伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚   作:OTZ

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第三十六話 膨張

―12月20日 午後2時 シンオウポケモンリーグ チャンピオンの間―

 

「ヴァァ……ッ」

 

 シロナの持つガブリアスは、ゴールドのマニューラが放った冷凍パンチによって、ついにとどめを刺され、その地に伏せた。

 

「やった……。よくやったマニューラ!!」

 

 そう言って、ゴールドはマニューラの頭をつかんで思い切り撫で、喜びを伝えた。

 

「流石は、あのレッドさんにも比肩する実力を持つトレーナーね。その実力は全国広しといえど、片手にはあまりそうね」

 

 シロナはガブリアスをボールに戻しながら薄っすらと微笑んで、その実力を讃えた。

 

「ありがとうございます!!」

「さて、君はこれから殿堂入りの手続きをすることになるのだけど……、その前に一つ伝えないといけないことがあるの」

「は、はい? 何でしょうか」

 

 ひとしきり喜んだ後、ゴールドはマニューラを戻して尋ねる。

 

「本当なら、君はもう条件を達成してイッシュ地方に行けるはずだったんだけど、この前の選挙でね、レッドさんの最初に回った地方であるカントーのジムリーダーから、自分たちだけ本気で戦えないのはズルい!! って文句が出て、それでもう一周カントー周って来るようにって事になったのよ」

「えっ……。それってもしかして」

 

 ゴールドはすぐに感づいた。

 

「ご明察。カントーはいいのに、ジョウトはダメってことはないだろう! って、今度は君の所属してる地方のジムリーダーから文句が出て、つまりね」

「僕もジョウトのジムバッジもう一回取り直してこいってことですか?」

「うん。まあ、早い話がそういうことね。特にイブキさんあたりが凄い剣幕で再戦熱望してたらしくてねぇ。何かあったのかしら?」

「アハハハハ……。まあちょっと」

 

 ゴールドは龍の穴まで、わざわざ長老の試験に出向かされたことを想起して苦笑いをしていた。

 

「ああやっぱりそうなんだ。まあ、そういうことだから、ちょっと遠回りにはなるかもしれないけど、もう一回バッジを取って、ポケモンリーグに行って、理事ちょ、いや、ワタルさんから渡航許可証を貰えれば、今度こそイッシュに行ける手筈になるはずよ」

「もしかして、その口ぶりからすると」

 

 シロナは一度首を縦に振る。

 

「もちろん、セキエイリーグも四天王とチャンピオンを倒す必要があるわ」

「やっぱり……。でも僕は構いません! やっぱりフェアじゃないですからね。そーいうのって」

「理解が早くて助かるわ。こちらの都合で申し訳ないけど、よろしくね。さ、ゴールドさん、ついてきて」

 

 そう言ってシロナはシンオウリーグ最奥部にある、殿堂入りの間へゴールドを導き、その手続を済ませた。

 

―午後3時 シンオウリーグ 入り口―

 

 殿堂入りの手続きを済ませ、ゴールドは雪の降り積もる入り口に出た。やはり、冬に本格的に入っただけあり、相当に冷え込んでいる。

 とりあえずジョウトへ向かうため、ヨルノズクを出そうとモンスターボールに手をかけると、着信音が鳴り響いた。

 ゴールドはポケギアを取り出し、電話に出る。

 

「はい、ゴールドですけ」

「あっ! ゴールド!? 久しぶりー元気してた?」

 

 電話の相手は恋人のカスミであった。彼にしか聞かせない甘い声色で彼女は続ける。

 

「聞いたよー! もうシンオウリーグの殿堂入り済ませたのよね? さっすがマイダーリン」

「さすが、耳が早いね。ありがとう。でもまだまだこれからだよ」

 

 ゴールドは感謝の意を伝えつつも、感情は抑えた声色でそう返した。

 

「そういえば、リーグからのお知らせが回ってきたんだけど、レッドはカントーもう一回回る事が決まったのね。それで、もしかしたらゴールドもって……」

「うん。僕もジョウト周ることになったよ」

「それじゃあ、すぐ近くに来れるのね! うれしー!」

 

 カスミは心底嬉しそうな声色だ。今にも通話口から飛び出して抱きつきかねない勢いである。

 

「今度はいつ会えるかな? カスミの家、まだ2,3回しか行ってないしまた機会あれば……、あ、そうだクリスマスとかどうかな? もうすぐだしさ」

 

