伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚   作:OTZ

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今回は視点移動多めです


第六十四話 虎鳥の咆哮

―7月17日 午後5時頃 プラズマフリゲード 船首―

 

 プラズマ団はシャガがソウリュウシティを留守にしている時を見計らったかのように襲撃し、首尾よく遺伝子の鎖を奪う。

 そして、今現在、ジャイアントホールに向かって船を進めていた。

 ゲーチスは船の先端で北東の山地を見下ろす。その後ろには幹部数名と50人程の下っ端が控えていた。

 

「クク……これでワタクシの計画は成就する! 邪魔な連中もロケット団の力を借りれば一瞬にして雑兵と化し、離散していくだろう。アポロよ! ソウリュウでの指揮、見事でした、成功の暁には……」

 

 しかし、アポロは一言も答えない。

 怪訝に思ったのか、ゲーチスは目線を大地からアポロの方に移す。

 

「どうした? 喜ばないのですか?」

 

 ゲーチスの問いかけに跪いていたアポロは黙って立ち上がる。

 そして、アポロが黙って右手を上げると、控えていた下っ端が一斉にプラズマ団の制服を脱ぐ。そして脱いで現れたのは大きなRの赤マーク。

 

「!? ……、如何なること」

 

 ゲーチスが当惑していると、すかさずロケット団ボスのサカキが現れた。

 

「ご苦労だったな、ゲーチス殿。用は済んだ」

「……? 用ですと?」

 

 ゲーチスが焦りを見せ始めていると、アポロが言う。

 

「まだ分からないのですか。貴方は踊らされていたんですよ」

「ワタクシが……? そんなバカな事有り得るはずが」

 

 ゲーチスが反発すると、サカキが

 

「有り得たんだよ。この状況を見てみろ」

 

 そういうとゲーチスは漸く状況を理解したようで、冷や汗が見え始める。

 

「っ……! この船内にはこれ以外にも数百人の団員が居ますぞ。本拠のヒウンでもないところでこんな事を起こせばあなた方など一たまりも……」

「残念だが、この船も、あんたの腹心のアクロマも我々の手の内だ」

 

 サカキは冷徹な声で言う。

 

「……! バカな……」

 

 ゲーチスは信じられないとでも言いたげな目を船床に向ける。

 

「全くいい火付け役でしたよ、我々が動くよりもあなた方が動いて、そしてこのように行動を起こしてくれた……。貴方のおかげで我々は非常に動きやすかったですよ」

 

 アポロは皮肉交じりにゲーチスに話す。

 

「そんな……どうしてワタクシの僕がワタクシの世界を征服をするという崇高な理想に共鳴するのではなく、貴方がたのようなポケモンを利益の道具にするという邪で野蛮な連中につき従うのです!」

 

 ゲーチスの本音が出てくる。

 サカキはそれに対し

 

「野蛮で邪……。ゲーチス殿のポケモンを解放するなどという気宇壮大で滅茶苦茶な計画よりも、人というのは『利』を取るものだ。我々ロケット団は世界を伝説のポケモンではなく、強大化させたポケモンを用いて世界中の人間を力で以て支配する。”センセイ”が手下にその強大化させたポケモンを使わせているからな。現実味を持たせて私の方になびくのは時間の問題だったわけだ」

「違う! 下っ端どもはそんなまやかしなぞ通用……」

 

 ゲーチスが言い終わる前に、サカキは言う。

 

「言っただろう? 私はいつでも一本気だと。誰かを利用する事はあれど靡く事はないのだ。ゲーチス殿。あんたは私の掌の上でワンワン吠える走狗(そうく)に過ぎなかったって事だ。用が済んだらもう餌をやる義理はねえ。餌が恋しいんならこちらについて下っ端からやっていく。そうでないならここから飛び降りて肉塊にでもなると良い」

 

 そこまで言い終わると、ゲーチスは笑い始めて

 

「ククク……。笑止! このワタクシが裏切り者に与するものか! ワタクシに盾をつくのであれば、力で捻じ伏せるのみ!! 行きなさい! サザンドラ!」

「……、痴れ者め。アポロ、やれ」

 

 サカキはそう指示すると、ゲーチスに背を向け船内にへと戻る。

 

「ハッ! 行け、ヘルガー!」

 

……

 

