伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚   作:OTZ

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いよいよ最終章突入です。
メインは夫婦+パイロット視点(要するにレッド視点)
最後らへんはロケット団視点です。
ロケット団視点はかなり重い話なので、覚悟して読んだ方がいいです。
ただ、読み飛ばすことはお勧めしません。
グロこそ無いですがそれ以上に精神的に来るものがあるかもです……。
尚、今回のあとがきは特に解説すべき事項が無かったので、作者の駄弁りです。
誰得状態なので、興味のある方のみお読みください。



イッシュ編 (2014.1ー2014.7)
第四十九話 予兆


―1月26日 午後4時50分 機内―

 離陸がひと段落し、浮揚感がなくなり地上にいるときと同じような平坦な感覚に戻る。

 副機長のフウロが顔だけ後ろに向け、声をかける。

「離陸は一応完了したので、ベルトとかは外しても結構ですよー」

「あの……、厠に」

 エリカがトイレの場所を尋ねる。

「トイレなら、奥の方にあるわ」

 と、ナギが返す。

 礼を言ってエリカは後ろに駆けていく。案外我慢していたのだろうか。それともまさか女の子の日だったり……? 等とレッドは考えている。

 窓を覗き込むと目下にはホウエン地方が広がる。えんとつ山の噴煙、深々とした緑色の陸地と大海原のコントラストは中々に絶景である。それに加え、夕日が海面に映えてそれが更に見る者の印象を深くする。

 レッドがそんな風景にみとれていると、ナギが話しかけてきた。

「綺麗な風景でしょ」

「そうですね。あんまり空から地上をじっくり見下ろす事ってないもので……」

 リザードンと空を飛ぶ時は、落ちないかどうかが常に気がかり。その上翼が邪魔なので地表を目にする事はあまりないのだ。

「あたしたちパイロットと、客だけの特権のようなものですよね……。直に大地を見下ろす事なんて」

 フウロは少し切なげに言う。

「そーね。それに飛行機に乗る人なんて研究者とかお偉いさんの人とか除いたら、滅多に居ないし」

 ナギは淡々とした口調で言った。

「なんだか勿体ないです。こんなに美しい景色を多くの人へ直に届けられないなんて……」

 先ほどのフウロの口調が切なげだったのはそういう理由なのかと、レッドは腑に落とした。

「仕方ないわよ。大体の人たちは地方内で行動するから、飛行機使う機会そのものが無いんだから……。よしんばビジネスマンとか観光客の人とかが地方跨いだとしても、せいぜい内国の範囲内だしね……。鉄道や船の出番こそあれ、私たちの出番はないわよ」

