【完結】*君がいるから*   作:ラジラルク

13 / 20
episode,12 変わらないもの

 

 

 

 

 千早さんが招待してくれた765プロのライブの後、私は自ら作詞をすることにした。作詞をすることで自分の気持ちに向き合い、自分がアイドル活動を通して何をしたいのかを見つめ直すためだ。

 

 千早さんのように、私も本当の自分を曝け出すことができるように――……。

 

 

 そうすればきっと私だって変われる気がしたから。今までずっと曖昧にしてきた自分がアイドルとして生きる意味を見出せる気がしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――Episode.12 変わらないもの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが予想以上に作詞は捗らなかった。仕事の合間に時間を見つけてはメモ帳にペンを持って向かい合い、何か短いフレーズを書いてはすぐ消して――……、ずっとこの繰り返し。

 思えば昔も一度だけ作詞をしたことがあって、あの時はみくと協力して二日で作詞を終わらせ、そんな出来たばかりの曲で私たちはアスタリスクとしての初ステージに立つことになった。あの頃はよくあんな無謀みたいなことが出来たなぁ、なんて思わず苦笑いしながら思い出す。今考えれば二日で作詞を終わらせそのままステージに立つなんて無謀なことにしか思えないが、あの頃はそれを平然とやってのける根拠のない自信と勢いが私たちにはあったのだ。

 そんな根拠のない自信もその気になればどんな無謀なことでもやってのけれる勢いも、それはみくと一緒でアスタリスクとして活動していたからこそ出来たものなのだと私は独りになった今、痛いほど痛感させられる。

 

 何度も何度も繰り返しメモ帳にペンを走らせてはその上から塗りつぶして、独りになった今の私からはあの頃の根拠のない自信や勢いなどの面影が完全に消え去ってしまっていた。

 

 

 気が付けば765プロのライブに行ったあの日からあっという間に時間は流れてしまっていた。仕事から帰り力なく部屋の電気を付けた私の目に入ってくるのは昔なつきちが教えてくれたUKロックのアーティストの写真が載ったカレンダー。

 そのカレンダーのちょうど真ん中の右端、赤い丸で囲まれた日曜日。シンデレラプロジェクトの復活ライブは二週間後にまで迫ってきていた。

 

 

 

 

「もう二週間後かぁ……」

 

 

 

 

 誰もいない部屋でボソリと呟いてみた。口にしたら今まで遠い先のことのように感じられた復活ライブが本当に二週間後にまで迫ってきているのだと痛感させれる。

 私は“変わる”ことができているのだろうか。洗面所の鏡に映るいつになっても見慣れない黒髪の三つ編みを下げた私に向かって自問自答をしてみた。そんな鏡に映る私の表情は心なしか自信なさげにも見える。

 

 丁度そのタイミングリビングの方から静かなメロディが鳴り響いた。私はもう一度だけ鏡に映る自分を見つめると、そのまま洗面所の電気を消してリビングの机に置きっぱなしにしていたスマートフォンを手に取る。

 

 

 

 

「もしもし、どうしたのなつきち?」

 

 

 

 

 電話をかけてきたのはなつきちだった。

 普段はLINEばかりで、なつきちが自ら電話をかけて来るのは珍しい。電話越しに聞こえるなつきちの声はいつもと変わらないクールな低い声だった。

 

 

 

 

『だりー、明日って何か用事あるか?』

 

「明日は休みだよ。どうしたの?」

 

 

 

 

 私の言葉を聞いたなつきちの声のトーンが少しだけ上がったような気がした。

 

 

 

 

『そっか、なら少しアタシに付き合ってくれよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の昼下がり、何も聞かされずに私は東京の駅前でなつきちと待ち合わせをしていた。日曜日だからか、いつに増して多い大勢の人たちが一人でポツンと立っている私の前を足早に過ぎ去っていく。

 復活ライブまで今日で丁度二週間。二週間後には私はシンデレラプロジェクトのメンバーとして一夜限りの復活ライブのステージに立つことになる。そのことを考えると、昨晩は思わず承諾してしまったが今日のこの貴重な一日は家で作詞の時間に当てた方が良かったのではないかと思ってしまう。もう復活ライブまで本当に時間がないのだから。

