魔法科高校の攘夷志士   作:カイバーマン。

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第二訓 会議&兄妹

かつて「超能力」と呼ばれていた先天的に備わっていた能力が「魔法」という名前で認知され、強力な魔法師は国の力と見なされるようになった。20年続いた第三次世界大戦が終結してから35年が経つ西暦2095年

 

そこには容姿端麗という言葉ではとりも足りない程の顔つきをした少女が一人悩みを抱えていた。

 

少女の名は司波深雪。名族である「四葉」一族の跡取り候補だというのを世に隠し、兄に護られながら共に歩みたい為、そして想いを寄せる兄と共に家柄を捨てて平和に暮らしたいという希望を胸に秘めて国立魔法大学付属第一高校に入学したのだ。

それから一体どれ程の時間が経っただろうか、深雪は

 

「見渡せば見渡す程わけわかんねぇけどここ……なにが旅行気分で世界を満喫してやるだよ、こちとら右も左も上も下もどこに行けばいいのかさえ知らねぇよ……」

 

放課後ゆえに誰もいない教室で椅子に座り天井を眺めながらただひたすら嘆いていた。服装は病院服でなく既に渡された制服に着替え終えている。

彼女の悩み、というより彼女の中にいる男、坂田銀時が悩みを抱えているというべきか……

 

「まさかお前もこっちの世界に来てしまうとはな」

 

机に脚乗せてブツブツ言っている深雪の向かいでは2年先輩の生徒会長、七草真由美が腕を組んで立っていた。そして彼女の中にいるのも深雪の中の人同じ世界の住人、桂小太郎。

 

「しかし俺と共の学び舎で出会えるとは幸運だ。あのまま俺が引き取らなければ安宿殿にずっと拘束されていた事だろう」

「オメーに会った時点で俺はもう不幸のどん底だよ」

 

机に脚を乗せたまま深雪は片目を釣り上げて真由美を睨み付けた。

 

「オメーの身体になってる七草真由美って奴が今日ウチの店に来たんだよ、最初はテメェがいつものバカやってるのかと思いきや……人の話はちゃんと真面目に聞いておくべきだったぜ」

「ほう、やはり俺の身体はこの身体の持ち主の魂が入り込んだのか」

 

深雪の話にわかってたかのように真由美は頷く。

 

「やはりこれは入れ替わりという言葉が正しいな、俺と真由美殿が入れ替わった様にお前と深雪殿も入れ替わったのだろう。入れ替わる前、お前は何をしていた」

「あー? コンビニでシャンプ買う為にスクーター飛ばしてたら突然頭の上から光が降って来てそれ以降の記憶がねぇや。気が付いたらこの有様よ」

 

そう言って深雪は自分の髪を指でクルクル巻き付ける。

 

「念願のサラサラヘアーになれた代価に、玉と棒を持ってかれた」

「女の子が玉とか棒とか言うな、はしたない」

「いや女の子じゃねぇし、つかお前の方は入れ替わる前どうだったんだよ」

「俺は隠れ蓑としていた寺の上にある林の裏で」

 

真由美に注意されても知った事かという感じで深雪は尋ね返す。

彼女は表情を変えずに平然と

 

「ウンコをしていた時に頭上から雷の様な物が落ちた感覚があった」

「オメェの方がずっとはしたねぇじゃねぇか!!」

 

あっさりと答える真由美に深雪は指を突き付けながら叫ぶ。

 

「つうかその時に入れ替わったって事はお前の身体に入った奴とんでもねぇタイミングで入れ替わった事になるぞ! 気が付いたらケツにウンコ付いた状態とかお前女子高生になんちゅうハードプレイやらせてくれてんのぉ!?」

「志士というものは過酷な環境の中でいつかいかなる時でも用を足せる心構えを持たなければならない、真由美殿も俺の事を参考にし、きっと立派な攘夷志士になってくれるであろう」

「この期に及んでテメーの身体渡して攘夷志士にさせるとかどんな仕打ち!? つーかアイツどんだけひでぇ状況で俺達の世界に来たんだよ! もっと優しくしとけばよかった!」