 ナギは諦めの口調で話す。

「フ、フウロさんは、空が好きでこの職についたんですか?」

「そーそー。あたしの両親もパイロットだったし、故郷のフキヨセは自然が豊かで、空も空気も最高なんだ! だから、そんな空を翔る仕事……、パイロットに就いたわけ!」

 フウロは本当に楽しそうに話している。まるで無邪気に夢を語る子どものようだ。

「ほんと、そのまま鳥ポケモンにでもなりそうな勢いね……あんた」

「えへへー」

 ナギの冗談めいた発言に、フウロは茶目っ気たっぷりに笑顔で返す。レッドはますますそんな愛嬌のあるフウロに思いを募らせる。

 そんな風に話していると、ナギは話題を転換する。エリカとこれからどう過ごすつもりかを尋ねてきたのだ。

「そりゃ当然、イッシュも制覇するに決まってるじゃないですか!」

 レッドは自信満々に返す。しかし当人の予測に反し、ナギの反応は面接官の如く冷淡だ。

「そう、それは結構なことね。でもね、私が聞きたいのはそういう事じゃないの」

 レッドは鼻っ柱を折られた気分になりながら、じゃあどういう事を聞きたいのかとナギに返す。

「全部終わった後の話よ。全国周ったらどうするのか気になってね」

「何も考えてないです……。とりあえず目先の課題をどうするかで頭一杯なもので……」

 とレッドは正直に話した。

「そ……、あと一地方で全て終わるんだし、そろそろ真剣に考え始めたほうがいいと思うわ。外野の私が言うべきことでもないかもしれないけど……」

 ナギは当然ではあるがあくまで一歩引く姿勢のようだ。レッドはこの発言からそう察する。

「ただ、エリカの方はタマムシで暮らすとかなんとか言ってますがね」

「タマムシね……。あそこは首都に隣接してるだけあってかなりの大都会と聞くけど、実際どうなの?」

 ナギはタマムシという街を気にしているようだ。それに応えるべくレッドは、

「俺はあくまで数回立ち寄ったに過ぎないので、あくまでその限りの印象ですが……。ナギさんの風聞通り、便利だけど過密な、大都市の典型な所です」

 と答える。

 ナギはふうんと流す。そして、フウロがこの話に関心を持ったのか、

「ヒウンみたいな街ですね」

 と返す。

「あそこにはフキヨセから観光でフウロと一度だけ行ってみたけど、カイナとかカナズミとは比べ物にならないぐらい発展してるわよね……」

 ナギは回想してるような口調で話す。

「そうですねー。雲をも突き抜けるビルが一杯建ってて、ヒウンという名称の意味を心で理解できますよ」

 フウロがそう言い終わったかと思いきや、何かを思い出したのか更に続ける。

「そういえばナギさん、アーティさんのアトリエ行った後、理解出来ないとか言って文句付けてるとこたまたま本人に聞かれて、すっごい絞られてましたよね」

「絞られてたというか、何とも気が抜けた口調で力説されたわね……。あれだけ言われても私の心中は何も変わらないけどね」

 ナギはから笑いをしている。思い出したくない事なのだろうか、少し肩が震えている。

「アーティ?」

「ごめんごめん、アーティさんは、あたし達……、つまりイッシュのジムリーダーの一人だよ。虫と絵に命を懸けてる人で、こっちの地方じゃ結構名の知れた芸術家さんでもあるんだよ。君も近いうちに戦うことになるよー」

