伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚 作:OTZ
ポケッチからのシジマの声はエリカに深刻さを伝えるには十分なほど緊迫さを物語っていた。
「うむ。覚えているのならば良い。頼むぞ」
エリカは承諾の返事を返した後、続ける。
「それにしても……現役ジムリーダーの父親がそんな事をしているとはどうも私には信じられないですわ」
スモモの父親。即ちシジマの弟が風の便りによると娘のスモモを虐待しているという噂があり、レッドとエリカはその真偽を確かめるようシジマから依頼されていた。
「ワシもにわかには信じられん。やつはクマオと言ってな。クマと呼んでいたがとてもそんな事をするような男ではない。ワシがまだやんちゃだった頃はよく弟をいじめていた連中を懲らしめていたんだがその時も体を張って止めたのだぞ」
「そうですか……」
「しかしどうにもアレのカミさんが突然離婚して男と逃げてからはよくない噂ばかりでな……。こうも色々なところからスモモが酷い目に遭っているという話を聞かされるとワシも放ってはおけぬでな。こうしてお前さん方に頼んだわけだ」
「引き受けた以上できる限りの事は致します……。しかし、シジマさんは本当に行かれなくても宜しいのですか?」
エリカは念押しの意味合いも含めた様子で尋ねる。
「ワシも色々とやることがあるからのう……そうそうタンバを空ける訳にはいかんのだ」
シジマはジムリーダーと同時に自身の建てたタンバ体育大学の学長兼教授であり多忙の身である。
「しかしこれはシジマさんの姪御さんに起っているお話なのですよ?」
「同時に弟の話でもある。兄弟とはいえ別の家庭の事にそうおいそれと口を挟むような真似はわしゃしたくない」
あくまでも弟を信じつつ姪の事も斟酌した上でのシジマの方策であることがエリカにもひしひしと伝わるのであった。
その後も5分ほど会話してシジマとの通話は切れた。
―10月22日 午前10時 206番道路―
二人は翌朝そのままハクタイを出て一路、次のバッジを獲得するためヨスガシティへと向かっていた。
「そういやエリカさ。夕べ誰かと電話してなかったか?」
「あら? 聞こえていらしたのですか?」
彼女は意外とでも言いたげな目をしている。
「着替えしてる最中に聞こえたから」
「左様でございましたか。実はシジマさんからお電話があったのですわ」
「シジマさんから……? 何かあったっけ」
レッドは完全に記憶が抜け落ちているようだ。
「もう。おとぼけになられては困りますわ。姪のトバリジムリーダーのスモモさんがその……実の父親から虐待を受けているかもしれないというお話で、私たちに状況を見てきて欲しいとお願いされたではないですか」
「ああ……あったなそういえばそんなこと」
レッドは帽子の縁に手をやる。しかしレッド当人からすれば雑事の一つに過ぎないとでも言いたげな心情である。
彼女はしばし間をおいて言う。
「もう。少しは真剣に聞いてくださいまし。これは重大事なんですよ? 範となるべき肉親がジムリーダーに寄生し、その上虐待を加えているなど事実であればとんでもない話なのですよ?」
「あーそうだな……。うん。確か次の次がスモモさんだし身を入れていくか」
レッドは内心仕方がないとでもいう雰囲気でエリカの話を聞くのであった。
それから6日をかけて207番道路やテンガン山、そして208番道路を過ぎてヨスガシティに到着した。
―ヨスガシティ シンオウ第一の文化都市。その代表例がポケモンコンテスト会場で連日連夜、様々なポケモンたちが優雅なパフォーマンスを繰り広げて人々を魅了している。ジムリーダーのメリッサはその中でも大目玉で毎回注目されている。その関連施設も充実しており、ポフィン作りもできたりする。
―10月28日 午後1時 ヨスガシティ ポケモンジム―
二人はポケモンセンターで回復したその足ですぐさまジムへ入った。