 

冒頭で散々酷い目に遭わせて申し訳ないという気持ちに駆られる深雪は両手に頭を乗せたまま叫んでいると、真由美の懐から携帯の着信音が鳴りだし彼女はそれをすぐに手に取る。

 

「む、そろそろ時間か。行くぞ銀時」

「はぁ!? どこにだよ!」

「決まっている、生徒会の会議だ」

「生徒会の会議!?」

 

さも当たり前の様にそう言いだす真由美を深雪は信じられないという目で凝視する。

 

「オメー自分の状況分かってんのか!? こっちはわけのわからねぇ世界に放り込まれてんだぞ! こんな状況下で呑気にガキ共のお喋り会なんかやってられる訳ねぇだろうが!!」

「ガキ共のお喋り会ではない、生徒会による定例会議だ言葉が過ぎるぞ銀時。お前の今扱ってる体の本来の持ち主である深雪殿も書記として生徒会に加わっていた。最近はとある事を理由に休みがちだったがこれもいい機会だ、参加していけ」

 

子供の戯れ場みたいな風に言われた事がちょっと癪に障ったのか、真由美の言い方には少々棘が入っていたが「それに」と言葉を付け足して

 

「この世界の情勢を少しでも頭に刻んでおくべきだ。郷に入れば郷に従え、抗う事も大事だが時に周りの流れに身を任せて知識を得る事も大事だ、特にこの世界に来たばかりのお前なら尚更だ」

「ヅラのクセにまともな事言いやがって……つっても何にも知らねぇ俺がんなもんに参加しても何も喋れねぇぞ」

「案ずるな、今回は俺の紹介で病み上がりの為に今回は見学という事にしておいてやる」

 

まだ腑に落ちない様子でしかめっ面を浮かべて来る深雪に真由美はフッと笑った。

 

「お前は黙って見ておけ、俺はお前より一月ほど早くこの世界に来ているのだぞ。この世界を知る先輩として、学校の先輩としてお前に俺の戦い、生徒会長の実力と言うのを見せつけてやろう」

「……」

 

一点の恐れもなく自信満々な態度でそう言い切る真由美を、深雪は信じていいのかどうか不安に思うが、ここで彼女と別れて単独行動で迂闊に動くのも愚策だ。

 

「しゃあねぇな……暇つぶしに見てやるよ」

 

机の上に足を乗せるのを止めて深雪はゆっくりと立ち上がる。

 

「生徒会長さんの戦いって奴を可愛い後輩に見せてくれ」

 

 

 

 

 

 

それから数分後、深雪は真由美に案内されて会議に使うという生徒会室に来ていた。

 

「時は来た!! これから数か月後に行われる九校戦! 我々はいずれ来るこの決戦を前に!! 皆が一丸となって戦えるようにしなければならんのだ!!!」

 

会議参加者を見渡せる奥側に立ち、生徒会長の七草真由美は片手を上げて声高々に叫ぶ。

 

「戦はまだ先なのに今から準備を行うだと? そんなナメ腐った考えをしている愚か者は今すぐこの場から立ち去れ! もしくはこの俺が直々にたた斬ってやるわ!!」

 

いつの間にか頭に「日本の夜明け」と書かれていた謎のハチマキを巻き付け、更にはどこから持ってきたのか鞘に収まった日本刀を手に持っている。隙あらばすぐにでも抜こうとする仕草をするので気が抜けない。

 

「戦とは万全の準備をして初めて成り立つモノ! 士気を高め万全の人員を構成し兵糧の確保!! 武器の手入れも怠るな! 刀に錆でも付けたら武士として失格と思え!!」

 

魔法師を主に育成する魔法学校で武士としての心構えとはなんたるかと力説しながら真由美は鬼のような形相で周りを見渡す。

 

「という事で諸君! まずは各々の武芸をより高みへと飛躍させる為に!! 俺は遂に念願のコレを手に入れてきた!! 数多のライバル校からのスパイの視線を掻い潜り、我々の悲願を達成させるには決してなくてはならない存在!! それが!!!」

