8/1 黒祇式夜様、誤字報告ありがとうございます。我ながらやらかしました。
俺は普通に生きていた。生きてきた。
普段通りの一日を終えて、飯食って、シャワーを浴びて、薄っぺらい布団に入った所までは。
目を閉じて数秒、轟音と共にアパートの屋根がぶち抜かれた。
そしてその、アパートの屋根をぶち抜いて突っ込んできたタンクローリーに全身を潰され、俺の生涯は幕を閉じた。
再び目が覚めた時、目の前に居たのは神を名乗る老人。曰く、ただの人間でも命の危機になったら何かしら目覚めるんじゃね? という実験だったとのこと。思わず俺は笑った。まさかそんなことで死んでしまうとは、と。気になったので聞いてみた。
俺は何かしら目覚める素養はあったんですか?
神様は指で丸を作り、首を横に振った。
どうやら全く無かったらしい。また笑ってしまった。全くの素養0のやつが目覚めることに意味があったそうな。
俺につられて神様も笑い出した。二人で笑い転げた。
そのあと神様をぶん殴った。
どうでもいいけどムカついたから殴らせろお願いします
大体そんなことを言ったと思う。そこで俺の意識は途絶えた。
次に目が覚めた時に目の前にあったのは、覚えのないデブの顔。近い。反射的に平手をかましてしまった。
「いってぇ! 何すんだよ? 恋次、正勝起きたぜ」
デブが声を掛けた方を見ると、そこに居たのは赤い髪の少年と赤くない少年と黒髪の少女。赤いのと女の子は見たことあるぞ。とするとこのデブ……なんとなく見たことある気がする。
BLEACHか……。よりにもよって。どうせなら、たぶん俺では彼女とかできないだろうが、なにかしらのラブコメ系の世界が良かった。
「おい正勝! しっかりしろよな、心配するだろうが!」
心配するのか、ツンデレかよ。割と原作ではそんな感じだったっけ? なんかめっちゃ強くなってたのは知ってるけど。
「大丈夫か? 正勝」
本物は可愛いなと思いました。近いです。赤面します。
「あ、ああ、俺はどうなったんだ?」
「何だよ、覚えてねーのか? どこから飛んできたのかわかんねーけど、でかい岩が落ちてきて……」
恋次の視線の先を見ると、確かにでかい岩が転がっている。まさかあれに当たりでもしたのか? 死なねーのかよ。
「当たったのか?」
「いや、落ちてきた場所の近くにお前が居て、その衝撃でなんか倒れた。ルキアを庇ったとこまではかっこよかったんだけどな」
岩が落下してきたショックで気絶か。貧弱だな。マンボウかよ。こりゃ俺は長くないね。たぶん血とか見ても気絶するんじゃなかろうか。致命的でございます。二度目の人生終了のお知らせ。
というか待てよ? 恋次やルキアが居るってことは、ここ流魂街じゃないか? じゃあ俺死んでんじゃん。爆笑ものだ。
「ふふ、我ながらみっともないな」
「ほんとほんと!」
「全くだな」
俺の言葉にデブと恋次が同意して、三人で笑った。
「いやお前たち、当たったら危なかったのだぞ?」
「当たってないんだからいいって」
「そうそう!」
「細けぇこたぁいいんだよ! 正勝は何とも無かったんだからな!」
そんな感じで日々が過ぎて、数年が経った。デブは死んだ。デブじゃないのも死んだ。残ったのは俺と恋次とルキアの三人。虚とかに食われた訳じゃないのは幸いか。とはいえやはり、環境が悪すぎた。貧弱な俺が死んでないのが不思議でなりません。
俺達は今、デブ達の墓の前に立っている。時刻は夕暮れ時。吹き抜ける風がセンチメンタルな気持ちにさせてくる。
ごめんよ、デブ、最後までお前の名前覚えきれなかった。あとデブじゃない方。もっと特徴見つけてやれなくてごめん。
それはさておき、そう、あのシーンでございます。夕陽をバックにルキアが恋次に死神になろうって言うあのシーン。いいシーンだよね。とっても大事なシーンだ。今回俺が混ざってしまう訳ですけども。自分で言うのもなんだけど名シーンが台無しだ。何しろ俺は二人に比べると見映えが悪いからね。だって目付きは悪いし、無造作ヘアー(笑)だし。ま、仕方ないね。
「死神になろう」
あ、ほとんど聞き逃した。クソッ! 下らないこと考えてるんじゃなかった!