「そんな……。またしてもワタクシの目論見が崩れる……!! いいやあり得ぬ! そんなことは断じて」

 

 ゲーチスが敗れ、そんな事を言っているとアポロは冷徹に

 

「現実を直視できない愚か者……。おい! 牢に押し込めておきなさい! ヴィオという者の隣にでも!」

 

 ゲーチスは両腕を掴まれ、船内に引きずり込まれようとしてもゲーチスはまだ叫び続ける。

 

「アポロめっ! 一度は私に従う素振りを見せておきながらこのような所業を起こすとは」

「忠臣は二君に仕えず……それに、潜入の口実も分からないような愚かな人に仕えるなんて、あり得ませんよ。私の主は今も昔も……サカキ様ただ一人です」

 

 アポロが切り捨てると、ゲーチスは最後とばかりに

 

「絶対に許さぬ! ワタクシは何度でも蘇り、必ずやプラズマ団の再興を……」

 

 とまで言うと、ゲーチスは船内に隠れ、やがて聞こえなくなる。

 アポロの横にいた同じ幹部のラムダは尋ねる。

 

「……、殺さなくて良かったのかい?」

「あの男は殺すより、一生狂態を晒して笑われ者になった方が絵になりますよ」

「ケケッ、顔に似合わず、酷い事を言うじゃねえか」

 

 ラムダは下卑た笑いをしながら言う。

 

「もしかすると……、あの男の性質が少々うつってしまったかもしれませんね」

 

 そう言うとアポロはくすりと笑って、船内に戻っていくのだった。

 

 

―同日 同時刻 ホドモエシティ PWT裏口―

 

 事件発生後、レッドとエリカはなんとか合流して、PWTの裏口に来ていた。

 因みに避難勧告が出ており、住民は全員屋内にいる。

 

「……、一大事になりましたわね」

「ああ。取りあえずおおもとのプラズマ団をどうにかしないと……」

「にしても何処に参れば」

 

 そんな事を話しているとレッドのライブキャスターが鳴り響く。

 

「はい……、あれ、アクロマさん?」

「聞きましたよ。そちらは大変そうですね」

「……、何の用事ですか?」

 

 レッドは少し不機嫌そうに尋ねる。

 

「プラズマ団が何処にいるか、気になりませんか?」

 

 レッドはその発言に驚いて

 

「!? ……、アクロマさん貴方もしかして」

「セイガイハ南方にある海の洞窟を、東側に抜けた先にいってごらんなさい」

 

 そうとだけ言われると、アクロマは途端に通信を切る。

 その後、すぐにライブキャスターが鳴る。

 

「はい……ああワタルさん」

「聞いたよ。プラズマ団が行動を起こしたんでしょ?」

「流石、お耳が早い事で」

「まーね。こちらもシロナ君と連携を取りながらジムリーダーと四天王とか……とにかくかき集めてリーグの総力を挙げてそちらに向かうけどそれには時間がかかる! レッド君にエリカ君。君たち二人はプラズマフリゲードの在り処を調べてなるべく時間を稼いでくれ!」

 

 とワタルからの指令が下る。

 

「はい! ……、あれもしかしてプラズマフリゲードの場所把握していないんですか?」

「出来る訳ないだろう! あれは飛行する要塞だ。何処を飛んでいるかの情報が無いと……」

「あの……、これは不確かなんですけど、セイガイハシティの南に海の洞窟と言うのがあるんですが……そこの東に抜けた海の所にあるそうです」

 

 その発言にワタルは大いに反応し

 

「おお! 不確かと言えどその情報は助かるよ! で、どこからその情報を?」

「アクロマさんから電話がかかってきて……」

「何ぃ! 君たちアクロマという人物と接触していたのか……。いやいや有難う! 恩にきる! それじゃ、健闘を祈っているよ!」

 

 その後、すぐにワタルとの交信は切られる。

 

「ワタルさんも忙しそうだな……。まあ当たり前だけど」

 

 レッドはライブキャスターをしまってそんな事を呟く。

 

「貴方、何をお話に……」

 

 レッドはエリカにアクロマとワタルの話を簡潔に話した。

 

「なるほど……、しかしアクロマさんがその情報を把握されているという事はやはりシロナさんの推測通り……」

「クロ……、なんだろうな。よし、とにかく行こう!」

 

 レッドとエリカはセイガイハシティに飛んで行った。

 

