アイドルマスターシンデレラガールズ 〜自称天使の存在証明〜   作:ドラソードP

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第57話 カワイイボクと先輩

第57話〈プロデュース15日目〉

カワイイボクと先輩

 

 

「1、2、3、4、5、6、7、8……」

 

 部屋には靴が擦れる音と、リズムを数える声だけが静かに響き渡る。

 部屋でただ延々とダンスの練習を続ける二人。その様子を、俺はただただ部屋の隅から黙って見守っていた。

 

「はい幸子ちゃん、最後そこもっと手を伸ばしてみて!」

 

「は、はいッ!!」

 

 いよいよ明日に控えた初ライブ。それに備えて俺と幸子は、最後の追い込みも兼ねたレッスンを行っていた。そしてその幸子に対して指導しているのはいつものトレーナーさんでは無く、幸子と同じくアイドルである美嘉だ。

 

「……よし、見た感じ大分形になってきたし、大体これで良いかな。ちょっと休憩!」

 

「や、やっとですか……」

 

 レッスンを始めてから二時間と少し、昼頃から休みも殆ど挟まずずっと練習を続けてきた二人の顔には、汗が滝のように湧き出ている。幸子に関してはもうバテバテで既に限界間近、といった感じだ。

 対して、美嘉の方はまだまだ余裕を残した雰囲気で、アイドルとしてのキャリアの長さの違いを見せつけている。

 

「お疲れ様、二人共」

 

「ふぃー、久しぶりに良い汗かいたね!」

 

「み、美嘉さんの体力はお化けですか……」

 

 俺は二人の元にタオルと飲み物を持っていく。美嘉は「サンキュー、プロデューサー」と軽くお礼を言うと手渡されたそれを受け取る。

 

「大丈夫大丈夫。多分幸子ちゃんもあと二、三ヶ月くらいすれば嫌でも自然と体力も付いてくるだろうから」

 

「い、一体これから先、カワイイボクにどんな過酷な未来が待ち受けているっていうんですか……」

 

 幸子は疲れきった様子で、崩れる様に椅子に座った。割と何があってもキャラを崩さなかった幸子がここまで余裕を失っていることから、一件簡単そうにも見えるそのダンスの過酷さや難しさが伝わってくる。

 

「まあそれもこれも、明日のライブの結果次第だけどねっ!」

 

「そうだぞ幸子。明日はもう本番なんだから、そんな弱音なんてあんまし言っていられる余裕なんて、もうないんだからな」

 

「そう言えばカワイイボクの表舞台デビュー、もう明日なんですよねぇ……」

 

 幸子の初ライブ、というか公式での初表舞台デビューか。ついにその日が明日に迫っていた。

 約二週間前に幸子と出会ってから長かった様な、短かった様な、ともかくこうしてレッスンや準備などが慌ただしくなってくると、いよいよその時が来たんだなと思わされる。

 

「とりあえず細かい修正とかは抜きにすると、アタシの方から教えられることはこれで大体全てかな。正直教えてあげられる時間が限られていたから急ぎ足になっちゃったけど、教えられることはできるだけ叩き込んだつもり」

 

「……まあ、レッスンは色々大変でしたけど、つまりこれでカワイイボクに美嘉さんのカリスマ性が合わさり、恐らく明日のライブも完璧ってことですね! フフーン、ありがとうございました美嘉さん!」

 

「そう言ってもらえると、アタシとしても幸子ちゃんに教えた甲斐があるかも。良かった良かった!」

 

 美嘉も幸子も、どうやらお互いに満足のできる有意義な時間にできた様だ。その二人の順調そうな様子を見て、俺も明日のデビューライブに少しずつ希望が見えて来る。

 

「しかし、本当に良かったのか? わざわざ幸子の為にレッスンを付き合ってくれて。俺達と違って、美嘉は人気アイドルで忙しいってのにさ」

 

「別にいいの。カワイイ後輩の為に頑張るのも、先輩アイドルとしての重要な仕事の一つでしょ?」

 

「いや、だが……」

 

「うーん、そうだな……じゃあこうしちゃおう! 今日のレッスンはアタシからの押し付け。だから幸子ちゃん達は今、意地悪な先輩からイジメを受けて迷惑してるって訳。そういうことにすれば、プロデューサー達は気に負う必要が無いでしょ?」

 

「……まったく、美嘉にはまた一本取られたよ」

 

 こういう粋なことを自然と言える辺りが流石、カリスマなんだなと思い知らされた。

 彼女はアイドルとしての可愛さもそうだが、それ以外にも皆が憧れる美しさ、姉としての逞しさ、そしてカリスマJKとしてのカッコよさまでも持ち合わせている。もはやこれは彼女を超えるどうこうではなく、誰にも超すことはできない『彼女だけの良さ』なんだろうな、と話していると毎回ながら思わされる。 

 

「でもその代わりさ、折角アタシがこうやってレッスンしてあげたのに、二人共本番で失敗なんてしたら許さないからね? それこそアタシ、本当に二人をイジめちゃうかも」

 