 ゴールドが尋ねる。やはり、ホウエンでの一件以来、会う頻度は大幅に減らしただけに、尚更カスミに会いたい気持ちはある。

 

「え!? そ、そうね……」

 

 急に具体的な日どりを指定すると、カスミはそれまでの調子から、一瞬言葉を濁した。

 

「あれ? どうしたの?」

 

 カスミはそれからやや間をあけて返す。金属の擦れた音や、乾いたタップの音などが聞こえたため、予定を確認していたのだと推測される。

 

「ごめん! ちょっとクリスマスはハナダのイベントとか、ジムの方で色々予定詰まってて、空けられそうにないの!」

 

 パン。と、勢いよく手を合わせる音がした為、彼女が電話越しで謝っているのがゴールドにも伝わった。おそらくハンズフリーモードなのだろう。

 

「えー!? せっかくのクリスマスなのに……」

「ほんっと~~にごめんなさい! そのかわりなんだけど、年末年始とか、ダメ?」

「うーーん。分かった。旅とか修行の事もあるからまだ確定はできないけど、なるだけ会えるようにはするよ」

 

 そういうわけで、ゴールドはカスミと会う予定の日時を大まかながらも詰め、それからする予定のことを話し合ってポケギアを閉じた。

 ゴールドは、会う日のことを想像するだけで胸が高鳴って、思わずニヤついてしまった。

 

「よう」

 

 気がつくと、目の前に赤毛の少年がいた。シルバーと名乗る、ゴールドを一方的に追いかけ回している人物だった。

 

「あっ、シルバー! ひさしぶ」

「随分と楽しそうだな」

「え? 聞いてたの? 参っちゃうなあ……」

 

 ゴールドは照れ隠しに頬を掻いた。

 その様子にシルバーは何が気に食わないのか、その形相を一気に強張らせる。

 

「フン。そうやって浮ついてりゃいいさ」

 

 そう言って、シルバーはゴールドの横を通り過ぎ、リーグの入り口へ近づく。

 

「あ、あれ?」

 

 いつものように勝負はしかけないのかと、尋ねる前に

 

「今のお前とやる気はない」

 

 と捨て台詞を吐き、彼はリーグ内へと消えていった。

 

「なんだい。まだリーグ制覇すらできてないじゃんか……」

 

 そうこぼしながら、ゴールドは今度こそヨルノズクを繰り出し、南の方向へ飛び去った。

 

――

 

 マサラタウンを出発したレッドとエリカ。

 二人が最初のジムリーダー・タケシの居るニビシティを目指している最中、1番道路を抜けた先にあるトキワシティを宿にすることにした。

 

―12月21日 午後4時 トキワシティ―

 

「ふう。ようやくついたな。しかし、どこか前とは変わった気がするな」

 

 街の入り口に着くと、レッドは伸びをしながらそう言った。

 

「ええ、最近はトレーナーハウスという腕試しの場が出来たそうですわ」

「ほう」

 

 レッドは少しだけ関心がありそうな素振りを見せた。

 

「私も詳しくは知らないのですが。トレーナーの社交場としての機能と、対戦施設として機能しているそうですわ。行ってみましょうか?」

 

 レッドは少し立ち止まって考えた後、

 

「うーむ。どうもミナモの時のアレがな。いや、ありがたいんだけどさ」

 

 と不服そうに答えた。レッドは、ミナモシティのファンクラブにおける軟禁にも等しい、質問責めを受けたことを思い出して、あまり乗り気じゃない姿勢である。

 

「左様ですか。では、ポケモンセンターに行き、夕餉に致しましょうか。本日は冬至ですわよ」

「おお、もうそんな日か。どうりで辺りが暗いなぁと思ったら。今日はカボチャの煮物とかか?」

 

 レッドは心を踊らせながら、晩御飯について尋ねる。冬至を迎えていたため、もはや周りは茜色にそまり、夜闇を迎える準備すらはじめていた。

 

「そうですわね。しかし、南瓜だけですと寂しいですから、寒鰤や大根なども仕入れておきますわね」

 

 エリカは、冬至の寒さで手袋越しとはいえ悴む手に、白い息をふうと吹きかけながらそう答える。

 

「あーいやでも。悪い、その前にジム訪ねていいか? 挑戦はしないけど、せっかく来たんだしグリーンの顔ぐらい見ておきたい」

「え……」

 