ジムリーダーのメリッサというのはかなり特徴的な髪をした婦人である。
「オーホッホッホ! お待ちしておりました! 伝説の夫婦がここへ来ると聞いていたのでクビをながーくして待てました!」
彼女は外国人であるからかやや日本語に違和感があるようだ。
「あの……メリッサさんは確か海外から来られた方ですわよね? もし日本語に慣れていないのであれば母国語を話されても私は構いませんが……」
「おい何いってんだ俺は困るんだよ」
レッドはエリカに耳打ちする。エリカは随時訳すと約束したのでそのまま引き下がった。
「オー! 貴女イングリッシュ分かりますか? それはスバラシイですね! 本当に良いのデスカ?」
メリッサは久々に母国語を理解してくれる人に会えたとばかりに嬉しそうに言う。
「はい」
彼女は自信たっぷりに頷いてみせる。メリッサはこれまで抑圧されたものを吐き出すかのようにペラペラと英語を話し始めた……。
―5分後―
メリッサの発言は収まる様子も見せようとせず続く。
「お、おいエリカお前訳すって言っただろ?」
レッドは耳慣れぬ言葉に冷や汗を書きながら急かすような物言いで尋ねる。
彼女はあれからメリッサの言葉をじっと聞き入っている。
レッドの催促からしばらく間を空けて
「すみません……さっぱり解らないです」
とエリカはお手上げな様子でレッドに向き直った。
「え?」
「ここまで訛りのきつい英語を話される方に会ったことがなくて……。単語すら聞き取るのに苦労するのです。しかし私から言った手前どうしたものか……」
エリカは眉根を寄せて困惑した様子で言う。
「言ってる場合か! たくしょうがないな……」
レッドは身振り手振りでメリッサに発言を止めることを頼んだ。
しばらくしてエリカは事情を話す。
「オー……。それはスミマセンでした。私はラテンアメリカのカントリーもカントリーなところで育ったものデスカラ……。治そうとガンバってはいるんですけどネ……」
メリッサはすまなそうに頭を下げた。
「い、いえいえ。私も貴女の事情を知らず得意気に引き受けてしまい申し訳ありません」
エリカも同じく頭を下げた。
「さて、では改めて自己紹介しましょ。アタシはメリッサ。この国に来てポケモンをはじめとしていろいろな事をいーっぱいべんきょーしました。そしたらコンテストのコーディーネータだけでなくジムリーダーに。伝説の夫婦といってもアタシは一歩も引きまセーン! 貴方達に勝ってみせます! それがジムリーダー!」
――
レッドは1体。エリカは2体を失い勝利した。
「流石につよーいですネー! これはバッジを渡さなければいけません! では、どうぞ」
二人は三枚目のバッジとなるレリックバッジを恭しく受け取った。
「貴方達は噂の通りとーっても強いデース。ですが、シンオウにはまだまだ強いジムリーダーがたくさんいること、忘れないで、コツコツと階段をノボっていくように強くなるといいよ」
二人はその後も何分か話してジムを後にした。
―ジムの外―
「これで3つ目ですわね。やっとシンオウの空気にも慣れてきたという感触がしますわね」
彼女は涼やかな表情をしながら言う。
「そうだな。ポケモンたちもどうにか順応してきたようだ。ところでお前帰りがけにコンテストの事メリッサさんに聞いてたけど……」
「べ、別に行きませんわよ。ただそれとなしに聞いてみただけですわ」
「そうか気になるのか……。やっぱりエリカは女の子だしな」
レッドは笑みを浮かべながら言う。
「し、しかし私達はバトルの為にここに来ているのですし……」
「別に俺は多少寄り道で行っても構わないんだぞ」
エリカは少しだけ思考を巡らせたかのような間をあけた後
「お気持ちだけ戴きますわ。私の事で時間を割いていただくわけには参りませんもの」
と、きっぱりとした調子の声色で答える。
レッドはエリカの強い意思を感じさせる言葉にそうかとだけ答えてその後は続けなかった。