―同じ頃 PWT受付付近―

 

 ツクシやアカネ、ナツメ等のカントージョウト陣営はとりあえず受付まで戻る事にした。

 

「はぁ……、クソみたいな試合見せられ、挙句の果てに戦争!? 全く散々やわ……」

 

 アカネはうんざりして落ち込んでいるようだ。

 

「でもゴールドさん頑張ってて、アカネさん滅茶苦茶嬉しそうだったじゃないですか」

「そら、同じ地方の奴が頑張ってくれたら嬉しいに決まっとるわ! せやけどそれ以上にレッドのカスっぷりがあかんわ。あんなんどう見ても……」

 

 ナツメが傍らで頷いていると、途端にナツメのポケベルが鳴り響く。

 

「はい、もしもし……」

「あ、ナツメ君かい? 戦争が起こった事は知っているだろう? すぐにリーグの方まで……」

 

 ワタルから電話がきていた。

 

「私、今そのイッシュ地方に居るんですけど……」

「観戦していたのか……。うん? 待てよ他にそこに誰が居る?」

 

 ワタルは何か案でも思いついたかのような声調で言う。

 

「アカネさんとツクシ君とウツギ博士……ですね」

「ゴールド君繋がりだろうな……、よし! それだけ人材がいるなら大丈夫だ! ナツメ君、君に一つ頼みたいことがある」

「敵の本陣に乗り込め……と仰りたいのですか?」

「おお流石……。その通りだよ。君たちには一足早く、ヒウンシティに行ってロケット団の本拠を突き止めて、制圧してほしいんだ!」

 

 ワタルは堰を切ったかのような口調でペラペラと話す。

 

「ウツギ博士は如何致しましょう?」

「あの人も連れて行きなさい。ツクシ君も一緒ならさらに何か分かるかもしれないからね」

「やはり……了解しました」

「うん! ジムリーダーが元も含めて三人も居るのなら出来ない仕事じゃないよ! それじゃ、頼んだよ!」

 

 そう言うとワタルはすぐさま電話を切る。大慌てな事はおおよそ感じ取れる。

 

「? ナツメー、どないした?」

 

 いつの間に遠くにいたナツメを不思議に思ったのか、アカネは呼びかけるようにして話しかけた。因みに、アカネとは観戦時に一回あいさつを交わしている。

 ナツメはアカネ達の方に振り返って冷静な声で話し始める。

 

「皆。よく聞いて、理事長からヒウンシティのロケット団本部に乗り込むように大命が下ったわ」

「ロ、ロケット団!? あの真っ黒な連中、性懲りもなく復活しおったんか!」

 

 アカネは大いに驚いている。ラジオ塔が占拠された苦々しい記憶もあるのだろうか。

 

「これはただの事件じゃなさそうですね……」

 

 ツクシもいつになく真剣な表情になる。

 

「そうね。それで、元ジムリーダーのツクシ君にも出動要請が掛かってるんだけど……、いいわよね?」

「ええ! こんな一大事に肩書きなんか気にしていられません。僕で良ければ是非ともお力になります」

 

 ツクシは爽やかに真面目な雰囲気を混ぜた笑いをしながら承諾する。

 

「うんうん立派だねえツクシ君……。さてと、僕はお邪魔なようだから……」

 

 といってウツギが後ろを向こうとすると、ナツメは

 

「いえ、ウツギ博士! 貴方にも出動要請がかかっています。アジト本部の内部にある資料や機械の分析・解析の役目を頼みたいとの事で……」

「そうか……分かった。ツクシ君、僕はポケモンあまり強くないから……危険な目に遭ったら、頼んだよ」

「はい! 博士に襲い掛かる酷い人たちが居たら僕のハッサムで、ハサミギロチンの刑にしてやりますよ!」

 

 ツクシは胸を叩いて大いに意気込んでいる様子だ。

 が、叩きすぎたのかケホケホと咳き込んでしまう。

 

「ハハハ、それだけやる気があるなら安心して身を委ねられるよ」

「全くツクシは博士の事になるとこうなんやから……妬いてまうわ!」

 

 アカネは冗談交じりにそんな事を言う。

 

「妬かなくていいですよ、僕はアカネさんの事が一番ですから!」

「! ……、ま、さんづけやけど今回はゆ、許したるわ! ほな行く……」

 

