静で、何事に関しても現実的なキミにしては、随分と『考えが短確的』ではないか?」

 

「その台詞、昨日俺が幸子に言った言葉のままだよ」

 

「フフ、そうかい。やっぱりキミ達は何処か似ているのかもね。あれだけ仲が良いのも、充分に納得だ」

 

「そう言ってもらえると、本当に色々救われるよ。この前美嘉とも話したんだが、他人からの言葉程信用できるものは無い」

 

「だがそれは、信用できる間柄だからこそ、だろう?」

 

「ああ、勿論だ」

 

 そう言うと、飛鳥は少しだけ照れくさそうな顔をする。

 

「……そう何の躊躇いもなく、勿論等と返されると、中々に恥ずかしいものだ」

 

「あー……一応言っておくが、他意は無いからな?」

 

「それくらい分かっているさ。キミには、何よりも大事な彼女が居るからね」

 

「おい、誤解を招くような発言はよせ」

 

「フッ、冗談さ」

 

 飛鳥は再び笑みを浮かべる。

 なんというか、彼女のその余裕そうな様子を見ていると、中身は彼女の方が歳上なのではないかと錯覚してしまう。

 二十三歳にもなるプロデューサーが、一回り近く歳下の少女に人生相談をしている図は、傍から見れば酷く滑稽な物だろう。今回の悩みや状況とも相まって、自分の至らなささや女々しさに、恥ずかしいという感情が湧き出てくる。

 こんなにも些細な事にここまで悩みこんでしまうなら、もう一層の事余分な感情なんて失ってしまった方が楽なんじゃないのか、そう考えそうになってしまう自分を叱咤しながら、俺は飛鳥との会話を続けていく。

 

「……ともかく、話を戻すと今回、幸子とは本当に何かがあった訳じゃないんだ。ただ、彼女のプロデューサーという存在になって時間も経ち、徐々にだがアイドルらしい仕事も貰え始めている。だからこそ、今までには無かったプレッシャーみたいなものを、日に日に感じててさ。それで今回ふと考え込んでしまったら、なんだか色々悩みが晴れなくなってしまった、というだけの話なんだ。それ以上でも、それ以下でもなくな」

 

「それだけの理由で、心身共に参りそうな程悩めるとは。いつもの気だるげな雰囲気とは違って、随分とキミは繊細で、真面目なんだな」

 

「臆病なだけだよ」

 

 臆病、その通りだ。俺は怯えている。この辛くも楽しい、こんなプロデューサーとしての、充実した日々が消えてなくなってしまうことに。

 ……そうか、考えてみれば今までの俺には、失うものなんてなにもなかった。だが、担当アイドルという存在を持ち、真にプロデューサーとなった今は、少しの間違いで手に入れたその全てを一瞬で失ってしまうかもしれない、そんな日常がそこにはある。

 昨日感じた恐怖、悪寒、そして今も感じている重いプレッシャー、恐らくそれらの原因はそれだ。

 

「幸子も、俺も……苦労してようやく掴めた、初めての一歩なんだ。このチャンスは、何があっても絶対に無駄にしたくない。だからこそ、一回のミスも許されないこの業界が、世界が、今の俺にはただただ怖く感じる」

 

 再び俺はコーヒーを口にする。

 人は何かしら気分が動揺している時、口が良く渇くものだ。気がつけば、先程開けたばかりの缶コーヒーはもう空に近かった。

 

「……悩むキミに、気休めの言葉になるかどうかはわからないが……」

 

 と、そう言い彼女は、何かを考える様な素振りを見せる。そして数秒の間の後、再び口を開いた。

 

「……今、キミが言うような過去も、未来も、そんな膨大な物はボク達一、人間にどうにかできるものじゃない」

 

「……ああ。確かに、俺はタイムトラベラーでも、歴史改変主義者でも、何でもないからな」

 

「だったら、変えればいいじゃないか、今を。たった一つ、唯一変えることができる、身近なそれから。過去を積み重ね、今を作り、それから未来を変革するんだ」

 

「『過去』を積み重ね、『未来』を……変革する? つまりはどういうことだ?」

 

「言葉の通りさ。更にわかり易く言えば、今できることだけを、必死に努力すれば良いというだけのことだ」

 

