伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚   作:OTZ

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前話でエリカが電気石の洞窟であるポケモンを捕まえています。
作った時は時間無かったのでいれ忘れていましたが……500字くらいですが気になる方はどうぞ。
終盤に入れています。

さて、今回の話で物語はターニングポイントを迎えます。


第五十七話 歴史は動く〈上〉

―2月18日 午後2時 フキヨセシティ―

 

 エリカは報告日でもない日に電話がかかってきたので、少し意外な表情をして電話を受ける。

 個人的な事の為か、レッドから少し離れてエリカは応対する。

 相手の携帯は古い機種のようで、音声しか再生されない。

 

「もしもし!? リーダーですか?」

 

 少女と思しき非常に焦っているような声がエリカの耳に入る。

 

「その声は……ユキコさん? どうしてナツキさんの携帯から」

 

 臨時副リーダーのユキコが電話をしてきたようだ。

 

「それはその……、ライブキャスターの方に登録されている番号にあたしの番号が入っていないようなので」

「……、あまり煩雑なのは好きではないもので。それで、どうされたのですか? ナツキさんでないという時点でそれなりに危険な臭いがするのは伺えますけど……」

 

 エリカは危険な雰囲気を察知している故か、いつにも増して真剣な様子である。

 

「そのですね……、ナツキさんが過労で倒れてしまったんです!!」

「……、予感的中ですわね。それで?」

「あとあと……、その上肺炎とかもあったようで。今私、ナツキさんの付添いで病院に……」

「病院で電話はマナー違反ですわよ」

 

 エリカは礼節に厳しい。

 

「だ、大丈夫です! ちゃんと通話可能エリアで話していますから。それで、診断して貰いましたら……3週間の入院が宣告されました」

「! ……、これは少し洒落になりませんわね……。分かりました至急戻りますので、詳しい事情は到着したら聞かせてください! それまではユキコさん。貴女がナツキさんの代わりにリーダーを務めてください……ジムはお休みにして頂いても結構です」

 

 エリカはそう勧めたが、ユキコは気丈そうに

 

「いえ、ジムはいつも通りの運営をするつもりです。ナツキさん、結構無茶しててもジムやってたし、あたしでもやれるってところ、見せていきますよ!」

「フフ……左様ですか。しかし、今後の事も鑑みる上でも私はいったんジムに戻りますから」

「うう……たった数日じゃ……」

 

 ユキコはナツキとの差をあまり見せる機会が無い為に少ししょげている様子である。

 

「何か仰りましたか?」

「いえ! 数日でもナツキさんの代わりを務められるように鋭意努力致します! って言おうとしたんです!」

 

 ユキコは少し慌てた様子で、エリカに心配をかけまいとばかりに一気に明るく振る舞った。

 

「フフ……期待してますわ。では」

 

 と言ってエリカは電話を切る。

 

「どうした?」

 

 戻ってきたエリカにレッドは尋ねる。

 

「ナツキさんが……ジムで代理を務めて頂いた方が急病で執務不能となってしまったようです。急いでジムに戻らなくては!」

「は!?」

 

 レッドは突然の事に呆気にとられる。

 

「いやお前、旅は?」

「少し遅れてしまいますが……元々それほど急ぎの旅ではありませんでしょう?」

「いや、そりゃそうだけど……」

「私とて貴方と離れるのは寂しいです……。しかし代理が止むを得ない事情で執務不能になった場合は可及的速やかにリーダーは戻り必要な対策を講じる……とリーグ法21条に規定されておりますので、法規に背くわけには……」

 

 まるで条文を(そら)んじているかのような勢いである。

 レッドは相変わらずの常人離れした記憶力に脳内で驚嘆しながらも、彼は仕方ないかとばかりに納得する。

 こうして二人はまず空港に向かう。

 

―フキヨセカーゴサービス―

 

 カーゴサービスに到着すると、そこにはフウロが居た。

 出口に向かっていたのか、二人が入ったころにはすぐ近くに居たのでフウロの方から話しかける。

 

