第一訓 卒業&入学
坂田銀時は万事屋銀ちゃんという何でも屋を営んでいる。
金さえ払えば何でもやる商売だ。
今日もまた一人の依頼人がやってきた。
こういう商売だと依頼人もそれほど多くないので、珍しくやって来た客には大層喜ぶもの。
だがその久しぶりのお客相手に銀時はしかめっ面。
銀髪の天然パーマと死んだ魚の様な目という特徴的な顔が心底うんざりしたような顔を浮かべていた。
何故ならその依頼人は子供の頃から知り合いの見知った幼馴染の男であった。
「……おいヅラ、お前もう一度自分の名前言ってみろ」
店兼自宅のスペースにあるソファに大股開いて深々と座りながら、銀時は向かいに座る依頼人に尋ねると
「ヅラじゃない……!」
散々同じ事聞かれた事に苛立ちを募らせながら依頼人はソファから立ち上がった。
「私の名前は
「ごめんもうこっちがキレてる」
長髪ロンゲの男、銀時がよく知る攘夷志士・であるあの桂小太郎が頬を膨らましてこちらにウインクした時点で
銀時はソファの上から綺麗に彼の顔面へ飛び蹴りをかますのであった。
顔面に足跡つけて床に倒れ転げまわる彼をゴミを見るような目で見下ろしながら銀時は立ち上がった。
「おいヅラ、こっちは今金もねぇし糖分も摂れねぇしイライラしてんだよ……テメェもふざけた電波キャラに付き合ってるヒマねぇんだよ、頼むから消えてくれ一生」
「ひ、酷いです! 女の子の顔を蹴るなんて!」
蹴られた頬を押さえながら桂は涙目で上半を起こしてこっちを睨んで来る。
「あなたが言いたい事はわかりますよ! 確かに見た目は今男ですけど! 中身は女の子なんです!」
「えーなにこの人、何今更そんなとんでもないカミングアウトしてんの? さすがにそれは銀さんも困惑するよ、生まれつきそうだったの? それ他の人にもちゃんと言った? 辰馬とか高杉にもちゃんと相談した?」
「そういう事じゃありません!」
後頭部をボリボリ掻きながら対応に困っている様子の銀時に桂はいらぬ勘違いだと首を横に振る。
「確かにこの体は桂小太郎という人の身体なんですが! 心は七草真由美という国立魔法大学付属第一高校三年生なんです!!」
「へー国立大学付属第一高校の生徒さんなんだ、奇遇だね俺はそっから隣駅のホグワーツ通ってんだよ。電車の中で会ったらよろしく」
「信じて下さい万事屋さん!」
小指で鼻をほじりながら聞いた事も適当に流し始めた銀時の足にしがみつく桂。
「あなたこの体の持ち主と親しかったんですよね! だからこの人の為に助けて下さい! 主に私を!」
「だぁぁぁぁぁひっつくんじゃねぇ!! もう頼むから帰ってくれよ! 辰馬と高杉にはお前がもう魔法学校通う事になった事は言っておくから! アイツ等の電話番号知らねぇけど!」
諦めようとせずに必死に助けを求める桂の頭を銀時は何度もゲシゲシと踏みつけていると
「おはようございまーす、あれ?」
銀時の下で万事屋として働いている志村新八がやってきた。
戸を開けてリビングに入ると、彼の目の前で桂が銀時の足にしがみついているのがすぐ目に入る。
「桂さん来てたんですか? ていうかなんで銀さんの足にしがみついてんですか? なんか気持ち悪いですよ」
「お、お願いそこの眼鏡さん! 万事屋さんにちゃんと私の話を聞いくれるようお願いして! 私決しておかしくなってるわけじゃないのよ!」
「……なんか喋り方もえらい気持ち悪くなってませんか? 女の人みたいですよ」
銀時に何度も踏まれ続けながらめげずにこちらに向かって叫んでいる桂に新八は頬を引きつる
「……銀さん話聞いてあげたらどうですか? もしくは病院に連れてった方が」
「あん?」
「ぐほぉッ!」
「あ、今完全にトドメ刺した……」
小首を傾げながら銀時はしつこい桂に腹立って遂に足に力を思いきり込めて踏み下ろす。
ピクピクと震えつつそのまま鼻血を流しながら白目を剥いてガクッと倒れた桂
「どうしたんですかね今日の桂さん、朝から変なの食べたんですかね」