 彼女は先程までの穏やかな表情から、にわかに相貌を歪ませる。

 

「どうした?」

「それは、私も同行しなければなりませんか?」

 

 エリカは難色を示している。レッドは彼女がグリーンのことを、生来の性格に加え、オーキドの孫ということで好ましく思っていないことを失念していた。

 

「あぁ……。ま、そうだな。じゃあ、お前は先にポケセンに行って飯作っててくれよ」

「承知いたしました」

 

 そういう訳で、レッドはエリカと別れ、一人でトキワジムへ向かった。

 

―午後4時20分 トキワジム前―

 

「おお……。君は確か4年ほど前にも会ったかの」

 

 レッドが記憶をたどりながらようやくジムの前にたどりつくと、入り口の近くで徘徊していた一人の老人が懐かしげに目を細めながら話しかけてきた。

 

「え? すみませんどちら様でしたっけ?」

 

 レッドはとりあえず思い出そうとするも、失念してしまったため申し訳無さそうに返した。

 

「なんじゃ。覚えておらんのか……。まあよいわ。しかし残念だの。ここにリーダーはおらんよ」

「え? 本当ですか?」

「うむ」

 

 老人ははゆっくりと頷いた。

 

「どうして居ないのか、事情とか聞いていませんか?」

「さあ。知らんのう。しかしどうしてトキワのジムリーダーは、落ち着くという事を知らぬのか……」

 

 そう愚痴に等しい文句を連ねながら、老人は立ち去っていく。

 玄関口のライトは点灯しており、出入り口にあたる自動ドアのセンサーは緑色を示している為、ジムそのものは営業しているようだ。

 しかし、モラトリアム向けの臨時リーダーなどに用はないため、レッドはそのまま踵を返して、ポケモンセンターへ戻った。

 

―午後7時17分 ポケモンセンター―

 

「グリーンの奴、いなかったわ」 

 

 夕食を済ませ、洗い物をしているエリカにレッドは話しかけた。

 

「あら。左様でございましたか」

「全くどこに行ったんだかな。ま、あいつの事だからまた女の尻でもおっかけてるんだろうが」

 

 言ったと同時に、エリカがくすりと笑っているのが聞こえた。

 

「なんだ? なんかおかしいか?」

「いえ。貴方でも、そのような事を言うのだなと」

「え? あ、まあな。あいつとはなんだかんだ古い付き合いだから」

 

 レッドは腰掛けた椅子から立ち上がり、手持ちを何体かモンスターボールより出し、世話をはじめた。

 

「ポケッチでお電話はされたのですか?」

「いや。居るなら顔を合わせたかっただけだから、別にいいかって」

「しかしそれでは挑戦したい時にお困りになるのでは」

「どうせあいつは8番目だし、その時がくれば何かしらあるだろ」

 

 と、レッドは特に根拠もなく言って見せる。

 

「そんな曖昧な……。あの、私からナツメさんにそれとなくお尋ねしてみましょうか? ジムリーダー同士ならばなにかしら」

 

 食器を洗い終わり、続いてお茶を淹れながら尋ねる。

 

「いい。そこまでしてもらったら悪い」

「しかし」

「いいから。余計なことはするなよ」

 

 レッドはやや強めの語気でそう言う。彼にとってはやや虫の好かないところもあるとはいえ、大切な友人であるため、いかにエリカとはいえそのあたりの領域を踏まれるのは快くは思わなかった。

 

「そうですか。貴方がそう仰せならば……」

 

 彼女はそう言って、やや寂しげな視線を送りながら皿洗いを再開した。

 

―午後8時3分―

 

 レッドが風呂に入ってる間、エリカのポケッチに電話がかかってきた。

 相手はナツメで、選挙の定例会以来の会話であった。

 

「まあ。そうですか、シロナさんは戒告と30%の減給1年と……」

「理事長はそれで済ますみたいね。あれだけの事をして、それでも副理事長にとどめておくなんて随分と甘ちゃんだと思うんだけど」

「今やリーグにシロナさんは欠かせませんから、ギリギリの重い処分を出すしかなかったのでしょう」

「そう……。ま、私にはどうでもいいけどね」

 

 そういってナツメはやや間をあける、何か飲み物を飲んだのだろう。

 