 アカネは少し頬を赤くしながら、PWTの出口に向かう。

 が、その背後でバトル会場から出てきたヤーコンがドスの効いた声を上げて呼び止める。

 

「おい! 道も分からねぇのにどうやっていく気だ!」

「あ……せやった……」

 

 アカネはそういうと自らの額をパチンと叩く。

 

「いやー、すんませんわーヤーコンはん! ウチとした事が……」

「全く……、レッドにショーを台無しにされて気が立っていけねえ……。ま、それはともかくだ、お前らヒウンの場所わか……」

「今、解析したのでケーシィにテレパシーを送れば、テレポートで全員連れて行けます」

 

 ナツメはヤーコンが言い終わる前に解析を済ませたようだ。全く化け物である。

 

「おおう! なんだこの恐ろしい御嬢さんは……」

 

 ヤーコンはナツメの人外ともいえる超能力に畏怖している様子だ。当たり前ではあるが。

 

「この子、ナツメと言うてとんでもない超能力者なんですー、そらもうあのヤマブキ大を首席で出た化けもんですわ、化けもん!」

「アカネさん……、本人の前で化けもんは無いですよ……」

 

 ツクシが小さく忠告する。

 

「ほほう……超能力か。イッシュではカトレアというのが似たような者と聞いているが……。まあそれはいい、テレポートでヒウンまで行けるならワシからする話は無い、PWTの客の色々な収拾を図んなきゃならんしな……あっちのリーダーのアーティには連絡は済ませてある。町中を探し回らないと見つからないかもしれんが……それじゃ、任せたぞ」

 

 と言ってヤーコンはのしのしと去っていく。

 

「全くレッドのせいでヤーコンはんも難儀な事やな……全くロクな男やない。コガネで見たときから胡散臭いやつやとは思うとったが……」

「……、さてと! そろそろ向かいますか。ナツメさん……」

 

 ツクシは少し暗い表情をした後、顔を上げて引き締まったような顔で言う。

 その後、4人はケーシィのテレポートでヒウンシティにへと向かった。因みにウツギは他の研究員に関しては避難を続けるようポケギアで指示した。

 

―午後5時30分 ヒウンシティ ポケモンセンター前―

 

「ふうん……これがヒウンシティなのね。ま、ヤマブキには勝てないわね」

 

 と、ナツメはヒウンの摩天楼を前にしても全く動じない。

 

「ケッ、ヤマブキがなんぼのもんや! ええか、コガネはな、それはもう……」

「ちょっと二人とも! 都市争いしてる場合じゃないでしょう!」

 

 ツクシが調停に入るが、やはりアカネは喧嘩っ早い調子で答える。

 

「いいや! これはジョウトとカントーの沽券をかけた戦いや! 森林の町は黙っとき!」

「! ヒワダをバカにしないでくださいよ! あそこはガンテツさんというそれはそれは素晴らしいお方が……」

 

 ミイラ取りがミイラになるとはこの事だ。

 さて、そんな都市争いをどうしたものかとばかりに見ていたウツギは、横から寄ってくる一人の緑色の服を着たフワフワした髪の男に気付く。

 

「あれ……あの人もしかして……」

 

 メガネをかけ直すと、男は声をあげる。

 

「やーやー、御嬢さんがた……、あれもしかして、そこの虫取り姿の君は……」

 

 ツクシがフワフワ髪の男の方に振り向くと

 

「そういう貴方は……もしかして、アーティさん!?」

 

 ツクシはそういうと、ぱっとアーティの手を取って

 

「光栄です! 貴方の作成された虫の標本とスケッチ集は僕のバイブルです! 握手してください!」

「いやもうしてるんだけど……、まあいっか。こちらこそ君の書いた虫に関する研究とか興味深く読ませてもらってるよー、中々面白い考え方をするけど僕的にはねー」

 

 虫オタク同士の論戦が始まろうとするのを危惧したアカネは大喝一声で

 

「ツクシぃ! 今そないな事しとる場合ちゃうやろが!」

 

 と、ハリセンでパチンと突っ込む。

 

「いてて……アカネさんだってナツメさんと地域論争」

「それはそれや! それにさんづけやめろ言うたろ! またシバかれたいんか?」

 

 アカネはハリセンを頭上にスタンバイさせながら言う。

 

