伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚   作:OTZ

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第五十八話の中盤からです。
一部引用していますがご容赦を。


番外編 不動の歴史(イッシュ編IFルート)

―2014年 2月21日 午後10時 ストレンジャーハウス―

 

 レッドはフウロと話しているうちに段々とその妖艶な肢体に見とれていく。

 前話していた時はエリカも居たし、それなりに自制が働いていたが、今度は二人きりだ、自然と発情が進む。

 そういう訳でレッドはある行動に出る。

 

「ピカチュウ、ヒトモシ……、ちょっと廊下に出て遊んで来い」

 

 二匹は不思議そうな目をするが、従った方がいいだろうという事でさっさと出て行く。

 

「? どうして下がらせたの?」

「いや……、ヒトモシは暗い空間の方が好きそうだし、ピカチュウはそのお目付けってことで」

「ふーん……」

 

 と言うと、フウロはポケットから携帯を取り出し時間を見る。

 

「もうこんな時間かあ……、じゃ、あたし歯磨いてくる」

 

 この部屋の奥には洗面台がある。

 フウロは立ち上がると、後ろを向き、歯ブラシを取り出すためにカバンに向かう。

 レッドはカバンに向かっている時、フウロの背後から精いっぱい抱きつく。

 その時、レッド自身にフウロの腰あたりの柔らかい感覚が来る。

 その感触に彼は更に気分を高揚させる。

 

「ひゃあ!」

 

 フウロは当たり前だが、突如抱きつかれて狼狽している様子だ。前かがみになっているところを狙われレッドに掬い上げられたので、丁度フウロの体は弓のような形になる。

 

「ちょ……レッド君……な、何……?」

「……」

 

 レッドはしばらくの間、沈黙を守ったまま柔肌の体温を感じ続ける。

 

「やめてよ……、あたしたち別にそういう関係じゃないよ!」

 

 

 フウロのその言葉に、彼は踏みどどまった。

 自分はまだ、フウロに好きだと思われていないんだな……そう思ったレッドは

 

「ごめんなさい……フウロさん」

 

 そう言って、レッドはフウロの体の束縛を解く。

 

「……、どうして? どうして急にこんな事をしたの?」

 

 フウロは責めるというよりも、純粋な疑問の体で尋ねる。

 

「……、魔が差したんです。本当にごめんなさい……!!」

 

 そう言って何もかも振り切るようにして、レッドは部屋から出ていく。

 

「あっ……レッド君……」

 

 フウロは一人部屋に残されるのだった。

 

―廊下―

 

 部屋から出ると、外ではピカチュウたちが下の階で遊んでいた。

 どうやら鬼ごっこをしているようで、ラッタやズバッドが鬼になったピカチュウに追いかけられている。本気で行けばレベル差もあってすぐに捕まえられるというのに、手加減していることは見てとれる。

 そんな微笑ましい光景をレッドは横目にしながら

 

「……、俺、何やってんだろうな……」

 

 とから笑いしながら自分の中途半端さを責める。

 しばらく壁に背をつけて寄りかかり呆然としていると、ライブキャスターが鳴り響く。

 いつものエリカからの電話だろう。そう思ったレッドはすぐに電話を取る。

 

「エリカ……」

 

 通話のボタンを押した瞬間、彼女の美しい顔が液晶に現れる。

 

「こんばんわ! ……、あら、貴方今何処に居らっしゃるのですか? なんだかおどろおどろしい背景が……」

 

 エリカは人差し指をあごにつけて尋ねている。

 

「ああ……ストレンジャーハウスっていう」

「確かタウンマップにそんな場所の記載がありましたわね……、ヤマジタウンの東側に位置していた記憶がありますわ」

 

 やはりエリカの記憶は超人的である。

 

「よく覚えてんな……そうだよ。その通りだ」

「どうして斯様な場所に? 修行の為ですか?」

「あ……ああ、まあな」

 

 レッドは本当のことを言うと後々怖いので、嘘をついた。

 

「修練を怠りませんわね……。流石ですわ! ところで、私、今日何をしていたと思われますか?」

 

 エリカの質問に対しレッドは

 

「はあ? ……、生け花とかじゃないの?」

「それは勿論ですけれど……」

 

