伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚 作:OTZ
キッサキシティで7つ目のバッジを手に入れたレッドとエリカはノモセへと飛びそこからナギサシティへと向かった。
―ナギサシティ 海に面したシンオウ地方最東部の街。近年電力需要100%ソーラー発電を実現した全国初の街である。その影響からか新進気鋭の気運に溢れ、ここに住む人々は活気に満ち溢れている。そして、ポケモンリーグに一番近い街なので手強いトレーナーも多くいる。
―11月30日 午前11時 ナギサシティ―
「着いたな……ここが最後の街か」
山を切り開いたと思われるこの街は透明な回廊が多く存在している。それだけでなく高台には巨大な太陽発電の装置と思しき建物があったりと近未来の雰囲気をもうかがわせていた。
「噂には聞いておりましたがなかなか科学の息吹を感じさせる街ですわね。太陽発電のせいか気候のせいかわかりませんけれど他の街よりも大分暖かい気が致します」
実際にこの街に雪はなく、気候も一ヶ月遅れていると錯覚しそうなほどに暖かい風が二人の頬を撫でていった。
「ほんとだな……。明日から12月とは思えないや」
「そういえばそうでしたわね。貴方。どうにか今年中にはこの国の公認バッジは全て揃えられそうですわね」
彼女は微笑みながら言う。順調に進められていることを喜ばしく思っているようだ。
「そうだな。ゴールドの奴もはやいところ追いついてほしいが……」
そうこう話しながら二人はポケモンセンターへ向かっていた。
それを少し開けて一人の少女が静かについてきている。
「……」
彼女はそれを羨ましげに視ながら浅葱色をしたワンピースの膝近くを掴んでいた。
―午前11時45分 ナギサシティ ポケモンジム―
ポケモンジムに入った後順当に倒していくとジムリーダーのデンジのところへたどりついた。
「……。やあ。君たちが挑戦者か」
デンジは椅子からゆっくりと立ち上がり、二人に相対した。
「俺は電気タイプの使い手。ポケモンリーグへ行く為の腕試しに来たトレーナーを何度となくしびれさせてきた。さて、お二人はどうかな……? 行け、ジバコイル、サンダース」
――
レッドとエリカそれぞれ一体を失ったが勝利した。
「大したもんだ。これが最後のバッジだ。受け取ってくれ」
デンジは、二人にビーコンバッジを手渡した。
「ありがとうございます」
二人は遂に最後のバッジを受け取った。
「いよいよポケモンリーグか。今は色々と立て込んでいるみたいだから挑むなら早く行ったほうがいいぞ。気張っていけよ」
デンジとはその後数分話してわかれた。
―午後3時25分 ナギサシティ 北部海岸―
ポケモンセンターに行き、昼食をすますと二人はそのままポケモンリーグへ向かおうとしていた。
「やっとだな……」
「ええ」
砂浜に立つ二人の目の前には海原が広がっていた。
冬を迎えつつ有るこの海はどこか鉛の如き重さを感じさせるような表情をみせている。
「街にいるときは暖かかったというのにここは些か寒うございますわね」
「まあ。このあたりはあまり人もいないし、さっきより雲も多くなってきたしな……」
そんなことを話しながら波打ち際にたどり着くとレッドはラプラスの入ったモンスターボールを取り出す。
「よし。じゃあ行くか」
そう言ってボールを構えようとすると背後よりかすかに砂を踏みしめる音がした。
先に気づいたのはエリカだった。
「あら……ミカンさん」
「しばらくですね。エリカさん」
ミカンは前にあった時とは全く違うどこか思いつめているような雰囲気で二人のところに近づく。
「本日はどうしてここに?」
「もうすぐ選挙ですし……。近くの街に滞在していたほうがいいかなと思いましたから」
「左様でございますか」
選挙までにはまだ二週間以上の時間が有り、準備をするには早すぎる。
しかしエリカはそれについては触れずに話を続けた。
「それに、この街はアサギに似ているんですよね……。灯台がありますし、目の前には広い海があります。シンオウも目新しいところが色々とあって楽しかったのですが、この街にくるととても落ち着きます」
ミカンはゆっくりと岸辺を歩きながらゆっくりと話した。
「そうですわね。私もこの街についてはなかなか進取の気風に溢れていて良いと思いますわ」
はたからみればごく普通に会話しているようにみえるが、注意深く聞いてみれば明らかに友人同士の会話という雰囲気ではない。
例えるならばモンスターボールを構えたまま機をうかがっているような腹のさぐりあいをしている空気が張り詰められていた。