「あ! いらっしゃい……じゃなくてお帰りなさいかな? レッド君、エリカさん!」

 

 フウロは相変わらずの突き抜けた笑顔で応対する。

 エリカはきちんと返礼した後、大いに切羽詰った表情で

 

「あ、あの! 今すぐに飛行機手配して頂けないですか!?」

「は、はい?」

 

 フウロは突然の事に戸惑っている様子だ。目が皿のようだ。

 

「すみません、事情をお聞かせ願えますか?」

 

 しかしすぐに威儀を正して、仕事を受ける調子で真剣に返す。流石はプロだ。

 

「す、すみません。実は私のジムで代理のリーダーが病気に罹ってしまいまして……」

「そ……そうですか。お気の毒ですね」

「それで……、出来る限り早くカントーの方に戻ってその後の事を話し合わなければいけないので」

「……、しかし」

 

 フウロが口ごもっていると、横から颯爽と紫の髪をなびかせた女性がやってくる。

 同業者のナギだ。

 

「何々? どうしたの?」

「あっ、ナギさん! あの……かくかくしかじかで」

 

 フウロは先ほどエリカの言っていたことを簡潔に説明する。

 ナギは理解した表情で一回頷いたのち

 

「分かったわ。エリカさん、ついてきて。乗せていってあげるわ」

 

 ナギは意外にもエリカの依頼を快諾した。

 

「ええ!? しかしナギさん、確か昨日の夕方にポケモンの研究者さん達を連れてきてここに居て……、今日はその帰りですよね?」

「こんな時間までゆっくりしていられるんだから、急いでホウエンに帰る事はないの。ヒワマキはこの時期、寒いせいかあまり人は来ないし時たま挑戦者が来ても私が出張る事はないしで……。それに、なんだか毎回一人で帰るのもつまんないかなーって思い始めてきたし」

「し、しかし……」

「それにフウロ、あんたは明後日、ヤマジに定期便届けなきゃいけないんだからそれで忙しいんでしょ? エリカさんはあたしが送っていくから、フウロはじっくり送っていくものでも見定めていなさいよ」

 

 ナギは純粋な気持ちで言っているのだろう。特に発言に他意は見つからない。

 

「……そう。そうですね。それじゃセンパイのお言葉に甘えて……。宜しくお願いします」

 

 フウロはナギに深く礼をする。

 

「いいのいいの……。そうそう、エリカさんは……確かタマムシシティに行くのよね?」

「はい」

「飛行ポケモン。大丈夫なの? 着くのはホウエンのヒワマキ……、歩いて船で行けない事も無いけれど大変だし、急いでいるんだったら絶対必要よ? 私のポケモンはタマムシどころかカントーすら行ったことないからお役には立てないけれど」

「あ……左様ですわね。貴方!」

 

 エリカがレッドを呼ぶ。フウロに見とれていた彼は不意に呼ばれたので素っ頓狂な声で答える。

 

「リザードン、お貸し頂けますか?」

「え? 何で?」

 

 聞いてなかったレッドに呆れてか、ナギはうんざりした口調でレッドに話す。

 

「だから! エリカさんは飛行ポケモンもってないから足として空を飛ぶを使えるポケモンを必要としてるの!」

「あーはいはい……。ピジョットでも良くないか?」

 

 レッドは頭をかきながら面倒くさそうにそう答える。

 

「え……」

 

 エリカは一瞬、当惑気味な目をしたが、贅沢を言わない方がいいと思ったのかすぐに

 

「はい! それをお願いします!」

 

 レッドはエリカにピジョットの入ったモンスターボールを手渡す。

 そしてエリカは毎晩電話する旨を伝えて、ナギと共にゲートへと消えていく……。

 こうしてフウロとレッドは残された。

 

「さてと! 二人は行ったし、あたしも仕事仕事! あ、レッド君はフキヨセでゆっくりしててね!」

 

