アイドルマスターシンデレラガールズ 〜自称天使の存在証明〜   作:ドラソードP

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【お知らせ】
タイトル変えました。
理由としてはタイトルが長過ぎてランキングで見切れていた、内容がイマイチ伝わりにくい、読みにくい、等の理由からこれはいかんなということで、先日考え直した結果です。
まあ内容に変更とかは無いので安心してください。

それでは本編、どうぞ。


第56話 346の黒い悪魔

第56話

346の黒い悪魔

 

 

 皆が集まってから約数十分程か。時間は更に経ち、空は夕焼け色から夜の闇に変わっていた。周囲では新たに来る人間こそ減りつつあったが、場所取りをしていた人達の中には既に、飲み会などを始めている所も見受けられる。

 そんな中、俺達四人も花火大会が始まるのはいつかいつかと話をしながら待っていた。

 

「そろそろ始まりますかねぇ?」

 

「おそらくな。もう空もだいぶ暗くなってきたし、花火が数発打ち上がったらそこから開始だろう」

 

「うーん……何でしょうか、別に花火なんて毎年やってますし、珍しいことでも何でも無いんでしょうけど、実物を見れるとなるとちょっとドキドキしますねぇ。なんだかんだ、本物の花火って意外と間近で見たことないかもしれません」

 

「確かにそう言われてみると、俺もテレビとか写真意外で見るのは初めてかもしれないな。本物の花火がどういう物なのか、少し楽しみだ」

 

 言ってしまえば花火大会なんて本来、彼女持ちや飲み会友達がいる様な人間、要するに『リアルが充実した人間』達のイベントの様な物だからな。俺のような友人もあまり居ないような人間には別に行く意味も無いし、遠く、無縁の世界だった。それだけに、実を言うと俺も内心今日の花火大会は楽しみにしていたのだ。

 

「なるほど、ボクもキミたちの感性に同感だ。しかしキミたちが言う通り、花火を見れるというだけで人は何故こんなにも胸が高鳴れるのだろうな」

 

「ん? そりゃあ、普通に綺麗な花火を見れるのが楽しみだからじゃないのか?」

 

「それならば今の時代、テレビやネットで見れば済む話だ。だが、人という生き物は移動する時間やコストを費やしてまで、本物をわざわざその目で捉えようとする。言ってしまえば綺麗鮮やかに光る火の玉なら、映像で見てもそこに大まかな違いは無いはずだとボクは思うのだが」

 

「まあ、言われてみると確かに……」

 

 考えて見れば、実物の花火と映像の花火の違いとは何なのだろうか。別に綺麗なのは映像でも変わらないし、それ以外も実物でないといけない様な何か凄い特徴や理由がある訳でも無い。それに、進化してより実物に近づいた、現代の映像技術なら尚更だ。

 だが、人という生き物は何故か、本物を見に行こうとするし、したくなるものである。例えばオーケストラのコンサートも然り、美術館の有名な美術品とか絵画等もそうだ。そして言ってしまえばアイドルのライブだって、今は後からDVDで見れる時代だ。しかしそれでも人々は大金を払い本物を見たり、聞いたりしに行く。

 確かに飛鳥が言う通り、こうよく良く考えてみれば、不思議なものだ。

 

「三色のドッドとデータにより構築されたデジタルの花火、それと人間の眼で直接見るアナログの花火。だが、映像や音声等のデジタル技術が格段に進化した現代で、果たしてそこにある違いとは何なのだろうか。今の時代なら現地に行かなくとも綺麗な花火を見れるというのに、人は何故本物にこだわり、そしてまた心踊らされるのか。フフッ……やはり人という生き物は実に面白くて、興味深い存在だ」

 

「……なんだか色々難しいことを言っていますが、別に何かを楽しむのにそんな細かいことは良いんですよ、飛鳥さん。こういうのはとにかく楽しんだもの勝ちですから」

 

「ああ、それは分かっている。だがボクはそこに何かが、真のトップアイドルになる為の何かに繋がる物がある気がするんだ」

 

「トップアイドルに繋がる物、ですか?」

 