その後、偶然出会ったボックス管理者のミズキからイーブイを貰ってヨスガを発った。
209番道路を通過し、二人はズイタウンに入った。
―ズイタウン シンオウ地方の育て屋があり、ポケモントレーナー達の拠り所となっている。東側にはアルフの遺跡と似た性質を持つズイの遺跡がありズイタウンの名所の一つである。ポケモン新聞社もここにあり捕獲のプロを募集中。
―10月31日 午前10時 ズイタウン 育て屋付近―
ズイタウンに到着し、用意を整えると二人は育て屋に通りががった。
すると、戸口で主人と思しき老爺と話している少女がいるのを見かける。
「あれ……もしかしてミカンさんじゃないか?」
彼女は二人から少し離れた場所で長袖のワンピースを着て、大きめのリュックサックを背負いながら話している。
エリカは一瞬だけ表情を曇らせたかのように見えたがすぐに戻った。
「ええ、そうですわね」
二人ともどうしようかその場にとどまっていると二人に気づいて育て屋との話を切り上げたミカンの方からエリカに呼びかけた。
「エリカさん! これはどうもお久しぶりです」
ミカンは気を使ってか敢えてレッドではなくエリカに話しかけた風である。
エリカはやや出遅れて
「こちらこそお久しぶりですわ。ミカンさん」
まるでジョウトを旅立った時の一件などなかったことのように彼女は和やかな表情で応じた。
「こちらにはどのような」
エリカは先を促す尋ね方をする。
「休みがとれたのでシンオウへ行こうかなと。まだ観光でここにきたことはなかったので」
「そういえばシジマさんと修行されていた際に来たことはあるのでしたわね」
二人の会話に不穏な様子は見受けられないがそれが逆にどこか不気味さをレッドは感じるのであった。
「え? どうしてそんなこと……。そこまでお話ししましたっけ?」
ミカンにとっては意外な事だった様子でやや声色が変わっている。
「シジマさんからお伺いしたものですから」
「ああ……。相変わらず口の軽い人ですね」
ミカンは納得した様子でため息をつく。諦めているのか非難の色はうかがえない。
「相当に辛い訓練を課されたと聞いてますわ。よくぞ耐え抜かれましたわね」
彼女の表情や声に変化はなく他意はみられない。素直に敬意を示しているようだ。
「あの時のあたしにはもう後がありませんでしたから……それにスモモさんも一緒でしたし」
「そのようでしたわね。スモモさんと一緒に鍛錬されたのですよね?」
「ええ。はい。まああたしとは目的は違いますけど同じ所で修行してましたね」
エリカは相槌を打ってしばし間をおいて尋ねる。
「どのような方でしたか?」
「そうですねぇ」とミカンは空に目を遣って記憶をたどり、懐かしげな様子で話す。
「歳下のあたしに色々と気遣ってくれてシジマさんが居ないときにバトルの相手になってくれたり、色々と悩みとか聞いてくれたりして優しい人でしたよ。あたしにとってはシンオウのお姉さんのようなそんな存在です」
ミカンは顔をほころばせながら言う。辛い修行の中での心温まる存在であったことはどうやら事実のようだ。
レッドはこの会話を聞いていてミカンから更にスモモのことを聞き出そうと考えた。
「ミカンさんあの……」
レッドが口を開くと二人から妙な緊張感が発せられた。
「スモモさんはどういう事を話していたんですか?」
ミカンはレッドからの質問に一瞬だけ戸惑いのような仕草をしたがすぐに襟を正す。
「え……。ああ。スモモさんとの会話は本当に他愛のないものばかりでしたけど……」
「それでも構いません」
「そ、そうですか。ポケモンの特性の話とか今日のごはんはなんだろうなぁみたいな話とか……あ、あとお父さんの話をしてましたね」
スモモの父という単語に二人は少しだけ身を乗り出して反応する。
「あの……なにか?」
「い、いえいえ! なんでもありませんわ。続けてくださいませ」