「コイツならあり得るな、ったく朝からはた迷惑もいい所だ」
グリグリと桂の頭の上で足首回して踏みつけながら銀時が舌打ちしているともう一人の万事屋メンバーが瞼をこすりながら起きてきた。
「うるさいアルな……さっきからドンドンなに踏みつけてるんだヨ……」
「ああ神楽ちゃんもおはよう」
寝癖がまだ残ってる状態でパジャマのまんまの少女、神楽が、いかにも起きたばかりで機嫌悪そうにやって来ると新八が挨拶。そして銀時は
「おい神楽、お前コイツ踏んでみろ、お前が本気で踏めばコイツの頭もちっとはマシになるかもしれねぇし」
「踏みつけてたのヅラの頭だったアルか……元々まともなじゃないからいくら踏んづけてもアホのままネ、時間の無駄ヨ」
めんどくさそうに神楽が言い放っていると、銀時踏まれて倒れていた桂がなんとか目を覚まして神楽の方に這い上がり。
「……あの、私と同じ女の子ならわかってくれるわよね……私の話聞いてくれないかしら……?」
「うおぉぉぉぉぉぉ! マジ気持ち悪いアル!!」
「だばんぷ!!」
「ちょっと神楽ちゃんこれ以上桂さん蹴らないで上げて!!」
宇宙最強の傭兵部族の一つ、夜兎の血を持つ神楽がこちらに向かって女みたいな口調で助けを呼ぶ桂に、眠気も吹っ飛び衝動的に蹴りを入れるのであった。
ここはかつて侍の国と呼ばれた江戸。
時の流れと共に刀は廃れ宇宙人が街を往来し
古きモノは消え去る度に新しきモノが生まれていく時代。
そしてそんな世の中でも侍として行き侍として死ぬ覚悟を持った一人の男がいた。
攘夷志士・桂小太郎
侍と宇宙人、通称天人が長きに渡る激闘を繰り広げた攘夷戦争を生き抜き。
戦に敗れてもなお、日夜数多の追手を振り切りながら天人の排除と幕府打倒、日本の夜明けを目指す一人の侍なのだ。
そして
「本名は七草真由美、国立魔法大学付属第一高等学校の生徒で三年A組です。身長は前に測った時は155cm、体重は言えません。自慢ではありませんが生徒会で生徒会長を務めていて、最近の目標は九校戦を優勝出来る様に導ければと思っています、それと一科生と二科生の対立の改善性も目指してます」
「……」
今銀時達万屋三人組の前にいるその桂が、まるで面接官に自己PRしてるかのように丁寧に自分の事を話している。
銀時はいつも通りの死んだ目を浮かべ、新八は無表情で彼の書いた事をメモにし、着替えた神楽は小指で鼻をほじりながらどうでもよさそうに聞いていた。
「……銀さん、この人本当に桂さんなんなんですかね……言ってる事はいつもと同じで全く分かりませんけど本来の桂さんの感じとは別人というか……」
「なに律儀にコイツの話メモにしてんだよぱっつぁん、紙の無駄だから止めとけって。オメーがあまりにも言うモンだからコイツの話に付き合ってやってるけど、俺から言わせりゃあいつものヅラだよヅラ」
「ヅラじゃありません真由美です」
「ったく新八もまだまだヅラの事分かってないアルな、コイツは事ある事に私達に構って欲しいが為に何度も回りくどい事を仕掛けてきた真正の構ってちゃんネ。これ以上ヅラのペースに乗せられたらダメアル、適当に受け流してさっさと家から追い出すヨロシ」
「だからヅラじゃなくて真由美です」
真ん中に座る新八は話に積極的だが銀時と神楽の方は完全に信じていない様子。
そんな空気を引き裂くように桂でありながら七草真由美と名乗り始めている彼が両者を挟んでいるテーブルを力強く両手で叩く。
「もういい加減信じてくださぁぁぁぁぁい!! もう一カ月も前からこの身体なんです! 4月24日に”達也君”に誕生日のお祝いメールでもしてあげようかなとか考えてたらいつの間にかこのサラッサラヘアーの男の姿になるわ見た事のない場所にいるわ、傍には変な化け物いるわでもうここで生活するのも毎日キツくて大変で……!」
今度はテーブルに顔をうずめながら涙声で叫ぶ桂。すると彼の懐から携帯が鳴り始め。
「あ、すみません、きっと桂さんの部下です」
