伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚   作:OTZ

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選挙編(2013.12)
第三十二話 策謀


―12月14日 午後4時 セキエイ高原 ポケモンリーグ―

 

 あれから二人はリザードンにのって取り急ぎ選挙の場であるセキエイ高原のポケモンリーグ本部へ向かった。

 選挙を翌日に控え普段はのどかな高原もどことなく騒がしい。

 本部の前では選挙の模様を伝えるべくマスコミが押しかけており、リーグへ出入りする人物やたまたま通りがかったジムリーダーを追いかけたりと情報を求めて殺気立っているのがうかがえる。特に今回はエンジュ騒乱というリーグの真価が問われる大事件が人々の記憶に強く焼き付いているためか大きく人々の関心を買っているようだ。

 リーグは正面入口以外への立ち入りを厳しく制限しており、敷地にもリーグ所属の警備員がガーディーを連れ歩きながら厳戒態勢で構えている。

 エリカは二度目の選挙でこの辺りの事情を知っていたため正面入口ではなくリーグ関係者のみが知る裏口に降り立った。

 

―裏口―

 

 さすがにここまではマスコミの手は入っておらず二人は静かに降り立った。

 ここまで強行軍で無理をさせたリザードンをねぎらった後、レッドはモンスターボールに戻した。

 

「ふう……久々だな。ここも」

 

 前に来たときとは風景を異にしながらも雰囲気からして、ここはセキエイ高原であることをレッドは感じ取っていた。

 

「いつ来ても身が引き締まりますわね……。総本山の気位を来る度に再確認させられます」

「そうだな……」

 

 そうしているとふと、裏口前にある林道から一人の青年が静かに歩いてくるのを視認し、注視するとそれはワタルであった。

 久々の再会を喜び合うのもそこそこに選挙の話となった。

 

「もう準備は整っておられるのですか?」

 

 エリカが尋ねる。

 

「一応はね。僕は僕なりのやり方で、リーグを運営していくというのをしっかり伝えられるようにしたよ。シロナ君のやろうとしていることは一見正しいのかもしれないけど、やっぱり急激な変革をすべき時ではないと思ってるんだ」

 

 ワタルは典型的な保守派であり、誠実な人柄と機敏な指揮力などで中高年層の人々から好かれている。

 

「左様でございますか」

「戦争が終わり、リーグとしてもいろいろとしなければならないことは山積みなのはわかる。けれどもだからこそ、慎重に動かないとトレーナーたちが混乱してしまう。そこのところを、彼女にはわかってもらいたいものなんだけれどね……」

 

 ワタルは眉間にシワを寄せて困り顔である。かなりの難物であることがうかがえる。

 

「まぁ今こんなことを話しても仕方がないか。エリカ君は今回の選挙は参加するのかい?」

「私達はシロナさんとお手合わせ願いたくてここに来ただけですから」

 

 そうか、といってワタルは少し間をあけて続ける。

 

「今回は定例会ではない。五年に一度の大きなイベントだ。出来れば君自身に投票してもらいたいんだけどね」

「それは困りましたわね。ナツキさんは既にこちらに来られてますでしょう?」

「そうだね。一時間前にはもうこっちに入ってる」

「左様ですか……」

 

 彼女は口を閉ざして、ワタルの足元に目を向けた。その冷めた視線からして、ワタルの望む答えはしないことは明白だった。

 

「考えておきますわ。それで、シロナさんはどちらにいるかご存知ですか?」

「彼女なら、こっちに戻ってからほぼ副理事長室に篭もりきりだよ」

 

 それだけ聞くと、彼女は軽く頭を下げた後に、踵を返し、裏口へ入っていった。

 

「あ……。ワタルさん。それじゃ」

 

 そういってレッドも続いていく。

 

「やれやれ……相変わらず思い通りにならない人だ」

 

 ワタルはそういいながら、深くため息をついた。

 寒風が吹きすさぶ中、彼の姿はより一層わびしく見える。

 

―午後4時20分 セキエイリーグ 2階 廊下―

 

 二人は裏口から入り、階段をあがってすぐにある受付で関係者であることを示し、中に入っていった。

 

「なあ。俺も入って本当に大丈夫だったのか?」

「あのゲートは客人であることを証明できれば十分ですから」

「そうか……。それにしても」

 