エリカは手を前に遣って先を勧める。シジマからこの件については他言無用と言われているのだ。
ミカンは腑に落ちない表情を続けながらも仕切り直す。
「スモモさんいつもポケットの中にお守りをしのばせていてもうそれが本当にボロボロなんですよ。神社とか読めないくらいに。なんでそれを大事に持っているのか聞いたら……」
――
―2010年2月6日 午後8時 217番道路 ログハウス リビング―
ジムリーダーになるため一念発起したミカンはこの当時親のコネを頼ってシジマのもとで修行し、その一環として一流の格闘家になるために研鑽を積んでいたスモモと共に一ヶ月間雪中訓練を行っていた。(スモモ、ミカンともに学校は休学中)
修行はスモモはともかくこの前までジョウトにいたミカンにとっては非常に過酷であり、2歳年上で親身に相談に乗ってくれるスモモだけが彼女の心の依代であった。
この日も厳しい訓練を終えて夕食をとった。普段ならば19時から22時まで夜間訓練の予定だったが想定以上の暴風雪が吹き荒れているため中止になった。
そのため二人は束の間の休息をとっている。
スモモはリビングのソファに座りながら裁縫道具を出して布地を縫っていた。
「何を縫ってるんですか?」
ミカンも同じくスモモの左にあるソファでココアを飲みながらくつろいでいる。
「これ? これはですね。お父さんがくれたお守りです」
スモモは布地に目をやったまま答える。
「お守り……ですか?」
しかしそれは言われなければただのボロにしか見えないほど年季が入っているように見え、ミカンは首をかしげている。
「アハハ……。まあ見えないですよね」
「いえ! そんなことは」
ミカンは慌てて取り繕おうとしたがスモモはかぶりを横にふる。
「いいんです。分かっているから」
ミカンは黙ってもう一口ココアを飲んで尋ねる。
「どうしてそんなに大事に?」
「うちのお父さん不器用な性格で……。こういう事あまりする人じゃないんです。でも、あたしが初めて格闘家としてここ一番の試合を控えていた時に黙ってこれをくれたわけです」
「へぇ」
「私がそういう道に進むことお母さんは応援してくれたけどお父さんは伯父さんを見てるせいかあまり乗り気じゃなくて。でもこれをくれた時中の手紙に自分の心に正直に生きなさいとだけ書き記してあって」
「それってつまり……」
スモモは嬉しそうに首を縦に振る。
「私のことを認めてくれたんだ……って本当に嬉しかった。それ以来私にとってはかげがえのない大事な物なので肌身離さずにこうして持っているんですよ」
スモモは貰った当時の事をこう言って締めくくった。
繕いかけのお守りを包む手は暖かみに満ちているようにミカンの目には映っただろう。
――
―2013年 10月31日 午前10時22分 ズイタウン 育て屋前―
「そうだったんですね……」
ミカンの回想をきいたエリカは切なげな表情でそう返した。
「優しい人だったんだな。スモモさんのお父さんってのは」
レッドは含意のある言い方で返す。
「あの……。本当に何もないんですか? やけに慎重に聞いてましたけど?」
ミカンは疑念を匂わせる声で言う。
「いえ。あの」
エリカはしばし逡巡する。適当な言い訳を考えているのだろうとレッドは思った。
「スモモさんはやや特殊な事情の生い立ちなようなので親御さんはどういう方なのだろうなとふと気になっただけですわ」
「そ、そうですか……。確かにあたしにああ嬉しそうに話していた直後にあんなことになってしまいましたしね」
あんなことというのは恐らくシジマも言っていたスモモの両親の離婚である。
ミカンはそういった後意味深げな沈黙をする。
「本当にそれだけですわ。他意はありません」
「わかりました。そういうことならば……」
ミカンは笑みを浮かべて答える。恐らく二人を安心させるための笑みだ。
「そういえば、ミカンさんはどうしてこちらに?」
エリカは話題を切り替える。