それからいくつか言葉が交わされていたがやがてエリカの方が口火を切った。
「それで……。本当はどういうおつもりでここにこられたのですか」
「えっ?」
「失礼しました。私にただそのような世間話をしにこられたとはどうも思えないものでしたから……」
「いえ……」
ミカンはしばらく砂地を見たあと、エリカに視線をしっかりとあわせて続けた。
「エリカさんの言われたとおりです。私は……あの戦争以来レッドさんのことがどうしても……頭から離れなくて」
「やはりそうでしたか」
「はい?」
ミカンは驚きを隠せないようだ。
「ずっと見ていましたから。私達がジョウトから旅立つ日、レッドさんに何をしていたか」
「そ……そうでしたか」
ミカンは知られていると思っていなかったせいか少しだけ狼狽したがすぐに襟を正した。
「私はレッドさんのことをどうしても諦めきれないんです」
「ほう」
エリカは冷めた視線でミカンを見る。
「アサギで私の話を聞いていたなら覚えておいでですよね。私がレッドさんのことを好きになった経緯」
エリカは返答せずに黙ってうなずく。
「私にとってレッドさんはジムリーダーになるきっかけを与えてくれた大事な恩人です。そして憧れの人でそれ以上になるということは考えもしませんでした……。しかしあの戦争以来私はどうしてもレッドさんに対する想いが止められないのです……」
「ですから。それは承知しています。それで?」
エリカはあくまで冷静に言葉を紡いでいる。
「エリカさんにとってあたしのこの想いというのは許せないものであることは分かっています。エリカさんとは短い付き合いですけれどそういうことを嫌っていることも知っています。しかしそれでもどうしても……レッドさんが好きだという心は変わりようがないんです」
「ミカンさん。前置きは宜しいですから」
エリカは途中で言葉をとめて先をうながした。
「では言います。エリカさん。一日だけ……一日だけでいいんです。レッドさんと二人きりにさせては頂けないでしょうか……?」
「はい?」
エリカはあまりのことに目を瞬かせていた。
言った内容を何度か反芻したかと思うと大きく息をついて続ける。
「ミカンさん。ご自分で何を仰せになっているかわかっているのですか?」
「この気持ちに……本当の区切りをつけたいのです」
ミカンは切実な様子で訴えている。傍から見ても余裕がないのがうかがえる。
「アサギで貴女はあれでおしまいだとされていませんでしたか?」
「何度も何度も自分にそう言い聞かせて……割り切ろうと思いました。しかしどうしても出来なかったんです……」
ミカンは斜め下を向きながら言う。後ろめたさは彼女なりに強く感じているのだろうか。
「ミカンさん……」
レッドは唖然とした表情でミカンを見ている。
「レッドさん。貴方はどうお考えですか?」
エリカがレッドに尋ねる。
「俺は……」
「私のことをご寵愛くださっているのですよね? ならば答えは決まって……」
エリカはレッドに秋波を送りながら言うが途中で遮られた。
「エリカさんは黙っていてください! レッドさん。私の最後のわがまま聞いてはくれませんか?」
ミカンはレッドの手を取って訴えかける。その心に疑いを差し挟む余地はなかった。
「ごめん……」
レッドは手を払い、ただミカンに頭を下げた。
「そんな……」
ミカンは悲しげな目をしながらその身を二歩ほど後退させた。
「勘違いさせてたのかもしれないけど……俺はミカンさんの事を良き対戦相手だとは思っても一回も女性として見たことはないんだよ……」
レッドはそう言い放った。
ミカンは失意の表情でワンピースを強く握りしめている。
「当然でしょう。いくらミカンさんの頼みとはいえこれだけは受け入れることはできません。そのくらいの分別はつけられないのですか?」
エリカは責める声色でミカンに言う。
「私はただ……心の整理をつけたかっただけなんです。レッドさんとその……恋人同士になることなんて出来ないということはわかります……。でも、それでも何かしらの区切りが欲しいんです」
「一度区切りをつけ損なったものをもう一度私たちに頼ってまでつけようとしたところで出来るとは思えません」
エリカは決然とした口調で提案をはねのけていく。
「私はではどうすれば」
「ご自分のことはご自分でお決めあそばせ」
「そうですか……」
そのエリカの言葉でミカンは吹っ切れたようにモンスターボールを取り出した。
「どうなさるおつもりですか」
エリカはあいも変わらずの冷たい視線を送る。
「聞き入れてもらえないなら私にも相応の考えがあるということですよ」