桂は一旦泣くのを止めてそれを手にとって耳に当てると
「もしもし生徒会長です。え? 通販で頼んでおいた整髪料が届いた? あ~ごめん発送日今日にしてたんだった、お金立て替えてくれてありがとすぐ返すから。あと一つ頼みあるんだけど、今週のアメトーークちゃんと録れてるか確認しといてくれる? なんか野球で時間ズレたらしくてさ。ああもうそれはエリザベスさんがやってくれてるって? 了解しましたーじゃあ試験が終わったら頼まれた卵と牛乳買ってすぐ帰りまーす」
「生徒会長さんメチャクチャ生活に順応してるじゃん! メチャクチャ江戸の生活に溶け込んでるじゃん! 桂さんの部下とメチャクチャコミュニケーション出来てるじゃん!」
今まで泣きながら生活するのも大変と言っておきながら前以上に部下と親しそうに会話している桂を見て思わず新八がツッコミを入れると、彼は携帯を懐に戻してまたダン!とテーブルを叩いて
「とにかく私は一刻も早く元の場所に帰りたいんです!」
「一刻も早く帰りたい癖になんで通販で整髪剤買ってんだよ!? 明らか余裕だよね!? アメトーーク録画しておくぐらい余裕でここの生活に慣れちゃってますよね!」
再びテーブルに顔をうずめながら泣き出す器用な桂。
そんな彼に新八が叫ぶ中、銀時はやれやれと首を横に振り
「ほれ見ろ新八、またいつものヅラの茶番だよ。もうこれ以上付き合う義理もねぇだろ、俺はもう出掛けるぞ、コンビニにジャンプ買いに行ってくる」
「え! 待ってくださいよ銀さん! こんな状態の桂さんここに置いたまま一人だけ逃げないで下さいよ!」
「そうですよ万事屋さん! 私はエリザベスさんの紹介であなたの所に来たんです! もしかしたら私の助けになってくれるかもしれないって!」
一人ソファから立ち上がり、トンズラかまそうとする銀時を桂が呼び止める。
「私と桂さんの身体が入れ替わった原因を突き止めて下さい! こうして私が桂小太郎となっているのなら! きっと桂さんも七草真由美という私の身体に入り込んでるのかも! あの人と親しい筈のあなたならすぐにでも助けたいと思いますよね!」
「いや全然、むしろいないほうが疲れる原因が一つ減って嬉しいわ。だからさっさと失せろ疲れるから」
「だから私は桂さんじゃないですってば!」
こんなに話してもまだ信じてくれない、こんな酷い人が世の中にいるのかと桂は苛立ちを募らせながらソファから立ち上がると銀時に指を突き付ける。
「桂さんもきっと困ってる筈なのにあなたは! それでもあなたは桂さんのお友達なんですか! 達也君だったらきっと助けてくれるのに! 私が困ってたらきっと助けになってくれますよ!」
「いや達也君もこんなロン毛のおっさん助けるのはさすがに嫌がると思うけど」
「あなたに達也君の何がわかるんですか!」
「お前こそ達也君にいらぬ幻想を抱いてんじゃねぇ、達也君がお前だけのヒーローだと思ったら大間違いなんだよ。達也君はみんなのヒーローなんだよ」
「いや銀さん、アンタは達也君の事何も知らないですよね……」
桂に向かって真っ向から反論しながらも実は誰の事を言っているのかよくわかっていない銀時に新八がボソッとツッコむ。
そして銀時は歩き出すと玄関へと向かう戸を開けながらけだるそうに舌打ち。
「ったくよ「体の入れ替わり」なんてもうとっくにやっただろうがよ、前にやったネタもう一度掘り起こしてんじゃねぇよ」
「ネタじゃなくて本当に入れ替わってるんです!」
「あーはいはいわかったわかった、じゃあ俺もどこぞの小娘と入れ替わる事があったら信じてやるから」
「万事屋さんまで入れ替わったら意味ないじゃないですか!」
信じる気力も起きないようで銀時がさっさとコンビニへ向かう為に玄関でブーツを履き始めているのを、桂が後ろからついて行きながら叫び始める。
