伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚   作:OTZ

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第二十六話 記憶と記録の狭間にて

―カンナギタウン

 シンオウ地方のほぼ中央に位置するテンガン山麓の小さな町。

 大規模な”神隠し(カムイ・ヌイナ)”伝説があるだけでなく古来よりシンオウ地方の信仰や祈祷の中心地としてその地位を固めていた。

 現在は最早数少ないカンナギ及びシンオウの先住民たちの文化を現代に伝える遺跡や遺構を数多く残す町として著名であり、観光と考古の町として栄えている。

 

―11月17日 午前10時 カンナギタウン 市街―

 

 二人は2日かけて210番道路北側の霧深い渓谷をこえてカンナギタウンに到着した。

 ポケモンセンターに立ち寄った後。手紙を届けるべくシロナから教わった住所をもとに市街を渡り歩いていた。

 テンガン山に近いせいか残雪も他の街に比べて多く二人は足場を気にしながら進んでいる。

 

「街の中心部にある立派なお屋敷……と仰せでしたわよね」

 

 ポケモンセンターのジョーイから行き方と特徴を教わっていた。

 

「そうらしいな。まあ取り敢えずそこに向かおう」

 

 しかしタウンという割には町は賑やかであり、土産物屋や旅館が軒を連ねている。

 トレーナーの歩き方でも触れられていた通りここはシンオウ有数の観光地のようだ。

 そうこう歩いていると遺跡入り口に差し掛かったが、その付近で聞き覚えのある声がした。

 

「か……勘弁してくだせえ。ここから先あんた方みたいな輩を入れるわけにはいかないんです」

 

 二人は声のした方向に目を向ける。

 するとそこには最早見慣れたコスチュームと髪型をしたギンガ団員二名に絡まれている一人の中年男性がいた。

 

「うるさい! 通せと言ったら通せ! 我々にはこの遺跡にあるものが必要なのだ!」

「ですから、そういう目的の方には」

「わからないやつだな! 痛い目に遭いたいのか!」

 

 そう言って一人のギンガ団員がモンスターボールを取り出し、構えた。

 遺跡の前で門番をしていたゴローン二体も臨戦態勢に入っている。

 

「おい! 何やってんだ!」

 

 レッドが三人のいる場所に割って入る。

 ギンガ団員は二人を見るや否や

 

「チッ……! 引くぞ」

「仕方ねえな。覚えてろよ」

 

 と寄せた波が引いていくかのように整然とひいていった。

 二人には関わるなという指令が今度は末端まで行き渡っていたようだ。

 

「あ、ありがとうごぜえます! なんとお礼を申し上げれば良いか」

「いいんですよ……えーっと」

 

 レッドは顔は覚えていたが名前を失念してしまっていた。

 

「トシアキさん……。ですよ貴方」

 

 軽やかな所作でエリカがレッドの一歩ほど後ろに並ぶ。エリカは覚えていたようだ。

 

「そーですそーです。あっしなんかの名前を頭に留めてくださるとはなんともありがたいですなぁ」

 

 トシアキは快活に笑みを浮かべながらへこへこと頭を下げている。

 

「それにしても一体どうしたのですか?」

「あの奇天烈な格好をした連中が遺跡に入れろ入れろと強引に押し入ろうとしましてなぁ。困ったものですわほんとに」

「そうですか……それは災難なお話でしたわね」

 

 エリカは同情しているかのような視線をトシアキに送った。

 

「そうだ。お礼といっちゃなんですが遺跡の中をご案内しましょうか」

「いえ。私達はまずこなさなければいけない用事が……」

 

 エリカが丁重に断ろうとしたが、レッドが割って発言した。

 

「是非お願いします」

「貴方? ここに来た目的をお忘れですか?」

 

 エリカがレッドをやや強めの声色で咎める。

 

「シロナさんは遺跡の中について調べたいと言って俺らにも関わりあるかもしれないと言ってたろ? 先に遺跡を見ておけば何か分かるかもしれない」

 

 エリカはやや間を空けて

 

「それも……そうかもしれませんわね」

 

 承服し、トシアキの方に体をむけた。

 

「よし。そうとくれば話は早いですな。あっしについてきてくだせぇ」

 

 そういってトシアキは遺跡の中へ入っていき、二人は後に続いた。

 

―遺跡内―

 

 トシアキは壁画や出土品を二人に見せてレッドにも分かる程度に噛み砕いた説明をしながら遺跡をゆっくり案内していた。

 

「そういえばお二人はどうしてカンナギまで?」

「シロナさんから遣いを頼まれまして」

「あぁお嬢から……」

 

 トシアキは一瞬だけ声のトーンを下げたがすぐに元の調子に戻して続ける。

 

「どちらに向かわれる予定で?」

「手紙を託されたのでシロナさんの御祖母様の所に届けるつもりですわ」

「ほう。なるほど……。あの家なら遺跡の出入り口からまっすぐ北にいけばすぐに見えてきますぜ」

「まあ。本当ですか? 教えていただきありがとうございます」

 

 エリカは恭しくトシアキに頭を下げて礼を言った。

 

「いやなんのなんの。カンナギはそれなりに大きな町ですからな。道も入り組んでますしきちんとお教えしないと分からねえだろうなと思いましてね」

「そうですわね……」

 

 そう言っているとガードマンと思しきゴーリキーが二体ほど二人の目の前に現れた。

 ゴーリキーはこちらに警戒している目線を投げている。

 

「あー。あっしらはただの観光客とガイドだから、ほら」

 

 トシアキは博物館の職員証をゴーリキーに見せる。するとすまなそうな表情をして大人しく引き下がっていった。

 

