伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚   作:OTZ

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最初にお詫びをします。
ホミカ戦は次回となります。ごめんなさい。
ポケモンセンターのくだりが長いのですがご容赦を。


第五十二話 終わりの始まり

―1月27日 午後8時30分 ポケモンセンター 個室―

 こうして、レッドエリカに加えてフウロが同じ部屋に泊まる事となった。

 満室とはその通りなようで、かなりの盛況だ。廊下には多くの人が往来している。

 プラズマ団を警戒して避難している人が多くいるようだ。

 そんな中、三人は部屋に入った。

 部屋の構造は、玄関を上がってすぐに台所、向かいにユニットバス。そしてその奥に二段ベットが二つ等などと本来は四人部屋の仕様のようだ。ごく普通の部屋である。

 各々の荷物を片付け、換気をして……と諸事を済ませようとしていた。

「ふぅ……、これで荷物はほとんど片付いたかな」

 レッドが最後のバッグを空いているベットに置くと、そう言って伸びをする。

「それでは、私ゆう……でなくてお夕食を用意いたしますので」

「ゆう?」

 レッドはエリカが言い直す前に言ったことが気にかかったので聞いてみた。

「……、夕餉(ゆうげ)と言おうとしただけですわ。では」

 エリカはあまり答えたくなかったのか、面倒くさそうに返す。そして食材を袋に詰めて台所へと向かった。

 レッドは何となく言外の意を察したので、それ以上突っ込むことはしなかった。

「あたしも手伝いましょうか? 料理ならそれなりに自信ありますよ!」

 フウロは腕まくりをし、胸を張って言うがレッドは即座に

「や、止めといた方がいいよ」

 とレッドは少し頬を赤らめながらもフウロを諭す。エリカ当人には聞こえなかったようだ。

「え? あたし本当に大抵のもの作れますよ! 肉じゃがでもカレーでもムニエルでも! 親の見よう見まねからですけど」

「だから、そういう問題じゃないんです。俺だって料理ぐらい作れるけど……」

 フウロは当を得ない表情をしている。当然だ、この程度の説明で理解できたらエスパーを名乗ってもいいぐらいだ。とレッドは思う。

「まあ、あれだ。台所、後ろからそーっと覗いてみるといいですよ」

「? 分かった」

 フウロはレッドの指示に従い、二段ベットの柱から覗き見するように台所でエリカの様子を伺っている。

 数分ほどすると、フウロは納得した表情になって戻り、レッドの向かい側のベットに座る。

「どうでした?」

「なんというか……一人で何でもやっている感じで凄かったよ……。あれは確かに手伝えないね」

 フウロはそう言って力なく笑った。

 エリカは一糸乱れない芸術ともいえる調子で調理するので、他人の入る余地が無い。

 素早く、無駄なく、まずくなくが彼女の料理のモットーのようだ。自分の献立と、その中身の調子を一番理解しているのが自分……という事で他人にそれを任せるのは嫌なのだろう。とレッドは自己完結をしている。

