伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚   作:OTZ

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いよいよクライマックスです


第六十五話 胡蝶の夢

―7月19日 午後3時 プラズマフリゲード 元ゲーチスの部屋―

 

「ホッホッホ……」

 

 オーキドは黒い部屋とは対照的な白衣を着こなしながら、静かに(わら)っている。

 彼の背後にはワイド状のモニタが何枚も敷き詰められている。

 

「どうして……。確かに俺が仕留めたのに……」

 

 レッドは目の前で笑っている博士の姿が信じられない様子である。

 エンジュ騒乱の際、エリカとの取引に応じたと見せかけて拳銃とやらを奪って、三発撃ち込んだハズだとレッドは記憶を呼び起こしている。

 

「愚鈍じゃのうレッド君……。このワシがまともな防具やポケモンも持たないまま戦地に行くような、バカな真似をするとでも思うたのか?」

「……」

 

 レッドはただひたすらに黙る。

 

「あれはいわばワシの仮の姿、クローンだった訳じ……」

 

 オーキドが言い切る前にレッドは口を挟む。

 

「……。あの時の博士がクローンであろうと無かろうと……」

「うん?」

「一度でも俺の女に酷い事をすると平然と言ってのけた男を許すわけにはいかない……、何度でも実力で仕留めて見せる」

 

 オーキドはレッドの息まきに対し、戯言でもうけとったかのように

 

「……実力かい……。良かろう、この際固いルールは抜きじゃ。君の手持ち、全てワシにぶつけてみると良い!」

 

 彼は軽く受け流したと思いきや、それ以上に大きな挑戦を吹っかけてきた。

 

「全部の手持ち……? 正気ですかアンタ!?」

 

 レッドは予想外の提案に目を見開かせて驚く。

 

「そして、ワシはこれ一体で戦う。いでよ! ミュウツー!」

 

 オーキドはミュウツーを繰り出した。

 

「! まさかハナダの洞窟からミュウツーが雲隠れした要因は……」

 

 エリカはひらめいた視線をオーキドに送る。

 

「他ならぬワシじゃ。捕まえるのはそれなりに苦労したがの」

 

 オーキドはホホホとまたも嗤う。

 

「……、いいさ、伝説のポケモンだろうとなんだろうと、俺は……」

 

 レッドはポケモンが入っているモンスターボールを手に目いっぱい広げ、即座に繰り出した。

 

「全力で貴方を叩き潰し、くだらない争いを終わらせ、笑ってカントーに帰ってやる!」

「ホッホッホ! ……、良いのぅ。良い意気込みじゃ。気に入った、君から指示を下すと良い……」

 

 オーキドの先ほどのからの言動に何かを感じたのかエリカは

 

「貴方! 挑発に乗ってはなりませんわ! 全部出すことを許すなど明らかに敵の罠……」

 

 エリカは身振り手振り出来るだけ使って、必死に再考を求める。しかし、彼女が全て言い終わる前に、レッドは

 

「止めるなエリカ。俺は全力であいつを潰して……、エリカと本当に結ばれるんだ」

「!」

「俺、思うんだ。博士を倒さなきゃ……、俺たちの関係に平穏は訪れないってな! だから俺はあらんかぎりの力を持って……下すんだよ!」

 

 レッドが十二分に決意を籠らせた声で言うと、エリカは

 

「……、そこまでの闘志があるのでしたら私がとやかく言う義理はございませんわ。ご武運をお祈りいたします」

 

 と言い、エリカは引き下がる。

 

「ククク……、のろ気とるのお」

「うるせえ。博士、あんたの暗躍はここまでだ! 俺がふんづかまえて、審判の場に引きずり出してやるよ! お前ら! ミュウツーに向かって一斉に暴れやがれ!!!!」

 

 レッドの大喝ともとれる指示で、ポケモンたちは一斉に動き始める。

 ピカチュウがミュウツーのもとまで残り数十センチとなったところでオーキドは静かに指示する。

 

「ミュウツー、白死だ」

 