 その飛鳥が言い放った言葉、それは一見難しく聞こえる。だが、言葉を紐解いて行くと実際、随分と当たり前のことであり、なにも難しくなどないことだった。

 だが、その当たり前は同時に、今の俺が見えていない……いや、見ていなかった盲点でもあった。

 

「……そうだな。その通り、ごもっともだ。確かに、俺は少しだけ考えが、一人歩きし過ぎていたかもしれない」

 

 今、幸子の仕事は確実に増えてきている。本当に小さな役、俗に言う名前の出ないエキストラの様な役とはいえ、イベントやテレビ出演の依頼だって数件だが来た。先月、デビューしたばかりの頃には想像できなかった明日だ。

 飛鳥が言う通り、まだ分からぬ明日に怯えるより、まずは現状のそれを全力で喜び、目の前のことをこれからどうして行くかを考えるのが、プロデューサーとして本来なら、最優先のことだったのではないだろうか。

 

「今を変えることくらい、膨大な未来を変えるのより、容易いことだろう? ボク達と違って、キミは大人であり、何よりプロデューサーなんだから」

 

「大人、か。ガワだけだよそんなの。中身はまだまだ、子供みたいな物だ」

 

 世間一般的には二十歳を超えたら大人な訳だが、実際何を基準として大人と言うのだろうな。俺なんて、まだまだ大人を名乗るには少々早すぎる気がする。

 

「……しかしお前、たまに思うんだが本当に中学生か?」

 

「ああ。少しだけイタい、至って普通の中二の少女さ」

 

 そういうと、飛鳥はどこか満足気な表情をする。

 多分、言葉には出さないが、俺に実年齢より上に思われたことが、少しだけ嬉しかったのだろう。

 こう本心を隠しきれていない辺りを見ると、中二の少女というのも納得かもしれない。

 

「……と、そういや少し話は変わるが、飛鳥の方はどうなんだ?」

 

「どう、とは?」

 

「いや、最近はあまり会えてなかったからさ。仕事とかはうまくいってんのかなって。さっきから一方的に俺の話ばかりだったから、飛鳥の方は色々どうなのかなと」

 

「ああ、お陰様でね。アイドルとしての仕事の方も、どこにでも居るありふれた少女としての日常の方も、共に色々と上手くいっているよ」

 

「そりゃ良かった。何事もうまく行くのが一番だ」

 

 まあ、彼女の様子を見れば仕事が上手くいっていることは大体理解できる。

 それに元々、仕事等は順調にこなしているという話も小耳に挟んでいたからな。

 そのことが分からなかったら、俺もこんな風に、彼女に仕事の相談なんてしようとは思えない。

 

「……しかし、ボクが思うにキミは、もう既に答えを見つけているんじゃないか?」

 

 と、飛鳥は話を戻してくる。別に変に話を逸らしたつもりではなかったのだが、飛鳥の方から話を振ってくるということは、彼女なりに今回の話を少し気になっているからなのだろうか。

 

「答えって、今回の悩みについてか?」

 

「ああ、そうだ」

 

 飛鳥は肯定する。その瞳はまっすぐと、俺の目を捉えていた。

 

「そうだ……きっと、キミなら大丈夫さ。キミならその運命の時が来たとしても、何か大きな選択を迫られる時が来たとしても、きっと彼女の為に良い決断を下すことができるはずだ。少なくとも、ボクはそう思うね」

 

「俺が……幸子にとっての良い決断を……どうしてだ?」

 

「何故かって、キミは今、こんなにも彼女の事を思い、悩んでいるじゃないか。これだけ悩んでも最善の結果が出せないなら、この世界はどれだけ無慈悲で、残酷なんだ」

 

「……それもそうだな」

 

「それに、キミの今のプロデュースに満足できていなければ、彼女はあのデビューライブの時みたいに、全力で笑顔を浮かべることはできない。少なくとも、ボクはそう思うね」

 

「あいつのはどっちかっていうと、ドヤ顔だけどな」

 

「フフッ、確かにそうかもしれないね」

 

 途端お互いにこぼれる笑い。多分、幸子のあのドヤ顔を想像してしまったのだろう。静かで重い空気だった俺たちの周りには一瞬だけ、程よく和やかな雰囲気が訪れた。

 幸子のドヤ顔のインパクトは、例え想像の中であろうと強いからな。少なくとも、俺はそれだけで笑ってしまいそうになる。

 

