アイドルマスターシンデレラガールズ 〜自称天使の存在証明〜   作:ドラソードP

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最終話

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 舞台裏には様々な人達の歓声やBGM、そしてアイドル達の歌声が絶えず聞こえてくる。どこか現実離れしていて他人事のようにも感じられるその様子。だがそれはやがて、未来の俺達自身が経験することになる紛れもない現実だ。

 

 さて、あれからライブは特に問題も起きず定時に始まり、舞台裏は出演するアイドルとそのプロデューサー、そして準備で急ぐスタッフでごった煮となっている。そんな中俺と幸子も準備を終え、高鳴る心臓を抑えながら、いよいよ目前に迫ったその時が来るのを待っていた。

 

「……あー、出番はまだかよ」

 

「それ、五分前にも言ったばかりですよ」

 

「……しょうがないだろ。幾らさっきは緊張してないとか言っていたけど、こうやって何もできない状況で何分も待たされていると手持ち無沙汰がというか、落ち着かないというか、やっぱりなんというか……とにかく、色々緊張してくるんだよ」

 

「なんで出演するボクでなく、プロデューサーさんの方がそんなに緊張しているんですか……」

 

 俺は檻の中の猿よろしく、同じ所を行ったり来たりしながら数分起きに時計を見るのを繰り返していた。

 一方幸子は、そんな俺を傍らから落ち着いた様子で眺めている。

 

「……大体、なんで幸子達のデビューライブなのに、まず最初に346プロについての説明とかから入るんだよ。まだ美嘉達が先輩としてパフォーマンスをしているのは理解できるが、ただの企業説明なんてパンフレットなりを配ればそれで済む話だろ……」

 

「仕方ないじゃないですか。346プロはまだできて数年のアイドルプロダクションなんですから。そもそも、今日のライブはボク達346の新しい顔を売り出すのもそうですが、そんな346プロを多方面にアピールする目的もあったんじゃなかったですか?」

 

「そりゃそうだが……」

 

 現在ステージの方では、今回のライブをまずは盛り上げ引っ張って行く為に、美嘉達346プロの先輩アイドルがパフォーマンスを行ってくれている。

 そんな顔もそこそこ売れている美嘉達のお陰もあってか、会場にはどうやら想定以上のお客さんが来てくれている様だ。

  

「……あークソッ!! だとしてもやっぱり落ち着けるか!!」

 

 俺は手に持っていたコーヒーの缶を開け、それをいっきに飲み干す。そして、近くにあったゴミ箱に半ば投げつけるようにして捨てた。

 

「プロデューサーさん、それ何本目ですか? あんまりカフェインの摂りすぎは身体によくないですよ」

 

「あ、ああ。すまない」

 

「別に、そんな謝る必要はないです。ただ、ボクはそんなプロデューサーさんの健康が気になっただけです」

 

 こうして再び訪れる沈黙。そしてその後はまた先ほどと同じ状況の繰り返しだ。俺は辺りを行ったり来たりして数分起きに時計を見る。やがてその頻度は更に増していく。

 むしろ俺は、この状況で落ち着けと言われて、落ち着ける方が不思議だと思うがな。

 

「……見た所、随分と荒れている様子じゃないか、幸子のプロデューサー。いつものキミらしくないな」

 

 と、俺は誰かから声をかけられる。すぐさま声の主の方に振り向くと、そこにあったのは純白のドレスに身を包んだ飛鳥の姿だった。

 

「ん……? ああ、飛鳥か。そっちの方は調子どうだ?」

 

「ボクの方はまずまず、と言った所だ。だがさほど悪い調子というわけでは無いね」

 

「そうか、それなら良かった」

 

 いつもは全体的に黒く、なんというか刺々しい感じのファッションだった彼女だが、今日のライブで使われる純白のドレスもまた似合っていた。

 なおご自慢のエクステだけは、今日も相変わらずの様である。

 

「フフーン! 飛鳥さん、今日はお互いのデビューライブ、精一杯頑張りましょう! もっとも、ボクという勝利の大天使がここに居る限り、このライブはもう成功したも同然ですけどねっ!」

 

「勝利の大天使の加護、か。フッ……なるほど、それは確かに心強いな。それならボクも、そんなキミの加護とやらに期待させてもらおうか。大天使サチコエル」

 

「サチコエル……やたら可愛らしい名前の天使だな」

 

「フフーン! なんだかよく分かりませんが、まるで天使みたいにカワイイボクに良く似合う名前ですねぇ?」

 

