俺とドンは、これからの事について前日に簡単な打ち合わせを行ったとおり、今日は早朝から移動を開始した。目的地まで向かう途中で次々と襲い掛かってくるヘルベルの群れを次々と
「あ、ちょっと此処で待機」
「あ?」
「大丈夫、視界にゆとりを持って後の先を取るイメージで
「へあ!?」
なんか変な声を出した直後に「ちょっと待てぇ!」とドンは声を張り上げているが、もう遅い。俺はドンを1人、密林の中にしては少しだけ開けた空間に放置して進行方向とは違う真横の方向へ跳躍し密林の中へ消える。
「あった♪ あった♪」
わざとドンから離れて密林の奥に進んだ先に見つけたのはヘルベルの卵。まだ産み落とされてから数日と時間が経っていない新しいもの。これが、また成体のヘルベルとは違ったとても濃厚な美味しさを持つ素晴らしい食材だ。さらに少し周りの気配を探り、襲ってきた
「おわー」
「ちくしょう」
「このやろう」
声のする方向へ戻ると1人放置した位置から進行方向として教えていた方向へ『大分進んだ』ところで孤軍奮闘する男を発見した。おお、その場で待機するだけで良かったのに、襲ってくる魔物から逃げる過程で此処まで進んだのか、それとも少しでも前へ
「がんばれー!」
「おう!」
その様子を見て思わず声援を送るも最初は素直に応えたというのに直後に「見てねえで助けろよバカ!」と怒鳴られた。いや、曲がりなりにも1人で魔物の群れを対処できるようになってるから俺は必要ないんじゃ? と思うものの、ドンにとってはそうではないらしい。だけど、此処は『獅子は子を千尋の谷へ突き落とす』という何かの文献で見た記憶を頼りに、今一度、見守ることにしてみた。
「だ」
「だ?」
「か」
「か?」
「ら!」
「ら?」
なにか言うたびに襲い掛かってくる魔物の攻撃を避けて、避けて、避けて、或いは反撃を行って言葉を紡ぐドン。ドンが進んできた道にはヘルベルこそいなかったものの、鼠や鳥の姿をした魔物が力任せに意識を絶れたまま何体も転がっており、それだけでも成長していることを見て取ることが出来ていた。ちなみにヘルベル以外の魔物は、俺には殆どと言って良いほど襲い掛かってはこない。それは俺は獲物ではなく、捕食者だという、自然摂理に従った本能による行動なのだろう。とはいえ、こうしていても埒が明かないので、ある程度みて満足してからドンを助けるようにして割ってはいることで他の魔物の群れが一斉に引いていく様子が逆に笑えた。
「もっと早く助けろよ!」
「でも生きてたじゃん。えらい、えらい」
そういってドンの頭をなでりなでり。すると何故か顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。うん?