 彼女は身をゆすらせる。違う答えを求めているのだろう。

 しかし鈍感なレッドにそんな事が分かるはずもなく

 

「んだよじれったいな……」

 

 と、口では言いながらもそんなエリカも可愛いなとレッドは思う。

 

「分からないならそれはそれで良いですわ! どうせ、そちらに着けばすぐに分かる事ですからー」

 

 と言って、エリカは目を逸らす。

 

「なんじゃそら! いいから教えろって」

「貴方にとっても悪くない話ですわ……フフ」

 

 と、彼女は微笑む。

 

「? 見当もつかないな……」

 

 そんなレッドを見て、彼女はまた笑って

 

「楽しみにしていくださいね! あと、それから今日はきちんとお食べになられましたか? この時期は乾燥している故にインフルエンザなどの病気が……」

「大丈夫。生まれてこの方、体だけは自信あるんだ」

 

 と、レッドは胸を張って言う。本当の事だから仕方がない。

 

「まあ。頼もしいですわ! しかし、から元気は早死にのもとです。休みたいときは休んでください……、もし貴方に万一の事があれば、私……」

 

 エリカは途端に暗い顔になる。レッドはもし近くに居れば頭でも撫でてやりたい衝動に駆られ、液晶がここまで憎らしいと持ったことは恐らくないだろうと思った。

 

「……、あら、貴方? お顔が強張ってますが如何なさいました?」

 

 いつの間にやら衝動が顔に出てしまったらしい。そう思ったレッドは

 

「なんでもない」

 

 と適当に流した。

 

「私がそちらに戻るまではまだまだ時間がございますが……。どうか変な気を起こさないでくださいね?」

 

 エリカは祈るような目になって言う。

 

「変な気?」

「例えば……、浮気等でございましょうか。誓いを立ててくださった貴方に限って左様な事は無いと信じておりますけれど……」

「……、大丈夫。信じろって」

 

 レッドは目を輝かせながら言う。先ほどフウロに抱きついていた時のような淀みは消え失せている。が、内心はやはり申し訳ないという気持ちがある。

 

「……、はい、私も信じておりますわ。夫婦は比翼の如く、それぞれの翼を並べていかなければ立ちいきませんわ。ですから貴方が信じろと仰せになるのであれば……、私も固く信じていきます」

 

 そう言うと、エリカは確信の志が宿った眼をする。

 

「……、おっともうこんな時間か。じゃあな、お休みエリカ」

「はい、お休みなさい、貴方……」

 

 レッドはライブキャスターの通信を切る。

 

「夫婦は比翼の如くか……、エリカさんらしい例えだね」

 

 突如背後より声がしたので、レッドは驚いて後ろを見る。

 

「うわっ……フウロさんか。よく知ってますね」

「まあねー。おばーちゃんが言っていたし。家ってパイロットの家系だからというのもあるけど、鳥系のことわざはよく聞かされてたんだ。ま、あれはことわざというよりもエリカさんなりのアレンジだろうけど」

 

 フウロはそう言うと深く息をつく。その表情にはとくに責めている様子は見られない。

 

「……、フウロさん、さっきは本当に……」

 

 レッドは改めてフウロに陳謝する。

 

「いいよ。知らない人じゃあるまいし、抱きつかれたくらいでキャーキャー言っても仕方ないもんね。それに、分かったでしょ? エリカさんは、レッド君の事……」

「本当に大好きなんだって……、そう言いたいわけですね?」

 

 フウロが言い終わる前に、レッドはそう返した。

 彼女はニコりと微笑んで

 

「そう! ……、それが分かっているんだったらあたしの役目はおしまい。色々あるだろうけれど、二人ならきっと何でも乗り越えていけるよ!」

「いやに言い切りますね……」

 

 レッドは少し気圧された風になりながら、そう返す。

 

「だって、分かるんだもん! そうじゃなきゃここまで来れないし。あと、レッド君、嘘ついたよね?」

「グッ……」

 

 それに言及されると、レッドは痛い腹をさぐられたとばかりに苦い顔をする。

 