「ああ、そうだ」

 

 飛鳥は缶コーヒーを飲みながら、まだ何も打ち上がっていない暗闇の空を眺め、手を伸ばす。

 

「たとえどんなに遠くだろうと、その誰かをわざわざ現地に赴かせるまで見に行きたくさせる。偽物の映像では満足させられなくする。そうして無意識の内に人の心を動かせる。そんな花火の魅力。それは花火だけでなく、ボク達アイドルにも必要なことなのでは無いだろうか」

 

「花火の様な、人の心を動かせる魅力……」

 

 その飛鳥の考えを聞いて俺達は納得する。そしてそれと同時に、俺達が漠然と話していた花火からこれだけの事を考え、疑問提示をできる飛鳥に呆気を取られた。

 前々から彼女は普通の年頃の少女よりかは大人びていると思っていたが、もしかしたらそれだけでなく、彼女には他の秘められた資質や特別な感性があるのかもしれない。人はそれを厨二病だの何だのと揶揄するのかもしれないが、俺はそれも一つの才能、個性なのではないかと言いたい。

 まったく、幸子に少しだけその落ち着きと頭脳を分けてやってくれないか飛鳥。

 

「まあかく言うボクも、本音を言ってしまうと結局は純粋に花火という物を見てみたいという気持ちもあるけどね。そこは年頃の少女なんだ。普通に初めての物は、楽しみなものさ」

 

「なるほどねぇ……」

 

 と、飛鳥の話を聞いていると、幸子はこれまで隅で黙々と弁当を食べていた乃々にも話題を振る。

 

「そう言えば、乃々さんは花火についてはどう思いますか?」

 

「わ、私が……ですか?」

 

「はい。飛鳥さんの考えを聞いて、折角なので乃々さんも花火についてどう思ってるのかなと」

 

「そ、そうですか。花火についてですか……」

 

 乃々は幸子に質問され答えようとする。

 

「もりくぼは……」

 

 しかし乃々が口を開き答えようとした次の瞬間か、俺達の前に置かれていたテーブルの上に何かが投げつけられた。その投げつけられた何かはテーブルの上に置いてあった弁当に当たり、弁当は宙を舞って地面に落ちた。その突然高速で飛んできた飛来物に、二人は声をあげる。

 

「ひぃっ!?」

 

「なっ……い、いきなりなんですか!?」

 

 俺はすぐにその何かが飛んできた方を向く。そこにはいかにもチンピラの様な格好をした、ガラの悪い若者が三人ほど立っていた。

 

「おいテメェら、ここにブルーシートを敷いて何をしてやがる?」

 

「……ボク達の有意義な時間を邪魔する、不届き者は誰だ……?」

 

「あぁ? 聞こえねぇのか。もう一度言う、ここは俺達の場所だって言ってんだよ。ガキと兄ちゃんはとっとと失せろ!!」

 

 そのチンピラみたいな格好をした三人組の不良は突然現れたと思ったら、すごい剣幕で一方的に怒鳴り散らしてきた。理由は分からないが、どうやら雰囲気からして俺達にかなり御立腹の様だ。

 

「待て、俺が受け答えよう。飛鳥は下がっていてくれ」

 

「ああ、わかった」

 

 俺は飛鳥達三人の身の安全を考え、後ろに下がらせた。そして代わりに俺が前に出る。

 

「……で、いきなり現れて初対面の相手に失せろとはどういうことだ? 一方的に話すのは構わないが、事情を説明してもらえない事には何もできない」

 

「説明も何も、言葉の通りだ。この辺りは毎年俺たちが花火を見るためにとっておいてある、俺達専用の場所なんだよ。つまりお前らみたいな一般人が座って良い場所じゃねぇんだ。だから、一般人は隅の方で大人しく見ていやがれって話なワケ」

 

「専用の場所?」

 

「ああ。要するに、ここは俺達が去年からずっと場所取りをしていたということだ。現にアンタらが来る以前には誰も場所取りをしていなかっただろ? つまりはそういう事なんだよ」

 