その後、ちょっとした休憩じみた沈黙の時間を経て「何も無いなら先を急ぐよ?」と言ったら我に返ったかのように「さっさと行くぞ!」と声を張り上げたので行軍再開したのだった。
ちなみに少しだけ落ち着いてきたドンに聞いたところ、ドンを襲っていたヘルベル以外の魔物の類も総じてレベルが高く、おそらく人間界の基準だと、どれもこれも最低でも「C」、ヘルベルを除けば「B+」はあるんじゃないかとのこと。へぇ、あのレベルで、そこまでの危険度があるんだ。どんだけ温い世界なんだ、ここの人間界は・・・ と俺は心の裡で頭を抱えることになった。少なくとも前世で使えた王と、その友と供にあった
・ ・ ・
移動を再開してから更に数百キロ。かの
「ここが、そうなのか?」
「そうだよ。ほら、見える? どうやらタイミングも良かったみたいだね、ちょうど収穫の時期に差し掛かる頃のようだ。あそこに見える魔獣たちが、ここの管理者だ」
そういって指差したところには1体の兎のような姿をした魔獣が佇んでいたので、これ幸いとニトロ米の管理者である魔獣の一族へ話しかけ、一言二言の問答を行った。
そして、その問答の後に案内された先では、数百年ぶりとなる再開となるこの集落を治める魔獣の長老と再会。長老自身は、俺のことを覚えていてくれたらしいので、改めて簡単な挨拶だけを済ませて早速『交渉』を行うことにした。
「で、どうなんだよ?」
「ん?」
「いや、なんとなく
なるほど。これまでのやり取りで好奇心の塊みたいなこの男が、一切、口を挟んでこなかったのは空気を読んでいたとか、そういうわけではなく、単純にこの辺りで使われている言語が分からなかっただけらしい。まぁ、さもありなん。俺も、誰かに付き添って付いて行った先で全然言葉が通じないと分かったときは基本的に沈黙した「経験」があるからなぁ。そんなもんだろう。
「こちらの提示した内容で全く問題ないってさ。この辺りを管理している魔獣の一族じゃなかなか手に入れづらいものもあったみたいだな。これから案内してもらえるニトロ米育つ田畑の2つを譲ってくれると言っている。それにドンの何だっけ? 本? それについての話も少しだけしたら、好きなだけ居てくれていいとさ」
「ほー、至れり尽くせりだな」
「まぁ、それだけ取引に使った交渉材料が貴重なものが多かったってことだよ」
そう要点を纏めて伝えて、またドンの頭をなでりなでり。慌てふためいて「止めろ、恥ずいだろ」なんて顔に赤みを帯びた状態で言ってくるあたりは何度やっても面白い。魔獣のほうからは「以前は見なかった顔ですが、八尋殿の子供か何かですか?」だって、さすがに長老の前で失礼だとは思ったけど「それは無いです」とだけ伝えて、その場で腹を抱えて蹲ることになった。その様子を見ていたドンには何故か殴られたが。解せん。
しばらくして笑いが収まった後に真面目な顔に戻して、これからどうするとドンに問う。対するドンは「言葉が通じないんじゃな」と気持ち意気消沈気味ではあるものの、様子から察するに、どうにかして魔獣たちとコミュニケーションを取ろうと試行錯誤しているのは本人に聞かなくても分かった。
故に、このあたりで使われる言葉は何をやっても現代に生きる殆どの種族では理解できなくなりつつある神代の言語ではないのだから、そうであればこそ、多少の
【ここ」「では」「はなせる】
【ここ」「では」「わかる】
直後、ドンは今まで一切分からなかった魔獣たちとの会話が突然成立し始めたことから驚いて此方側を見たのでサムズアップして応えると、ドン自身もサムズアップして返してきた。魔獣たちも若干驚いていたが、俺とドンのやり取りを見て俺が何かしたのだろうと判断したらしい。それからはドンの凄く嬉しそうな笑顔に少しの間癒しを覚えつつ、要所要所でフォローを入れてから譲ってもらえることになったニトロ米の育つ田園の様子を観に外へ向かうのだった。
統一言語、とても便利回その2でした。
使う相手に対しての「究極の催眠術」なら、こういうことも、たぶん出来るよね?
と妄想し始めたのが切欠。でも、それもノーリスクではないと思うので、そのあたりの話は次で少しだけ書くつもり。
あとニトロ米について独自設定を持ち込んでしまいました・・・(やっちまった)
こちらを思いついた発端は、米作りの手間の多さを思ってみてのこと。
近代でこそ、平坦な場所での米作りは様々な農耕器具の発達によって、その手間は嘗て88手かかると言われていた頃よりも幾らか省略されているのではないかと思っていますが、それでもトラクターなどの大型の機械が持ち込めないような場所(例:棚田)では、未だに米作りも重労働の1つなのではないかということを念頭に、暗黒大陸でも知恵ある魔獣の一族がヘルベルなんかの脅威から隠れつつも独自の栽培方法を確立しているのでは?
ちなみにモブですので特に固有名詞とかは考えてません(あしからず)