 レッドは真剣に聞いている。何しろ自分と戦う相手だ。一瞬だけツクシと話が合いそうだなと思ったが、多分気のせいだろうとレッドは流した。

「あと、ナギさん、ヒウンアイス買いに行ったら自分の所で売り切れて泣きそうな顔してましたよね」

 なるほど、ナギは意外と甘党なのかとレッドは思った。

「う、うるさいわね……。フウロも買えなかったじゃない」

 珍しくナギの冷徹な態度が崩れたように見える。

「あたし、何回か食べているので別にどうとも無かったですよー」

 フウロは恐らく他意のない調子で言ってるのであろう。表情に大きな変化がない。

「あらそう、私も別に甘いもの好きな訳じゃないし……」

 一方のナギは明らかに動揺している。よく顔を見てみると冷や汗をかいている始末だ。

「去年の2月14日が丁度フライトの日程とダブってて、あたしだけに運航押し付けようとしたの誰でしたっけ? 大学の講義があるとか何とかで」

「し、仕方ないじゃない。別に学生たちからチョコ貰えるから休んだとかそういう訳じゃ」

「別に誰もチョコ云々の話してないんですけど……」

 レッドが横やりを入れて指摘する。

「……。余計な事を」

 ナギは間を空けて小声で言った。どうやら計算外の事が起こると墓穴を掘りまくるタイプのようだ。

「ナギさん……、それってもう自分の敗北を宣言しているようなものですよ」

 レッドは更に追い打ちをかける。

「あはは……」

 フウロは力なく笑っている。

「はぁ……、もう。確かにチョコは好きよ。でもアイスは、アイスは別だからっ!」

 ナギは顔を赤くしながら抗弁する。ナギがこうなる事は珍しい。しかし珍しいだけに、ナギの言動がレッドの心を少しだけ締め付ける。

「はいはい分かりました、ナギ先輩! 今年も同じような事しなければ許してあげます!」

 完全にフウロは勝ち誇った笑みだ。普段、後輩という立場故に言い負かされていそうなだけに、爽快な気分なのだろう。呼称まで変えている。

 当のナギは、片手だけ頭に挙げて飛行帽越しに頭を掻きながら、

「このまま墜落しちゃいたい気分ね……」

 と言った。余程に恥ずかしかったのだろう。顔から火が出るとは斯くの事だ。

「ま、それは冗談として……。フ、フウロさ、あんた的にはヒウンみたいな大都会と、出身地のフキヨセのような自然が多い所どっちが好きなの?」

 まだ少し動揺しているのか、ナギの声は普段の針のような鋭さが無い。

「やっぱりフキヨセですよ! ヒウンも決して嫌いではないですけど、やっぱり鳥ポケモンが気持ちよさそうに自由に羽ばたける! こういう場所があたしは大好きです」

 フウロは先ほどまでのサディストモードが消え去っている。代わりに普段の可愛げのある調子に戻り、よく通る声で嬉しそうに語った。

「私も同感ねー。フキヨセとヒワマキってそういう点だと結構似た者同士なのかもね」

 ナギも同調している。レッドは、フウロのさっきの発言で更に彼女に惚れ込んでしまっている。完全に上の空だ。

「……、ねえレッドさん」

 何でしょうかと、レッドは返す。

「この際だから、単刀直入に聞くわ。エリカさんと死ぬまで添い遂げるつもり、ある?」

「……、も、勿論です!」

 レッド当人は即答したつもりだった。しかし、端から見ると明らかに数秒ほど間が空いている。

「そう。だったらいいけど……」

 ナギは弱めの口調で答える。その答えは何かを含んでいるようにも見えた。

 そのような様子で過ごしていると、エリカが静かに戻ってくる。

「よう、長かったな」

「ふう……、何か話されていたようですが?」

 エリカの尋ねに対し、ナギは

「ただの他愛もない世間話よ」

 と、簡潔に答える。

 こうして、一機の飛行機は紺碧の海原を腹に見せつつ空を翔るのだ。

 

―1月27日 午前10時 ヒオウギシティ上空―

 そんなこんなで半日以上を機内で過ごしていると、フウロから合図がかかる。

「お二方ー。もうすぐフキヨセですよ! 準備を進めてください」

 気が付くといつの間にか目下には陸が広がっている。内国とは一風変わった建物が立ち並ぶ……、そうイッシュ地方を今航空しているのだ。

 フウロの呼びかけに二人が応じると、彼女は更に続ける。

「あと、フキヨセでアララギ博士がお二人を待っているそうです。一体何用でしょうね?」

「きっと、新地方に到着したときの儀式のようなものをやるつもりですわね」

 と、エリカは推測する。

「ぎ、儀式ですか!?」

 フウロは儀式という単語に過剰に反応している。

「知らないの? バッジを16個以上集めたトレーナーには特典として御三家のいずれかを各地方の博士から、その地方に到着した際貰えるのよ。恐らくアララギ博士もそういう事で待ってるんでしょ」

 と、ナギはフウロに解説する。フウロはホッと胸を撫で下ろしながら

「な、なーんだ……、エリカさんったら驚かさないで下さいよ」

 エリカはごめんあそばせーと笑いながら応対する。エリカは時々意地悪になる傾向がある。

 そんなやりとりにまたもレッドは恋焦がれるのだ……。

 

―フキヨセシティ 

イッシュ地方空の玄関口。(海の玄関口はヒウンシティ)

イッシュ地方でも最大規模の滑走路があり、ヤマジタウン等の山間部に荷物を届けたり、内国からのVIP(要人。間違ってもVIPPERではない)を連れてきたりと様々な事に使われる。便利な位置にあるので何回も開発の話が持ち上がるがフウロは調和を掲げ、悉く阻止している。

 

―同日 正午 フキヨセカーゴサービス フロントー

 飛行機から降り、四人はフロント前まで移動する。

 フロントを背にするレッドとエリカの前に、パイロット二人が立つ。

 フロントに到着すると、まずナギが口を開いた。

「これで私の仕事は済んだわ。フウロ、整備が終わり次第あの飛行機使って帰るけど別に問題ないわよね?」

 ナギが尋ねると、フウロはポケットよりメモ帳を取り出す。そしてペラペラめくって、少しページを見ると、

「はい、特に使用予定はありません。大丈夫ですよ」

 二人の会話は機内の和やかな雰囲気とは異なり、真剣である。当然だが仕事の時はきちんと切り替えをしている。

「そう、それじゃ帰るわ。二人とも、期待してるわよ、頑張ってね!」

 ナギは腕を組んでにこやかに微笑む。ここまで爽やかな表情をナギは滅多に見せない。

「は、はい!」

 レッドは少しだけ見とれて返事をする。エリカも同じく丁寧に返事をすると、ナギはエリカの横を通ろうとした。

 その通りかけざまにナギはエリカの肩を叩き、

「旦那さんの事、気を付けておきなさい」

 と、エリカにしか聞こえなさそうな声でそっと耳打ちをする。

 そして、それだけを言うとナギは雑踏に交じりながら搭乗口に向かっていく。

「ナギさん……」

 エリカは最初、誰にやられたか分からない風だった。しかし、すぐに振り向いた時の飛行帽からのぞかせる紫色の彼女自身による歩きの風になびく長髪でナギだと気付いたようだ。