 そう言ってフウロは話を終わらせようとするがレッドは呼び止める。

 

「あの……、どこか鍛えられる場所ありますか?」

「おぉー、この状況でも鍛えますか……。さっすがー!」

「茶化さないでくださいよ」

「あはは。ごめんごめん。鍛える場所かぁ……タワーオブヘブンというのが北にあるけれど」

 

 フウロは笑顔のままレッドに応対する。

 レッドは聞き覚えのある場所だと思い、どういう場所かを更に尋ねる。

 

「まーぶっちゃけて言えばポケモンのお墓だねー。それで、あそこの頂上に魂を鎮めると伝わる鐘があるんだ!」

「ふむふむ」

 

 レッドは熱心にフウロの話に聞き入る。

 

「そこの頂上に行くまでにはたくさんのトレーナーが居るんだ。強さは……まぁ行ってからのお楽しみって事で! 鍛えたいのなら……なんだかよく分からないけどヒトモシってポケモンを倒すと特攻が強くなる言い伝えがあるみたいで、君で言うならカメックス辺りを使ってみるといいかもね!」

 

 その後も少し話をして、フウロは立ち去る。

 とりあえずポケモンタワーのような雰囲気に気にはなったのでレッドはすぐにタワーオブヘブンにへと向かう。

 

 

―午後4時 7番道路―

 

 レッドは独りでさくさくと道を進んでいくとある事に気付く。

 自分の隣がとても静かだ。

 普段はエリカが居て、自然のあれこれに反応しては観察し、建物を見ては薀蓄か推論を語りだし……等と静まる事は無かった。

 あれに慣れてしまうと、今の状態が寂しく思えてしまう。そう思ったレッドは何か連れ歩こうかとポケットから8個ほどのモンスターボールを掌に広げる。

 迷惑はかけられないし、一体の方がいいな……とまずは考え、大きさや体重など色々熟慮した結果。ピカチュウを連れ歩くことに決めた。

 レッドはピカチュウをボールから出す。

 

「ピカ!」

 

 ボールから出してもらえて嬉しいのか、すぐにレッドの胸にすいつく。

 

「よしよし。それでなピカチュウ、俺はお前を連れ歩くことにした」

「チャー!」

 

 ピカチュウはレッドの胸板に鳴き声をあげながら頬をスリスリする。

 

「おいおいそんなはしゃぐなって……。基本的には外の環境に適合してもらう為にも歩いてついていってほしいけど……。ま、疲れたら俺の肩にでも飛び乗れ」

 

 ピカチュウはこくこくと頷く。というか今にも乗りたそうだ。

 そんなこんなでレッドはピカチュウを連れ歩きながら旅を進める事にした。

 

 

―午後7時 タワーオブヘブン 3F―

 

「はい、しゅーりょー」

 

 レッドはピカチュウ一体で何の支障も無く上へ上へと上がっていった。

 

「うう、やっぱり強ぇぇ……。ほら、賞金」

 

 サイキッカーから賞金の1120円を受け取ると、お辞儀をして先に進んでいく。

 あまりに他愛もない戦いが続くので退屈になりながらも奥へと歩む。

 そうしていると、墓が続いている奥でロウソク……というよりキャンドルを模したようなポケモンが、他の同じポケモンや古拙美のする顔にY字とその他の線の模様が入ったポケモンにいじめられているのを目撃する。

 目撃するとレッドは図鑑をかざす。

 どうやら線のポケモンはリグレー。キャンドルのような体のポケモンはヒトモシというらしい。

 傍観するかどうか決めあぐねていると、足元に居たピカチュウがズボンの裾を引っ張る。

 レッドは先に行ってほしいのかと思って、通路に従って進もうとしたがピカチュウは首をフルフル横に振った。

 

「ピカ! ピカ、ピカピーカ……」

 

 言葉は全くわからないがジェスチャーを交えている。

 ピカチュウはいじめ現場に向かって指さしているのでレッドは大体を察する。

 