 オーキドのその一言で視界は真っ白になる。

 あまりにも眩い光線でレッドとエリカは目を覆い隠す。

 数十秒ほどたって、光は収まり、レッドは静かに目を開く。

 開くと、先ほどまであれほど猛々しく襲い掛かろうとしていたすべてのポケモンが、嘘のように倒れていた。

 

「お……、お前ら……嘘だろ?」

 

 レッドはその光景に膝を折って落胆とする。

 

「あれほど息巻いても……、所詮はこの程度か……がっかりじゃのう」

「てめえ、汚い手を使いやがって!」

 

 レッドは大事なポケモンをこのような手法で全滅させられたので大いに憤慨している。呼び方まで変えるほどだ。

 

「汚い……? 白死はサイコブーストと言うデオキシスしか覚えぬ技をミュウツーに適合し、PPは一回の代償にちょいと威力を強めただけのワシ特製の技じゃ。新技の範疇じゃよ」

 

 オーキドはレッドの反発を冷たく切り返す。

 

「だからそれが汚いと……」

「レッド君。お主は新しい地方で見つかった技にもそのようにケチをつけるのかね? そのような狭量な器ではいつまで経ってもワシ抜きの力では強敵に勝つことは出来ぬぞ」

 

 レッドは最後の言葉に反応し、

 

「……、どういう事だ。あんた抜きの力って……」

「今までおかしくは思わなかったのか? 最後のターン等の都合のいい時だけ当たる大文字、都合よく相手の技をかわすポケモンたち、都合よく急所にあたったり追加効果の出るポケモンたち……、一回として疑問を抱かなかったのか?」

「……!」

 

 レッドは今までの戦いを想起する。

 確かに命中が低い技なのにここぞというときは当たっていたという印象があった。その他にも色々と考えているうちにオーキドは言う。

 

「強敵に関してだけいえば、全てワシが君の図鑑に仕込んでいるカメラを通じて遠隔で催眠などをかけて相手ポケモンの思考や行動をうまい具合に制御し、場合によってはレッド君のポケモンを操作し……、ワシが尋ねるまで疑いを持たぬようになるだけギリギリの状況で勝たせたのじゃよ!」

 

 レッドはその発言に愕然とせざるを得なかった。エリカは落ち込むというよりも、ひたすらに思案を巡らせている様子だ。

 そして次の言葉が出る。

 

「一体、誰の時に……」

「ワタル、シロナ等のチャンピオンはもちろん、我が孫のグリーン、ホウエンのナギやフウとラン、シンオウのトウガン、そしてお主がかなり苦戦したヤナギやシャガ、最後にセキエイで戦った時のゴールドじゃ!」

「……!」

 

 レッドはさらにうちひしがれる。

 

「……、一つお聞きしてもよろしいですか?」

 

 エリカはオーキドに尋ねる。

 

「なんじゃね、エリカ君」

「どうして、PWTで戦ったとき、その催眠などの方法で夫を勝たせなかったのでしょうか?」

「もう用が済んだからじゃ。手に入れたい情報は全て入手できたからの」

「……、いったい何のためにです?」

 

 エリカは更に追及する。

 

「それは直に分かるわい。さてレッド君……」

「証拠は……」

「うん?」

 

 オーキドはやらしい声調で答える。

 

「証拠はあるのかよっ!!」

 

 レッドは直立してオーキドに詰め寄る。

 

「証拠……? 笑止な事を言うのう……、PWTでゴールド君と戦った時の君の戦術。それが全てじゃよ」

「んだと……!」

「君の戦いぶりは、全て力押しで何の面白味もあったものではない。レッド君がヤナギに敗れたとき、あいつの言っていることはまさに的を射ておったのう……、あいつの慧眼ぶりには昔から驚かされたものじゃ。それはさておき、そんな戦術で、君は本気で全国を制覇しきれると思ったのか?」

「グ……ッ!」

 

 レッドは思い当たる節があり過ぎるので黙ってしまう。

 