 そんなエリカをよそに、フウロは博士を探そうとする。

「フウロー!」

 しかし、探すまでもなかった。何故ならフウロの後ろに既にアララギは居たからだ。

「うわ、博士! 驚かさないで下さいよー」

 フウロは参った調子でアララギに言う。

「ごめんねー。ハーイ、二人はタマムシ大で会って以来ね! 私の名前はアララギ。覚えてます?」

 エリカは即答で

「まさか、全国屈指の高名なポケモン博士の名前を忘れるはずがありませんわ! ね、貴方!」

 エリカがさも知ってるだろうという口ぶりでレッドに話す。

「う、うん。覚えてますよ、アララギ博士ですよね」

 実際うろ覚えだったが、ここはエリカに合わせることにした。

「そ……そう! さてと、勿論二人には慣例通りにポケモン渡しに来たのだけれど、生憎ここにはタワーオブヘブンの調査に来たついでで来ただけ。だから、ポケモンは助手のベルに持たせているの」

 アララギの発言に、少しだけ二人はガクッとしている。

「そんなにしょげないでよ……。それで、ベルちゃんは別件の調査でヒオウギシティに居るからフウロちゃん、案内してくれないかしら?」

 フウロはそれに対し

「は、はい! わかりました」

 少し呆けていたのか、僅かに驚いた体で返す。

「ごめんね、こんな事頼んじゃって……」

「いえいえ、保護区の管理費用を出して頂いている博士の頼みなら喜んで! さてじゃあ、レッドさん、エリカさん。外に出ましょう」

 二人はフウロの後に続いて外に出る。

 

―同日 0時20分 フキヨセシティ カーゴサービス前―

 こうして二人は遂に、最後の舞台であるイッシュの土を踏み締めた。

「ここがイッシュ地方かあ……」

「あまりカントーと気候は変わりませんが……にしても寒いですわ」

 季節は真冬。強い北風が三人の肌を撫でるように過ぎ去っていく。

「ここはイッシュの中でも比較的北の方だから、寒くなるのは仕方ないんだ」

 フウロはそう説明する。

「なるほど……」

 レッドが納得していると、フウロは、

「それでは行きますよ! 行け、ケンホロウ!」

 ケンホロウは、ドードリオが一本の首になって首と足がしっかりしたような体をしている。

「へえ! これがイッシュのポケモンかぁ!」

 レッドは初めて目にするポケモンに目を輝かせている。やはり童心は残っているようだ。

「なかなか、そっちの地方じゃ見れないでしょ?」

 フウロは、見とれているレッドに得意になりながら話しかける。

「ええ、本当になんというか、俺の今まであってきたポケモンとはやはり毛色が違うや……」

 レッドは、ほぅと感心の溜息をついている。優しく胴の辺りを撫でてみる。抵抗しないことから、当然であるが人に馴れているようだ。

「エリカさんはイッシュのポケモンについては……?」

「図鑑で少し知っている程度ですわ。確かこのケンホロウはメスですね。飾りがありませんわ」

 どこが少しだよ!? とレッドは突っ込もうとしたが今更野暮な気がしたので止めた。

「へぇ……、流石エリカさんだ……。では、どうしてオスには飾りがついているかご存知ですか?」

 フウロはエリカを試したくなったのか、質問をしている。

「威嚇ですわ。天敵に飾りを示威するんですよね?」

 エリカは流石に記憶が曖昧なのか確認口調だ。

「その通りです。いやはや、他地方の人でここまで言い当てられた人は中々居ませんよ」

「あの、そろそろ出発致しませんこと?」

「あっといけないいけない! それじゃ、いざヒオウギシティへ!」

 こうして三人は、ヒオウギシティへと飛び去っていく……。

 

―同じ頃 ヒウンシティ 某所―

 新生ロケット団……もといオーキド団は、宿敵であるレッドとエリカの所在を常にチェックしていた。

 そして、二人がヒオウギに飛び立ったころの事……。

「二人とも、イッシュに到着したようじゃの」

 表向きは死亡。しかし、ここオーキド団ではサカキと並ぶ地位を持つ。オーキドがそう話していた。

「これで蜜月は終いだ……。レッドめ、四年来の屈辱。ここで必ずや晴らす」

 サカキは低くもドスの聞いた声で言う。

「わしとて思いは同じよ……。しかし我らが動く準備は整いはしているが……、アレが足りぬな」

「そうだな」

 サカキがそう答えると、オーキドはドアを開け、下に降りていく。

 