「それにしても選挙なんて、めんどくさいだけね。理事長なんて勝手に選んでおけばいいのに」

「しかし、ヤマブキジムはリーグからの支援金で運営しているのでしょう? 無関心ではいられないと思うのですが」

「いいのよ。もらえるものは貰ってるだけで、いざとなれば支援金なしでもエスパーはいくらでも稼ぎ口があるんだから」

 

 ナツメは涼やかな声で軽く笑いながらそう言ってみせる。実際のところ、エスパー使いにはその超能力を用いたまともな雇用先や生計手段がそれなりに用意されているため、食うには困らないのは事実である。

 

「まあ。案外たくましいのですわね」

 

 エリカもまた友人の勇壮ぶりに口元を緩ませてにこやかに笑った。

 

「さて、そんな話はともかく、本当にレッドとこのまま旅を続けるつもりなの?」

「ナツメさんもいい加減しつこいですわ。まだ見定めると申し上げたはずですが」

 

 エリカはややうんざりしたような声色で返すが、ナツメはそれを遮って続ける。

 

「あの……レッドには言ってあるの?」

「え?」

「私とあんたが昔その……、恋仲だったこと」

 

 ナツメは、鉛でも含んでいるかのような口調で切り出した。

 

「あぁ……。いいえ、それが何か?」

「何かって、話さなくていいの?」

 

 ナツメの声が少しだけ張り上げられる。そこには本当にいいのかという念押しが混じっていた。

 

「ナツメさんとそういう仲にあった事は事実ですが、同性なのですし、別に話す必要はないと思いまして」

 

 エリカは少々沈思して間を置いたものの、事もなげに言う。

 

「で、でも、レッドにとってはやっぱり大事なことなんじゃないの?」

「そうでしょうか? 話したところで夫に余計な不安をさせるだけに思いますわ」

「私がレッドの立場だったら、やっぱりそういう遍歴は例え同性相手だとしても、話して欲しいわね。それが信頼ってものじゃないの?」

 

 ナツメはやや言い繕った風の様子でたどたどしく言葉を紡いだ。

 

「そういうものでしょうか」

「うん……」

「随分と小さいお声ですわね」

「え? そう?」

 

 それから10秒ほどエリカはおとがいに手を当てて思考し、ふうと息をつき、

 

「分かりましたわ。折を見て、夫には話してみますわ」

 

 とナツメの提案をとりあえずは承諾した。

 それから3分ほど話して、通話は切れた。

 

―ヤマブキシティ ナツメ宅 リビング―

 

「これでいいのよ、これで……」

 

 ナツメは切れた通話音を鳴らし続けるポケギアを下げて、そう一人呟き、飲みさしの栄養ドリンクに口をつけた。

 

――

 

 こうしてレッドとエリカは、冬至の日をトキワシティで過ごすのであった。

 そしてその後も冒険を続け、トキワの森を越えてニビシティに到着する。

 

―12月24日 午後3時 ニビシティ―

 

 12月24日は、周知のとおり、聖夜前日の日である。

 クリスマスは、ナザレ村のイエスが聖母マリアから生まれたとされている日で、キリスト教徒にとっては大事な日である事も周知である。

 しかし、キリスト教圏からは遠く離れたここカント―地方でも、いわゆるクリスマスツリーがベツレヘムの星を筆頭にして、ベルやモール等で飾り付けられており、街中が家族連れや恋人達で賑わう日となっていた。

 無論、ニビシティも例外ではなく、町中はそういう人々で溢れており、街頭ではクリスマスケーキなどが盛んに売られていた。

 

 レッドは内心、雀躍としていた。

 なにしろ、今年は隣に女性を侍らせている。去年はシロガネ山でラジオの讃美歌をバックにして手持ち達と祝っていたが、今年は女性が隣にいるのだ。

 彼にとっては望外の喜びであった。世の女性に恵まれない男たちからすれば羨望の的となるシチュエーションで、迎えることができたのである。

 

「やれやれ、町中は盛り上がってるな」

 

 レッドは高ぶってる内心をみせまいと、平静を装ってエリカに話しかけた。

 

「そうですわね。なんだかこちらまでソワソワしてしまいますわ」

「俺も。ここまで気持ちが晴れやかなイブは何年ぶりだろう」

 

 レッドはしみじみとした表情で過去を振り返りながらそう言った。

 

「晴れやか? どうしてですか」

「そ、そりゃあお前が隣にいるからだよ」

「まあ、嬉しいこと言ってくださいますわね」

 