「……! アカネ! 暴力ばっかり奮うのは……やめてほしいです」

 

 呼び捨てにしたはいいが、やはりため口には抵抗あるのか最後は消え入るように敬語で言う。

 

「っ……、呼び捨てされるとどうしてこんなに胸がうずくんやろなあ……。ごめんな。もうせぇへんから、堪忍したってな」

 

 アカネはツクシの頭を撫でながらあやしているかのように謝る。

 ツクシは口を一文字に結びながら真っ赤になっている。

 その後ろでウツギは微笑み、ナツメは飽き飽きしている表情をしていた。

 

「うーん。仲睦まじいねぇ。さてと、ちょっと皆僕についてきてー」

 

 という訳で4人はアーティの後についていく。

 

 

―プライムピア―

 

「こっちこっち!」

 

 アーティが立ち止まった場所はジム付近にある大きな灰色のビルだった。

 

「まさかこれが……」

 

 ツクシが言いかけると

 

「そう! ロケット団のアジトだよー。感付かれるとまずいからずっと誰にも内緒で張っていたんだけど……。どうも宣戦布告の数時間前にババーッて人が出てね。不思議なんだよねー。でも一人で入ると何が起こるか分からないしで」

「とにかく入らな話は始まらん! 強行突破や! いっくでー!」

 

 アカネが突っ込もうとすると、扉は意外にも簡単に抵抗を許し、開いてくれた。

 

「うわわわわっ」

 

 アカネは反動で倒れそうになったが持ち前の運動能力でなんとか乗り切る。

 

「……、ナツメさん、何か感じますか?」

 

 ツクシが尋ねるが

 

「……、ダメね。全く何も受け取れないわ。相当な妨害電波が飛んでるみたい」

「ナツメさんほどの超能力でも妨害する……? 一体どんな人が作っているんだ?」

 

 ウツギはそれに興味を持った様子である。

 ナツメとウツギは資料の収集、他は探索と班を分ける。

 

―午後7時 最上階―

 

「なんやねんこれ……。最上階だけなんか別世界や」

 

 アカネがそう言った風景は、革張りのソファが二つ、光沢に輝く木の机、赤いペルシャ絨毯にボルドー産赤ワイン……、どこぞの映画の世界が広がっていた。

 

「はわわ……。なんというか、ロケット団ってすごーくお金持ちなんですね」

 

 ツクシは純粋な感想を漏らす。

 

「そらそうやろ……。ポケモンを乱暴で非合法な手段でこきつかいまくってこの財力や……。許せへんわ」

 

 アカネは義憤に燃えている様子である。

 

「にしても……、あの大量のテレビは何なんでしょうか? あれだけなんだか浮いてますよね」

 

 ツクシが目を向けた先には9台のブラウン管のテレビが横三列、縦三列で並べられていた。

 

「確かに不思議やなあれは……、もしかして監視とかか?」

「うーん……」

 

 アカネとツクシがそんな調子で話していると、アーティが駆け上がってくる。

 

「おーい! 地下に人が監禁されているぞーーー!」

「ええっ!?」

 

 二人は大いに驚いて、一番下の階まで降りる。

 

 

―地下室―

 

「今日は随分と騒がしいな……」

 

 マツバは目を摘出されて以来虚無的に過ごし続けていた。

 衣食住は保証され、室内では自由に動ける。そんな環境下におかれている。

 が、その中にいるマツバの表情が晴れる事は無い。

 因みに目を摘出してからはオーキドの足取りは少なくなっていく一方だ。用済みになっていたからだろう。

 さて、マツバがそんな事を言っていたら、目の前の扉がシザークロスで4つに切り裂かれた。

 

「!?」

 

 マツバは突然の事に当惑する。そして4枚の鉄扉が切れ落ちた先の顔ぶれに更に目を見開かせる。

 

「……!! ツクシ君に……アカネちゃん……?」

「……マツバ? う、嘘やろ? 死んだはずやなかったんか?」

「マツバ先輩!?」

 

 三人は数分ほどの間、身を硬直とさせるが、

 

「この馬鹿チンがーーー!!」

 

 と、マツバの頭をアカネが思い切りハリセンでぶっ叩いた。

 

「何処行ってたんや……、何をしとったんや……!! ウチ……いや、それだけやない! ジョウトの皆、心配しとったんやぞ! ……、マツバぁ!」

 