「いじめを助けたいのか……。分かった、いっといで」

 

 レッドが指示すると、ピカチュウは凛々しい顔で頷いて一目散に現場に駆け寄る。

 彼は遠巻きにピカチュウが何をするか見ていた。

 ピカチュウは別に電撃を喰らわすわけでも何でもなく、いじめっ子のポケモンに向かって調停を促している様子だ。ポケモン同士の言葉は一緒なのか、通じている様子で、いじめっ子のポケモンは渋々四散していく。

 その後ピカチュウはいじめられていたヒトモシを励まして、レッドの方向にヒトモシもつれてやってきた。

 

「ピカ!」

 

 ピカチュウはちょっとだけ偉そうにして、ヒトモシをレッドの下へ行くよう促す。

 

「偉いぞピカチュウ! さてと……」

 

 レッドはヒトモシを診てみる。どうやらかなり怪我をしている様子で、本来は真っ白い体が汚れてしまっている。

 

「こいつは酷いな……、やっぱあいつらにやられたのか?」

 

 ヒトモシはこくこく頷く。

 

「そかそか……気、弱そうだしなあ」

 

 と、言いながらレッドはいいきずぐすりをヒトモシに使う。

 するとヒトモシは立ちどころに元気になる。

 もう少しだけ側にいて、レッドとピカチュウは先に行く。

 

「お前、もういじめられないよう、もっと強くなりなよ。それこそお前を救ってやったピカチュウみたいにな」

 

 ピカチュウは少し耳を下げて小さな手を後ろにやって照れる。レッドの癖がうつっているようだ。

 その後、ピカチュウは大きな声でヒトモシに別れを告げてご主人様にてくてくと、ついていく。

 そして単調な戦いを続けてレッドとピカチュウは4階に上がる。

 

 

―午後8時 同所 4F―

 

「にしてもお前、よくいじめを助ける気になれたな」

「ピカ」

「少しエリカの大胆さとかがうつったのかな……」

 

 レッドはそんな事を呟きながらタワー内を歩く。

 4階も中盤に差し掛かったところでピカチュウはまたも裾を引っ張る。

 どうしたんだろうとレッドは思い、ピカチュウの方を見ると、ひたすら右の方向に指をさす。

 しかしピカチュウが指さしたところは、墓とスタンバイしているトレーナー以外には特に異常は見当たらない。

 

「お前なあ。誰も居ないだろ?」

 

 レッドは呆れた声でピカチュウに言う。

 

「ピカ! ピカピカピーカ!」

 

 ピカチュウはレッドに何かを伝えようと必死である。

 しかしレッドには何の事か皆目見当もつかず

 

「たく……、幽霊でも見えたのか? まー確かに今は夜だし……。早く行こうぜ」

 

 というとレッドはさっさと先に進む。

 

「ピカー……」

 

 ピカチュウは違うのにとでも言いたげな表情をしてレッドの背中を見つめる。耳もたたませて困った表情をする。

 そして、後ろ髪にでもひかれたかのようにピカチュウはレッドの後をついていく。

 

 

―午後9時 同所 5F―

 

 相変わらずのワンサイドゲームでいい加減うんざりもしてきたが、歩き方によれば次で屋上だ。

 ここまで来たら最後までやるか。と、レッドは自らを奮起させる。

 そんな事をしていると、どうした事かピカチュウが傍らに居ない事に気付く。

 

「あれ? おーい! ピカチュウ!」

 

 周りを見るが、ピカチュウの姿は見当たらない。

 こうなったら飛行ポケモンの出番だと、リザードンを繰り出そうとするがふと横に眼を遣る。

 すると、レッドから見て前に5つ目の墓の後ろにピカチュウのギザギザの尻尾が見える。

 

「ピカチュウ!」

 

 レッドはすぐに駆け寄る。まさかとは思うが憑りつかれてしまったのかもしれない。

 そんな恐怖も抱きながらピカチュウの所へ行く。

 しかし、当のピカチュウは別に憑りつかれたわけでも、墓石につまづいて転んだわけでもない。

 

