【登場人物】
提督(184)
最低のクズじゃない、提督だ
扶桑(6)
扶桑姉妹の姉の方、お優しい
山城(6)
扶桑姉妹の妹の方、姉様以外は死んだらええねん
「…山城、なんと次回の作戦海域は懐かしのスリガオに突入作戦らしいわ」
「なんと!?」
主に、戦艦級の者が住む戦艦寮の一室…
秋の肌寒さを感じつつあるこの日、扶桑姉妹は姉妹の部屋でそれぞれ新聞を読んだり包丁を研いだりして過ごしていた…
「…私達の青春はスリガオとの青春、これから私達はその青春に決着をつけるのよ」
「嗚呼…尊い!尊いです姉様!なんて尊い…っ!」
珍しく、作戦海域に対してやる気をみせる姉、扶桑から漂うただならぬオーラに妹はあまりの眩しさに感涙し、ただただ、菩薩の如く微笑む姉に感謝の礼をした…
「…それはそうと山城」
「なんですか姉様!誰を殺してきたらいいですか?後何人殺せば姉様は微笑んでくれますか!?」
「…あまり怖い事を言わないで頂戴」
ギラッギラに研いだ包丁を手に、姉様の為に誰でも殺る!覚悟に溢れた妹を、扶桑はにこやかに諭し、とりあえず包丁を机に置くように伝えた
「…実は先日、街に行った時に運試しにと宝くじを買ったの」
「さすがは姉様、年始でもないのに自らの運を試す強靭な意志!これまさに強靭にして無敵…っ!」
「…本当はいつものなんとかジャンボを買おうと思ったんだけど、ふと、横に置いてあったマークシートが気になってね、店員さんにこれは何かしらと尋ねたら、これは自分で数字を選ぶ宝くじですよ丁寧に教えてくれたのよ」
「ほぉ…」
マークシートの数字を購入者が自ら選ぶタイプのくじ、ロト、販売期間の長いジャンボくじとは違い、販売期間は短いものの週に一度抽選をして当選発表をしているので毎週買って毎週ドキドキを楽しめる手軽さ………その説明に、深く感心した扶桑は試しにと一口購入していた
「…それで、今日がその当選発表らしいの」
「なるほど、それで姉様は先程から熱心に新聞を読んでいらしたのですね」
「…そうなのよ、ただ、最近かすみ目がひどくて細かい字が見えにくくてね、老眼かしら…?」
扶桑は目頭を抑えつつ老眼鏡を買わないとダメかしらと呟き先日購入したロ●7を袖の中から取り出して机の上に置いた
「…山城、私は厠に行ってくるからよければ番号を見ておいてくれない?」
「はい!お任せ下さい姉様!」
◆◆◆
「………と言うワケよ、クソ虫」
「誰がクソ虫だ、誰が」
執務棟にある自販機コーナーのベンチに座り、缶コーヒーを飲みながら誰かが放置して行ったバイクブ●スを読んでいると、不幸……ではなく扶桑姉妹の妹の方が自販機コーナーにダッシュでやって来て、流れるような動作で水を購入し、イッキに飲み干してハァハァ言ってたので声をかけてみたら今の今まで宝くじどーのこーのクソみたいな話だ…
「で?ナンだ?300円ぐらい当たったのか?300円」
最初こそアレだったものの、改二と言う新たなステージへと昇っている扶桑姉様さんの運気は不幸ではなく平凡レベルになっていたハズ、まぁ、見た目不幸から見た目薄幸に変わった程度だが…
「当たってたわ……………7億」
「………は?」
ナニ言ってんだコイツ?イカレているのか?
「Pardon?」
「何がパードンよ、ってかその無駄に良い発音ムカつくわ、クソ人間」
「誰がクソ人間だ、クソ航戦が」
っーかコイツ、さっきなんて言った?当たった?不幸姉様が買ったロ●7が?しかも7億…?え……?7億?