「なるほど、俺がさっきからこの場所に感じていた違和感はこれだったのか……」

 

 不良達はこちらの事情など知ったことかという感じで、訳の分からぬ屁理屈理屈を一方的に押し付けてくる。どうやら、傍からこちらに対して聞く耳は一切持っていないようだ。

 

「……こちらから聞いておいて悪いが、言わせてもらうとアンタらが何言ってんのかさっぱりわからん。一般人に分かるように話してくれ」

 

「アァ? 分からねぇ? テメェ日本人なのに日本語も分からねぇのかよ」

 

 一々この不良達は言葉の端々のイントネーションを強め、威圧してくる。一体こいつらはいつの時代の893プロの真似をしているのだろうか。

 本人達は完全に俺達を脅しきれているような気になっているが、正直見た目からして小物臭が凄い。俺は不良達の威圧に怯まずに応戦する。

 

「とりあえずアンタらがいつから場所取りをしていたのかどうかは知らないが、俺達は少なくとも日が出ているうちから場所を取っていたのは確かだ。それに仮にも場所取りをしていたと言い張るならば、普通ブルーシートを敷いておくなり、目印を置いておくなりしておくのが筋ではないのか?」

 

「そ……そうです!! プロデューサーさんが言う通り、あなた達が言ってることがよく分かりません!! ここはあなた達が来るより早くから、ボク達が場所を取っていました!!」

 

「ああ。少なくともボク達が来た時、ここには何も敷かれてなどなかった。そもそも場所取りをしていたとろくに確証も取れないのに、キミたちが饒舌に御託を並べて言える立場だとは思えないのだが?」

 

「あの……なんか怖いのでもりくぼ帰って良いですか?」

 

 俺が不良達に反論すると、意外にも言い返さないと思っていた幸子達が一斉に反論を始めた。ただし乃々は例外。

 ともかく、不良達は少し威圧すれば俺達が簡単に引くと思っていたのだろう。意外にも抵抗して来た俺達に対し、一瞬言葉を詰まらせた。

 

「クッ……なかなか引かねぇなこいつら……」

 

「どうした? もう話は終わりなのかい?」

 

 俺が不良達に再び動く意志が無いと伝えようとすると、不意に飛鳥が不良達に話しかけ始めた。

 

「……まったく、こんな一般人、それも中学生の少女達を相手に言いがかりを付け脅しかかるとは。キミたちに恥という概念は無いのか?」

 

「……言ってくれんじゃねえかクソガキ」

 

「おい、やめておけ飛鳥。あんまり煽るな。こんな奴らに構うだけ時間の無駄だ」

 

 だが、飛鳥も不良達の幼稚過ぎる行動と、あまりにも横暴なその発言に余程頭にきていたのだろう。俺の静止に応じず、不良達に厳しい言葉を更に突きつける。

 

「……キミたちにボクがクソガキと言われる筋合いは無いと思うのだが? むしろ、キミたちみたいな自己主張しかできない、社会不適合者にこそその言葉を言わせてもらいたい。もしかして、キミたちは小学校で道徳の授業を受けていなかったのかい?」

 

 不良達はその言葉を聞くと段々と顔にしわを寄せる。その表情からして、かなり怒りが溜まっているのが目に見えてわかる。そして俺がマズイなと思った次の瞬間、その最悪の展開は起きてしまった。

 

「……さっきからゴチャゴチャうるせぇんだよクソガキ共が!! こっちが優しくしてやってるからっていい気になりやがって!! 分かったよ……お望み通り病院送りにしてやる!!」

 

「何ッ……!?」

 

 飛鳥に煽られ逆上した不良の一人がこちらに向かってきたのだ。そして男の一人はあろうことか俺では無く、後ろの方に立っていた飛鳥の方に走っていく。突然のことに驚き、何もできない飛鳥はその場に立ち尽くす。俺もその急な不良の動きに追いつけず、一瞬だけ反応が遅れた。

 

「くらいやがれ!! クソガキが!!」

 

 次の瞬間、強烈な打撃音が周りに響いた。そして辺りでは驚く幸子と乃々、そして不良達の顔があった。

 

