伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚 作:OTZ
─9月4日 午後4時 119番道路─
9月に入り、暑さも少しずつ落ち着きを見せ始めた頃。119番道路では折からの長雨が降っておりレッドとエリカはそれに直面していた。
「雨が鬱陶しいなぁ……」
「あら、そこに建物がありますわ。暫し雨宿りさせていただきましょう」
─天気研究所─
天気研究所の入り口は庇が設けられており、人が二人入る分には十分な広さがあった。
「ふう……やっと落ち着けますわね」
「結構長かったな。いつ止むかなぁこれ」
雨は止むどころか勢いを増すばかりである。
「あら、なんだか中が騒がしいですわね?」
彼女が背後を振り返り、レッドもそれに続こうとしたその時。
アクア団の団員が蜘蛛の子を散らすように退散していく。
その中にやや派手なパーマをかけた女幹部が二人を見た。
「あれ……あんた達……」
「あ! 伝説の夫婦ですよ! くそっ。こんな所まで来やかってからに……」
従者と思われる下っ端が二人を睨む。
「へぇ……。思ったより可愛い子たちだこと」
「何ですか貴女は!」
レッドが突き放すように言う。
「あたくしはイズミ。アクア団の幹部よ。色々言いたいことはあるけど今はそれどころじゃないからじゃーね!」
そう言って脱兎のごとく逃げていった。
「なんだあれ……」
「全く懲りない人たちだ……」
そう言いながら出てきたのは白い帽子を被った少年であった。
「あ、君は……」
レッドは思い出しかけたが先にエリカが言う。
「ユウキさん! お久しぶりですわ」
「レッドさんとエリカさん。こちらこそ……」
三人共軽く礼を交わした。
「あの、今のは……」
「ああ。あのアクア団って組織がこの研究所の資料とポワルンという天気を操れるポケモンを奪い取ろうとしていまして……。丁度それに出くわしたから倒したまでです」
「天気を……? どうしてですか?」
「アクア団という組織は水ポケモンに住みよい世の中を作るために海を広げ、その為に活動している組織です」
「だから天候を操作できるポケモンは御誂え向きという訳ですね」
エリカはそう言って納得した。
「そういうことです。おくりび山にも目をつけているみたいだし……どうにも気にかかります。あとアクア団の対抗組織にあたるマグマ団も動き出してますし」
「この地方もきな臭くなって参りましたわね……」
彼女は髪を手で梳いている。
「あの、センリさんはあれからどうしていらっしゃいますか?」
彼女が続けて心配そうに尋ねる。
「処分が出た後すぐにミシロへ帰り、両親と久しぶりにゆっくり話し合いました。父さんは終始穏やかな様子でしたよ。今は一日中写経や読書などをして過ごしているみたいです」
「左様ですか……。何か私に出来ることがありましたらいつでも仰せになってくださいとお父上に宜しくお伝えください」
「わかりました」
それから二言三言話してユウキとは別れた。
「良かったな。センリさん気力を失ってなさそうで」
「ええ。もしこの件で気を病まれでもしたら……と気がかりでしたが、これで本当に私も区切りをつけられます」
彼女はそう言って満足した様子で顔をほころばせた。
─9月5日 午後4時 119番道路─
翌日、ヒワマキシティを目前に控えた頃、久々にある人に出会った。
「あ! レッドさんにエリカさん! お久しぶりです」
「ゴールドさん! こちらこそまぁ……」
エリカは恭しく頭を下げる。ゴールドも自転車から降りて二人に向かって礼をした。
「ヘヘヘ……」
ゴールドは脂下がった表情である。緩みきっており、最後に会った時より様子が変わっていた。
「ゴールド……。お前どうしたんだよ。随分楽しそうじゃねえか」
