【完結】*君がいるから*   作:ラジラルク

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episode,2 一人で歩む道

 

 

 

 

 

 

「あ、多田さん! 引っ越しはもう済んだ?」

 

 

 

 

 武内プロデューサーの送別会が終わってみくが私の元からいなくなってから数日、偶然会社ですれ違った私の新しいプロデューサーの言葉に私は足を止めた。年齢も三十代後半だというのにそんな雰囲気を微塵も感じさせないこの人が私の新たなプロデューサーになる人だ。新しい会社、新しいプロデューサー、年明けから始まる新たなアイドル生活はもうすぐそこまで迫ってきていた。

 

 

 

 

「はい、荷物も一通り届いて片付けも終わりました」

 

「そっか。新しい家はどう?」

 

「めちゃめちゃ良いですよ。本当に何から何までありがとうございます」

 

 

 

 私は事務所の移籍を機に一人暮らしを始めることになっていた。新しい会社は家から通えない距離でもなかったが、二十歳も越えていい加減独り立ちをしたいと思っていたため移籍したタイミングで実家を出ることにしたのだ。

 引っ越し先は会社が手配してくれて私なんかには勿体ないほどの良い部屋を用意してくれた。家賃も会社が負担してくれただけでなく、通勤用にと車まで貸し出してくれたのだ。毎日実家から会社まで電車で通っていた346の時とは比べ物にならないくらいのVIP待遇だ。

 新しいプロデューサーは勿論、会社全体が私を高く評価してくれて買ってくれていた。その証拠として346にいた頃には考えられないような好待遇がどれだけ私に期待してくれているのかを示している。高層マンションの一室に会社のお金で住ませてもらって車まで貸してもらえて、一人のアイドルとしてこれだけ期待されているのはとても幸せで嬉しい事だった。それは分かっていた、分かっていたはずのに……。私の心に残ったモヤモヤが素直のせいで私は素直に喜ぶことができなかった。

 

 

 

 

――この今の生活は私がみくを切り捨てて手に入れたものなのだ。

 

 

 

 

 そういった罪悪感が連日のように私を襲い続けていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――Episode.2 一人で歩む道

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ、だりー。遊びに来たぜ」

 

「なつきち! 久しぶりだね」

 

 

 

 

 大晦日を目前に控え今年も最後の週に突入した頃、なつきちが家まで遊びに来てくれた。本格的な活動は年明けからとなっており必要以上に時間を持て余していた私はなつきちを家に誘ったのだ。ドアを開けた私の前で立ち止まったなつきちは脱いだコートを右手に抱えたまま玄関から覗き込むようにして部屋の中を見渡している。そして呆気に取られたような表情を浮かべると、ゆっくりと靴を脱いでそっと玄関の端に並べて置いた。

 

 

 

 

「めちゃめちゃ良い部屋じゃん。これ、マジで会社が払ってくれてんの?」

 

「うん。全部会社持ち。正直もっと普通の部屋で良かったんだけどね」

 

「……今のだりーが言うと嫌味にしか聞こえねぇぞ」

 

 

 

 

 そう言ったなつきちは「なーんてな」だなんて冗談交じりに付け加えて声を上げて笑っている。そんななつきちを見て私も思わず溜息を付きながら苦笑いを浮かべた。

 まるで探索するかのように辺りをキョロキョロと見渡しながら部屋の中へと上がったなつきちにお茶を出すと私たちは向かい合うようにして座った。ベランダの外から見える東京の空は薄暗い雲が覆い尽しており、どんよりとした空は今にも雪が降ってきそうな雰囲気を醸し出している。

 

 

 

 

「でもホントに久しぶりだね、なつきちは最近どう? 元気してた?」

 

「相変わらず勉強ばっかな毎日を送ってるよ。だりーは……、見た感じ相変わらずって感じだな」

 

 

 

 

 なつきちの視線は部屋の隅に置かれたままになっているギターを捉えている。一応引っ越しの際に持ってきたギターだったが相変わらず手付かずのままで変わらず部屋のオブジェになったままになっている。そんな全く使われた痕跡のないギターに、なつきちは気付いていたのだ。

 なつきちはシンデレラプロジェクトが解散する約一年ほど前に自らの意志でアイドルを辞め大学に通い始めた。今は大学で勉強する傍ら、介護の資格を取るために勉強三昧の毎日を送っている。

 

「アイドルはもう良いかな。アタシじゃ限界見えてたし」

 

 最後に私にそう話すとなつきちはあっさりとアイドルを辞めた。なつきちが辞めてからというもの、暫くの間は髪が黒くなって背中にギターを背負っていないなつきちに私は違和感しか感じなかった。私の理想とするロックなアイドルの塊のような存在だったなつきち。ギターだって半端なく上手かったし歌唱力だってあって、間違いなく私みたいな半端なロックアイドルよりロックだったのに。ギターがなくなったなつきちの背中を、私はそんな事を考えながらいつも寂し気に見つめていたのだ。

 

 

 

 

