伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚   作:OTZ

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第三十話 時には、昔の話をしよう

―1954年 3月24日 午前8時 タマムシシティ 噴水前―

 

 春。

 それは新たな芽吹きを象徴する季節。

 この日も二人のトレーナーが旅立とうとしていた。

 

「ヤナギ! こっちだ」

 

 オーキド。

 前日に行われた学位授与式を以てタマムシ大学生物学部携帯獣課程を首席という優秀な成績で修了。

 その成果を讃えられて授与式で卒業生総代を務めただけでなくポケモンが記念に渡される。

 オーキドはポケモンについての生態調査をするという名目でとりあえず3年の間大学を離れてフィールドワークなどを行うということにしていた。ポケモンリーグが成立する前は義務教育や最終学歴を修了した後に2年から3年にかけてこうして旅することが一種の流行になっていた。

 当時のオーキドはその才気と快活さで相当な人気があり、忙しい課程の合間を塗っては遊びまくるというまさに充実という二文字が似合う学生生活を送っていた。

 

「ごめんごめん気づかなくて……。しかし本当にいいのかい? 僕なんかと合わせてジムを破ってくなんて……オーキド君はトレーナーじゃなくて研究員志望じゃ」

 

 ヤナギ。

 オーキドと同じくタマムシ大学の理学部物理課程を修了。オーキドほどではないものの優秀な成績を修めたため総長直々に賞を授与され、ポケモンも渡された。しかし前年までこの国をわかせていた好況は秋頃になると後退しヤナギは希望に沿う就職先を見つけられなかった。そこで彼は前々から仲間内で遊び程度にやっていたポケモンバトルの才能を伸ばすことを決意し正月よりトレーナーとして進むこととした。

 

「いいんだよ。ただポケモンを観察したり解剖したりするだけじゃ退屈だからな」

 

 そう言いながらオーキドはコートの胸ポケットからタバコをおもむろに取り出し、火をつけた。

 

「そっか……。確かに君はそういう人だものね」

 

 ヤナギはタバコをうまそうに吸うオーキドを見ながら言う。

 

「ふう……。ところでお前ポケモン何もらったんだよ?」

「僕? そういえばなんだったかなぁ。昨日は色々ドタバタしてたからみてなかった」

「お前もかよ……。よしじゃあ互いに見せ合おうぜ」

 

 というわけでヤナギとオーキドはそれぞれモンスターボールを構える。オーキドもオーキドで代々携帯獣を研究してきた学者だったためボールの使い方程度は心得ていた。

 一斉にモンスターボールからポケモンを出すと赤い光がそれぞれの瞳を照らす。

 するとそれぞれのポケモンの姿が現れた。

 

「俺は……レアコイルか! 総代には特別に進化系のポケモンが渡されるって噂は本当だったんだな。やっぱすごいなぁこの光沢といい、ネジの隙のなさといい、相当にいい個体だぞこれは」

 

 オーキドは心の底から嬉しそうにレアコイルを眺めている。

 レアコイルの方はじっと静かにオーキドをみている。まるでこれから主人となる人間の品定めをしているかのようにみえる。

 

「へぇ……」

「お、そういえばヤナギのほうはどうなんだ?」

 

 ヤナギが黙って下を指し示す。

 するとそこには愛らしい縞模様をしたポケモンがすやすやと眠っていた。

 

「確か……ウリムーだったかな。僕はチョウジ出身だからたまに氷の抜け道で遊んだりしたけどよく見かけたなぁ」

 

 ヤナギはウリムーを抱え上げながら懐かしげな声で言う。ウリムーはまだ眠っていた。

 

「ふっ……だが俺のレアコイルに比べれば全然だな。やっぱこれが最優秀と優秀の差ってやつかな」

 

 そういうとオーキドは軽い調子で笑ってみせる。

 

「いやいや。わからないよ。僕の勘ではきっと進化すれば主力になれるだけのモノを持ってるさ」

 

 この時代はまだ体系的な戦術研究や育成論の形成がされておらずポケモンバトルにおける各種族の強さが固まっていなかった。

 

「ふーん……。ま、理学部の柳王と言われたお前がいうならそうかもな」

 