ミカンは下に向けていた視線を上にやり、エリカを射抜くかの如き強い視線を注いだ。
「考え……?」
エリカもそれを感じ取ったのかそれまで変えなかった表情から眉をかすかに動かした。
「行って、エアームド」
モンスターボールからでたエアームドは主人のただならぬ気配を察知したのかやや警戒しているかのような素振りをみせている。
二人は何をするつもりなのかどうにも読めず動静を見守る。
「エアームド。私を……」
ミカンは次の言葉を出すのに相当迷いがあるようだ。
冬も目前だというのに冷や汗が少々確認できる。
エリカが問いかけようとした素振りをみせたところでようやく彼女は言葉をつなげた。
「鋼の翼で切り刻んでちょうだい!」
「え!?」
それをきいた二人はただただ呆然とするしかなかった。
指示されたエアームドの方も当惑して目をぐるぐるとさせている。
「ミ、ミカンさん早まらないで」
「このまま引き下がったのでは私も悔しいんです。だったら……だったらせめて覚悟のほどをお二人に!」
空気は張り詰めている。
「正気とは思えませんが……どうやら本気のようですわね」
レッドは息を呑んで動静を見守っている。なにか言葉を発したところでミカンが思いとどまるとは思えなかったのもあるだろう。
しかし、ミカンはあれから動かず言葉を発しない。
目は見開き、瞳孔は収縮したままで過呼吸気味なほどに胸を上下させている。顔は上気しきっていて今にも火が出そうなほどだ。
「ミカンさん……?」
数分ほどしたであろうか、エリカが尋ねたところでミカンは膝を折って冷気をすった砂浜に膝を埋める。
「ごめん……戻って」
そう言ってミカンはエアームドをモンスターボールに戻した。
「どうされたのですか?」
エリカは心配そうな様子で駆け寄る。
「いざそういうことを言ってみると……途端に……足がすくんでしまって」
ミカンは砂を握りしめる。
「ミカンさん……。申し訳ありませんでした」
エリカはスカートが汚れるのも構わず同じく膝を詰めてミカンに頭を下げた。
「貴女がそれほど思いつめているとは露ほども知らずに……あのようなことを言ってしまい思慮が足りていませんでした」
エリカは心の底から謝しているかのように言葉を紡ぎ続ける。
「エリカさん……。いえ。私の方こそそちらの気も知らずに好き勝手なことばかりいってしまいました。ですからどうか頭をあげてください」
エリカとミカンはそれから数分ほど話して様々なことに整理とつけて仲の修復に成功。ミカンは砂浜から去っていった。
「ふう。どうなることかと思ったけど……よかったな」
レッドがそんなことを言っている前で、先程までの感情はどこへやらとばかりにスカートについた砂塵を無機質な風にエリカは払っていた。
「全く……貴方もとんだ唐変木ですわね」
「え?」
「あれだけの大見得を切っておきながら半端に思いとどまって挙げ句砂地に伏せるなど……所詮はまだまだお子様ですわね。その程度の思いで人の夫に横恋慕しようなど思い上がりも甚だしいですわ」
「エ……エリカ?」
「私は違います。貴方の為ならばたとえこの身を切り刻むことはおろかどんな苦境や苦痛も厭いませんから……」
エリカは病的なまでに熱い視線をレッドに送る。その言葉に一片の嘘もないことは容易に受け取れたがその反面レッドは背筋に薄ら寒さを確かに感じていた。
―12月13日 午前9時 ポケモンリーグ―
223番水道とチャンピオンロードをこえてレッドとエリカは遂にシンオウリーグ本部へたどりついた。
ついた頃にはリーグ周辺の雪も深くなり、北風も冬の猛威をまざまざと見せつけている。そして巷では今年の漢字が前日に発表され『乱』の字がエンジュシティのスズのとうにおいて大きく墨書された。
年の瀬が迫り世間が慌ただしくなる中二人も大きな区切りをむかえようとしていた。
「ようやくたどり着きましたわね」
「そうだな……長かった」
シンオウリーグは西洋の城郭を模したような外観で威容を放っていた。これからこの関門へ挑むものに今一度気を引き締めさせるには十分すぎるほどである。
あたりは不気味なほど静謐を保っており、耳を澄まさずとも全ての自然の動きがわかるかのようであった。
「よし……入るぞ」
「ええ」
二人が入ろうとしたその時、背後に気配を感じた。
振り返るとそこには見覚えのある特徴的なハネた髪をしている少年が居た。
「ジュン……さん……?」
ジュンである。しかしその姿はもはやテンガン山で共にギンガ団を倒した時とはまるで様子が違っていた。
顔は引き締まり、目はギラギラと一点を見据えている。