「それでも、腕は確か。エリカの料理は店並みに旨いから、期待して待っててください」

「ホント? 楽しみだなー!」

 フウロは遠足前日の子どものように素直な調子で喜ぶ。 

「それじゃそれまでお話でもしよっか」

 そう言ってフウロは足を交差させる。レッドは相変わらずフウロの所作と肢体に見とれていた。

 ホットパンツと靴下の間の脚がなんとも艶めかしい……等とレッドは惚れこんでいる。

「そ、そうですね。えっと次のジムってどこでしたっけ」

 そういえばジムが何処か分かっていなかったことを思い出し、レッドは質問する。

「確かここの近くでジムのある街は……、タチワキシティだね。あそこも新人の人がリーダーをやってるよ!」

「へー。なんて人なんですか?」

「確か……ホミカ。そんな名前だったよ。あたしも定例会で数回しか顔見たことないからそこまで知ってるわけじゃないけど。毒タイプの使い手らしいよ」

「ホミカ……? 女の人ですか?」

 ホミカという何とも珍妙な名前だが、何となくそんな雰囲気がしたのでそうレッドは訊く。

「そう! 真っ白な髪で縞々の服を着ていて……、あとギター……かな? 何か楽器を入れるケースを背中に背負ってた記憶があるよ」

 フウロは定例会での印象を思い起こしながら喋っているのか、途切れ途切れに話している。

「ふむ……。もしかしてライブとかやってたりするんですかね」

「そんな事も言ってたよ。自己紹介の時に、理性を吹っ飛ばすーとかなんとか言ってた覚えがあるから」

「いや、それだけだとただの危ない人になってしまうじゃないですか」

 レッドは冷静に突っ込みを入れる。

「そんな意味で言ったわけじゃないよ! あたしはただ、それだけ音楽に情熱を持っている人なんだって事を伝えたかっただけ」

 フウロは慌て気味に答える。

「分かってますって」

「ならいいけど……。レッドさんって」

 レッドは先ほどから気にかかっていたことを無礼を承知で勇気を奮い言う事にした。

「あの……、レッドさんってやめてくれますか? タメ口でそれだけ他人行儀ってなんだか……」

「それもそっか……。じゃあ呼び捨てでも良いかな?」

 実はレッドもそれが一番だと思ったが、エリカに誤解されかねないとレッドは思った為、

「いや、ここは間をとってレッド君で」

「分かったー。じゃあレッド君は……あたしの事フーちゃんって呼んでね!」

 一瞬だけエリカの鋭い殺気を感じたレッドは

「い……いや……遠慮しときます。恋人じゃないんですからハハハ……」

 と、冷や汗をかきながら答える。

「こ……恋人……」

 フウロはそう一言言ったかと思えば、黙ってしまった。膝の上で手を握り締め、俯いているようにみえる。

「フウロさん?」

 レッドの問いかけにフウロはすぐに反応し、

「へ? あ、ごめんね。ところでレッド君てさ、どうしてここまで強くなれたの?」

「俺としては、皆と同じようにポケモンを使って、戦わせたらいつの間に強くなった……というのが率直な感想です」

 レッドはそう建前の発言をする。

 それを聞いたフウロは大いに驚いた体を見せて

「はぁ……て、天才の発言だ」

 と珍しく意味深長な口調で感嘆の息を吐いてそう言った。

「天才って……そんな大層な人間じゃないですよ俺は」

 と言って右手を後頭部にやり、照れた様子になる。照れると手を頭の後ろにやるのはレッドの性癖だ。勿論、レッドの本当の心中はこれ程謙虚ではなく、むしろ真っ黒けだ。

「謙虚だねえ……。エリカさんはそういう所に惚れたのかな?」

 フウロは語尾を上げ、少しいたずらっぽく話している。

「……、それはそうと……」

 と、レッドとフウロは他愛もない会話を続けた。

 そして、料理が完成し、三人は夕食を食べましたとさ。

 

―午後9時30分 同所―

 三人は舌鼓を打ち、夕食を食べ終えた。

「ごちそうさまー」

 三人は異口同音にそう言う。

 因みに、普段食事の際、ピカチュウやカビゴン等雑食系のポケモンも食卓を共にしている。

 カビゴンの食費が食費全体の8割を占めている事は何をか(いわん)や(言うまでもない)。

「はー、美味しかった」

 レッドはいつも通りの感想を言った。今日の夕食は豪勢にすき焼である。

 余談だが、ポケモンセンターの個室内にはある程度の食器や調理器具が用意されている。その為、食事関係のルームサービスは一切ない。

「フウロさんもご満足頂けたようで、光栄ですわ」

 エリカはフウロの満ち足りた表情からそう読み取ったようだ。

「あわわ……、本当凄いです。一生の間でもここまでの料理は中々食べられない……」

 フウロは舌鼓を打ったというよりかは、腕の方に度肝を抜かれているようだ。

「またそんな大仰な……。私の料理なんて所詮は形式に(なぞら)えただけの淡白なものです」

 とは言うが、エリカ当人はかなり嬉しそうだ。フウロが童の如く無邪気に喜んでいるのも効いてるのだろう。

「さてと、食器片付けるか」

「え、これ全部!?」

 洗い物は鍋に加え銘々皿、ガスコンロ等などがある。

 カビゴンは銘々皿が取れない為大き目の皿で料理を食すのだが、それを10枚ほどおかわりしてしまうのだ。見てくれに似合わず妙に潔癖症なので皿は毎回新しいのでないとふてくされてしまう。