「ああ……。ここはシンオウ第一の育て屋さんがあって、あたしも何匹かジム用にポケモン預けようかなと色々相談してたんですよ」
「あら。そういえば私も聞いたことがありますわ自然に恵まれた大地でポケモンをのびのびと育ててより強く、たくましくしますというウリ文句だったような」
育て屋はジムリーダーでもジムトレーナー用ポケモンへの訓練や緊急時の予備ポケモンの強化などの目的で育て屋を利用する。全てのジムリーダーはモラトリアムのトレーナーの為に最低でも手加減なしの状態を含めて五段階の強さにわけてポケモンのパーティをいくつかのパターンにわけて用意しなければならないため欠かせない存在なのである。
「話を聞いた限りではポケモンに過度のストレスを与えずしかししっかりと自然の環境の中で育てていくみたいなので悪くはないかなと」
「しかしジョウトからシンオウに定期的にいくのはかなりの骨が折れるのではないですか?」
「いいんです。あたしはポケモンのためならば手間を惜しみませんから」
ミカンは笑みを保ちつつしかし毅然とした口調で言う。彼女なりのリーダーとしての矜持があるようだ。
「それにわざわざ行かなくても毎日メールで様子や成果などを事細かに報告してくれますし。エリカさんが思うほどには手はかからないと思うんです」
「そうですか。それほど便利ならば宜しいですわね」
そうこう話していると育て屋の前に北の方向から大型トラックがとまった。
トラックから数人の作業員と思しき人が育て屋の主人に話しかけ、中にはいっていく。
「なんでしょうかあれは……」
「さあ……。あたしも初めてみます」
10分ほどすると作業員たちは次々とゲージをトラックの中に入れていく。中からは様々なポケモンの鳴き声が聞こえてくる。
ミカンは気になったのか、近くで作業を見守っている育て屋の主人に話しかける。
「あの、すみませんこれは何をしているのでしょう?」
「ああ。これはのう。引取期限が過ぎても一向に主人が還ってこないポケモンや主人が受け取りを拒否したポケモンたちを公のポケモン保安区に連れて行ってもらうのじゃよ」
ポケモン保安区は各地方にある様々な事情を抱えたポケモンを公で引き取りとりあえずの時間を過ごさせる場所である。
「ええ? こちらではずっと預からないのですか?」
ミカンは驚いた様子で言う。
保安区はポケモンたちにとって住みよい場所であるがずっとそこにいれるわけではない。法の定めによれば一年以上里親がみつかったり、元の主人やその関係者が引き取るなどの”その後”が決まらなかったポケモンについては一般の動物と同じく保健所へ移送される。
そこで更に引き取るものがいないか広報しそれでも決まらなかったものは
―――殺処分される。
「わしらも本意ではない。できることならばこのようなことはしたくない。だが育て屋の仕事はあくまで育てること。主のいないポケモンの世話をすることではないのじゃ。これは仕方のないことなのじゃ……」
主人は堪えるような表情でミカンに話す。
「辛いお仕事ですわね……。心中お察し致します」
「ありがとう。だがのう。ここ数年はそこまで至るポケモンは劇的に減っているのじゃ」
主人の表情は少しだけ明るくなる。
「それは良かったじゃないですか。しかし……」
「どうして?」とでも言いたげな表情をミカンは浮かべている。
「最近は黄道社というあの銀河グループをはじめとした合資会社が保安区にいる身寄りのないポケモンたちを積極的に受け入れてくれてのう。なんでもそこからポケモンたちにあった会社や家庭などに渡しているそうなのじゃ。全部という訳ではないがの」
”銀河グループ”という単語にレッドとエリカは眉をしかめた。
ハンサム曰く反ポケモン組織のギンガ団と深い関わりがあるというグループだ。
「はぁ~! 素晴らしい会社じゃないですかそれ! ねえエリカさん。レッドさん!」
もちろんそんな事を知るよしもないミカンは目を輝かせて感動してしまっている。