わずか一ヶ月のあいだに彼は相当な成長を遂げたことが手にとるように悟られた。
「レッド……俺と、勝負しろ」
「えっ……」
その言葉は真に迫っている。ただ眼前にいる敵を倒すという一心がありありと伝わるようである。
「あれから一ヶ月……。俺はポケモンたちと修行を重ねてやっとここまでたどりついた」
「ここに来られているということは……もしや」
ジュンはバッジケースを取り出し、二人の前にみせた。
8枚のバッジが全て埋まっている。
「ほう……」
「まあ……。素晴らしいですわね。三年でここまで上り詰められたトレーナーは片手で余るほどしかおりませんわ。よく精進されましたね」
モラトリアム期間内でバッジ八枚をすべて集められるのは毎年40万人程度が新たに参入していくモラトリアムトレーナーのなかで多くても年に5人ほど、0人の年すらざらにある栄誉である。同年代のトレーナーの中では間違いなく一桁台の実力を持つ強者の証であった。
「俺はそんな言葉が聞きたくてここまで来たんじゃねえ! レッドと本気で戦う為だ!」
「はぁ……」
レッドは間をおいて帽子のつばに手をやって答える。
「エリカ。頼んだ」
「はい?」
エリカは突然の指名に困惑している。
「四天王戦を前にしているっていうのにこんなところで大事な手持ちの精神を乱すようなことはしたくない」
「しかし、私ではジュンさんが納得されないのでは……?」
エリカはジュンに目配せする。
「そうだ! 俺はあくまでお前を倒す為にここまで来たんだぞ! そんな勝手な言いわけが通るとでも思ってるのか!」
ジュンは目をいからせて激情をぶつける。
「俺を倒すためにきたんだろう? じゃあ相棒であるエリカくらい余裕で倒せるくらいの力はあるってことだよな?」
「も、勿論だ!」
「じゃあそれを証明して見せるんだな」
レッドはあくまでもジュンを突き放すように言ってみせた。
「そんな……」
ジュンは歯がゆい思いを噛み締めているのか声に勢いがなくなった。
「貴方。ジュンさんは貴方と戦う為にここまで努力を重ねて来られたのですよ? やはりそれではあまりにも……」
「ジムリーダー8人破ったくらいで得意になるような奴に俺の大事なポケモン戦わせて余計な事させたくないんだよ。わかるだろうお前なら」
「それはそれで一つの考えだとは思いますわ。しかし、やはりトレーナーとしてはですね」
「俺と一緒に戦い、力をつけてきたエリカでも手こずる相手なら考えてやらなくもない。ただそれだけのことだ」
エリカはそれを聞くとふうと軽いため息をつきながら言う。
「そういう事ならば致し方ありませんわね……。ジュンさん。お手合わせ願えますか?」
ジュンも渋々モンスターボールを出す。これ以上話しても堂々巡りだと覚悟を決めたのだろう。
エリカもモンスターボールを差し出すが構える前に手をさげた。
「何かあったか?」
「ただ戦うのも芸がありませんわ。ジュンさん。貴方さえ宜しければ私に勝った暁には」
エリカはモンスターボールを戻してカバンに入っている小物入れからバッジを取り出す。
「このレインボーバッジを差し上げたいと思うのですがいかがでしょうか?」
「そりゃあ結構なことだけど……いいのか?」
レッドがエリカに訝しげに尋ねる。レッドからすればただの小手調べの戦いにそこまで形式ばったものを持ち込むのが不思議であった。
「良いのです。どういう形であれ相手が全力で挑むとあればこちらも相応の礼を尽くすのが私の務めですから」
エリカはバッジを小物入れに戻しながら言う。
「そうか……。まあお前らしいな」
エリカはその言葉を聞いて表情を柔らかくした。
「ジュンさんはそれで宜しいですか?」
「勿論! これで九枚目のバッジが手に入るならやる気がでるってもんだ!」
ジュンは少しはやる気が出たのか気合溜めをしているかのようなポーズをとっている。
「ならば早速はじめましょう……といきたいところですが少々お待ち下さいね」
そういってエリカはリーグに入っていく。
10分ほど気まずい時間が流れたが、やがて彼女は戻ってきた。
「おお……」
「やはりリーダーとして戦うのですから服装も整えませんとね」
エリカは和装に着替えていた。レッドにとっても久々にみる着物姿の彼女でありとてもそそるものがある。
「お前……いつの間に和服なんてもってきてたんだよ」
「ポケモンセンターに預けているだけですわ。いつ何時このようなことがあるか分かりませんしね」
彼女はにっこりと笑ってみせた。いつ何時も自覚は捨てないようだ。
「さて……おまたせしましたわね。ジュンさん。始めましょうか」