 オーキドはそう笑いながら言う。

 ヤナギのポケモンバトルの強さは既にタマムシ大の中では有名であり、全国随一の秀才や天才が揃うかの大学であっても彼に勝てるものは片手に余るほどしかいなかったという。元々これで生計を立てるつもりはなく趣味でやっていた為頂点には立てなかったがそれでも相当な風格と実力があった。

 

「ハハハ……。さて、どうするのこれから」

 

 オーキドが二本目のタバコを吸い終わって口から離した瞬間噴水のむこうから大声がした。

 

「うおおおおおおおおおおおおい!!」

「おお……お前は」

「カツラ君!?」

 

 カツラ。

 オーキドやヤナギと同じ高校に通い、深い仲を築いていた。

 学年きっての秀才であったオーキドと常に成績を競っており、時にはオーキドを超える事もあるほどの頭脳をもっていた。

 しかし、高校3年の秋に父親が事故で他界し家業の手伝いの為に大学進学を断念。しかし二年後には家業が落ち着いてきたため母親の勧めもあって改めて進学を決意。最初からオーキドとはテーマが違うものの研究者志望だった為一般受験ではなく地方をまわってポケモンを解析しその成果を論文にまとめて教授に提出。それで大学への推薦をもらおうという腹づもりなようだ。

 

「やーやー! 久しぶりだ……ってあぢいいいいいいい!」

 

 なんとオーキドの吸いかけのタバコの火がカツラの手に押し付けられてしまった。

 

「あ! すまんすまん。まさかこんな早く来るとはおもわなかったから……」

 

 オーキドはすぐにタバコを離し、灰皿に投げ入れた。

 

「カツラ君大丈夫!? お水かけようか!?」

「な、なあに平気よ! これしきの事耐えられなければ赤門はくぐれぬわ! ハーッハッハッハ!!」

 

 カツラは本当に大した事なさそうに振る舞う。

 幸い、触れていた時間が短かったためそれほどの火傷にはなっていなかった。

 

「全く相変わらずだなお前は……。にしてもどうしたんだ? タマムシになにか用でもあるのか?」

「前に手紙に書いただろう! 俺はジムと地方をめぐる旅をしているんだ! ここにもその為に来たにきまってるだろ!」

 

 カツラは持ち前の大きな声でオーキドに言う。

 

「じゃあ俺たちもそうするか!」

「えっ……? ジムにいくのかい?」

「当然! 俺だってヤナギほどじゃないがバトルは嗜んでたからな。腕試しにいくんだ!」

 

 オーキドはかなり自信がありそうな表情で言う。

 

「僕は別に構わないけど……。確かジムって結構ここから歩くよね? オーキド君その靴今月おろしたばかりとか言ってなかった?」

 

 この時代は未舗装道路が多数を占めている。それだけでなく都会は通行量も多いため少し出歩けばあっという間に靴は土の色で汚れてしまう。

 

「なあに。靴なんて汚れていくものだよ。気にするもんじゃないって」

 

 オーキドは何でもない風に闊達に笑ってみせた。

 

「よしじゃあ決まりだな! ジムへ行くぞ!」

 

 というわけで三人はタマムシジムへ向かった。

 

―同日 午前8時40分 タマムシジム前―

 

 ジムは中心からやや離れた場所にあり、その周りはとても綺麗に掃除されていた。

 

「ここがジムか……」

「戦争の前は植物園だかジムだかわからないくらい植栽に溢れていたと聞いたが……すっかり変わってしまったようだな」

 

 オーキドがそう呟くと

 

「へえオーキド君よく知ってるね」

「うちのじーさんはなんつってもここの初代リーダーとは個人的な付き合いが深かったらしくてな。二代目の改革で男子禁制になってからも我が家とはそれなりの付き合いがあったそうだ」

「ふーん……あれ? 男子禁制って」

「おいまさか俺らは入れないってんじゃないだろうな!?」

 

 カツラがオーキドをまくしたてようとする。

 

「おいおいまさか。挑戦者は別だろう。ま、とにかく入ろうぜ」

 

 オーキドを先頭にして三人はジムにはいっていった。

 

―タマムシジム―

 

 内部は外にも増して非常に綺麗に清掃がなされていたがこのジムの特徴である植栽の量は少なく、全体的にこじんまりとしていた。

 