二人はつられ笑いをして答える。
心の底から嬉しそうに話し合う二人を前にしてレッドとエリカは何も言う気にはなれなかった。
―同日 午後7時30分 同町 ポケモンセンター 17号室―
二人はあれからミカンと別れ、しばらく散策した後ポケモンセンターで一泊することにした。
そして夕食を食べ、エリカは食器の後片付けをしている。
レッドはポケモンの世話をする傍ら、ピカチュウやキレイハナ越しにエリカの背を見ながら話しかける。
「スモモさんの事なんだけど」
彼女は振り向かず頷いて答える。
「お父さん、思っていたよりはいい人だったみたいだな」
「そうですね」
「そんな人が本当に自分の子どもに暴力をふるうなんて……あり得るのかなぁ」
レッドは半信半疑な様子で言う。
「人というものは些細なきっかけでも変わることがあります。ましてや離婚などという一大事を経験すれば言うまでもないでしょう」
エリカは洗った皿を乾布巾で拭きながら答えた。
「そうか……」
彼女は家事の手を緩めて暫し黙考した後、寂しげな口調で付け加える。
「私ならば……想像したくもありませんもの」
彼女は拭いた皿を棚に戻す。
「そうか……そうだよな」
レッドは視線をピカチュウたちに戻してそれに対しややドライな口調で返す。
「ところで貴方……」
彼女は家事を終えてレッドに向かって歩く。
「ミカンさんについてのことなのですけど」
彼女はピカチュウとキレイハナを挟んで正座する。
二匹ともそれぞれの主人を見て動静を見守る。
「え、あ、うん」
レッドも思わず片膝立ちの姿勢からから正座になる。
「ミカンさんに……どうして話しかけられたのですか?」
「え?」
レッドはもっと深刻な話題だと思っていたのか拍子抜けした様子で言う。
「なんだそんなこと……」
「なんだではありませんわ。私はもしやミカンさんにお心を……」
レッドは笑い飛ばしてやろうかとも思ったが、エリカは殊の外深刻に受け取っていたようで今にも泣きそうな表情である。
「そんな事あるわけないだろ。あの時はただ単に話の詳しいところを聞きたかったから……」
「本当に、それだけですか?」
彼女の瞳は更に潤いを増している。
「本当だって。前も言ったけどミカンさんに俺はそういう感情は……」
レッドはアサギ港でキスされたことをふと思い出した。彼女の唇の感触、質感、素朴なリップの香りなどなどを想起する。
すると彼は二の句を継げなくなっていた。
「もう! どうしてそこで黙ってしまうのですか!」
エリカは語気を荒げてレッドに返答を迫る。
レッドはとにかくこの場をおさめようとピカチュウとキレイハナに避けるよう指示する。
「貴方、話をそらそうとしても」
「エリカ!」
レッドは二匹が背後に行ったところですかさずエリカにディープキスをする。
ミカンの事を忘れ去る為か、エリカの感触を更に刻む為か。レッドには分からなかった。
「っ……はぁ……。こ、こんなことで私は」
エリカは十秒ほど唇を奪われた後、肩を離して顔を上気させながら言う。
レッドはすかさず更に続けた。
エリカも二回目は抵抗をせずそのままレッドに身を預けた。
―午後8時 同所―
ベッドに移っていざ本番をしようとしたが、エリカのポケッチに電話が入り中断を余儀なくされた。
「はぁ……またか」
レッドはまたも悶々とした様子である。かれこれエリカと情をかわそうと幾度となく試み、直前まではいくが必ず何がしかの邪魔が入るのだ。
「すみません貴方……。ヒカリさんからのお電話だったものですから」
「いやいいよ。別に気にしてないから」
そう言いつつもレッドの内心では沸々としたものがある。
「あのさ……続き」
レッドは彼女の素肌から一枚隔てているシーツを取る。エリカは相手に見えるのでもないのに通話をはじめた瞬間にシーツを体にかぶせていた。
エリカは数秒間を空けて答える。
「ご、ごめんなさい。一回切り替わってしまうとどうしても……」