 レッドは周りを小さい子どものように見渡す。

 華美に装飾された壁や柱に、顔がやや反射してみえるほどに磨かれた床。そして、100人は余裕をもってはいれそうなほどに広い空間。

 裏口とは思えないほどここは広々と、そして手間も資金もつぎこまれてることがうかがえる場所だった。

 

「分不相応でしょう」

 

 エリカは舐めるように見回してるレッドに、見向きもせずに答える。

 

「え、いやその」

「前の理事長のダイゴさんが本部を大きく改築した際に、この廊下も変えられたのです。このようなことに使うくらいならば、もっとトレーナーの為にお金をかけてほしいところですわね」

 

 彼女の冷めきった言葉はこの空間をより寂しくした。

 

「ははは……」

 

 レッドは軽く笑うことしかできなかった。トレーナーの為も何も彼は賞金を常に多く稼いでいるため資金に困ったことはないからである。

 

「で、これからどこいくのさ」

「そうですわね……。色々とお会いしたい方はいますけど、まず上へ参りましょうか」

「なにかあるのか」

「来客用の個室がありますから、とりあえずはそちらに」

 

 そういって歩きだすと、柱から男の声がした。

 

「お。レッドじゃないか! 久しぶり」

 

 男はにこやかに笑いながら、二人のいる場所へ近づく。

 

「これはどうも。お久しぶりです」

 

 レッドはやや遠慮がちに、少し頭を下げた。

 

「エンジュの一件以来だな。いやー相変わらず元気そうでよかった」

 

 タケシは相変わらずの、人当たりのよい様子で、レッドに接している。

 

「あれそういえば隣にいるのは」

 

 タケシはおもむろに隣にいる洋装の女性に目をやった。

 

「あ、エリカさんか! そういえば旅をしているときは洋服でしたね。見慣れないものだからどうも」

 

 タケシは思い出したかのように顔を上げた後、申し訳無さそうな声で言う。

 

「久々にそういう指摘を受けましたわね……。住み慣れた地方に帰ってきたという実感が湧いてきましたわ」

 

 エリカはくすりと笑ってみせた。

 

「それはそうと、あのときは人知れずご活躍でしたわね。同じ隊に所属した身としては、心強い限りでしたわ」

「ははは。いやーエリカさんにそうまで言われるとうれしいなあ。徹夜して掘り進めたかいがあったよ」

 

 タケシは頬を赤くして照れ笑いをしている。エリカも今回は社交辞令ではなく、本心から言っているようで、あの頃が如何に切迫していたかが垣間見える。

 

「タケシさんは確か初の選挙でしたわね。いかがですか? 何かわからないことなどは」

 

 彼がジムリーダーになったのは2009年のことなので、今回が一度目の選挙である。

 

「いやー分からないことだらけで……。普段はあまりリーグのことまで頭が回りませんから」

「それもやむを得ませんわね。私も含め自らのことで手一杯でしょうし」

 

 エリカも同じリーダーだからか、あまり手厳しいことは言わない。

 

「そういえば、ここにくるまでの間で小耳に挟んだのですが、今回の対抗馬にあたるシロナさんのことでちょっと気になる噂が」

「どのようなことですか?」

「副理事長宛の荷物で、その……ポケモンの死体が入ったものが送りつけられたり、副理事長室の書庫の本棚を壊されたりとか色々といやがらせがあるみたいで」

「まあ……それはお気の毒に」

 

 彼女は右手をいささか大仰に、口の前へ遣ってみせた。

 

「シロナさんそんな恨み買うようなことしてたっけか」

 

 レッドは二人に尋ねた。

 

「レッドは知らないだろうけど、あの人は色々と敵を作っているという噂は聞くからね……。リーグ本部にまで乗り込むような人がいないとはいいきれないんじゃないだろうか」

「そうですわね。私達も旅の道すがらで類似の噂は耳に入りましたし。しかし、このような手に出るとは」

 

 彼女は顔を俯かせて言う。

 

「どうにも物騒ですね……」

 

 それから5分ほど立ち話をして、タケシとは別れた。

 

「どうにも心配だねシロナさん」

「荷物を置いたら、様子を見に参りましょうか。元々シロナさんには用事があることですし……」

 

