伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚 作:OTZ
まずはマサラタウンに帰ってきた場面よりスタートです。
第三十七話 帰郷
―12月19日 午後5時 マサラタウン―
およそ一年ぶりに故郷へと帰ってきたレッド。
そして、その隣には、才女の誉れ高いエリカを連れている。周知の事実であったものの、やはり周囲の目を引いたのは想像に難くない。
彼はリザードンから降り、戻したのち、大きく背伸びした。そして、日が沈みつつあった我が故郷を見、エリカに話しかける。
「うーん、いつ来てもいい街だなぁ。エリカ、お前もそう思うだろ?」
エリカは据わった目線で一瞥し、優しめの声でこう言う。
「私は初めて来たのですが……、なるほど、マサラの名にふさわしい……まるで純白なタカサゴユリの如き光景ですわね。心が洗われる気がいたしますわ」
そう言うと彼女は深く息をつく。
「マサラは白って意味だっけ?」
レッドは脳の片隅にあった記憶を取り出し、エリカに尋ねた。
「その通りですわ。マサラタウンの出身トレーナーである以上、押さえてて当然の知識ではありますが……ね」
エリカはしたり顔でそう言った。そんな上から目線のエリカもなんと美しい事か。などとレッドが思っていると、聞き慣れた声がレッドの耳に入る。
「当然よ! 小学校の頃に散々教え込まれたもんねー」
この前来た時とは、少しも変わっていない母親である。相も変わらず自由人そうだ。
「……、貴方、この方は?」
エリカは当然の質問を投げかける。
「母さんだけ」
レッドがそう言い切るや否や、エリカは急に姿勢を正し、深々とお辞儀をして、
「これはこれは義母様でしたか! レッドさんを産まれたにしては、中々に若々しく……」
と、エリカはペラペラと喋り立てる。流石の母親も当惑気味となり、
「こらこらエリカさん、まだ気が早いわよー。義母様だなんて……ねえ、レッド?」
と、レッドに目配せした。何がやりたいのかはすぐに察することができた。
「そ……そうだな。おい、エリカ。挨拶は家の中でやろう。な? あそこのおじさん少し引いてるよ?」
レッドの諭しに対して、彼女は声調を正し、
「す、すみません。将来私の姑になられるお方に
と、言いながらエリカは冷や汗をかいた襟を正している。
あー、可愛いなー。などとレッドが素直に思っていると、母親が話しかけてきた。
「さてと、二人は今日家に泊まるんでしょ?」
断定口調で言われたので、レッドは少し眉を動かせたが、答える前にエリカは威勢よく、
「はい、勿論ですわ! ところで、
「これから作る所よ。今から買い物に行くんだけど、一緒に来る?」
「是非に。貴方はどうされます?」
と、エリカに尋ねられた。
「そうだなー、母さん、何か家にやり残した事とかあったりする?」
久々に帰ってきたんだし、孝行でもするか。と思い立ち、母親に尋ねる。
「木の実に水やりしてくれる? あぁ、ジョウロとかは玄関先に置いてあるから」
「あー……、玄関先ね。分かった分かった」
レッドは家の構造を思い出し、納得した。
「お願いねー。じゃあエリカさん、買い物に行きましょうか」
「はい! それでは貴方。また後ほど」
エリカはいつもよりも、語気を強めて言っていた。どうやら、かなり気が入っているようだ。
こうして、レッドは二人と別れ、久々に家に着いた。カギは、というと常にポケットに忍ばせているので問題はない。
―自宅―
家に着くと、彼はとりあえず、木の実に水をやった。オボンやオレン、クラボにモモンなどいろいろな木の実が栽培されている。
あまり植えてから時間がたっていないのか、芽しか出ていないものが多い。家の周りや庭、とにかく100以上も植えているので、それ全てにやるのは骨が折れる。ピカチュウやカメックス等に手伝ってもらいながら進めていた。
それにしても母さんは園芸が得意だ。どれも全く枯れていないどころか、とても生き生きとしている。そのまま売りに出しても全く問題なく、流通しそうだ。エリカが見たらなんと褒めるであろうか……。
等と思いつつ、30分ほどかけてすべての木の実に水を遣った。ピカチュウはレッドと一緒に右半分に水を遣り、カメックスは水量を調節しつつ、左半分に水を遣った。ジョウロ要らずである。