「なっ……!?」

 

「ば……馬鹿なッ!?」

 

 その反応が遅れたのが一瞬で良かった。少なくとも、後コンマ数秒遅れていたら間に合っていなかっただろう。

 

 俺は既の所で飛鳥に向けられた拳を受け止める。目前には、驚いた表情の不良と飛鳥が居た。

 飛鳥と俺の間には二メートル程距離があり、正直間に合うかは五分五分だった。だが、腕に伝わる鈍い痛みから、俺は飛鳥への危害をギリギリ防げたことを確認する。

 

「……大丈夫か? 飛鳥」

 

「あ、ああ……なんとか……キミがあと一歩遅かったら、ボクは今頃見るも無惨なことになっていた所だったが……」

 

 飛鳥はその顔に冷や汗を流す。俺も初めて見る、飛鳥の余裕を失った顔がそこにはあった。

 

「あの距離から一瞬で間に割り込み、しかも片手で受け止めたのかコイツ!?」

 

「……お前ら、いくら自称不良だとしても、最低限度やっちゃいけねぇことも分からねぇのか……?」

 

 不良は突然の事態に驚き、後ろに数歩下がった。そして暫く立ち止まると事態を飲み込んだのか、警戒して俺達と今まで以上に距離を開ける。

 先程まではあれだけ優勢だった不良達の立場は一転、顔には焦りが見えていた。

 

「俺は気が長い方でね……別に弁当に石を投げつけられたのも結構、罵倒されたのも結構、横暴で身勝手な行動を取られたのも結構、バカにされたのも結構、全て気にしちゃあいない……」

 

 俺は不良達との間合いを歩いて詰めて行く。

 

「ただよ、うちの可愛い可愛いアイドル達に危害を加えられそうとなったら……そりゃあ普通、キレるよな……?」

 

「な、なんだよテメェ、俺達に説教でもする気か?」

 

「説教ね……生憎そんなことができる立場じゃないんだが……」

 

 俺は自らの拳を強く握り締める。こちらの勢いに押されたのか、殴りかかってきた不良は後ろに半歩下がる。

 

「幸子達は後ろに少し下がっていてくれ。悪いが俺も、久々に頭にきちまったよ……」

 

「は、はい……」

 

 幸子は俺の後ろの方の木陰に逃げる様に隠れた。そして、その後に続く様に乃々と飛鳥も着いて行く。

 と、後ろで見ていた不良の一人が俺と幸子を見て身構える。

 

「待て、このアロハシャツの男……小さい女のガキ……こ、コイツらまさかあの時の!?」

 

「……なんだ? 俺はお前みたいなやつは知り合いに居ないが」

 

「てめぇ……俺を忘れたとは言わせねえぞ」

 

「いや、本当に俺は知らん。お前どこかであったか?」

 

「と、とぼけてんじゃねえよ!! 渋谷での出来事に決まってんだろゴラァ!!」

 

 俺はその不良の顔をじっと見る。そしてしばらく記憶の中を探した後、その顔と一致する人物が一人、浮かび上がった。

 

「……ああなんだ、あの時のガキか」

 

「ガキ、か。言ってくれんじゃねェか……」

 

 不良達はガキと言われ、弱っていた殺気を怒りで再び高めた。流石に男三人を前にすると気迫では少し押されそうになるが、見掛け倒しで実際弱いということは、あの渋谷の一件で立証済みである。

 

「イイぜ? 俺達をコケにしたことを、今すぐ後悔させてやる!! せいぜい病院のベッドで、痛みと自らの無様さに枕を濡らすんだな!!」

 

「ゴチャゴチャと、口だけは達者だなお前ら……」

 

 俺は不良達の行動に遂に怒りの沸点が限界を超えた。頭からあらゆる感情が消え、そこにあるのは純粋な怒りだけとなる。圧倒的怒り、圧倒的殺意、圧倒的破壊衝動、とにかくそんな感じの真っ赤に燃えたぎる感情が、身体中を迸る。

 