―午後4時40分 セキエイリーグ 7階―

 

 二人は荷物を4階の客室におき、そのままシロナへ会いに副理事長室に赴いた。

 7階は副理事長室と理事長室が向かい合っており、その廊下の更に前、エレベーターから出てすぐのところに警備員が二人セキュリティの前に、24時間立番をして出入管理を行っている。

 流石にリーグの最上層部なだけあって2階の受付とあわせ、二重チェックという様相である。

 その警備を通って二人は副理事長室の前に居た。

 向かいの理事長室に比べれば簡素な作りではあったが、それでも荘重さを感じさせる樫で出来た大きな片開き扉と、やや灰がかった銀製の持ち手は、リーグのNo.2が座す所の気位を十二分に示していた。

 

「しっかしここも凄いな……」

「貴方、リーグに着いてからずっと物珍しそうにしてますわね」

「こんな裏側に来たことないから」

「それもそうでしたわね。さて、シロナさんにお伺いしましょうか」

 

 そういいながら、エリカはドアを何度かノックした。

 すると、返答を待たずにドアはゆっくりと開かれる。

 

「エリカさんね。話は聞いてるわ。さ、入って入って」

 

 奥の机にいたシロナは、薄く笑みを浮かべながら彼方へ手招きをしている。

 

「さ、遠慮せずにこちらへどうぞ」

 

 シロナの秘書か、助手と思しき女性が、気さくな様子で机の前のソファへ勧めた。

 二人は誘導に従って、中へ入っていく。それを認めると秘書はドアを静かに閉める。

 副理事長室の中は、教室2つ分はありそうな広い空間で、内装は机の他には右側に専門書や実用書の詰まった木製の書棚が十架ほどあり、左側には秘書たちの机が5つと、業務用資料や報告書がファイリングされたスチール製の棚、給湯室やトイレなどがあった。

 彼女と思しき机以外は整頓されており、どうやら今秘書として業務についてるのは彼女一人のようだ。

 シロナの机の後ろにはセキエイ高原をみわたせる展望窓があり、この時間は暮れなずんだ空が映っていた。

 二人はソファに着座し、秘書はお茶を入れに給湯室へ入っていく。

 

「ごめんなさいね。上から話しかける形になってしまって」

 

 シロナはキーボードを叩きながら話す。その左右には大量の書類やファイルなどがあり、戦争にも似た殺伐とした雰囲気すらあった。

 

「いえ。お気になさらないでください。お忙しい中、押しかけてるわけですから」

「もう少しだけ待っててね。すぐそっちにいくから」

 

 給湯室から、かぐわしい茶葉の香りが漂ってきた。選挙を翌日に控え、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。

 それから5分ほどして秘書がお茶を盆の上に乗せて持ってきた。

 

「どうぞ」

 

 秘書はややぎこちない所作で、二人にお茶を配る。

 

「シロナさん、いよいよ総仕上げというところですわね」

 

 エリカは世間話とばかりに秘書へ話しかけた。

 

「ええ! それはもう三日三晩は寝ずに資料を作られていましたから」

「あら。シロナさんがここに来られたのは今日のことなのでは」

 

 エリカはここの秘書だと思いこんでるのか、セキエイに来る前からの情報をまるで見知っているかのように話す彼女に違和感を覚えていたのだろう。

 

「ああいえ、私はいわば専属ですから」

 

 彼女は少しだけ、得意げな口調である。

 

「その子はね、大学時代からついてきてもらってるのよ」

 

 シロナはいつの間にか二人のソファの後ろに立っていた。仕事がようやく一段落ついたのだろう。

 

「せんぱ。いえあの、副理事長が大学に居た頃から色々とお世話になっていまして」

「私が三回生だったころに、例のカムイ・ヌイナについて研究しているといったら、もうそれはそれは鼻息を荒くして食いついてきてね。あたし一人じゃ回りきれない遺跡の調査とか分析をやってもらってたの」

「もう先輩ってばー。そんながっついてませんよ」

「ここで先輩と言うのはやめなさいって言ってるでしょ。全く、その不作法さは何年経ってもかわらないんだから」

 