エリカはすっかり乗り気な様子でモンスターボールを構えた。
「お。おう! それじゃ、行かせてもらうぜ!」
気後れしたかのような返事をしてジュンもまた構える。
こうしてジュンとエリカの戦いが始まった。
「行け、フローゼル!」
「おいでなさい、ロズレイド!」
二体共に泰然と相手を見ている。
「フローゼル! こおりのキバだっ!」
フローゼルは氷結させた牙を容赦なくロズレイドに向ける。
「ロズレイド。日本晴れ」
フィールドには強い日差しが照りつける。そうしているうちにフローゼルの牙が襲いかかったが体を上手にずらした為大したダメージにならず、5%程度を削るのにとどまった。
「マジカルリーフ!」
「も、もう一度こおりのキバ!」
しかし、今度は牙が届くよりも早くマジカルリーフがフローゼルに直撃。レベル差や相性の影響で一撃でフローゼルは沈黙した。
「くっ……! 戻れ、フローゼル!」
ジュンは動揺しながらもまだ希望を捨てていない様子で次のポケモンの選定にかかる。
「ジュン。まだやる気なのか?」
レッドはジュンに語りかける。
「う……うるせえ! 俺はこんなもんじゃへこたれねえから! 行け、ゴウカザル!」
ゴウカザルは意気揚々とした様子でロズレイドに向かった。
しかし言葉とは裏腹に御三家の最終形態であるゴウカザルを出すということは明らかに動揺しているという証である。
「ジュンさん」
ジュンはエリカに目を向ける。
「どうせポケモンの素の力に頼っているだけだろうとでもお思いなのでしょう?」
「そ……そんなことは」
「宜しいですわ。先手は全て貴方にお譲りします。ジュンさんのお考えが正しいものなのかどうか。それではっきり致しますから」
「そんなもの必要ない! ハンデなしにあんたに勝たなきゃ意味ねえんだよ!」
ジュンは目をいからせて言う。
「そのような強がりはこれにて優勢にたってから仰せになられたほうが宜しいですわね。さあ。お先にどうぞ」
「ちっ……。ゴウカザル! フレアドライブだ! 一回で決めてやれ!」
ゴウカザルは炎を最大限にまといながら日本晴れの助勢も借りて、ロズレイドに突進する。
辺りはあっという間に真紅に染まり、普通のポケモンならばまず一撃で消し炭同様にされてしまいそうな勢いである。
しかし、ロズレイドはひらりと優雅に避けてみせた。
「!?」
ゴウカザル自身も何故か避けられたことが自覚できていないのかに左右をみている。
「……」
エリカは黙したまま動静を見守っている。技を出さないということは続けていいということと、ジュンは読んだようだ。
「ゴウカザル。もう一度だ!」
ゴウカザルは今一度全力でロズレイドに向かう。今度はさほどの距離がなく至近距離での応酬が繰り返されている。
ゴウカザルはなんとかロズレイドの肢体をつかもうと拳や足を素早く繰り出すが全てを彼は計算しているかのごとく絶妙なタイミングで回避し続けていた。
本来圧倒的に有利な組み合わせであるにも関わらずこれだけの力の差が露呈しジュンは呆然とする他なかった。
「そ……そんな……」
エリカはただ静かに、しかし氷のような視線で状況の推移をみていた。
「ロズレイド。マジカルリーフ」
頃合いとみたエリカは静かに指示を下した。
ゴウカザルの渾身の拳をまたよけたかと思ったら、炎の隙をねらって足を蹴り上げ、怯んだところを最大限の黒い刃の如き葉を放った。一つ一つがゴウカザルに大きなダメージを与え、沈黙させるには十分だった。
「嘘……だろ」
柔よく攻撃をかわされつづけ、攻勢に転じた瞬間鎧袖一触に明らかに有利なポケモンにのされてしまう。
単に力の差の一言で片付けられないような圧倒的な敗北をジュンは味わい、膝を屈するほかなかった。
「どうだジュン。まだやるか?」
既に見えている勝負に飽きが見え始めた為レッドはリーグの外壁によりかかりながらジュンに語りかける。
今度ばかりは精神的な打撃が大きく返答までに時間を要したが、ジュンは闘志を失っていなかった。
「まだまだ……こんなものじゃ」
ジュンはそれでも相手方を見据えて3つ目のモンスターボールを構える。
戦闘が始まったばかりの頃に比べればやや冷静さを持ち始めたからかその表情には隠しきれない先への不安が窺えた。
――
勝負はその後も一方的な展開が続いた。
六匹目にはヘラクロスを出し、エリカには本来比較的有利なタイプであることは明らかだったが生憎ロズレイドには一致虫技は等倍である。
レッドはあいも変わらず交代ごとに煽り続けたがエリカはあれから一切ジュンには褒めることも責めることもせず淡々と戦い続けた。