「あたしは言わないよ。誤解されちゃうし……、レッド君自身から直接、帰ってきたときにでも言えばいいと思う」

「どうして直接なんです?」

「ライブキャスターはテレビ通話とはいってもやっぱり直接会話するには及ばないよ。誠意をもって伝えるには直接言うのが一番! 間を隔てているかいないかって結構大きいよー」

 

 レッドはその意見に納得する。

 

「なるほど……。了解しました、エリカには直接言いますね。フウロさん、今まで本当にありがとう……何かお礼でも」

 

 レッドはそう提言したが、フウロはすぐに

 

「いいっていいって! こんな誰にでも言える意見で貴方の何かになったのなら、あたしはそれだけで十分嬉しいから! それじゃレッド君、歯磨かないと……」

 

 彼はそういえばと思い立つ。そして彼はもう一つの事を思い出す。

 

「あ……、今日どうやって寝よう……」

「……。そうだったね」

 

 フウロも今の今までさほど考えていなかった様子だ。

 

「俺が外で寝ますよ。なるべくドアの近くに居ますから」

「ドアの近くって……どういう意味?」

「いやその、幽霊が出てきてもすぐ対処できるよう」

「馬鹿にしないで! あたし幽霊なんか全然怖くな……」

 

 フウロは未だに強がっているが

 

「中で散々叫んで、ここのポケモンたちに怖がられてたんですけど」

 

 と返すと、フウロはしゅんと落ち込んで

 

「うう……。でももうお化けいないから平気だもん。で、レッド君が居なかったら調査なんかどだい無理だったんだし、ここは協力に感謝してレッド君がベッドで」

「いいんです! 俺はどこでも寝られる性質なんでそんなに気にしないでください」

「アハハ。そっか、そうだよね。じゃあ、あたしはお言葉に甘えちゃおうかな」

 

 そして、レッドは歯を磨いたのちドアに近い廊下で、フウロはベッドのある室内で寝袋を使って寝ることにした。

 

 

―午前1時 廊下―

 

 この時間になってフウロは寝静まる。

 ピカチュウやヒトモシも遊び疲れて居る様子なので、モンスターボールに戻す。

 レッドは野生のポケモンの雄たけびが時々聞こえてくる中、一人壁に寄りかかって黄昏ていた。

 

「はぁ……。ほんと廃墟だな……」

 

 レッドは砂嵐の中でも天窓から時々見える月を見ながらそう呟く。

 そして彼は、ふとドアの中を覗く。

 中では奥のベッドで髪をとかしたフウロが寝息を静かに立てている。

 そしてそんな彼女を見てレッドは欲情する。

 

「フウロさん……、可愛いな……」

 

 しかし、夜這いをする度胸などレッドにはあるハズもなかった。

 それ故、彼は抱きついた彼女の感触を思い出しながら夜陰の中で一人、エリカに心中で詫びながら勤しむのだ。

 

――――――

 

 あれから一か月半の時が経過した。

 フウロとはその後、それなりに仲良く過ごす。友達からの一線を越える事無く、平穏な仲を保った。

 そして、エリカが用事を済ませたので戻ってくるというエリカからの報せが入り、レッドはカーゴサービスに居る。

 フウロはこの日、ヤマジに用事があると言うのでアララギやベルと一緒に行ってしまった。

 その後、エリカとの再会を果たし、ポケモンセンターへ向かう。

 どうしてこんなに遅れたのかレッドが尋ねる。すると彼女からは二つ理由があると言われ、一つは自らとのツーリングをする為に自転車を練習した為。そしてもう一つは―――

 

 

―4月11日 午後3時10分 フキヨセシティ ポケモンセンター―

 

「あと一つは……これです」

 

 エリカはレッドの目の前に一枚の紙を見せる。

 上には茶色のような帯のマーク、そしてその下には……

 

「こ……これって」

「婚姻届。ですわ」

「俺、まだ16なんだけど……」

 

 レッドは言い返そうとするが、エリカはすぐに

 

「ええ、分かってますわ。ですから、今貴方に書いていただいて……18歳の誕生日に入籍するのです!」

 

 エリカは気分を高揚させているのか、いつもより声の調子が明るい。

 そして下を見るともう妻の欄にはエリカについての情報が書き込まれている。

 しかしレッドは暗い顔をする。

 

「……? 貴方、嬉しくないのですか?」

 