「ははは……それは勘弁してくれ。美嘉にイジめられたりなんてしたら、後輩の俺達にはもうどうしようもない」

 

「フフーン、その点なら大丈夫です! そもそもボクという勝利の大天使が居る限り、ボクとプロデューサーさんという二人の明日には、完全無敵の未来以外有り得ませんから!!」

 

 まったく、幸子は初ライブ前日だというのに相も変わらずこのテンションである。本当にお前の肝は鋼か何かか。むしろこっちのほうは色々明日のことが気になって落ち着かないくらいだというのに、幸子はそんなこと知ったことかとでもいった感じでいつも通りのドヤ顔である。

 彼女がそういった物に強いのか、それとも緊張などに鈍感なだけなのか、将又本心では緊張しているのか。彼女については俺も分かりきっているようで、まだまだ分からないことが多い。

 

「……まっ、なーんてね。勿論嘘。イジめるだなんて、そんな酷いことしないよ。だってアタシ、二人のことはあの初めて会った日から大好きだから」

 

「ほう、そこまで言ってもらっちゃって良いのか?」

 

「何? もしかしてプロデューサーは、アタシのこと嫌い?」

 

「そんなわけあるかよ。これでも美嘉には結構感謝してんだ」

 

「へぇ、そんなにアタシってアンタ達の為に何かしてあげてたっけ?」

 

「ああ。知らず知らずの間に沢山、な……」

 

 俺的には彼女の存在によって救われたことが多々ある。今日みたいにレッスンを開いてくれたり等の直接的なことから、後は幸子達にとっての大きな目標として居てくれたこと。そして何よりも『俺達』の初めての先輩になってくれたことだ。

 あの日、美嘉のライブを手伝いに行った時、実を言うと俺は内心かなり緊張していた。別に全てが全てという訳では無いだろうが、俺達は後輩アイドルとそのプロデューサーとしてあの場所には行っていた訳だ。つまりその先輩アイドルからすれば俺達は将来的にライバルになるわけでもあり、邪魔者でもあったとも言える訳になる。

 仮にももし、このアイドル戦国時代の今、そのアイドルが後輩を叩き潰し蹴落とすようなアイドルだったとしたら、恐らく俺達に今日という明日は無かっただろう。だが美嘉は俺達を蹴落とすどころかむしろ歓迎してくれ、同じ同業者として気さくに話しかけてくれた。そしてそれどころか彼女は将来的にライバルになる訳である幸子に、自らをアピールする時間とチャンスまでも独断で設けてくれたのだ。

 そしてそのライブが終わった後も、例えばあの台風の夜の時のように、ある意味幸子のワガママとも言える行動に嫌な顔一つせずに付き合ってくれたりもした。

 俺はまさにそんな彼女こそ、この業界に足を踏み入れてから初めての恩人であり、いつか越えるべき目標という存在に相応しいと思う。

 

「とにかく、俺は美嘉には感謝してもしきれない位だ。いや、感謝すると言ったら美嘉だけでなく飛鳥や乃々、トレーナーさんやスタッフさん、そして勿論幸子にも。皆の努力や協力のお陰でこんな俺達二人でもなんとか、ここまで来ることができた訳なんだしな」

 

「そう言ってもらえると少し……嬉しいかな?」

 

 美嘉は感謝していると言われ、嬉しそうな、でも少しだけ照れた様な表情をする。だが俺は事実を言ったまでだ。美嘉はその辺りをちゃんと誇っていい、そう思った。

 

「まあ……なんだ? お互い先はまだまだ長いし、俺も歩みをここで止めるつもりは無い。もしかしたらこれからもこうして色々迷惑をかけてしまうかもしれないが……それでも良いと言ってくれるなら、美嘉とはこうしてずっと仲良くやって行けたら嬉しいかな」

 

「勿論、そんなの言われなくても決まってる。アタシ達はもう同業者である以前に、もう信頼できる友人の間柄だと思ってるから」

 

「信頼できる友人……そうか、分かった。ありがとう美嘉」

 

「そんな、お礼を言われる程のことじゃないよ。それに、アタシの方もアンタ達二人のこれからを見届けていきたいしね」

 

「フフーン! それなら美嘉さんは、せいぜいボク達に抜かされないように気を付けて下さいね!」

 

「……幸子もこうしてこれからも仲良くしてくださいって言ってんだ。幸子共々、宜しくな」

 

「ちょ、ちょっとプロデューサーさん! ボクはそんなこと言ってないですって!」

 

 幸子は慌てて発言を撤回する様に求めてくるが、もうその反応が彼女の真意の全てを物語っている。美嘉もそんなこと分かりきった様子で、ニヤニヤしながら会話を聞いている。

 

「とか言っちゃって、どうせ本心ではそう思ってんだろ? まったく素直じゃないなぁ。流石思春期真っ盛り、輿水幸子ちゃんじゅうよんさいは」

 