「答えは君自身が一番わかっておるというのに……愚かな限りよ。それにしてもゴールド君は素晴らしいのう。カスミとやらを振ったのちは修行に身を入れ始め、シルバーというライバルに敗北を喫したのちはさぞかし頑張っただろう……。じゃからセキエイでの戦いを画面越しで見た際、これは負けるじゃろう……とワシは思い、調整した訳よ!」

「……」

 

 レッドはひたすらに黙る。

 

「そうそう、ゴールド君、PWTで戦ったときポリゴン2がおったのう」

「それがどうした……」

「あれはワシの送り込んだ君に対する刺客じゃ」

「!」

 

 レッドはオーキドの言葉に目を見開かせる。

 

「ゴールド君含め、エンジュにいなかった連中はワシの所業を知らぬからのう……、イッシュに到着したゴールド君に会って渡すのは訳もない話じゃった。しかしまあ……あそこまで強力にするとはのう。奇貨()くべしという先人の言はバカに出来ぬ物じゃな、レッド君よ!」

「……おい、エリカ、どういう意味だ」

 

 レッドはエリカに耳打ちする。

 

「奇貨とは潜在的な価値を秘めているものの例え。居くべしというのは手元に置いておくという事で、機会を逃さずに上手く利用するという意味の故事成語ですわ」

 

 と、エリカはいつもよりは元気のない声で答える。

 

「全くこれしきの言葉も知らずにエリカ君と結婚するつもりだったのか……、全く笑止だのう! 笑止と言えば、もう一つあるのう。レッド君、君はフウロと言うフキヨセのジムリーダーと夜を共にしとったじゃろ?」

 

 オーキドの発言に対し、レッドは反射で

 

「ち……違う! あれはフウロに誘惑されて……!」

「ほほう、あったということは認めるのじゃな?」

「……、い。いや無い!!」

 

 レッドは大いに慌てている。

 エリカはレッドの浮気の件について聞かされ大いに動揺している。手は震え、わずかに冷や汗をかいている。

 

「まあ良い、すべてはこの中に入っておる」

 

 そう言いながらオーキドは、懐よりICレコーダーを出す。

 

「……!」

「君の図鑑の中には小さな監視カメラが仕込まれておる。一部始終バッチリ記録させてもらったわい!」

 

 と言って、オーキドは下卑た影のある笑顔をしながらポチりと再生ボタンを押す。

 

『……、エリカとは別れる!』

 

――

 

 およそ数十分。フウロとの同衾が始まる寸前まで聞かされてレッドは途端に叫ぶ。

 

「ふざけるな! これはあれだ……、俺を陥れるためのアフレコだろう!」

「ほう、よくぞその言い訳を思いついたのう……」

 

 そしてオーキドはすかさずリモコンを取り出し、続いてその先の映像を、背後のモニターに映し出す。

 同衾から先の映像だ。

 

「!」

「別に透視機能を使って最初から映しても良かったのじゃが……、レッド君行為に夢中になり過ぎて図鑑をベッドの上に落とし、落としたのも気付かずにフウロの体に溺れておったようじゃ……。好都合じゃからそこから映しておる」

「グッ……」

 

 フウロの嬌声とレッドの低い声が室内に響いた……。

 

――

 

 およそ10分後、映像は途切れる。

 が、レッドは往生際の悪さをみせつけたいのか否か、またも反発する。

 

「ど……どうせこれも合成だろ! でたらめばかりやりやがって!!」

「ほう……、証人はおるぞ?」

「ハァ!? 証人?」

 

 レッドは冷や汗をかきながらそう答える。

 

「人ではないがな……、君たちの行為を見ていたものがおるのじゃよ! それは……」

 

 オーキドは一番最初のシーンを映し、カメラを90度右に傾ける。

 そして少し開いているドアの隙間を拡大し、解像度を上げる。

 するとそこには

 

「ピ……ピカチュウ!?」

 

 レッドは倒れているピカチュウに目をむける。

 

「お前……、見ていたのか?」

「……」

 

 ピカチュウは倒れたままの状態で目を開けたが、うんともすんとも答えない。

 