「ふう。なんだジムって言うからもう少し手応えあるトレーナーかと思ったんだがな」

 

 カツラはそう言いながらジムトレーナーたちをどうというほどもなく倒していっていた。

 

「カツラ君は炎属性のポケモンを多く持ってるからね……そら楽だろうね」

 

 この時代はポケモンの種類をタイプではなく属性と呼ぶことが多く、タイプという呼称が定着するのはもう少し後の時代であった。

 

「などといいながらヤナギもそこまで苦戦してないじゃないか」

 

 オーキドがそう笑いながら言う。

 

「いやいや……やっぱり実戦となればそれなりに苦労するよ。仲間内で遊び半分でやるのとはわけが違うね」

 

 そんなことを話していると奥より高貴な声色の笑い声が聞こえてきた。

 

「お三方……いずれにしても相当な使い手のようですわね」

 

 彼女は身なりのきちんとした人々が集うこのジムの中でも一層際立っていた。

 ひと目みただけで彼女がここのジムの長であることは感じ取れる。

 

「貴女は……」

「申し遅れましたわ。私はこのジムの長を務めるカルミアにございます。どうぞよしなに」

 

 彼女は上等な和服を身にまとっていた。

 清楚という言葉をそのまま体現したかのような佇まいは解語の花と言うべき美しさがあり、見るものをしばし沈黙させるだけの力があった。

 

「……」

 

 三人は確かに黙っていた。男にしか興味のないはずのカツラですらも元来の騒がしさを忘れたかのごとく黙ってしまうほどである。

 

「あら? どうかなさいましたか?」

「い、いえ……」

 

 いつもは少しでもタイプな女性がいれば真っ先に聞いてるほうが恥ずかしくなるような褒め言葉を使うオーキドがこの通り言葉少なにこたえていた。それほどに彼女の美しさというのは形容しがたいのだろう。

 

「左様にございますか……。それでは。どなたから挑まれますか?」

 

 そういうわけで3人はそれぞれカルミアと戦った。

 流石にジムリーダーというだけあってそれなりに苦戦はしたもののやはり弱点の多い草タイプが相手なのでどうにか勝利できた。 

 

「流石はジムをいくつも破ってきたトレーナーとタマムシ大を優秀な成績で出られた方たちといったところでしょうか……。ではここのジムを突破した証として、記念品をお渡ししましょう」

 

 リーグ設立前はジムを破った証に何かしら渡すという慣習はあったもののそれはバッジとは限らなかった。ニビジムでは石が渡されたり、セキチクジムでは手裏剣が渡されたりそれぞれの特色があったという。

 そういうわけでカルミアは三人の手にそれぞれ四角い桐の箱を渡した。

 

「これは……?」

「カルミアの種です。花を咲かせるまでに一年と花にしては長めの飼育期間がかかりますが、一度咲けば金平糖を思わせるような美しい花を咲かせますわ。しかし葉には毒があるのでお気をつけくださいまし」

「へぇ……でもなんでこれを僕らに」

 

 ヤナギはカルミアに尋ねるも途中でオーキドが遮る。

 

「ヤナギ……。お前にはカルミアさんの繊細な気遣いがわからないのか?」

「え?」

「カルミアの花言葉は大志を抱け。すなわち俺らに対して教訓を」

 

 カルミアはオーキドの言葉を聞いてクスクスと笑っている。カツラが呆れたように横から言う。

 

「いや単なる習わしだ!! ここは代々リーダーの名前にまつわる種を渡しているって聞いたこと有るぞ」

「え、そうなの?」

「フフ……。ええ。左様ですわ。このジムは私の会社の宣伝も兼ねまして種をお配りしていますわ」

 

 カルミアは先祖代々の種苗会社を経営しているという面ももっていた。

 

「オーキドさん。よくご存知でしたわね。カルミアの花言葉……ところでもう一つあるのですが……」

「え?」

「フフ……。いいえ。お時間があれば調べてみてくださいまし」

 

 その後、カルミアとはすぐに別れた。

 

―午前11時 タマムシシティ 市街―

 

「しっかしジムリーダーといっても思ったほどじゃなかったな。案外楽勝なんじゃねーの」

 

 タマムシの市街に出てしばらくするとオーキドがそう軽口を叩く。

 