 エリカは不安げな表情をする。

 レッドは意を決したように、声調を強くして言う。

 

「悪いけど……、それは受け取れない!」

 

 エリカにとって予想外の返答だった故か、彼女は目を丸くする。

 

「な……何故ですか? 私はこれほど貴方を愛しているというのに……」

 

 エリカはさらに表情を曇らせる。今にも雨が降りそうなほどに。

 

「……。俺は、エリカに嘘をついちまったからだ……!」

 

 その後、レッドは正直に話した。

 ストレンジャーハウスに行ったのは修行の為では無く、フウロの仕事の手伝いだという事。

 しかし、彼は忘れていたのかわざとだったのかは定かでないが、抱きついた件については言及しない。

 

「……、左様ですか」

 

 エリカはレッドから話を聞いた後、暗い顔をする。

 

「俺は……エリカの期待を裏切っちまった……。だから、結婚を受け入れる資格なんか無い! でも、これだけは信じてくれ! 一時期はフラフラしちまったけれど……、今は自信をもって言える! エリカの事が世界一好きなんだって!」

 

 そう言うと、レッドはこの通りとでもいわんばかりにエリカの前に土下座する。

 レッドの心中は、エリカとは絶対に別れたくないという事である。しかし、これを言ったことでエリカから別れを告げられようと一切抗弁する気は無かった。

 数分ほどの時の後、エリカは静かに言う。

 

「……、貴方、面をお上げ下さい」

 

 エリカの言うとおり、レッドは顔をあげた。

 レッドの眼前にはしゃがんでいるエリカが居る。

 

「……。確かに貴方がそのような行動をとってしまったことは私自身、非常に残念ですけれど……ただ、貴方のお言葉、信じますわ!」

 

 エリカは、そう言うとにっこりと笑う。

 

「……、ど、どうして? 俺はエリカをうらぎ……」

「嫌ですわね……。私は他の女性と枕を共にした場合においてのみ、許さないと申し上げたまで。貴方の場合は(やま)しい事はしておりませんでしょう? そして何より……」

「何より?」

「貴方はこうして、私のもとに戻り……、正直にお話しなさいました。そこまで正直に申してくださるのであれば、私は許して差し上げます。それに」

 

 エリカはすいと胸元にレッドの頭を押し付ける。

 

「わっ」

「聞こえますか……? 私の心音……」

「うん……。すごく早い……」

 

 そう言うと、エリカはレッドを胸元から優しく、少し離して、顔との距離を近くさせる。

 

「私がこれほど胸を時めかせているお人を……、簡単に見放すはずがありませんでしょう?」

 

 と、彼女は聖母の如き笑顔を浮かべる。

 

「……エリカ」

「……、抱いて……ください。一か月半も貴方とお会いしていなければ……、斯様な事をしていないのです……体が切なくて仕方ありま」

 

 エリカが顔を赤くしながら言うと、レッドは最後まで聞くこと無く快楽の世界へと赴くのだ……。

 そして、その後やはり邪魔が入って中断するのであった。

 

 

―――――――――――――――

 

 あれから数か月。

 レッドとエリカはシャガに勝って全てのバッジをそろえ、ポケモンリーグを突破する。その後、ゴールドとPWTで戦い、レッドは惜しくも敗北を喫するが、ラプラスとムウマージの一騎打ちで負けたのだから、観客は皆両方に賞賛の声を浴びせた。

 そしてその直後、プラズマ団が行動を起こし、二人はプラズマフリゲードに乗り込んで、アポロ、アクロマを下す。

 最後の相手は予想だにしなかったオーキドだった。そしてレッドは白死をくらって全滅し、オーキドからこれまでの事は全てオーキドの掌の上で行われた事だと告げられる。その次に述べたことは―――

 

 

―7月19日 午後3時40分 プラズマフリゲード 元ゲーチスの部屋―

 

「笑止といえばもう一つあるのう……。レッド君、君はエリカ君に内緒でフウロとストレンジャーハウスなる場所で密会をしおったじゃろう?」

「……、それが何だっていうんだ!」

 

 レッドはエリカにも話してある事実なので、大して焦らずに応対する。

 

「ふむ……、やはりこの程度では動じぬか。ならばこれはどうかね」

 