 そう言いながら、エリカはレッドの左腕に寄り添った。体温が伝わり、血の通った肌を服越しにレッドは覚える。

 

「エ、エリカ?」

「私も、同じ気持ちですわ。もっとも私にとってはクリスマスを祝う習慣は薄く、それよりもお正月や年末の様々な準備に追われていてとてもこんなゆっくりしてられなかったからですが」

「そ……そうなんだ。でも、なんでだよ。別に普通に祝えばいいじゃないか」

「私からすれば、クリスマスよりもお正月がメインイベントですから」

 

 エリカはやや得意げにそういった。

 

「正月なんて初詣行って、おせちと雑煮食べてゴロ寝するだけの日だろ」

 

 お年玉なども貰っていたが、なんとなく彼は彼女の前でその話をするのは避ける。

 

「まあ。そんなことありませんわ。私の屋敷では希望したジムトレーナーも招いて三が日にかけて初詣はもちろん、連歌会や、カルタ大会や書き初め大会、すごろく大会に福笑い、羽つきなど様々な事をして新年を祝うのです」

「なんか後半遊んでばかりじゃないか?」

「遊びも交えて賑やかにやってこそ、新年を心から慶べるというものですわ」

 

 エリカは自信たっぷりに胸を膨らませて言い切った。レッドはこれは何を言っても意味がないことを悟る。

 

「なるほどねぇ……、さてじゃあ、ニビジム行くか?」

 

 エリカはそれに同意し、二人はポケモンセンターで回復させた後、ニビジムへ向かった。

 

―ニビジム―

 

「おお、よく来たなレッド。選挙以来だな」

 

 入り口に入ると、リーダーのタケシは朗らかに出迎えてくれた。

 

「こちらこそ」

「ここは、落ち着いておりますわね……」

 

 エリカは街の喧騒にややあてられていたのか、安堵したような声をしている。

 

「外は聖夜だなんだと、浮かれているけど、ジムリーダーたるもの仕事はきっちりやらんといけないからな!」

 

 タケシは腰に手を当てて、威張ったような格好をする。

 無理しやがってとレッドは心中で思った。

 挨拶もそこそこに、バトルフィールドのあるジムの最奥部へタケシの先導で向かう。ジムトレーナーがかかってどうにかなる相手ではないと重々承知しているようだ。

 

「さて、この数年で、レッドがどれだけ強くなったか、そして、約一年の旅でエリカさんはどのように成長していったか、この俺の相棒たる固い岩ポケモン達の前で証明してもらおうか!」

 

 タケシはボールを構える。

 

「来るぞ」

「ええ、わかっていますわ」

 

――

 

 レッドは1体失い、エリカも1体喪失したが勝利した。

 

「いやー。やっぱりかなわないなぁ。よし! 改めてこのグレーバッジを渡そう」

 

 二人は危なげなく、カントー最初のバッジを手に入れた。

 

「いやー思い出すなぁ。初めてもらった時のあの感覚」

 

 レッドはバッジを高く掲げて、ジムの照明に反射させた。

 

「今思うとあの時、ここまで強くなるとは思わなかったな」

 

 タケシはそう当時を述懐する。

 

「あら、そうだったのですか?」

 

 エリカはそれとなく尋ねていた。

 

「流石にその時点じゃね。でも、確かに強かった記憶はあるな。まぁ手持ちがフシギダネだった事もあるのかもしれないけど、レッドはあの時旅を始めてどのくらいだった?」

「確か、せいぜい二週間くらいだったような……」

「え。そんな早かったのか!」

 

 タケシは細い目を揺らして大いに驚く。

 

「モラトリアムのトレーナーで、トレーナースクールに通っていても最初のバッジを手に入れるのには半年弱が平均で、1ヶ月で神童と呼ばれるほどですわよ? 本当にそれほどだったのですか?」

 

 隣りにいたエリカも驚きを隠せず、目を大きく見開いてる。

 

「いやでも本当だって、ほら」

 

 そう言いながらレッドはトレーナーカードを提示する。カードには初回取得日が刻まれており、多くのトレーナーは旅立ちの日にこれを受け取るため、それが証明となるのだ。

 

「ちょっと待っててよ。今記録とつき合わせるから」

 

 そう言ってタケシは小型の電子手帳を取り出し、トレーナーカードと見比べながら照合を行った。

 

「記録とつきあわせるって。そんな何年も前のこと載ってるのか?」

 