 ピカチュウの横には、あのいじめられたヒトモシが居たのだ。

 そして、ピカチュウのジェスチャーの説明も含めてレッドが察した限りだとヒトモシは救われた時からずっと、レッドとピカチュウが気になってついてきたようだ。

 レッドは少し考えて

 

「ふむ……。俺の勝手な予測だが……、こういうポケモンはヨーギラスとかミニリュウとかのように大化けするかもしれない! よし、ヒトモシ、俺らについてくるか?」

 

 ヒトモシは明るい表情になって、鳴き声をあげて承諾する。心なしか上の炎の勢いが激しくなっている。

 こうして一匹では物足りない気もした上に、ピカチュウとも仲がいいのでヒトモシとピカチュウの二体を連れ歩いて行くことにしたのだった。どうでもいいがこのヒトモシはメスである。

 ポケモンは飼い主に似るとはこの事だ。

 その後、レッドは屋上の鐘を鳴らし、ポケモン達の安らかな眠りを祈るのであった。

 

 

―2月20日 午後5時 フキヨセシティ ポケモンセンター―

 

 タワーからくだり、フキヨセに戻り、チェックインしようとする。

 すると、ジョーイさんがチェックインの手続きを済ませた後、

 

「レッドさん宛てに贈り物が届いてますよ!」

「あ、そうですか」

 

 適当にサインして受け取る。依頼主にはツクシとアカネの両名。

 熨斗(のし)の左には「出産内祝」と書かれている。

 下にはトラコの文字。恐らく子供の名前だろう、アカネに押し切られたかとレッドは少し笑う。

 確かに、12月にタマムシデパートでエリカが出産祝い選んでいたなーとレッドは思いだす。

 そしてレッドは部屋に向かう。

 

―部屋―

 

 風呂に入り、ピカチュウとヒトモシがじゃれあっている傍らでレッドは内祝いの包みを剥す。

 中にはきちんと時間がかかる事を考慮してくれたのかタオルや石鹸などが入っていた。

 その上には手紙が置かれていた。

 レッドは封を切り、手紙を取り出す。

 中にはこう書かれていた。

 

『拝啓 レッド様 エリカ様 寒さも一層強くなってまいりました折、如何お過ごしでしょうか。先日は妻、アカネの出産に際し祝詞に加えてお祝いの品までお送りいただき、大変うれしく思います。名前は、アカネ曰く『虎のように強く、母性を併せ持った女性になってほしい(んや)』という事で、トラコと命名致しました。トラコはアカネの血を強く引き継いだのか、とても気性が強く、ほとほと手を焼いております。しかし、赤子とは本当に可愛く、毎日妻は写真を送ってくれる為それで研究の疲れをいやす日々で、家に帰る日を楽しみにしております。御二人の旅が終わり次第、トラコと共にいつの日か家族一同でご挨拶に上がりたいと思いますので、都合のいい日が判明しましたらアカネ宛てにその旨をお伝えください。時節柄、御身体ご自愛ください。 敬具 ツクシ アカネ』

 

 ツクシはよくこんな手紙かけるなぁと内心尊敬しながら、手紙のほかに写真が十枚ほどあったので見てみる。

 ツクシが赤ちゃんをベビーバスにつからせている写真、赤ちゃんがぐっすりと睡眠をとっている写真。アカネが赤ちゃんのオムツを替えていたり、あやしてあげている写真。そして、多分ツクシの親か誰かが撮ったのだろう、ツクシとアカネが赤ちゃんの左右で子の方を向きながら寝ている写真……。

 どれもこれも、本当に仲が良く、仲睦まじいとはこの夫婦の為にある言葉ではないのかと思うほどだ。

 かえって、レッド自身は自らを考える。

 確かに仲は悪いとは言えないが、やはりエリカの一方的な行為で終わる事が多い。

 この夫婦のように片方が片方を助けて、支え合うような夫婦とはレッド自身の中ではあまり思えなかった。

 この二人に比べて俺は……俺はなんとつまらない生活を送ってるんだ。レッドはそう思い、写真と手紙を中に戻しすぐに寝る。エリカの電話は取らなかった。

 

