伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚 作:OTZ
―11月19日 午後2時 トバリシティ ギンガ団アジト―
アジトに突入すると予期していたのか多数の下っ端が取り巻いていた。
当然レッド、エリカ、ゴールドにとっては敵でもなんでもなくポケモンを打ち破っていったがジュンとヒカリは浮かない表情をしていた。
「お二人共どうされました?」
「俺らこれまでの何度かギンガ団とは戦ってるんだけど……。どうにも強さが違うと思って」
ジュンが答える。
「そう……そうなんです。三人にとってはなんのことはないのかもしれませんけど……あたしとかジュンのようなトレーナーにとっては肌身に感じてわかるんです。ここのポケモンは普通じゃないです」
「湖を爆発させるような組織だ……もしかしたら何かしら手を加えてるのかも」
ゴールドがやや低い声色で言う。許せない心情で満たされているのだろう。
「そうですわね……。ありえない話ではないでしょうね」
そうこう言いつつ5人は進んでいった。
―午後3時 アジト 広間―
アジトをすすんでいくと広間の二階にでた。
目下には多数の団員がおり演壇にはボスと思われる人物が弁舌をふるっている。
「あーっ! あの人」
見た瞬間ヒカリが思わず声を出した。
「ご存知の方ですか?」
エリカが尋ねる。
「アカギ社長だ! 俺も何度かテレビで見たことあるぞ」
どうやらシンオウ地方の中では相当に顔が売れている人物のようだ。
「フッフッフ……驚いただろう。彼はまさにシンオウ地方の経済を牛耳ってるといって過言ではない実業界の大物。銀河グループのトップであるアカギ社長だ」
二階で演説をみていた群衆から一人他のギンガ団員と同じ服装をした男がでてきた。
一番近くに居たジュンとヒカリはモンスターボールを構える。
「待て待て! 私だ。国際警察のハンサムだ! 潜入捜査してたの!」
ハンサムはカツラをとって身の証をたてた。どうやら本物のようである。
「あ……ごめんなさい」
二人はモンスターボールを戻す。
ハンサムは姿勢を正して再び話し始めた。
「ああみえて彼はまだ27歳という。これだけの数の人間を心酔させるカリスマ性といい我々国際警察としても強い脅威を覚えざるを得ない」
「左様ですか……。それで、ハンサムさんは一体何をお調べに」
「当然、奴らの目的だ。調べたところではカムイヌイナとかいう伝説をもとに祈祷師を使って我が地方の伝説ポケモンであるディアルガとパルキアを下界に降臨さたがっているようだが……」
「そ……そんな途方も無いことを……」
レッドがそう思わず漏らす。
「うむ。この国際警察のメンバーである私にもどうやってやる気なのか見当もつかない……。現段階ではただの夢想家だとしか思えん」
「そうでしょうね……」
「だが。それを探るのも私の仕事だ。君たちも……まあそれだけのメンツがいるなら難なくいけるだろうがくれぐれも無理はするなよ。私は私でもっといろいろなところを探るとしよう」
そういってハンサムは去っていった。それと同時にアカギの演説も終わって団員たちはバラバラに去っていく。話の限りではどうやら明日一部の団員と共にテンガン山において二匹を召喚する腹積もりのようだ。
「チィッ……。俺たちも急がないとやばそうだな」
「ええ。捜査は専門に任せて進みましょう」
レッドとゴールドがそう話すと5人は更にアジトの奥へと進んでいった。
―午後4時 アジト最奥部―
複雑なアジトを進んでいくと最奥部と思われる場所にたどりついた。
大きなガラス管の中にはユクシーとアグノムとエムリットと思われるポケモンが閉じ込められている。操作盤の前には一人の男がおり、服装の違いからして幹部であろうことは察せられた。
「ここまで来たか……思ったより早かったな」
そういうと彼は5人の方に振り返った。
「お前は……」
「私はサターン。ギンガ団の幹部だ。ここに閉じ込めてるポケモンを救いにきたのだろうがそうはさせない。新しい世界を創造するというボスの望みをお前達のような子どもに邪魔されてなるものか」
ジュンとヒカリがモンスターボールを構える。
「待て。ここは俺が倒す」
レッドが遮る。
「いいえ! レッドさんにこれ以上迷惑はかけられません。ここは俺が……」
「ジュン君。あたしに任せてよ! これでも前よりはうーんと強くなったんだから」
ヒカリは胸をそらしながら言う。どうやら本心から言ってるようだ。
「どうせ俺にはかないっこねーよ! いいから俺にやらせてくれ。ギンガ団は俺が絶対にゆるさ」
「まぁ待てって。いいか? あの水槽には恐らく俺たちのさがしていた三匹が入ってる。あまり長引かせてギンガ団に時間を与えると何をするか分からないんだぞ。できるだけ早くここでのすることは済ませたい」
そうレッドがいうと二人は渋々ながらも後ろに控えた。
「ふっ……。小賢しいことを。蹴散らしてくれる」
サターンもモンスターボールを取り出し、ドクロッグを繰り出した。
――
しかし幹部クラスとはいってもレッドの敵というほどでもなく10分ほどで決着はついた。
「くっ……伝説のトレーナー相手では歯が立たないというのか……。分かった。この三匹のポケモンはお前たちの好きにするといい。この装置のボタンを押せばカプセルのロックは解除される」
サターンが道を譲ると真っ先にレッドはボタンを押し、ユクシー・アグノム・エムリットを解放した。それと同時に三匹はどこかへと消えていった。
ヒカリとジュンはホッと胸をなでおろしている。
「しかし、随分とあっさり解放しましたわね」
エリカがぽつりと呟く。
「ふっ……。もう用は済んでいるからな。あの三匹からはもう赤い鎖を生成している。それで恐らくディアルガとパルキアを繋ぎ止めるつもりなのだろう……。お前たちなら既に知っているだろうが先の伝承で事を成せなかったのは降誕させる術は知っていても制御する術を知らなかったからだ」
「まさか……」
レッドが言うとサターンは怪しい笑みを作る。
「我々はもうその術を手に入れているのだ……。だからお前たちが今更どう足掻こうとボスは止められない」
「ふ、ふざけるな! 僕たちが今からでもテンガン山にいって止めてみせる!」
ゴールドが怒気を含んだ声でサターンに言い放つ。
「やれるものならやってみるといい。まぁもっとも。ボスが具体的に何をしようとしているのかは私もしらないがな」
そういうとサターンは操作室を後にした。
「くそっ……! 僕らも早くテンガン山へ向かいましょう。事は一刻を争いますよ!」
「左様ですわね。参りましょう」
後の三人も同調して操作室を後にする。
―午後5時 トバリシティ アジト前―
アジトから出るとゴールドとジュンが勢い盛んにモンスターボールを取り出す。恐らくテンガン山まで行くつもりなのだろう。
「待て」
レッドが止めにかかる。