 

懐からある物を取り出してそれを思いきり目の前に机に叩きつけて周りに見せた。

 

「UNOだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「UNOだぁじゃねぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「げぶふッ!!!」

 

さも当然に目の前に置かれた数十枚のカードの束が入った色鮮やかな箱に向かって盛大に叫ぶ真由美を。

ずっと見学として外から見ていた深雪が遂にキレて右ストレートでぶん殴った。

真由美はそのまま回転しながら後ろの壁にぶっ飛ばされる。

 

「何が俺の戦いを見せてやるだ! 結局テメェがUNOやりてぇだけじゃねぇか!! つうかこんなもんどこに売ってたんだよ!!」

「学校近くのトンキで買ってきた……」

「答えなくていいわ! あーめんどくせぇ! 何が郷に入れば郷に従えだ!! 結局いつものテメェじゃねぇか!! くだらねぇ俺はもう出て行く!!」

 

付き合ってられないと深雪が床に向かってペッと唾を吐き捨てると生徒会室から出て行こうとする。しかし

 

「待て待て待て! お前に行かれたら困るんだ司波!」

 

出て行こうとする美雪の方を後ろからガシっと掴むのは黒髪ショートの女性にしては少々背が高く女性に慕われそうな麗人タイプの女子高生。生徒会の一人でなく風紀委員長の渡辺摩利(わたなべまり)だ。

 

「お前がつい最近まで込み入った事情で生徒会に顔を出せなかったおかげで真由美の様子がどんどんエスカレートしてたんだ! 頼むからここにいていつものやってくれ!」

「すみませんいつものと言われてもわかんないっす、自分もうあのバカ先輩と付き合えないので」

 

やんわりと断り帰ろうとするが摩利は深雪の肩から手を離さない

 

「あの前の予算決議の時に暴走に走ろうする度に真由美に向かって! 道に捨てられた犬のフンを見るような蔑んだ目で睨んでくれ! そうすれば!」

 

『す、すみません……真面目に予算案について話し合います……』

 

「とかなんとか言いながらえらく落ち込んで会議がスムーズに!!」

「アイツ女子高生に睨まれただけでそんなヘコんでたの! バカの癖にメンタル弱ッ!」

 

自分の体本来の持ち主とそんな事があったのかと驚いていると、倒れていた真由美がムクリと起き上がり

 

「あの普段おしとやかで清楚で礼儀正しい少女が突然自分をゴミクズを見るような目で見つめてくるのだぞ……く! 思い出しただけでも震えが……!」

「そこで一生震えてろゴミクズ」

 

トラウマになってるのか小刻みに震え出す真由美を見下ろしながら深雪が正しくその蔑んだ目をしていると

 

「大丈夫ですか会長」

「ああ、大事無い……すまぬリンちゃん殿……」

 

真由美の手をとって立ち上がらせたのは常に冷静沈着な態度で表情を崩さない、生徒会会計担当、市原鈴音(いちはらすずね)だ。

 

「では会長、今回の議題は九校戦を勝ち抜く為に皆でUNOをやろうという取り決めを行うということで」 

「うむ、さすがはリンちゃん殿だ、俺の考えをそこまで的確に見抜くとは」

「会長のアホさ加減は大体読めてきましたので」

 

鈴音に考えを当てられ満足げに頷いていると、摩利が指を鈴音に突き付け。

 

「おい! そうやってお前が甘やかしてるからつけ上がって変な事ばかりやらかそうとしてるんだぞ! 少しは振り回されてる立場の身にもなれ! 本来生徒会の会議に加わる必要のない風紀委員の私が何で毎回自主参加してると思ってるんだ! お前がブレーキ役として成りたたないからだぞ!」

「別に参加してくれとこちらから頼んだ覚えはありませんが、生徒会は今の所問題なく動いてますし。私と会長のツートップでやっていけますよ」

「ツートップというか今実質仕事出来るのはお前だけだろ! 真由美はおかしくなったし“書記の中条”は急に学校に来なくなったし! それに!」

 

