【完結】*君がいるから*   作:ラジラルク

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episode,4 消えた影

 

 

 

 

 

「なんか態度悪くない?」

 

「それアタシも思ってた! なんていうか、『アナタたちとは違いますから』って言わんばかりのオーラあるよね~」

 

 

 

 

 ダンスレッスンが終わってロッカーに戻ろうとドアノブに手を掛けた時だった。ロッカーの中から聞こえてくる二人の女の子たちの話し声。それが誰の事を指しているのか、私はすぐに理解することができた。

 

 

 

 

「移籍してきたばっかのくせに愛想悪いし、苦手だわあの子~」

 

「346でちょっと売れてたからって、よくあんなデカイ態度出来るわよね」

 

 

 

 

――そんなつもりはないんだけどなぁ。

 

 

 

 

 そんなセリフを心の中で呟くと私はざわとらしく大きな溜息をつく。そしてドアノブから手を離すと、そのままロッカーの前を通り過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Episode.4 消えた影

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会社を出た後、私は一人で夜を過ごす気になれず未央ちゃんを誘って家の近くの居酒屋に入ることにした。未央ちゃんは最近まで舞台の本番が近く忙しい毎日を送っていたようだが、その舞台も先週で終わり一段落した今は暇だったようで私の誘いに快く応じてくれた。

 未央ちゃんが出演した舞台を見に行ったが346を退社してから間もないが舞台の上で物怖じせず自信を持って演技をする未央ちゃんを見てると、346でいつもくだらない話をしては馬鹿みたいに盛り上がっていた頃が遠い過去のように思えてくる。もうシンデレラプロジェクトは終わったはずなのに、未だにその現実を受け入れることができていない私と対照的に、未央ちゃんは今の現実を受け入れて新天地でも自分らしさを失うことなく輝いていた。

 

 

 

 

 

――なんだかなぁ。

 

 

 

 

 

 移籍して346にいた頃より良い待遇を受けていて、充実した生活を送っているはずのなのに私の心の中には充実感の欠片もなかった。

 

 

 

 

 

「りーな、最近なんか雰囲気替わったよね」

 

 

 

 

 個室に入るまで未央ちゃんが身に着けていた変装用の帽子とサングラスの横に置かれたビールジョッキを握り締めてそう呟いた未央ちゃん。その言葉を聞いて私はロッカーの中で名前も知らない女の子たちがしていた会話を思い出した。特別変わったつもりはないのに周りからはそう見えているらしい。私は誤魔化すように前髪へと手を伸ばす。

 

 

 

 

「そ、そうかな」

 

「うん。なんかね、人を寄せ付けないオーラが出てき始めてる」

 

「なんだそりゃ……」

 

 

 

 

 よく意味は分からないが、間違っても良い意味ではないようだ。私は思わず溜息をつくと目の前のカクテルが入ったグラスに刺さっているストローを力なく回した。

 だけど未央ちゃんの言う通りだった。年が明けて新しい会社に移籍してから早いものでもう一カ月が経ち新しい生活にも、新しい会社にもようやく慣れてきたはずなのに、何故か私は会社で浮いた存在になっていた。何か特別変なことをした訳でもないし誰かから目の敵にされるようなことをした覚えもない。だが気が付けば私の周りには人がおらず、誰かと一緒にいる時間より一人で過ごす時間の方が圧倒的に多くなってしまっていたのだ。その寂しさを紛らわすかのように、ここ最近はなつきちや未央ちゃんを頻繁に食事や遊びに誘っていた。勘の良い未央ちゃんは私の異変に気付いていたのかもしれない。

 

 

 

 

「新しい会社で何かあった……?」

 

 

 

 

 心配するような眼で未央ちゃんが見つめてくる。一瞬だけ目を合わせた私だったが、なんだか未央ちゃんに内心を見透かされているような気がして思わず目を逸らしてしまった。カクテルが入ったグラスを口元へと運ぶと一気に半分くらいまで喉に流し込み、その間に作った笑顔を全力で繕って未央ちゃんへと向ける。

 

 

 

 

「な、何にもないよ! 仕事も全然上手く行ってるし。ほら、未央ちゃんも知ってるでしょ? 今度765プロの如月さんと合同名義でアルバムを出すんだよ!」

 

 

 

 

 私は心の中に抱えた孤独を未央ちゃんの眼から隠すように、無理にでも明るく振舞うように話題を変える。そんな私の強がりも見抜いてか、未央ちゃんは暫く心配そうに私を見つめていたがすぐに諦めたように溜息をついた。そして苦笑いを浮かべるとビールジョッキを口元へと運ぶ。豪快な飲みっぷりを見せると「ぷはーっ」とまるで中年男性のような声を上げビールジョッキを机の上へと戻した。

 

 

 

 

「でもあの如月千早さんと一緒にアルバム出せるなんてホント凄いよ。レコーディングはいつなの?」

 

「なかなかロックでしょ? レコーディングは明日の昼過ぎからなんだけど、実は今から緊張してるんだよ、だってあの如月さんだし……」

 