 

 

 

 

「わりィ、待たせたな」

 

 

 

 

 そんなことをずっと考えていた頃、約束の時間から五分ほど遅れてなつきちが私の前に姿を現した。行き交う大勢の人を掻き分けて私の元へとやってきたなつきちはほんの少しだけ呼吸が乱れている。

 

 

 

 

「ううん、大丈夫だよ。それより今日は何処行くの?」

 

「カラオケだよ、カラオケ」

 

「カラオケっ!?」

 

 

 

 

 思わず呆気に取られたような声を出してしまう。

 そんな私を見てなつきちは歯を見せて笑うと、なつきちが来た方向とは逆の方へと私の腕を強引に奪って歩き出した。なつきちに引っ張られるようにして慌てて歩き出す私。

 

――今はカラオケに行ってる場合じゃないんだけどな。

 

 思わずそう思ってしまった私の心境を全く気にもせず、なつきちは私の腕を掴んだまま歩幅の早い足取りで行き交う人たちを掻き分けていく。

 

 

 

 

「この前の765プロのライブに行ってからさ、ずっと歌いたくてウズウズしてたんだよ」

 

「まったく、それなら言ってくれれば良かったのに」

 

 

 

 

 電話じゃ教えてくれなかったから何処に行くのか気になってんだよ、なんて溜息交じりに私はそう言うと、少し早いペースで私の隣を歩くなつきちは再び笑った。

 それから駅前の大きなスクランブル交差点を越え、私たちは大きなビルの一階にあるカラオケ店へと入って行った。自動ドアを越えて冷房の効いた店内に入るとなつきちはレジに立っていた店員へと軽く会釈をする。そんななつきちに店員も軽く会釈を返し、それを確認したなつきちはそのまま足を止めずに店の奥へと足を進めて行った。

 普通ならば部屋に入る前にレジで部屋や時間を決めなければならないのに、その一連の行動を飛ばして足を進めるなつきち。私は戸惑いながらも店員に軽く会釈をして慌ててなつきちの後に付いて行った。

 

 

 

 

「もう誰か来てるの?」

 

 

 

 

 なつきちの隣に追いついた私は、隣のなつきちを見上げるようにして問いかける。受付も何もせずにここまで来たという事は既に連れの人が部屋にいて、受付はもう済んでいるのはないかと思ったのだ。

 なつきちは私の声に足を止めると、『20』と書かれた部屋のドアノブに手を掛けた。ガラス張りのドアからは中が見えないよう黒いシートが貼られており、そのシートの隙間から薄暗い灯りが漏れている。

 

 

 

 

「アタシたちが最後だよ。もうみんな来てる」

 

 

 

 

 悪戯っぽく笑みを浮かべると、なつきちはそのままゆっくりとドアノブを引いた。ドアノブが開いた先の薄暗い部屋、その部屋には既に五人の女性がソファに腰かけている。その五人の女性たちはすぐに私たちに気が付き、一斉に私たち二人の方を振り向いていた。

 

 一斉にこちらを振り返る女性たちの顔に見覚えがあって、私は思わず息をのんで立ち尽くしてしまった。

 

 

 

 

「え、えっ……? みんなどうしたの?」

 

 

 

 

 固まってしまった私。そんな私を見て隣にいるなつきちは声を上げて爆笑している。私を見つめる数人の女性たちも皆、私を見て笑っていた。

 

 

 

 

「あらあら、そんなに驚くことかしら?」

 

「李衣菜ちゃん、なんか雰囲気変わったね。全然分からなかったよ」

 

「ま、久しぶりだからねー。 ほら、二人とも早くこっち来なよ!」

 

「李衣菜ちゃんは半年ぶり、なつきちゃんは一年ぶりかな? 本当に二人とも久しぶりね」

 

「あ、二人ともお飲み物はどうしますか? お決まりでしたら私、注文しますよ」

 

 

 

 

 川島瑞樹さん、城ヶ崎美嘉さん、美波ちゃん、ちひろさん――……。私を出迎えてくれたのは346プロにいた頃によくお世話になっていた、そして懐かしくもあるメンバーたちだった。