 よく分からないのかよ、と幸子に心の中でツッコミを入れるが、そもそもその名前が天使の名ををもじったものである、ということに気が付ける俺の方がおかしいのか。

 なんだか二十歳を超えると、こういうのがたまに恥ずかしくなってくることがある。歳をとるというのもそれはそれで、悲しきものだな。

 

「あれ、そういや今日はライブの当日だけど、飛鳥はプロデューサーと一緒じゃないのか?」

 

「彼女なら今はスタッフ達に混じり、舞台裏のどこかでライブの運営側に回っている。まったく、仕事熱心なのも構わないが、少しはこれからデビューするというボクにも目を向けてもらいたいものだ。まあこれもある意味、彼女から信頼してもらえているからこそと捉えることもできるけどね」

 

「へぇ凄いな、ライブの運営側か。ということはあの人、結構歳は若く見えたが経歴は長い方なのか?」

 

「聞いた噂によると、経歴自体はさほど長くはない様だ。だが彼女は大学時代から成績が良かっただとかで、期待の新人として出世コースを順調に行っているらしい。そんな彼女が何故、わざわざプロデューサーをやっているのかまでは流石にボクも知らないが」

 

「大卒で頭もキレる、か……そりゃ確かに、本職のプロデューサー業だけじゃなく、ライブの運営とかの仕事にも回った方が良いのかもな」

 

 言われてみれば、この前飛鳥のプロデューサーと会った時もどことなく頭が良さそうというか、理知的というか、とにかく普通の人とは違う雰囲気を出していた。

 別にあの時は少し話しただけだった訳だが、それでも不思議と喋り方や身のこなしなどからすぐに分かったんだよな、この人はかなりやり手のプロデューサーだと。それ故に、飛鳥とそのプロデューサーには、ライバルとして恐怖を感じることもある。

 

「それにしても話は変わるがそのドレス、凄く似合ってるな、飛鳥。なんだかいつもとはまた違った飛鳥を見れている気がするよ」

 

「似合っている、か。そうキミに言ってもらえるなら、今日のライブには幾分自信を持って良いんだろうな? 幸子のプロデューサー」

 

「ああ、可愛いぞ」

 

「か、可愛い……?」

 

 どうやら俺から貰える言葉が予想と違ったのだろうか。飛鳥は俺の言葉を聞くと、少し動揺した様子で聞き返してくる。

 

「……そこはこんなにも綺麗なドレスを着ているのだから、可愛い等といった感想では無く、せめて綺麗とか、美しいとか、とにかくそういった感想を貰えるものだと思っていたのだけどね……」

 

「確かに、飛鳥が言う通り綺麗なのもそうかもしれない。でもやっぱり、おめかししてドレスを着飾った女の子はいつだって可愛いものだよ」

 

「……キミがそう思うなら、別に好きにすると良いさ。しかし、このボクに限って可愛い……?」

 

 飛鳥はそう言うと恥ずかしそうに視線を背ける。やはり普段こういう服を着慣れていないから、可愛いと言われることにも慣れていないのだろうか。

 幸子なら少しでも可愛いと言われたあかつきには、すぐに飛んで跳ねて喜ぶものだが。

 

「ちょっとプロデューサーさん!? そんなに飛鳥さんばかり褒めていないで、カワイイボクのことももっとカワイイって褒めてくださいよ! ボクだって、着てる衣装は同じなんですから!」

 

「ああ、悪いな。はいはい幸子もカワイイカワイイ……」

 

「プロデューサーさん! なんだかボクの時だけ褒め方が雑です! でもとりあえずその調子でもっと褒めてください!」

 

「毎度の事ながらお前は怒っているのか、嬉しがっているのか、一体どっちなんだ……」

 

 と、そんな風に話していた俺達だったが、俺は見覚えのある巨体が視界に止まる。ああ、乃々のプロデューサーだ。乃々のプロデューサーは何やらキャリーにダンボールを乗せて運んでいる様子だった。

 そう言えば、今日は朝から乃々の姿を見かけていないが……とりあえず、簡単に挨拶くらいはしておくか。

 

「お久しぶりです、乃々のプロデューサーさん」

 

「ん……? ああ、貴方でしたか!! いつも私の所の森久保が世話になっています!!」

 

 その乃々のプロデューサーはこの前とまったく変わらぬ勢いで話す。まるで、今日のデビューライブに緊張や不安を一片も感じさせないその様子から、見た目に合うだけの強靭な精神を持っていることがよく分かる。

 

「いやあ、日にちというものが過ぎ去るのは早いものですな!! あれから時間は経って、今日はもう私たちの可愛い担当のデビューライブ当日ですよ!! ハッハッハ!!」

 