 

―同じころ ヒウンシティ 某ビル 地下室―

 

 殺風景な広い部屋に、今日もまた老人は拘束されている青年に話しかける。

 

「決心はついたかのう? マツバ君」

「……、千里眼は……渡さない!」

 

 マツバは強い声でオーキドの問いに答える。

 

「……、エリカ君がタマムシに向かいおったぞ」

「……!!」

 

 マツバは大きく目を見開く。因みにこの部屋の中では千里眼の能力は制限されている。

 

「くく、千里眼などのうても、流石に気付いたか……。そうじゃ、策を実行したのよ」

 

 オーキドはそう言ってマツバに微笑む。ダビンチの「モナ・リザ」とは真逆の、狂人の微笑みである。

 

「貴様……!!」

「待てい。まだこれは前段階よ。この後、ゲーチスを(けしか)けてダークトリニティを動かし、エリカ君を攫い、このビルまで連行する。エリカ君は居合いで免許皆伝なそうじゃがの……、あの者達を前には手も足も出ぬじゃろうて……ククククク」

 

 オーキドは更にその狂人の微笑みを強める。まさかこの人物が、マサラのトレーナー達にポケモンを与え続けたとは誰も信じまい。

 

「そして連行したのちにはクロロフォルムでもかがせて寝かせ、脳を改造しワシ直属の忠実な奴隷と化させる……! これでわしの妻となる訳よ! 此度は仮初の夫婦ではなく、本当の仲睦まじき夫婦にの! エリカ君の体も心も全てワシの手中じゃのお! ハーッハッハッ!!」

 

 オーキドが、悪魔ですら物怖じしそうな大笑をすると、マツバは遂に堪忍袋の緒が切れる……いや千切れるという表現の方が適切か。ともかく、怒り心頭に発し、力を振り絞って体を前に遣って拘束台を破壊する。手枷、足枷全てを外すまでに。

 

「!?」

 

 オーキドは一瞬、信じられないとでも言いたげな目をする。

 しかし、すぐに先ほどの狂人の目に戻り、

 

「フッ……一念……いや情念石をも穿つ。じゃな。まったく恋心とは恐ろしきものよ。華奢な青年をここまでの怪力男とまでに化かせ……!?」

 

 オーキドが途中まで言ったところでマツバは無言でオーキドの胸ぐらを掴み、一気に上げる。

 しかし、それでもオーキドは平然とした表情を崩さない。

 

「おやおや、良いのか? ここでワシを殴ればすぐさまトリニティを動かすぞ……、アクロマに通報が入って、アクロマがワシの代わりに動き出すじゃろう」

「殴る……か。そんな生易しいもので済ませるとでも?」

 

 マツバは意外にも優しい表情で言う。

 

「ほう、ならば?」

「決まってるでしょう、貴方を扼殺(やくさつ)するんですよ」

「ククク……、エンジュの貴公子がそんな事を言うとはのう……、全く、恋というのは恐ろしい物じゃ。それに、ここでワシを殺さば、今度こそマツバ君の命は無いぞ」

「仮にも僕は一回死んだことになってるんでね……二度死のうと大した違いではないですよ。少なくとも、今誰よりも、どんな物よりも輝いて生きている人を、卑怯な手段で半ば死人にさせるよりはね!」

 

 そう言うとマツバはオーキドを放し、両手をオーキドの首元に近づける。

 オーキドの首まで残り20センチ程になったところでオーキドは言う。

 

「今、ワシを殺せば、それこそエリカ君を危険に晒すぞ」

 

 その言葉でマツバは手を止める。

 