 レッドはエリカに顔を向けてやや怪しんだ風に尋ねる。

 

「ジムリーダーには統計やリーグへの現況報告といった業務の関係上、挑戦者の記録の保管義務が最低10年はありますから、きっと載っていると思いますわよ」

 

 作業はそんな会話をしているうちに終わり、タケシは深く息をつきながらレッドにカードを返す。

 

「いや参ったよ。確かに、その初回取得日から16日目に俺に勝ってる。すごいな……」

 

 タケシはあまりのことに肝を冷やしているのか、やや引き気味に話した。

 

「ハハハ……」

「はあ。流石ですわね。ジムリーダーの間で貴方のことが噂になったのは3番目のマチスさんを破ったあたりからでしたから、そのことは初耳でしたわ」

「そういえばそうでしたよね。ここ二十年ほどには見ない早さでジムを破ってるトレーナーがいるって、定例会で結構な話題に」

 

 タケシは当時を懐かしそうに思い出しながら話した。

 

「初めて会ったとき、そんなこと言ってた気がするな。そうか、そんなにか」

 

 レッドは心の中の自尊心を更に大きくした。

 

「ああ。今はトキワのリーダーになってるグリーンとセットで、誰が言ったか紅翠の新星としてちょっとした話題になってたんだよ。ねえ、エリカさん」

「え、ええそうでしたわね。懐かしいですわ。それが今やこうして難なく全力のジムリーダーを破る強者になって、歳月は人を待ってはくれませんわね」

 

 エリカの口ぶりはこの話を切り上げんとした風の声色だった。グリーンの名前が出た時点でもうあまり続けたくはなかったのだろう。

 

「そうだな……。おっとそうだ、これから飾り付けしないとな」

 

 タケシは斜め上の方向をみて思い出したかのように言った。気がつけば、ジムトレーナーたちもそれに向けてか、忙しなく動いている。ジムは早めに店じまいのようだ。

 

「このジムでクリスマスパーティーでもやるんですか?」

 

 好奇心からレッドが尋ねる。

 

「そうだ。毎年街の子どもたちとか、ジムトレーナーを集めてワイワイやるのが恒例なのさ。あ、二人もよかったら」

「リーダー! それは野暮ってもんですよ!」

 

 どこから聞きつけたのか、キャンプボーイ風の少年がタケシを遠くからたしなめた。

 

「おっと……。それもそうだったね」

「い、いえ俺たちはそんな」

「せっかくのイブなんだ。馬に蹴られるのはごめんだからな。さ、そろそろ手伝うとするか!」

 

 タケシのその声にはどことなく悲愴が混じっていた。彼は二人を掻き分けてわざとらしく飾り付けの準備へ向かった。二人は特にいる理由もなくなったため、タケシの後に続いて外に出る。

 イブをニビで過ごした二人は、次のジムがあるハナダシティを目指して東に進んだ。そして、3日をかけて、おつきみ山に到着した。

 

―12月28日 午前11時20分 おつきみ山―

 

「コイキング売ってたおじさん……、まだいたんだなあ」

 

 レッドはおつきみ山の前にあった、ポケモンセンターでの出来事を思い起こしている。

 

「コイキング一匹に500円とはなかなかに強気な値段設定ですことね。生け簀を見た限りではさして優れた個体とは見受けられませんでしたし、本来ならば値がつけられないのではなくて?」

「ちゃんと育てればギャラドスになることを思えば、そんなに高いとは思えないけど」

 

 レッドはコイキングがさして珍しくなく、強いポケモンではないことを知っていたため、初めて会った時は購入しなかった。しかし幾多のバトルや育成を遂げた今思うと、さほどのことではないと考えていた。

 

「コイキングは自力ではほとんど戦えませんし、虚弱ですから普通のトレーナーだと扱いには手を焼くと聞き及びます。ギャラドスまで育成する手間暇を考えると、間尺に合わない感が禁じえませんわね」

「ま、確かにな。俺も正直そのへんを考えると、買うよりは自分でゲットしたかったからスルーしたってのもあるし……」

 

 そんなことを話していると、どこからか呼ぶ声がした。

 

「待てよ」

 

 ザッ。という音とともにその声の主は現れる。赤毛の少年は、炯々とした眼光を走らせながら、レッドに相対した。

 

「お前は確か」

 

 レッドも、その特徴ある外見からすぐに誰かを思い出せた。

 

「シルバーさん」

 