「ここは随分とガードポケモンが多いですわね……。エンジュやキキョウの文化財でもここまではいませんわよ?」

「そこはまた随分と面倒な経緯がありましてな……。まあそこらはお嬢のご実家ででも聞いてくだせえな」

 

 トシアキは多くを語ろうとはしなかった。

 

―午後1時 シロナ実家 玄関付近―

 

 三人は一時間かけて遺跡を探索した後、トシアキと別れて昼食を済ませシロナの実家に向かった。

 噂通りの大邸宅であり、恐らくカンナギの中では最大の規模を有する邸宅といえるだろう。カンナギ一の大名士というのも頷ける話である。

 

「ひやぁ。思った以上にでかい家だな……。ここまでくると城だなもう」

「フフフ……。もう。この程度で驚かれたら私の家を見たときにどうするのですか?」

 

 エリカはあくまでも優位性を主張したいようだ。

 

「そういや行ったことなかったな……」

 

 彼女と付き合い始めてからタマムシに居たことがないためまだレッドはエリカの屋敷すら見た覚えがなかった。

 

「今度タマムシに一緒に帰れる機会があればご案内しますわ」

「楽しみにしとくよ。そんじゃ」

 

 レッドはやや緊張した面持ちで邸宅のインターホンを鳴らした。

 用事を話すと召使いの先導で邸宅に入り、応接間へ通される。

 

―応接間―

 

「これはこれは遠いところをわざわざありがとうございます」

 

 シロナの祖母は年齢相応の老顔であったが、高い気品を感じる出で立ちをしていた。

 二人の前には召使いが持ってきたお茶菓子がおかれている。

 

「これが先だって申し上げましたご令孫よりお預かりした書簡です。お収めください」

 

 エリカは丁重に手紙を祖母に渡した。カチコチに緊張しているレッドとは対照的にやはりエリカは慣れているのか所作や言葉に一切の淀みがない。

 

「まぁこれはどうも」

 

 と言いながら祖母は手紙を受け取り、すぐに中身を読んだ。

 

「分かりました。遺跡の出土品や記録については求めた通り、孫に渡しましょう。それで遺跡の話を聞きたいそうですが……」

「はい。あのカムイヌイナの伝承を今に伝えし遺跡の仔細をお聞きしたいと思いまして」

「ほう……あの伝承をご存知で?」

 

 祖母は感心した表情でエリカをみる。シロナも言っていた通りあまりカムイヌイナの伝承について知名度は高くはないようだ。

 

「あの遺跡はカムイヌイナの後に形成された集落の遺構をそのまま残しておりましての。今ではああして大っぴらに町にだせますけれど、昔はそれはもう大変なことで……」

 

 祖母は伏し目がちに少しずつ昔のことを語り始めた。

 

――

 

 シロナの家はもともとはさる大藩の家老であったが維新の直後に主だった家臣を引き連れてこのカンナギの集落にたどりついた。

 自らの集落を守るため彼らは地元の原住民たちと協力して自警団を作り、猛獣や野生ポケモンの襲来から守るためにシロナの高祖父にあたるクニヨシがポケモンジムを創設した。シンオウではコトブキに次ぐはやさで創設されたこのジムはクニヨシのカリスマと辣腕により大きな連帯感をうみだし、シンオウで有数の大規模なジムに成長していく。

 しかしその一方で政府の同化政策によりシンオウ古来の文化は抑圧されていった。カンナギに土着していた祈祷師たちの文化もその一部とみなされた。クニヨシはまだ融和的であったもののその子、クニツグの代になると(カンナギジムは世襲制)政府の圧力に屈して焚書や祈祷を行ったものの逮捕など徹底的な弾圧に踏み切るようになった。こうして表向きはカンナギからそうしたものはなくなったもののクニツグの子のクニサダは父の姿勢には強く反発していた為に裏で文化の保存に全力を注いだ。そして終戦を迎えて政府の圧力がなくなったためクニサダは父に対しリーダーの譲位、祈祷師たちへの謝罪や文化復興に手を貸すよう要請したが父は聞き入れなかったため遂に彼はポケモンを用いて蜂起し、一年近くに渡る戦争を繰り広げた。結果、クニサダが勝利し、父のクニツグは失意のあまり自害して事はおさまる。しかし闘争は町全体を巻き込んだ惨憺たるもので、死者43名重軽傷者278名という終戦直後各地で起きていたジムのあらゆる紛争の中でも最悪の被害を出した。

 町民たちにとってこの紛争は非常に痛ましい記憶であり、勝利し新たにリーダーとなったクニサダにとっても大きな十字架となって背負わねばならぬものであった。

 それから40年ほど後、リーグが設立されカンナギも公認ジムの一つとして認められたはいいものの大きな問題が彼の前に立ちふさがった。

 

―1987年 3月22日 午前11時 カンナギタウン 集会所―

 

「ここ数年、カンナギを訪れる観光客は目に見えて多くなりました。しかし、一方で遺跡の盗掘被害が増加しており非常に参っています……」

 

 カンナギの史跡博物館長はため息をつきながらリーダーのクニサダを含めた有力者の集う席上で言った。

 1980年のトレーナーモラトリアムの明文化によるカンナギへの来訪者の増加、それに加えて当時世間をわかせていたバブル景気のおかげで骨董品への注目度が急激にあがりその影響でカンナギ遺跡への来訪者も大きく増えていた。