 美嘉さんはおそらく数年ぶり、川島さん美波ちゃんとちひろさんとは半年ぶりぐらい――……。だけどその中で一人、心当たりのない子が一人だけいる。川島さんの横に座っている明るい茶髪の長い髪をした少し童顔な女の子だ。この人だけどうも私の記憶の中をどんなに探しても心当たりのある人物が浮かんでこなかった。

 そんな私に気が付いてか、茶髪の女の子は私を見て苦笑いをしている。

 

 

 

 

「ほら、やっぱり李衣菜ちゃんは分かってないじゃない。私の言った通りでしょ?」

 

 

 

 

 川島さんの言葉に茶髪の女の子は苦笑いをしながら頭を掻いた。

 

 

 

 

 

「えー、李衣菜ちゃん、ホントに分からないの?」

 

 

 

 

 冗談交じりにそう問いかけられ、私は再び頭の中の記憶を総ざらいして辿っていく。そんな私を見て、茶髪の女の子を除く他のメンバー全員が声を上げて笑い、小さなカラオケルームは爆笑の渦に包まれた。

 

 

 

 

「ホントに誰か分からなかったみたいね。美穂ちゃんよ、小日向美穂ちゃん」

 

「えっ、うそーっ!?」

 

 

 

 

 美波ちゃんの回答を聞いて思わず目を見開いて美穂ちゃんを見つめた私。そのリアクションのせいか、部屋には再び爆笑の渦が巻き起こった。

 私の記憶の中の美穂ちゃんは曇りのない綺麗な真っ黒のショートカットの女の子で、とてもじゃないがこんなに明るい茶髪に髪を染めて、腰の位置ほどまでに髪の伸びた美穂ちゃんのイメージは全くと言っていいほどなかった。

 美穂ちゃんは何年ぶりだろうか、確かなつきちと同じタイミングでアイドルを辞めたと聞いていたから一年半ぶりくらいになるのだろうか。その一年半というあっという間に思えて意外にも長い時間を、何より私の記憶とはかけ離れているほどに伸びた美穂ちゃんの髪が物語っていた。

 よくよく見ると、変わったのは髪だけではなかった。恥ずかしがり屋でいつも自信なさげな瞳をしていた美穂ちゃんだったが、今はそんな昔を感じさせないような真っすぐで自信に満ち溢れた瞳をしている。もしかしたら一年半というあっという間にも思える時間は、人を変えるのには十分な時間なのかもしれない。

 良い意味で変わり果てた美穂ちゃんを見て、私はそう思った。

 

 

 

 

「まぁ私たちも、李衣菜ちゃんの名前を聞くまでは誰か全く分からなかったと思うけどね」

 

 

 

 

 美穂ちゃんも李衣菜ちゃんも、面影なさすぎよ。美嘉ちゃんの言葉に今度は私と美穂ちゃんを除くみんなが笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 聞けば五人ともなつきちに誘われて集まったらしい。なつきち自身は「自分が久しぶりに歌いたかっただけで、適当に呼んだらこのメンバーになった」と言っていたが……。それから暫く、注文したジュースが届くまで私たちはお互いの近況を報告しあった。

 川島さんは今でも346プロのアイドル部門の最前線で活躍するアイドルとして活動しており、美嘉さんはシンデレラプロジェクト解散の二年ほど前にアイドルを正式に引退した後にプロデューサーになると、今は先日武内プロデューサーから聞いていた通り、正式にアイドル活動へと復帰を果たした卯月ちゃんの新たなプロデューサーとして今でも346プロで働いている。

 美嘉さんと同じようにアイドルを辞める道を選んだ美穂ちゃんは、今は東京のとある保育園で保育士として働いているらしい。「子供を預かる大人として、自分に自信が持てなかったら子供たちも不安になってしまいますから」、そう話してくれた美穂ちゃんの瞳はあの頃からは想像もできないような強い自信を実らせた大人の瞳になっていた。

 美波ちゃんは千葉でアナウンサーとして、ちひろさんは今でも346プロのアイドル部門のアシスタントとして、今を生きていた。

 

 

 

 

「あれだけ346プロにいたアイドルたちも、今は殆ど辞めてしまったのよね。なんだか寂しい気がするわ」

 

 

 

 