「いやー。最近彼女がベッタリで……。もうほんと毎日が楽しくて仕方ないですよ」
傍目から見るのも恥ずかしいくらいの惚気ぶりである。
「ゴールドさんがお付き合いしている人は確か……」
「カスミさんだよ」
レッドが耳打ちした。
「あぁ……」
エリカは全てを察した表情だ。
「この前もカントーに呼び戻されて三日間ずーっと……へっへっへ」
「幸せそうだな本当……」
「あの……。確か数ヶ月前にウツギ博士から伺った限りですとホウエンでは五枚でしたよね? ナギさんには」
「あーあの人ね……」
ゴールドは途端にそっぽを向いた。
「本当洒落にならないくらい強くて……。さっきも行ってきたんすけどもうこれで七連敗ですよ。流石はあのヤナギさんの孫だなぁと」
「な……七連敗!? お前よくそんなこと」
「そんで呆れられてもっとマシな戦いできるようになるまで来るな! って叱られちゃいましたよヘヘヘー」
ゴールドははばかる様子もなく締まりのない表情で喋り続けた。
「この前気分転換でミナモまで行った時、トレーナーファンクラブで言われてたことなんですけど、ナギさんって各地方に一人いる五大難関の一人らしいっすよ」
「五大……難関」
「今はまだトレーナー内の不文律みたいなものですから、厳密に誰かは決まってないんすけど、ジョウトはヤナギさん、カントーはグリーンさん。ここホウエンのナギさん。シンオウのトウガン、そしてイッシュの……シャガ。この五人がそれにあたるというのが定説になりつつありますねぇ。特にジョウトとイッシュの難関は二強……」
「おい」
レッドが意気揚々に話しているゴールドを遮る。
「お前、かなりたるんだなぁ? 彼女にうつつ抜かしてヘラヘラしてんじゃねーぞ!」
「いやいやいや。レッドさんだって似たようなもんでしょー。しかもいっつも一緒にいるし……。羨ましいなぁもう」
「何だと?」
レッドは目を怒らせる。
「ゴールドさん。貴方と同類にしないでいただけますか?」
「へ?」
彼女は明らかに怒気を含んだ声色でゴールドに言う。
「私達二人は紆余曲折ありながらもリーダーを下し、順調に本分を達成しているのです。それに引き換え貴方はなんですか。カスミさんに溺れて腑抜けになられたのですか?」
「ふ……腑抜け?」
「本分を忘れて色に溺れ、負けたことをヘラヘラと笑いながら語り草にするのを腑抜けでなければ何だと申されるのですか?」
「え……えっとその……」
ゴールドは小さくなってしまった。
「貴方のような牙を抜かれたトレーナーなどレッドさんの相手ではありませんわね」
彼女は汚いものでも見るかのような目つきでゴールドを見る。
「そ、そんな……」
「ゴールド。お前、もう少し自覚を持てよ。俺と全世界の注目の中で戦うんだぞ? しっかりしろよ! それでも俺のライバルか?」
「貴方。このような方をライバルと言っては格を疑われるというものですわ。行きますわよ」
そう言ってエリカはスタスタとゴールドを突き放すかのように先に進んだ。レッドもゴールドを一瞥してそれに続いた。
ゴールドはあまりのことに自転車のハンドルを握ったまま立ち尽くすのみだった。
「ちょっと見ないうちにあんなに落ちてるとは思わなかったな……」
「貴方。これは他山の石として肝に銘じなければなりませんわよ。くれぐれもああはならないでくださいませね」
「ん……そうだな。まぁ俺にはエリカがいるから……」
レッドはそれ以上のことを言わなかった。
「フフフ……。しかし、あれだけ立派なお方だったゴールドさんをあそこにまでするだなんてカスミさんは相当のさ……いえ。なんでもありませんわ」
彼女はまるで自分が完全に勝利したかのような得意な表情で歩いていった。
──
翌日、二人はヒワマキシティへ入った。