 しかし、カンナギ遺跡の出土品や壁画、宝具の価値の高さを目につけた盗掘被害も相次いでおり遺跡を管理する博物館や行政でも対応はしたがいたちごっこで手につけられない。古物商へも買い取らないよう要請は出しているものの大半は裏で捌かれているためそれで引っかかるのは余程間の抜けた者に過ぎなかった。

 

「というわけなんですよクニサダさん。もうこうなったらおたくらの力を借りる他ないと思いましてね……」

 

 有力者の一人である町議がクニサダに語りかける。

 

「つまりうちのジムから人を出せと?」

「そういうことです」

 

 クニサダは間を開けて答える。

 

「気持ちはわかりますけどね……。そういったことはまず警察に相談されるべきでは」

「しましたよぉそら勿論。しかし駐在所の人員だけではどうにも出来ない上に道警本部に応援を頼もうにもあっちはあっちで余裕がないらしくて……」

 

 館長は憔悴した顔で言う。手を尽くした上での策だということは見て取れた。

 

「こちらも助けたいのはやまやまなんですけれどもうちもそちらに割けるほどの人員はちょっと……」

「夜間に三人ほど貸していただければ十分なんですよ。三人体制で二人ずつ交代で遺跡をまわってもらうような形で……」

「しかし……」

「そっちも余裕がないことは分かっているがこれも町の価値を守る為だ。なんとか合力願えないかの」

 

 町議は穏やかな口調と共に言外に大きな圧力を漂わせながら言う。クニサダは抗しきれずに渋々承諾した。

 

―午後9時 遺跡前―

 

 遺跡博物館の営業時間が終わった頃、クニサダは2人の選りすぐりのジムトレーナーを連れてきた。

 

「来ていただけましたか!」

 

 ご丁寧にも館長直々に三人を出迎えた。

 

「おや……。私は三人ほどと言ったはずですが」

「私も警備につく。一人でも多くのトレーナーに休養は取ってほしいですからな」

「左様でございましたか……。出来る限り負担は軽くするよう尽力しますので暫しの間ご辛抱くださいませ」

 

 館長は深々と頭を下げて詰め所に誘導した。

 

―詰所―

 

「悪いね。こんな夜遅くに出張らせてしまって……」

「ほんとっすよ。こちとらトレーナーを捌くだけで手一杯だってのにこんなことに駆り出されるなんてさぁ」

 

 ジムトレーナーでは随一の実力をもつ男、ウノスケが言葉とは裏腹に笑みを浮かべながら言う。ジムバッジを7つ所持しているエリートトレーナーであり、軽口を叩くものの仕事はしっかりとこなすためクニサダは一番の信頼を置いている。

 

「全く……。寧ろこのような大役に任せてもらえるのは名誉な事でしょう? もっと素直によろこんだらどうなんです?」

 

 もうひとりはジム内の実力は三番手(バッジの数は5つ)なものの相手を捕縛したり威嚇するのに優れたポケモンや技を多く持つ女性トレーナー、レイコである。ウノスケとは折り合いが悪いが警備任務故に緊張感を保たせる為、統制に優れた彼女をもうひとりに選んだのだ。

 

「へーへー。すみませんでしたっと」

「何ですかその誠意の欠片もない謝罪は……」

「レイコちゃんはさー。カタイんだよカタイ! こういう時こそ肩の力抜いとかないと持たないよぉ?」

 

 ウノスケは子どもの相手でもしてるかのように快活に笑いながら接する。

 彼女の怒りは収まる気配がなくまた何か言いたそうだったが、クニサダが間に入る。

 

「まあまあ。レイコ。取り敢えず落ち着いて……。お前の気持ちも分かるがウノスケの言う通りだ。取り敢えずはリラックスだリラックス」

「そ……そうですね」

 

 レイコは何度か深呼吸した後、備え付けの椅子に深く座り直した。

 

「よし……。まあとにかくだ。警備といっても他の入り口は閉まっているし、遺跡の周囲には常に警報装置が張ってあるから侵入者がいればすぐこちらに伝わるようになっている。だから我々のすることは装置をかいくぐって侵入しているものがいないかのチェック。そして侵入者への対処だ」

「しかしさリーダー。対処と言っても何すりゃいいのさ。まさか殺すわけにはいかないわけでしょう?」

「こ……殺っ……」

 

 レイコは具体的な単語にやや怖がっているようだ。

 

「まあそれは今から俺が実践する。とにかくついておいで」

「実践……っておいもういんのかよ!?」

 

 クニサダは返答をせずにさっさと鍵を持って遺跡へと向かう。二人はやや遅れてリーダーについていく。

 

―遺跡内 回廊―

 

 クニサダの向かった先には一人で懸命に土を掘っている男がいた。

 咄嗟に懐中電灯を男に向ける。

 

「何をしている!」

 

 クニサダは怒声を男に浴びせる。

 

「ちっ……!」

 

 男はスコップとリュックを持って一目散に立ち去ろうとする。

 クニサダはクロバットを繰り出し、前方を塞ぐ。

 

「これは……」

 

 クロバットはそこらのトレーナーは持っていないポケモンである。そこから何かを察したのか男の顔が青ざめていく。

 

「察しのとおりだ。こちらも腹に据えかねてな……。我々カンナギジムが薄汚い盗掘者をとらえることにした! 神妙にしろ!」

 

 男は抵抗を諦めようとせずズバットを三体繰り出す。しかし、所詮ポケモントレーナーのもとで育てられていないポケモンなど赤子の手をひねるようなものである。

 クロバットがニ、三度羽を羽ばたかせただけでズバットたちは沈黙した。

 

「ちぃっ……!」

 

 男はポケモンを放置して逃げ去ろうとするもクロバットから逃げられるはずもなくすぐに捕まった。

 