 エリカにシルバーと言われたその男は、少し驚いたような表情を見せ、

 

「フン、覚えていたか」

 

 と、言いながら襟のあたりを左の指で触り、相変わらずの人を寄せ付けない態度をとる。こちらと友好的に接する気はないらしい。

 

「何だまたやられに来たのか?」

 

 レッドは帽子を目深に被り直し、相手の態度相応の言葉を返した。

 一方、シルバーは蝿が止まったほどにも意に介さず、続ける。

 

「俺はあの時、レッドから逃げて以来、俺には何が足りないのか……、ポケモンと共に懸命に考えてきた」

「ほう」

 

 レッドは少しだけ関心を払った風な声で返す。

 

「それで見つけ出した答え、お前にみしてやる……。俺は、お前を、倒す! 行け、クロバット!」

「めんどくさい奴……。まあでも勝負は受けて立とう! 行け、リザードン!」

 

 リザードンとクロバットがそれぞれ向き合う。双方ともに様子をうかがい、主人の指示を静かに待っていた。

 

「リザードン。クロバットに火炎放射」

 

 クロバットにリザードンの吐き出した火焔が凄まじい速度でクロバットに襲いかかる。

 

「クロバット、あやしいひかり」

 

 クロバットは一撃目を持ち前の速さを生かして回避し、死角に回り込んで照射する体制をとった。

 しかし、炎は追尾を続け、照射したタイミングとほぼ同時にその直撃を食らってしまう。

 

「よし、そのままブレイブバードだ!」

 

 すんでのところでもちこたえたクロバットに対し、シルバーは表情を動かすことなく、ブレイブバードを指示。

 

「リザードン! 惑わされるな、そのまま続けろ」

 

 レッドは混乱状態に陥ったリザードンにそのまま火炎放射を指示した。

 リザードンは頭を左右に振り、ニ回目の火炎放射をクロバットに放つ。火だるまになったクロバットが相手の身体に直撃したはいいが、もはやダメージに堪えきれず、そのまま地に伏した。対するリザードンはそれなりのダメージは受けたものの、まだ余裕をもって戦えそうである。

 レッドは内心胸をなでおろし、前の威勢を取り戻した。

 

「ふっ……。そのクロバットじゃ脆いな。シルバー」

 

 シルバーはレッドの挑発には何も答えず、即座にクロバットを戻し、次にゲンガーを繰り出した。

 

「ゲンガー! 影分身だ!」

「リザードン! もう一回火炎放射だ!」

 

 リザードンは火炎放射を放つが、それはゲンガーの作り出した幻影にあたってしまった。

 

「何っ……」

「ゲンガー、シャドーボール」

 

 ゲンガーは瞬時に姿を消し、リザードンの直上に現れた。

 

「リザードン! 反対方向に空を飛ぶんだ!」

 

 リザードンはすぐさまゲンガーとは反対方向に飛び上がり、高度の優勢を取ろうとした。

 

「ゲンガー。そこだ!」

 

 ゲンガーはまたすぐに姿を消し、今度はリザードンの腹の下に現れる。

 ゲンガーはリザードン自身の影と同化し、ほとんど保護色状態になっていた為、レッドも、リザードン自身も認識できず、ゲンガーの生成したシャドーボールをまともに食らうことになった。

 シャドーボールはそのままリザードンを洞窟の天井に否応なく追いやり、体ごとしたたかに打ち付けさせたところで消滅。リザードンはそのまま自重で地面に落下し、倒れ伏した。

 

「そ、そんなバカな」

「混乱したポケモンをそのまま何も考えずに場に出し続ける……バカなのは、お前だ。ゲンガー、もう一発」

「リ、リザードン! シャドークローだ!」

 

 しかし、リザードンは起き上がらず、突っ伏したままだった。

 

「何やってんだよ! お前まだ体力失ったわけじゃないだろ。早くゲンガーに」

 

 ゲンガーはまたすぐ側に姿を現し、至近距離からシャドーボールを見舞わせようとしていた。ゲンガーは高らかに笑い、今にもとどめをさしそうである。

 しかし、その次の瞬間、ゲンガーの悲鳴が当たり中に響いた。弾き飛ばされたのである。

 

「腹が、ガラ空き」

 

 リザードンはそう言いながら、ゲンガーの腹部をえぐったその闇に染まった爪をそのままの様子で誇示した。リザードンは倒れたフリをしながら隙を伺い、シャドークローでゲンガーを引き裂いたのである。倒れていたのも地面に衝突する直前で翼を動かし、衝撃を殺したようだ。