ヒワマキシティ ホウエン屈指の豪雨地帯。その為洪水を防ぐ為に植樹をする事が伝統になっており、全国第一の林業が盛んな地域でもある。
それに倣ってかツリーハウスが多く建てられ人々は森の中でのんびり暮らしている。2つある航空大学のうち一つはここにあり、一度途絶えたものをナギが再建した。
─9月6日 午後1時 ヒワマキシティ ポケモンセンター入り口─
ヒワマキシティに到着し、ポケモンセンターで回復を済ませると外に居たナギが直々に出迎えた。
「ナギさん! お久しぶりです」
姿を見るとエリカは再会を喜ぶようににこやかな表情で受けた。
「こちらこそお久しぶり。かれこれ一ヶ月近くぶりになるかしらね」
「その節はどうも命を助けていただきありがとうございます」
レッドはナギに改めて礼を言う。
「いいのよ。当然のことをしたまで」
「それにしてもなんと言いますか凄い町ですね……。家がツリーハウスになってるとは」
「このツリーハウスの街は見栄えの良さは勿論のこと、豊かな森林を活用し、水害と風害から町を守るために先人たちが生み出した賜物よ」
ナギは自信を持った眼差しで話す。
「素晴らしいですわね。自然との共生は私達にとっては切実な課題ですがこれも一つの答えかもしれませんわ」
「フフ。そう言って貰えると嬉しいわ。さて、ジムまで案内しましょうか。ついてきて」
─午後1時10分 ヒワマキシティ ポケモンジム─
二人はそのままジムの奥へと案内された。
「さて、改めて。私はナギ。ここヒワマキジムのリーダーであり、鳥使いよ。扱うポケモンは飛行タイプ。優雅に空を舞い、それでいて確実に敵の急所を衝く……そんな繊細で鋭敏な私の戦闘からどこまで逃れられるか楽しみだわ。ま、昨日のゴールド君みたいなものは勘弁してくださいませねっ。行って、ムクホーク! チルタリス!」
レッドはピカチュウを、エリカはダーテングを繰り出す。
「ピカチュウ! ムクホークに雷だ!」
ピカチュウは雷雲を形成して、相手めがけて稲妻を下す。ムクホークは察知したかのように素早く避けてみせる。
「は、早い」
「私も舐められたものね。この程度の雷では当たらないわ! ムクホーク! そのまま捨て身タックル!」
ムクホークは疾風の如くピカチュウの懐目掛けて突撃する。ピカチュウはもろにその一撃を食らって宙に高く浮かび、強く体を打ちつけ続ける。体力にして4割ほどを失った。
「チルタリス! 龍の舞!」
チルタリスは舞を踊る。
「ダーテング。ムクホークにしっぺ返しです」
ダーテングは倍加した攻撃を食らわせる。ムクホークは先程の反動を加えて合計で半分ほど体力を減らした。
「ピカチュウ。もう一回だ! 次はフィールド全体に!」
ピカチュウは再び電力を最大限放出させる。フィールドには次々と稲妻が下る。
「ムクホーク! 避けて」
ムクホークは雷撃の洗礼を次々と躱していく。
ピカチュウまでもう少しといったところで、ナギが指示を下す。
「そこからブレイブバードっ! 貫きなさい!」
ムクホークは背後に回って高度を上げ、力を稼ぐ。ジムの天井まで上昇し、稲妻を出すのに集中しているピカチュウに照準をあわせる。
「ピカチュウ! 後ろを見ろ!」
ピカチュウは振り返り、咄嗟に稲妻を下す。
不意を突かれたのか、進むのに集中していたのかムクホークは直撃を食らった。
前ターンの減少も相まって耐えきれるはずがなくそのままフィールドに伏せる。
「くっ……。戻って。ムクホーク」
ナギは少し惜しそうな表情をした後、ムクホークを戻した。
「チルタリス。もう一度」
チルタリスは再び舞う。
「ダーテング。チルタリスに岩なだれ」
チルタリスは岩雪崩の攻撃を受けた。体力が三分の1減った。
「行って、エアームド!」
エアームドが十分に手入れされた翼を誇示するかのように姿を現す。
「ピカチュウ! エアームドに雷」