「とまあこういう感じだ。見つけたら警告し、従わなければポケモンを用いて制圧する」

 

 二人はしっかりとクニサダを見据えて明瞭な返事と共にうなずく。

 

「とりあえず俺はこいつを駐在に届けたら戻る。朝まで一人休憩で二人が常に遺跡内を回っていればいい。ただ当たり前だが遺跡は絶対に傷つけずやむを得ない場合を除き犯人も傷つけないこと。いいな?」

「当然っすよ。いくら盗人でもジンケンってものはありますからねぇ」

「……」

 

 レイコはウノスケを見て黙っている。

 

「おいおいどうしたんだい?」

「いや……存外まともな考えをしていらっしゃったので感心していたんです」

「なんだいそりゃ傷つくなぁ~もぉ」

 

 ウノスケはレイコの言葉を笑って受け流した。

 

「ハハ……。まあとにかく頼んだぞ。俺は詰所にいるから休みたければいつでも来い」

 

 そう言ってクニサダは犯人を連れて駐在所へ向かった。

 

―午前6時 詰所―

 

 予定の時刻を迎えたので三人が帰り支度をしていると館長が喜色満面な顔を浮かべてでやってきた。

 

「いやぁ~! 本当にありがとうございます! 今日は12人も盗人どもを捕らえてくださったようで!」

「なぁに。このくらいうちのものには軽いですよハッハッハ」

 

 クニサダは笑いながら誇るもウノスケやレイコも含めその顔には疲労がでていた。

 

「これならばやつらも恐れをなしてすぐに尻尾を巻いてこの町からでていきますよ! ですからほんの、ほんの暫くでいいですから……!」

 

 館長は切実な表情で継続を訴えている。

 

「わかりました。わかりましたから……」

 

 館長とはそれからもいくつか言葉を交わした後三人は詰所を出た。

 

―市街―

 

「疲れただろう?」

 

 まだほんのり暗い朝の路を歩きながらクニサダは二人に話しかけた。

 

「い、いえそんなこと」

「いや~疲れましたよほんと! リーダー。毎日マジでやるつもりなんすかこんな事ぉ?」

 

 二人の答えは対照的であったが、疲れ具合も相反していた。尚捕まえた12人のうち6人はウノスケで2人がレイコだった。

 

「仕方があるまい。前に話しただろう。俺のジムはこの街にいくら返してもたりない贖罪があるのだ」

「確かにそれは言ってましたけども……」

「先輩」

 

 レイコはウノスケに目配せする。それ以上言うなという意思表示が見て取れた。

 

「分かったよ……。リーダーが一番苦労してるのだもんな」

 

 そういってウノスケは黙って歩き続ける。普段の快活な様子はすっかり鳴りを潜めていた。

 

――

 

 それから一ヶ月、二ヶ月とカンナギジムのトレーナーたちは盗掘者の捕縛に精を出し時が経つごとに盗掘被害は減っていった。

 やがて春が過ぎ、夏と秋が過ぎていくと年の暮れになった。

 12月に入ると盗掘被害はぱたりと止み、これはまさにカンナギジムのおかげだと館から警察に諮り感謝状が受け渡されることになった。12月26日にクニサダは道警本部のあるコトブキに赴き本部長直々に受け取り大きな称賛を受けた。

 そしてその翌日のことであった――

 

―12月27日 午後9時 カンナギタウン 遺跡前詰所―

 

「いやぁほんとクニサダさんには頭が上がりませんよ。うちとしてはもう感謝感激雨あられといった次第でして……」

 

 館長は感謝状授与の栄誉を称えるべくもう何度目になるかも分からないがクニサダに賛辞を述べた。

 

「いいえ当然のことをしているだけですから……。しかしもうそろそろ良いでしょう?」

 

 クニサダはそれとなく警備の終了を申し出た。当然のことながらただでさえ多忙なジムの業務に夜の警備巡回、捕縛といった仕事はトレーナーたちに多大な負担を与えていた。いくら10人体制とはいっても一人あたり週に一回は夜回りに出ねばならない為トレーナーたちの不満や蓄積された疲労は凄まじいものになりつつあるのだ。

 

「ええ。盗人どもは完全に我々に恐れをなしたようですし段階的に警備の数を減らし、最終的にはそちらの力を借りずに夜間警備の業務を行いたいと思っていますです。ハイ」

 

―同時刻 遺跡内 回廊―

 

 この時巡回に出ていたのはウノスケとレイコの二人。

 ジム内でも特に指折りの力を持つ二人の捕縛成績は特に高く、クニサダは前にもまして信頼していた。

 レイコは慣れた様子で回廊を巡回していた。

 彼女は人の気配を覚え、咄嗟に懐中電灯を向ける。

 

「! ……何……これ……」

 

 そう言うや否や、彼女の視界は鈍い音と共に闇に沈んだ。

 

―詰所―

 

「そもそも当初はごく短いお約束だったはずです。どうか前向きにご検討くださいませ」

「盗人が警備を減らしても大人しくしているかどうかを見極めねばなりませぬしな……」

 

 そうこう話していると詰所の扉が荒々しく開かれた。

 

「リーダー!」

「どうしたウノスケ。そんな血相を変えてお前らしくもない」

「第七回廊でレイコちゃんがやられた! 大怪我だ! とにかく来てくれ!」

 

―回廊―

 

 館長は取り急いで救急車を呼び、ウノスケとクニサダはレイコが襲撃を受けた場所へ向かった。

 彼女は応急処置を受けてウノスケのポケモンにより看護を受けている。

 

「これは酷い……」

 