「う、うるさいです! プロデューサーさんはボクの全てを知ってるとでも言いたいんですか!?」

 

「ああ、勿論。俺はお前の、輿水幸子の為のプロデューサーだからな」

 

「ぷ、プロデューサーさん……」

 

 俺の意外な切り返しに、幸子は顔を赤くして一瞬目を背ける。そこまで照れられると、なんだかそのセリフを言ったこっちまでが恥ずかしくなってくる。

 

「……アンタ達、いっそもう付き合っちゃったら?」

 

「なっ!? なななっなんでボクとプロデューサーさんが!?」

 

「お、おおおい何言ってんだ美嘉。あ、相手はアイドルだぞ。それに年の差だってかなり……」

 

「……やれやれ、軽い冗談で言ったつもりだったんだけど、どうやらこの反応を見る限りこれは重症そうね。でもやっぱり、そういうやり取りもちょっと羨ましいけど」

 

 と、色々と脱線した話を続ける中、レッスン場の時計の方を見ると時刻は昼の二時を過ぎた辺りを指していた。四時から明日のミーティングや打ち合わせがあるので、実質今日に残された時間はもう限られてきている。

 

「さて、それじゃあこのまま長々と話していても時間が過ぎてくだけで勿体ないし、もうちょっとだけレッスンの続きしようか、幸子ちゃん」

 

「そうですね、分かりました! ではまたレッスンの続きを宜しくおねがいします!」

 

「了解、じゃあバッチリ行くよ!!」

 

 こうして美嘉の特別レッスンは再開された。とは言っても、美嘉のお陰で幸子の動きもだいぶ良くなったし、もう後は本番を待つだけといった様子だ。

 幸子の方もまだ踊るのは大変そうではあるが、その表情には辛い表情だけでなく、今までにはあまり無かった笑顔が所々見て取れる。

 俺はそんな生き生きと踊っている幸子の様子を見て、明日への期待が込み上げてくる。

 

 そしてそれから約一時間後。細かい点の修正をし、通しで曲を数回踊った所で美嘉の特別レッスンは終わりを迎えた。美嘉の方もこの後これから仕事があるらしく、この特別レッスンを終えたらすぐにそちらの現場に行かなければならないということだ。

 何だかんだ本当に忙しい中、彼女はわざわざ時間を割いてこのレッスンを開いていてくれたんだと、俺はそこまでしてくれた彼女に再度感謝の意を称したい。

 

「まっ、というわけでアタシの方はこの後ちょっと仕事があるからさ。とりあえず美嘉先輩の特別レッスンは、これにて終わりということで」

 

「フフーン! ありがとうございました、美嘉さん!」

 

「おうよ。俺からも繰り返しになるが、担当プロデューサーとしてちゃんと礼を言わせてくれ。忙しい中幸子に付き合ってくれて、本当にありがとうな」

 

「うん。まあそれじゃあそういうことで明日、ステージで幸子ちゃんのカワイイ晴れ姿をアタシに見せてね」

 

「ああ、期待して待っててくれ」

 

 さて、美嘉と別れレッスン場を後にした俺達は、次の時間まで多少の空き時間があった為、自然と自室の方へ向かった。

 だがレッスン場から出て暫くした頃、自室に向かっていた俺は幸子に足を止められた。なんだか雰囲気からして、偉く真面目な様子だ。

 

「……プロデューサーさん、部屋に帰る前に、少しだけお願いを聞いてもらって良いですか……?」

 

「ん、なんだ?」

 

「その〜……この後もし時間があるなら、またちょっとだけ一緒に来てもらいたい場所があるというか……」

 

「来てもらいたい場所……なんだ、あの屋上の噴水広場か?」

 

「いえ、今回は違います。でも、なんだかその場所にふと行きたくなったんです。別に、ボク一人で行っても良いんですけど、ボクはプロデューサーさんと行くことにこそ意味がある気がするというか……」

 

「……事情は知らないが、そういうことなら分かった。別にこの後は丁度少しだけ時間に余裕があるし、幸子が行きたいと言うなら俺も行こう。その場所とやらに案内してくれ」

 

「わかりました」

 

 ということで俺はその場所とやらに行くために、幸子に着いていくことになった。

 珍しくなんだか真面目な様子の彼女だったが、果たしてその場所とは、目的とは一体なんなのだろうか。

 

 




前回の話とのテンションの高低差で耳キーンなるわ。作者どないしてくれてんねん。

ごめん、笑って許して。

さて、という訳で最終回っぽい雰囲気が出てきた所で今回の話はここまでです。いやー、流石美嘉は言うことが違った。好き。お姉ちゃんになって。
自分もこんな美嘉先輩に個人レッスンして貰いたいものです。

次回、プロデューサーと幸子が思い出を語りながらアイドルとして、プロデューサーとしての覚悟を決めます(というかサイゲさんto my darling実装もうそろそろですか? そろそろ幸子欠陥で死にそうです)

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