エアームドは先程のように飛び回って避けようと試みるが、鋼というタイプのせいか10発目で当たってしまった。体力にして8割ほどが削れる。
「チルタリス、ゴッドバード」
チルタリスはゴッドバードの準備か、羽を整える。
「ダーテング。チルタリスにしっぺ返しです」
チルタリスは倍加した攻撃を食らう。また三分の一減少して残すところ三割ほどとなった。
「チルタリス! ピカチュウにゴッドバード!」
チルタリスはピカチュウの急所目掛けて怒涛の勢いで貫通する。攻撃を二段階積み、その上飛行タイプ最強の大技の前に防御に劣るピカチュウが抗えるはずもなく一撃で倒れた。
「つ、強いな……。相性悪くても一回で倒れるなんて……」
「相性は周到な準備と時の運さえあれば乗り越えられるものよ。エアームド。ダーテングにブレイブバード!」
エアームドは即座にダーテングを突き飛ばす。体力を9割ほど削る。
──
エリカは3体を失い全滅。レッドも2体を失い、最後のリザードンも95%体力を失う満身創痍にしたもののどうにか勝利した。
「フッ……。見事なものね。伝説の夫婦たるものこうでなくては示しがつかないわ。このフェザーバッジ。あなた達二人に授けるわ。受け取ってちょうだい」
「ありがとうございます!」
こうして二人は6枚目のバッジを受取り、深々と頭を下げた。
「いやしかし流石はヤナギさんの孫ですわね……。血を分けているだけあって時々ヤナギさんと戦っている時を思い出しましたわ」
「そう……嬉しいわ。私にとってお祖父様は誇りだもの。でも……」
「でも?」
レッドが尋ねる。
「お祖父様は誇りであると同時に……大きな壁よ。雪柳斎の孫娘として……もっともっと強くならないといけないの」
「ナギさん……」
「私は貴方たちをギリギリまで追い詰めたけれど……。お祖父様は一度負かしているのよね。その点一つとっても私はまだ及ばないのよ」
「大きすぎる祖先の存在というのも……時には重圧ですわね」
彼女は思案深そうな表情をして言う。
「そうね……。さて、重い話はこのくらいにして。今日の夜、航空大創立記念のパーティーがあるんだけど……二人も来ない?」
ナギは変わって穏和な表情で誘った。
「あら……私達でも宜しいのですか?」
「いいのいいの。誰でも参加できるパーティだしね。それに、同じリーダーのよしみとして、強いトレーナーとは親睦を深めたいの。遠慮せずに来て」
─同日 午後7時30分 ホテル 宴会場─
航空大創立60周年のパーティーは航空大の身内は勿論の事、ヒワマキの市長から材木屋の店主まで幅広い人々が集まり、街全体で祝う雰囲気だった。
学長の式辞、続いて市長の挨拶、教授及びリーダーであるナギの挨拶の後、参加者同士での談笑となった。
「しっかしすごい人数だなぁ……」
「200人程はいるでしょうか。しかし航空大とはいえ大学の創立記念のために市長まで来るとは……」
「いやだ貴方達知らないの?」
同じテーブルに居た女性二人グループの一人が話しかけてきた。見たところ40代前後のおばさんである。一人はパーマでもう一人はメガネをかけている。
「はい?」
「ここの大学はねぇ。ヒワマキで二番目の産業になった航空業の柱なのよ! 昔あった大学をナギちゃんが中心になって建て直して、鳥使いを立派な職業人に育てる内国でたったひとつの大学としてこの街にとっては大事な大事な稼ぎ頭なわけ!」
「そうそう。しかもジムもここに誘致したわけだからもう市長もナギちゃんに頭上がらないのね! 学長に推薦された時は流石に辞退したけどこの街の最大の名士みたいなもんよ本当」
隣に座っていた同じくらいの年齢の女性が話している。
「へぇ……。私とそう変わらないのに大したお方なのですわね」
そうこうしているとナギが二人のテーブルにやってきた。