 彼女はいたるところに殴打や鈍器による傷を作っており周りにあるガーゼなどの量で出血も甚だしかったことが伺える。このままでは命に危険があることは明白だった。

 

「意識は?」

 

 ウノスケは首を横に振り続ける。

 

「見たときにはもう息も絶え絶えで……」

「犯人は見てないのか? これだけのでたらめなまでの傷だ。一人二人の仕業ではあるまい」

「全く……。俺は離れた場所にいたせいかもしれませんが音などは聞こえなかったすね。ただ……」

「ただ?」

 

 ウノスケは奥に目をやる。

 

「奥側には多数の盗掘された跡が見えるんすよね。考えたくはないことだけど……」

「復讐……だとでも?」

「今月入ってからずっと大人しかったのも油断を誘うのと準備に時間をかけるため……。なんとまあ小狡いことに頭が回るもんすねぇリーダー」

 

 ウノスケはお手上げとでも言った様子で首を大きく横に降った。

 

「言ってる場合か! とにかく手当をしなければ」

 

 クニサダが救護のポケモンを増やすためモンスターボールを取り出そうとすると背後から人の気配がした。館長が救急隊員を引き連れて来たようだ。

 

「こ……これは酷い」

 

 館長はレイコを視界に入れたかどうかもわからぬうちに掘り返された現場を見に行った。

 

「このあたりはじきにまた採掘をしようと思っていたのに……」

 

 館長はへなへなと座り込んでしまった。

 クニサダは直感してこれはもう引き上げを要請できるものではないと諦観せざるを得なくなった。

 

―12月28日 午後1時 カンナギタウン ポケモンジム 大会議室―

 

 事件はすぐさま街中に伝わり大きな騒ぎとなった。クニサダはすぐさまトレーナー全員を集めて今後について会議を行った。

 

「レイコは全身打撲で全治三ヶ月の大怪我だそうだ」

 

 クニサダの口から深刻な容態を告げられるとトレーナーたちの顔色は青ざめていた。

 

「それでリーダー……。遺跡の方は」

 

 トレーナーの一人が静かに口を開いた。

 

「今日と明日までは警察が現場検証で遺跡を封鎖する。それまで警備はこなくてもいいそうだ」

「それまでって……まだやる気なんですか!?」

「リーダー。私達昨日言いましたよね……。もうそろそろこういうのはやめてほしいって」

 

 トレーナーたちによる遺跡警備の負担は重く昨日は遂に10人のうち3人の女性トレーナーに直談判を受けていた。クニサダはこれを受け入れ、レイコとウノスケが間に入ってどうにかおさめたもののそれをひっくり返されそうとあってはトレーナーたちも我慢の限界を迎えつつあった。

 

「昨日は勿論そのことについて話した。年明けから少しずつ警備を緩め今年度中にはうちから人を出さなくても回せるようにするという了解も得られそうだった……だがその矢先にあの事件が起こったとあっては」

「レイコちゃんはかわいそうだけど……だけどだからって私達もなんでそんな危険な目に遭わなきゃいけないんですか?」

「そうですよあたしたちまで同じ目……いやもっとひどい目に遭わされるかもしれないっていうのに」

 

 直談判を行った彼女ら三人の怯えは尤もであった。彼女らも任を与えられた当初は使命感に燃えて摘発を行ったものだったが冬になってからは不満が多くなっていた。

 

「まあまあお嬢ちゃんたち。あまりリーダーを困らせるなって」

「ウノスケさんからもなにか言ってくださいよ! このままじゃ皆やられてしまいますよ!?」

「だからどうした」

「は?」

 

 ウノスケの言葉は彼女の予想に反するものだった。

 

「仲間がひとりやられてるっていうのに怖気づいて尻尾巻いて逃げるのがうちのジムだとおもわれていいってのか?」

「そんな事言うつもりは……」

「いいか。ポケモンジムはトレーナーたちの目標の場なんだぞ。それなのにそんな怖気づいていて示しがつくと思っているのか?」

「あたしたちだって……」

「ん?」

「そんなこと思われたくない! でも……それでもやっぱり」

「いい加減にしろ……。そうやってぐじぐじやってても」

 

 ウノスケの首に青筋が見え始めたその時、颯爽と若きスーツを着た青年が議場に入ってきた。

 

「おやおやお困りのようですね」

「誰ですか貴方は」

 

 男は仕立てのいい黒いスーツを羽織り、にこやかな表情でいる。

 

「失礼致しました。私は人材派遣会社を営んでおりますサカキと申します。以後お見知り置きを」

 

 男は自然な所作で名刺をクニサダに差し出す。名刺にはブラックキャストと書かれていた。

 

「これはどうも……。それで、私にどういう御用向きで?」

 

 クニサダは男の無礼を責めるよりも先にどういう話を持ってきたのか聞く気になった。この男にはそういう雰囲気のようなものが感じ取れるようだ。

 

「この程、ジムトレーナーの方々が大変なご不幸に見舞われたそうで」

「ええ……まあ」

「そこで私どもより用心棒を何人か巡回の度につけさせまして、もし今回のようなことがあれば進んで盾となりトレーナーの皆様の安全を確保したいと考えているのですがいかがでございましょう?」

「ほ……本当ですか?」

 

 先程までリーダーに食い下がっていたトレーナーが藁にもすがる思いでサカキをみている。

 

「ええ、ガードの質は私が保障いたします」

「……」

 

 クニサダは黙り込んだまま考えている。

 

「リーダー。少しいいっすか」

 

 ウノスケがクニサダに耳打ちをする。

 