 戦力として十二分に役立っている上、何年も付き合っている相棒な為レッドは特に文句は言わない。エリカは当初戸惑っていたが……。

 その為、必然的に皿の量が多くなるのだ。

「洗わなかったら汚れ着いたまんまですよ。借り物ですからきちんとしないと……」

「それは分かってるけど、にしても大変そうだねー……あたし手伝うよ!」

 片付けは毎回レッド一人でやっているが、今回はフウロもいるので台所にて一緒にやる事となる。

「左様ですか。私、お風呂に湯を張ってまいります」

 そういう訳で、エリカは風呂場に向かった。

 

―台所―

 レッドとフウロは、食器洗いがてら談笑していた。

「ふう……、中々とれないねぇ」

 フウロは鍋についた汚れに苦戦しているようだ。

「焦げた所は取るの面倒ですからね……、スチールウールいりますか?」

「うん、有難う」

……

「レッド君って、お家にいた頃こういうお手伝いとかしてた?」

「親は昔から口酸っぱく自立自立と言ってましたからね……。よくやらされたものです」

 レッドは苦笑いしながら質問に答える。

「ふうん。いいお母さんだね!」

「フウロさんはどうだったんです?」

「あたしも似たようなものだよ。うちは三代続いてパイロットっていう家系だから、親もそれでうるさくて……。それで『自らを律さずして空を律させる事はできぬ』という家訓で生活は小っちゃい頃から自分でやりなさーいって感じだったよ」

 フウロは淡々と鍋を洗いながら、快活にハキハキと答える。

「へーそうですか……」

 と、このような調子で会話が続いていった。

 

