アイドルマスターシンデレラガールズ 〜自称天使の存在証明〜   作:ドラソードP

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第58話 明日へ

第58話

明日へ

 

 幸子に言われるがまま連れて行かれた場所、そこは346プロダクションのとある個室だった。そして俺は、その部屋に見覚えがある。それもつい最近の記憶だ。

 

「ここって確か……」

 

「はい、プロデューサーさんとボクが初めて出会ったあの部屋です!」

 

 忘れる訳が無い。ここは二週間前、俺と幸子が初めて会った時のあの部屋だ。

 別にこれといった特徴があるという訳でもないし、ソファとテーブルだけが置かれた本当に至って普通の応対室なのだが、俺に、いや俺達にとってはある意味一番思い入れがある部屋だ。

 

「なんだかこの部屋に来るのが懐かしいことの様な、最近のことの様な不思議な錯覚に陥るな」

 

「フフーン! 流石カワイイボク、遂にプロデューサーさんの時間感覚すら狂わさせちゃいましたか……」

 

「……お前、そんなことを言うためにわざわざここまで俺を連れてきたんなら、明後日からレッスンの量を倍にするぞ」

 

「や、やめて下さい。これ以上レッスンをしたら、カワイイボクのカワイイ脚がカワイくなくなっちゃいます……」

 

 そう互いに冗談を言いつつも、幸子の方はどこかいつもと違って真面目な様子だ。俺はそんな幸子の様子を感じ取り、冗談も程々にしておくことにする。

 

「……で、実際俺をここに連れてきた理由って何なんだ?」

 

「実を言うと、ここに来た事にあまり深い意味などはありません。ただ、明日にライブを控えてみて何となく、プロデューサーさんと初めて出会ったこの場所に来たくなっただけなんです」

 

「ただ何となく来たくなった、か」

 

 

 

 

 

 

__そう、あの日俺はここで幸子と出会った。

 

 

 

 

 

 

 始まりは運命的、ドラマチックな出会いかと言われると別にもそうでもないし、かといって俺が街中に歩いていた彼女をスカウトしてきたとか、そういうベターな展開ですらもない。正直な所、出会いだけを見れば今のアイドル業界、どこにでもある本当にごく普通のものだっただろう。

 だが唯一、そんな状況の中で普通で無かったのは、肝心のアイドルである彼女のキャラだったな。

 初対面の相手に自分をグイグイ売り込む積極性、自分の容姿への圧倒的な自信、そして初対面であるはずの俺への絶対的な信頼。出会いが平凡であった分、アイドルである彼女の方が今までの常識を遥かに覆す存在だった。

 もしかしたら運命的やドラマチックな出会い云々でなく、そんな彼女と出会えたこと自体が実は本当の運命や奇跡だったりしてな。

 

「うーん……でももし、仮に今日ここに来た理由を何か一つ言うとしたなら、覚悟を決める為でしょうか」

 

「覚悟?」

 

「はい、アイドルとしてこれからやって行く覚悟です」

 

 彼女はそう言うと、応対室のソファに座る。

 

「二週間前、ボクはアイドルとして確かに、プロデューサーさんとこの部屋を後にしたわけなんです。だから、そんな部屋に明日のライブの前に一度だけ来て、自分の心を確認したくて」

 

「ほう、なんだかまたお前にしてみれば、偉く真面目な話だな」

 

「だから毎回毎回言いますけど、それどういうことですか! ボクはいつも、何事に対しても真面目ですって!」

 

「ははっ、悪い悪い。だけどなんだかんだ、幸子からそういう一アイドルとしての思いみたいな物を聞いたのって、初めてな気がするからさ」

 

「……そうですか? ボクはむしろ、そんなアイドルへの思いだけで今日までやってきたつもりですけど」

 

 と、俺はそんな幸子の言葉を聞いて少し疑問が浮かぶ。

 

「というか今気になったんだが、幸子ってそういえばなんでアイドルになったんだ? 考えてみれば、今まで幸子がアイドルを目指そうと思った理由とかって聞いたことが無い気がしてさ」

 

 そうだ。俺は考えてみれば幸子がどうしてアイドルになったのか聞いたことが無かった。

 彼女はいつも熱心にアイドル活動をしていたが、その原動力は一体どこから来ていたのだろうか。

 