「た、確かにそうですね。自分もそれはもうあっという間の二週間でしたよ」

 

「ハッハッハ!! そうですなぁ!!」

 

 俺はこの前と同じく、乃々のプロデューサーの圧倒的気迫と勢いに押され気味になる。

 決して悪い人でないということは分かっているが、なんというか高校時代の体育の教師を思い出して、俺は少しだけこの人が苦手だ。特に、今の時期みたいな、蒸し暑い夏場ではなおさらな。

 

「あの、もし良ければ自分もその機材を運ぶのを手伝いますよ。なんだか何もしないでいると、自分の方も落ち着かないので」

 

「機材? ああ、違いますよ。これは……」

 

 そういうと乃々のプロデューサーは、その荷物運び用キャリーの上に乗ったダンボールを開ける。するとその中には……

 

「うぅ……むーりぃ……」

 

「乃々!?」

 

 なんとびっくり、幸子達と同じくドレスを着た乃々が、体育座りをした状態で入っていたのだ。

 ダンボールに入っている乃々も乃々だが、そのままキャリーに乗せて運んでいる乃々のプロデューサー、あんたもあんただ。

 

 本当に一体どうしてこうなった。

 

「やっぱりもりくぼには、こんな綺麗な衣装を着て人前に出るなんて、荷が重すぎますよ……」

 

「森久保ォ!! そんなこと言ったって、今日はもうライブだぞぉ、ライブ!! きっとみんなも、早く森久保の姿を見たいって思っているはずさ!!」

 

「そんなの、もりくぼからすればただの迷惑なんですけど……」

 

「ハッハッハ、そんな遠慮するなって!! そーれ、行くぞ〜!!」

 

「ひ……ひいいいぃぃぃ!?」

 

 すると乃々のプロデューサーは、豪快に笑いながらキャリーを押して、再びどこかにいってしまった。その乃々の運ばれていく姿はまるで、牧場の牛の出荷を彷彿とさせる。

 

「……たまげたな。あの勢いのままどっか行っちまったぜあの人」

 

 やはり乃々のプロデューサーは色々凄いな。見た目の如くまさにゴリ押しだ。

 美女と野獣、いやシンデレラと野獣か。不朽の名作同士、夢の共演だ。

 

「……なんだか、相変わらずのテンションでしたね。どちらとも」

 

「……そうだな。そりゃ確かに、毎日あの調子じゃ乃々も大変だよな。なんだか、アイドルを辞めたくなる気持ちも分からなくもない」

 

「まあ、薄暗くて根暗な雰囲気よりかは幾分良いんじゃないのか?」

 

「ほう? なんだ、もしかして飛鳥は乃々のプロデューサーみたいな、熱血ボンバーな人の方が良いのか?」

 

「いやまさか、ボクはノーセンキューだ。彼を悪いとは言わないが、ボクは今の静かで優雅な日常の方が、好みだからね」

 

「俺も同感だ。まあとか言っておいて、実際こっちも幸子が居るから、優雅とはとてもじゃないが言えないような日常だけどな」

 

「ちょっとどういうことですかそれ!!」

 

 幸子はライブ衣装のままこちらにとっかかってくる。

 結局どんなに着飾っても、中身だけは本当に相変わらずだな。そんなんだから優雅な日々を送れないんだよ、と俺は心の中で呟く。

 

「おいおい、そんなに暴れると折角のカワイイ衣装が崩れるぞ」

 

「うるさいです! 崩れたらまたプロデューサーさんに直してもらうから構いません!」

 

「いや、俺はスタイリストじゃないから直せないっての!」

 

「プロデューサーさんはプロデューサーさんなのに、衣装のセットも直せないんですか!!」

 

「だからそのプロデューサーだからだよ!! 悪質なクレーマーかお前は!!」

 

「……この場所に来てまでまた痴話喧嘩か、二人共。まったくキミたちはどこであろうと、いつであろうと、本当に何一つ変わらないな。とは言っても、キミ達の場合だけは何故か、不思議と見ていても不愉快な気分にはならないんだけどね。フフッ……」

 

「わかるわ。二人共、本当にいつも仲が良くて楽しそうよね」

 

「ん、貴方は……? 」

 

「私? ああ、気にしないで良いわ。ただの通りすがりのお姉さんだから」

 

「……いやまさか、そんな筈は」

 

 こうして俺達がデビューライブ直前だというのにいつも通りの平常運転をしていると、一瞬目を離したスキに飛鳥の隣にはまた人が一人増えていた。

 