「とにかく、キミはもっと自信を持つべきだ。今まで通り、変わらぬ自分を貫き通せば良い。本当のキミがどれだけ強いのか、ボクは充分に知っているつもりだ」

 

「へっ、俺はそんな大した人間じゃないよ。強くなんて無い」

 

「……キミの規準はわからないが、少なくともあの悪魔の様な暴れぶりを見せられて、強くないとは言えないよ」

 

「あれは……まあ……」

 

 深く言及しないでくれ。あれは一種の黒歴史の副産物なんだ。

 

「まあそんなことは本題じゃない。とにかく、謙虚であることは悪くないが、謙遜し過ぎるのはキミの悪い癖だ」

 

「別に、謙虚なだけなら良いだろ」

 

「では、キミがそうやっていつまでも自信を持てなかったら、担当である幸子は、彼女はどうなるんだい?」

 

 俺は突然真剣な表情になった飛鳥にそう言われ、言葉が詰まる。それは、俺にとって考えたこともないことだった。

 

「そうだ。プロデューサーであるキミが、彼女の為にできる『今』一番簡単で、一番重要なこと。それはまず、彼女を信頼してあげることではないのか。正直、今の状況のキミの発言や状態からは、心底信頼しているとは思えない」

 

「いや、俺は彼女のことは__」

 

「それでは、最初から今回の様な疑問は思い浮かばないはずではないかい?」

 

 飛鳥の瞳は核心を突いたかのように、まっすぐとこちらの瞳を捉えている。

 

「……それもそうだな」

 

 俺は飛鳥の言葉と気迫に押され、視線を飛鳥から地面の方と落とす。俺の言葉を遮ってしまった飛鳥は、少し申し訳なさそうな顔をする。

 

「……すまない、どうやら少し意地の悪いことを言ってしまったね」

 

「気にするな。俺たちの間柄だ」

 

 俺はそんな申し訳なさそうにする飛鳥に笑顔を向ける。

 多分、今の言葉は彼女なりに気を使いつつ、俺の為を思い言ってくれた、本心なのだろう。それに、自分より遥かに歳上な相手に、本心を伝えるのは相当勇気がいる行動な筈だ。ましてや、否定的な物となれば尚更な。

 それが分かっているからこそ、飛鳥の言葉に対して嫌な気分になったり等は、一欠片もしなかった。

 

「確かに、飛鳥が言う通り、俺には幸子を信頼する気持ちが、多少なりとも欠けていたかもしれない」

 

 俺は独り言の様に、自分を叱るように、言葉を続けていく。

 

「……そうだ。あれだけ幸子(アイツ)を宇宙一のアイドルにしてやるだの、ゴッドアイドルにしてやるだの、色々偉そうに豪語していたのに、結局今となっては、彼女がダメになった場合のことしか考えてなかったじゃねえか……俺」

 

 行き先を失った感情に、俺は拳を強く握りしめた。

 彼女、輿水幸子を否定していたのは、誰でもない俺だったからだ。

 

「……まあ、キミなら大丈夫だろうさ。キミは、キミが思う以上に強い。器も、魂も」

 

 そう言うと飛鳥は再びこちらの顔を、力強くのぞき込んできた。その深い紫に輝く瞳で、俺の頭の中を全て見通すかの様に。

 

「とにかく、肝心なのはどうするかじゃない。キミがこれから『どうしたいか』だ」

 

「俺が……どうしたいか?」

 

 そう言うと飛鳥は俺の言葉に頷く。

 

「……キミの行動次第で彼女のセカイの行き先は、良くも悪くも大きく変わってしまう。彼女を活かすも殺すも、全ては彼女の導き手である『プロデューサー』のキミ次第だ」

 

「全ては……俺次第……」

 

 俺は自らの手のひらを見つめる。

 そこには何も無いように見えて、彼女の、輿水幸子という少女の運命が確かな『重さ』を持って存在していた。

 

「大丈夫さ。キミは、誰よりも彼女のことを知っている。彼女の活かし方は一、友人でしかないボクなんかよりも、プロデューサーとして常に傍らに居る、キミの方がよく知っているはずだ」

