【完結】*君がいるから*   作:ラジラルク

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episode,11 隣に並ぶために

 

 シンデレラプロジェクトの復活ライブまでに声優としてのデビューを決める。今はまだ何もない私だけど、復活ライブまでにデビューを決めることができれば李衣菜ちゃんにもシンデレラプロジェクトのみんなにも胸を張って会うことができるはずだから――……。

 

 そんな簡単にデビューが決まるほど声優の仕事は甘くないことは前回の件で身を以って経験をしていたし、不安がないわけでもない。

 だけど例え無謀だとしても自分を信じなければ何も始まらないのだ。私ももう二十歳になってしまって、昔のような“根拠のない自信”や“とりあえず何とかなる”といった想いだけではどうにもならないことも分かるようになってしまった。色々なものが見えるようになってきてしまって、昔のように純粋に自分を貫くことが難しくなってしまっていたのかもしれない。

 それでも、例えあの頃のように無鉄砲に前だけを見て進むことが出来なくても、私は自分を信じなければいけないのだ。

 

 私の中の迷いは完全に吹っ切れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――Episode.11 隣に並ぶために

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう活き込んでみたのはいいものの、やはり現実というものは厳しかった。

 養成所の先生から紹介してもらった一般公募は時期も時期であり、あまり数は多くはなかった。一番最初に受けたオーディションは書類選考の段階で落とされ、その次に受けたオーディションは書類選考は何とか突破したものの、二次審査で落とされてしまった。

 楽ではないと思ってはいたものの、やはりオーディションは想像以上の厳しさだった。それが倍率の高い一般公募となると、尚更だ。

 

 

 

 

「あ、みくちゃんおかえりなさい! みくちゃん当てに郵便届いていますよ」

 

 

 

 

 ウサミン星に帰ると菜々ちゃんは台所で夕飯の支度をしていた。菜々ちゃんは手が離せないらしく、私の方を一度だけ振り返るとテーブルの上に置かれた白い封筒を顎で指す。

 顎で指された封筒を手に取ると、それは先日受けたオーディションの制作会社からだった。確かこのオーディションは書類選考も突破して実技を含む二次審査があって、その二次審査では根拠はないものの私の中では今までで一番の手応えがあった。面接はちゃんと自分の声優のへの熱い想いを伝えることができたと思うし、実技も私の中では完璧だったと言っても過言ではない演技を出来ていたはずだ。

 

 

――もしかしたらっ!

 

 

 期待で胸がドキドキする気持ちを抑え、私は丁寧でハサミで封筒の端を切るとゆっくりと中に三つ折りで入っていた白い紙を取り出す。一度眼を閉じて大きく深呼吸。少しだけ落ち着いたような気もするが、眼を開いて再び三つ折りに折られた紙を見ると一気に鼓動が早まっていく。

 

 

 

 

「……どうでした?」

 

 

 

 

 いつの間にか私の隣に立っていた菜々ちゃんの不安そうなか弱い声。私が開いた三つ折りの紙の一番上には『オーディションの選考結果』と書かれている。私はその文字を見ると今にも張り裂けそうな逸る思いで恐る恐るその下へと視線を動かした。

 

 

 

 

“今回は採用を見合わせていただくことになりました”

 

 

 

 

 やっぱりダメかぁ、そう思うと同時に一気に消え失せていった緊張感。何度も何度も読み返しても、私の目に映る文面は変わらなかった。

 思わず溜息を付くと壁に貼られたカレンダーに目をやる。もう六月も終わろうとしており、シンデレラプロジェクトの復活ライブまで残り一カ月を切っていた。ゆっくりとだが残酷なまでにじわじわと迫りくるタイムリミット。私は本当に復活ライブまでにデビューを決めることができるのだろうか。日に日に減っていく時間に、私は不安に駆られてしまう。

 

 

 

 

「今回もダメだったよ。まぁ、仕方ないよね! また次のオーディション頑張るよ」

 

 

 

 

 不合格が書かれた選考結果の用紙を隣で私を見ていた菜々ちゃんへと渡すと、私は苦笑い交じりにまるで自分い言い聞かせるようにそう言った。胸の奥に押し込んだ悔しい気持ちや今にも泣きだしそうな想いを悟られないように。

 菜々ちゃんはそんな私の胸の奥の心境を知ってか知らずか、眉を八の時にして私を見つめていた。だが何も言うことなく、私に選考結果の用紙を返す。そしていつものような笑顔で私の後ろに立つと、小さな手で精一杯に肩を揉んでくれた。

 

 

 

 

「次こそは大丈夫ですよ! 菜々も応援してますから頑張ってください!」

 

「うん! 菜々ちゃん、ありがとう」

 

 

 

 

 その時だった。私のポケットの中のスマートフォンが静かに揺れたのだ。小刻みなリズムで何度も何度も揺れる様子からメールではなく電話なのだと分かる。一度立ち上がり、ポケットの中から取り出したスマートフォンの画面に表示されているのは母親の名前だった。

 隣で小さな背を精一杯伸ばしている菜々ちゃんは私の右手に握られたスマートフォンの画面を覗き込むとすぐに台所へと戻って行ってしまった。

 