彼女はシーツを剥ごうとはしない。彼女曰く邪魔が入って中断されると気分が切り替わってしまい再開することができないようなのだ。
「そう……そうなんだよ……な。わかった」
レッドも自らの童貞、彼女の処女を無理に奪うような形は望んでいなかった。
その為エリカと性的な関係を持ってから随分と時間が経つというのに未だに肝腎の行為ができないでいた。
「じゃあ。俺は……風呂でも入ってくるわ」
「は、はい! どうぞ。お湯はもう用意できてますから」
ピカチュウが風呂にはいるという主人の言葉を聞いてトコトコと歩いてきた。
「ピカ!」
「悪いな。今日は一人で入らしてくれ」
ピカチュウは残念そうに下を向く。
―浴室―
レッドはシャワーを浴びながらこれまでの自身の性活について考えている。
「俺たち……恋人、なんだよな」
シャワーはそれに答えるでもなく無情に体を濡らせ続けた。
――
それから二人は210番道路、215番道路を後にしてトバリシティに到着した。
―トバリシティ シンオウ第一の商業都市。ゲームコーナーやトバリデパートがある。その他にもギンガ団ビルや倉庫などもあり、治安は良いとは言えない。遙か昔、隕石が落ちた場所としても知られ、現在も跡が残っている。
―11月5日 午後11時 トバリシティ 西側入口付近―
「やっとついたな」
「ええ。長い道のりでしたわね……」
大雨の為到着が予定より大幅に遅れ、目の前はまさに夜の帳がおりていた。街灯と点々とした建物の光がある以外には手近な光はない。
「さてそんじゃ行くか。はやく休もう……」
と歩き始めると突如水色のおかっぱ頭をした男が二人前にでてきた。
「おーっと! ここから先は通さないぞ!」
「は?」
レッドは不快感をあらわにした声で言う。
「通してほしければ持っているポケモンを我々の崇高なる計画の為に差し出してもらおうか! さもなくば痛い目を見てもらうぞ!」
もうひとりの団員がモンスターボールを構えながら言う。
「ギンガ団ですね……。ハクタイでも見ましたわね」
「ったくこっちは疲れてんのに……。面倒くさい奴らだな!」
レッドもモンスターボールを構え、臨戦態勢になる。
しかし、奥から一人の上官と思しき団員から静止をかける。
「おい! 何してんだ!」
「えっ。何っていつもの仕事を」
「指示書を見てなかったのか! この二人は危険人物だから触れるなってかいてあるだろ!」
上官が下っ端の頭を殴りながら指示書を見せつける。
「げっ。本当だ! どどどどうしましょう?」
暗がりの中でも下っ端が動揺しているのが二人には手に取るようにわかった。
「どうしましょうも何もあるか! 逃げるぞ!」
そう言うと三人の団員は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
レッドとエリカは疲労しており追いかける気力も失せていた。
「なんだったんだ一体……」
「さあ……。しかしどうやら顔を覚えられているようですわね」
二人はそのままポケモンセンターへ向かい、ポケモンを回復させて眠った。
―11月6日 午前10時 トバリシティ ポケモンジム―
翌日、レッドとエリカは朝食を食べてポケモンジムへ入りリーダーのスモモのところにたどりつく。
スモモは華奢な体格の少女ではあるが、格闘家らしくノースリーブの上着に白い道着を下に穿いた活動的な服装をしている。
「初めまして。よろしくおねがいします」
スモモは深々と流れるような美しい所作でお辞儀をする。
二人もつられて返礼した。
「お二人の噂はこちらでもよく耳にします。ここに至るまで多くのジムリーダーや四天王、チャンピオンを倒した凄い方なんですよね」
彼女は視線を合わせて讃えるような様子の声色で話す。
「い、いえいえスモモさんこそ格闘の世界では大層なご活躍なそうで素晴らしいですわ」