「レッド君、君は積年信頼しているパートナーが見たことを疑うというのかね?」

「……」

「そうじゃろう。この事は紛れもない事実なのじゃ。君はエリカ君という人が居ながら、その愛を一身に受けておきながら!! 刹那的な享楽を欲するが為にその愛を裏切ったのじゃ!!」

 

 オーキドは先ほどまでの穏やかな調子とは打って変わって、大いに怒りの感情がこもった声で接する。

 

「……」

「最早返す言葉もなしか……。ところで今わしが弾劾したこと……、ツクシやアカネ等と言った連中はもう知っておるぞ」

「は……はい?」

 

 レッドは更に訳が分からなくなり、そう返さざるを得なかった。

 

「どうやらワタルがアジトを突き止め、別働隊を送り込んだらしいのう……」

 

 と、言いながらオーキドは9番目のモニタに録画済みの映像を全部のモニタに拡大して映す。

 

「……っ!」

 

『なんやねんこれ! うちらはこれまで……全て泡影を見ていたに過ぎんかったのか!?』

『信じられない……あのレッドさんがこんなことをしていただなんて……』

『……最っ低』

『…………、軽蔑するよ、レッド君』

『…………』

 

 色々な感情の籠った声が直接ではないものの、レッドに向けられる。

 数日前まで自らに微笑みかけてくれたりしていた人が、今や憎悪と軽蔑の目線を向けているのである。

 レッドは自省よりも先に、一刻も早くこんな所から逃げ出したいという気持ちでいっぱいになっていた。

 

「……」

 

 レッドが絶望に打ちひしがれている表情になると、オーキドは更に話し始める。

 

「にしてもレッド君……、わし自身もフウロにエリカ君を捨ててまで入れこむとは思ってはおらんかったよ……。この件に関してわしは一切関与しておらんぞ」

「嘘だ……っ! 博士が俺の心を動かして……!」

 

 レッドは苦し紛れの言い訳をする。最早、エリカの目には光はおぼろげにしか宿っていない。

 

「たわ言はもう沢山じゃ! レッド君、君はフウロと閨を共にしてしまった時点で、歴史を動かしてしまったのだよ……! エリカ君と結婚するはずだった歴史を……の」

「……」

「もう、何も抗う気は無さそうじゃな。さあ、今度こそエリカ君を渡してもらおう。君にエリカ君を任せる権利など微塵もありは……」

 

 オーキドが言い終わる前に、レッドは最後の”わるあがき”をみせる。

 

「どうして……そこまでしてあんたは俺を追い詰め! エリカを欲しがるんだよっ!!」

 

 オーキドはレッドの問いに対し

 

「君を追い詰めるのは、ワシからエリカ君を奪った代償として、その絶望と憔悴に満ちた顔を見る。その事を心の底から渇望していたからじゃよ……!」

 

 と、満面の笑みで答える。その顔は、普段の博士と何も変わりはないとレッドは思ってしまう。

 

「そして、エリカ君を欲するのはワシの生き別れの妻の生き写しであるという事……、そして何より! エリカ君はワシの……」

 

 最後まで言い終わろうとしたところで、右側より大きな爆発音にも似た轟音が響く。

 

「……? 何事じゃ」

 

 オーキドはすぐさまミュウツーを戻し、ワープパネルに乗って、その場所にへと向かう。

 レッドはすぐに全てのポケモンをボールに戻してオーキドについていき、エリカもそれに少し遅れて付き従う。

 

―午後4時30分 プラズマフリゲート 中央広場―

 

 レッドとエリカは、オーキドの姿の見えるところまで行く。

 そして、オーキドの姿が見え、止まっている場所に到着する。

 止まっている場所は、例のパイプ迷路の奥の広い場所だった。

 そしてレッドはオーキドが視線を向けている方向に目を向けると、そこには一部を除いた全国のジムリーダーが一堂に会していた。

 何人かはレッドに軽蔑の視線を向けているが、大体は真剣な表情で、ポケモンを出して待機している。

 

「皆……」

 

 レッドは小さく呟く。

 