 彼女は言葉とは裏腹に笑みを浮かべている。レッドも、またエリカもここまでシロナが表情を崩しているところを見たことはなかった。

 

「そうなのですね。しかしシンオウでシロナさんを、お見かけしたときにはそんな様子では」

「この子は秘書としてよりは研究の助手として買ってるのよ。あの頃はカントーの大学や資料館でタイムリープの史料集めと裏付けに行ってもらってたかしらね」

「なるほど」

 

 エリカは一度うなずいて、納得したようだ。

 

「カムイ・ヌイナについては一応の決着がついた今になっては、秘書としての力もつけてほしいところなんだけどね。本業はポケモンリーグの理事なんだから」

「先輩はリーグの理事長よりも、コトブキ大に戻って教授になったほうが向いてると思いますよ? 今でもというかあの話で注目を受けてから、同大の文学部あたりから、教授の椅子用意するから来てくれーって毎日のように矢の催促なんですからね!」

 

 彼女は言い訳めいた口調で、笑いながら言ってみせる。

 

「全くすぐこの調子なんだから。困ったものね」

 

 腕を組みながらそう言うと、彼女はフッと笑った。

 

「さて、そろそろ本題に入ろうかしら。貴方はこの資料、明日の討論会に使うから見やすくまとめた後に人数分印刷しておいて。あとコーヒー」

 

 シロナは秘書に、イッシュのリーグから届いたばかりの郵便と、様式についてのメモを手渡す。

 秘書は間の抜けた返事をした後に、そそくさと自らのデスクに戻っていった。

 シロナは二人と相対するようにソファへ着座する。

 

「シロナさん、私達はですね」

 

 エリカが話しだしたのを、シロナはすぐに遮った。

 

「ゴヨウから聞いてるわ。シンオウの四天王を全員破ったそうね。大したものだわ」

「ありがとうございます」

 

 エリカはとりあえず頭を下げるが、レッドはすぐに尋ねた。

 

「それで、勝負の方は」

「申し訳ないけど。選挙が終わるまでは無理ね。まあ骨休めだと思って3日くらい辛抱してよ」

 

 そう言うと、シロナの前にコーヒーが出された。礼を言った後、さらに続ける。

 

「あなた達が正念場を控えてるのと同じように、あたしも大きなイベントをひかえているの。どうか分かって頂戴」

 

 シロナはコーヒーを、落ち着いた所作で少しだけ口につけた。

 

「まあ3日くらい俺らは待てますけど」

「そう。悪いわね。ところで、用はそれだけかしら?」

 

 シロナはまさかこんな日程を聞くためだけに、きたのではなかろうと、いいたげにこちらを見てくる。

 

「シロナさん。貴方は副理事長としてでも様々な改革を行ったはずです。それでは不服なのですか?」

 

 エリカが口火をきる。

 シロナはそれを受けて、分かってないとでもいいたげな風にため息をつく。

 

「足りないわ。副理事長では、理事長の方針の枠内だもの。動かせる予算も人員も限られているし、これ以上リーグを変えるには力が必要なの」

 

 シロナは副理事長として人員整理や委員会(リーグ職員)の組織再編、不良債権の整理など、大規模なリーグ内部の構造改革を行った。批判も少なからずあったものの、ダイゴの時代では赤字続きだった財務は黒字に転換し、毎年兆円単位の貯蓄を行っているほどである。

 しかし、それはあくまでワタルが公約としていた緊縮財政をシロナが具現化しただけにすぎず、彼女には不満がつのっていた。

 

「しかし、リーグ法ではあと一期で、ワタルさんは立候補できなくなります。それを待つという選択もあったのではないですか」

「もちろん。今の理事長も職務は果たしているし、敢えて立候補しないことも考えてはいたわ。でも、4月から5月のエンジュ騒乱で考えが変わったのよ」

 

 シロナはもう一度コーヒーを啜る、今度は先程よりは早く飲んでいた。

 

「あの騒乱は未然に防げるチャンスがいくらでもあったわ。この前のセンリさんの一件もそうだけれど、理事長の甘さも、あの事件の一因と言っても決して過言ではないのよ」

「そ、そんな。ワタルさんだって、それなりに頑張っていたじゃないですか」

 