 と言いながらオーキドはおもむろに、ゆっくりと一枚の写真を出す。

 そこに映っていたものは、レッドがフウロに後ろから抱きついている写真である。

 

「……、撮られていただと……」

 

 エリカは多少動揺している様子だ。組んでいる手が小刻みに震えている。

 

笊耳(ざるみみ)だのう。言うたでは無いか、君たちの行動は監視しておったと! これはエリカ君に対する重大な背信行為以外の何物でもない! それに加え、君はヒウンでの織部と利休の会話の後、勝手にレッド君はフウロとエリカ君に秘密でライブキャスターなるものを介して通信した!」

「確かにフウロさんと話したことは事実だけれど……、あれは全部エリカの為で」

 

 レッドの反論に対し、オーキドは

 

「宜しい。最初はエリカ君の為だったとしよう。じゃがの、話していくうちに君はフウロと親しくなって……、果てにはフウロの仕事に首を突っ込んだ! レッド君は、心の底からあの時の自分に疚しい気持ちがなかったと……言い切れるのかね?」

 

 そう言われるとレッドは押し黙る。

 

「……、やはり君のエリカ君に対する愛情とはそんなもの」

 

 オーキドが全て言い終わる前に、レッドは静かなる声で話し始める。

 

「確かに……、あの時の俺はフウロに疚しい気持ちがあった」

「ほう」

 

 オーキドは嬉しそうに返答する。

 

「でも、それはあの時の、ふらふらしていた時の俺で……、今の俺は違う!」

「滑稽だのう! ならばどうして今、疚しい気持ちがあったなどとエリカ君の前で悲しむようなことを……」

 

 オーキドが口を挟んだが、レッドは更に続ける。

 

「俺は……決めたんだ。エリカに嘘を決してつかない事に」

 

 その言葉に、エリカの表情が晴れ始める。

 レッドは続ける。

 

「あの時、エリカがこんな俺を許してくれた時……、エリカが優しい母さんのような包容力でこんな俺を受け止めてくれた時……。俺もこんなエリカの夫として恥じない男になる! そう固く決意したんだ! だから、その為に俺はエリカの前では嘘をつかず、正々堂々と本気で勝負をするって決めた。だから、PWTでもエリカの戦い方を参考にしたり、ジムリーダーとの戦いを思い出したりして、一生懸命戦……」

 

 そこまで言ったところで、オーキドは高笑いをする。恐らく嘲笑だろうなとレッドは思う。

 

「ホッホッホ! 戯言を申すのう。ナギも言っておったではないか、どのトレーナーも多かれ少なかれ全力を尽くしているとな! 一生懸命やった。必死に頑張った。死に物狂いでやった? そんなので許されるのはせいぜい小学生までじゃよ、レッド君……! 世の中は全て結果。ワシにも、ゴールド君にも負けた君が言うてもすべては戯言じゃよ!」

 

 オーキドの言葉に対し、レッドは強く反発する。

 

「結果がものを言おうと……。それは俺の誓いには関係ない。俺は前まで力押しでやってきたけれど、今はさっきも言った通り色々考えながら戦っているつもりだ。それが例え、勝利に結びつかなかったとしても、努力は決して裏切らない! 親も親戚も居ないエリカが、今こうして立派にジムリーダーをやっている事からでも分かる事だ」

 

 レッドの答えに対し、オーキドは息を鳴らしながら

 

「フン……。君の言いたいことは分かった。しかしのう、君の言うたとおり、エリカ君は天涯孤独の身の上じゃよ。じゃから強い伴侶を求めておる。君の戦績がワシの一助によって齎された事が分かった上に、その力なくしては後輩のゴールド君にすら勝てない事を全国に知らしめてしまった……、そんなレッド君をエリカ君は……」

 

 オーキドが言い終わる前に、エリカはぽつりと話す。

 

「愛し続けます」

「!」

 

 レッドは振り返る。正直な話、レッド自身これで振られても仕方ないという心境も出始めていたからだ。

 

「……、何じゃと?」

 

 オーキドはわが目を疑っている様子である。

 

「オーキドの言ったことが全て事実だとしても、私はレッドさんを……夫を信じ続けますわ」

「何故じゃ……。どうしてエリカ君は、そこまでレッド君を信じ続けるのじゃ!」

 