―午後10時 同所―

 レッド、エリカと風呂に入り、最後にフウロが入っている。

 エリカはレッドと談笑していた。

「ふう……やはりお風呂というのは良きものですわ」

 風呂から出るといつも通りの自然な色気のある容貌で、パジャマ姿のエリカがそう息をついて言う。

「う、うん。そうだな」

 そしてレッドはいつもと変わらない色気に息を呑んでいる。いやむしろフウロと姿を重ねてより一層興奮している様子だ。

「それにしても、あのプラズマ団と名乗っていた組織は何だったのでしょうか……」

「何にしてもあれは結構厄介そうな組織だ……。団員とか他組織の非じゃねえぞなんだあれは……」

 レッドは昼にあった事件を思い起こしながら話す。

 ヒオウギ全体に散らばっていた団員はおよそ数百人程とされ、ポケモンのレベルも格段に違う。

 レッドはそんな化け物のような悪の組織に恐怖以上に、力に対する疑念を抱いている。

「どこかの組織と結託していたりするのかな」

「まさか、ロケット団と……?」

「いや、カツラさんとかも言ってたけどそれは無いって……。ヤマブキの時、俺が潰したってのに」

 レッドは笑いながら答えるが、エリカは未だに疑念が解消されないようだ。

「しかしエンジュでの戦乱の時もヤマブキでの事件でも、サカキは一度も姿を現しませんでした……。頭が残っている以上、復活の可能性は十分に考えられますわ」

「ま、なんにせよ警戒するにこしたことはねーだろ」

 と言ってレッドはプラズマ団の話を締めくくる。

「左様ですね。……、あ、貴方……」

 エリカは俄かに顔を朱色にする。レッドはその様に少しだけ情を動かす。

「何だ」

「その……今晩ですね……えっと……」

 彼女は珍しく言葉を濁らせている。いつもの歯切れの良い語調ではなくしどろもどろだ。

 今晩というワードからそれなりに推察はつくが、敢えてレッドはエリカの動静を伺う。

「ひ、久々にしませんか?」

「……は?」

 レッドはてっきり今晩お茶しませんか? とかその程度の事だろうと思っていただけに仰天している。エリカから誘ってくる事は稀にあるものの、今回は人がいる。

「お、おい、フウロさんが居るんだぞ。気持ちは嬉しいけど、次の街についたらいっぱいしてあげるから……」

「……」

 と言って諦めさせようとしたが、エリカは納得できない表情をしている。

 どうしたものか考えていると。フウロが風呂からでてきたようだ。

「はーさっぱりしたー……」

 フウロは髪をとかし、水色のバスローブを着用している。太ももや腹のあたりは隠れたが、先ほどのときはしっかりとカバーされていた胸元が少しだけはだけている。

 予想以上に綺麗なロングヘアと、少し見えたエリカよりも大きい谷間にレッドは(省略)

「や、やっぱり負けてた……じゃなくて、フウロさん! もう少し露出を控えた方が」

 エリカは一言二言何かを呟いて、フウロを注意した。

「へ……、あ! ごめんなさい、これでも最大限抑えているつもりなんですけど……」

 といいながらフウロはバスローブの襟を更に引き締め、帯も締め直す。

 チラリズムというのはここまで情欲をかきたてるものなのかとレッドは再認識するに至った。

 

 こうして、午後11時まで談笑を続けて三人は床についた。

 

―1月28日 午前1時 同所―

 レッドは上のベット、エリカは同じ下のベット。フウロは隣の二段ベットの下の方。

 こういう配置で三人は寝ている。

 さて、夜もすっかり更けたこの時刻。レッドは下腹部に違和感を覚えた。

 すき焼に何か入っていたのか……、とりあえずトイレに行こうと思って目を覚ます。

 そうすると、ベッドに備え付けられていた読書灯が点灯する。

 瞳孔が開いていたため、当初は眩しさに目をくらませたが段々と目がなれる。

 そして少しなれた目で正面を見ると、ぼやけながらも人間が乗っているのが輪郭で分かった。

「貴方……起こしてしまって申し訳ありません」

 声でようやく誰が乗っかっているのか判断がつく。

「……、え!? エリカ?」

 レッドは思わず上体を起こす。

「しっ、フウロさん起きてしまいますよ」

 エリカは顔の前で人差し指を立ててそう言う。

「……、わ、分かった」

 少しの時間、辺りに再び静寂が広がる。

「……、で、なんでお前俺に(またが)っているの?」

 レッドは寝ぼけていて頭が回らないせいかあまり状況を把握できていない。

「貴方……。私、先ほど今日、しましょうって」

「何を」

 レッドは間、髪を容れずに聞き返す。発言に他意は無く純粋に訊いている。

「……、女の子にはしたない事、言わせないでください」

 エリカは顔を赤くさせながらそう言った。

「いや、こんな時間に男に跨ってる奴に言われたくな……あ」

 レッドは漸くこの行動の意味を理解する。そしてそれと同時に(ニャー)が突如暴れだす。

「ふふ、体は正直ですわね……。理解された事、すぐに分かってしまいましたよ」

「エ……エリカ、どうして急に……わ」

 レッドが言うや否やエリカは少々強引に唇を重ね、舌を入れた……。

 

<暫くお待ちください>

 