「……一応確認の為に聞いておくがお前ら、バケモン72柱の8の柱、東京の黒い悪魔などと聞いて覚えは?」

 

「そりゃあ決まってるじゃねえか。確か数年前に噂になった、一人で数十人の不良を相手に無傷でボコしたとされる、一見人畜無害なヤベー奴で……ハッ!?」

 

「悪い、幸子達はちょっと目をつぶっていてくれ」

 

「えっ……?」

 

 そう言い、俺は幸子達に目をつぶらせる。

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ……っと。三人か、まあこれくらいなら余裕だな」

 

 俺は首と拳を鳴らす。そして状況を飲み込み不良達の顔が青ざめた次の瞬間、俺はその不良達の方に間髪入れずに全力で走り寄っていき、片っ端からねじ伏せて行った。

 

「グエッ!?」

 

「ゲハァッ!?」

 

「ウゴォッ!?」

 

「……一体ボクが目をつぶっている先では何が起きてるんでしょうか」

 

「……惨劇だね。悪魔による、この世の物とは思えぬ一方的な破壊の限りさ」

 

「……どうでも良いですけど、なんだかすごく痛そうな衝突音がするようなぁ……」

 

 俺は片っ端から不良達を地に伏せていく。不良達は抵抗する間も無く、声にならない悲鳴をあげその場に崩れて行く。

 ああ、なんというか色々懐かしい。俺はこの一瞬だけ『あの時』の気分を思い出していた。正直あれはあまり良い記憶と言えるものでは無いが、その拳の感触に嫌でも記憶が蘇らせられる。

 歳は二十歳を超えても、まだこういう場面では身体はある程度使い物になるものだな。

 

「やめっ……やめて!! ステイ!! ゴフッ!?」

 

「お前人間じゃねぇ!? グワーッ!!」

 

「命だけはご勘弁を!! うわらば!?」

 

「……なんだか、声だけでも色々可哀想になってきますね」

 

「本来ならこの目で直にその狂戦士の戦いぶりを見てみたい所だが、生憎ボクには目を開く勇気が無い……」

 

「これじゃあプロデューサーというより……ば〜さ〜かぁ〜……」

 

 一度入ってしまったスイッチというのはなかなか止まらないものだ。俺は怒りに身を任せ、ただひたすらに思いっきりぶん殴る。そこにはプロデューサーでは無く文字通り、かつて東京の黒い悪魔と呼ばれた『最凶』の男の姿しか無かった。

 

「本来なら武道に携わるものなら一般人に手は上げられないが、まあ良いか。お前らみたいな社会のゴミは一般人じゃねえし」

 

「な、なんか口調やら何やら、とにかくプロデューサーさんのキャラが色々おかしいことに……」

 

「とりあえずお前らはうちの担当に手を上げた、それだけで幾万の罪と同罪だ。ハイクを詠め、カイシャクしてやる」

 

「やめ……やめて……ああ……ああああああああああああ!!」

 

 不良達の絶叫や断末魔が河川敷にこだまする。この世の者で無いようなまさに、悪魔と表現するに足りる者による、悪魔の鬼退治がそこでは行われていた。恐らく彼が桃太郎の主人公だったとしたら、地球上から鬼が一人残らず駆逐されたことだっただろう。まったく、恐ろしい話である。

 

 さて、それから数分が経った。一通り暴れて平静を取り戻した俺は、一呼吸おくと服の埃を払う。

 

「もう終わったのかい? 狂戦士(バーサーカー)

 

「ああ、もう目を開けていいぞ皆」

 

「は、はい……」

 

 幸子達は恐る恐る目を開ける。そして、その目の前にある状況を見て、三人は困惑の声を上げた。

 

「えーっと……そのー……」

 

「この状況は一体どうなっているんだい?」

 

「プロデューサーさん、何故この人達はボク達に対して土下座をしているんでしょうか」

 

 俺達の目線の先では先程の不良達が横に並んで皆必死に土下座をしていた。しかも服から何から全てボロボロだ。

 

「「「すいませんでした!!」」」

 

「わかれば、よし……」

 

 俺は腕を組み満足気にその光景を眺める。

 