「…山城クン」
「気安く私の名前を呼ぶんじゃないわよゴミ、私の名前を呼んでいいのは姉様と姉様に従う西村艦隊のチームメイトだけよ」
「やかましい、じゃクソシロでいいか?あ゛?」
「誰がクソシロよ、ブチ殺すわよ、ヒューマン」
山城は袖の中からギラッギラに輝く包丁を取り出してその刀身をベロリと舐めた
「痛っ…!?いひゃい!?き……きっひゃ!?」
「バカかオマエ」
なんで刃の立ってる方を舐めるんだよ、バカかコイツ…
「クッ…誰がバカよ!殺…殺す!殺してやるわ!」
「うるせーよ、っーかバカシロ、さっきなんて言った?当たった?7億が?」
「そうよ!姉様が当てたのよ!7億を!」
オイオイオイ…マジかよ、え?マジかよ、姉様マジかよ、え?7億って言ったらアレだろ?え?100万円の札束が約1センチ、約1メートルで1億……っ!作れる…っ!金の橋!
「…マジか?」
「マジよ」
山城曰く、何度も何度も執拗に確認し、あまりにエキサイトし過ぎて新聞が千切れ飛んだので手持ちのスマホで確認し、やはりどう見ても当たっていた…
そして、自分が手にしていた紙キレが突然神のカードに変わったコトにビビった山城はとりあえず気持ちを落ち着ける為に自販機に水を買いに来たワケだ…
「で…?退役するのか?」
「そうね、7億あれば姉様と2人、田舎に家でも買って慎ましく暮らすのも悪くないわ」
「そうか、寂しくなるな…」
「…なに?止めないの?辞めないでくださいお願いしますと言って土下座するなら考えてもあげても良かったのに」
「誰がするかボケ、辞めたきゃ辞めろ、お前らが抜けても伊勢と日向が酷使され散々使い倒してボロ雑巾のようになるだけだ」
「アナタってホント最低のクズね」
「誰がクズだ、それと、その台詞を言っていいのは姫騎士と礼号メイトの霞だけだ」
まぁ、口と性格は悪いがこの山城と、口も性格も尊い存在である姉様が抜けるのは正直戦力的には痛いが、ウチはブラックな職場ではないので去る意思を持つ者に無理を言うつもりはない
「…あら?山城、ここに居たの?」
「姉様…っ!?」
む?噂をすればなんとかか……今をときめく7億の女!姉様がやって来た
「…あら?提督も御一緒に………こんにちは」
「こんにちは」
「…山城と提督が御一緒に………ハッ!?まさか、山城が何か提督に失礼な事でも…?」
姉様こと扶桑は青ざめた顔で袖の下からいつでもリストカットできるリストカッターを取り出……
「いえいえいえ!姉様!私は提督と楕円曲線E上の有理点と無限遠点Oのなす有限生成アーベル群の階数がEのL関数 L(E, s) のs=1における零点の位数と一致するかについてのお話をしていただけです!えぇ!」
「そうそう!俺達は定期的にBSD予想についてのアツいディスカッションする仲なんですよ姉様!」
「…そう、ふふ……山城ったら、姉さんに内緒で提督と仲良しなのね…」
姉様は何か勘違いしているのか、俺達をまるで菩薩の如く温かい瞳で見ている…
「…そうそう山城、さっきの宝くじなんだけど…」
「宝くじ…え?あ、はい!実はさっき確認して結果は…」
「…窓から落としてしまってね、そしたら、下で駆逐艦の子達が焚き火をしていたの…」
「…はい?」
「…どうせ当たってなかったのでしょう?それで、駆逐艦の子達からお芋をどうですかー?って貰ったのよ」
姉様は袖の中からホックホクに焼けた焼き芋の入った袋を取り出した
「…はい、どうぞ」
「は…はぁ、ありがとうございます姉様」
「…提督もよければどうぞ」
「あ…ありがとうございます」
菩薩の笑みを浮かべる姉様から受け取った焼き芋を手に、俺と山城は互いに複雑な笑いを浮かべるしかなかった…
「山城」
「なに?」
「辞めるか?」
「もうちょい続けるわ」