 美嘉さんの言う通り、346プロに在籍していたアイドルたちの殆どはアイドル活動を辞めてしまっていた。美波ちゃんのように他の仕事へ転向した人もいれば、美穂ちゃんやなつきちのように芸能界からは完全に離れ、一般人としての生き方を選んだ人もいる。勿論、私や川島さん、凛ちゃんや蘭子ちゃんのように今でもアイドル活動を続けているメンバーもいるのだが。

 その判断が正しいか間違いだったか、それは誰にも分からないことだし本人次第だということもきっとみんな分かっている。だけどあの何にでもなれる根拠のない自信に満ち溢れていた青春時代の全てを同じ夢を叶えるために捧げた仲間として、今の現実を考えるとどうしても寂しい気持ちになってしまうのだ。

 

 思わず切ないような心苦しいような、何とも言えない空気が部屋に流れていた。

 

 

 

 

「ほらほら、何しんみりしてんのよ! 今日は久しぶりに今を忘れて大はしゃぎするんでしょ!?」

 

 

 

 

 静まり返った部屋の中、急に立ち上がると川島さんは部屋に響くような声量で声を上げる。その勢いのままマイクを握り絞め、テレビの下に設置された機械を取り出し画面をタッチし始めた。そして操作を終えたのか、機械を机に置くと同時に大きな液晶テレビには『お願い!シンデレラ』の文字が浮かび上がる。すぐに画面が切り替わり、少しばかり昔を感じさせるような映像が流れ始めると何度も何度も聴き慣れたイントロが部屋全体に流れ始めた。

 

 

 

 

「せっかくカラオケ来たんだから楽しまないとっ! 『おーねがいっ、シンデレ……』」

 

「失礼しまーす、お待たせしました。ご注文のドリンクになりますー」

 

 

 

 

 川島さんが歌い始めた矢先に開いた部屋のドア。川島さんは思わずマイクを握り締めたまま赤面して固まっている。部屋にはフリーズした川島さんを気にも留めないかのように、『お願い!シンデレラ』のメロディが流れていた。

 

 そんな川島さんが可笑しくて、部屋は再び大爆笑の渦に包まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 それから私たちは気が済むまで歌い続けた。“上手さ”とか“仕事”とか、そういったものを忘れて、皆がただただ自分の赴くままに何時間も歌い続けた。時には数人で一緒に歌ったり思わず歌いながら飛び跳ねたり、現役アイドルも保育士も大学生も女子アナもプロデューサーもOLも、みんな今の生活を忘れ、まるで子供の頃に戻ったかのように大はしゃぎをしながら。

 

 楽しかった。

 こんなに“歌う”という行為が楽しく感じられたのは本当に久しぶりだった。大好きな仲間たちと歌うことがどれだけ楽しいかということを、私は久しぶりに感じたのだ。

 仕事ではなくただの遊びとして、私は我を忘れて歌い続けた。アイドルになる前に感じていた純粋に“歌う”という行為を心の奥底から楽しんでいた私を思い出しながら、私は大好きな仲間たちと何時間も何時間も歌い続けたのだった。

 

 

 

 

 四時間にも及ぶカラオケは夕暮れ時には終わりを迎えた。時間を忘れて楽しんだせいか、店を出て黄昏時を迎えた空を見た時は思わず時計を確認してしまった。

 

「これから良いところに連れてってあげる」

 

 川島さんはそう言うと私たちを車に乗せ行き先も告げず、車を走らせた。私たちを乗せた車は人も車を溢れかえるほどに道を埋めていた都会の街を抜け出し、落ち着いた郊外を走る。

 カラオケ店を出発してから一時間ほど経った頃、すっかり空が暗くなった頃に川島さんは車を停めた。私たちが車を降りたのを確認すると川島さんは少し薄暗い路地裏へと入っていく。慌てて付いていく私たちの先頭を歩く川島さんは狭い路地裏の小さなお店の中へと入って行ってしまった。小さな窓から薄暗い路地裏へと黄色い灯りが漏れるお店の入り口には『こいかぜ』と書かれた看板が飾られている。

 

 

 

 

「あら、皆さんいらっしゃい」

 

「か、楓さんっ!?」

 

 

 

 