ヘラクロスはメガホーンを繰り出そうと何度も全力の突進を繰り返すがロズレイドは華麗に避け続け、全く意に介していない様子である。
ヘラクロスが肩で息をするほど疲労しているのを見計らってロズレイドとエリカはアイコンタクトをとった。攻勢に出る証であった。
かれこれずっと同じようなパターンでジュンのもつ精鋭たちは為す術もなく倒されていったのである。
ジュンにとっては万の言葉よりもこの冷厳たる事実が重くのしかかった。
「ヘ……ヘラクロス! 気をつけろ! 来るぞ!」
流石にジュンも読んでいたのか攻勢に備えるよう指示を出す。
「ロズレイド。ヘドロばくだん」
ロズレイドはブーケの先からおびただしき量の毒の塊を射出し、動きの鈍ったヘラクロスに直撃させる。
当然、毒技は等倍。しかも向こうにとっては一致技の為これまでの例から考えればひとたまりもなく倒されるだろうと思われた。
やがて視界を遮った毒は消え。ヘラクロスの姿が見える。
「!」
しかし意外なことにヘラクロスはすんでのところで耐えていた。それどころか敵方に一矢報いようと翅を羽ばたかせようとしていた。
だが、ジュンは気づいていた。
彼は明らかに毒を食らっている。二本足でどうにか立っているものの屹立してるとは到底言い難く正常ではなかった。
ジュンはその姿をみて歯を食いしばり、弱いながらも言葉を発する。
そして、ヘラクロスがロズレイドにできた僅かな隙をついて玉砕にひとしき突撃を敢行しようとした時、その言葉ははっきりとフィールドに響き渡った。
「やめろ!!」
ジュンはヘラクロスの目の前に飛び出て行く手を遮った。
「もういい……もういいんだ。お前は十分やってくれた」
「おい、ジュン。お前なんのつもりだよ」
レッドはジュンに歩み寄って問いかけた。
ジュンはヘラクロスをモンスターボールに戻して言う。
「俺の負けを……認める。まだまだ力が足りないってわからせてくれたからこれ以上はいい」
言葉や表層的な所作からは冷静そうにみえたが内なる感情には悔しさがあることが窺えるような口ぶりで彼は言った。
「はぁ!? 何を言ってるんだ。ここまでやったら最後の一匹まで闘ってこそトレーナーだろう?」
「これ以上闘ったら……俺はトレーナーとして失格なんだよ! ポケモンを深刻な命の危険に陥らせるまで戦うのはトレーナーではなく殺人と同じだって……ダディから言われてんだよ」
レッドはまだ何かを言おうとしたがエリカが手で制して彼女が言う。
「立派なお教えですわね……。ダディと仰せになられましたが御名をお聞かせ願いますか」
ジュンはしばし間をあけて、二人を見据えて答える。
「クロツグ。……。バトルタワーのタワータイクーンだ」
その名前を聞いてレッドとエリカは驚きを隠せなかった。
「そ……そうかあの人の」
レッドは先程までの強勢はどこにいったのか帽子を目深に被り直して言った。
「ダディを知ってるのか?」
「まあ……ちょっとな」
ジュンはそれ以上は触れずに話を続ける。
「レッドの言う通り俺はジムバッジを揃えて調子に乗ってた……。もしかしたら勝てるかもしれねえって思った」
「そ、そうだぞ! お前には全くを以て努力が足りない! よくあんな程度の力に俺に挑もうと思ったな」
「……」
「お前の才能や努力は所詮普通のものじゃ足りないんだよ。意味がない。分かったら……さっさといけ」
そう言ってレッドは踵を返して、ポケモンリーグの方向へ歩いてく。
ジュンは何も言い返さずに拳を握ってこらえるだけだった。
「ジュンさん……」
エリカはジュンに歩み寄る。
「貴方は確かに私には及びませんでした……。しかしあの時止めた判断は……決して間違っては居なかったと思いますわ」
そうとだけ声をかけて、ジュンの返答を待たずにレッドの後に続いていった。
―午前11時25分 同所―
勝負がついて既に30分は経過したというのにジュンは未だに立ち尽くしていた。
路面には雪などふっていないのに何点か溶けている場所がある。
ジュンはずっと泣いていたようだ。
そうしていると一人彼と似たような髪型をした緑のロングコートをした男が歩み寄った。
「久しぶりだな! ジュン」
「ダ……ダディ!? 一体どうして」
ジュンは何年ぶりかに見かけた父の姿を見て驚きを隠せなかった。
「見ていたぞ。残念だったな九枚目のバッジ貰いそこねて」
「うっ……」
「だが、全力のジムリーダーを前にしてよくここまで一歩も引かずに戦いきった。それでこそ俺の息子だ」
クロツグはジュンの肩を叩いて健闘をたたえる。
「でも。俺結局……なにも出来なかっ」