 

 

 

「もしもし、お母さん?」

 

 

 

 

 通話のボタンを押すとなるべく小声で私はマイクへと声をかける。

 

 

 

 

『みく? 久しぶりね。元気してるの?』

 

『うん、みくは元気だよ。それより急に電話なんかかけてきてどうしたの?』

 

 

 

 

 電話越しとは言え、久しぶりにお母さんの声を聴いた気がする。お母さんと電話をしたのはおそらく東京に残って声優の養成所に通うとお母さんに説得した時以来だ。元々放任主義というか、あまり過保護とは言えないお母さんとはマメに連絡を取っておらず、連絡を取る時も基本的にLINEで済ませていた。

 だから久しぶりにお母さんの声を聴き、なんだか懐かしいような居心地の良い気分に私は誘われた。

 

 

 

 

『昨日ね、中学校の同窓会のハガキがうちに届いたのよ。七月の二週目の日曜日なんだけど、どうする?』

 

『あー、みくは行かないよ。色々忙しいから大阪に帰る時間ないだろうし』

 

 

 

 

 嘘だった。本当は全然忙しくなんかないのに、私は平然を装ってお母さんに嘘を付いた。

 私には地元である大阪にはあまり良い思い出がなかったのだ。中学卒業を控え、アイドルを目指すために上京すると言った私をクラスの同級生たちはみんなして笑って馬鹿にした。絶対に叶うと信じて止まなかった私の夢はクラス全員から冷やかしの目で見られ、誰一人として応援してくれる人はいなかったのだ。 

 当の本人たちはもう覚えていないかもしれないが、私はあの時のことを二十歳になった今でも鮮明に覚えている。それほど、私の心に出来た傷は深かったのだ。

 

 そんな地元の同窓会に今の私が行ってもどうなるか目に見えている。結局夢を叶えられずに敗れ去った私はあの時と同じように馬鹿にされるだけだのだ。同級生の中には頭の良い大学に進んだ人も、就職して立派な社会人として働いている人もいるのだろう。そういった人たちにもしあの時と同じようなことを言われたら完全に心が折れる気がしたのだ。

 あの頃はみんな同じ中学生だった。だからこそみんな同じ立場である意味平等だったのだ。平等の人たちから夢を馬鹿にされても私は耐えることができた。

 だけど今はもうみんな同じ立場ではない。学生もいれば社会人もいて、皆それぞれの道を選んで生きている。そんなしっかりと今を生きる人たちに何を言われても、夢破れた今の私に反論する資格がないような気がしていたのだ。

 

 

 

 

『そう、分かったわ。それじゃあ身体に気を付けて頑張りなさいね』

 

 

 

 

 娘の強がりを見抜いているのか、お母さんは深くは言及しなかった。そのままあっさりと電話を終えると私は壁にかかっているカレンダーをゆっくりと、一枚だけ捲る。

 同窓会があるのは七月の二週目の日曜日。シンデレラプロジェクトの復活ライブのちょうど一週間前だった。

 

 復活ライブを一週間前に控えたこの日、私はどうなっているのだろう。デビューが決まっているのか、それとも未だに決まらずオーディションを受けているのか。

 

 

 今の私には一か月後の自分が全く想像できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆   

 

 

 

 

 

 

 それからの日々はあっという間に過ぎ去ってしまった。 

 養成所から紹介してもらった限りある一般公募もほぼ書類審査で落とされ、奇跡的に二次審査まで辿り着くことができても最終的に受け取る結果はいつも同じ。私の部屋には不採用の旨が書かれた書類ばかりが溜まっていた。 

 つい先日までは一か月後に控えていた復活ライブが今はもう二週間後に迫っている。時間の流れは本当に残酷なもので、必死に足掻こうとする私なんかまるで気にも留めずにあっという間に流れて行っていく。タイムリミットが近づくにつれ街頭でライブの告知ポスターを見る機会も急激に増えた。私が声優としてデビューできようができまいが関係なくシンデレラプロジェクトの復活ライブはもうすぐそこにまで迫ってきているのだ。

 

――このままデビューが決まらなかったらどうしよう。

 

 今まで強引に振り払っていた恐怖が日に日に私を襲い始める。その恐怖から逃げるように私はレッスンを受けオーディションを受け続けたが、その結果が目に見える形で私の手元に届くにつれそんな恐怖の足音が私に近付いてくるのだ。

 着実に近づいてくる恐怖は、もう無視できないほどすぐ傍にまでやってきていた。

 

 

 

 

「うーん、一応あと一件残ってはいるんだけど……」

 

 

 

 

 養成所から紹介してもらった最後の一般公募の結果が届いた次の日、ダメもとで先生の元に押し掛けた私に先生は罰の悪そうな表情を浮かべている。後頭部を掻く仕草をする先生の視線は明らかに泳いでいた。

 

 

 

 

「このオーディションの監督はね、あの時の監督なのよ」

 

「あ……」

 

 

 

 

 先生が私に渋々差し出した一般公募の募集要項の下には私が代理で収録に参加した時の監督の名が書かれていた。

 