「でもこんだけの好待遇を得られるなんてだりーも成長したな。大出世じゃないか」

 

「う、うん……」

 

 

 

 

 思わず出てしまった歯切れの悪い声。

 どうして私はアイドルを続けているのだろう。アスタリスクを解散してから毎日のようにぼんやりと考えていた疑問だった。誰よりも真摯にアイドル活動と向き合っていたみくじゃなくて、私より遥かに才能に秀いてたなつきちじゃなくて、誰よりも努力をしていた卯月ちゃんじゃなくて、どうして私がこんなに良い待遇を受けてアイドルを続けているのだろうか。自分自身の事なのに私には全く分からなかった。

 アイドルになって四年と四ヶ月、自分自身でもよく分からないままここまで来てしまったのだ。大事なユニットメンバーだったみくを一人だけ残して――……。そんな四年と四カ月の時間が経っても変わらぬ半端な気持ちのままの私にアイドルを続ける資格はあるのだろうか。アイドルとして生きていくための確固たる決意がないまま、私は運とその場の流れでここまで来てしまった気がしていたのだ。

 

 

 

 

「……みくのことか?」

 

「ほえっ?」

 

 

 

 

 なつきちには見透かされていたらしい。思わず拍子抜けした声が出てしまう。

 

 

 

 

「相変わらず分かりやすいな、だりーは」

 

「そ、そうかなぁ」

 

 

 

 

 なんだか妙に恥ずかしくなり私は無意識に前髪に手を伸ばす。そんな私を見てなつきちは不敵な笑みを浮かべていた。

 みくは……、みくは結局どうなったのだろうか。思わず目線を向けた先にあるのは部屋の片隅に置かれたハンガーラック。そのハンガーラックにはあの日みくが居なくなった寮で見つけた猫耳が掛けられていた。あの猫耳を持ち帰ってから数日が経った今、私の元には続報が入ってきていない。移籍先は決まったのだろうか、それとも大阪に帰ってしまったのだろうか。いや、あのみくに限ってアイドルを辞めるなんて有り得ない。そう自分に言い聞かせる度に思い出すのはアスタリスクを解散することになったあの日の夜のファミレスで肩を震わせながら必死に唇を噛み締めている苦しそうなみくの姿だった。

 思わず考え込んでしまっていた私を見てなつきちは呆れたように溜息をついている。

 

 

 

 

「だりー、今は人の心配をしている場合じゃないだろ?」

 

「そうだけど……」

 

 

 

 

 なつきちの言いたい事も分かっていた。新たな会社で始まる新たなアイドル生活。これだけの期待を掛けられている以上、一人のアイドルとして私はその期待に応えないといけない義務がある。新たな環境にいち早く慣れて、今以上のパフォーマンスを見せなければいけないのだ。

 大事な時期だからこそ今は周りの事を気にせずに自分の事だけに集中しなければいけないはずだった。だけど私はまるで自分の事は放り投げるようにして毎日のようにみくのことばかり考えている。みくが今どこでどうしているのか、気になって仕方なかったのだ。

 

 

 

 

 

「相変わらず、連絡はつかないのか?」

 

「うん……。電話は繋がらないしLINEも既読にならないし」

 

「そっか……」

 

 

 

 

 どうしちまったんだろうな、目の前で座っているなつきちは頬杖を突きながらボンヤリと呟く。武内プロデューサーの送別会が終わってみくが寮を去って、それからの行方は誰も知らなかった。何度も電話をかけてLINEも送ってみたものの、全く音沙汰無し。LINEに至っては既読すら付いていない。

 みくが何処で何をしているのか、誰も知らなかった。だけど私は根拠はないもののみくがこの東京の何処かにいる気がしていた。この狭い東京の私の知らない何処で頑張っているのだと、そういう気がして止まなかったのだ。それはもしかしたら私の願望なのかもしれない。みくだけを残して私だけ他社へと移籍してアイドルを続けることへの罪悪感に押し潰されそうになっている自分の気持ちを少しでも和らげようとする、私の勝手な妄想なのかもしれない。

 

 

 

 

 

「だりーは悪くないさ。それにみくはそんな事で恨んだりするような薄情な奴じゃないだろ?」

 

 

 

 

 

 アスタリスクの解散を伝えた時、なつきちはそう言ってくれた。酷な話だけどこれがアイドルサバイバルなのだと、寧ろ解散しなかった方がみくは怒ってたと思うと、なつきちは何度もそう言ってくれた。

 それが決して慰めの言葉じゃないことも私は理解していた。この世界で誰もが幸せになることはできないのだ。誰かが夢を叶えた傍らには必ず夢破れて泣く人がいる。特に競争率が高いアイドルの世界なら尚更の話だ。きっとそういった事もみくは理解していたのだろう。

 だけど……、それでも私は例えみくを蹴落としてまで進んだ先の世界で夢を叶えることが出来たとしても本当に心の底か笑える自信がなかった。シンデレラプロジェクトにいた頃は何も深く考えずに笑って過ごしていたのに、今となってはそんな日々が遠い過去のように思えてしまう。