「マスター、全て終わりましたー」
のそのそと、カメックスがやって来た。水遣りが終わったらしい。
レッドは、左半分を一瞥する。
「うん、やり過ぎてはいないみたいだな。よくやった、カメックス」
そういって、レッドは安堵した表情でカメックスの頭を撫でてやった。
「へへ、どうもー」
カメックスは照れながら答える。
「ピカー」
ピカチュウは、レッドのズボンの裾を引っ張った。なるほど、褒めてほしいみたいだ。
「おお、ごめんよピカチュウ。お前も一緒によくやってくれたな」
レッドはそう言ってかがみ、ピカチュウの頭も撫でてあげた。ピカチュウは嬉しそうに、そして頬を緩ませて、何とも愛しい表情をしている。
「ふふ、相変わらずね……レッド君」
後ろから俄かに声がする。聞き慣れた声……、幼い時、何度もグリーンと遊んだ時、遠くから見守ってくれた。そして時々は一緒に遊んでくれた、グリーンの姉、ナナミの声である。
「ナ、ナナミさん! お久しぶりです」
「あら、随分畏まっているわね。いいのよ別に、昔みたいにお姉さんって呼んでくれても……」
優しい性格は昔から全く変わっていないようだ。マサラから旅立ちをして以来、四年間全くあっていなかったせいか、かなり大人っぽくなっている。そして、グリーンの姉だからか、容貌も美しい。
レッドは、呼び方を直し、
「ナナミお姉さん。……グリーンから何か聞いてはいないですか?」
「弟ねぇ……、エリカさんと君が一緒に旅に出るって言った時、かなり憤慨してたわね」
それを聞いたとき、レッドは目を点にする。
「え……、もしかしてグリーン、エリカの事……」
「知らなかったの? 弟はね、よく女の人について語っていたけれど、それとは比べ物にならないぐらい素晴らしい女だって、それに加えて、エリカを娶るのは俺しかいねぇ! ……ともね」
レッドは上から水がぶっかけられた感覚を覚えた。
「……、あいつ、俺の前では一言もそんな事言わなかったのになぁ」
「あの子、本当に思っている事はお姉さん以外には、打ち明けない性質なのよ……。いわばあたしが母親代わりって事ね」
ナナミは軽く笑いながら、そう言った。
「……、そんな大事なこと。俺に言って良かったんですか?」
「いいのよ。これに関しては、俺の口からは言いたくない。 いつかレッドに会ったら伝えてくれ……って言っていたしね。ほんと変な子よね。自分から言えばいいのに……」
ナナミはそう言いながら、髪をいじっている。そして、話題を切り替えた。
「そうそう、あの子、トキワでジムリーダーやってるって事。知ってるわよね?」
「ええ勿論。最後に挑もうかと思ってます」
そう答えると、ナナミは少し声のトーンを上げて、
「かなり気合入れているわよ。心してかかりなさいね。お姉さんの推測だけど……、レッド君が挑んだ時とは段違いに実力上がっているから……、チャラチャラしているように見えるけど、やる事はやっているよ」
ナナミの発言を嘘とは思えなかったレッドは、身震いした。
「さ……賽ですか。だったらこっちも本気でいきますか……。ところで……、オーキド博士とは最近……」
その尋ねに対し、ナナミはトーンを下げ、
「全く連絡取れないわ。おじいちゃん、あんな大きい事件起こして、示しもつけないまま死ぬだなんて……。でもなんだか弟はそれなりに把握しているっぽいけど……」
その発言に反応して、レッドはナナミに問うた。
「それって一体、どういう事です?」
しかしナナミの返答は、あまり芳しいものではなく、
「さあ……、お姉さんにはよく分からないわ……。個人的には本当に、おじいちゃんが死んでいるかどうかすら疑わしくもあるんだけどねぇ……。あ、もうすぐ晩ご飯の時間……。じゃあね、レッド君。弟にも宜しくー」
そう言って、ナナミは去っていくのであった……。
―自宅内―
レッドが大きな疑念を抱えたまま、家に入ると掃除していなさそうな場所があった。その為、掃除していると、インターホンが押された。
駆け足で玄関に走りドアノブを捻り、押す。すると、母親とエリカが大きな荷物を持ち下げて帰ってきていた。
「お帰りー」
レッドが次に続けようとすると、エリカはそれを遮るように、
「貴方、この袋持って頂けますか? 義母様! 台所は何処に?」