 ワタルと同じ、第一軍に配属されていただけに、レッドは彼が非難されるようなことをしているとは思えなかった。

 

「作戦指揮能力の高さは認めないでもないわ。彼のおかげで西側への侵攻や、他の街への侵入を防げたことは事実だから。でも逆に言えば、理事長として適格といえる能力はそのくらいなのよ」

「そんな事言わなくなって……」

「彼は、止められたはずのエンジュの事件を止められなかった。それだけで長所を潰して余りある大失態よ。あたしが理事長になれば同じことを繰り返させはしない」

「具体的にどうなさるおつもりですの?」

 

 エリカが顎に手を遣って尋ねる。彼女にとっても関心はあるようだ。

 

「今の査察部を発展させていく形で、防諜委員会を作り、もっと大規模に反ポケモン団体への監視や取締を行い、警察に頼らずとも完全に独立した存在として全国一帯に網を張るのよ。今の監視権の内実では理事長自身が動かないとならないわけで、非効率極まりないわ。実態を持ち、血の通った権利にしないことにはいつまで経っても、ロケット団やこの前のギンガ団のような事件が起き続けるのよ」

「なるほど。確かにそこまですれば効果は現れるかもしれません。しかし、政府への根回しはどうなさるのですか? 昨今では我々の存在を煙たがっており、権限縮小を訴える、政党や高官もにわかに力をもつと聞き及びますが」

「あのエンジュ騒乱を経ても、国民は私達の味方よ。少なくとも不信を買い続けている、国に比べればずっとね」

 

 国民の大半はエンジュ騒乱における、リーグの手落ちを見ても信頼できる機関に上げ続けており、その盤石ぶりは衰えることをしらない。日頃からのジムリーダーやジムトレーナーたちの地域貢献の賜物といえるだろう。

 

「大衆の承認はまだしも、頭の固い政府の方々を説き伏せるのは並大抵のことではないのでは?」

「その点は大丈夫よ。なんたって……リーグに入ると決めたときからの希望だもの。心配ないわ」

 

 そういったシロナの表情はにこやかであり、雄々しき意志を感じさせるが、一抹の影ものぞかせた。

 

「ポケモンリーグは今年で創設から45年。あと5年で半世紀よ。トレーナー間格差や、モラトリアム制度の再検討、リーグと政府のパワーバランス問題、まだまだ私達の解決しなければならない課題は山積みだというのに、古い体質のままではいずれリーグは信頼を失うことになるわ。だからこそ、私は負けるわけにはいかないのよ」

 

 シロナの大演説を、エリカはそれはそれは興味深い様子で聞いていた。彼女自身、思わぬところはないわけではないということだろう。彼女はそれをいいきったのち、疲れたのかコーヒーを飲み干した。

 エリカはお茶を一口すすった後、襟を正して言う。

 

「お話はよくわかりましたわ。私としても今のリーグの体制には不満がないわけではありませんから。しかし……それならばなおさら、嫌がらせの件が気にかかりますわね」

 

 それを聞いた、シロナと秘書の雰囲気がやや神経質なものになる。

 

「そう……あなた達の耳にも入ってるのその話」

「ええまあ」

 

 レッドはやや気まずそうに返した。

 

「全く。気にすることないって言ってるのにいつの間に話広がっているんだから」

 

 シロナは哀愁を感じさせるかのように、深くため息をつく。

 

「何を言っているんですか。先輩の身が危ないかもしれないんですよ!?」

 

 秘書はその言葉と共に、やや粗雑に、コーヒーを置いた。

 

「言わせておけばいいのよ。子供のいたずらと同じ次元のことしか出来ない人に、構ってられるほど暇じゃないの」

 

 シロナは歯牙にもかけない様子で、切り捨てた。

 

「潔くてよろしいと思いますが、明日から選挙なわけですし、念の為警備を強めては如何ですか?」

「心配してくれるのは嬉しいけれど、ここで腰が引けた態度とるわけにもいかないわ。今だからこそ毅然とした態度をとらないとね」

 

 シロナはそういいながら、おかわりのコーヒーを口につける。

 

「なるほど……。それもそうですわね」

 

 エリカはここで、波風を立てたところで詮無いことだと思ったのか、引き下がった。

 