「さてお前ら、なんでこんなことをした」

 

「そのー……花火大会の時、この辺りの景色が良かったのでつい独り占めをしたく……」

 

「なるほど。つい、でお前らはああやって他人を脅かしたり、少女に殴りかかったりするのか?」

 

「それは……すいません」

 

「すいません? あやまりゃ済むって話じゃないのは分かるよな、お前ら」

 

「あの……えっと……はい」

 

 なんだか最初と立場が逆転しているな。不良達も先程までは群れた狼のようにイキがっていのに、まるで今は飼い主に従順なチワワだ。ざまあねぇぜ。

 

「……まあお前らも死ぬほど反省しているらしいし、俺もせっかくの花火大会を満喫したいからこれ以上は追求しない。一応は俺も人の子だ。だが良いか、次は無いぞ? 仮にもし、うちのアイドル達に傷一つつけてみろ。その時は……」

 

 俺は手に持っていたスチールのコーヒー缶を握り潰す。

 

 

 

 

 

『次はお前らだ』

 

 

 

 

 

「あ……あああ……あああああすいませんでしたあああああああッ!!」

 

 不良達は地に頭をつけて謝るとすぐさま立ち上がり、怯えた子犬の様に尻尾を巻くようにして去って行った。その涙を流しながら走る後ろ姿はまさに、あいつら自身が言っていた様に無様この上ない姿だった。

 

「……ったく、あいつら小物過ぎて置き場所に困るな……」

 

「うまいこと言ったつもりですか?」

 

「ああ、我ながら良いセンスだ」

 

 と、不良達が居なくなり一息ついて周りを見ると、なにやらうちらを取り囲む様に人集りが出来ていた。これはどうやら暴れすぎて、今度は俺達の方がマズい状況になったかもしれない。

 

「チッ、次から次へと面倒事が……」

 

 正直あれだけ騒いだだけにこの時は警察でも呼ばれるかと覚悟した。だが予想に反して、集まった人々は警察を呼ぶどころかむしろ拍手をし始めた。

 俺は現状がまったくわからなかったが、その人集りの中から現れた一人の男性によってどういう事態が分かった。

 

「……ありがとうございます、あの不良達を撃退してくれて」

 

「あー……どういうことだ?」

 

 その人集りの中から現れた男性は事情を話し始める。

 

「実はあの不良達、毎年花火大会の時になるとここを占領して騒いだり、通行人に絡んだり等の迷惑行為で困っていたんです。で、注意してもあの通りの感じだったので、一般人である私達にはどうしようもできず……」

 

「は、はぁ……」

 

 という訳で、その男性の話によると事の詳細はこうだ。

 

 ここはなんでも、花火大会の際に花火が一番綺麗に見える穴場として有名な場所だったらしく、毎年様々な人がこの辺りに集まって花火を見ていたらしい。だが数年前か、ここにあの不良達が現れて、一方的にこの場所を占領してしまったのだという。そして占領だけでは飽き足らず、不良達は様々な迷惑行為までも始めたらしく、地域の人々や自治会はかなり迷惑していたそうだ。

 最初こそ見物客や地域の人は彼らに注意をしたりしていたらしいが、幾ら注意してもあの不良達の威圧や暴力の前に何もできなかったと男性は話す。

 勿論警察にも相談したらしいが、結局警察は不良達に口頭での注意だけしかしなかったようで、警察官が居なくなった後はまたすぐに元通りだったそうだ。で、そのイタチごっこに疲れた人々はいつしか注意することをやめ、結果的にここは不良達専用の場所になってしまっていたのだ。

 まあこうして人々はこの場所を避けるようになり、誰も寄り付かなくなった結果トラブル自体はあまり起こらなくなっていたとか。

 だが人々はまだ花火が一番綺麗に見えるというこの場所をどこか諦めきれていなかった様で、そんな鬱屈した状況を突然現れた俺達があっさり解決してしまった、というのが今回の話の全貌だった。

 

「とにかく、これで私達は再びこの辺りで安心して花火を見ることができそうです。繰り返しになりますが、ありがとうございました」

 