「甘いな! オーキド」

「あ?」

「彼女の出したポケモンたちはあくまで手加減状態でしかない。お前たちも俺も所詮は全力とは大きく程遠く調整されたものでしかないのだ」

 

 カツラは珍しく声を抑えて冷静な様子で言葉を紡いだ。彼自身力量を自覚しているのだろう。

 

「そ……そうなんだ。あんなものじゃないってことなんだね」

「そうだ。でなければ他のジムからの殴り込みや上級トレーナー同士の紛争などで物騒な昨今でとても制御などできん! タマムシは他に比べて安定的とはいえあのジム一つで持たせているのは相当に凄いことなのだぞ」

 

 1954年。終戦直後に全国各地でおこっていたジムリーダーの継承戦争はさすがに下火になったとはいえお世辞にも治安が安定しているとはいえなかった。他の街ではジムがいくつも乱立している事情もあってひっきりなしにトレーナー同士での抗争が続いている。そんな状況であった。

 タマムシシティはそんな中カツラの言う通り比較的安定していた。これは警察が他の街に比べて強く統制している事情もあるが明治の初めからずっと鎮座し続けているタマムシジムの威光があったこともまた否定できない事実であった。例えば隣市であり首都の中心部にあたるヤマブキシティではジムが大規模なものだけで7つあり警察の統制も追いつかず毎日のように死人がでている有様である。

 

「そうか……。じゃあその全力のリーダーとはどうすれば戦えるんだ?」

 

 オーキドがカツラに尋ねる。

 

「俺もまだ十分に情報を得ていないがだいたい10個も記念品もらってれば全力で戦ってくれるとの話だ! 手加減のレベルがそれでかわるのは言わずもがなだがな!」

「10個かぁ……。カツラくんは今何個だっけ?」

「ここで5個目だ! あれでもまだ俺の見立てでは全力の半分未満ってところだな!」

 

 カツラはおよそ一年かかって五個である。ヤナギは道のりの遠さを悟って何もこたえずに唇をかみしめた。

 

「さて……と」

 

 そうこうしていると噴水の前にたどりついた。

 

「ここでお別れだね」

 

 ヤナギがオーキドとカツラを目の前にして言う。

 

「次にこの街に戻ってくる時はどうなってるかな」

「さあな。ま、少なくとも瓦礫だらけの頃よりはマシだろうよ」

 

 オーキドは乾いた笑いをしながら言う。

 

「ハハ……。ところでカツラ君はどこいくの?」

「一旦グレン島に戻る」

「え? ここからじゃ随分遠いんじゃ……」

「バッジを取る度に母ちゃんに見せに行ってんだ! 悪いかよ」

 

 カツラは目を伏せながら言う。

 

「相変わらず親孝行なこった。そんじゃ」

「また会おう!」

 

 そういって3人はそれぞれ別の方向へたびだっていった。

 全ての物語がはじまりを告げるかの如く、足音は噴水から遠ざかっていった。

 

――

 

―2013年 11月23日 216番道路 ロッジ 101号室―

 

 ヤナギは話おわると静かに息をつき、茶をすすった。

 

「そういう事があったのですね……」

 

 エリカはヤナギからの話を前かがみになりながら傾聴していた。

 

「うむ。それでずっと渡したいものがあっての……」

 

 そういいながら彼は机の横にあったカバンより手のひら大の透明なケースを彼女の前に出した。

 

「まあ……これはもしや」

「うむ。カルミアの種子だ。貰ってからというもの私はどうにも育てるのに自信がなくて放っておいたがエリカ女史ならば立派に育てられるであろう。持っていきなさい」

「よ、宜しいのですか? ヤナギさんにとっては大事な思い出の品では」

 

 ヤナギは背後の窓をみる。外では吹雪がふいている。

 

「良いのだ。その種も……自らを美しく咲かせることのできる者の方がよかろう」

 

 そう言っているヤナギの目にはどこか寂しさをのぞかせていた。

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

 彼女はにこやかに笑みをうかべてそのケースをとりバッグへ丁寧に入れた。

 

「嬉しそうだな」 

「ええ。お祖母様はあまり形見の品を遺さないお方でしたから……。こうして手に入れられるのは実に喜ばしい限りですわ」

 