 

 

 

 如月千早――……、765プロダクションの代名詞とも言える歌手で抜群の歌唱力を武器にここ数年で一気にブレイクした若手ソロシンガーだ。突如現れブレイクしたかと思えばあっという間に紅白歌合戦の常連にまで上り詰めたのに関わらず、決して媚びない態度を崩さない彼女を苦手だと言う人もいる。だけど私はそんな如月千早の活躍をテレビ越しで見てはずっと尊敬の眼差しを抱いていた。誰にも媚びることなく、ストイックに自分の目指す高みへ着実と上り続ける彼女が純粋に羨ましくてカッコ良かったのだ。

 

 

 

 

「でも結構気難しい人なんでしょ?」

 

「そう聞くけどね……。どうなんだろ」

 

 

 

 

 心配そうな未央ちゃんに私は思わず苦笑いを浮かべた。

 『孤高の歌姫』と呼ばれる如月千早を知る一部の関係者からはとても気難しい人だと聞いたことがある。決して悪い人でないようだが、お世辞にも決して表情が豊かとは言えず生真面目すぎる性格からか人を寄せ付けない雰囲気があるらしい。それに加え数年前に週刊誌によって大々的に報道された如月千早の壮絶な過去――……。どことなく影を感じさせていた如月千早の『闇』が公に明かされた出来事だった。

 あの一件は如月千早本人による告白で一見丸く収まったようにも見えるが、アイドルの世界では数年の月日が流れた今でもなお、尾を引き続けていた。一度でもああいったことが公にされてしまったらどうしても何も知らなかった頃には戻れないのだ。如月千早を色眼鏡で見る人もいれば、不自然に気を遣う人もいたり、挙句の果てには「自分を悲劇のヒロインにするために如月千早自身があのネタをリークしたのではないか」といった心無いことまで言う人もいる。それでも如月千早はそういった周りの雑音に見向きもせずに一人でただひたすらに歩き続け、今では国民的なトップアイドルにまで上り詰めたのだ。

 

 そんなトップアイドルと今までアイドルというものが何なのか分からず、なんとなく過ごしてきた私が合同名義でアルバムを出すなんて――……。なんだか明日の仕事が凄く自分の身の丈にあっていないような気がしてならなかったのだ。

 

 

 

「あ~どうしよう。今日は眠れそうにないよ」

 

「さっきまで『ロックでしょ?』だなんて言ってたのに……。全然ロックじゃないじゃん」

 

 

 

 

 未央ちゃんの呆れたような言葉を聞き、私は冷たいテーブルに頬をくっつけるようにして乗せると大きな溜息をついたのだった。

 

 

 

 

 

 

○○○○

 

 

 

 

 

 

 

「おー、君が噂のにわかロックの多田李衣菜くんだね! 今日はよろしく頼むよ」

 

「に、にわかロック……。今日はよろしくお願いします」

 

 

 

 

 私を出迎えてくれたのは帽子を逆さにかぶった濃ゆい髭が目立つ大男のプロデューサーだった。ロックの前についた余計なフレーズに私は怪訝そうな顔をしてしまったが、そんな私を見てプロデューサーは大きな口を開いて笑っている。白い歯を見せて手を差し出したプロデューサーと握手を交わすと、それから今回の各社合同名義で出すアニソンカバーアルバムの概要や発売時期、協賛してくれているスポンサーなどをザックリと簡単に口頭で説明してくれた。

 

 

 

 

「もう聞いてるかと思うけど多田くんはナルトのオープニングだった『悲しみをやさしさに』だからね。リハはバッチリ?」

 

「はい、ある程度練習はしてきましたので。いつでもすぐいけますよ」

 

「おー、頼もしいね! 多田くんは四番目の収録だからえっと……、如月くんの次だね。順番来るまで控室で待っててくれる?」

 

「分かりました」

 

 

 

 最後に収録スケジュールが書かれたタイムスケジュールを受け取ると、ADの女性の人が私を控室へと案内してくれた。静寂に包まれた階段を無言のまま少し前を歩くADに私はゆっくりと付いていく。都内でもそこそこ名の知れたこのスタジオ。そういえば昔、アスタリスクとして活動していた頃にみくとこのスタジオに来たことがあったなーだなんて昔のことを思い出した私は、思わずみくに写真でも撮って連絡しようとスマートフォンをポケットから取り出した。慣れた手つきでロック画面を解除してLINEを開き、友達一覧からゆっくりとスクロールしてみくの名前を探す。一番下までスクロールしても見つからず、また下から上へと戻るようにしてスクロールしてようやく思い出した。

 

 

 

 

(そっか、みくのLINEは消えたんだっけ)

 

 

 

 