「台所なら、玄関からまっすぐに行った所にあるわよー」
母親がそう答えるや否や、すぐにエリカは荷物を床に置いて、靴を脱いで揃え、そそくさと台所に向かっていく。
「張り切ってんなー、エリカ」
「そーねー、スーパーに行った時も、じっと生鮮食品とかを見つめて、一番良さそうなのを取り揃えていたし……。レッド、あんた良い嫁さん捕まえたねぇ。こんな出来た人、レッドには勿体ないくらいだけど……」
などと母親が呑気に言っていると、割烹着を着終えたエリカが玄関まで戻り、
「義母様、本日の夕食は私がお作りいたします。貴方、早くその袋を……」
「おお、悪い悪い。あぁ母さん! 風呂場掃除しといたから」
そう言って、レッドは母親の「ありがとねー」という言葉を耳に挟みつつ、台所に急いだ。
―リビング―
色々と落ち着いたのち、レッドはリビングの椅子に座り、その奥のシステムキッチンに居る、母親がエリカの後ろについている所を、観察している。
エリカの料理している姿は何度も見ていたが、こうして家庭で見てみると、なるほど改めて凄さが分かる。野菜や魚等は素早い包丁の捌きで適宜に切られ、しっかりと分量を見極めつつ手早く調味料を入れているなど、その所作には一切無駄が無く、プロですら裸足で逃げ出しかねないレベルであった。
そんな、早送りで調理番組を見ている気分になりながら、レッドは観察し続けていると、調理開始から一時間後、座っていた椅子の上のテーブルに、料理が出てくる。
見た限りだと、鍋焼きうどん、さつま汁、きんぴらごぼう、白飯等々と、エリカらしい野菜中心の和食の献立である。
見た目もさることながら、味はまさに一級。例えば野菜はそれぞれの特色を主張しつつも、きちんと一つに収まった整った味である。店に出したら3000円ぐらい取られても文句は言えないレベルで、各々舌鼓を打つ。
母親は、感動したような、高い声を出し、
「ここまで美味しい料理なんて、いつ以来かしら……。エリカさん。貴方、店出しなさいよ。きっと繁盛するわよ~」
と、冗談半分にエリカに笑いかけた。
「そこまで褒められると、お尻がこそばゆいですわ……。しかしこれは、あくまで幼少の頃に手習いしたのをなぞっているだけです、まだまだですわ」
エリカは自らを謙遜している。母親は完全に魅入ったようだ。
―午後8時―
こうして、夕食を食べ終わり、後片付けをして、風呂を沸かしている最中。レッドとエリカはリビングに居る。
母親は、台所で木の実を取り出し、デザートを作っている。エリカは手伝おうとしたが、母親は「いいからいいから」と、適当に押しとどめて、一人で作るに至っている。
レッドとエリカは、先ほど夕食を食べていたテーブルで、向かい合って座り、談笑している。
「母さんね、夕食作った後は、取れた木の実を使って簡単なデザートを作ってくれるんだよ」
「へえ、そうなのですか……、料理お好きなのですわね。料理作っている際も、ずっと見ていらしゃいましたし」
実際、エリカが料理を作っている時、母親は上から覗き込んで、ほうほうと感心していた。
「そーだよ。母さんも料理上手いんだよー。お前とはまた違った意味でね」
エリカは、レッドの言った言葉の言外の意を察したのか、それ以上深くは聞いてこない。レッドは話題を切り替える。
「ジムに挑む順番はさー、普通にタケシから順々にやっていくでいいよね?」
「そうですわね。その方が貴方も、懐かしみが尚更湧いて宜しいでしょう」
エリカは、少し微笑みながら返す。
「……、あ、そういえばタマムシ、本来はお前だよな? どうすんの?」
「さあ、どう致しましょうね……、フフフ……」
エリカの不敵な笑みに、レッドは敢えて突っ込んで見せる
「おいおい、まさか策でもあるのか?」
「着けば分かりますわ。それにしても、もうすぐ冬至ですか……、早いものですわね」
エリカは風流めいた事を言う。レッドは敢えてかじりつく。
「冬至って、夜が一番長いんだよね!」
レッドは自信満々に答える。
「……、その通りですわ。因みにお聞きしますが、二十四節気で冬至の次に」
危機を察知し、レッドはわざと素っ頓狂な声を上げて、
「もうすぐ旅に出て一年かぁ。なんだか実感湧きそうで、湧かないなぁ」
「あら、どうしてですの?」
エリカの尋ねに、レッドは