 アカネは紅涙(こうるい)を絞りながらマツバにその事を言った。言い終わるとアカネは興奮のあまり、マツバに抱きついてしまう。そしてその胸の中で泣き続けた。

 アカネとマツバは、自然公園の再開発関連で知り合って以来、非常に仲が良い。 その仲はジムリーダーの間では真っ先にくっつくのではないかと噂されていた程だった。

 ツクシもエンジュ大受験の際に定例会が終わった後等で勉強の世話を見てもらったりしてそれなりに親交が深かった。

 

「ごめんな……アカネちゃん」

 

 マツバは表情を赤くすることはなく、まるで安心して涙を流す妹でも(ねぎら)うが如くに優しくアカネの背を撫でる。

 

「……、マツバ先輩、その目、どうしたんですか? ……ちょっとかっこいいんですけど」

 

 ツクシはマツバの左目が眼帯に覆われていることに気付き、尋ねた。

 そして、最後の言葉で涙を残しているアカネが素早く反応して、マツバから離れツクシを牽制した事は言うまでもない。

 

「ああ、この目はね。オーキド博士が」

「オーキド!? オーキドならレッドが仕留めとったで! ウチ割と近くで見たし……」

 

 アカネはまずそれを言ったが

 

「信じられないだろうけど、あれはクローンなんだ。それでね、僕は例の集団催眠事件の後、ひょんな事で巻き込まれてオーキド博士に監禁されたんだ。狙いは僕の千里眼……、何回かは断ったけど、死ぬのが怖くなっちゃってね……、だから、渡しちゃったんだ……」

 

 マツバは力なく言った。アカネはそれに対して

 

「何を言うてんの!? あの千里眼はナツメの超能力の能力が少し削れたぐらいの力持っとる言うてたやん! そんなもん渡したら……」

「しょうがないだろ! 僕はまだ死にたくなかったんだ……!」

 

 マツバはアカネの発言を強い語調で突き放す。

 アカネはマツバの普段見せない行動におどろいたのか何も言い返さない。

 

「マツバさん……」

 

 ツクシはマツバに切なげな目線を送る。

 その後、マツバにどうしてここに来たのか聞いてきたので二人がそれにこたえていると、ウツギが地下室に青い顔をしてすっ飛んできた。

 

「おい二人とも!! 大変な物が……ってマツバ君!? どうしてここに……」

 

 ウツギは居るはずのない人物がいた事に、目を丸くしている。

 

「ウツギ准教授……あ、今は教授でしたか……お久しぶりです。話せば長くなるので……」

「……、マツバ君も来てくれ。研究室からとんでもないものが……」

 

 こうして四人は上にへとのぼる。

 

―某階 研究室―

 

 ウツギから資料をすべて見せられた後、その場にいた全員は絶句し、やがて口々に色々な事を言い出す。

 

「なんちゅうことや……」

 

 アカネはそう言って頭を抱え、

 

「そ……それってつまり……あの夫婦の今までやって来たことは……」

 

 ツクシは青ざめ、か細い声でそう呟く。

 

 その後、ウツギは資料をまとめるため取り急ぎジョウトに戻り、マツバは病院へ、それ以外の人物は取り急ぎワタルの軍勢と合流する為フキヨセシティへ向かう。

 

 

―7月19日 午前10時 プラズマフリゲード―

 

 レッドとエリカはセイガイハシティからプラズマフリゲードに向かった。

 しかし海の洞窟付近は既にプラズマ団の手に及んでおり、ポケモンたちによって監視されていたので、アクロママシーンを使ったりそれらのポケモンを撃破しつつ2日かけてフリゲードにたどりつく。

 シズイの用意してくれた階段を上り、下っ端を下し、いよいよ船内に侵入する。

 

 船内に侵入したのちは、ホワイトプラズマ団の内偵から情報を貰って下っ端を薙ぎ払いつつパズルを解いていく。

 そして、暗証番号を入れた後、最後のパイプ迷路の奥にあるバリアが解除されると、二人の背後より甲高い大人の女の声がした。

 

「そこまでよ!」

「快進撃はそこまでですよ、お二人さん」

 

 一人は赤髪に妙な形をした髪型をした女と、もう一人はヒオウギにいたランスという幹部だった。

 

「貴方は……確かヒオウギに居た……」

 