 本番をする直前にフウロが起きてしまい、トイレに行ったのでいつも通り中断せざるを得なくなってしまった。

 全裸になっていたレッドとエリカは電灯を素早く消し、布団にくるまって会話していた。

「……、あ、危なかった……」

「うう……寒いですわ」

「……、風邪、ひくとまずいしフウロさんが戻ってきたら服を着て寝ろ」

「さ……左様ですわね」

 エリカはそう言って、これ以上の行為を断念するに至る。

「エリカ……、愛してる」

「……、その言葉、私だけにかけ続けると約束して頂けますか?」

 エリカは熱っぽい目線でレッドに訴えかける。

「……、ああ」

 レッドはフウロの事が一瞬脳裡をよぎるが、断ち切ってそう答える。

「フウロさんに……目移りしたりしませんよね?」

 レッドはその一言に動揺した。エリカが勘付いているとは思わなかったからだ。

 殺気の件も単にフウロとイチャついていたのを(とが)めただけだと考えたからだ。

「……気づいていたのか」

「はい。貴方、フウロさんと会ってからずっと見とれていましたし……。このままだとフウロさんに流れてしまうんじゃないかって……」

「それで俺に体で迫ったのか、いけない()だな」

 と笑いながらレッドは肩を回す。

 すると、エリカは顔を紅潮させて、

「ち……茶化さないでください。例え他が良かったとしても私の体が至らない故に私の元から去ってしまったら、私……わたくし……」

 エリカはだんだんと語調を弱めている。心底レッドに惚れきっているのが分かる。

「……。確かにさっきまでの俺はエリカの言う通りフウロさんに惑わされてはいたけど……、大丈夫、お前は体含めて世界一の床上手だ。俺が保証する」

 レッドは心の底からの感想を言う。嘘や冗談ではなく、エリカの(ニャー)は凄い。

「で……でしたら」

「床上手であろうとなかろうと、俺はエリカを愛してる。他の誰にも流されたりはしないよ」

 レッドは優しい口調でエリカに語りかける。

「貴方……!」

 二人は布団の中できつく抱擁しあった。

 その後、トイレの流れる音がしたのでエリカはパジャマを着直し、急いで下のベッドに戻る。

 こうして、フウロは再び床につき部屋に日光が差すまで、また静寂が戻るのだった。

 

―同日 午前10時 ポケモンセンター 受付―

 チェックアウトを済ませると、ジョーイさんから小包を受け取ったので三人はソファに座って中身を確認しようとした。

「宛先は、私と貴方になってますわね」

 エリカの言う通り、受取人欄にはレッドとエリカの名前が書かれている。

 依頼主欄にはアララギと、研究所の所在地らしきものが記入されている。

「開けてみましょうよ!」

 フウロは自分あてでもないのに中身が気になるのか、催促した。

「そうですね。エリカ、キングラー」

「持ってるわけないです……。それにキングラーのハサミでやってしまったら中身潰れてしまいますよ」

 エリカはそう冷静に突っ込みを入れた。

「ボケただけだよ。行け、リザー……」

 モンスターボールを座りながら構えていると、エリカは焦ったように持った手を抑え、

「待ってください、今度は燃やし尽くすつもりですか!? 真面目にやりましょうよ!」

 手を下にやらせ、エリカはレッドに目を合わせて真剣に叱りつける。怒っているエリカも可愛いなあとレッドは思う。

 フウロは行儀よく座りながら終始笑っている。

「実は、俺カッター持ってないんだよね……」

「持ってないならそう言ってくださいよ……仕方ありませんわね。カッターはございませんが、これでも代用にはなるかと」

 そう言うとエリカは懐から鍔の無い30センチ弱ほどの短刀を鞘を抜いて、レッドに手渡す。

「物騒なもの持ってるな……。護身用に持ってるのか? ポケモンが居るってのに」

「それは匕首(あいくち)と言って、ポケモンを出すほどの余裕がないような切迫した状況下での護身用、あとはこのような場合に使う為に携帯してますわ」

 この世界の住人はまず武器を目にすることが無い。レッドは匕首を興味深げに眺めた後

「ふーん……、有難う。使わせてもらうよ」

 と答え、レッドは手際よく包装紙を破き、中の箱にも切り目があったのでザクザクときり、中身を取り出す。

 中には二つの腕時計のようなものと手紙が入っており、青とピンクの二色があった。

「何だこれ」

 レッドは中身を見てまずその言葉がついてでる。

「それ、ライブキャスターですよ!」

 フウロは驚いたかのような口調でレッドに話す。

「ライブキャスター?」

 レッドは初耳な単語に首をかしげる。

「イッシュ地方で今トレンドの最先端な通信器具ですよ! 相手を登録すれば内蔵されているカメラを介してテレビ通話ができる優れものです。しかもこれ最新版……いいなぁー……」