鈴音に突き付けた指を動かして窓辺の方に

 

「副会長の服部は真由美がおかしくなってからずっと窓から空を延々と眺めてるだけだし!!」

「今日も空が綺麗だ……」

「アレが彼の仕事ですから」

「どんな仕事だ!」

「雲の向こうに天空の城が見えないかああして監視してるんです」

「ラピュタ観終わったばかりの小学生か!!」

 

さっきかずっと窓から外を遠い目で眺めているのは生徒会副会長の服部刑部少丞範蔵(はっとりぎょうぶしょうじょうはんぞう)。腕の立つ優秀な人材なのだが真由美が変貌した事がショックだったのか、今ではすっかりあの立ち位置で定着している。

 

「ほら見ろ! 書記の中条は欠席で同じく書記で達也君がいなくなって精神が折れかけている司波! 雲に夢中の副会長服部! そして挙句の果てには侍みたいな喋り方になってるアホの生徒会長真由美! どっからどう見ても成り立ってないだろこんな生徒会!!」

「ではこれから週に一回体育会で皆でUNO大会を行うという事で決定で」

「はい」

「聞けよ人の話!!」

 

人の警告を聞かずに淡々と会議を二人だけで進めていた真由美と鈴音を摩利が怒鳴るが、真由美はフッと笑い

 

「案ずるな摩利殿、ちゃんとUNOだけでなく九校戦への策をいくつも考えている」

 

得意げにそう言って真由美はポケットからゴトっとソフトボールぐらいの大きさの球形の機械をテーブルの上に置いた。

 

「リンちゃん殿に手配して作ってもらった、まずは大会当日にこれを各校の代表皆に配る」

「……なんだコレ、新しいCADか?」

「まだまだだな摩利殿」

 

不審に思いながら摩利が手にとって眺めていると真由美はやれやれと首を横に振り

 

「そいつは起動時間を設定すれば半径30mを跡形もなく吹き飛ばす爆弾だ、コイツで受け取った者を全て肉片と化し、我々は無傷で天下一となれる算段が整うのだ」

「いやそれただのテロリスト!!」

 

手に持ってるのが爆弾だと知って慌ててテーブルに置き戻すと摩利はまた鈴音を指差して

 

「ていうかこんな物を作ることを頼まれた時点で断るだろ普通!!」

「誰も犠牲を出したくないという会長の心意気を取り組んだ結果です」

「犠牲出まくりだろ! 各校血まみれだぞ! なんでただの各校の対抗試合でそんな血生臭い惨劇を繰り広げなきゃならないんだ!」

 

全く悪気がない様子で淡々と話す鈴音にツッコミを入れた後摩利はすぐに振り返り

 

「おい司波! 何か言ってやれ!!」

 

現場復帰したばかりの深雪に何とか言ってもらおうと思ったのだが振り返った先にはいなかった。すると窓の方へ視点を動かすと

 

「おいあそこの雲の中にあるの、あれひょっとしてラピュタじゃね?」

「いやーただの飛行艇ですよきっと……」

「なに普通に服部と一緒にラピュタ探してるんだ! 龍の巣とか絶対見つからないから! そんなん無いから!!」

「バカヤロー男はいくつになってもラピュタを追い続けるモンなんだよ」

「お前女だろ!」

 

いつの間にか服部と仲良く窓の外から雲を見上げていた深雪。

どうもこの状況に飽きて来ていたらしい。

 

「なんか司波までおかしくなってるような……く! 一体私達の学校で何が!」

「ということでまずは最も我らの脅威となる可能性のある第三高校にコイツを宅配便に変装して渡し……」

「お前も爆破テロやる算段でどんどん進めるな!!」

 

徐々に混乱しつつあるが摩利はとにかく真由美の暴走を上手く止めることに専念する事にした。

 

「そういう卑劣な手段を使わずとも実力で勝てばいいだろ!」

「卑劣な手段も実力の内だ、戦に正々堂々もへったくれもあるか。しかしそんなに嫌だというなら」

 

真由美は再び懐から何かを取り出しテーブルに置く。

 