「正勝?」
ん? もう恋次は返事したの? ヤバイヤバイ俺も何か言わないと……。
ここで、大事なことがある。俺はマンボウが人の形をして歩いているようなものだ。さて、そんなカスメンタルが、ウエハースにも劣るであろう脆弱な人間が、オサレバトルの世界に放り込まれて生きていけるだろうか?
無理である。無理である。もう考えただけで死にそう。
しかしここで共に行かなかったとして、俺一人で生きていけるだろうか?
これも無理である。だめだ詰んだわ。
と、ここで天恵が降りてきた。
全力で真剣な顔を作り、ルキアに話し掛ける。
「ルキア」
「……なんだ?」
「俺を養ってくれないか」
殴られた。
はい、死神になります。
――――――
正勝は不思議な奴だ。
食べ物を盗む時は誰よりも早く、誰よりも多く盗ってきて、追ってきた相手を撃退する時は、誰よりも鮮やかに相手をあしらっていた。
しかし一方で、よくわからないところで弱さのような物が見られる所もあった。この前の落石の時もそうだ。
勇気も実力もあるけどちょっと変な奴。それが仲間内での正勝の評価だった。
一仕事終えて、仲間がその働きに沸く中、正勝自身はどこか影のある表情をしていた。
喜んでいるつもりが喜びきれていない。そんな印象を受けた。
一度本人に聞いたことがある。何故そんな顔をしているのかと。
「はは、そう見えたか? うーん、笑ってた筈なんだけど」
「嘘を吐くな。表情筋が動いているだけなのを笑顔とは言わん」
「……ここだけの話、俺は臆病でな。嬉しいとかどうこうよりも、怖かったとか、無事にすんだ安堵の方が大きいんだ」
そう言っていた。どんな冗談だと思った。だが、そうして自分が臆病であることを語る正勝は、普段の力強さからは想像もできない程弱々しい笑顔を浮かべていた。
それからだろうか。正勝の行動を気にかけるようになったのは。そして気付いた。あの時の正勝の言葉は嘘では無かったのだ。
先頭に立って何かをしている時、正勝は……震えていた。もしかしたら武者震いかとも思ったが、明らかに顔色も悪かった。
ある時、思わず大丈夫かと聞いてしまった。
正勝は大丈夫だと笑いながら言っていた。恋次達も、正勝なら大丈夫に決まってるだろうと笑っていた。
その時も正勝は先頭を切ってその手腕を見せ付けた。
もし、皆の前で無かったのなら本音を聞かせてくれたのだろうか。
無理しなくていい。そう言いたかった。
だが、それを言うには、正勝に対して言うには、私はあまりに非力で、無力で……結局何も言えなかった。
仲間達の墓の前で、私の決意を、恋次と正勝に話した。死神になれば、ここよりも安全な場所で生きることができる。それに、口には出さなかったが、戦う力が欲しかった。守られるだけではなく、守れるように、共に肩を並べて戦えるように。恋次はすぐに同意してくれた。だが正勝は、何も言わない。
呼び掛けてみると、正勝の表情は今までに見たことがない程真剣な物に変わった。正勝は死神になることに反対なのだろうか。もしそうだとすれば私は……。
「ルキア」
その先を聞くのは怖いけれど、前に進むためには受け止めなければならない。
「……なんだ?」
「俺を養ってくれないか」
まず一瞬
自分の耳を疑い、
さらに一瞬して、
さきの言葉を理解し、
次の瞬間には
私は地面を蹴っていた。拳を大きく振りかぶって。
読んでいただきありがとうございました。