「なんでだよ! 俺たちは急がなきゃならないっていうのに」
ジュンは切羽詰まっているのか敬語にするのも忘れてレッドに食って掛かった。
「今から雪山に登るのは危険だ。明日の朝からにしよう」
辺りは既に陽の光が失われ、夜の帳が完全に降りようとしている。
眼下に広がる街の光がいやに眩しく見えた。
「で、でも急がないと彼らが何をするかわからないんですよ?」
ヒカリがジュンに同調して申し訳無さそうに言う。
「そうですよ。この二人の言う通りです。二人の雪山登りのサポートなら僕がしますから二人の気持ちも汲んであげましょうよ」
ゴールドもレッドにそう反駁した。
「やれやれ……。あのシロガネ山に仮にでも一回きたお前なら分かってくれると思ったんだがな」
レッドは帽子を目深に被り直して改めて言い直す。
「いいか? ただでさえ雪道は滑りやすく歩きにくいんだ。それに加えて足場が悪くまともな道も少ない雪山を歩くだけでも素人には難しいというのに、その手がかりすらない夜間に登るなんて言っちゃわるいが正気の沙汰じゃねえよ」
シロガネ山と三年間闘い続けてきた男のいうことである。流石にゴールドもこれには勢いを削ぐがそれでも言い続ける。
「しかしギンガ団はそんな中でも山頂で事を起こそうとしている訳ですよ? 雪山が危険なことくらい僕にだって分かります。しかしそんなことで先延ばしにしては手遅れになりますよ? 条件の悪さは心持ちでカバーしなくては……」
「気合やら覚悟というのはな。十分な技術と経験のある人間が初めて口にすることが許されるんだ。お前たちにはどっちも足りないからせめてコンディションがもう少しマシな時に登れって言ってんだよ!」
レッドの紛れもない正論にゴールドは黙する他なかった。
「それでも登りたきゃ好きに行けばいい。だが俺はそんな無謀な連中と共倒れになるのはゴメンだからな」
「そ、そんな言い方することないでしょう! レッドさん。あなたはこの二人が一体どういう気持ちで悪条件なのを分かった上で登ると言っているのか分かっているんですか?」
「何度も言わせるな。そんな気持ちだけで登山ができるなら誰も苦労しないんだよ。ピクニックじゃねーんだぞ!」
ゴールドとレッドの言い争いが険悪になっていくのを見て取ったエリカは仲裁に入った。
「お二人とも落ち着いてくださいまし。ここで言い争いをしても詮無きことですわ」
「しかしだなエリカ……」
「貴方。確かに理論では貴方に分がありますし、私自身仰せの通りだとは思います……しかし驕りが過ぎますわ。雪山登攀のように危険な状況下ではそれこそ大敵というのをお忘れではなくて?」
「うっ……」
「ゴールドさんはたしかに些か感情に揺り動かされて足元の状況を十分に把握できていない面があります。しかし、それもこれも悪の組織を誅伐せしめたいというポケモントレーナーにあって然るべき正義心の発露からきているものというのを貴方はお忘れではないですか?」
エリカはレッドの言い分に欠けているものを的確に突いていく。
「わ、忘れてなんか……」
「いいえ。忘れていなければ勝手に登れなどとそれこそ危険な選択肢を仰せになるはずがありません。もしそのままお三方がテンガン山に登って事故でも起これば貴方は見殺しに等しい行いをしたことになるんですよ?」
「……」
レッドはそう言われると黙る他ない。やはり論争ではエリカに勝てるはずもなかった。
「とはいえ。夫が仰せになったことには十分な理があります。どうでしょうゴールドさん、ジュンさん、ヒカリさん。ここははやる気持ちを抑えて夫の言う通り……いえゴールドさんの言うことも理解できますし今日のところは山に一番近い211番道路にてキャンプをした後、夜明けすぐに出立するということでどうでしょう?」
エリカが折衷案を穏やかな声色で持ちかける。
「わかりました。ヒカリさんとジュンくんはそれでもいいかい?」
ゴールドが後方にいる二人に尋ねた。
「はい。分かりました」
ヒカリは素直にそう応じたがジュンは苦虫を噛み潰したような表情で黙ったままである。
「ジュンくん!」
ヒカリはジュンの背中を叩く。
「っ……。分かった。分かりました。そうしますよ」
ジュンも了承したが明らかに不興顔であった。
こうして五人は今日の登山を諦め、211番道路へ歩み始めた。
また、行く寸前にハンサムよりギンガ団は準備に時間がかかっており山が悪天候なのも手伝って本日中に事を起こすのは不可能であることを告げられたため五人は少しだけ安心して行くことができた。
―午後9時 211番道路 テンガン山洞窟入口付近―
五人は211番道路まで飛んでいき、先程のとおりここで休息をとることにした。
元気づけるためにエリカが手料理を振る舞い晩餐は決戦前とはいえ和やかな雰囲気に包まれた。
やがて食事を終えるとそれぞれ暖を取るためのキャンプファイヤーの近くで雑談をしている。
「美味しかったねー! エリカさんの作ったカレー」
「ああ。うちのカレーでもあれには負けるぜ! 凄かったなほんと」
ヒカリとジュンは丸太の上に座って夕食の感想を話していた。
「エリカさんって、料理が上手なだけじゃなくて勉強もすっごくできるしあたしたちみたいな普通のトレーナー相手でも優しいし……。憧れちゃうなぁ。あたしもああいう人になりたい!」
「ヒカリじゃ元の性格から作り変えないとダメだろ。無駄なことはやめといたほうがいいぜ」
ジュンはエリカに淹れてもらった緑茶を飲みながらそう軽口を叩く。
「もう。そういうジュン君だってギンガ団相手にかなりギリギリだったじゃない? あれじゃあレッドさんレベルになんていつ届くことやらね~」
「はぁ!? お前俺を見くびるなよ。お前がたらたらやってるうちにこっちはもうキッサキのバッジとったもんね! このバッジケース見てみろよ!」
ジュンはジャンパーの内ポケットからバッジケースを取り出してヒカリにみせつける。バッジ7つといえばモラトリアム期間内では上位1%未満の人間しか存在しないと言われてるため無理もない。
ヒカリは小声で「すごい」と言ってしまったがそれをかき消すような声で反発する。
「あ、あたしは受験勉強で忙しいから育ててる暇なかっただけだもん! でもそんな中でもトウガンさんと戦ってマインバッジとったんだよ! これでもう第一志望校は受かったも同然だもんねー!」
ヒカリは冷や汗をかきながらも基本姿勢は崩さなかった。バッジ6枚は難関校であっても相当な優遇措置がとれる見込みがある。
「お前さっきエリカさんに基礎的なところがおろそかだって叱られてたじゃね―か! じゃあさっき教えられてたえーっと……。あ、そうだ226事件が起きた年いってみろよ!」
「え!? えっと……。あ、1932年!」
ヒカリは自信満々に答えた。が、それは515事件が起こった年号である。
近くの炊事場で洗い物をしていたエリカは聞いた瞬間にため息をついた。