 オーキドは段々と調子を失い始めている。

 

「約束を破っているわけではありませんし……。それに、自らの決意を貫き、例え負けても挫けない……そんな男性を、強いと言わずに何というのですか?」

 

 エリカはオーキドに、澄んだ目つきで話す。

 

「馬鹿な……認めぬぞ! 我が一族の娘が感情にほだされ……」

 

 その途中で、右側より大きな爆発音にも似た轟音が響く。

 

「……? 何事じゃ」

 

 オーキドはすぐさまミュウツーを戻し、ワープパネルに乗って、その場所にへと向かう。

 レッドはすぐに全てのポケモンをボールに戻してオーキドについていき、エリカもそれに少し遅れて付き従う。

 

―――――

 

 その後、ポケモンリーグとオーキドの間で一大決戦が行われることとなった。

 そんな戦況を、レッドとエリカは静かに見守っている。

 

―午後5時 プラズマフリゲート 中央広場 左上―

 

「凄いな……」

 

 レッドはそう呟いた。

 

「ええ……」

 

 エリカも感嘆しているのか、答えた後吐息を漏らす。

 

「エリカ……、ごめんな。嘘ついちまって」

 

 レッドはエリカに深く頭を下げて陳謝する。

 

「宜しいのです。先ほども申し上げた通り……、約束は守って頂けたのですから」

 

 エリカはそう言うと、くすりと笑って見せる。

 

「有難うな……。こんなダメな俺を捨てないでくれて……」

「私は、オーキドの申し上げた通り、強い伴侶を求めているのです。それは実績だけでなく、精神的にもお強い方……。そして何よりも私をここまで強く愛して頂いている……そして私自身も未だに恋焦がれております。そんなお方を……捨てる真似などする訳ないではありませんか」

 

 と、エリカは清く明るい笑顔をレッドに向ける。

 

「……。エリカ、大好きだ」

「はい……。さて! 惚気ている場合ではありません! 貴方の手持ちを回復させたらすぐに加勢いたしましょう!」

「おう!」

 

 その後、レッドの手持ちは全快になり、レッドとエリカも加勢する事となったのだ。

 

 

 

 

――――――――

 

 それから一年四カ月。

 戦争は終結し、前のPWTは判定直前に終了したため無効試合とされ再び、2014年の8月に戦ったが、レッドが勝利する。

 そしてレッドがポケモンマスターとして認定された。しかし、やはり彼は旅をしていないと落ち着かない性質なので、リーグに縛られることなくまたどこかを旅する。

 レッドとエリカは入籍し、すぐさま式を神式で行った。流石にこの時には戻ったが初夜の翌日にまた旅に出た。今度はカロス地方を回るのだそうだ。

 エリカもついていきたいと願ったが、流石にリーグからの反発が大きく断念する。

 そして、カネの塔の落成式に出向き、ミナキと会ってマツバの千里眼を失った本当の理由を聞かされるが――――

 

 

―2015年 11月22日 午後4時20分 エンジュシティ―

 

「決まってるじゃないですか。マツバは貴女の事を……大好きだからですよ」

「マツバさんが……?」

「最初あった時から一目ぼれだったみたいでね……」

 

 ミナキの話に対し、エリカは

 

「左様でしたか……。私の為に」

 

 エリカは自責の念に駆られているのか、苦い顔をする。

 

「しかし、どうして私に内緒に?」

 

 エリカは純粋な疑問でミナキに尋ねる。

 

「これはマツバ自身に問いただして聞いたんですが……、エリカさんに、迷惑とかそんな下心で救ったとか思われたくないから……らしいです」

「まあ……なんと……」

 

 エリカは口を手で覆い隠して、その心意気に感嘆の意を示している。

 

「……、しかし、ミナキさん、そこまで内緒にしたかった事……私にお話ししてよろしかったのですか?」

「……、いくら内緒にしろとか言われても……、これじゃマツバが不憫すぎる。千里眼を失って……、自分の体をボロボロにされて……。これじゃマツバがあんまりです。マツバは今気丈に振る舞ってはいるが、心身ともに耗弱の一途をたどっていることは明らか……だからエリカさん」

 