「い、いや別に、自分は礼を言われるようなことをやったつもりは無かったんですが……」

 

「それでも良いんです。この状況が打開できただけでも私達としては嬉しかったので……」

 

 花火大会を見に来たつもりが不良に絡まれ、そしてそんな絡んできた不良を適当に撃退したら、どうやら意図せず多くの人のためになる様なことになっていたようだ。流石に俺もこんなオチは予想していなかった。

 

「因みに、お名前の方などは……」

 

「……いや、自分はまだ名乗る様な名前なんて無いです。せめて言うなら……いずれトップアイドルになる者のプロデューサーとだけ」

 

「プロデューサー……ですか」

 

 さて、こうして不良の乱入というハプニングを終えた俺達は、再び花火大会が始まるのを待つためにブルーシートに座った。正直無駄になった弁当の弁償代を奴らに請求できなかったのだけがモヤつくが、幸子達に傷一つ無かった訳だし、そこはまあ良しとするか。

 

「……というかプロデューサーさん、この前の渋谷の時から思っていたんですけど、一体プロデューサーさんにはどんな過去があったんですか……」

 

「多分みんなが想像してるほど大した話じゃないよ。いずれ、幸子達にも聞かせてやるか。ここまで見られたら流石にもう隠せないな」

 

「もしかしたら346プロで一番謎な人って、意外とプロデューサーさんだったりするのかも……」

 

「一見普通の好青年に、実は壮絶な背景(バックストーリー)が、か。フッ……なかなか心躍る展開ではないか」

 

「おいおいそんなに盛るなって……話しづらくなるだろ」

 

 と、そんなことを話していたところ視界の外で突然空が音を立てて眩く光った。音の方を向くとそこには様々な色の光が散り散りに待っており、花火大会が始まったことを理解する。

 

「あ! 花火!」

 

「お、ようやく始まったか」

 

 その打ち上げられた花火は何よりも大きく、綺麗だった。流石『穴場』と言われるだけあり、花火を阻む障害物などは一切無く、かつ花火も一番ベストな大きさで見える最高の場所だった。

 そして不良の乱入騒動で少しテンションが下がり気味だった幸子達も、そんな夜空に美しく舞い散る花火を見て、途端に笑顔になる。

 

「綺麗……」

 

「フッ……なるほど、これが花火というものか。確かに、映像や写真では無く、実物を見たくなるものだ」

 

「フフーン! カワイイボクとカワイイ浴衣、そして絶景の花火! まさに鬼に金棒、天使に浴衣、そしてカワイイボクにプロデューサーさんです! カワイイさの極限の暴力です!」

 

 俺はそんな色鮮やかな花火を見て、先程の飛鳥との会話を思い出す。

 人が何故か本物を見ようとする理由、もしかしたらそれは分からない、ということが正解なのかもしれないと俺は思った。 

 なぜだか分からないが他人を魅了できる。分からない、だからこそそれらは魅力的で有り続け、人々の気持ちを惹くことができるのかもしれない。ある意味そこまで他人を魅了できる何か、という形の無いものが見た目や歌唱力等以前に真にアイドルに求められる素質や、実力なのだろうな。飛鳥が花火にアイドルを連想したというのは、恐らくそのことを思ってだろう。

 と、そんな風に考え事をしながら花火を見ていた所、その飛鳥が俺に質問をしてきた。

 

「……すまない、プロデューサー。少し聞きたいことがあるんだ」

 

「ん? どうした」

 

「確か日本ではこうやって花火を見る時何か、そう……言葉を言ったはずなんだ。だがその……恥ずかしい話だが、僕はあまりそういった伝統や風習の様なことについては詳しくない。プロデューサーは知っているだろうか?」

 

「きたねえ花火だ」

 

「どこぞの惑星の王子みたいな事を言うのはやめてください、プロデューサーさん。いいですか? 飛鳥さん。こういう時に言うのはたまやです」

 

「悪い悪い、そうだな幸子」

 

「たまや、か……なるほどな」

 