「それだから私達が困るのですよ。もっと御身を大事にしてくれないと」

 

 秘書は大いに弱った様子で言う。彼女をはじめとして付き従う秘書たちも、これまで振り回されているようだ。

 

「今は寸分の弱みも見せるわけにはいかないの。女だからと舐めてかかられたら、たまったものじゃないわ」

 

 彼女のその言葉は強い意思を孕んでいた。シロナは終始その鉄の意思を曲げないことに、全ての神経を使っていることが見て取れる。

 シロナとはそれからも10分ほど話して別れた。

 

―午後5時30分 同所―

 

 レッドとエリカが去り、しばらくした後に秘書が口を開いた。

 

「きちんと通じたでしょうか」

「大丈夫。エリカさんは聡明よ」

「シロナさんは言ってましたよね。選挙の鍵はエリカさんにかかっているって」

 

 エリカはシロナにとっては外部にあたる、カントーやジョウト地方のジムリーダーや四天王から大きな信愛と、好感を持たれているため選挙の票においてもただならぬ影響力をもつと予測された。

 1989年の第一回選挙から理事長候補は支持が拮抗し続けているため、このようなことでも躍起にならざるをえないのである。

 

「今回の選挙は世間の注目度も、候補者の政策の違いもなにもかもが異色の選挙よ。エリカさんは当然押さえておかないと、保守の牙城ともいえる今の理事長には絶対に勝てないわ」

 

 選挙当月の12月に入ってからも、リーグで変革を望む声は大きくなってるとはいえ反主流というポジションは変わらないため、シロナにとっては逆風が吹き続けていた。

 前回までの選挙は両候補者の政策や公約は想定の範囲内程度にしか違いがないため、拮抗していたともいえるが、今回はほぼ保守と革新の戦いなので、シロナはよくても惜敗か、歴史的な大敗を喫するのではないかという世間の噂もあった。

 

「明日からの討論会こそが正念場よ。気合いれるわよ」

「はい!」

 

 副理事長室は夜になってもキーボードやコピー機の音が鳴り止まなかった。 

 

 

 ―午後7時30分 セキエイリーグ 4階 客室 408号室―

 

 リーグ本部では選挙以外にも様々な会合や講演などで施設が使われることが有るため、4階から6階部分は出席者や賓客のための階層となっている。

 二人は部屋に戻った後、エリカは一時間ほどナツキの部屋に行ってジムの打ち合わせや選挙に関する見通しや見解を話し、戻ってきた。レッドはそのあいだ手持ちの世話をしていた。

 その後夕食を済ませて、現在は風呂をわかしている最中であった。

 

「ふう……久々にカントーに帰ってきたけど、やっぱ慌ただしいな」

 

 レッドは今日一日振り回されっぱなしだった為か、どっと疲れている様子である。

 ベッドに座って、ピカチュウとキャッチボールして、気を紛らわしていた。

 

「私も、まだ選挙はこれで2回目ですけれど、前回に比べるとかなり物々しいですわね」

 

 エリカはベッドの向かいにある、背もたれつきの椅子に座っていた。

 

「そうなのか?」

「前回も前回でそれなりに騒がしい選挙戦でしたが、今回はエンジュ騒乱という大きな出来事が記憶に新しい上に、選挙の争点自体も、毛色が全く違うものですから大きく関心を集めているようです」

「そうなのか……。リーグ前にいた記者? の人たちもかなり大勢いたしそうなんだろうな」

「もし、シロナさんが理事長ということになれば、トレーナー界隈は大きく変わることになるでしょうね。先程話してたこと以外にも、ジョウト地方にもポケモンリーグを作ったり、トレーナーパスポートを作って海外に行けたり、外国のトレーナーともより闘いやすくなったりとかいろいろな改革を秘めてるようですよ」

 

 そういってエリカは自分で淹れた緑茶を、一口飲んだ。

 

「戦う機会が多くなるのはいいことだけど、本当にできるんだろうかね」

「経済的には大丈夫でしょうけど、やはり問題は私をはじめとした、ジムリーダー以上の指揮する立場にいる人々の心構えですね。この3日間でどれだけ心を動かせるかが鍵だと思いますわ」

「3日間か……。随分と長いけどどういう風に進めるの?」

 