 川島さんの後に続き木製のドアを開け中に入った私たちを迎えてくれたのはふんわりとしたボブカットで左目の下にある泣きぼくろが印象的な楓さんだったのだ。

 楓さんは白いシャツに黒のエプロンを巻いており、手にはグラスを握ってカウンターを挟んだ向こう側から驚く私たちをニッコリと見つめている。

 

 

 

 

「どう? 驚いたでしょ?」

 

「ここって楓さんのお店なんですか……?」

 

 

 

 

 美穂ちゃんの声に楓さんは何も言わず、ただ頬を緩めて笑うだけだった。

 

 

 楓さんはアイドルを引退した後、アイドルやモデル時代に貯めた貯金でこのバー『こいかぜ』を立ち上げたらしい。もともとお酒が大好きだった楓さんらしいと言えば楓さんらしいが……。346プロにいた頃の友人たちが来ることもあればファンだった人たちもよく訪れているらしく、オープンして二年になるがそこそこ繁盛しているとのことだった。

 

「今日は瑞樹さんからみんなが来ることを聞いていたから貸し切りにしてるわ。だから気にすることなく楽しんでいってね」

 

 どうやらもともと川島さんは私たちをここに連れてくるつもりだったらしい。そんな川島さんはここの常連らしく、週に一回は来ているのだと話してくれた。

 

 

 

 

 それからそれぞれがお酒を注文して乾杯を交わすと、私たちはカラオケ店でのテンションそのままに懐かしい思い出話に華を咲かせた。何時間も何時間も話しても次から次に尽きることなく出てくる懐かしい話、今それぞれが送っている日常の話、私たちはみんながみんな時間も生活も仕事も、何もかもを忘れてこの狭いお店にいる八人しかいない小さな世界を心置きなく楽しんでいた。

 

 

 

 

「結局楓さんってシンデレラガールになったんでしたっけ?」

 

「美穂ちゃん、楓さんにそのお話はダメって言ったでしょ?」

 

「ちひろさん、良いんですよ。私、『無冠の女王』って言われてるみたいですが、そういうのには“無関”心なので……。うふふっ」

 

 

 

 

 

「もっー! なんで私には彼氏が出来ないのよっ! 私だってそろそろアイドルじゃなくて一人の女性として幸せになりたいわよ。もういいわ、楓ちゃん、私も飲む!」

 

「ちょ、ちょっと川島さん? 運転あるんじゃないですか?」

 

「運転なら気にしないで、車はここに置いて帰って明日取りに来るわ。ね、良いでしょ?」

 

「分かりました。明日、瑞樹さんが車を取りに“来るま”で待ってますね。うふふっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんなホントに変わってないよな」

 

「ホントだね」

 

 

 

 

 ここに来て何時間が経ったのだろうか。私となつきちは盛り上がるみんなから少し離れた席でカクテルの入ったグラスを持ってみんなの様子を眺めていた。

 みんな歳を取ってこうしてお酒が飲めるようになって、間違いなく大人になっているはずなのに、その内面は何も変わってなくて私たちは思わず笑ってしまった。歳を取るにつれみんな見た目も少しずつ変わって、それでもそれぞれの根本的な部分にある大事な何かはあの頃から変わっていなくて。そんな変わらない皆を見ていると私まで何故だが嬉しいような気持ちになってしまう。

 

 

 

 

「だりーも……、だりーも変わらないでいてくれよ」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 思わず視線を隣に移すと、私の隣に座ったなつきちはカクテルの入ったグラスをストローでゆっくりと掻き混ぜながら、私ではなく話に華を咲かせているみんなの方を静かに見つめていた。

 

 

 

 

「アタシさ、人間変わるのって思ってるより簡単なんだと思うんだ。例えば就職したり進学したり、何も知らない見ず知らずの街に引っ越したり。そういう人生の節目の時って誰にでも一度や二度はあるだろ?」

 

「うん、まぁね」

 

「そういった自分の周りの環境が変わる時ってさ、何か今までの自分がリセットされた気がするんだよな。『新たな環境で心機一転頑張ろう』て、誰もが思ったりするじゃん?」

 

 

 

 

 なつきちの言葉に私は黙って頷く。なつきちは変わらず、私ではなく少し離れたみんなの方を見つめている。

 