「どういう事です」

「考えい、今、ロケット団とプラズマ団は一緒になって動いている。しかし、今はワシとアクロマの調停が入っておるからあまり派手な行動はしない。最近ならヒオウギに探りに行ったぐらいじゃ。じゃが、今、ワシを殺すという事はその調整を失う……、いつ暴走してイッシュ地方全土を危機に晒す事になるか分からぬのだぞ」

「……」

 

 マツバはそれを聞くと押し黙ってしまう。

 

「今すぐならばよいが、プラズマ団の計画は時間がかかる。そんな都合の良い事にはならぬ。奴らの計画の第一段階はイッシュ地方を氷漬けにすること、まず最初の街はソウリュウ。下手をすればあの二人がそこを通りがかるときにでも起こりかねん……ならばエリカ君の命の保証は……無い」

「大丈夫です……レッド君が守ってくれますよ。エリカさんなら」

「レッド君もエリカ君に対する気持ちが揺らぎ始めておる……、それに守ると言うが……」

 

 その後、オーキドはマツバに全てを話す。

 

「……! そんな……」

 

 マツバは全てを聞かされると、床に突っ伏す。

 

「左様。じゃから、エリカ君に命の保証は無いと言うたのじゃ」

「……」

 

 マツバは絶望の表情で床を見る。部屋は暫しの沈黙が支配する。

 数分しただろうか、オーキドは口を開いた。

 

「最早、君に選択の手段は無いのじゃよ。君が千里眼を渡せば、エリカ君は当面は無事。しかし渡さなければ……先ほどの通りになるのみ。殺せばまた然り」

「……」

 

 マツバは絶望の表情ののち、苦悶の表情を浮かべる。

 

「さあ、渡すのか渡さないのか、答えてもらおう……答えはもう自ずと決まっておるがの」

「……、申し訳ありません、父上……母上……!!」

 

 その後、マツバはすぐに手術にかけられた。

 5時間ほどで手術が終わり、マツバの意識が戻ったころには日付が変わっていた。

 

―2月21日 地下室―

 

 地下室は拘束台が撤去され、代わりに一床のベッドが置かれていた。

 扉には何重もの南京錠が仕掛けられている。

 

「やあマツバ君。調子はどうじゃ」

 

 オーキドはニコニコとマツバに語りかける。

 

「……」

「ふむ……。まだ術後間もないからのう……、まあ良い、これがマツバ君の今の顔じゃ。よく見い」

 

 オーキドはそう言うと、マツバにベッドに手鏡を置く。

 マツバは右目を失い、右目があった所には黒い眼帯がつけられている。

 

「……」

 

 マツバは自分の顔を見ると、数秒後に鏡を元の位置に戻す。

 オーキドはその後二言三言かけると、地下室の外に出る。

 

―廊下―

 

 廊下に出ると、オーキドは壁に寄り掛かる。

 

「チィ……! どうして目を摘出しても……あんなに、いや寧ろ……男が上がっておるのだ……」

 

 そう言うとオーキドは力なく階段を上がっていく。

 その後、マツバは監禁が解かれ、軟禁状態、つまり外出禁止の状態に緩和された。

 

 

―同日 午前11時 フキヨセシティ カーゴサービス横―

 

 さて、一方レッドの方はどうしていたか。

 レッドは、特に宛てもなくポケセンを出た後はフラフラと散歩している。

 そうこうしていると、カーゴサービスの辺りにたどりつく。

 すると、フウロが電話していた。

 フウロは、何やら困った表情で問答をしている。そして、しょげた表情で携帯を閉じポケットにしまう。そして、フェンスに放心状態な風で寄り掛かる。

 

「どうしたんですか?」

 

 急に話しかけられ、フウロは大いに驚き

 

「わっ! ……、あぁレッド君か。どうしたの?」

 

 フウロの声はいつもと少し違い、元気が無い。

 

「どうしたのって、こっちが聞きたいですよ。なんか悲しそうな表情で電話をしまうって……フウロさんらしくもない」

「見てたんだ……。あのね、ヤマジタウンって知ってる?」

 