 レッドはエリカに尋ねる。

 

「1日目と3日目は討論会で、2日目の中休みが各地方リーグでの定例会ですわね。討論会は昼休みをはさみつつ10時から17時が定時になっておりますが、私が居たときは確か定時を30分ほどすぎていた記憶がありますわ」

「やっぱそれだけ話すことが多いんだな」

「議長が議論を止める権利があるにはあるのですが、やはり遠慮して使わないことが多いようです」

「なるほど」

「3日目の討論会が終わった後に、候補者同士でのポケモンバトルがあって、その後に投開票を行って理事長を選出して、選挙は終わり、という日程ですわね」

「ふーん。そうか」

 

 レッドはピカチュウにボールを返しながら言う。

 

「エリカ今回選挙出ないんだっけ?」

「左様ですが」

「重要な選挙なのにいいのか?」

「正直な話、私のジムにとってはリーグの方針がどう変わってもさほど影響はありませんから」

 

 エリカのジムであるタマムシジムは、リーグからの補助金は一切受け取っていない上に、同市に存在する唯一のジムである為、リーグの方針による影響は受けにくい。

 

「それに、今は私は貴方の妻として、行動を共にしているのです。リーダーとしての職務ならいつでもこなせるでしょう?」

 

 彼女は微笑みんで言う。

 

「ははは。そうだな」

 

 レッドは嬉しそうである。

 それからレッドは一番風呂に入り、エリカは部屋を出た。

 

―午後8時 同所 403号室―

 

 エリカは客室の前のドアに立ち、ノックした。

 

「エリカね。鍵、開いてるから入って」

 

 エリカは部屋に入り、部屋に備え付けのテーブルに相対して着座した。

 

「お久しぶりですわね。ナツメさん」

 

 それから、他愛もない雑談をして、やがて本題に入る。

 

「どうなの。レッドとは」

「何事もなくやらせてもらってますわ」

 

 エリカはそう言って、出された緑茶を静かに飲む。

 

「ごまかさないで。あんただって気づいてないわけがないはずよ。レッドに対する気持ちが変化してることに」

「そんなことは」

 

 エリカは、水面に映る自分の顔を見つめたまま黙ってしまった。

 

「力を使うまでもないわ。エリカはかなり自分の気持を押し殺してレッドに付き合い続けてるわよ」

 

 ナツメはきつい声色でエリカに対して諭す。

 

「そんなはずありませんわ。私はレッドさんのことを心の底から……あ、愛していますわ」

 

 ナツメは哀れみを覚えたかのような感情を、目線にうかべながら、コーヒーに口をつける。

 

「もし本当にそうだと思うのなら……。一度レッドに本音を交えて話してみるといいわ。あんたがカントーにいる今が良い機会よ。別れるかどうかはともかくとしても、今のままではエリカの心がもたないわよ」

 

 ナツメは先程よりは感情を和らげてはいるが、それでもやはり彼女が心配なようだ。

 エリカはうつむいたまま、何も答えられなかった。

 

――

 

―午後11時35分 セキエイリーグ 7階 副理事長室―

 

 シロナは明日に備えて30分ほど前に、部屋に備えつけの寝室へ入り、眠りについた。

 今は秘書が一人、明日に討論会へ参加する理事や役員向けの資料の最終校正にとりかかっている。

 副理事長室の明かりは既に落とされ、ノートパソコンのディスプレイと卓上のライトだけがわずかに部屋を照らしていた。

 

「ふう……。こんなもんかな……」

 

 出来上がった原稿を見て、彼女は満足そうに頷いていた。

 印刷ボタンを押した後、一息ついて自分で淹れた緑茶を飲んでいると、突如として展望窓がけたたましい音とともに割れる音が響いた。

 眠気が覚めた秘書が、音のした方向に近づいていく。

 ガラスを割った物体は、ちょうどシロナが普段着座している机に転がっていた。

 

「マ……マルマイン!?」

 

 紅白の球体と、今にも爆発しそうなほど周りにプラズマを漂わせているのを確認した彼女は、急いで寝室の方向へ向かう。

 それとほぼ同時に世界はわずかな時間だけ、白く染まった―――耳を聾する轟音と共に。

 

―第三十二話 策謀 終―

 


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