 エリカは早速思い出した様子である。

 

「流石はエリカ女史……。よく覚えていらっしゃいますね。貴方がたをこれ以上通すわけにはいきません。しかし、すぐに立ち去るのであれば……」

「ふざけたこと言ってんじゃねえ! ここまで来させといて今更帰るなんて無様な真似……」

 

 レッドが強情に食い下がると、

 

「生意気な坊やね! チョウジとかラジオ塔にいたあの子どもをおもいだ……」

 

 女幹部がそんな事を言っていると、幹部の背後より声がした。

 

「レッドさーーん!!」

 

 その声がすると、女幹部は振り返って

 

「あー! 噂をすれば……」

「全く、われわれはどうやら同じ壁を突破しなければ、先に進めないようですね」

 

 ランスがそんな事をいいながら目深に帽子を被り直す。

 

「ゴールド! それに……」

「シルバーさん? どうして斯様な所にまで……」

 

 エリカは当惑している様子である。

 

「話は後だ! おいロケット団! てめえら性懲りもなく、またグルになって悪事を働いてるのか!」

 

 シルバーは幹部二人に向かって喝破する。

 

「貴方は確かサカキ様の……。いやたとえ誰であろうと、我々に楯突く者を許すわけにはいきません。アテナ、まずはこの二人を倒しましょう」

「私も同意見ね! 一年前の恨み、何千倍にもして返してやるわ!」

 

 アテナは相当に意気込んでいる様子である。

 

「レッドさん、エリカさん! ここは僕らに任せて先に行ってください!」

「……、恩にきる。ゴールド、生きて帰れよ……、次、互いに無事で会えたら」

「ええ、もう一度バトルしましょう!」

 

 そう言うと、エリカも一礼して、二人は先に進む。

 

「さて、どっちから仕留めてやろうか……」

 

 シルバーが息巻いていると、二人の背後より

 

「君たちがするには及ばないよ」

 

 と、男の声がした。

 

「……、貴方は……」

 

―プラズマフリゲード 左ワープパネル前―

 

 二人は右側からいってみようという事で、ワープパネルまであと数メートルといったところにまでたどり着く。

 が、そこで、ヒオウギにいたもう一人の幹部、アポロが現れる。

 

「おやおや、やはりここまで来ましたか」

「確か……、アポロと仰せになられておりましたわね」

 

 エリカはすぐさま思い出したようである。

 

「覚えておりましたか……。聡明なお方だ。そして、噂通り優秀なトレーナーでいらっしゃる……」

「……」

 

 エリカは特に返答しない。

 

「我々は漸くサカキ様を取り戻し、新たな体制のもとで動き出そうとしています。サカキ様は自らの信念に基づいて志を遂げんと奮励しておられる……、それを阻もうとする者は伝説のトレーナーであろうと、容赦はしませんよ。お前たちを捕え、エリカ女史を”センセイ”とやらに差し出すのが私たちに課せられた主命……。私はそれを忠実に遂行するのみです! 行きなさい、ヘルガー、マタドガス!」

 

……

 

 レッドは1体、エリカは2体失い、残ったポケモンは黄色という辛勝を収める。

 

「……、やはり、私では無理なようです……。サカキ様、お許しください」

「さあ! 通してもらおうか!」

 

 レッドはアポロに強く迫った。

 

「クッ……」

 

 アポロが窮していると、もう一人ワープパネルに人が現れる。

 白衣に奇妙な髪型をした男……。そう、アクロマである。その姿にレッドとエリカは驚きを隠せなかった。

 

「どきなさい。雑魚に用はありません」

「……! ハッ」

 

 そう言ってアポロは渋々、引き下がる。

 

「アポロが容易に従った……? ……、なるほど合点がいきましたわ」

「本当の敵は……、案外身近にいたって事か……アクロマさん!」

 

 アクロマはレッドの言葉に対し、深く頷きながら

 

「当たらずとも遠からず……。評価で言うなら『可』といったところでしょうか。それはさておき! 先ほどの戦い、こちらのワープパネルの先の部屋より拝見させて頂きましたが、やはりとても優秀……、そして私の本気を出すのに相応しい相手という事を確信させて頂きました! 我が同志の願いをかなえる為……。そして私の中で去来し続けるこの衝動と疑問を晴らす為! さあ、私の望む答えが如何なるものか教えなさいっ! 回復する時間は与えます。全力でなければ興が削がれますからね」