 ヤナギは二人のやり取りを静かに見た後

 

「そうか……。悪かったの。年寄りの昔話に付き合わせてしまって」

「いえいえ。貴重なお話がきけて何よりですわ。本当にありがとうございました」

「うむ……。ならば良いの。励みなさい」

 

 その後、ヤナギと二人は別れた。

 

―11月25日 午後3時 217番道路―

 

 二人はその翌日より深い雪道を進んでいく。24日は晴天だったもののこの日は寒波が襲い、進むのにも非常に難儀していた。

 

「あら? 貴方、あちらを見てください」

 

 吹き荒れる雪の中、彼女は一点を指差した。

 

「え? あ……あれは」

 

 前から見覚えのある男がこちらに向かっていた。

 二人がとまっているとその姿は大きくなり、はっきりと見えるようになった。

 そしてやがて当人から話しかけられる。

 

「エリカさん……。それに……レッド」

「ジュンさん! お久しぶりですわね」

 

 ジュンはエリカの挨拶にかるく応じる。

 

「こんなところで修行か? ご苦労なことだな」

 

 レッドはジュンに対しやや偉そうな声色で言った。

 

「当たり前だろ……。俺は絶対……お前に勝ってやる」

 

 そう言ったジュンの目は据わっており、冗談を言っている風には見えなかった。

 

「お前が、俺をか?」

 

 ジュンは一度うなずく。

 

「今じゃちょっとできないかもしれないけど……必ず修行しまくってその俺様だけが強いんだって考えへしおってやる!!」

 

 ジュンはゴーグル越しからでもはっきりわかるような闘志と声できっぱりと言ってみせた。

 

「フッ……。まあ。せいぜいがんばるといいよ」

 

 レッドは意にも介さないという風にジュンの前を通り過ぎる。

 やや遅れてエリカは別れの挨拶をして後に続いた。

 

「貴方。ジュンさんは本気で貴方に挑むつもりですわよ? あれほど簡単にあしらって宜しいのでしょうか……?」

「大丈夫だ。本気でそのつもりならあの程度で引き下がるわけがないだろう。それよりもはやくこの道を抜けないとな」

 

 二人は217番道路の雪道を進んでいく。

 そしてそれから二日して遂にキッサキにたどりついた。

 

―キッサキシティ 寒さと雪に閉ざされた街にして北の最果て。毎日のように雪が降り、降らない時期は5~9月のみ。とはいえシンオウ北部の町の中では指折りの人口を誇る。人は寒さと共存しながら生きておりむしろ雪を楽しんでいるようにも見える。街の奥にはレジギガスを祀るキッサキ神殿がある。

 

―11月27日 午後3時11分 キッサキシティ 入口付近―

 

「や……やっとついたか」

「長い道のりでしたわね……」

 

 総計4日の雪道を踏破して遂に二人は7つ目のジムのある街キッサキシティに到着した。

 

「まぁとりあえずポケモンセンターに行こうか……」

 

―午後3時20分 キッサキシティ ポケモンセンター―

 

 中に入り、ポケモンの回復を済ませると休憩用のソファに見覚えのある人物がいた。

 

「あら。スモモさん! お久しぶりです」

 

 エリカはスモモに挨拶をした。

 

「エリカさん! お久しぶりです」

 

 スモモの向かい側にいるお下げの三つ編みの髪型をした少女が二人の方を見て、目を丸くした。

 

「エリカさん……!? ということはもしかして」

「はい。このお二方はあの伝説の夫婦、レッドさんにエリカさんですよ」

 

 少女は感嘆の息をついて言う。

 

「初めまして! この町のジムリーダーのスズナっていいます。カントーの人には辛い雪道を頑張って越えて来たのだろうけど……。スズナはそれでも手加減しないであなた達と闘うからね! よろしく」

 

 スズナは眩しくなるような元気がにじみ出る声と所作で二人に相対した。

 

「よろしく……」

「スモモさんとはどういう……?」

 

 エリカがスズナにうながす。

 

「この季節になるとよく近くの道路で修行しているから時間の有るときに手伝ってるの」

「そうなんです。スズナさんはこおりタイプですけど相当に実力のあるトレーナーですから色々と学ばせて頂いているんですよ」

 

 二人の声色からしてかなり仲が良いことは見て取れる。

 

