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「この女性はどうするでござるか?」
「ウホ……」
助けたら気絶してしまった村娘を見て、二匹はどうするかと困っていた。
このまま放っておけば、あの騎士達がこの娘を見つけてしまい、再度命を狙われてしまう可能性がある。意識があれば森の方へと逃げるなり指示を出せたのだが……
悩んだ末ホヒンダは、この村娘を連れて行く事にした。
先ほどのこの娘の反応で分かったが、実に嘆かわしい事に、ゴリラとハムスターはこの世界では恐るべき魔獣らしい。それ故二匹がこのまま村に行ってしまえば、さらなる混乱を招く危険性がある。
そこでこの村娘を連れて行き、誤解を解いて貰おうというのだ。
「ウホホ」
ホヒンダはアイテムボックスから──巻き取りの蔦というアイテムを取り出した。
この蔦は何かに当てると勝手に巻き付く性質があり、森でターザンをする時の必須アイテムとなっている。逆に言うと、ターザン以外には使い道はない。
ホヒンダは村娘を丁寧に持ち上げ、ハムスターの背中に蔦で巻き付けた。
ハムスターの毛皮は刃を通さないほど頑丈なのに、何故か柔らかい。村娘もさほど不快ではないはずだ。
常識ではあるが一応説明しておくと、ゴリラは巣作りに非常に長けている。彼等は毎晩ごとに巢を変えており──つまり毎日毎日巢を作っているのだ。
それ故蔦や草木の扱いに非常に長けているので、村娘をハムスターの背中に括り付けることなど造作もない。
「ウホ、ウホホホ!」
「了解したでござるよ!」
あまり速く動いては村娘の負担になってしまうと思い、ゴリラはハムスターにゆっくりついて来るようウホウホ言った。
そしてホヒンダは一足先に、騎士達が襲わんとしている村へと駆けて行った。
◇◇◇◇◇
今から行う残虐な行為を前にして、ロンデス・ディ・グランプは己の信ずる神に祈りを捧げた。
リ・エスティーゼ王国の閑散な村々を焼き討ちにせよ、それが自身が所属するスレイン法国からの指令であった。
スレイン法国は人類の守り手である。
その法国がなぜ何の罪もない平和な村々の人間を焼き討ちにするのか? ──簡単にで言えば、スレイン法国はリ・エスティーゼ王国を見限ったからだ。
法国としては、何度もチャンスを与えて来たつもりだ。
しかし王国は何度も何度もそれを不意にし、法国を裏切ってきた。
加えて、ここ最近では貴族達は八本指という裏組織と癒着し、王国は麻薬の温床と化している。
幸か不幸か、王国は立地的には最高ともいえる場所に位置している。位置してしまっている。
ここまで腐敗し切った王国に、その土地を任せたままにしておくほど、人類に余裕はないのだ。
スレイン法国は、リ・エスティーゼ王国を見限った。かの鮮血帝率いるバハルス帝国に、王国を取り込ませる事にしたのだ。
そこで問題になってくるのが、王国最強であり、英雄の領域に片足を踏み入れた男、リ・エスティーゼ王国戦士長──ガゼフ・ストロノーフである。
またガゼフが直接指導を付けている戦士達も、一人一人が忠義ある強者であり、専業の兵士を持たない王国では唯一と言っても良い兵士達だ。彼等がいなければ、毎年行われる帝国とのカッツェ平野での戦いもとっくの昔に敗走している。
そこで立てられたのが、今回の作戦だ。
英雄の領域に片足を踏み入れている男は、力だけではなく、その精神までも英雄の領域に踏み入れている。
王国内の民草を殺せば、間違いなくガゼフは出てくる。
そして腐敗した反国王派の貴族達は、国王の懐刀であるガゼフを殺そうと、難癖をつけて装備を取り上げてガゼフを送り出すだろう。
彼等の愚かさだけに関しては、法国は王国を信頼していた。