「1ヵ月暮らしてる内に徐々にわかりました! ”この世界”と元々”私がいた世界”は全くの”別物”なんだと! だから万事屋さんもどこぞの誰かと入れ替わったらもしかしたら私達の世界に行くって事ですよ! そうならない為にこの問題を解決しないと!」
「入れ替わりの次は異世界かよ……設定盛りすぎだろ、それちゃんとキチンとまとめられる様に計算してんの? 後先考えずに設定を盛り始めると収拾つかなくなるからな」
「設定とかじゃなくて私は本気で言ってるんです! 最初から!」
「うるせぇなもういいから異世界にでも何処にでも帰れよバカ。それに仮に異世界に渡れるんだとしたら」
ブーツを履き終えてトントンと踵を揃えると、銀時はガララと玄関の戸を開けて最後に振り返る。
「俺だったら旅行気分でその世界を満喫してやらぁ」
それだけ言い残すと銀時は家を出て階段を下りて行ってしまった。
残された桂が玄関でため息突いてガックリしていると新八と神楽が背後からやってくる。
「大丈夫ですか桂さん、いや生徒会長さんでいいんでしたっけ?」
「ヅラ、今回いつも以上に粘ってるネ、もしかして本気で困ってるアルか?」
「いやだから私はヅラじゃなくて真由美……」
せめて二人にはわかってもらえるようにと振り返ろうとする桂、しかしまた袖の下にしまった携帯が鳴り出したので再び即それを手に取ってパカッと開くと。
「あ、来週の攘夷志士定例会議の時間変更のお知らせメールだ」
「攘夷志士の会議出てんの生徒会長さん!?」
「当然でしょ、私はね、桂さんの身体を借りてる責任として桂さんの職務を全うしなければならないと思ってるの。攘夷志士として戦う事も覚悟の上よ」
当たり前の様に言いながら口元に笑みを浮かべる桂だがどこか黒い……
「そう、いずれは倒幕に成功し江戸にはびこる天人を残らず駆逐し、将軍の首を取って新たな政権を奪取する事こそ我等の悲願がようやく達成するのよ……」
「オイィィィィィィ!! なんかもう思考が完全に攘夷志士になってるよ! つい最近まで高校生だった女の子が将軍の首狙う事になんの躊躇も抱かなくなってるよ!!」
彼の笑みにどことなくドス黒い感じを覚えていた新八がすぐにツッコむ中、隣に立ってる神楽は起きたばかりなのでまだ眠いのか大きな欠伸を一つ。
「新八の言う通り私もどこかおかしいと思うネ、今日のヅラはいつもよりしつこ過ぎるし、こうして一緒にいると少しメスの匂いもするアル。銀ちゃんに話聞いてもらった方がいいかもしれないヨ」
「そうだね、正直僕もまだ半信半疑なんだけど桂さんが作った茶番にしては妙に凝り過ぎてる所あるし。銀さんがコンビニから帰ってきたら改めて桂さんの件を話してみようか」
ようやく神楽の方もまともに話聞いてくれる態度になってくれたのか前向きに検討しようと言いだす。
新八もそれに頷き銀時が帰ってきたらもう一度相談しようと決めた。
「それじゃあ桂さん、じゃないや真由美さん? 銀さん戻って来るまで少しここで待ってててもらえますか?」
「ああすみませんが、私もうそろそろ戻らないといけないんです」
ぎこちない感じで桂にリビングで待ってくれるよう新八は促すが、彼は申し訳なさそうに頭を下げるとすぐに上げ
「レンタルビデオの会員になる為に、自動車学校で短期間コースで普通免許の教習を受けている所なんです、今日は本免の実技試験だからなるべく早く行って事前に勉強しておきたいので、かもしれない運転って難しいんですよホント?」
「アンタ本当に元の世界に戻る気あんの!?」
遂には自動車の教習所にまで通っているらしい桂を前にいよいよ新八は本当に彼がどうして欲しいのか疑問に思うのであった。
「とにかく桂さんの事は僕等で話しとこうか……」
「うん、アホらしいしやる気起きないけど入れ替わりが本当なら私達も心配ネ」
「僕等までそんなのに巻き込まれたらたまったもんじゃないからね」
どこか他人事では済まされない、もしかしたら大変な事になるのではないという嫌な予感もするが
とにかく今は銀時の帰りを待とう
「まあこうして待ってればどうせすぐ戻って来るだろうけど」