「ボクがアイドルになった理由ですか?」 

 

「ああ。わざわざアイドル業界なんて大変な世界に足を踏み入れたからには、やっぱりそれなりの理由があったんじゃないのか?」

 

 すると彼女は満面のドヤ顔を浮かべ、得意げに答える。

 

「フフーン! そんなの決まってるじゃないですか。この最高にカワイイボクの、最高にカワイイ魅力を、全世界の人々に見せてあげる為ですよ!」

 

「……言うと思ったよ」

 

「なんですか、その期待して聞いて損をしたような顔は」

 

 何か秘められた思いでもあるのかと期待した俺は、どうやら学習能力が低かった様だ。

 そう、彼女は他でもない輿水幸子だ。普通のアイドルでは無い。

 

「でも、実際カワイイというのは本当に凄いんですよ? 見ているだけで誰でも幸せになれますし、見られる側も凄く嬉しいんですから!」

 

「まあ確かに、実を言うと俺もお前のカワイイ笑顔は最初から嫌いじゃなかった」

 

「そこまで言ってくれるならもう好きって言ってください! 嫌いじゃない、だとなんか中途半端な答えでボクは嫌いです!」

 

「本当、一々注文が多いなお前は……」

 

 まったく、幸子の注文は注文が多い料理店も呆れそうな程の量だ。彼女と会話をしていると一国のお姫様に使える執事の気持ちがよく分かる。

 とか言いつつ、そんな幸子とのやりとりも決して嫌になるものではないのだがな。ある意味、幸子マジックとも言える不思議な話術だ。

 どちらかというと彼女は傲慢ワガママお姫様じゃなく、国民から愛される愛され系お転婆お姫様の方がそれらしいか。

 

「そ、そういえばプロデューサーさん、さっきからそこにずっと立って話してますけど、早くこっちに来て横に座ったらどうなんですか? 目線が高くて少し話し辛いです」

 

「ん? そうか、じゃあ少しだけ失礼しようかな……」

 

 そう幸子に言われ、俺も幸子が座っているソファに座る。そして俺がソファに座ると、幸子はいつもの様に身体をこちらに寄せてくる。

 

「もうボクの隣に座るのは慣れましたか?」

 

「ああ、お陰様ですっかりな」

 

「そうですか。でも、なんだかそれもそれで寂しいですねぇ……あのプロデューサーさんの反応が面白かったのに」

 

「お前、あの時から既に俺をからかっていたのかよ……」

 

「フフーン! そこはボクに相応しいプロデューサーかどうか、プロデューサーさんを試していたと言わせてください」

 

「幸子に相応しいプロデューサーか試していた……か」

 

 俺はその言葉が引っかかった。いや、正確には引っかかったというより、前から気になっていたが幸子に聞き出せなかった言葉か。

 明日に幸子のデビューを控えた現状だと、幸子の何気無いその言葉が俺に鋭く突き刺さる。

 

「……幸子はさ」

 

「はい? カワイイボクがどうかしましたか?」

 

「まあ……なんだ? 幸子は俺がプロデューサーで良かったのか?」

 

 俺は丁度良いと思い、この機会に幸子に本音をぶつけることにした。

 別にこるを聞いたからどうなるとかいった訳ではないのだろうが、明日の初ライブの前にこれだけは聞いておきたかったのだ。彼女の本当の思いを。

 

「何をそんな分かりきった回答の質問をしてくるんですか? そんなの、言わなくても決まっているじゃないですか」

 

「……いやでもさ、俺ってプロデューサーとしてはまだ経歴も無いし、言っちゃえばアマちゃんで素人みたいな物だろ? 本当ならもっと幸子のことを最大限に生かしてくれる、ベテランでやり手のプロデューサーとかにプロデュースして貰いたかったんじゃないかなって、最近飛鳥や乃々達を見ているとたまに思うことがあってさ」

 

 俺は無地で何も無い床を、ただぼんやりと眺めながら話を続けていく。

 

「それに俺ってよくお前にさ、お前をトップアイドルにしてやるとかカッコつけて言ったこともあったけど、こうしていざライブが近づいてくるとなんか色々不安でさ。俺なんかみたいなそんなに取得があるわけでも、凄いやり手なプロデューサーな訳でもない人間が、軽々とそんなことを言っちゃって良いのかって」