 至近距離からの一撃はレベル差もあいまって、ゲンガーを沈黙させるには十分だった。

 

「ちっ」

 

 シルバーは舌打ちをしながら、ゲンガーを戻した。

 

「俺のリザードンに舐めてかかったお前のミスだな」

 

 レッドは先程の焦りからは落ち着きを取り戻し、シルバーを得意になって煽った。

 

――

 

「3体倒したか。俺に挑むだけの事はあったが、所詮はそんなものだな。シルバー」

 

 シルバーはそんなレッドの軽侮するかのような発言を聞きながら、最後に繰り出したオーダイルを黙って戻した。

 

「何か俺に言うことがあるんじゃないのか」

「は?」

「俺にあんなイキがったこと言っといて、そんな態度でいいと思ってるのか。トレーナーがそんな身の程知らずじゃ、ご自慢のポケモンたちがかわいそうだ」

 

 シルバーはそんなレッドを冷めきった眼で数瞬見た後、

 

「何があったんだ」

「何がとは?」

「竜の穴で戦ったときはまだ……」

「だから何の事だ」

 

 レッドの変わらない態度を見て、シルバーは嘆息をつく。

 

「もういい。じゃあな」

 

 そういってシルバーはその場から去ろうとした。

 

「あ、いや待てシルバー」

「なんだ?」

 

 レッドはどうしてもシルバーに一つ気にかけていたことがあった。

 

「なんでゴールドにそこまでこだわるんだ」

「話す義理はない」

「わざわざ地方をまたぐなんて、普通じゃないぞ」

「そうですわね。確かに、シルバーさんはゴールドさんと同じくらいの時間で16枚のバッジを手にしていますし、さる事情からそのこだわりのために、ゴールドさんほどではないとはいえ、相当な実力を早い時間で身につけたのは確かですわ」

 

 今まで口をとざしていたエリカが、興味深げな口調で話す。

 

「俺はあいつには負けてない。最近じゃ勝てるようになってる」

「え?」

「だけど、その時のあいつはらしくなかった。ゴールドは本当はもっとやる奴のはずだ……。浮かれているせいなのか知らないが、全国を廻るようになってからのあいつは、まるで別人だ!」

 

 シルバーは訴えかけるかのような口調でそう言い切った。

 

「もしかしてホウエン地方の頃の話ですか? あの時とはまた変わったように思いますが」

「最近は少しはマシになったが、まだ足りない……。あんたには、そういうのはねーと思ってたんだがな」

 

 シルバーはレッドを睨めつけながら言う。相当な落胆がうかがえる。

 

「俺は、もう一度本気のゴールドと戦う。あんたじゃもう、最強のトレーナーを目指すという道の上じゃ用をなせねーからな」

「その用をなせない相手に普通に負けてる癖に何を言ってるんだ」

 

 レッドは半分怒りの感情を含んだ声で返した。

 

「フン、今にわかるさ」

 

 そう言ってシルバーは本当に去っていった。洞窟に吹くかすかな風になびく赤髪と、その背中からは訣別の意思が強く伺える。

 

「なんなんだあいつは」

「きっとシルバーさんなりに思う所があったのでしょう。しかし、私一つ思ったことがあるのですが」

「なんだよ」

「もしかしたら、シルバーさんのあの強さは、ゴールドさんとの戦いで培われたものではないでしょうか。元々、その……、シルバーさんはあのサカキの子息ですし、一時はジムリーダーまで務めた人物の子というのを考えると相応の資質は元々あったのでしょうし」

「資質、か。なるほど」

 

 レッドはナナカマドより言われた天賦戦闘資質論の話を思い起こした。もしかすると幾多の戦いを経て伝染したのかもしれない。そう思ってレッドは腑に落とした。

 

「しかし貴方、このところ少々傲りが言動よりうかがえるように思うのですが」

「お前もそう言うか。そうか、傲りか……」

 

 そう言ってレッドは低く笑って、洞窟の奥深くへと進んでいく。エリカもその後に続く。

 こうして長きにわたった2013年は暮れていき、新たな年を二人は、迎えていく。

 

 二人は洞窟を2日かけて進み、おつきみ山で大晦日を迎え、ハナダシティに到着する。

 

―第三十六話 膨張 終―


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