 ナギが言っていた記憶があるので、無い事は無い。そう思ったレッドは

 

「名前ぐらいは」

 

 と答える。するとフウロは

 

「そっか。フキヨセとヤマジって、いつもフキヨセから物運んだりしているから交流が活発なんだ。それで、今ヤマジの代表者みたいな人から電話があってね」

「はいはい」

 

 レッドは真剣に聞いている。

 

「そこの人から、ストレンジャーハウスと言われている屋敷を調べて欲しいって言われてね……もーユーウツ」

「別にいいじゃないですか、お家調べるくらい……わざわざジムリーダーに頼むものかとは思いますけど」

「良くないよ! ストレンジャーだよストレンジャー! もう名前からしておかしいってば! よく分からない物の怪とかがいっぱいいる場所……そんな所にいけだなんて……」

 

 フウロは更に落ち込んでしまっている。

 

「……、あの、ついていっていいですか? それ」

 

 レッドは勇気を振り絞って言う。

 

「へ?」

 

 フウロは、パッと顔を上げる。

 

「いや、だからその調査」

「調査っていうのは名目で、本当は除霊しろとかそんな感じの事だと思うけど……。本当!? 確かにあっちの人、一人ぐらいだったら付添い居てもいいよって言ってたし……、貴方みたいに強い人がついていってくれるならほんっと助かる! お願いしちゃってもいい?」

 

 フウロは、仏でも降りてきたかとばかりに救われたような表情をしてレッドに話す。

 そして、いつもの突き抜けた笑顔が戻る。

 

「ええ、俺で良ければ喜んで……」

「それじゃ、早速行こうか!」

「えっ!? 今日ですか?」

「勿論。こういう事は早く済ませるに越したことはないしねー。じゃ、ちょっと飛行機整備してくるから待ってて!」

 

 そう言うとフウロは飛行機の方へと走り去っていくのだった……。

 

「フウロさんって……あんまり異性とか意識しない人だよな……」

 

 連れ歩いているピカチュウやヒトモシは同じように頷く。

 そして、二人と二匹はヤマジタウンに向けて出発する。

 

―正午 飛行機内―

 

 機内は、二人用の貨物機だった。

 流石にホウエンからイッシュに来た時ほどの飛行機の質ではないが、それでも十分な物である。

 ヒトモシとピカチュウは風景に見入ってる上に、談笑しているためそうそうの事では反応しない。

 フキヨセからヤマジまではおよそ30分。そんな短い時間だ。

 

「ねえレッド君」

「はい?」

「今バッジ幾つだっけ?」

 

 フウロは純粋な疑問を呈している。視線は空に向けたままである。

 

「今は……確か6つですね。次はシャガ……っていう凄く強い人らしいので緊張します」

「6つかあ……凄いね。本気のジムリーダーをここまで破るなんてなかなか出来る事じゃないよ! 尊敬しちゃうなあ……」

 

 フウロは感激のせいか目がどこか潤んでいる。

 

「いえいえ」

「でも次はシャガさんでしょ? あの人は本当……なんていうか歴戦の名将って感じで貫録も言動も半端じゃないよ。内国トレーナーの鑑がヤナギさんっていうのなら、イッシュトレーナーの鑑はシャガさんって言っても過言じゃないね!」

 

 フウロはポケモンの強さと言うよりも、人間に着目した評価を下している。

 レッドはそんなシャガの恐ろしさに触れつつ、フウロとの談笑を続ける。

 

―出発から15分後―

 

 レッドはフウロと話している最中、ついに一大決心を下す。

 

「あの……フウロさん?」

「何ー?」

「そ……そのですね、俺フウロさんの事……」

 

 レッドはそう言うと少し黙る。鈍っている訳ではなく、緊張しているからだ。

 

「? 何でもないなら」

「す……好きです!」

「……え?」

 

 フウロはレッドの告白に対し、ただ呆然とするほかなかった……。

 

―第五十七話 歴史は動く〈上〉 終―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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