 

「……プロデューサーさん、一応聞きますがそれは本当にボクに聞いている質問なんですか?」

 

 幸子は俺の質問を聞き、呆れたような顔をする。なんというか、少し不機嫌そうだ。彼女がこうして不服な顔をするのも珍しい。

 

「いや、まあ仮に、もしかしたらの話で……」

 

 すると幸子は溜息を漏らし、ソファから立ち上がると何かを言いたそうに俺の前に立つ。そして一呼吸おくと、彼女は話し始める。

 

「ボクの人生において、たられば言葉なんて一番要らないものです。だって、そんなもう変えることができないもしかしたらを考えている暇があるなら、明日のカワイイ姿の自分を考えていた方が楽しいですから」

 

「明日の自分の姿を考えていた方が……楽しい……?」

 

 すると幸子は、再び笑顔になる。

 

「はい。だからプロデューサーさん、もっとボクみたいに自分に自信を持ってください。大丈夫です、ボクのプロデューサーさんなんですから!」

 

「……まったく、担当アイドルに励まされてしまうとは。その辺りとかが、やっぱり俺はまだまだ未熟なんだよな」

 

 俺は幸子にそう言われ自分の失言、考えの愚かさに気が付かされた。そしてそれと同時に、彼女の揺るぎない強い意志にも。幸子が輿水幸子であり続けられるその芯、そして魂。俺は今、一瞬だがそれを垣間見れたのかもしれない。

 

「それにプロデューサーさんと初めて会った時にも言いましたが、ボクと出会った以上、プロデューサーさんの運命はもう決まっているんです。だから例え何があろうと、ボクはプロデューサーさんと一緒にトップアイドルの地位にたどり着きますから。もし、それでも駄目って言うなら、今度はボクがプロデューサーさんを無理矢理連れて行きます!」

 

「……そこまで言い切ってもらっちゃって良いのか?」

 

「はい! カワイイボクはトップアイドルになるんですから、プロデューサーさんはもうトッププロデューサーです! それともなんです? カワイイボクがトップアイドルになる姿が想像できないとでも言うんですか?」

 

「そんな訳あるかよ。俺はお前を心の底から信頼している」

 

「それなら、もう今みたいな無意味な質問はしないでください。プロデューサーさんがプロデューサーさんじゃなくなるだなんてそんなこと、ボクはイヤですよ……」

 

 彼女は少しだけ寂しそうに微笑む。

 

「あと、ついでなので最後にもう一言だけ言わせてください、プロデューサーさん」

 

「……なんだ?」

 

「ボクにとってのプロデューサーさんは、もうこの世界にプロデューサーさん一人しか居ないんです。だから今後絶対に、勝手に居なくなる様なことだけはしないでくださいね?」

 

 俺はその幸子の言葉を聞いた瞬間、何か体の底から熱くこみ上げるものがあった。

 途端に頭の中と眼裏を駆け巡る二週間の幸子との思い出、幾多の笑顔、そしてあの日最初に幸子と見た青空。晴れやかで鮮やかな日々を思い出していた筈なのに、何故か目の前は曇って見える。

 

「ああ……何言ってんだ。決まってんだろ……」

 

 俺は今、泣いているのだろうか。何が悲しくて? 辛いことでもあったのか? いや、違う。

 

 

 

 

 

 俺は彼女のそのたった一つの言葉が、ただひたすらに嬉しかったんだ。

 

 

 

 

 

「そんなこと、当たり前に決まっているだろうッ……!」

 

「……プロデューサーさん? 涙が……」

 

 幸子はそっとこちらに手を伸ばす。その無意識に差し伸べられた手には、何色にも飾られていない純粋な、本来の優しい彼女が色濃く見えていた。

 

「涙……?」

 

 彼女は懐からハンカチを取り出す。そしてそのハンカチを俺の顔の方に近づける。

 

「そんな辛そうな顔しないでください。明日はカワイイボクの晴れ舞台なんですから、せめてもっと笑顔で!」

 

「……悪いな、晴れやかなライブ前日にこんな悲しい雰囲気出しちまって」

 

「本当、プロデューサーさんはボクが居ないとダメダメなんですから……」

 