「ブッブー! 残念でした36年ですー! これじゃあいくらバッジ6枚でも難しいんじゃねーの!?」
ジュンはゲラゲラと笑いながらヒカリに得意になってみせた。
「あ、あたしは暗記が苦手なだけだもん。国語と英語ならエリカさんにだって褒められたもん!」
「へーじゃあ……」
二人が言い争いをしているところにレッドが入ってきた。
「おう。仲がいいな」
「レ……レッドさん」
ヒカリはレッドの姿を見て声色をいつもの調子に戻す。
「懐かしいな。マサラでグリーン……ああ俺の古い友だちだけどな。あいつとくだらないことでいがみ合ってた時のこと思い出したよ」
「グリーンって……もしかしてあの五大難関の一人とか言われてるトキワシティのジムリーダー?」
ジュンは流石にトレーナーの情報については詳しいのかすぐに食いついた。
「なんだ。知ってたのか。それにしても五大難関っつーのは思ったより広まっているんだな……。俺はしばらく界隈に触れてなかったからゴールドに聞くまでは知らなかったが」
「へぇ……。やっぱりレッドさんってすごいんですねぇ」
ヒカリは憧れの視線を向けているがジュンのそれは先程の件があったからかやや冷たさを帯びつつあった。
「お前らアジトで妙なこと言ってたな。ポケモンの強さが違うって」
「え、えぇ」
「俺もな。あの後サターンと戦って少しではあるが違和感を覚えた。確かに専業のトレーナーでないにしてはあまりにも強い……。なんというか能力的な強さではなく、根源的というか……元からもっているモノというかそういう資質の違いのレベルでの話だ」
「そう! そうなんです。同じ技、同じポケモンなのに前に似たようなトレーナーと戦ったそれとは全く威力が違うなって」
ヒカリは共有できて嬉しいとばかりに同調する。
「だがエンジュでロケット団の改造ポケモンと戦ったそれともどこか違う気がする……。どうにもモヤモヤするんだよな」
レッドとヒカリはそれからもいくつか話してレッドはその場を後にした。
ジュンはあれから終始黙っていた。
「レッドさんって凄いよね! あたしたちみたいな素人の見方を忘れてないっていうの? そういうのを感じ取れちゃうってやっぱり伝説のトレーナーって感じだよねー」
「……」
ジュンはいつになく暗い表情をして押し黙っていた。
「もう。どうしたのジュン君? 珍しく大人しくなっちゃって」
「なあ。ヒカリ」
「なに?」
「レッドさんって……俺が思っていたような人じゃないのか?」
ジュンは疑問形ではあるが切実な様子で言う。その顔はまさに理想と現実の落差に戸惑っているような、そんな顔であった。
ヒカリは何か言って気を紛らわせてあげようか思案している表情をしたが、そんな様子ではないと察して何も言えずただ背中に手をそえることしかできなかった。
―11月20日 午前11時 テンガン山―
翌日、5人は夜明け前の5時に軽い朝食をとった後にキャンプをたたみ、登山を開始した。
道中ハンサムよりギンガ団が通ったとされる洞穴を教えてもらいそこから事が行われるであろう山頂を目指している。
テンガン山は思ったとおり険しく洞窟をぬけて山肌に出る頃には日は高く登って昼の時間帯になっていた。
「ハァ……ハァ……」
山を登っている面々の疲労は見て取れる。途中出くわすギンガ団の下っ端を倒しながらなので尚更である。
それに加えて昨日よりはやや収まっているらしいとはいえ11月とは思えぬほどの吹雪が5人を襲っていた。
「つっ……!」
雪が埋もれる音がした。
四人が振り返るとヒカリが膝をついていた。
「おい。大丈夫か?」
ヒカリのすぐ前を歩いていたジュンが手を差し伸べる。
「だ……大丈夫。あたしは……平気だから」
しかし体は震えており顔色はやや血色を失いつつあった。
「ちょっと寒いだけだから気にしないで」
そう言いながらヒカリは自力で立ち上がる。
「雪道は足取られやすいから慎重にね」
ジュンの前を歩いていたゴールドが立ち止まって優しく言い掛けた。
「はい。ありがとう……ございます」
そこから少し間をあけてレッドとエリカが歩いている。
「ヒカリさんかなりお辛そうですわね……。何か温かい飲み物でも差し入れましょうか?」
「何いってるんだ。ハンサムさんからもらった地図見た限りじゃここはまだ半分も来てないんだぞ。貴重な熱源をまだ使うわけにはいかないだろ」
小さい声でそう言ってにべもなくエリカの提案を断った。
「そ……それもそうですわね。分かりました」
エリカは何かを言おうとしたが飲み込んだようである。
この世の全てが白銀になると錯覚しそうなほどの吹雪の中、五人は静かに進んでいった。
―午後1時―
遠くでは何やら禍々しい声が聞こえてくる。
どうやら詠唱がはじまったようだ。頂上は近いことを黙示していた。
しかし小休止を取った時にヒカリの持っているユキカブリに偵察させたところ山頂に通じる洞窟まではまだ700mほど歩かねばならず予断を許さない状況には変わりなかった。
「痛っ!」
また雪が埋もれる音がした。今度は少しつまずいただけでなく派手に全身転んだようである。
先程より積雪が多くここまでくると膝小僧のあたりまで雪が積もっていた。
幸いまだこの時期は新雪であるため雪は軽く、起き上がるのにたいした力は要らない。
「つっ……」
ジュンやゴールドは最早声をかけてあげるだけの余裕がなく、心配そうに見ることしかできなかった。
「あ……あたしは大丈夫ですから構わないで先に行って……ください!」
ヒカリは絞るような大きな声でレッドにも聞こえるように言った。
レッドはそれを聞いて立ち止まった。
「貴方? どうされ……」
エリカの言葉も無視してレッドは三人のいるところまで降りていく。
「レ……レッドさん?」
ヒカリは目前に立ったレッドを見ている。
「いいかげんにしろ。遊びに来てんじゃないんだぞ、俺たちは」
励ましの言葉をかけてくれるとでも少しは期待してたのだろうか、ヒカリの表情はとても悲しげなものになった。
「レ……レッドさん! なんてことを言うんです。ヒカリさんだって頑張って」
ゴールドが間に入ってヒカリをフォローしようと試みたが、レッドはこの雪山の如く冷徹な姿勢を崩さなかった。
「頑張ってるやつが何回も転んだりするのか? 頑張ってるやつが先頭から遅れて全体の進行を妨害するのか?」
「ヒカリさんやジュンくんが雪山の登山に慣れていない事は僕たちだって十分に理解してたことでしょうが! そこは経験と年齢の分僕らがカバーしていかなくてどうするんですか?」
「カバーにも限度ってもんがあるんだよ。この程度の雪で精神が弱くなって全体に迷惑かけるようなやつの面倒を見るほど俺はお人好しじゃないんだ」
こう言い争っている間にも遠くから詠唱の声が続いている。
「聞こえるか? この声。俺たちがもっと早く行けていればそこまで行く前に止められたかもしれないんだ。その責任は誰にあるんだ。言ってみろよ」
「だ……誰って」