「もしかしたらヅラみたいに女の子になって帰って来るかもしれないアルなー」
「妙なフラグ立たせようとしないでよ神楽ちゃん、桂さんだけでもキツイのに銀さんまでそうなったら地獄絵図だよ完璧」
そんな事を言いながら新八が笑っていると、ふと銀時用の事務机の背後にある窓に目をやる。
今日は天気が悪く一日中どんよりした雲が流れてゴロゴロと嫌な音を放っている、今にも雨や雷が降りそうだ。
彼はちゃんと傘を持って行ったのか?と新八がついさっき買い物に行った銀時の事を呑気に考えていると
空間を引き裂くんじゃないかと思う程とてつもなく眩しい光と強い音と共に雷が窓の外で落ちた。
「うわ凄い雷!」
「雷ぐらいでビビるんじゃありません、それでも江戸っ子ですか」
「さすがに近くで雷が落ちれば驚くって! 江戸っ子にそこまでハードル求めないでよ! ていうかアンタ江戸っ子でもなんでもないでしょ! それにしても今落ちた方向」
新八はあまりにも近距離で落ちたその雷に固まったまま
「ちょうど銀さんがいつも行ってるコンビニのある方向だったような……」
ふと嫌な予感を覚えるがまさかなと思い窓から目を逸らすのであった。
一方外では大騒ぎになっていた。
原付スクーターに乗っていた銀髪の天然パーマの男の頭上に、突如ジャストなタイミングで激しい音を出しながら雷が落ちて来たと。
そしてその雷に打たれた男が
何故か無傷の状態で道の真ん中で倒れていると
「……」
「あら起きたみたいね~」
目が覚めてムクリと起きると、そこは病室……と言う割にはこじんまりとした部屋だった。
寝ていたベッドの上で上半身を起こすも意識はまだ覚醒しておらずボーっとした感じで周りを見渡すと、ふと横に白衣を来た綺麗な女性がイスに座っていた
「たまたま私が通りかかった時にあなたのお友達が騒いでるのを見かけてね、倒れていたあなたを私がここまで連れてきたのよ」
「……」
友達というのは新八か神楽か、はたまたおかしくなった桂の事を言っているのだろうか?
どうにも頭が上手く回らない、今わかる事と言えばここが病院のような場所で目の前に座る女性がえらく美人だという事ぐらいだ。
「……」
「んーまだ意識がぼんやりしてるみたいね、確かにあなた随分前に色々あったらしいしね……倒れちゃったのも精神的な事だったのかしら」
彼女の言ってる事が理解できない、というより目線を完全に彼女の白衣の奥にある隠しきれていない胸の谷間に集中しているので耳にも入れていない。
「さっきから私の顔よりやや下を凝視してるけどどうかした?」
「……」
マズイ、このままでは間違いなくセクハラ扱いされる。すぐに目線を上にあげて彼女の顔を見上げた。
「……ちょっといいかしら~?」
女性は何かを探る様な視線でこちらを見つめて来る。本格的にマズイ、さすがに食い入るように人の胸を見るのはダメだったか。しかし見られたくなかったら隠せよと内心悪態を突いていると、女性はこちらにジッと顔を近づけてきた。
「……念のために聞くけど自分の名前はわかるわよね?」
「……」
いきなり唐突な事を聞かれた、どうやら自分がずっと意識が定まらずボーっとしていたおかげで記憶の方になんらかの問題があるのではと思われたらしい。実際はただ胸見てただけなのだが……
やれやれ胸見てたのがバレた訳じゃねぇのかと後頭部を掻きながら安堵した後、さっさと彼女の質問に答えようとやっと口を開いた。
「坂田銀時、かぶき町で万事屋やってます」
「……」
名を名乗るが女性がこちらを不審な様子で見る態度が変わらない、むしろ前より増してる気がする。
女性は一度後ろに振り返ると机に置かれてある1枚の紙をこちらに手渡してきた。
「これ良く読んで」
「あ?」
いきなり渡された紙を首を傾げながら手に持ってみる。
それは一人の人物の名と生年月日、家族構成や経歴が記載されてある書類だった。しかしどっから見ても訳が分からない経歴だ、見知らぬ学校や名称ばかりで住所を見ても江戸のどの辺りなのかさえもわからない。物凄く遠い所に住んでいるのだろうか