「爆弾の代わりに摩利殿の手作り弁当を渡すことにしよう、これで敵が死ぬ事は恐らくあるまい、恐らく」

「人の弁当を爆発物と同等に扱うな! ていうかカバン探しても見当たらないと思ってたらお前が盗ってたのか!!」

 

昼食時間に食いそびれた自分の手作り弁当を凶器扱いされてはさすがにキレる。そんな摩利の目の前でその弁当を箸で一口食べる真由美。

 

「味はほどほどのマズさでな、凄いマズイ訳でもないのだが食べ続けると何かこうイラっと来るのだ、コレを配れば敵もイライラで士気が駄々下がりだ」

「何人が作ったモンを勝手に盗って勝手に食って勝手にダメ出ししてんだお前は!!」

「どうだリンちゃん殿」

「絶妙なバランスのマズさです、これで敵もイライラで総崩れでしょう」

「敵の前にこっちがイライラしてるんだが!」

 

人の弁当を食べ始める真由美と鈴音に摩利が苛立ちを募らせながら窓辺の方に振り返り

 

「ラピュタ観測班! お前達生徒会ならこの二人の行いをすぐに止めろ!」

「いやいやマジで美味くねぇなコレ、どういう作り方すればこんな微妙なおにぎり作れるんだよ」

「パズーがシータに作った朝食が無性に食べたくなりますよコレじゃあ……」

「いつの間に私の作ったおにぎり食ってんだお前等! もういいさっさとラピュタ観測班に戻れ! 一生雲でも見てろ!!」

 

窓辺に立って手におにぎり持ったまま口をモグモグさせている服部と深雪に叫んだ後、完全に疲れ切った様子で摩利は首を横に振る。

 

「まさか生徒会がこんな事になるなんて……それもこれも達也君がいなくなってからだ……司波、まだ兄の行方は見つかってないんだろう」

「兄?」

 

兄の事を聞かれておにぎりを食い終えた深雪はピクリと反応した。

さっきまでとは一転して摩利の表情に陰りが見え始める。

 

「一ヶ月前、達也君の誕生日だとか言ってたな。その日から完全に行方不明だとは聞かされていたが、まさかあの達也君が何かの事件に巻き込まれて大変な事になっていなければいいのだが、いや妹の前で言うことではなかったな、すまない……」

「……」

 

そういえば保険医の先生や真由美もそんな事を言っていたような気がした。

自分には兄がいて今現在行方不明になっていると……

 

摩利の話を聞いてふと兄の行方不明という点が気になり無言になる深雪であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数十分後、結局会議はグダグダのまま終わり、生徒は各々帰り。

残った真由美と深雪は学校の屋上に来て夕日の見える空を眺めていた。

 

「銀時、どうして俺達がこんな体で異世界に来たのか、お前はどう思う」

「んな事聞かれてもわかんねぇよ、ただ今日一つだけわかった事と言えば」

 

落下防止の鉄柵に背を預ける真由美に尋ねられると、その場にしゃがみ込んで小指で耳をほじっていた深雪がけだるそうに

 

「突然いなくなった司波深雪の兄が怪しいって事だけだ」

「……俺がこの世界に来た時は深雪殿の兄上殿は既にいなくなっていた。話を聞く限り将来有望の中々の逸材だと期待していたとは摩利殿から聞かされていたが」

「どんな奴だろうが関係ねぇさ、大事なのはそいつが今どこで何をしているのかって事だ」

 

小指の先にフッと息を吹きかけると深雪は立ち上がる。

 

「見つけ出して事の次第によっちゃぶん殴ってやる」

「どうやら当面の目標は決まったみたいだな」

 

この世界に送り込まれた謎を解くために司馬達也を見つけ出す。

見据える様に前方を睨みながら拳を強く握る深雪の隣で真由美は静かに腕を組む。

 