ゴールドは言葉を濁してしまった。
「言えないだろ。所詮お前は聞こえの良いことだけ言って現実を見ようとしない。そういうのが一番タチが悪い」
そう言うとヒカリの前に再び立った。
「ヒカリ。お前には気概がたりない。気概が足りているならば技術や経験の足りない分心意気を見せようと前へ前へ俺たちを引っ張るくらいの芸当はできるはずだろう?」
ヒカリは何も言い返せずにただ自分の倒れていた雪の跡をみている。
「とどのつまり、お前には覚悟が足りないんだよ。この身を捧げてでも役に立とうという覚悟が。覚悟のできてねぇやつはすぐさま降りろ」
ヒカリにそう言い放つとどこからともなく憤然と雪を踏む音がした。
音の主はレッドのすぐ側に立つと思い切り胸ぐらをつかんだ。
「見損ないましたよ……! レッドさん!」
そう言うと思い切りレッドを雪面に叩きつけた。あまりにも不意のことだったため受け身をとれずまともに地面の衝撃をくらった。
「いてて……ジュン! お前いきなりなにしやがる!」
「今まで俺が会ってきた上級のトレーナーは確かに厳しい事を言うこともあった……でも、それはどこかにそいつを思うが為の思いやりがあった! でもレッド! お前にはそういうの微塵もないじゃないか!」
「は? 何を言ってるんだ。俺はだな」
「確かに俺らは三人に比べて旅の経験は浅いし、ポケモンバトルだって未熟だよ。でも……それでも俺達の生まれ故郷を守りたいからここまでやって来たんだ! お前そこらのことぜんっぜんわかってないだろ!」
「いや……俺は俺なりにその事情は分かってるつもりだ」
「分かっていたらなんで……なんでヒカリにそんな冷たく出来るんだよ! なんでここまで一緒に登ってきた仲間に対して降りろなんて言えるんだよぉ!!」
ジュンの叫びは切実なものである。しかしその声はテンガン山の峡谷に虚しく消えていった。
「どうやら……お前にも覚悟が足りてねえみたいだな……。じゃあ」
レッドが胸ぐらを掴みかえそうとしたところで若葉色の手袋がその手を止めた。
「おやめなさい。見苦しいですわ」
そう言って強めの力でレッドを突き放す。レッドは雪道の為バランスを崩したがすぐに立て直した。
「皆さん。色々思うところがあるのは分かります。……しかし最早そのような内輪もめをしている場合ではありませんわ。ここでバラバラになっては倒せるものも倒せなくなってしまいます」
こうしているあいだにも詠唱は続いている。
ギンガ団の最終的な目論見は未だ継続中なのである。
「そうです。エリカさんの言う通りですよ。ヒカリさん、ジュン君もあと少しだから頑張ろう。これ、さっきチョコとかしたやつだけど糖分補給になるし元気づけてよ」
ゴールドはリュックサックからチョコレートを溶かした飲み物を取り出し、二人に手渡した。
「え、いや俺は大丈夫ですよ。この通り体だけは」
「いや君もかなり疲れてるよ。かなり気を張ってるけど僕にはバレバレだよ」
ゴールドはにこやかに笑いながらもう一度手渡す。
ジュンは今度は礼を言いながらやや恥じ入ったように飲んだ。
「ふう……ジュンくんさ……。あまりカッコづけないでよ」
ヒカリは一口飲むとやや元気を取り戻したのかまたジュンに軽口を叩いた。
「なんだお前。俺がどれだけお前をかばったと思ってんだよ。分かったらこれからはもう少しちゃきちゃき歩けよな!」
「うん……」
ヒカリは存外素直にうなずいたのでジュンは意外なふうな表情をしている。
「え。なんだお前随分素直じゃないか」
「へへ……。頑張ろっかジュンくん。あと……ありがと」
最後の言葉は小さめにいうと、ヒカリは飲み物の入ったカップを持ちながら足早に前を通り過ぎていった。
「な……なんだヒカリやればできるじゃないか」
レッドはややばつの悪そうに言う。
「ええ。おかげさまで」
ヒカリは先程までの尊敬の念がまじったそれとはいささか異なる声色でそう言う。
こうして五人は仕切り直して最後の山道を登っていった。
―午後1時40分 やりのはしら―
様々な苦難を乗り越え、五人はいよいよ山頂に到達した。
最後の洞窟を切り抜けると雪は降り止んでおり、かわって荘厳な雰囲気の場所が姿を現した。
しかし荘厳であると同時に異様な雰囲気にも包まれている。最奥部では巨大な方陣が描かれており数百人の団員や祈祷師と思われる人々が術式や詠唱を行っていた。
どうやらディアルガとパルキアはまだ召喚されていないようだ。
階段をのぼると二人の女が行く道を塞いだ。恐らく服装からしてギンガ団の幹部だろう。
「よく来たわね。まあぞろぞろとご苦労さま」
「あー! ソノオの発電所で悪さをしていた幹部ね! やっぱり懲りてないんだ!」
ヒカリはどうやら面識があるようである。
「当然よ! あれくらいのことで引き下がっていたらギンガ団の名折れってものだわ」
「まあ良いじゃないのマーズ。詠唱はもう最終段階……。今更何をしようとボスは止められはしないわよ」
ハクタイシティでレッドとエリカに相対したもうひとりの幹部、ジュピターは一笑に付しながら言ってみせた。
「そうね。あたしたちにはボスから直々に頂いたこのポケモンたちがいるんだもの。全く怖くなんてないわ」
二人の幹部は得意な表情で言う。
「ほう……大した自信だ面白い。じゃあいくかゴールド。どのくらいの実力かみてみようじゃないか」
「そうですね。それじゃあ」
二人はモンスターボールを出そうとしたが背後から声がかかる。
「待ってください! ここは俺たちが戦います!」
「あたしたちがこの幹部を倒しますから皆さんは奥に行って悪事を止めてきてください!」
ヒカリとジュンが自信たっぷりに言ってみせる。
「ま、待ってよ! 彼らのポケモンは普通の強さじゃないって言ってただろう? 君等だけで大丈夫なのか?」
ゴールドは止めにかかって再考を促したがレッドは違った。
「分かった。行くぞゴールド」
「レッドさん! いいんですか?」
「自分の力量も測れないほど二人も素人じゃあるまい。とにかく俺たちは根本をとめに行くのが先決だ。グズグズしてたら手遅れになるぞ!」
そう言うとレッドは一番うしろに居たエリカにアイコンタクトをとって奥へ進んでいった。
「ああもう! 行っちゃった……」
ゴールドがレッドの背後を見ているとエリカが近づいて言う。
「ゴールドさん。夫に続いてください」
「しかし……」
「お二人の事でしたら私に任せてください。今彼らを止められるのは夫と、ゴールドさんしかいないのですから」
そう言うとゴールドに背を向け二人の背後へ向かっていった。
ゴールドはやや不安を拭いきれなかったが、仕方がないとばかりにレッドに続いていった。
「あれ? エリカさんは行かれないのですか?」
ヒカリがただ一人になったエリカに言う。
「お気になさらず。私は手出しは致しませんから、どうぞ存分におやりになって」
彼女はにっこりと微笑んで言う。
「分かりました……!」
ヒカリは幹部二人に向き直る。