 彼女の手に持ったハンカチが優しく顔に触れた。その感触に再び涙が出そうになるも、俺は彼女の言う通りまだ涙を流すべき時では無いと必死に堪える。

 

「……幸子」

 

「……はい?」

 

「顔、近いんだが……」

 

 気がつくと幸子の可愛らしい顔がすぐそこにあった。そして次の瞬間、俺は幸子の純粋無垢な瞳と間近で目が合う。

 

「なっ……!?」

 

 彼女はようやくとっさに自分がしていた行動に気が付いたのか、顔を真っ赤にして後ろに下がる。視線は様々な方向を向いて、珍しく視線を一切合わせてこなくなった。

 

「こっこここっこれは……そのっあっ……えーっと……ふ、ふか抗力です……!!」

 

「……ふふっ、ありがとう。幸子」

 

 俺はふと力が抜ける。そして幸子は恥ずかしがって目を逸らしたが、しばらくすると再び顔を赤らめつつも目を合わせる。その表情はなんというか礼を言われ、どこか満足げでもあった。

 

「別に、プロデューサーさんのためならこれくらい……」

 

 もはや彼女との出会いが運命的だったのか、ドラマチックだったのか、そんなことなんて今の俺からすればどっちでも良かった。

 俺は彼女、輿水幸子というアイドル、いや一人の存在に出会えたことに心から感謝したい。今までも、そしてこれからも。

 

「幸子、それじゃあ俺からもお前に一言だけ言って良いか?」

 

「はい、なんです?」

 

「……明日のライブ、お前に全てを託した」

 

「フフーン! 何を言ってんですかプロデューサーさん」

 

 そう言うと彼女は、またいつものと何一つ変わらぬそのドヤ顔を浮かべ、言葉を続けた。

 

「そんなこと、言われなくたって最初から分かっていますから!」

 

 俺はソファから立ち上がる。いつまでもここにいた所で、もう意味が無い。

 そう、俺たちはこの始まりの場所から、先へ進むんだ。次のステップに、まだ見ぬ明日へ。

 

「行くぞ幸子。俺達の軌跡をただの線で終わらせない為に」

 

「はい! ステージに、会場に、そしてこれからファンになる皆さんに! 沢山のカワイイボクを見せつけてやりましょう!」

 

 未だに明日という日ははっきり見えない。今日という日を生きることしかできない人間には。

 だが、そんな明日のために今日という日を、ひたすらに、一生懸命に努力することならできる。

 だから俺は彼女が、幸子が何一つ後悔のない明日にする為に、今日という日をプロデューサーとして歩き続ける。

 

 彼女にとって、これから長くなる旅の門出となる明日を、一生の思い出としてあげるために。

 

 




どうでも良い話ですが、今度発売が決まった幸子のフィギュアに作者は心を撃たれてしまいました。
いつも何気なく見ていた彼女でしたが、その姿を見て再度惚れ直させられることに……
同じ男を二度も惚れさせるとは、流石幸子恐るべし。



さて、いよいよ次回は最終回、ついに幸子達のデビューライブです。(ということで今回は若干後書き長めですので飛ばしてもええんですぜ)

皆さんの応援と感想のお陰でついにこのお話もここまでくることができました。
約一年近く、毎日幸子を思いすごして来た日々。気が付けば作者も学生から社会人に。
最初はここまで伸びるとは思っていなかったので、多分途中で適当に投げ出すんだろうな〜、と他人事の様に思っていたんですが、いつしかこの話を書く=幸子達と会うって気がしてきて書かなければいけない使命感が……
なんだか、この話を書いてからアイドル達について更に詳しくなった気がします。

でも正直、こんな辺境の、小説をまともに読んだことの無いような作者の、気持ちが悪い(当社比)妄想を書き綴った作品を見て、こんなに評価をいただけるとは思っていませんでした。
色々な人から面白い、幸子カワイイ、幸子SSR当たった、なんて言ってもらえて実は作者かなり喜んでいたんです。
もし仮にこの作品で幸子達を少しでも好きになってくれた人がいたなら、作者も本望です。
これからも、そんなカワイイ彼女達のプロデュースをよろしくお願いします。
というか運営ははやく焦らさないでtomydarling実装して……?

てな訳で次回、アイドルマスターシンデレラガールズ自称天使の存在証明『continue to next stage』

そして彼女達は星になった。

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