 

 

 

「だからみんなが思っている以上に、自分を変えることって意外に簡単なことだと思うんだ。でもその逆は難しいと思う」

 

「逆……?」

 

「どれだけ環境が変わったり歳を取っても、ずっと変わらないで居続けることって難しいんだよな。特に子供から大人になる時ってのは色々現実見ちゃうもんじゃん。そうやって人は大人になっていくのかもしれないのだけどさ。だから自分を変えるよりいつまでも自分“らしさ”を変わらずに持ち続ける方が何倍も難しいと思うんだ」

 

 

 

 

 だからさ、そこまで言うとなつきちは座っていた椅子をグルっと反転させ、私に向き合うようにして椅子を止めた。

 

 

 

 

「だりーは変わってくれるなよ。いつまでも、今のだりーのままでいてくれよ」

 

「なつきち……」

 

 

 

 

 真っすぐな眼差しでなつきちは私を見つめていた。

 

 

 

 

「変わることが悪いとは思わない。だけど、それが本当の自分を理解したうえでの行動なのか、ただ単に何かから逃げているだけなのか、どっちかで全然意味は変わってくると思うんだ」

 

 

 

 

 私はなつきちの言葉に何も言えなかった。

 今、私がしていたのは結局本当の自分の姿すら理解することなく、“こうでありたい”、“こんな風に生きていたい”という理想を追い求めていただけに過ぎなかったのだ。自分の弱さを否定して見て見ぬふりをして、自分の理想に逃げて、私は本当の自分に向き合うということからただ単純に逃げていただけだったのだ。

 

 

 

 

「『ロックだと思ったらそれがロック』だろ? あの時のだりーの台詞、今でも覚えてるぜ」

 

 

 

 

 そしてなつきちはグラスに入ったカクテルを口元へと運んだ。

 

 

 

 

「アタシも、きっと他のみんなも、今のだりーが好きなんだよ。だから、いつまでもそんなアタシたちの大好きなだりーでいてくれよな」

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 その日、日付が変わった頃に家に辿り着いた私はすぐにエクステを外した。この前買ったけど違和感しか生まなかったピンクのミニスカートもエクステと一緒にゴミ箱に捨てた。

 もう『変わろう』なんて思わなかった。なつきちは分かっていたのだ、私が無理に変わろうとしていたことを。声優という新たな世界に進んだみくに置いて行かれるような気がして焦って自分を見失って、『私も変わらないと』とずっと思っていた。アスタリスクを解散して独りになって初めて知った寂しがり屋で弱い本当の自分の姿を無理矢理にでも否定するかのように。

 

 でもそれは結局自分から逃げていただけだったのだ。自分と向き合わうことを恐れるあまりに。自分と向き合ったうえで変わる事と、逃げる事は違うのだとなつきちは言ったが、まさに私はそれを都合のいい方に勘違いしていたのだ。

 

 そして寂しがり屋で弱い私の事を好きだと、なつきちは言ってくれた。いつまでも変わらないでいてほしいと。

 私はもう無駄な足掻きはしないことにした。千早さんのようになりたいとか、未央ちゃんのようになりたいとか、みくのようになりたいとか、そういった誰かに憧れて真似するのではく、今の寂しがり屋で弱い自分を受け入れて復活ライブのステージに立つ覚悟を決めたのだ。

 この時になって初めて、この前のライブ後に千早さんが言っていた『本当の自分を曝け出すこと』の意味が今になってようやく理解できた気がした。

 

 

 

 

 

 

 それから私はずっと机に向かってペンを走らせた。あれだけ進まなかったペンが、今は嘘のように次から次へと思い立ったフレーズをノートに記していく。カッコいいフレーズとか、心に響くフレーズとか、そういった気取ったものではなくて、今の私が抱えている素直な気持ちをそのままノートに写していく。

 

 作詞が終わったのはもう夜が明けようとしていた頃だった。無我夢中でペンを走らせていたため、終わった今になって身体の節々が痛む。思いっきり腕を天井に向けて伸びをすると、私は壁に掛かったカレンダーを見た。

 

 

 復活ライブまで、もう残り二週間を切っていた。

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。