「ほほう……、みな御揃いで何の用かね? パーティーでもするのかの?」

 

 オーキドがそんな様子ですっとぼけていると、一人の老人が前に出る。

 白い頭にマフラー、青色のコート……、そう雪柳斎(せつりゅうさい)の異名を持つジムリーダー・ヤナギである。

 

「こんな状況にまで追い詰められても大層なたわ言を吐くのう……オーキドよ。その豪胆さは相変わらずよの」

「……、ヤナギか。こんな大所帯引き入れて何の用事かね」

「決まっておろう。貴様を倒しに来たのだ。オーキド……!」

 

 ヤナギは強い口調で、何者をも凍てつかせる眼光を走らせてそう言う。

 

「ホッホ! やはりパーティーの準備しに来たのか!」

「何がおかしいのだ」

「決まっておろう……、君ら全員、血祭りにあげて頭蓋を薄濃(はくだみ)にし、肉を(なます)にしてワシの酒宴を開く……。その食材として来たのだなという事じゃよ!」

 

 その言葉であまり耐性の無いジムリーダーは足を(すく)ませたり、中には涙目になってしまう者もいた。あまりにもオーキドの目が血走っており、本気だったという事もあるだろう。

 

「落ち着けい! 狂人の戯言ぞ! 本気で受け取るな!」

 

 ヤナギは首を後ろに向け、そう言い、ジムリーダーたちを叱咤する。

 

「ほう……、果たして戯言で済むかのう……?」

 

 オーキドは影のある笑いをしながら言って見せた。

 

「オーキドがワシの首を取るか、ワシがオーキドの首を刎ねるか……、五十年来の決着、今ぞつけようではないか! 行け、マンムー! トドゼルガ!」

「2対1か……ま、それぐらいのハンデはくれてやろうぞ。行け、ミュウツー」

 

 ヤナギは伝説のポケモンが出てこようと、狼狽(うろた)える様子は見せず

 

「短期決戦で済ませるぞ! マンムー! トドゼルガ! ブリザードだ!」

 

 マンムーとトドゼルガは力を合わせて、力の限りの吹雪を噴出する。

 やがて吹雪は強風を味方につけ、暴風雪に形を変えて、ブリザードとなる。

 ブリザードといえど、光に照る雪のきらめきは見る者を魅了させるには難くない。感嘆の声があちこちから漏れだす。

 

「フン、ブリザードか……。ミュウツー、衝撃波じゃ! 弾き返せ!」

「クッ、愚かな! そんな力では我がブリザードは……」

 

 ミュウツーは自らに雪が数粒ついたところで、指先から衝撃波を出す。

 衝撃波は大量の雪をモーセの海開きならぬ雪開きの現象を見せ、やがて出した二体に衝撃波の洗礼がやってくる。二匹はなんとか生き残るが相当なダメージを喰らう。

 ヤナギはその瞬間、信じられないとでも言いたげな表情をし

 

「う……嘘であろう? あのブリザードがたった一撃で呆気なく崩壊するだと……!?」

「終わりかの? ならばこっちの番じゃ! ミュウツー! マンムーにサイコキネシスじゃ!」

 

 ミュウツーは大いに念じ、途轍もない破壊力の念波をマンムーに送ったその瞬間。カイリューが止めに入った。

 

「!?」

 

 ヤナギはわが目を疑う。因みにこのカイリューはマルチスケイルのようでそれほどの痛手ではなさそうだ。

 そしてすかさずヤナギの目の前にマントが見える。

 

「ヤナギさん! ここまでお疲れ様でした!」

「ワタル……殿? どうしてここに?」

 

 ヤナギが突然のワタルの登場に戸惑っていると、ガブリアスがミュウツーにドラゴンダイブを仕掛けている。そして、今度は黒い服の女性がヤナギの眼前に現れ

 

「船内を探っていたらロケット団の幹部や下っ端どもに足止めを喰らってしまい、遅れてしまいましたが……。ここから先は私たちが戦います! ヤナギさんは無理をなさらず後方にお控えください!」