右上にはその経歴の持ち主らしい少女の写真が貼ってあった。天然パーマの自分が思わずイラッと来るほどのサラサラヘアーの持ち主であり顔は綺麗にまとまっているが年齢を見るとまだまだ子供だった。
「どう、わかった?」
「いや何が? 俺はこんなガキ知らねぇよ、つうかこんなモン赤の他人の俺に見せていいの?」
「はぁ~、体の何処にも異常は見当たらないのにどうして……」
記載書を見て感想を言うと、彼女はどっと深いため息をついてまた奥に引っ込む。
どういうこっちゃ?っと思っているとすぐに彼女は戻って来た。
「コレで自分の顔よく見て」
「手鏡? なにもしかして俺事故って顔変形しちゃったの? 天然パーマが爆発しちゃったの? これ以上爆発しちゃったらもう洒落にならないんだけど?」
「いいから、落ち着いてよく見てみなさい」
「おいおい勘弁してくれよ、整形しなきゃいけない程顔面崩壊してるとかマジに洒落にならな……」
少々キツ目の口調で言われたので、ビビりながらも受け取った手鏡で自分の顔を覗いてみると。
そこには先程のサラサラヘアーの黒髪の綺麗な美少女がこちらと真正面から向かい合って映っていた。
目は少々死にかけているが先程の少女と同じだという事に気づくと持った手鏡を動かしながら色々な角度で覗いた後。恐る恐る自分の右手で自分の頬を引っ張って見ると鏡に映る彼女も頬を引っ張った。
それは自分の顔が正に今この鏡にうつってるその顔だという証明だった。
「……あのすみません、顔面崩壊どころか顔面超綺麗に整理整頓されてるんですけど……余計なモン置く必要が無いぐらい綺麗に整ってるんですけど……ていうかもうこれ整形どころかショッカー本部で改造手術受けたんじゃ……」
鏡から一旦目を離してふと自分の身体を見ると明らかに本来の自分の身体ではなかった。
身体が縮んでるとかそんなレベルじゃない、肌の色も透き通るように白く肌触りも良さそうな両足が布団の下から覗いている。
鏡を持ってる自分の手も見てみる、やはりこちらも色白く細くはあるがとても綺麗だった。
おかしい、何かがおかしい。そう思いながら咄嗟にベッドから出ようとするがそれを見守っていた彼女に止められる。
「待ちなさい、どこへ行くの」
「……いやちょっと厠にションベン行ってくるわ」
「……女の子でそういう事をサラッと言うのはある意味カッコいいかもしれないけど、あなたには似合わないわ、それにさっきから言葉遣いが乱暴になってるし」
「女の子?」
不思議にそうにこちらを見ながらガッチリ自分の左腕を掴んで離さない女性。
そして彼女が放った言葉でつい反射的に立ち上がりかけていた自分の身体を見下ろすと胸があったりして体つきと顔からして女の子だという事にやっと気付く。
つまり気が付いたら女の子になってたと……。
「しかしこうして私が観察してもどこにも異常が見当たらないなんて変ね……」
「……あのすみません」
「え?」
自分の声が恐怖で震えているのを感じながら、恐る恐る彼女に尋ねた。
「俺の名前って知ってます?」
「
「……」
自分が突然見知らぬ場所にいた。
自分の身体が突然劇的ビフォーアフターされた。
司波深雪……坂田銀時でなくそれが自分の名前だと知った。
もうそんな状況になってる時点で
彼の心はもう限界だった。
「ギャァァァァァァァ!!」
「こら、暴れちゃダメでしょ~」
”保健室”で目覚めてから初めて思いきり大きな声を出す少女、深雪を保険医の女性教師である
(いやだぁぁぁぁぁぁ!! コレって思いきりヅラが言ってた事とおんなじじゃねぇかぁぁぁぁぁぁ!! すみません真由美さん! 散々踏みつけておいて言うのもアレですけどマジですみませんでした! 俺は人の言う事を信じないクズな人間です!! もうこれからは心改めて生きて行きます! だから助けてぇぇぇぇぇ!!)