「ヒカリ。お前本当にいけるのか?」
「自分ばっかりが強いと思ったら大間違いだからねジュンくん。まあ見てて、この三年間の成果、たーっぷりみせてあげる。行って、ムクホーク!」
レッドとエリカがシンオウに来たばかりの頃はムクバードだったがどうやら進化したようである。
ジュンは思った以上に頼もしいと思ったのか先程の不安そうな顔から余裕をのぞかせた笑みになった。
「へぇ、こりゃあ楽しみだ。それじゃいっちょやるか! 行け、フローゼル!」
こうしてジュンとヒカリの戦いがはじまった。
エリカは背後で見守りながら二人の為にキズぐすりとお茶を用意しはじめていた。
―やりのはしら 奥―
やりのはしらは存外長く下っ端たちも20人ほど護衛についていたがレッドとゴールドにとっては造作もなく打ち破っていった。
方陣のすぐ前にたどりつくとアジトで弁舌をふるっていた銀河グループの社長であり、ギンガ団のボスであるアカギの後ろ姿が見えた。
「来たか」
アカギには物々しい威厳のようなものがあり、二人は身構えている。
「まあ待ちなさい。見るといい。この美しい方陣を。古の神職たちは千年前に同じことをしてみせたのだ。実に素晴らしいことだとは思わないか?」
方陣は見事な図形で描かれている。光を帯びており見るものを惚れ込ませる不思議な魅力がある。
「私は千年の昔、恨みを晴らせずに悲惨な末路をたどっていったカムイ・ヌイナの者たちが哀れでならないのだ。私は時と空間を支配するディアルガとパルキア。そして異次元空間を支配するギラティナ。この三体を用いてそのような世界を、そこまでの恨みを募らせるようなくだらぬ世界を壊し、新たなる宇宙を創建する。今はその手始めをしているのだ」
「ふざけるな! そんなことやられたらたまらない!」
「そう喚くこともない。君たちなど概念をも支配する伝説ポケモンの前には塵に同じ。苦しむ間もなく一片の痕跡も残さずに消えていくだけだ。何の心配もいらないだろう?」
「悪いが俺たちはそんな世界でも消えたくはないんでね。あんたのやろうとしていることは何が何でも邪魔させてもらう」
レッドがアカギに強い口調で言った。
「あくまでも私の邪魔をするつもりというわけか。良いだろう。そこまでいうのであれば相手になる他あるまい。私の為だけに作ったこの自然淘汰の厳しい競争を勝ち抜いた優秀なポケモンたちで君たちのそのくだらぬ心や精神を打ち砕いてあげよう」
アカギが振り返り、モンスターボールを構える。レッドとゴールドも同じように戦闘態勢に入った。
「おーい!!」
背後からジュンの声がする。
振り返るとヒカリとエリカも続いている。
「ゴールドさん! レッドさん! 私達やりましたよ! あの幹部二人を倒しちゃいました!」
ヒカリはゴールドに視線を合わせて嬉しそうに言う。
「何!? 本当か?」
レッドがエリカに尋ねる。
「ええ。それなりに苦戦はしたようですがそれでも勝ちは勝ちです。お二人共よく敢闘されたと思いますわ。モラトリアムのトレーナー止まりにしておくには勿体ない実力かもしれませんわね」
エリカもまた嬉しそうに二人を褒めていた。
「そうか……よくやったな」
レッドは帽子を目深に被って言った。
「あの幹部は相当に自信あって僕とレッドさん相手でも負けないような確信があったみたいなのに……。それは本当にすごいよ! よく頑張ったね」
ゴールドはまるで自分のことのように二人を褒めている。
「ふっ……。当然だろう。下っ端どころか幹部連中に渡しているポケモンは不完全な連中にも釣り合うように所詮競争に負けた雑魚でしかない。モラトリアムのひよっこでもなんとかなるだろう」
後ろで見ていたアカギはうっすらと笑みを浮かべていう。
「な……なんだと!?」
ジュンはゴールドとレッドを押しのけ、鼻息を鳴らしてアカギに相対する。
「せっかくここまで来たんだ。ついでに教えてあげよう。ロケット団と同じく我々も使うポケモンには手を入れてる……。だがロケット団とは少々勝手が違っていてな。私はかねてよりトレーナーとポケモンにはそれぞれ資質のようなものがあるのではないかと思って独自に研究を進めた。結果、トレーナーについてはサンプル不足で大したことは分からなかったもののポケモンについては確たる証をつかめた」
アカギは優秀な資質をもったポケモンの子にはその資質が受け継がれるというのを突き止めた。優秀な資質を持った個体を交配させてその資質を高めていくことがポケモンの総体的な強化になると考えたのだ。
そこで彼はシンオウ中の育て屋から彼の関連会社を通じて大量のポケモンを手に入れ資質を徹底的に調査し、優秀なものだけをギンガ団のものとして受け入れた。育て屋や保護区などから渡されたポケモンのうち9割は劣等種として黄道社に委託したが当然全てが行き先が決まるわけではなくその場合は手続きの効率化の為に適正な手続きを踏まずに殺処分していたという。毎年2,3割程度このような末路を迎えたポケモンがいたそうだ。
「そんな酷い……! 酷すぎる!」
ヒカリは悲痛な声でアカギを非難したがどこ吹く風でアカギは続ける。
「だが淘汰というのはなかなか思い通りに上手く行かないものでな……。どれもこれもロケット団の改造ポケモンにはとても及ばぬ力しか持てなかった。とてもではないがかの組織のように国やリーグを相手に大喧嘩を仕掛けられるような戦力は揃えられなかった」
「それでこの伝説に目をつけて実行に移した……というわけですか」
エリカが冷徹な眼差しを向けつつアカギに言う。
「そのとおりだ。だがそれでも特異種というのはいるものでね。私の手持ちだけは改造ポケモンとも渡り合えるほどの力をもっているのではないかと思うほどの資質をもっている。それでレッドとゴールドという世界で今大きな注目を集めているトレーナーを下せば私の力は……」
「待てよ」
ジュンが口を開いた。
「その二人の前に俺たちが相手だ。調子こいたこと言ってんじゃね―よ」
「そう! 6つのバッジと7つのバッジを揃えたエリートトレーナーであるあたしたちをまず相手にしないとね!」
二人は自信ありげにアカギに相対する。
「おい。大丈夫なのか? さっきの戦いだってそれなりに傷を負ったんだろ?」
レッドがエリカに尋ねる。
「一応私が回復はさせましたが……。向こうがどの程度の手練れなのか分からないことにはどうとも言えませんわ」
「レッドさん。ここは二人に任せて僕らは方陣に行きましょう。詠唱を止めるのは難しいかもしれませんがなにか手がかりがあるかもしれません」
ゴールドとエリカは先程の幹部戦の結果を受けてか先程よりかはどこか楽観的なところが見受けられる。
「面白い……。ひよっこ相手でも準備体操くらいにはなるだろう。よろしい。ではまずは君たちからだ! 行け、マニューラ! クロバット!」
戦いが始まったのをよそにゴールドは一言声援を浴びせた後、レッドに従って方陣へと向かった。