「俺も生徒会で忙しいので中々時間は割けんが兄上殿の捜索には協力しよう」

「いやもういいだろ生徒会なんて、俺達には関係ねぇだろ」

「そうも言ってられん、この体、七草真由美として俺は生徒会長の義務を全うせねばならん」

「なった結果があのバカ丸出しの演説かよ、いいから生徒会なんてほっといても大丈夫だって、所詮学校の委員会だろ?」

「いや、それは絶対に出来ん」

 

真由美はキッパリと断言する。

 

「例えここが俺達にとってなんの関係もない世界だとしても、俺は真由美殿が護り続けたあの生徒会を代わりに護るという義務を果たさねばならない」

「相変わらずバカの癖にクソ真面目な性格してんなお前、入れ替わった体の持ち主とか俺は考えもしねぇや。まあいい俺は俺のやりたいようにやらせてもらうぜ」

「フ、そう言ってもやる事はいなくなった兄上殿を探す事であろう。それはそれで」

 

真由美は歩き出しこちらに背を向けながら口を開く。

 

「お前もまた深雪殿の代わりにやっているようにも見えるが?」

 

皮肉交じりにそういうと麻由美は僅かに微笑みながら屋上を後にした。

残された深雪は苦々しい表情でケッと呟き

 

「勝手に勘違いしてろバカ会長」

 

 

 

 

 

 

屋上から降りてやっと深雪は学校を後にした。外はすっかり夕暮れ、広大な校庭では部活動に励んでいる生徒もちらほらいる。

そんな中、深雪は一人途方に暮れていた。

 

「……どこに帰ればいいんだよ」

 

ポケットに両手を突っ込んだままジト目でそう呟く深雪。

そう、今彼女はどこに行けば自宅があるのかさえわかっていなかった。

 

「ったくヅラの奴か保険医の暴力教師に聞いておけばよかったぜ……」

「……深雪?」

「あん?」

 

ブツブツ言いながら適当に歩いていると背後から呼ばれた声にとっさに振り返る。

本来の自分の名前でないのにすっかり深雪という名前が自分の事を指していると自然にそう考えることに自覚しつつあるようだ。

 

「もう大丈夫なの? 安宿先生はちょっと挙動がおかしくなってたけど七草生徒会長に連れてかれたって言ってたけど」

(誰だこいつ、司波深雪の友達か?)

 

こちらに向かって心配そうに顔色を伺ってくるのは深雪と同じ一科生でクラスメイトの光井ほのかだった。深雪と彼女は友人関係なのだが今の深雪はそんな事知らないので小首を傾げるだけ。

 

「あ、あの突然倒れたから私心配だったんだ、保健室連れて行こうとしたら偶然安宿先生が深雪を担いで連れてってくれて……」

(あーコイツがあの先公が言ってた友人って奴か)

 

深雪の外見がどことなく変わっている事を感じながらどこかオドオドした態度で接してくるほのかを観察しながらようやく深雪は理解した。安宿先生が言っていた倒れた深雪を見て騒いでいた友人とは彼女の事だったのであろう。

 

「気にすんな、ちょっと腹を下して痛ぇからぶっ倒れただけだよ、全部出したらスッキリした」

「腹を下したから全部出してスッキリ!? え、それって……ていうか喋り方もおかしいし顔もどこかしまりがないというか……」

「イメチェンだ、他人との間に壁を作らず気楽に親しくなれるよう工夫してたらこうなった」

「そ、そうなんだ……なんか前よりずいぶんと砕けてる感じになったね」

 

適当なこと言って誤魔化す深雪をほのかは驚きつつも疑ってない様子で信じてしまう。

 

「でもいきなりイメチェンなんて、やっぱりお兄さんがいなくなって深雪もどうしていいのかわからないみたいだね……」

「ああいいっていいって、あんな兄貴、正直いなくなってせいせいしてるから」

「ええ!? あんなに親しかったお兄さんなのに!?」

「実は俺達仮面兄妹だったんだよ、学校では仲良い振りして家では口も利かねぇし目も合わせないから、顔でも合わせたらしょっちゅうツバ吹き合ってたし」

「そうだったんだ、あんなに仲良さそうに見えてたのに……」

 