「随分と話がうまくないですか?」

「そうだな……」

「あの子らの気持ちも分からなくはないんすけどね……あの男はなにか他に考えてることがありげだし一旦そのブラックキャストとやらを調べてから返答したほうが」

 

 一方、サカキは二人の様子をつぶさに観察している。

 

「実は既に皆様をお護りする予定の者を連れてきているのです。ご覧に入れたいと思うのですが……」

 

 サカキはクニサダに伺いを立てるような視線を送った。

 トレーナーたちは無言の圧力を送っている。

 

「分かった……見るだけならば」

「リーダー!」

「ウノスケ。分かってくれ……。今はとにかく話を聞くだけ聞こう」

 

 それからサカキの連れてきた用心棒は如何にも屈強であり直談判にきたトレーナー以外にも心を傾かせるには十分であった。

 猶予がないことも手伝ってクニサダはその場でサカキの提案を受け入れることになる。館長からもその日のうちに追認を受けた。

 

―12月30日 午後11時25分 遺跡前詰所―

 

 この日は警察による封鎖が解かれトレーナーたちによる巡回が再開された。

 用心棒の成果を確かめるためクニサダは詰所に居る。

 

「今日は何もなければいいですけどね……」

 

 当番の一人のトレーナーがそう呟く。

 

「まぁ昨日の今日だ。そう連続では襲っては来ないだろう」

 

 クニサダはそう言いつつも内心では成果を見極めたいというのがあった。ウノスケが今日までに調べたところによるとブラックキャストは後ろ暗いところがありいわゆるヤクザなのではないかという噂が立っているという。

 それに不安を覚えながら今日を迎えたのである。

 コーヒーを飲み終えると巡回に出ていたトレーナーが帰ってきた。

 

「いや~ほんとありがとうございました!」

「いやいやこちらこそお安いご用。あの程度なら何人でも蹴散らしてやんよ」

 

 用心棒とトレーナーは思った以上に打ち解けている。

 

「おう……お帰り」

 

 クニサダはやや当惑している。

 

「ただいま戻りました! いやーリーダー。すごかったですよ本当に。目の前に急に10人くらいの盗賊が現れたんですけどすぐに近寄ってきたやつなぎ倒して時間稼いでくれたんです! おかげでこちらはなんとかなりましたよ」

 

 トレーナーは快活に笑いながら戦果を誇る。

 

「そうか……それはよかった」

 

 クニサダは大過なくボディーガードが機能していることを知り安堵した。

 それ以後も何度か盗賊による襲撃はあったものの彼らは十全にはたらき一ヶ月後には完全に盗賊は消え去った。

 クニサダは暴力団まがいの組織であることは薄々感じつつも仕事はしっかりとこなす為黙認する状況が続く。当初の約定どおり翌年3月末までに毎日の巡回業務は廃止されボディーガードの必要性は薄くなったものの(26日の盗掘事件の影響で館長は完全な警備体制解除はもう少し待ってほしいと依頼した)ジムトレーナーからの評判がよかったこともあって雑用や力仕事で何度かサカキのブラックキャストの手を借りていたのだ。

 そして数年が経過した。

 

―1993年 1月12日 午前7時 カンナギタウン ポケモンジム―

 

 サカキと関係をもって四年。

 あれから盗掘そのものがバブルの崩壊によって骨董品の需要が落ちたために年を追うごとになくなり92年の大晦日をもって完全に警備体制は解かれることになった。

 

「ようやく落ち着いてきたって感じだな……」

 

 クニサダは営業開始の準備を終えてどっかりと腰をおろした。あと一時間で今日のジムは開かれる。

 

「そっすね……。あの長い遺跡警備も終わってブラックキャストとの関係も清算できたしでやっと本当の日常に戻れた感がありますねぇ」

 

 ウノスケは一貫してブラックキャストとの関係を断ち切ることを主張しておりこの点については衝突することの多かったレイコも同意見だった。

 彼らを歓迎するジムトレーナーが大半だった一方で明確に懐疑的だったのはこの二人だけである。

 リーダーであるクニサダはこの四年の間にトレーナー全員を集めて何度か会議を行い多数派だった関係継続のトレーナーたちを粘り強く説得して漸く警備体制完全解除のタイミングで関係を清算することに合意。サカキもこれについては快諾した。

 

「しかし気になることが一つ有るんです」

 

 ウノスケと共にブラックキャストとの交渉を行っていたレイコが口を開く。

 

「ああ……。ずっとシンオウにいたサカキさんが今日からどっかいっちまうって話だろ? なんでも旅行とか言ってたな」

 

 クニサダは思い出したかのように返す。

 

「旅行じゃなくて高飛びだったりしてな!」

 

 ウノスケは冗談半分に笑い飛ばす。

 

「先輩! そういう事をいうのはやめてください洒落にならないんですから」

「ハハ……。まあサカキさんもたまには羽休めしたいこともあるんだろうよ。この四年ずっと働き詰めだったみたいだ……ん?」

 

 クニサダは玄関先が騒がしいことに気づく。

 気になって動き出す前にジムトレーナーが青い顔してすっ飛んできた。

 

「リーダー! た、大変、大変なんです」

「なんだどうしたというんだ。ちゃんと説明し……」

 

 クニサダが焦点をトレーナーの後ろにあわせる。するとトレンチコートを着た男数名と制服姿の男たちがずらりと並んでいた。

 

「クニサダさん……ですね?」

 

 中年風ながらもしっかりとした体躯をした男はクニサダの目線を見据えていった。

 

「は、はい……そうですが」

「あなたに暴力団対策法違反の容疑で逮捕状が出ています。署まで来ていただきましょうか?」

 