ガゼフと彼の戦士団さえ死ねば、帝国の鮮血帝が上手く事を運んでくれるだろう。そう法国は考えていた。
もちろんただの末端兵士であるロンデスはそんな裏事情など露ほども知らないが、それでもこの行為が人類の為になると信じて疑わない。
何故ならスレイン法国の頂点に立つ者達は、ほとんど給料も受け取らず、身を粉にして人類の為に働いているのだ。彼等が命じたことに、間違いなどあるはずがない。
今までロンデスは、神などいない、などという戯言を嘯く無心者達を何度も馬鹿にしてきた。
それは今日も同じである。
「神よ……」
これも人類の為。
今から行われる残虐な行為を前にして、ロンデス・ディ・グランプは己の信ずる神に祈りを捧げた。
「貴様ら、さっさとこの村を焼け!」
隊長であるベリュースが号令を飛ばした。
ベリュースは一言で言えばカスである。
幾ら人類の為とはいえ、この村々の人々は何の罪もない、本来は法国が守るべき人達である。それを殺すのだ。神に祈りながら、赦しを請いながら殺すべきであり、ましてや愉悦を持って女を殺すなど、言語道断である。
そしてこの男は罪のない人々を殺すこの重い任務を、自分が出世する為の足掛かりとしか思っていない。
まったく、虫唾が走る。
しかしこの男の家は法国ではそれなりに富豪であり、悔しく思いながらも、命令に従うしかない。
「神よ……」
どうして私をこの男の下にお就かせになったのですか、ロンデスはもう一度己の信ずる神に祈りを捧げた。
眼下に広がる、逃げ惑う民草。ロンデスは馬と己の信仰心に喝を入れ、ロングソードを振りかざした。そしてロングソードの鋭利な剣先が村人を捉えた瞬間、
──一陣のゴリラが吹き荒れた。
「……は?」
隣にいた仲間──エリオンが遥か彼方に飛ばされていった。
先ほどまでエリオンが立っていたところを、恐る恐る見る。そこにはまだロンデスが幼かった頃開かれた法国の式典で、一度だけチラリと見たことがある、信仰系の第五位階魔法を使える水の巫女姫──を遥かに超える威圧感を持つ、圧倒的な魔獣が立っていた。
人間は命の危険を感じると体感時間が物凄くゆっくりになるというが、この時のロンデスは正にそれだった。いや、それだけではない。
耳が、鼻が、目が、感覚が、かつてないほど研ぎ澄まされていく。何とかロンデスを生存させようと、体が今までにない程の力を発揮している。
ロンデスは知る由もないが、これは武技──《能力向上》による恩恵である。圧倒的なゴリラを前にして、ロンデスの潜在能力が覚醒したのだ。
他の騎士達がほぼ止まって見えるほどの超スローモーションで動く中、目の前の魔獣だけは、平時と同じ様に動いている。
当然見えるだけで、ロンデスには反応出来るはずもなく……
そして一秒を遥かに切る音速の刹那の最中。強化された聴覚で、ロンデスは確かに、その魔獣の荘厳な声を聞いた。
「ウホォ……」
魔獣にはたかれ、ロンデスは気を失った。
◇◇◇◇◇
全力で近づき、出来る限りゆっくりとはたく。〈野生の勘
それに彼等が着ている鎧は魔法が掛かってる様で──もちろん〈ユグドラシル〉プレイヤーから見れば初歩中の初歩魔法だが──ゴブリンにやったより強くはたいても死にはしなかった。
ホヒンダが五人ほどの騎士を気絶させると、騎士達は村人を攻撃するのを止め、ホヒンダを取り囲んだ。
いや、取り囲むというよりは、ホヒンダを視界の一部に入れておきたい、というところだろう。ホヒンダから目を離した瞬間、殺される様な気がするのだ。
「カヒュー、カヒュー……」
騎士達は明らかに戦意喪失しており、中には過呼吸を起こしている者すらいた。
しかしだ、とホヒンダは考える。
この騎士達は今自分を『知性を待たない魔獣』として見ている。決して『村人を助けに来たゴリラ』とは思っていないわけだ。