「相手は仮にもポケモンリーグの主柱を担うジムリーダーだ。8枚を揃えたばかりのお前では手も足もでないのは当然。だから私はそれでも怖気づかずに闘ったその度胸こそ嬉しいんだよ」
「ダディ……」
「それにな。あのレッドという男……。はっきりいってお前がそこまで熱くなるほどの男じゃないぞ」
クロツグは一転して冷たさを帯びた視線をして言う。
「え?」
「確かに実力はある。チャンピオンやジムリーダーであっても敵わないと頷かせるだけのな。だが、あいつはそれに甘えきってトレーナー自身として己を磨くことをすっかり忘れてしまっている」
クロツグは強い声色でそう言い切った。
「ダディもしかしてレッドと闘ったことあるの?」
「ああ。一度な」
「そ、そうだったんだ」
レッドへクロツグについて尋ねた時の反応からして勝敗は自ずと察したようだ。
「それに比べて対戦相手となるゴールドはなかなか良い男だったぞ。実力に加えて自分の律し方を心得ている。少々の甘さというか未熟さはなきにしもあらずだが将来的な可能性はレッドの比ではない」
「ゴールドさんか……。今思い出してみると確かにあの人の方がトレーナーとして出来ていた気がする」
ジュンはテンガン山に登った時のことを思い返しながら言う。
「ジュン。目標とするトレーナーは選んだほうがいい。あとはエリカ女史もなかなか良い。使用するタイプの都合からかレッドには及ばないように見えるが、実を言えば彼が彼女に支えられているのかもしれないな……」
「え?」
「彼女がこの旅を終える頃にはとんでもなく化けたトレーナーになるかもしれない……。まあ、リーグの事だから私がいうことでもないがポケモンマスター計画自体どこか誤っている気がしてならないな……」
そうクロツグが独り言を言っていると横からにわかに女性の声がした。
「私も左様に思いますわ。クロツグさん」
その女性は長い金髪を風になびかせ、優雅な風に二人の前に進み出た。
――
この日はチャンピオンロードを超えて疲労している為二人は一日休息をとることにした
―同日 午後9時37分 ポケモンリーグ併設ポケモンセンター 205号室―
ゆっくりと夕食を終え、レッドが風呂に入っている最中、エリカはポケッチを取り出しある人物に連絡した。
「もしもし、ナツメさん?」
「こんばんわエリカ。今日も寒いわね……」
数分ほど他愛もない話をした後話はレッドのことにうつった。
「それでレッドとはどうなの? 順調?」
「勿論ですわ。一緒に時間を共にしていてあれほど心安くいられる方はおりませんもの」
エリカはそう言ったがナツメは微細な感情を受け取ったようだ。
「あんたねえ。私に嘘つけると思ってるの?」
「はい? 何のことでしょう?」
「自分では気づいてないのかもしれないけど……もしかしてレッドに対して何か別に思うところがあるんじゃないの?」
エリカはため息をついた後に続ける。
「やはりナツメさんに……嘘はつけないようですわね」
―12月14日 午前9時 同所 四天王の間 入り口前―
「よし、今度こそいくとするか」
「ええ。いよいよ総仕上げですからね」
そう言って二人はバッジチェックを受けて、四天王の部屋に入っていった。
―リョウの間―
「ハーイ! ようこそポケモンリーグへ! 僕は四天王のリョウです! よろしく」
開口一番に緑髪をしたノースリーブの男は爽やかな笑顔を見せながら、二人と握手した。
「僕が使うのは虫! 虫ポケモンはとても綺麗だし、かっこいいでしょう?」
リョウの言葉に二人はとりあえず頷いた。
「虫ポケモン使いということは……ツクシさんのことはご存知なのでしょうか?」
「勿論! 彼とは一応地方を超えた虫マニア同志だからね。ただ彼とは若干の見解の相違があってねぇ。会うのはいいけど結構言い合いになることも多いんだ」
「え、あのツクシ君が……?」
レッドは意外そうな表情をして言う。あの争うことを根本から避けそうな彼が考えにくいことではある。
「彼ああ見えて結構頑固だからね……。虫の事、特に翅の色味とか脚や腹の部分の綺麗さや相違とかその辺の個体ごとのこだわりについては性格変わるからほんとに」
リョウの表情からみるにどうやら本当のことのようだ。
「ま、普段はいい子だから基本的には楽しく情報交換させてもらってるよ。さて、本題に入ろうか。四天王になってからまだ数年だけど、君たちほどの実力者と戦うのは初めてだよ。けれど、僕もポケモンリーグの強者のはしくれ……。全力で僕の虫パーティーで相手させてもらいます!」
――
レッドは二体、エリカも二体失って勝利した。