「……あれ、川島さん? 何故ここに」

 

「あら、二人共気が付いちゃった? 別にまだ続けていてもいいわよ」

 

 川島さんの存在に気が付いた俺達は漸く冷静になる。

 幸いにも、幸子の衣装やセットはそこまで崩れていなかったので、川島さんが来てくれたお陰で良いストッパーになった様だ。

 

「……なんだか、色々恥ずかしい所を見られましたね」

 

「恥ずかしい、そうかしら? 別に私は良いと思うけど。むしろ、二人の今みたいなやり取りは、見ている側もなんだか和んでくるし」

 

「フフーン! まあボクとプロデューサーさんは絶対的な絆で結ばれているので、それくらい当然のことですよ。 喧嘩するほど仲が良いんです。ねっ!」

 

「……はいはいそうですね、それもカワイイボクですね」

 

 先ほどまで怒っていた幸子は川島さんの言葉を聞いて一変、この通りすっかり上機嫌である。少しはお前に付き合わされるこちらの身にもなってくれ。

 

「しかし川島さん、今日のライブには確かまだ出演予定はありませんでしたよね。何かあったんですか?」

 

「一応私も駆け出しとはいえ、もうアイドルなわけなんだしね。私の担当になったプロデューサーから、こんな大きなイベントはあまりないし、折角の機会だから勉強の為に見に行ってきなさいって言われて来ていたのよ」

 

「なるほど、そういうことだったんですか」

 

 そういう話を聞くとなんだか、美嘉のライブを手伝いに行った時を思い出すな。俺達も同じ様に最近通過したばかりの道だから、そういうのが色々と懐かしく感じる。ましてや、こういう場では尚更だ。

 

「それにしてもドレス、みんな凄くお似合いじゃない。お姫様達、とっても可愛いわよ」

 

「川島さんにそう言ってもらえるなら、プロデューサーの自分としても嬉しい限りです。ありがとうございます」

 

「フフーン! 流石ボク、シンデレラな衣装も軽く着こなしてしまう辺り、お姫様カワイイです!」

 

「これで中身もお姫様なら、本当に文句無しに完璧なんだけどな……」

 

「人っていうのは、少しだけ欠けている部分があった方がより魅力的なんですよ、プロデューサーさん!」

 

「ああ、確かにお前が言いたいこともわかる。だがな、お前の場合その欠けている部分が一番重要なんだよ!!」

 

「う、うるさいです!! 世の中に百パーセントなんて言葉は存在しないんですよ!!」

 

 再び俺と幸子の間には火花が散る。

 だがそんな様子の中、今まで何かを考えていたかのような素振りを見せていた飛鳥が口を開いた。

 

「川島さん……? アイドル……? 出演予定……? 皆待ってくれ、一体どういうことなんだ?」

 

「ん、どうした飛鳥? どういうことなんだ、とは」

 

「……今、キミたちの目の前に何事も無い様に立ち、親しげに話している女性は、ボクの記憶違いでなければかの川島瑞樹ではないのか?」

 

 飛鳥は恐る恐る、とでもいった様子で聞いてくる。その反応は、俺達が数日前にしたばかりの反応とまったく同じそれだった。

 

「ああ、そうだけど?」

 

「はい、そうですよ」

 

「あら、もしかしてバレちゃった?」

 

 飛鳥はそう言われると、苦笑をしながら頭に手を当てて、俯いてしまった。

 

「クハハッ……まったく、キミたちと居ると本当に未知の事象にしか襲われないな。なんだかボクは、あまりにもの衝撃に少し頭痛がしてきたよ。ライブの前だというのに、一体どうしてくれるんだい!」

 

「あー……飛鳥さん?」

 

「頭痛薬、あるぞ」

 

「クッ……クハハッ……いや、結構だ。これ位の痛みがあった方が、むしろ色々と高ぶる。しかしボクはもしかして、本当に夢物語か童話の世界に入ってしまったとでもいうのかい?」

 

「おい……飛鳥? 大丈夫か?」

 

「……すまない、慣れない場所で、慣れない衣装を着て、そこでそこ居るはずがない箱の中の住人に出会ってしまったら、なんだか色々と気分がおかしくなってしまったものでね……」

 

 飛鳥は俯いたまま、何かを堪えるように笑っている。その飛鳥の様子は、今まで俺も見たことがない様子だった。

 

「あー……ミス瑞希、とりあえず今のボクの無礼をお許し頂きたい。まさかテレビの枠の中でしか見たことがなかった有名人と、こうして何気無く出会えてしまったことに、少々驚いてしまっていたんだ」