 

「勿論、そりゃそうだ」

 

「それなら自ずと導き出せるはずさ。彼女に対しての、最適解を」

 

 

 

 

 

 

『Change of the world__キミのセカイを、変えろ』

 

 

 

 

 

 

 彼女のその言葉の後、しばしの沈黙がある。その沈黙の間、俺は再び幸子とのこれからについて必死に考えた。

 飛鳥に言われた言葉の数々、それが俺に強く突き刺さる。良い意味でも、悪い意味でも。

 だが、意外なことにその心は先程より遥かに楽だった。

 決して悩みが完全に晴れた、という訳では無いのだが、少なからず自分の中のネガティブな負の因子が、ポジティブな正の因子に変わりつつあったからだ。

 気がつけば、俺の中に響いていた、 幾多の自戒の声、それはいつの間にか消えていた。

 

 と、そんな中、沈黙を割いたのは、再び口を開いた飛鳥の一言だった。

 

「キミ、そろそろ時間は大丈夫なのかい? 結構長いこと話し込んでしまったが」

 

 俺は飛鳥にそう言われ、我に帰ると時計を確認する。時刻は大体四時半を回ったあたりだ。

 間もなく五時になり、今回の悩みを生み出すに至った原因が帰ってくる。

 

「……っと、そうだな。時間も時間だし、長話もこの辺にしておくか」

 

「ボクの方は時間の方に余裕もあるし、話を弾ませるのは別に構わない。それに何より、キミと話をするのは嫌いじゃないからね。だが、キミにはまだ大事な仕事があるのだろう?」

 

「ああ。学校帰りの、少しだけ自信過剰で、ワガママなお嬢様を、お出迎えに行くって大事な仕事がな」

 

 俺は噴水から立ち上がると一度、大きく伸びをする。

 なんだか心の凝りが取れたせいか、外の新鮮な空気を吸えたせいか、身体の方まで調子が良い。

 

「……まっ、ありがとよ飛鳥。こうやって誰かに話をできて、色々気が楽になった」

 

「フッ、気にするな。キミには色々と感謝したいことがあったからね。これは普段のそういったものを含めた、一種の礼だよ」

 

「お返し? なんだ、俺飛鳥に感謝される様なことしてたか?」

 

「……キミのそういった誰かの為に無自覚の内に行動してしまう癖、ボクは嫌いじゃないね」

 

「……よくわからんが、お褒め頂いてそりゃどうも」

 

 そう言うと飛鳥はまたフッ、と一瞬だけ笑った。

 この笑いは、彼女なりの了承の意なのだろう。

 

「まあなんだ、それならこっちも相談のお礼に、今度なにか一杯奢らせてくれ」

 

「それなら、346カフェのコーヒーを一杯でも良いかい? できれば次回は、もっと明るい話を持ち寄って話がしたいね」

 

「了解。次回までには良い話を聞かせられる様にしておくよ」

 

 そう言い、俺は足先を室内の方へと向けた。

 

「さあて、午後の仕事もちゃちゃっと終わらせちまうか……」

 

 俺は噴水広場を後にする。なんだか、足回りがここに来た時よりも軽くなったな、と思いながら。

 

「……ああ、そうさ。キミは本当のお人好しだ。無自覚の内に誰かのために動いてしまう、本物のね」




Qオリジナル小説
A今やってます。

Q新話共々あくしろよ
A無理です。

Qしばくぞ
Aしばかれるならできれば美嘉ねぇが良いです。

はい、作者は(かろうじて)生きてます。
日々の畳み掛ける様な残業の波を耐え切り、過負荷による腰痛を乗り切り、なんとかと言った感じですが。

例のオリジナル小説は本当にあとちょっとだから待って?(甘え)

次回、(会社が繁忙期につき書く暇が絶望的に)ないです。
不定期更新がまだまだ続くと思いますが、デレステの新機能のフォトモードで幸子のスクショでも撮って待ってて。

最後に、いつも回覧ありがとうございます。
しおりの数とお気に入り、たまに貰える感想などには精神的に助けられてます。今後も幸子カワイイ……いや、みんなカワイイのスタンスで書いていくのでどうか、よろしくお願いします。

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