 というわけでこうしてなんとか無事に花火大会は始まり、この後は特にハプニングなども起きず俺達四人は花火を満喫して行った。 

 正直不良達の乱入というハプニングこそあったが、別にそれ以外は何も起きなかったわけだし、それにこの辺りの治安を結果的に知らず知らずの間に守れたみたいだからな。その辺りは結果オーライということにするか。

 

「そう言えば乃々はさっき花火について何か言おうとしていたけど、乃々も花火に何か感じることがあったのか?」

 

「あっ、いや……多分別に、飛鳥さんの話ほど大した話では無いですけど……」

 

 乃々は目線の先で光り輝く花火を眺めながら、語り始める。

 

「もりくぼは勿論あの花火みたいに綺麗にははなれませんし、誰かを照らす事なんて到底できないです。ただ……」

 

「ただ?」

 

「もりくぼも……皆さんと一緒で花火は意外と嫌いじゃないです。綺麗ですし、なんだか鮮やかなお花みたいですし、好きかもしれないです。あと、すぐに暗くなって闇に消えるあたりが共感できるというか……」

 

「……なんだか乃々らしくて、可愛い感想だな」

 

「かっ、可愛いだなんて……そんなぁ……あうぅ……」

 

 乃々は可愛いと言われると花火の方から目を逸らし、俯いてしまった。その変わらぬ反応を見て、俺はなんだか安堵する。

 

「まったく変わらないな、乃々は……」

 

 花火はこうして話している間にもどんどん打ち上げられていく。そしてその光により空は赤や黄色、緑に紫と次々に様々な色に染まっていく。まるで眺めているだけで、魂を抜かれてしまいそうなほど見入ってしまう美しさだ。

 

「さて、それじゃあ花火も順調に打ち上がっていきますし、さっき言っていたやつを早速いきますか、皆さん!」

 

「さっき言っていたやつ?」

 

「たまやですよ、たまや」

 

「なるほどな。了解」

 

「それじゃあせーのでいきますからね。飛鳥さんも乃々さんも良いですか?」

 

「ああ、いつでも良いよ」

 

「は、はい……」

 

「それじゃあいきますよ、せーの……」

 

 

 

 

 

 

「「「「たーまやー!!」」」」

 

 

 

 

 

 今日が終われば明日はいよいよ、幸子の初ライブ前日だ。この二週間近く、色々な出来事があったが無事に? なんとかここまでたどり着くことができた。 そして、こうして良い仲間達と出会えた。

 俺には明日という日がどういう日なのか、どうなるのかは予知能力者でも無いし勿論分からない。だがきっと、彼女達の道の先には光が待っている、そのことだけは確実にわかる。

 ならば俺は、その光の眩しさに惑わされないようにただひたすら前へ、前へと歩き続け、無事に彼女達をその輝きの先に送り届ける。その為なら、彼女達を守るためなら俺は何度だって、今日の様に悪魔を演じてみせる。それで、彼女達が笑顔になれるならば。

 




さて、皆さんお久しぶりです。
今回は仕事疲れからか色々ぶっ飛んだ内容になってしまいました(理由対して関係無い)
なんかプロデューサーの新たな設定とか二つ名とか出てきてますが、今後生きることは(多分)ないです。

因みにそんなプロデューサーの戦闘力は、酔ってリミッター解除された早苗さんや、本気押忍にゃんと互角くらいを想定しています。最近のプロデューサーはカラテも嗜んでいるのか壊れるなぁ……
また、アイドル達の危機を感じ本気を出せば、戦闘力の限界はその限りでは無いかと。
幸子アンチ死すべし、慈悲は無い。

しかしそれは愛する担当アイドルの危機を前にしてこそであり、普段はその力の半分以下だと思います(というかプロデューサーが必要な事以外適度に手を抜く性格のため、これに限らず幸子達の事以外にはあまり本気を出さない)

というか今更ながらアイドル物で戦闘力の概念とは……うごごご……

まあそんなわけで次回、いよいよ初ライブ前日へ突入!
衝撃のラストへのカウントダウンに、震えて眠れ!

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