 

「ふふっ、なるほどそういうことね。サインくらいなら、空いている時間にでも書いてあげるわよ?」

 

「いや、その気持ちだけでありがたい。ボクとしてはそんな有名人とこうして話し、隣に並べているという事実だけで充分満足だ」

 

 なるほど、どうやら話が見えてきた。

 つまり飛鳥は、有名人である川島さんに会えて単純に喜んでいるだけの様だ。普段感情や私情をあまり出さない彼女にしては珍しいなと俺は思ったが、それもどうやら変な先入観だったな。

 そりゃ何たって、彼女はまだ中学二年の少女なんだ。テレビに出ている有名人に会えたら普通、嬉しいよな。ましてやその人の隣に並べ、話せるとなったら尚更な。

 

「しかしアイドル……か。なるほど、確かにこれは噂通り未知数の可能性を秘めているな。アイドルという存在に目を付けたボクの目に、狂いは一切無かったようだ……クハッ……クハハハッ……」

 

 飛鳥は独り言を呟く。だがその表情は確かに笑っており、彼女はまた、心の奥底で何かを掴むことができた様だ。

 

「そうか……それなら見せて貰おうか、その舞台の幕を開いた先にある、未知のセカイをッ……このボクにッ!!」

 

 と、会場の方で鳴っていたBGMが止まり、拍手の音が聞こえてきた。するとしばらくして、数人のアイドルが会場の方から舞台裏の方へと走り帰ってきた。その中には美嘉の姿もある。

 

「おっ、おかえり美嘉!」

 

「ただいま!! 会場の盛り上がり、最高の状態を作っといたよ!! 後はみんなでキメるだけ、存分にキメてきちゃって!!」

 

「了解。ありがとうな、美嘉!」

 

「フフーン! 美嘉さん達が開いてくれた道、絶対に無駄にはしませんよ!」

 

 美嘉達がパフォーマンスを終え帰ってきて、いよいよ舞台裏は本日のメインイベントである、幸子達のデビューライブへ向け一気に動き出す。舞台裏の方も今日一番の忙しさを見せていた。

 

「さて、そうこうしていた間にいよいよ俺達の番、か」

 

「ですね」

 

「ああ、もう待ちくたびれたよ」

 

 あれだけ来なくて永遠の様に長く感じていた時間も、いざこうして来るとなったら一瞬である。時間というものは誰に対しても平等で、残酷だということを心底思い知らされる。

 

「とりあえず、俺もこうして皆と話していたら、なんとかここまで正気を保つことができたよ。ありがとうな」

 

「ボクらの間柄だ、この程度礼などいらないさ。それに、言ってしまえばボク達はこれから、キミが感じていた何倍もの緊張を味わってくるのだからね」

 

「そうです! だから今度はプロデューサーさんがそのおかえしに、そんなボク達が頑張っている姿を、最後まで目を背けずに見ていてください!」

 

「ああ、ちゃんと頭に焼き付けておくよ」

 

「私もまだステージには立てないから、幸子ちゃんのプロデューサー君と一緒にここから応援させてもらうわ。みんな、頑張ってきてね」

 

「はい、ありがとうございます川島さん!」

 

「ふふっ、期待してるわよ」

 

 と、スタッフの一人がこちらにかなり急いでいる様子で走ってくる。

 

「ライブに出演される新人アイドルの皆さん、そろそろ次のプログラムの開始時刻なのでスタンバイの方、よろしくお願いします!!」

 

「はい、こっちの方はもう準備できています」

 

 ああ、もうそんなことは全て予測済みだ。いつだってうちの世界一カワイイ担当は出せる状態にしておいてある。

 

「それじゃあそういうことだし、いっちょ会場に、カワイさぶちかましてくるとしますか!!」

 

「はい! 史上最大級のカワイさをファンと、そしてこれからファンになる沢山の人達に!」

 

「ああ、往こうか。約束の地へと、始まりの舞台へと!」

 

 決意に満ちる二人のアイドルと一人のプロデューサー、そしてスタッフさんの声を聞いて遠くから響くキャリーの轟音、走りこちらに向かうスーツの女性。

 今、来たる運命の時に向け、ここに三人の少女とそのプロデューサー、そして同じ志の元に集まった他の少女達が着々と集結する。

 

 まるでそれはおとぎ話か、それともただのまぼろしか。果たして彼女達の描いた夢は現実となるのだろうか。

 

 今、その美しき城の門が開かれようとしていた。




まだ、もうちょっとだけ続くんじゃ

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