「何を言う。私の獲物であるぞ」

「ヤナギさん……いや、理事長! オーキドは貴方の敵と言うだけではなくリーグの敵です。リーグの敵の親玉は……、親玉も仕留めに入らなければ格好がつかないでしょう?」

 

 ワタルはにこりと笑いながらヤナギに語りかける。

 

「クッ……、理事長か……何年振りかのう。そう呼ばれたのは」

「ここから先は私たちの世代です……! ヤナギさんが内国で最強のトレーナーである事は十分に認識していますが……組織は常に新しい風が吹かなければパサパサになってしまいますわ! ですから……私たちでもやれるという所! 見ていてくださいっ!」

 

 シロナが強い口調で言うと、ヤナギはクククと含み笑いをしながら

 

「私も老いたのう……。こんな若造どもの言葉に心動かされるとは……。なるほど組織は常に新しきを渇望せねばならぬか……。しかしのうシロナ女史、組織と言うのは皆で成り立っているものではないのか?」

「それは……つまり?」

 

 シロナはヤナギに尋ね返す。

 しかしワタルはすぐにヤナギの言っている意を解したのか

 

「なるほど……、組織は皆で成り立っている……、ならばリーグの敵は構成員皆で立ち向かうべきだと……、そう仰せになりたいのですね?」

 

 そう言うと、ヤナギは黙って頷き

 

「左様。流石は皆を背負って立つ理事長よ。これならワシの後もしかと任せられそうだの……。最初はワシ一人で行こうと思うたが、この化け物は……どうやら私一人の手では手に負えぬようだわい」

 

 と更に笑って見せる。

 

「了解しました! 先人の言に逆らう訳にはいきません! 皆! 一斉にミュウツーに攻撃を仕掛けろ! 総攻撃を命ず!」

 

 ワタルの一声で、ジムリーダーのポケモンたちは一気に動き出す。

 

 その様子を見たオーキドは

 

「ホッホッホッホッホ!!!! 笑止笑止笑止!! レッド君よりも何倍もポケモンが居るからと同じ手を使っても無駄じゃよ! 何故ならば君らの戦闘データは全て解析済みじゃからのう!!」

 

 オーキドのその言葉にワタルは振り返り

 

「何だと? そんなバカな……」

「ワシが何も考えずにレッド君の戦いを見たと思うたのか! 戦ったジムリーダー、四天王、チャンピオン、すべての戦闘データを記録し、分析、解析を済ませ、このミュウツーやほかの伝説手持ちポケモンに対応させた! 何千何万というパターンを叩きこませたこのポケモンの前には全ての攻撃は塵と同じきものよ! シャガやヤナギで一回敗けさせたのは必殺技のデータを取るための他ならぬわ! そしてこの千里眼で思考は全て丸見えよ!」

「バカね! 私たちがそんな一パターンの技しか用意してないと本気で思っているのかしら? ミカルゲ! ミュウツーに悪の波動!」

 

 シロナはそう言ってオーキドの論を崩そうとしたが、ミュウツーはひょいと避ける。シロナは予想外の事態に目を見開かせた。

 

「バカなのはそちらじゃ! そのポケモンを使っている限り、ミュウツーのパターン回路の範疇よ! ミュウツー! ミカルゲに……」

 

 オーキドがそう言ってミカルゲを倒そうとすると、

 

「ウルガモス! ミュウツーにむしのさざめき!」

 

 ミュウツーは突如自らに襲った騒音に耳を苛ませ、身をうずくまらせる。

 

「!?」

 

 何が起こったのかと、オーキドは攻撃のきた右側に目をやる。

 そしてそこには……

 

「ほほう……、ならば、パターン外の攻撃を喰らえば……如何かね?」

 

 ライオンを彷彿とさせるたてがみ、モンスターボールを何個も首にぶら下げた風来坊な男がやってきていた。

 

「ア……アデクさん?」

 

 たまたまアデクの近くにいたフウロが驚きながらアデクに言う。

 

「おおフウロか。久しぶりだのう。それはともかく、イッシュの危機と聞いて、飛んでやって来たわけよ」

 