エリカは前と同じように回復役として後方で待機している。
―10分後―
「嘘……なんで……」
ジュンとヒカリは全くなすすべなく一方的に倒された。どうやらアカギのホラ吹きではなかったようだ。
「ぐっ……なんだってんだよ!! こんな……こんなでたらめな強さのポケモンがいるだなんて」
ジュンは地面を蹴って自らの無力さを責めている。
「他愛もない。所詮君たちはひよっこでしかない。本当の強さを持ったトレーナーには一も二もなく鎧袖一触で倒される他ないのだ」
アカギは冷厳に言い放つ。
後方で待機していたエリカはお茶の用意をやめて身構えていた。
「どうやらゆっくりとお茶の時間を楽しむ……わけにはいかないようですね」
エリカは伏している二人の前に立つ。
「エリカさん……」
ヒカリはエリカをすがるような目でみている。荒涼とした風景に泰然自若と屹立する彼女は実に頼もしく見えただろう。
「ヒカリさん……。ジュンさん。安心なさい。伝説のトレーナーの妻であり、カントー地方、タマムシシティジムリーダーである私の面目にかけて負けは致しませんから。かわいい後輩のかたきもとれずに敗れては名折れですもの」
エリカは二人に柔和な笑みをむけている。その笑みの裏には確固たる決意があった。
「エリカ女史だったな……。ジムリーダー……しかも伝説の夫婦の片割れならば相手に不足はない。その過剰なまでの自信を絶望に変えるとしよう」
アカギとエリカの戦いがはじまった。
―5分後 方陣―
方陣の周囲にはいりレッドとゴールドは色々とさぐっていた。
レッドは手がかりが見つからず難儀していると、どこかで見覚えのあるような顔が視界の端にみえたような気がした。
「トシアキさん……? いやまさかね……」
レッドがそう独り言をいうと背後より声がした。
「レッドさん! 大変です!」
そう言ってきたのはヒカリだった。
「ヒカリ……ちゃん。どうしたんだ」
「私たち……情けないことにアカギに全く歯が立たなくて……。それでエリカさんがかたきをとるといってアカギと今戦っているんです!」
「何だと!?」
仮にもジムバッジを相当数集めているトレーナーを一方的に倒すような実力では如何にエリカがジムリーダーとはいえど勝つかどうかは不透明である。
「私とジュン君はこのまま伏してるわけにもいかないから証拠も十分あるし、邪魔な下っ端はここの周囲にはいなくなったから洞窟をおりてハンサムさんと警察を呼んで来ます! 時間はかかるかもしれませんけど……どうかそれまでの間にギンガ団を止めてください!」
ヒカリは深々と頭を下げた。
レッドは礼を言うのも忘れてすぐにアカギのいる場所に走っていった。
ヒカリはレッドの背中を見届けて洞窟へ入っていったであろうジュンを追う。
―4分後 やりのはしら 奥―
「エリカ!!」
「貴方……!」
どうやら戦いは五分五分で推移しているようだ。ゴールドは既についておりエリカを後方支援していた。
「エリカ。悪かったな。こんな繋ぎをさせちまって」
「い……いえいえ。妻として当然のことをしたまでです」
「そうか。ありがとな。よし、ゴールド! 後方支援はいい。アカギは俺ら二人で倒すんだ!」
ゴールドはその言葉を聞いてうなずいた。
「小賢しい。今更そんなことをして何になるというのだ。まあいい、相手に……」
「アカギ様」
アカギが言っている途中で祈祷師の長と思われる人物がアカギに話しかけた。白い頭巾を被っていて顔はうかがえない。
「なんだ」
「詠唱の第一段階が終了しました。間もなく、ディアルガとパルキアが降臨すると思われます」
「そうか……! うまくいったか。やはりお前を抱えて正解だったな。礼を言うぞ、トシアキ」
レッドとエリカは最後に告げられた名前に二人は驚きを隠せなかった。
「ト……トシアキさん? どうしてこのようなところに」
エリカがそう言うと、トシアキは暫し黙った後、三人の方に向き直って頭巾を取った。
「申し遅れましたな。あっし……いやそれがしの真名は平将門の臣、藤屋常陸介明武が嫡男、藤屋小太郎歳明。以後お見知りおきを」
「な……なんですって……」
エリカはあまりのことに呆気にとられている。
「そういうことだ。トシアキはな。カムイ・ヌイナで飛ばされた三百人あまりの祈祷師やその家族の一人。それも祈祷の責任者の一人という重要な地位にいた男だ。千年後のシンオウに飛ばされ困っていた所を私が面倒みてやったのだ。祈祷の総指揮や法具を集めるという役目と引き換えにな」
「それがしは……主を藤原秀郷の追討で失い、父もそれに追うかのように討ち死にした。執拗に迫りくる朝廷の追手をかいくぐってやっとシンオウについたらあまりの寒さに生き残った親類や家族も耐えきれず十二にして一人ぼっちになった! それもこれもお前たち内地の人間がここまで追い詰めたせいだ!」
トシアキは三人に向かってやり場のない怒りをぶつけている。
「一人ぼっちになったトシアキをくだんのカンナギの集落に引き取られてな。そこで恨みつらみを全て祈祷の力にかえて相当な地位にまで上り詰めたんだそうだ。それでやっと内地の人間に逆襲ができると思ったら例の事件ってわけだ」
「そ、そのような話。信じられませ」
言い切ろうとしたところで天空よりまばゆい光がした。
「おお……この光はまさに千年前のあの時と同じ……同じ神の光だ!!」
トシアキは感極まった表情で方陣をみている。
しばらくすると地についたのか鈍く地面が響いた。
二匹のポケモンの咆哮の後、その体を衆目に晒した。どうやら本当に、ディアルガとパルキアが現世に姿を現したようだ。
「エリカ女史よ……これを見ても信じられぬとでも言う気か?」
「そ……そんな……」
彼女は立ち尽くす他なかった。
「さて、それがしは鎖を用いて第二段階の詠唱を行います。御免!」
そう言ってトシアキは素早く持ち場へと戻った。
「ま、待て! そうはさせ」
「待つのはお前だ。レッド。これはな。トシアキにとってはまさに千載一遇なのだよ。千年越しの内地の人間へ対する復讐。このために奴は何年ものあいだカンナギの学芸員に身をやつし、法具や祈祷の情報を集めたのだ。その気持ちがたかが十数年の時しか生きていないお前にわかるとでもいうのか?」
「だがどうせ……あんたはポケモンのくだりからして自分自身のためにしか新たなる宇宙とやらに住まわせる気はないんだろう? その口でよくそんなことが言えたもんだな」
レッドはアカギをなじる。
「ふっ……。よく分かっているではないか。そのとおり。奴も所詮は不完全なものにすぎない。だが、あれでも何年も宿願達成のために協力してきた同胞だ。一時の夢くらい見させてやるくらいの情けはある。たとえそれがすぐ奪われるものだとしてもな」
第二段階の詠唱がはじまった。ディアルガとパルキアはアジトでみた鎖ともう一つの別の鎖をもって完全に動きと力を封じられ、もがいている。