心配させまいとしてるのか、勝手に知りもしない兄妹を捏造してでっち上げる深雪。

衝撃の事実に血の気が引いているほのかに彼女は話を続ける。

 

「今時兄妹なんてそんなモンだって、けどまああんなクソ兄貴でもいなくなるとそれはそれで困るんでね、仕方ねぇから探してやろうと思ってんだよ。勘違いすんなよな、別に喧嘩相手がいなくなって寂しいとか思ってないんだからね、いなくなられるとこっちが迷惑するから探してあげるんだから」

「ここにきてまさかのツンデレ!?」

 

散々言っておいてまさかの最後はデレ、今まで見せない表情をする彼女にほのかは困惑しながらも、とりあえず兄である達也を探す事を続けるという深雪に安堵する。

 

「良かった深雪がただのツンデレで、そうだよね、生徒会や授業も受けないでたった一人でお兄さんがどこにいるか必死で探し回ってたもんね……きっとそれで無理がたたって……」

「ったくよ、どこほっつき歩いてのかね、あのバカ兄貴は。見つけたら教えてくれや、ぶん殴りに行くから」

「そこは感動の再会で抱きしめ合うじゃダメなの!?」

「んな気持ち悪い事できる訳ねぇだろ……いつ!」

 

司波兄妹にどんな幻想抱いてんだこの小娘はと思いながら深雪がツッコんでいると突然横からこめかみに向かって何かを投げられたような衝撃が。思わず頭を下げると傍には丁度投げやすそうな石ころが転がっていた。

 

「これ投げられたのか? クソ! どこのどいつだコノヤロー!! 出てきやがれぶっ殺してやる!!」

「み、深雪そんな口調で大きい声出さないで、部活やってるみんながこの世の出来事ではないというモノと直面したかのような表情でこっち見てるから……」

「チッ! ん?」

 

物騒な事を平気で叫ぶ深雪を必死にほのかが止めると、彼女は舌打ちしてとりあえず大人しくなる。そしてふと投げられた石に何かが巻きつけられている事に気づきヒョイッと手に取った。

 

手に持ってみるとその石には小さく丸められた紙束が紐で括り付けられていた。

もしかしたら石を投げてきた者はコレを渡すために投げつけてきたのだろうか……

 

まだこめかみがズキズキする中、深雪は紐に括り付けられたその小さく丸められた紙束を手に取って開いてみた。

 

「……なんだコレ、住所か?」

 

そこに書かれていたのはある場所を特定している住所だった。この辺の地理にはてんで疎い深雪だが、これだけ詳しく書かれてば後は人に聞いていけば容易に辿り着けるであろう。

 

「しかし一体どこの……ん?」

 

一体誰がどういう目的でこんなものを投げつけてきたのか皆目検討つかないでいると、ふと紙束の裏面何か書かれていることに気づく。そこに書かれていたのは……

 

「“坂田銀時”さんへ、司波深雪の住む住所です」

「!」

 

その名が目に入った瞬間、すぐに深雪は辺りを必死に見渡してみる。

しかし傍には不安そうに見つめるほのかしかいない。

 

「どうかした深雪!?」

「いや、ちょっとな……」

「その石に括り付けられていた紙束に、何か書いてあったの?」

「ただのイタズラだ、見つけてとっ捕まえようとしたんだが逃げられちまったみたいだな」

 

そう誤魔化すと深雪はその紙束をポケットに仕舞う。

 

(……ヅラがこんな回りくどい事する必要ねぇし)

 

自分の正体を知る何者からのメッセージ。

まだ痛む箇所を手で押さえながら深雪は日が落ちかけている空を見上げる。

 

「一体どこの誰だ……まあいい」

 

ポツリと呟くも返事は返ってこない、しかし考えていても仕方ない。

深雪は足を前に出して進み始める。

 

「ご親切にどうも」

「え?」

 

いきなり礼を言って歩き始める深雪にほのかは不思議そうに見つめるがすぐに慌てて後を追う。

 

その礼が果たして本人に届いたのか、もしくはもう既にその人物は傍にいなかったのかは、他の誰も深雪さえも知る由はなかったのであった。

 


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