 アデクが言っていると、更に後ろから

 

「予感は的中したな……、このような悪辣非道な者……、許さぬぞ! 人間の屑め! このハチクが成敗してくれるわ!」

 

 ハチクの叫びと共にツンベアーが咆哮をあげる。

 

「あたしも忘れちゃ困るよ!」

「僕たちだって!!!」

 

 三兄弟やアロエも来ていた。

 

「いくぞ者ども! オーキドを倒し、イッシュにもう一度平安をもたらすのだ!」

 

 こうして引退したジムリーダー達のポケモンも一斉にミュウツーの元へと襲い掛かる。

 ミュウツーはパターン外の攻撃を多く仕掛けられた為、脳が混乱しまともな攻撃が出来なくなってたちまちボコボコにされるのだった……。

 

「チぃ……、こうなれば一か八かじゃ! 行け、カイオーガ! デオキシス……」

 

 

 その一方、盛り上がっている戦場から少し離れた場所で、すっかり冷え切った二人が居た。

 

「……、うわ……凄いな……」

「ええ……」

 

 エリカは力なく答える。

 

「な、なあエリ」

 

 レッドが言い終わる前にエリカはレッドの前に出て、バックをレッドの方に放り投げる。

 

「……」

「おい、エリカ……これは一体何の」

「貴方……。私、オーキドの話がどこまで本当かはまだ頭の整理が仕切れていないので分かりかねますが……ただ、これだけは言えます」

 

 レッドはエリカの次の発言に注目する。

 そしてエリカは光を失った眼をレッドに向け、うっすらと白雪のような笑みを浮かべながら

 

「貴方と過ごしてきたこの一年と半年は全て……、オーキドという蝶が見せた夢……胡蝶の夢だったのですわね」

「……、おい。それって」

 

 レッドの反発すら聞く気がなくなったのか、エリカは懐にしまってあった婚姻届をすっと取り出して

 

「”貴方”……そうお呼びするのも……此度が最後です」

 

 といいながら、エリカは婚姻届を丁寧に1回、2回、3回……最後には散り散りにして虚空にへと送る。

 

「さようなら」

 

 と言って、エリカはレッドの元をスタスタと立ち去る。向こう側にいるジムリーダーの方に向かうようである。

 

「おい! 待てよエリカ! エリカァァァァ!!」

 

 たとえ声が()れるほど言おうと彼女は一度も振り向くことは無かった……。

 レッドは放心状態になりながらバッグを開け、中を検分する。

 その中には、花柄のハンカチ等といった小物や、一度も使われる事は無かった折り畳み自転車等があったが、レッドは一枚の写真を取り出す。

 これは、ジョウトにいたころ、氷の抜け道のカメラおやじに撮ってもらった写真である。

 レッドの肩にはピカチュウが乗り、エリカは少し恥ずかしそうに手を前に組み周りにはそれぞれの手持ちが思い思いのポーズをとっていた。

 

『まあ! よく撮れてますわね!』

『そら、プロのフォトグラファーだからな……』

『貴方のお顔、とても可愛いです! これは家宝にしなくては……』

 

 そういえばあいつ、あの時、写真に夢中で転んじゃってたんだっけ……。あの時のエリカも本当に……可愛かったなあ。等とレッドはその頃の会話と様子を思い出し、その思い出に浸りながら一人涙するのだった。

 

 

 

  

―第六十五話 胡蝶の夢 終―

 

 






胡蝶の夢……道家の一人、荘子がうたた寝をしていた時、荘子は夢の中で蝶(胡蝶)となり、ひらひらと舞っていたという。そうしていると目が覚める。目ざめた彼は今自分が蝶なのか荘子という人間なのか判別が一時的につかなくなったという。
その故事から、夢と現実の区別がつかなくなる事、人生は儚いものであるとの意味を持つ。出典は『荘子』

しかし、本文内ではエリカはレッドとの一年半の旅は全てオーキドという胡蝶が誘った夢であるとしてすべて切り捨てたという解釈が妥当です。

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