 フウロは羨ましそうに見つめている。

「最新版ですと何が違うのですか?」

 エリカは続いてフウロに尋ねる。

「最新版だと、メールも出来ちゃうんです! 先代のライブキャスターはテレビ機能つけるのが精一杯だったのかそれ以上出来なかったようですが」

「へぇ」

「お二人のつけているのってポケッチ……でしたよね?」

 フウロは自信が無いのか確認口調である。

「そうですよ。よくご存知ですわね」

「内国に出入りしているとそういう情報に強くなるんです。確かポケッチの登録情報もそのままライブキャスターに移せるようなので試してみては如何でしょう。詳しいやり方は説明書に書いてあると思うので」

 こうして、レッドとエリカはポケッチからライブキャスターにモデルチェンジした。イッシュの知己(ちき)としてフウロを登録し、そして手紙の最終行にアララギとベルの番号があったのでそれらも登録する。

 

―同日 午前10時半 ポケモンセンター前―

 ポケモンセンターを出ると、三人はチェレンと偶然会った。

「チェレン君だ!」

「フウロさん……。それにお二人まで」

 三人はそれぞれ挨拶を交わし、世間話をする。

「あれ、それってまさか……ライブキャスターですか?」

 チェレンは確認口調で二人に尋ねる。

「はい」

 レッドが質問に答えた。

「そうですか。じゃ、僕も持ってるので……宜しければ教えてもらえませんか? 機会があればもう一度お手合わせ願えると嬉しいので」

「勿論、いいですよ!」

 レッドとエリカは新たにチェレンの番号を登録した。貰ったその日に四人新規登録である。

「さてと、お二人はこれから次のジムに行かれるんですよね」

 チェレンは当然の質問をした。

「勿論です」

「ここからだと、まず北に出て、サンギタウンを通った先のタチワキシティが一番近いジムです」

 と、チェレンは丁寧に次のジムの場所を教えてくれた。

「有難うございます」

「頑張ってねー。さてと、あたしはフキヨセに帰らなくちゃ……一日ジム空かせちゃったからその分取り戻しに行かないと」

 フウロはそう言って、目に力をこめ、気合を入れ直している。

「フキヨセですか……。どうかお気をつけて」

「あはは、チェレン君に心配されちゃー死ぬわけにはいかないねー」

 フウロは快活に笑いながらある意味誤解を招きかねない発言をする。

「ハァ……。お気をつけて! それじゃ僕もスクールの用事があるので」

「じゃーね伝説の夫婦さん! フキヨセに寄ったらまた宜しくね! 末永くお幸せにー」

 フウロはそう言うと、夫婦に挨拶させる間もなくケンホロウに乗って青空に素早く消えていった……。

「全く、相変わらずだなあフウロさんは……。僕もお二人の成功と円満を願っています。それじゃ、またいつか!」

 チェレンに別れの挨拶を告げた後、二人はゲートに入りヒオウギの出口に立った。

 

―午前11時 ヒオウギシティ ゲート―

 目の前には内国とはまた一風変わった草原が広がる。

 19番道路。それが二人の初めて通るイッシュの道だ。

「イッシュに着いてから色々ドタバタあったけど、ここからが本当の始まり……だな」

 レッドは草原を目前にしながら言う。

「ええ。艱難(かんなん)汝を玉にす……。如何な困難があろうとも、それは私たちを更に高めてくれる試練です。それも噛みしめてここからの道進んでいきましょう」

「なに、どんな困難も俺とお前にかかれば大したことじゃないさ。現にここまで来れたんだから……」

「そういう油断が思わぬ災難を引き起こすのです。昔は昔、今は今。きっちりとやっていきましょう」

 エリカはあくまで現実主義だ。時々レッドはエリカに対して息苦しさを感じるが、大半はこのようなものだ。

「そうだな……じゃ、行くか!」

「はい!」

 

 こうして、二人はヒオウギを抜けて、いよいよイッシュ地方に本格的に足を踏み入れた。

 最後の舞台。そして最後の旅……。

 色々な期待と不安を抱きながら、伝説の夫婦はまた新たなる軌跡を残すのだ……。

 

―第五十二話 終わりの始まり 終―

 


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