 男は警察手帳をみせた後、クニサダにはっきりと見えるように逮捕状を呈示した。

 

「我々も査察部としてお話ししたいことがあります。面会の際しっかりと聞かせてもらいますよ」

 

 続いて白黒のモンスターボールバッジを襟につけたポケモンリーグ査察部の職員がクニサダに言う。

 恐らく警察と査察部の合同でこのジムを捜査する腹積もりだと彼は悟った。

 

――

 

―同日 午前10時 カントー地方某所 ロケット団本部―

 

「若! 例のジムに強制捜査が入り、クニサダは逮捕されたそうです!」

 

 団員の一人がサカキに悠々とした表情で報告した。

 

「ほう。存外早かったな。いつも愚鈍なサツにしては仕事が早いことだ」

 

 サカキは机の上でタバコを吸いながら嘲ったような笑みをつくる。

 

「しかし愚かな連中ですなぁ……。我々の勢力拡大のコマに使われてるとも知らずあんなに喜んで手を貸すんですから」

 

 サカキのすぐそばに侍っている当時はまだ付き人であったラムダが下卑た笑いを浮かべながら言う。

 シンオウ地方では暴力団同士の衝突が絶えず起こっていたがそこにサカキは人材派遣の体を装ってトレーナーの警備という後ろ盾を得ながら他勢力を駆逐(盗掘品の転売はシノギとして有用だったためこれら暴力団も深く絡んでいた)。シンオウ地方のほぼ全域をロケット団の勢力下にいれたのだった。

 これは派遣当時まだ存命だったサカキの母親が最後のボスへの試験として課した課題であった。

 

「ククク……。まあそう言うな。ああいうのがいなければ俺たちは食いっぱぐれちまう。大事にしなければな」

 

 そういうとサカキは吸い終わったタバコを灰皿に押し付ける。

 

「さて、母様のところに報告に行くか、これだけうまくいったんだ。きっと喜んでくれるぞ」

 

 そう笑みを浮かべた彼の表情にはどこか青年らしい爽やかさがあった。

 

「はっ! 私もお供しますぞ! 若……いえ、ボス!」

「こら。まだ決まったわけじゃないぞ」

 

 そう言いながら部屋の出口に向かう彼は満更でもない様子だ。上着を持ったラムダもまた心の底から嬉しそうであった。

 

――

 

―2013年 11月17日 午後2時15分 カンナギタウン 邸宅―

 

「それからうちの爺様は事情が考慮され軽いながらも刑を受けました。しかしリーグは事態を重く見たのか公認を廃止するだけでなく街ぐるみで同罪であると見做して今後100年は公認を与えないという通達を出しましたの」

 

 シロナの祖母はそう言うとお茶を啜った。

 

「へぇ……しかしリーグも随分とむごいことをしますね……。公認剥奪に加えてそこまでやるとは」

 

 レッドは当人の妻の面前だからか同情めいた事を言った。

 

「いえ。私はリーグの処分は適正だと思いますわ。奥様の前でいうのは憚られますがやはり清廉潔白を旨とするリーグである以上ロケット団などという反社会勢力とのつながりはこのくらいの刑を以て断罪して然るべきだと思います」

 

 エリカは無残にもそう断言する。

 

「エリカさんの言われる通りだと思います。カンナギの町内の方々はお優しいですから大したことはありませんでしたが……」

 

 祖母は言葉を濁らせる。

 

「が?」

「私の孫娘……すなわちシロナとその父である私の次男にあたる家族が大変な目に遭ったのです」

 

 祖母の話したところによるとクニサダとこの祖母のあいだには二人子どもがおり、一人はジムの後継者として育てられもう一人はコトブキ大へ進学して研究職に就いた(長男は遺跡の盗掘から事件発生までのあいだは武者修行と称して旅にでていた為不在だった)。

 しかし、先の事件で警察の捜査は後継者である長男にまで及び全国的に大きく報道された。マスコミの報道姿勢は暴対法成立直後だったためか利益供与者とみなされたジム側へのバッシングがひどく次男の家族は徹底的に私刑の憂き目にあった。次男当人は依願退職に追い込まれ、シロナも当時通っていた中学校で凄絶ないじめを受けたという。

 その後数ヶ月もすると事件の全容が解明されマスコミもジムを擁護する風潮に変わりつつあったが時既に遅く一家は失意のままカンナギへ戻った。

 

「そうだったんですか……」

「しかし。そこで終わらなかったわけですわよね?」

 

 エリカが尋ねると祖母の目にやや光が戻ったようにみえた。

 

「ええ、そうです。爺様はそこで腐らずにリーグのしがらみがなくなったことを逆に利用してポケモンたちを大量に警備に動員したり町おこしに活用しました。おかげで我が家はどうにかこの街で面目を保つことができたわけで、シロナもどうにか大学までやることができたんです」

「なるほどその結果が遺跡にいる大量のガードポケモンってわけ……」

 

 レッドは小声で納得した。

 

「爺様は諦めず懸命にこの街に尽くしてまいりました。確かに常識と照らせば正しいと言えないことも致しましたがそれだけはどうか……どうかわかってください」

 

 そう語る祖母の口ぶりは切実そのものであった。

 

―午後3時 カンナギ市街―

 

 祖母との話はそれからも10分ほど続いて終わった。

 二人は市街に出て荷物をおくためポケモンセンターに向かっている。

 

「なんともすごい話だったな……」

「ええ、まさかロケット団がここにまで絡んでくると思いませんでしたわ」

「あの事件がもしかすると今のシロナさんをつくったのかもしれませんわね……」

 