「さて。二人がここに来てるってことはスズナもしっかり備えとかないとね! またねスモモちゃん!」

 

 そういってスズナはいそいそとポケモンセンターを後にした。

 

「なかなか明るい御仁ですわね」

「はい! 面倒見の良い方で、話も合いますしいい友だちづきあいをさせてもらってます」

 

 スモモの表情は明るい。父のクマオに関する一件もそれなりに心の整理がついたのだろうかとレッドはふと思っていた。

 

「それは宜しいですわね。あの……ところで」

 

 エリカも気になっていたのか話を切り出す、スモモはやや顔を引き締めている。

 

「スモモさんのお父様についてその後は如何なる次第になりましたか?」

「父は……もう」

 

 そう語るスモモの表情から全ての事柄は察せられた。

 

「そうですか……お察しいたします」

「お酒と心のダメージがかなり深刻でもはやかつてのお父さんに戻るのは難しいって……伯父さんが」

 

 しかし暗かった表情はすぐに明るくなっていく。

 

「でも、今の私には頼れる友人と、ルカリオというパートナーがいますから……。何も怖くありません」

 

 そう語るスモモの表情は実に希望に満ちていたが、どこか違うものも窺われた。

 

―午後3時30分 キッサキシティ 市街―

 

 スモモとはそれから数分ほど喋って別れた。

 

「良かったな。スモモさん立ち直れたみたいで」

「……」

 

 彼女は考えごとをしているのか斜め前をむいている。

 

「どうした?」

「え……ええ。確かに立ち直れたようですが……。依存の相手が変わっただけではないかともかすかにですが思ってしまうのですわ」

「え?」

「実父から虐待をうけていた際のスモモさんはある種の父親への依存状態に陥っており、今はその二つに依拠しているのはないかと……」

 

 そう語るエリカの表情はやや影があった。

 

「エリカの考えすぎだよ。スモモさんなら大丈夫だってば」

「そう……そうですわね。さて。それよりも私達のやるべきことに向かいましょうか」

 

 二人はジムへの歩みを更に早めた。

 

―午後4時40分 キッサキシティ ポケモンジム―

 

 ジムトレーナーを適宜倒して二人はスズナの前にでた。

 

「来たね! スズナは氷タイプを使うけどだからって闘うスタイルまで冷たくはいかないよ! 情熱を祕めつつ氷の恐ろしさというものをスズナがたっぷりみせてあげるんだから! 行って、ユキノオー! ユキメノコ!」

 

――

 

 エリカは2体失い、レッドはリザードンのまま押し切り一体も失わずに勝利した。

 

「すごいんだ! わかってはいたけれど……。やっぱり伝説は本物なんだね。それを認めた証として、このバッジ受け取って!」

「ありがとうございます!」

 

 レッドとエリカはグレイシャバッジを恭しく受け取った。

 

「スズナさん。スモモさんのこと……よろしくお願いいたしますわね」

 

 エリカは心底スモモのことが心配なようである。

 

「スモモちゃん? 任しといてよ! ちょっと思い込みすぎるところあるけれど……。スズナよりずっとしっかりしてるし大丈夫」

 

 深く聞いてこないところをみるとスズナはスモモより事情を聞いているようだ。

 

「同じジムリーダーなのに二人が行くまでスモモちゃんがそんなに思いつめていたこと知らなかったのこれでも本当に恥ずかしいと思っているの……。だから、その分スズナがやれることはやるよ!」

 

 スズナも自信たっぷりに言っている。どうやら心配はなさそうであった。

 

―午後6時 キッサキシティ 市街―

 

「これでバッジは七つか」

「いよいよこの地方も大詰めですわね……。より気を引き締めていかなければなりませんわ」

 

 エリカはレッドに向き直りながら言う。

 

「ここが終われば次はイッシュ地方か……」

「そう考えますとこの旅もいよいよ終わりに近づいていますわね……。そろそろその後の事も考えなければなりませんわね」

 

 エリカはニコニコと微笑みながら今後の展望を楽しそうに思い描いているようだ。

 

「そうだな……」

 

 霜月の寒風は北の大地を確実により厳しき冬へといざなっていくのであった。

 

―第三十話 時には、昔の話をしよう 終―

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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