―地下室―

 明かりこそついているが、自然な光は一切入ってこない。そして何もない殺風景な教室一つ分はある広めな部屋。

 そう、真ん中にある一つの拘束具を除いては何もない。そんな部屋だ。

 ドアが開く。開けたのはオーキドだ。

「まだ協力する気はないかの……、マツバ君」

「……、ふざけるな」

 青年の一言は明確な憎悪を多分に含みつつ、一室に響き渡った。

 そう、3月の集団催眠事件関連に巻き込まれて死亡したとされたマツバは生きていたのだ。

 しかし、マツバはこれまで10か月もの間四肢の自由を奪われ、拘束台に固定されている。

 それ以外は特に何もないが。これだけでもかなりの重圧だ。

 何しろ、自由がない。そして食事や下の世話は全て人の手によってなされており、睡眠も、明かりが常についているためかろくに出来ない。

 普通なら狂人になってしまうような状態……。しかし、マツバは精神安定剤等を常に服用させられ、正常な思考が出来るように保たれているのだ。

 オーキドはある目的の為だけにマツバを生かしていた。

「何も難しいことは言うておらぬのだが……。ただマツバ君の持つ千里眼。それだけが欲しいのじゃ」

「何度も申し上げたはずです。千里眼は貴方のような悪人に渡しては絶対にならない。そして悪事に用いてはならない。これは……千里眼を持つ者全員が遵守すべき金科玉条であり、絶対的な法規であると!」

「そんな物は耳にオクタンじゃよ」

 そして少しの間が空く。

「……、君に一つ朗報を進ぜよう」

「?」

 マツバの目に少しだけ希望の光が宿る。

「レッド君とエリカ女史が遂にこのイッシュ地方に到着した」

「それは良かった……」

「マツバ君……、大切な人を傷つけられたくはないじゃろう?」

 その言葉に、マツバは激しく反応する。拘束台が壊れそうな勢いで体を前に出そうとしながら、精いっぱいの声で。

「貴様……、まさか……!」

「じっくりと考えい。まだ……時間はくれてやる」

 こうしてオーキドは立ち去って行く。

 残されたマツバはひたすらに落胆するしかなかった……。

 

―某所―

「今回もダメだったそうだな。オーキド殿」

 地下から戻ってきた、残念そうな表情のオーキドを見た彼はそう察する。

「うむ、じゃがエリカ女史をチラつかせた……。マツバ君もエリカ君を好いておるようじゃからの。陥落は近い」

 オーキドは確信の表情で話す。

「しかしもういっその事、千里眼なぞ麻酔で眠らせてその隙に手術をして引き抜いた方が早い気がするがな」

「そうもいかぬ。あの千里眼はあくまで所有者の意思に従う。もし、千里眼そのものが元の所有者の許諾なく嵌め込んだことに気付けば、効果は無さぬし、毒素を吐き出して体を蝕むそうじゃ」

「なるほど……。しかしどうして千里眼を求める? あれはせいぜい相手の思考を読み取るのが限界なのだろう?」

 サカキはそう疑問を呈す。

「それが大事なのだ。最早ワシは大抵のトレーナーには負けぬ程の力を持っておる。しかし、思考が読めれば更に安心な材料になるだろう? 石橋を叩いて渡るほどの臆病さが無ければ君らの理想は実現せぬぞ。サカキ殿」

「そうか……。それにしてもオーキド殿。私にはどうもあんたの考えが読めん……、エリカを奪うと言っておきながら、攫うことをも辞さない覚悟……。一体何がしたいというのだ」

「サカキ殿。言ったはずだ。ワシはあくまでロケット団の技術革新や計画に関わるのみで、ワシの真意を吐露する義理などない……とな」

「……、それもそうだ」

 そう言うと、サカキは立ち上がり、出口に向かう。

「どこへ行くのじゃ」

「あんたがそういうつもりなら……、私の方も私の心中を話す義理はないだろう?」

「それもそうじゃな」

「だが……、一つだけ教えておいてやろう。少し釣りがしたくなってな……」

「ほほう、釣りか。川釣りか? 海釣りか?」

「そうだな……、今日は海釣りの気分だ」

 そう言うと、サカキは部屋を後にしていった……。

 

―第四十九話 予兆 終―

 

 




何だこの終わり方!?
そう思った方はもやもやを解消するためにも是非次の話をお読みになってください。

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