 昨年の年末、みくは突如LINEからいなくなった。アスタリスクを解散してから何度もLINEをしたのに結局一度も返信が返ってくることなく、みくの名前が私の友達一覧から消えてしまったのだ。おそらくみくの事だからスマートフォンを壊してしまったとか、LINEを誤って消してしまったとか、そういった類のことだろうと自分に言い聞かせていたものの、心の奥底に潜む本心ではもしかしたらみくに嫌われてしまったのではないか――……、そういった不安が私の心をゆっくりと、だが確実に締め付けていた。あれから連絡手段がなくなった私は結局みくが今何処で何をしているのか知らないままだった。東京にいる気はするものの、みくの続報を待ち続ける日が長くなる度にそんな根拠のない予想も自信がなくなってくる。諦めて欲しくない、みくには頑張っていてほしいと思っていたのに、その気持ちをあの時言葉に出来なかったことを私は今でも後悔し続けていた。

 そんなことを考えながらぼんやりと歩いていると突然視界が揺れる。

 

 

 

 

「多田さん、大丈夫ですか!?」

 

 

 

 

 少し前を歩いていたADが驚いたように振り返る。どうやら私は思いっきり階段を踏み外したらしい。幸い地上に近いところで踏み外したから大事には至らなかった。私は恥ずかしくて熱を帯びてきた表情を隠すように、苦笑いしながら頭を掻く。

 

 

 

 

「えへへ……、大丈夫です。すみません」

 

「そうですか? それなら良いですけど……」

 

 

 

 

 

 そう言ってもう一度だけ私を疑り深く見るとADは再び歩き始めた。慌てて立ち上がると、私は振り向きもせず前を歩くADに置いて行かれないようそそくさと足を動かした。

 

 控室に案内された数分後、窓ガラスを挟んだ向こう側で歌う如月千早の姿を見て私は呆然と立ち尽くしていた。想像以上の歌唱力に圧倒されてしまい、思わず言葉を無くしてしまったのだ。私だけではなく、先にレコーディングを終えた二人も思わず足を止め聞き込んでいる。

 言葉では言い表せない、何かが如月千早にはあった。それが俗にいうカリスマ性というものなのか、それとも彼女が努力で培った実力なのか、私には分からなかった。だが一つだけ、唯一分かったのは如月千早はやはりトップアイドルだということだ。長く伸びた青い髪を揺らして歌う彼女の姿は見る者の心を掴む“何かが”あるのだ。

 私の横で足を組んで如月千早の歌を聞いていた大男のプロデューサーは目を瞑って心地よさそうに如月千早の奏でる音色に浸っている。そして歌が終わり如月千早がゆっくりとヘッドホンを外すと同時に、重い腰を上げるようにして立ち上がると大きな手の平で大きな音を立てながら拍手をした。

 

 

 

 

「素晴らしい! さすが如月くんだね。文句なしの一発オッケーだよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 満面の笑みを浮かべるプロデューサーとは対照的に、如月千早は不愛想にそう呟くと軽く頭を下げただけだった。それでもプロデューサーはとても満足したようで、そんな如月千早を見ても変わらず満面の笑みを浮かべている。

 

 

 

 

「さ、次は多田さん行こうか! バシッと頼むよ、バシッと!」

 

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 如月千早とすれ違うようにしてガラスの向こうの部屋へと入ると一度大きく深呼吸をし、マイクスタンドを自分の口元の高さへと調整する。軽く声を出してマイクの確認を行うとガラス越しのプロデューサーの方へと視線を向けた。私の確認を問うようにプロデューサーは右手で丸を作ると、その右手に応えるようにして私はゆっくり頷く。プロデューサーの右手から丸が崩れると次は三本の指が並び、カウントダウンが始まる。一番右の指がなくなり、そしてその隣もなくなり、残り一本になった時だった。私はその時確かに、みくの姿を見たのだ。私の隣で猫耳をしたみくは少し緊張するかのように力んだ右手でマイクを握っている。

 

 

 

 

“なんだかいつもと違う場所での収録って変な感じするよね”

 

“えー? もしかしてみくは緊張してるの?”

 

“そ、そんなんじゃないニャ! そういう李衣菜ちゃんこそ、いつもより肩が上がってるニャ!”

 

“そ、そんなロックじゃないことしてないし!”

 

 

 

 

「ストーーーーーーップ!」

 

 

 

 

 突然のプロデューサーの大きな声で私は我に返った。プロデューサーの大きな声がこだまする小さな部屋には私が歌うはずだった『悲しみをやさしさに』のメロディが静かに流れている。

 我に返った私の横には誰もいなかった。呆然と一人で立ち尽くしている私を、プロデューサーやAD、そして先ほど収録を終えたばかりの如月千早がただただ立ち尽くして見つめていた。

 

 

 

 

――そっか、私は独りだったんだ。

 

 

 

 

 収録の時はいつもみくが隣に居て私は独りじゃなくて、緊張してもお互い馬鹿にしあって緊張をほぐして、そんな大切なパートナーはもう横にはいないのだ。ソロシンガーとして迎えた初めての収録、その現場で私は自分が独りになってしまったという現実を初めて実感したのだった。

 

 

 

 

 

 


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