耳を聾する咆哮が響き、二匹は逃れようと様々な向きにのたうち回っている。その苦しみは想像するに難くはない。
「な……何だこれは!!」
「カムイヌイナが起きた大きな原因は服従する術を知らなかったこと……。そこで我々は2つの鎖を作った。一つは動きを封じる物理的な鎖。もう一つは力を封じる精神的な鎖。前者は私や銀河グループの科学力をもって作れたが後者だけはあの二匹のバランサーであるユクシー・エムリット・アグノムの三匹に頼る他なかった」
「だ……だからあの爆発を」
「そうだ。そしてその2つであの二匹をおさえている間に長年祈祷師の間で研究され伝承されてきた服従詠唱を一定時間行えば完全に服従する」
「そんなこと……! 誰がさせるもんか!」
轟音に突っ伏していたゴールドがなんとか起き上がって止めようとする。
「どうでも邪魔をしたいらしいな。せめて私を倒してからそのような事を言ったらどうだ」
アカギが二人の前に立ちふさがる。
「望むところ……。いくぞゴールド!」
「はい。レッドさん!」
――
アカギのポケモンは確かに相当強く二人でもそれなりに骨が折れたがレッドは2体、ゴールドも2体失って辛勝した。
「ぐっ……! だれがこんなことを認めるか!! ようやく、ようやくここまでたどり着いたのだ! こんなところで水泡に帰してなるものか!」
アカギは負けを認めず当たり散らしている。
戦いに時間がかかりすぎたせいか。ディアルガとパルキアは先程までと比べかなり落ち着いている。抵抗はするもかなり弱々しい。
服従詠唱も最終段階に入りつつあったようだ。
「どうだ! よくみろ。勝負の結果など知ったことではない! ディアルガとパルキアが私に従えばお前たちなど塵にしてくれる! さあ。おいで、私のところへ! その偉大なる力を私のために!」
レッドとゴールドが呆れながらも緊迫している様子でうかがっていると突如上空に閃光がした。
「ぐわっ!! なんだ、なんだこの光は! 聞いてないぞ!」
アカギだけでなくその場に居た全員が地に伏せざるをえないほどの光だった。
数十秒ほどすると光は消え、全員が立ち上がる。
するとどうしたことだろうか。ディアルガとパルキアは最初から居なかったかのように消滅していた。
「そ……そんな馬鹿な!!」
アカギが第一声をあげた。
それと同時にアカギのはるか後方にいたジュピターとマーズが変事を見て下っ端を引き連れて駆けつけた。
「何? 何なの今の光……」
ジュピターがそう言った後、マーズが素っ頓狂な声をあげた。
「あーっ! さっきまでいたはずのあの二匹がいないじゃないの!」
後方に居ても咆哮は聞こえたのだろう。二匹がいたことはしれていたようだ。
「ボス。大丈夫ですか?」
ジュピターが茫然自失となっているアカギの隣に座った。
「そんな……ありえない……あの……時と……空間を支配する神が……消えるなんて……馬鹿な……」
アカギはあまりのことに我を失い、うわ言ばかりを喋っている。
「ボスー!! ちょっとオッサン! どーいうことよこれ! 説明しなさいよ!」
マーズが眼下にいるトシアキにかなりの剣幕で責め立てる。
「そ、それがしにも一体どういうことなのか一体全体」
トシアキにも完全に予定外のことで狼狽している。
「認めたくないけど……。どうやら計画はすべて御破算のようね。お前たち! 撤収するわよ飛行ポケモンを用意なさい!」
ジュピターがアカギのかわりとばかりに指揮をとる。下っ端たちはやや動揺しながらも撤退の準備を慌ただしくはじめている。
「おい! ふざけるなよ。ボスは俺らに負けたんだ大人しく従え!」
「坊や。そんなのはこっちの知ったことじゃないのよ。覚えてなさい。次は必ず……」
ジュピターが言いかけたところで洞窟から多数の警官隊が突入した。
ジュンとヒカリの通報が間に合ったようである。
「我々は国際警察だ! ギンガ団! 君たちは完全に包囲されている! 無駄な抵抗はやめなさい!」
ハンサムがメガホンで投降を呼びかけている。空には多数の警察ヘリが飛んでおり逃亡はほぼ不可能であった。
「くっ……ここまでのようね」
ジュピターは膝を折って観念した顔で天を仰いだ。
マーズは認めずに当たり散らしていたがやがて確保される。
――
こうして、五人の活躍によりギンガ団はアカギをはじめ幹部も全員逮捕され、壊滅。それだけでなく銀河グループは創設者や管理職がギンガ団に深く関わっていたため致命傷を負うことになった。
シンオウ第一の大企業が引き起こした前代未聞の不祥事ということで株式をはじめとした証券取引は大波乱がおこり、後世からはギャラクシー・ショックなどと言われることになるほどの株安や円高などが起こるがそれはまた別の話。
またトシアキの逮捕によってカムイヌイナについても全容が解明され、いち早くそれに感づいていたシロナは脚光を浴びることになった。
事件を終えてとりあえず五人は警察からの簡単な事情聴取の後、疲れ果てた体を癒やすためにカンナギタウンのそこそこな旅館に一泊した。宿泊費はエリカが自ら全額だした。
―午後11時 カンナギタウン 旅館 松の間―
部屋は2つ取り、1つはレッドとエリカ。もう1つはゴールド、ジュン、ヒカリがいる。
松の間にはレッドとエリカが泊まる。
「ふう。なんだかんだ一件落着だな」
レッドは仲居の用意した布団に寝っ転がって言った。
「左様ですわね。なんとかリーグが動き出す前に片がついてホッとしました」
シロナにはあの後レッドから連絡を入れ、お褒めの言葉と共に通達の解除をしたと言われた。
「そうだなー。ま、大事になる前にすんでよかったよかった」
「別の意味でこれから大事になりそうではありますけどね……」
エリカはつけていたテレビのニュースをみながらぽつりと言う。
はやくも事の次第が銀河グループ本社に伝わり翌日夜に副社長が会見をするなどと大々的に報じられている。やはりシンオウ内ではかなり大きな存在感をもった企業であることをエリカは今更ながら痛感していた。
「ん? なんか言ったか?」
「いえ。こちらのことです」
「そうか……」
レッドは出していたピカチュウとあっち向いてホイをして遊んでいた。
「貴方?」
「何だ?」
「ヒカリさんとジュンさんの事どう思います?」
エリカは何の気もなく尋ねている。
「そうだな……。ま、着実に修行していけば結構なトレーナーになんじゃねえかね。ただヒカリちゃんの方はやや打たれ弱いところあるからそこはなんとかしないとダメだと思うがな」
「そうですか……クスッ」
「なんだ? おかしいか?」
「いえ……やはりお昼にヒカリさんやジュンさんに対して冷たく当たっていたのは本当はお二人のこと心配されてのことなんだと思いましてね」
「えっ?」
レッドは上体を起こす。ピカチュウはせっかく勝ったのに指の向きを見てもらえずややしょんぼりしてる。
「あのお二人の事をそのくらいには気に留めているからこそこれ以上の登山は危ないかもしれないと思って敢えて厳しめに仰せになったのでしょう? 気を立たせて帰るならそれもいいと思って」