――声優の仕事、なめてんじゃねーぞ。

 

 何度も何度も頭の中でこだまするのはあの日の監督の言葉。あの時の監督の言葉、張り詰めた収録現場の雰囲気、そして緊張で何も出来なかった自分、あの苦い日の事は今でも何一つ欠けることなく鮮明に覚えていた。あの日は独りでは何もできなのだと自分の無力さを痛感させられた日でもあったのだ。

 

 そんな苦い思い出があるせいか、思わず監督の名前を見ただけであの日の事が脳裏にフラッシュバックされ無意識に身体が委縮してしまった。そんな私の心境を悟ったのであろう先生は心配そうな表情のまま、私の表情を窺っている。

 

 

 

 

 

「オーディションは明後日だからもし受けるのなら今からでも間に合うわ。後川さん、どうする?」

 

「……受けます」

 

 

 

 

 少しの間が空き、私の口から出たのは情けないほどに震えた声だった。

 今まで受けてきた一般公募も全て落選して、これは本当に最後のチャンスなのだ。その最後のチャンスがよりによって苦い思い出がある監督ではあるが、それでもこのまま逃げて何も変われないまま復活ライブに臨むより、僅かな可能性に私は賭けてみたかった。ここで逃げたら本当に私は変わることができないような気がしたのと同時に、一生後悔しそうな気がしていたのだ。

 

 

 

 

「分かったわ。それじゃあ資料を用意するからちょっと待っててね」

 

 

 

 

 先生は小さく溜息をつき苦笑いを浮かべる。そしてゆっくりと椅子に掛けた腰を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 本当に、これが最後のチャンスだった。

 これで私は今までのように不採用通知を受け取ってしまったら私は何も変われぬまま復活ライブのステージに立つことになる。もしそんな状態でステージに立つと私は死ぬまで李衣菜ちゃんやみんなとの差を埋めることができないような気がしていた。

 デビューのためにも私自身が変わるためにも、このオーディションは私にとってただのオーディションではない。自分の人生を賭けたオーディションと言っても過言ではないのだ。

 

 これでデビューが決まらなかったら声優になるにはキッパリ諦めよう。本来の予定通り大阪に帰って就職を探して、李衣菜ちゃんや他のシンデレラプロジェクトのみんなが輝く姿を指をくわえて見ているだけの生活を送るのだ。オーディションのエントリーを終えると同時に、私は一人胸の奥でそう決めたのだった。

 

 

 オーディションを受けるまでに二日ほどの時間しか私には残されていなかったが、その限られた時間で私は今回受けるオーディションの原作の漫画を古本屋で全巻大人買いをすると、何度も何度も繰り返し読み返した。少しでも作品の世界観やキャラクターの気持ちを読み解き、オーディションの時に作品のイメージを強く思い描けるようになる為だ。

 そして何度も何度も作品の中で生きるキャラクターに自分の想いを照らし合わせ、声を重ねる。それこそまさしく自分がそのキャラクターに完全になりきったかのように。

 

 たった二日間ではあったが、私は今自分が出来る最大限の努力を全て行った。これでもし落選し大阪に帰ることになったとしても、決して悔いはないと胸を張って言えるくらいに。

 

 

 

 

「それでは、後川さん。オーディションを始めさせていただきます」

 

 

 

 

 私に向かい合うようにして座る数人の男性たちの真ん中の椅子にどっしりと腰を構えた男、あの監督が私だけを真っすぐに射抜くような瞳で見つめたままに声色一つ変えず静かに呟く。あの日と同じ、抑揚のない静かな、でも何処か威圧感のある声――……。何度も何度も私の頭の中でこだましていた声だ。

 

 そんな監督の威圧的な雰囲気に思わず怖気付いてしまいそうになる。それでも私は静かに深呼吸をし、監督の射抜くような眼差しをそのまんま返すようにして監督を見つめ直した。

 

 

――ここで逃げたらダメなんだ。

 

 

 怖気づいてしまいそうになる弱い自分を無理矢理奮い立たせる。

 またあの頃のように李衣菜ちゃんの隣に自信を持って立てるようになる為にも、歳を取るにつれ夢を追い続けることが怖くなった自分を振り払うためにも、昔のように迷いなく夢に突き進めていた自分を取り戻すためにも――……。私は逃げたらダメなのだ。自分の限界、周りの目、そして他のメンバーを見て感じる劣等感、そういった不安や恐怖から逃げるのではなく、立ち向かっていかないといけないのだ。

 

 

――立ち向かわないことは負けることだから……。

 

 

 

 

 

「後川未来です。今日はよろしくお願いします」

 

 

 

 

 深呼吸した私の口から出た言葉は予想以上に落ち着いたトーンの声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果は採用の結果のみ一週間前後を目安に電話でご通達させていただきます。不採用の際連絡はございません。

 オーディションの最後に監督自らの口からそう告げられ、私の人生を賭けたオーディションは終わりを迎えた。

 

 そしてそれから一週間、私のスマートフォンに電話がかかってくることはなかったのだった。

 

 

 

 

 


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