「もーそんなに暴れたら余計に力入れますよ」
(ていうかこの女さっきから超強ぇぇぇぇぇ!!)
そんなに力を入れられてない筈なのに安宿先生に関節を上手い具合に曲げさせられ、一瞬で全く身動きが取れなくなる深雪。
ベッドの上でジタバタと暴れる事さえ出来ずに拘束されてしまう。
(く、苦しぃぃぃぃぃぃ!! 殺される!! このままだと銀さんこの身体で殺されるぅぅぅぅぅぅ!!!)
「頼もう」
「あら」
「!」
首を向けてはいけない方向に回されながら深雪が命の危機すら感じ始めていると。
保健室に一人の女子生徒がドアを開けて入ってきた。
学校の制服に乗っ取ったその服装はブレザーは裾が短くボレロのような上着、スカートというよりワンピース、ブレザーの下にキャミソールタイプのレースを着用しているという個性的な制服であった。
ふんわりとした黒髪をなびかせ、小柄ながらどこか気品のある顔つきのしたその女子生徒は現在進行形で深雪を落としにかかっている安宿先生と
「大事な生徒会の一人が倒れたと聞いたのでな、心配に思ったので様子を見にきたのだが見る限りどうもあまり状態は良くないらしいな、どことなく顔色が青い」
(いや青くなってるのこの女のせいだから! 冷静に見てねぇで助けろよ殺すぞ!!)
「私でも原因がわからないのよ。記憶の方もおかしくなってるみたいで」
「ふむ、兄上殿がいなくなって一か月だったか。元々兄想いのよく出来た妹だと聞いていたがそこまで精神に異常を来していたとは」
(なにこの状況で普通に会話してんのコイツ等! お前等の方がよっぽど異常だよこのサイコパス共!!)
ごく自然に会話し始めた。そんな状況のせいかそろそろ深雪があの世へ飛びだとうかという所で。
「おっと危ない、もうちょっとで落とす所だったわ~」
「ふぐ!」
安宿先生がパッと手を放してようやく解放する。ベッドの上にうつ伏せで倒れた深雪は首を押さえながらなんとか半身を起こす。
「ハァハァ……! 危うく見知らぬ場所で見知らぬ体で三途の川渡り切る所だったぜ……!」
「大丈夫か深雪殿、息も荒いし今日は会議に参加せずまっすぐ家へ帰った方がいいのでは?」
「テメェ今の状況見てよくそんな涼しげな顔で言えんなコラァ!!」
おしとやかな外見なのに武士みたいな言葉を使う少女に深雪は指を突きつけながらベッドの上に片膝付いて立ち上がった。
すると先程自分を殺しかけた安宿先生が耳元で
「ちょっと生徒会長さん相手にその口の利き方はマズいわよ」
「生徒会長さん? コイツが?」
生徒会長……そういえば桂が言ってたような……自分は魔法なんちゃら学校で生徒会長やってるとかなんとか……
「あのーもしかして……」
「ん? どうした深雪殿?」
恐る恐る手を上げて頬を引きつらせながら深雪は彼女に一つ尋ねてみた。
「失礼ですがあなたのお名前は……七草真由美ですか?」
「真由美じゃない」
彼女の質問を一蹴すると少女は腕を組み静かにこちらに向かって顔を上げ
「桂だ!」
「やっぱおめぇかよぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「どぃふッ!!」
ベッドの上から飛び上がって彼女の顔面に雄叫び上げながら飛び蹴りをかます深雪。
これはかつて国を護る為に攘夷志士として戦った者達が、見知らぬ世界を不慣れな体で駆け回りながらとんでもない珍道中に巻き込まれた長いようで短いお話である。