「さぁね。自分でもよく分からないや」
そうこうしていると、母親が二枚の盛られた平らな皿を持ってきて、
「お二人さん、今日のデザートは温まるマトマの実の砂糖和え、後はレッドの大好きな、よく曲がったマゴの実のヨーグルト和えよー!」
そう言って、母親は皿を二人の前に置き、母親もまた座る。
マトマの方は、瑞々しく赤い切り身に加えて、白砂糖がついており、爪楊枝が刺されていた。マゴの実の方は、マトマの方よりは少し太い楊枝で、ヨーグルトの端々からピンクの切り身が垣間見える。
いただきますの挨拶をした後、レッドは、まずマトマの方を口に運んだ。
「うっ……辛い、でも甘い……、いい感じに味付けしたね、母さん」
「あまり辛くないように育てたからねー、砂糖も多めに使ったし……」
母親は快活に答えた。エリカも同じく、マトマを口に運び、
「これはなかなか新鮮な味……、クセになりそうな味ですわ」
と感想を言う。
次にマゴの実のヨーグルト和えを食べる。
「これは旨い! やっぱ俺の大好物だわ……」
エリカもそれに反応したのか、口に運び、
「ヨーグルトの酸味と、マゴの実の甘さが丁度いい具合に絡み合ってて……好きな味ですわ」
こうしてその後、母親も一緒に食べて、10分ほどで食べ終えた。
「ふう……流石は義母様……、ここまで美味しいデザートを日々食べてこられた貴方が羨ましいですわ。家庭的な味とはこの事をいうのですわね。様式的な味しか口にしたことがない私には新鮮で、感動も致しましたわ!」
「エリカさんに褒められると照れるわね。貴女には敵わないわよ」
と、母親は謙虚になって、エリカの言葉を軽く受け流す。
その時、ピピーッと電子音が鳴り響く。風呂が沸きあがったようだ。
「お風呂、沸いたみたいね。さてどうすんの? 二人で入っちゃう?」
母親の冗談半分の言葉に対し、エリカは一気に顔を赤くしている。
「お……義母様の家で、そのような事は……」
「なーに言ってんの! この家で(ニャー)したからレッドが生まれたんでしょうに」
身も蓋もない事言うなよ母さん……、等とレッドが思っていると
「うーん……、じゃあ今日はレッドから入りなさいな。久々に帰ってきたんだし」
「そーだな。うし、じゃあ先入るわ」
そう言って、レッドは風呂に入るのであった……。
―午後11時 二階 レッドの部屋―
こうして、レッドとエリカは別々に風呂に入り、歯を磨き、母親におやすみの挨拶をした後、二人はレッドの部屋で寝る事になった。
「ここが、貴方のお部屋……、綺麗ですわね」
「いやだって、四年間も帰ってきていないし……、あ、Weeだ!。母さん残してくれてたんだなぁ……」
等とレッドは懐かしみに触れていると、エリカは
「さて、もう23時ですし……、寝ましょうか」
「あれ、エリカらしくな」
レッドが続きを言おうとしたが、エリカは赤くなりながら
「もうっ、寝ますわよ……って、ベット一つしかないですわね……」
「しょうがないなぁ。シングルで二人で寝るか……いやあれでかいぞ!?」
レッドがベットの方向に振り向くと、そのベッドは明らかにダブルベッドになっていた。
「余計なことしやがって」
と、レッドは口では言ったものの、心中は羽化登仙の気分である。
こうして二人はダブルベッドで眠りにつくのであった。
―12月20日 午前8時 マサラタウン レッド家の前―
起きた二人は朝食を食べて、いよいよ故郷から三度目の出発をする。
「気をつけなさいね。レッド。エリカさんをきちんと引っ張っていきなさいよ……、まぁアンタがひっぱれるのがオチなんだけどね」
レッドは図星で、まったく言い返せなかった。
「義母様、どうか御達者で」
「大丈夫よ。そちらこそ、怪我とかしないように……ね」
母親は二人の容態を気遣った。
「……、母さん、次に来るときこそ、ポケモンマスターになって帰ってくるよ」
そのレッドの答えに対し、母親は
「無理せずに、頑張りなさいよ。あんたは、きっとやれるよ。だって母さんの子だものね! それじゃ、行ってらっしゃい」
こうして、二人はマサラタウンを去り、最初のジムのある街、ニビシティへと向かうのであった……。
―第三十七話 帰郷 終―
マゴの実って、曲がっていれば曲がっているほど甘いんだそうな。(タグより)
次回はvsタケシ戦を予定しています。