 ミナキはエリカの目をしっかりと見つめ

 

「……、マツバの事、宜しく頼みます」

 

 と深々と礼をした。

 エリカは少しの時間考えた後、

 

「……、ミナキさん。マツバさんはどこにおられるのです?」

「あいつは日曜のこの時間、ジムを閉めて、スズねの小道でたそがれて……」

「有難うございます」

 

 と言って、エリカはカネの塔へと小走りで向かうのだった。

 

「私のやれるべきことはやった……。マツバ、後はお前次第だ」

 

 そう言って、ミナキはスイクン探しを始めるのだった。 

 

 

―午後5時10分 スズねの小道―

 

 エリカは少し汗ばみながらスズねの小道にたどり着く。

 彼女は紅葉を踏みながら、マツバを探す。

 そして、小道をまがった道に、その姿はあった。

 

「マツバさーん!」

 

 スズの塔を眺めていたマツバは少し驚いて後ろを振り向く。

 

「うん? ってあれ……エリカさん!? どうしてこんな場所まで……」

 

 マツバは小走りでエリカのもとに向かう。

 

「カネの塔が出来たとお聞きしましたので……」

 

 エリカは膝を手で押さえながら言う。

 

「あぁなるほど……、それで比較でスズの塔にも……。エリカさんらしいね。あれ……それじゃあどうして僕を?」

「ち……違いますわ! マツバさん……全てお聞きしましたわ」

 

 エリカは澄みきった目になって、マツバの目をしっかりと見る。

 

「全てって……何の全て? もしかして平家物語の作者が……」

「ですから違います! ……千里眼の事ですわ」

 

 そう言うと、エリカは顔の汗をハンカチで拭う。

 

「……、はあ。全くあれほど口止めしたのに……馬鹿野郎……」

 

 マツバはミナキをけなしたが、その表情はそこまで困ってなさげである。

 

「申し訳ありません……。私のせいで、大事な片目を……」

 

 エリカは深々と頭を下げる。

 

「いや、実をいうと千里眼はある程度の修行を積んだ者には、失っても1回限りもう一度ハメこむ事はできるんだけれど……、まあ見えない世界と言うのも面白いと思ってね、断ったよ」

「見えない世界も面白い……ですか。マツバさんにしか言えない言葉ですわね」

 

 エリカはクスリと微笑む。

 

「ふう……。晩秋のこの時期……。全くここは本当に憂いを誘うよね。エリカさんは灯火親しむべきのこの季節に、何か今読んでるかい?」

 

 マツバの問いかけに対しエリカはすぐさま

 

「今は漢籍に親しんでおりまして……『荘子』や『孔子家語』の写本を読んでおりますわ」

「写本か……。全く理系でそこまでの領分に達するのはエリカさんぐらいのもんだろうね。僕は今『日本霊異(りょうい)記』とかの説話を読んでるんだけどさ……」

 

 その後、マツバとエリカはなんとも教養高き話をして、マツバ宅に移り夜遅くまで『伊勢物語の男は本当に在原業平なのか?』『源氏物語の作者は本当に紫式部なのか?』『大和物語の(うば)捨て山の真偽』といった古典に関する議論をするのだった。

 それから、マツバとエリカはアカネとマツバ以上に親しくなった。共同で論文を出して名声を得たほどである。

 疚しい界隈では浮気しているのではないかと言われるほどだが、あくまで親友としての付き合いを深め、不埒な事は一切しなかったという。

 

 レッドとエリカはその後末永く、つかず離れずの間柄を保ち、死ぬまで別れる事は無かったという。

 

 

―番外編 不動の歴史(フウロ編IFルート) 終―

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ストレンジャーハウスに扉は無いって? 
野暮な突っ込みはしないでください……。

これはあくまでIFルートです。
正史はあくまで六十六話なので勘違いなさらぬよう。
まあでも書いてよかった……かな?というのが正直な感想です。



比翼……翼と目が片方だけある想像上の鳥。それ故にオスとメスの二匹が一緒にいなければ飛ぶことが出来ない。

笊耳(ざるみみ)……聞いたことを笊のようにすり抜けて忘れてしまう事。

日本霊異記……日本最古の仏教説話集。今昔物語集等に影響を与える。

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