 

 レッドは内心感謝しながら、すべてのポケモンを回復させる。

 

「準備は宜しいようですね! では参ります」

 

 アクロマはギギギアルとジバコイル。レッドはリザードン、エリカはキノガッサを繰り出す。

 

「リザードン! ジバコイルに大文字!」

「問題! 徳川光圀が編纂を開始した、歴史書の名前は?」

「ダイニホンシ(大日本史)」

 

 ジバコイルは即答した。流石は世界トップクラスの頭脳を有するトレーナーのポケモンなだけある。

 

「正解! ご褒美に大文字ぃ!」

 

 と言って、リザードンはジバコイルに灼熱の炎を浴びせる。

 レッドは当然やられただろうと思ったが、その予測は見事に外れ、頑丈の特性で体力が1残る。

 

「! リザードンが危険ですわ……。キノガッサ! ジバコイルにスカイアッパーですわ!」

 

 キノガッサはジバコイルの隙間に潜り込み、思い切り突き上げ、止めをさす。

 

「よく読まれていらっしゃいますね! しかし何も電気技は電気タイプだけのものではありませんよ! ギギギアル! リザードンにワイルドボルト!」

 

 ギギギアルはギアをフル稼働させる。そして電気を起こして自らの体を輝かし、その体を回転させながら全力でリザードンに突っ込む。

 リザードンは何とか耐えきる。体力は三分の二ほど減少した。

 

……

 

 こうして、レッドは二体、エリカも二体失い残ったポケモンは黄色の体力と辛勝を収めた。

 

「なるほど! ポケモンとトレーナーが通じ合うとはかくのことですか! 貴方方のような強いトレーナーと戦うとよく分かります。私の至上命題はポケモンの力を如何にして強くするか。トレーナーはそれをどうやって引き出してやるかを考える事です! それを考え、追究するうえで手段を問いません! 心は無くとも科学的な手法のみで行う事だって出来ます。しかし貴方がたは私にそれ以外の可能性をここにて示してくれた! ポケモンリーグと貴方達が勝つのか、それともロケット団が勝つのか……」

 

 エリカは今の言葉に疑問を覚えたのか、口を挟むかのように尋ねる。

 

「ちょっと待ってください! 今、ロケット団とだけしか仰っておりませんでしたわよね?」

「ご賢察! 実をいうとプラズマ団は先ほどサカキの裏切りと簒奪によって崩壊し、今現在はロケット団のみがこの船を支配しているのですっ!」

「いつの間にそんな事が……」

 

 レッドはハッとした気持ちでアクロマの言葉を聞いている。

 

「話を戻して、そのどちらかが勝つのか、それは私にとってポケモンと人はどう相対(あいたい)するべきなのか、一つの結論を下してくれる大きな事なのです。ではその結論はどこで下すのか! それは貴方達がいる反対方向のワープパネルに乗れば分かります! では、ご健闘を!」

 

 という訳で、二人は反対側のワープパネルに一目散に向かい、乗る。

 

―元ゲーチスの部屋―

 

 二人がその先にたどりつくと、真っ黒なスーツを着た男が立っている。

 そしてどうやらもう一人いるようで、その人物と話しているようだ。

 レッドとエリカは取りあえず動静を伺う事にした。

 

「く……、まさかこの私が敗れるとは……」

「サカキ殿。今まで大儀であったな……。しかし、所詮、サカキ殿もロケット団も……全てワシの手駒に過ぎぬのよ……ハッハッハッ!!」

 

 その聞き覚えのある声に二人は大きく身震いする。

 

「敗れたからには仕方ない……。抗わず退散するとしよう。……、だが、オーキド殿にこの天下を手中にし、安定して治める力など……あるとは私には思えぬがな。恐怖だけでは人は支配できまいに……」

 

 と言ってサカキはゆっくりとレッドの方に向かい、やがて過ぎていく。

 レッドはサカキと話す事を試みたが、それ以上に黒い体が消えた先の者に驚きを隠せなかった。

 

「さて……、漸くきおったか……。レッド君、エリカ君! 待っておったぞ」

「オーキド……博士?」

 

 全てが決す、最後の審判の時はすぐそこにまで迫っていた……。

 

―第六十四話 虎鳥の咆哮 終―


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