そうでなければ、村人を人質に取るなり何なりしている筈だ。
もしそれがバレてしまえば、未だ40人ほどいる騎士達を、村人を守りながら殺さない様戦うのは、ホヒンダであっても──いや
困ったホヒンダは、ふとそれを思い出した。
アイテムボックスを開き、太い腕でその中を漁る。そして取り出したのは──箱だ。表面がカラフルに塗られ、所々に星のマークがデザインされている箱。
このアイテムはホヒンダの持つゴミアイテムの中でもぶっちぎりのゴミアイテムだ。
どのくらいゴミアイテムかというと、それはもう物凄いゴミアイテムだ。ゴリラの鼻クソくらいのゴミさだ。
騎士達がどんな恐ろしいアイテムかと箱を凝視する中、ホヒンダが箱を開けた。
“ビヨーン”という音共に、足がバネになっているサルが飛び出てくる。両手にはタンバリンを持っており、嫌がらせの様にやたらめったら鳴らしていた。
そうこのアイテム──
効果は、開けるところを見たレベル10以下の生物を
しかしこの世界では効果は抜群だった様で、全ての騎士──ついでに数人の村人も──揃って気絶していた。
「殿ーーーー!!」
ちょうどのタイミングで、村娘を背中に乗せたハムスターが合流した。脇には角笛を持った騎士を二人抱えていた。恐らく、外で見張っていざとなったら増援を呼ぶ役割を担っていたのだろう。
ハムスターの背中に乗って村娘は目を覚ましていた。しかしホヒンダを見ても、僅かに怯えはするものの、気絶することはなかった。
どうやら、ハムスターが途中で何かしら説得した様だ。ハムスターはあれで意外と、口が回る。そうゴリラはハムスターを評価している。
「村の、村の皆さんは? お母さんとお父さん、ネムは──!?」
「ああ、エンリ! 無事だ、みんな無事だ! お前のおかげだ、エンリ。お前が『森の賢王』の接近を知らせてくれたから、騎士達が来る前に避難してたんだ」
村娘──エンリが叫ぶと、奥の方で固まっていた村人達から三人の人が出てきた。大柄な男と、優しそうな女性と、活発そうな女の子。あれがエンリの家族であろう。エンリに駆け寄り、四人で泣きながら抱き合っている。
村人達は今現在中央の広場の方に集まっていた。
先ほどまでの騎士達相手なら、全員で散り散りに逃げればまだ生き残れる
それなら、最後は愛しい人達とみんなで……
しかし、そうはならなかった。
この村をモンスターの脅威から守り続けてくれた、『森の賢王』が助けてくれたのだ。
「……それで、そちらさんが『森の賢王』か?」
「ううん。そちらの方は『森の賢王』の主人で、こちらの方が『森の賢王』よ」
「それは、なんと……いや、ご両名! 娘を助けて下さって、ありがとうございます!」
エンリの父親がハムスターとゴリラに向かって頭を下げた。それに続く様に、他の村人も頭を下げていく。
「ウホホ……」
それを見たホヒンダは、アイテムボックスからバナナ一房取り出し──
村人達が固唾を飲んで見守る中、ゴリラはバナナを齧った。“むしゃ……むしゃ……”ゴリラはバナナを齧る。
そして更にもう一房バナナを取り出し、エンリの父親に手渡した。同様に、バナナを他の村人に手渡していく。
「ウホ、ウホホホ。ウホホッ! ウホホホ!!」
相変わらずゴリラ言葉のため何を言ってるか分からない。
分からないが恐らく、みんなでバナナを食べよう的な事を言ってるのだろう。
決してただバナナを貪っていた訳ではないのだ。
命の恩人の提案を断るはずもなく、村人達は思い思いにこの見たこともない黄色い果実を齧った。すると、疲労感や傷がみるみるうちに回復していった。それどころか、今までにない程体に力が湧いてくる。
その上、糖度が高く、非常に美味しい。
村人達はより一層この強大な魔獣に感謝した。