 そうこう話していると向かいから見覚えのある少年がやってきた。

 

「エリカさん! レッドさん! お久しぶりです」

 

 ゴールドは凛々しい表情で二人に会釈した。

 

「ゴールドさん! ミナモでお会いして以来ですわね」

 

 レッドはエリカの言葉の後につられるように軽く会釈に応じた。

 

「おう」

「いやー。やはりシンオウの冬は早いですねぇ。もう自転車なんか使えませんよハハハ」

「そうだな……。全く困ったもんだな」

 

 レッドは適当に合わせている。

 

「でも、こういうトラブルがあってこそ旅は楽しいんですよね。いつもよりゆっくり進めたのでポケモンたちとより深く交流ができたと思います」

「そうか……それならよかった」

「ところで、ゴールドさん。ここに来られたということはバッジは今最低でも三枚はとられたのですか?」

「はい! 丁度エリカさんが言ったとおり三枚です」

 

 レッドは口元に笑みをつくる。

 

「うっ……その顔は」

「悪いなゴールド。俺たちはもう六枚目にいこうとしてるんだ。ここにいるのはとある人に用を頼まれてな」

「そうなんですね……。やっぱりお二人にはまだまだ勝てませんね。開いた穴はなかなか埋められません」

 

 ゴールドは悔しがっているのか唇をかんでいる。

 

「しかし一時期に比べれば本当に頑張っておいでだと思いますわ。その調子で精進を続けてくださいましね」

「ありがとうございます。その言葉が本当に救いです」

「ま、そうだなエリカの言う通りだ。がんばれよ」

 

 それからもゴールドとは数分ほど意見交換などをしてわかれた。

 

―午後9時 ポケモンセンター 222号室―

 

 この日はその後夕食を摂ってポケモンたちの世話をしていた。

 そしてこの時エリカはヒカリからの電話を受けている。レッドは入浴している。

 

「ありがとうございます。なるほどそうやって考えればいいわけですね」

 

 ヒカリからの電話は高校入試の理科の問題についてだった。エリカにとってはなんのことはなく噛み砕いて解説を終わらせた。

 

「はい、その水上置換についての考え方は気体の収集を理解する上で大事な要素ですから今話したことはよく覚えておいてくださいね」

「分かりました。ところでもう一つ聞きたいことがあるんですけど……」

「何でしょうか?」

「その……。レッドさんってどうしてあれほど強いのかなって」

 

 ヒカリからの質問は唐突であったが至極当然のものであった。トレーナー歴は彼女とそうは違わないはずなのにも関わらず自らはバッジを5つ6つ集めるのがやっとだというのにレッドはその何倍ものバッジを集めているのだから当然であろう。しかも手加減状態でなく本気のリーダーたちと戦ってもなお衰えることなく破り続けているわけだから。

 

「レッドさんは……普通のトレーナーでは遭遇しえないことを幾度となく経験されてきたのです」

「それって……例えばどういうことですか?」

「そうですね……レッドさんからはこれまで色々とお話を伺いしましたがシロガネ山でバンギラスと戦った話でもいたしましょうか」

 

 エリカはジョウトに居た頃レッドから聞かされたバンギラスとの因縁とエンジュの戦争で最終的な決着をつけるまでのことを手短に話した。

 

「なるほど……そんなことがあったわけですね」

「ええ。エンジュシティでの先の戦乱を終えた後のレッドさんは実に晴れ晴れとしており、雄々しい殿方でございました。全く」

 

 彼女はとらえようによっては別の思念を抱かせるような言い方をした。

 

「エリカさん?」

「あ、いえいえ。なんでもありません。とにかくレッドさんは普通のトレーナーでは経験しないようなことを多く経験し、壁にぶつかってもめげずにポケモンたちと壁を乗り越えてきたのです。ヒカリさん。今お話したことが少しでも貴女の役に立っていれば良いのですが」

「はい。とても参考になりました。私もレッドさんのように高い壁にめげずにがんばってあたしのかわいい子たちと考えて、実践して乗り越えていきたいと思いました」

「そうですか……それならば」

 

 すると突如レッドの声がした。

 

「あがったぞー」

「あ、夫が戻ってまいりました。それではヒカリさんごきげんよう」

 

 ヒカリの返答を待った後彼女はポケッチの通話をきった。

 

「ヒカリちゃんから?」

「ええ。入試問題の解説と、レッドさんのお話を少々」

「俺のこと?」

「はい。どうしてそれほど強いのかお尋ねになられたので一例としてバンギラスと戦われたお話を」

「あー……。あの話か。今となっちゃ随分と懐かしいな」

 

 レッドは静かに笑いながらベッドに腰を下ろした。

 

「ええ。そうですわね。エンジュの戦乱もかれこれ半年前のことになりましたわね」

「たった半年なのにな……もう何年も前のことのようだ」

 

 レッドはそう言うと大きくあくびをした。

 

「すまん……。エリカもう寝るわ。おやすみ」

「おやすみなさいませ」

 

 レッドはそれからしばらくすると眠りについた。

 

―11月18日 午前1時 同所―

 

 彼女は日記を書き終えると化粧台の上で最近日課にしている編み物をしていた。

 ふと編み針の手を止めて自らの顔を見つめる。

 

「私は……正しい道を進んでいるのでしょうか……」

 

 そう誰かに語りかけるかのようにふと呟くと頭を何度か振り、断ち切るかのように編むスピードをあげていく。

 冷たさを増した北風が寂しく窓を揺らしていた。

 

―第二十六話 記憶と記録の狭間にて 終―

 


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