「え……あ……」
レッドは返答に窮していた。
「あら? もしや違うのですか?」
「いや……うん」
レッドは暫し考えた後
「そうだよ」
と返した。
「左様ですか。良かったです。貴方がジュンさんが言うような思いやりの欠けたトレーナーではないことがわかって……。如何にポケモンが強くてもトレーナーとの関わりを忘れてはいけませんもの」
エリカは安堵した笑みをレッドに向ける。
レッドは少しだけ心が痛んだ。
「しかし貴方。やはり言い方というものがあると思いますわ。あのような仰せではそのうち誰も貴方のことを心から信じてはくれなくなりますわ。これからはもう少し気をつけてくださいましね」
彼女は優しい口調でレッドに語りかけるように言った。
「お……おう。そうだな。これからは気をつけるよ」
そう言うとピカチュウが再度あっち向いてホイをやろうとばかりに背中に乗っかってせがんできた。レッドは応じてあげてもう一回寝転んだ。
エリカはその情景を淹れたお茶を飲みながら微笑ましく見ていた。
―11月21日 午後2時 マサゴタウン ポケモンセンター前―
ジュンはまだまだ修行が足りないと思ったということでもう一度雪道で訓練してくるといってカンナギで別れてテンガン山の北方へ戻った。
その他の四人はナナカマドにまた呼ばれているとのことでマサゴに向かった。
「じゃあ私はこれで。みなさん本当に色々とありがとうございました!」
ヒカリはすっきりとした笑顔で深々と頭を下げた。
「いえいえ。ヒカリさんは本当に大変だったでしょうによく最後までめげずについてこられましたわね。それだけの忍耐と根気があれば第一志望のコトブキ高校にもきっと合格しますわ。頑張ってくださいましね」
「はい。エリカさんのいろいろなアドバイス本当に助かってますもん! もうお二人の行く方向に足向けて寝られない……なんて」
ヒカリは軽く笑ってみせた。
「ヒカリさん本当にもうトレーナーやめちゃうのかい? なかなかいいセンスしてると思うんだけどな」
ゴールドが残念そうな声で言う。
「私は最初からいい進路を歩むためにトレーナーモラトリアムを使おうと思っただけですから。それに私ポケモンを戦わせることよりも一緒に遊んだりおしゃれしたりするのが好きって気付いちゃいましたし」
「そっか……。うん。でもヒカリさんはそっちの方がいいかもね。それでこれからどうするの?」
ゴールドが更に尋ねる。
「もうとにかく勉強の絶対量がたりないってエリカさんに気付かされましたし、今夜から2月までひたすら勉強勉強……。あ~あユーウツ」
ヒカリは肩を落とす。ゴールドはハハハと苦笑いしていた。
「ヒカリさん?」
エリカはややいたずらっぽい声でヒカリに言う。
「ひぇ! 分かりました分かりました。ちゃんと身を入れて勉強しますから! 学校は勉強するところですもんね……ってあ! もうこんな時間だ。それじゃあみなさんさよう……」
ヒカリがそう言おうとしたところで彼女の眼にそれまで黙っていて居心地悪そうにしていたレッドがいた。
彼女はうつむいて、もじもじと足をくねらせている。
「ヒカリさん? どうされましたか」
エリカに心配そうに声をかけられる。
「あの。すみませんエリカさん。レッドさんを……少しお借りしてもいいですか?」
「はい?」
「どうしてもその……言っておきたいことが……いえ。そんな大したことじゃないんです。はい」
彼女は慌てた素振りを見せながら言う。
「夫に一体何の用事ですか?」
やや不穏に思ったのかエリカが尋ねる。
「……」
彼女は押し黙ったまま、顔を赤らめている。
「どういうことかお話しできないのであれば同意いたしかねますよ?」
そう言われると彼女は何かを決意した表情で顔を上げる。そして素早い動きでレッドのもとに駆け寄った。
「あの。少し来てください」
「えっ!? ちょっとヒカリちゃ……」
レッドはやや強引にヒカリに手首をとられた。
彼はジョウトから旅立とうとしたときも同じようなことがあったと思い出す。
―ポケモンセンター裏―
彼女は3分ほど走ってこの場所にレッドを連れ込んだ。
「ご、ごめんなさい急に……。でも、その……レッドさんに……どうしても伝えたいことがあって」
ヒカリは走ったために息があがっており上気している。
13歳の少女といえどこうなるとやや可愛げを覚えてしまうレッドであった。
「そ……そんな。だ、ダメだよ俺にはエリカが」
ミカンの件を完全に重ねていたレッドは思わず先回りした返答をした。
ヒカリは構わず、レッドの肩に手を乗せそっと耳元でささやく。
「この冷血漢」
そうとだけ抑揚もなく冷たく言い放った。
するとヒカリはすぐにレッドから離れ、彼女はスッキリした表情でレッドの前を軽やかに去っていった。
レッドは予想を裏切る一言に呆然としながら二人のいるところへゆっくり戻っていく。
―研究所前―
研究所の前には心配そうな表情でゴールドとエリカが待っていた。
ヒカリは真っ先にエリカの元へ歩く。
「すみません。急にあんなことしてしまって」
「いえ……それより夫は?」
「直に戻ってくると思いますよ。それじゃ、皆さんお世話になりました! さようなら!」
そう言ってヒカリはそそくさとムクホークに乗ってフタバタウンの方向へ飛んでいく。その華奢な背中は先月研究所に案内してくれた時よりも少しだけたくましく見えた気がした。
「行ってしまいましたね……」
「ええ。なんだか少しさびしいものがありますわね」
ゴールドとエリカはやや気落ちしていた。
「そ、そんじゃあ研究所いくか」
とぼとぼと戻ってきたレッドは自らの身に感じていた居心地の悪さを覆い隠すかのように研究所へ進む。
―午後2時30分 同町 ナナカマドポケモン研究所 所長室―
研究所に着くとナナカマドが待ち構えていた。
エリカは案の定二人とは別にさせられた為、彼女は研究所を見学させてもらっている。
所長室の二人の目の前には同じように軽食と飲み物。そしていかめしい面をした老人、ナナカマド博士が座っていた。
「済まなかったな。昨日の今日で呼び出してしまって」
ナナカマドはまずその件で軽く謝った。
「いえいえ。とんでもない」
「私のもとにはまだ断片的な情報しか入ってきてないのだが……。なんでもアカギはポケモンとトレーナーについて先天的……生まれつきの資質があるのではないかと言っていたそうだな?」
「え……ええ」
レッドが答えるとナナカマドはまた難しい顔をして黙ってしまった。
言葉を選んでいるようにも見受けられた。
「そうか」
とだけいうとナナカマドは自分の前に置いていた温かいほうじ茶を一口飲んだ。
「仮に……」
やや間を空けて言ったナナカマドの言葉に二人は耳を傾ける。
「それが紛れもない事実だったとしたら……。君たちはどうするかね?」
―第二十八話 千載一遇 終―