スモモは2012年の五輪で3つの銀メダルを手にし、その他にも数々の大会で優秀な成績をおさめる、次代のアスリートの中では屈指の実力を持つとされている。その功績が讃えられてトバリ市民からの推薦を受け、2012年の秋にリーダーに着任した。
「いえいえ。伯父さんの影響なだけですから……。それにポケモンとは関係のないことですし」
彼女はモンスターボールを構える。
「リーダーになってからまだ一年の新参者で、どうしてリーダーになれたのか、強さとはどういうものか私なりに考え続け、まだ結論は出ていません。しかし、ジムリーダーとして出せる限りの力をあなた達にぶつけますから、どこからでもかかってきてください!」
スモモはチャーレムとカイリキー。レッドはリザードンを、エリカはルンパッパを繰り出す。
「リザードン! カイリキーにエアスラッシュ!」
リザードンはカイリキーに何者をも切り裂く空気の刃を繰り出す。
カイリキーは座してそれを受け、体力を8割失う。
「カイリキー! いわなだれ!」
ルンパッパはなんとかよけるも、リザードンが三発目に直撃を受け、そのまま洗礼を受ける。
体力をカイリキーと同じく7割うしなった。
「チャーレム! ビルドアップ」
チャーレムはウォーミングアップをして戦いに備えた。
「ルンパッパ。カイリキーに熱湯です!」
ルンパッパは蒸気を出しながら熱湯をカイリキーに叩きつける。
カイリキーは止めを刺され、後ろに倒れた。
「流石ですね……。やはりこちらも本気を出さなければ! 行って、ルカリオ!」
繰り出されたルカリオはじっと二体を見据えている。
「ルカリオ! 剣の舞!」
ルカリオは雄々しく舞い、闘いに備える。
「リザードン。ルカリオに問大文字!」
「問題です。儒教の経書のうち、四書は論語、中庸、孟子。あと一つは?」
ルカリオは黙って考え込んでしまった。
「ブッブー! 時間切れです! 正解は大学でしたああああ!」
そう言いながらリザードンは渾身の大文字をルカリオに繰り出す。
ルカリオは致命的なまでの大ダメージを食らうが、体力を3%程残してなんとか立っている。
「じゃ、弱点のタイプなのにまだなお立っているだと……!?」
レッドは我が目を疑っている。
「ルカリオは私の小さい頃にリオルから育てた大事なポケモンです。ちょっとやそっとの攻撃では抜けませんよ!」
スモモは笑みを浮かべて言う。レッドの猛攻に耐えた事が殊の外嬉しかったことがうかがえる。
「チャーレム! リザードンに思念の頭突き!」
チャーレムがリザードンの土手っ腹に突撃し、弾丸のごとく頭突きした。ビルドアップで攻撃が加算されたせいもあってかそのまま起き上がらなかった。
――
レッドは2体、エリカは1体を失い勝利した。
「まいりました……。私の負けです。しかし、多くのことを学ばせて貰いました。ですので、このコボルバッジ受け取ってください!」
「ありがとうございます」
二人はいつもの通り恭しく受け取る。シンオウ四枚目のバッジである。
「これから先、私よりももっと強い人と闘うことにもなるでしょうけど……。お二人ならきっとやれると思います。頑張ってください」
「スモモさんにそう言われると実に光栄ですわ。ところで……」
エリカが本題を切り出そうとスモモに目線を合わせる。レッドの心中にも緊張が走った。
するとにわかにジムの背後が騒がしくなった。
「ちょっとちょっと! 駄目ですって! 今リーダーたたかっている最中なんですから」
「うるせえ! お前には関係ねえんだよ!」
一人の中年男性が羽交い締めにしているジムトレーナーを一蹴する。
他のトレーナーも止めようとするが酒の力のせいかリミッターが外れており、全く意に介そうとしない。
「うぉ~い! スモモォ~!」
中年の男は定まらぬ歩きでスモモの名を叫びながらここに近寄ってくる。
「お……お父さん」
スモモの表情が一気に強張った。
レッドとエリカは、これを見て噂は事実だったということを嫌でも悟るのであった――
―第二十四話 再会 終―