 

 

 

 

「ねぇ、なつきち。私って変わったかな?」

 

「どうしたんだ急に?」

 

 

 

 

 突然の問いになつきちは頬杖を付いてた右手から顔を離すと目を見開いた。

 

 デビューしてから四年と四ヶ月、私は一人のアイドルとして様々なことを経験してきた。上手く行かなかったこと、上手く行ったこと――……、みくと共にアスタリスクとして活動した時間の中には沢山の思い出があった。その思い出の中で常に私の横に立っていたみくはデビュー前と比べて見間違えるように成長した。デビュー前のみくはまだ幼さが抜けず、そのせいか自分の主張を曲げず沢山の人に迷惑をかけたことも多々あり、デビューの目途が立たずに不安になって346プロの喫茶店に立てこもりストライキを行ったことだってあった。でもそんなみくもアイドル活動を通して様々な経験をしていく中で次第に大人になり始め、いつの日からか一人称が「みく」から「わたし」に変わって行ったように、それでいて大事なアイドル活動への情熱や負けず嫌いな性格は失うことのないまま、みくの表情から幼さが消えていくのを私はずっと隣で見ていたのだ。

 そんなみくと比べて私はどうだろう。昔から中途半端なまま、何も変わっていないような気がしてならなかった。そんな思いがあったからこそ、私はいつかみくに置いて行かれるのではないかと不安に怯えることさえあったのだ。だが結果として私だけがオーディションに合格し、みくは落ちてしまった。どうしてみくじゃなくて私が受かったのか、私はその疑問の答えを見つけることが出来ずにモヤモヤを抱え続けていた。

 

 

 

 

「うーん、あんま変わってないかも」

 

「やっぱり……」

 

 

 

 

 暫く私をじーっと見つめていたなつきちだったが、首を少しだけ横に傾けると笑ってそう言った。予想はしていたがいざその面と向かって言われると思わず肩を落としてしまう。

 

 

 

 

「みくはさ、なんか変わったよね。デビュー前と比べたら凄い成長したと思う」

 

「確かにな。何でもかんでも猫キャラで押し通すのもしなくなったし」

 

 

 

 

 冗談のように軽くそう言われ私も思わず笑みを浮かべてしまった。あんなに猫キャラに拘っていたのに、次第に仕事の内容や空気に応じて猫キャラと普通の自分とを使い分けるようになっていた。何でも自分のしたい事だけを押し通すだけじゃダメなんだと、みくなりにアイドル活動を通して学んだのだろう。もしかしたら次第に猫キャラを演じるのが恥ずかしくなってきただけかもしれないが……。

 その傍ら、私は相変わらずボンヤリとしたままここまで来てしまった。みくほどに真摯にアイドル活動に向き合ってるわけでもなく、卯月ちゃんのように血の滲むような努力をしていたわけでもなく、なつきちのように何かの才能を見出すこともなく、私は四年と四ヶ月もの時間を過ごしてきた。あれだけ頑張ろうと思っていたギターも結局途中で投げ出して埃を被ったままだ。

 そんな中途半端な私が今は東京の高層マンションの一室に住んで車も貸してもらっている。なんだかそれがとても恥ずかしく思えて、私よりも頑張っていた人たちに申し訳ないような気がして、私はここに居ちゃいけない気がしてならなかったのだ。

 

 

 

 

「……色々と迷ってるみたいだな」

 

「……うん」

 

 

 

 

 なつきちはそんな私の悩みも全て見抜いていた。

 

 

 

 

「目的を見失うなよ。努力することが目的じゃないだろ? だりーのゴールは何だ?」

 

「そ、そりゃあロックなアイドルになることだけど……」

 

「だろ? 結果論だけど努力したってしなくたってゴールに辿り着けばいいのさ。努力した奴が偉くて必ず勝てる世界なら誰だって死ぬ気で努力をするよ」

 

 

 

 

 結果として私は今アイドルとして成功街道を走っている。だから私は何も間違っていない、なつきちはそう言ってくれた。どんな過程を歩もうと、最終的に自分の設定したゴールに辿り着けばいいのだと。

 なつきちが言ってくれたことを自信を持って言うことができないから、私はこうして悩んでいるのだろう。もしこの四年と四ヶ月をボンヤリと過ごさなかったら今頃どうなっていただろうか。みくの事を考えて罪悪感に押し潰されることもなかったのだろうか。

 

「私は私で頑張るからみくも頑張って」

 

 何度も喉元まで出てきたこのセリフをみくに伝えることができたのだろうか。

 

 

 私の憧れとして背中を見せてくれるなつきちも、一緒に横に並んで歩むみくも、これからはいない。年明けからはアスタリスクの多田李衣菜ではなく、一人のソロシンガーの多田李衣菜として活動していかなければならないのだ。どれだけ周りの仲間たちに支えられて今まで来たのか、こうして一人ぼっちになった今になって痛感させられる。

 そんなこれからの事を考えると私は不安で仕方がなかったのだ。

 

 


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