「負けてしまったか……。これだけ力と時間をかけたパーティーで負けるということはまだまだ甘いって証だね。勉強になった。さて、次に進んでよ。あと三人、僕よりも強い人が待っていますから」
二人は更に先に進んだ。
―キクノの間―
「おや、これはまた可愛らしい夫婦だこと」
鷹揚に笑ってみせたその老婆はレッドにとって見覚えがあった。
「あ……あれ? もしかして貴女は」
「キクコさんですか!? もう既に四天王は引退されたとお聞きしたのですが……」
エリカは自分のリーグの情報しか耳に入ってないのか寝耳に水のようだ。
「おほほ! 嫌だねぇそれは姉さんよ。私は妹のキクノ。こんなお婆さんだけど宜しくね」
「妹……ってことはもしかして使用するタイプもゴーストだったり?」
「いいえ。私が使うのはゴーストとは無関係……というよりも打ち消されることの多いタイプといったほうがいいかしら、地面タイプのポケモンね」
レッドはキクコ戦においては何かの苦手を感じていたからか、身構えている。
「おほほ。さて、伝説の夫婦とやらの実力、如何ほどのものかこのお婆さんが試してあげましょう」
――
レッドは2体と最後のカメックスの体力を半分以上失ったものの、エリカはやはり得意なタイプだからか一体の損失に抑えて勝利した。
「やはり大したものね……。この間姉さんが今後のトレーナーについて案じていたけれどこれなら自信をもって後を任せなさいと言えるものだわ。さて、先に進みなさい。貴方たちならどこまでもいけますよ」
―オーバの間―
次に居たのは赤いアフロヘアをした男だった。
「おーし! よくここまで来たな。レッドとエリカ!」
「ああはいどうも」
男の熱気におされるかのように二人は挨拶した。
「ナギサのデンジから聞いたぜ。いい試合ができたってな! それがこの三番目の四天王である俺にも火をつけられるものか! 楽しみにやらせてもらうぜ。おっと! 俺の名前はオーバ! 使用するのは燃え盛る炎タイプだ!」
――
レッドはカメックスで奮戦しつづけ損失なし。エリカはさすがに分が悪く二体を失い、最後の一匹は満身創痍であった。
「燃え尽きたぜ……。次、行きなよ……」
二人はどっかりと座り込んだオーバを尻目に先に進んだ。
―ゴヨウの間―
理知的な風貌をしたメガネをかけた男は、二人がくるのを見計らうと本を読むのをやめてゆっくりと立ち上がり、相対した。
「全力の四天王を相手によくここまで来ましたね……。私はゴヨウ。エスパータイプの使い手です。どうぞお見知りおきを」
男は淀みない動作で頭を下げ、二人もそれに応じた。
「エスパータイプということはナツメさんとかフウランさんとかと同じく超能力を使えたりするんですか?」
レッドは尋ねるが、男は軽く笑ってみせる。
「残念ながら私はそこまでエスパーとしての才には恵まれなかったのでね……。ただ、幸運にも使い手としての力は人並み以上にあったからこそここにいるわけです」
「そうなんですか……」
「エスパーにも色々といるのですよ。私は強いて言うなら超能力に必要な理論や数式を考えたりそれを基にどう向上に務めていくかを考える理論畑の人間のようです……。さて、私のことはいいでしょう。シンオウリーグの最後の四天王として、貴方がたの鼎の軽重を問わせてもらいましょうか」
――
こうしてレッドは二体、エリカも二体失い勝利した。
「さて、これで貴方達は四天王全員を撃破し、他の地方同様にここにもチャンピオンが居る訳ですが……生憎今朝がたはやく、理事長選挙の準備でカントーまで行ってしまわれたのですよ」
ゴヨウは静かにそう言う。
「え、え!?」
レッドは突然の事に狼狽した。
「選挙の結果がどうあれ、少なくともあと一週間はかえって来られません。御二人がセキエイ高原まで行かれるのでしたら時間の取れる時に相手をしてくれるかもしれませんが……いかが致します?」
「……」
「どうします? 貴方?」
「ここに居ても仕方ないしな、よし!カントーに戻ろう!」
レッドは即座にそう決断した。
「左様ですか……ではそのようにチャンピオンのシロナさんに連絡しておきます」
「お願い致します」
「よし、じゃあ行くか! エリカ!」
「ええ。参りましょうか……。カントーなんて本当に久しぶりですわね」
こうして二人はリーグを後にした。
シンオウリーグの入り口まで戻って二人はシンオウ地方を後にする。
二人は北国に別れを告げ、カントーのセキエイリーグへ、そして大波瀾の選挙戦を目することに成るのであった。
―第三十一話 北国との別れ 終―
これを以てシンオウ改訂は完結です。
改訂はあと選挙編をのこすのみとなりました。