「ふう。お二人共ごめんなさいね。色々とお客の応対してたら遅くなって……」
「いえいえ全然気にしておりませんわ。ナギさんはお忙しい方ですもの」
「どう? 楽しめてる?」
ナギが相槌をうち、着席して尋ねる。
「ええ。皆さん和気あいあいとしていて心地よいですわ。ね、貴方?」
「ん……あぁそうだな」
レッドはやや気乗りしていない。
「あら。もしかしてこういう席苦手?」
「え……いやそんなことはないですよ。ハハハ」
図星な事を言われたレッドはそう言い繕った。
「そう。ならいいけど……悪いことしちゃったかしら?」
ナギはレッドの心中を察してかやや言葉に申し訳なさがある。
「いや本当に……」
「ナギさんの方はどうですの?」
エリカが尋ねた。
「私? さっきまで挨拶回りで息をつく暇もなかったわ……。まぁ一通りすることは終わったからこれからやらせてもらうわ」
「そんな私たちで宜しいのですか? もっと近しい人との方が」
「同じ街の人となんかいつでも飲めるもの。私は貴方たちと飲み交わしたいのよ」
ナギは表情を緩ませて言う。
「そういうことですか」
「あら? エリカさんは飲まない方なのかしら?」
ナギはエリカのグラスを見て言う。中身はリンゴジュースである。
「いえ。飲めないことはないですが夫はまだ未成年ですから……」
「あぁそうだったわね……でもいいじゃない。飲みましょうよ」
ナギは軽快な様子で酒を勧める。
「ナギちゃん本当にお酒好きだものね~」
向かいの席に座っていたメガネのおばさんがそう言う。
「うーん……」
エリカは返答に困っている様子だ。
「いいじゃないか。飲みなよ。潰れたら俺が運ぶから」
内心では酔ったエリカを見たいというのもあった。
「ほら、レッドさんもこう言ってるんだし」
「そうですわね……。わかりました。お付き合いしましょう」
そう言うとナギはにわかに表情を明るくする。
「よし! それじゃちょっと待ってて」
そう言ってナギは会場に備え付けられている冷蔵庫から一本の酒瓶と2つの猪口を持って戻ってくる。
「私としてはやっぱりまずはこの地酒を飲んでほしいんだけど」
そう言いながらテーブルに『日州の雫』と名がつけられた酒瓶を出した。
「地酒ということはここの地域で造られたものということですか?」
「勿論! うちの町には五種類あるんだけど私は特にこれを勧めるわ。口当たりがよくてすっきりした後味が実に良いのよ」
ナギは喜々とした様子で栓を空けながら話す。
「まぁそれはなんとも……。私はそういう味が好みなのです。是非とも一献いただきたいですわ」
「そうこなくっちゃ。ささ、どうぞ」
ナギはエリカの方に猪口を遣り、カバンの入れ物から徳利を出して酒を入れてから猪口に移した。
「ありがとうございます……あら。これはもしかして都城焼ですか?」
エリカは徳利と猪口を見て言った。
「そうそう! よく分かったわね」
「いえいえやはりこの火山灰特有の茶色の斑点はこの辺りにおける焼き物の特徴ですので……」
「ふーん。博学とは聞いていたけどここまで来ると末恐ろしいわね……」
「ハハハ……」
レッドがから笑いをした。
「ま、とにかく飲んでみてよ」
「はい」
そう言ってエリカはお猪口の酒をゆっくり飲んだ。
「どう?」
「この鼻に抜ける芳醇な香りが実に心地良いですわね……。味もナギさんの仰せの通り実に爽やかなものです。しかし少々辛いですわね」
エリカはやや甘党寄りのようだ。
「出来る限り米と水しか使わないようにしているからそこは仕方ないわね……。このあたりの人は甘いお酒は好まないから」
「いえ。しかし私は好きですよ。何本かジムのお祝い事用に買おうかしら……」
「まぁ。嬉しいこと言ってくれるわね。それじゃ、私もいいかしら」
「あぁ勿論ですわ! どうぞ」
と言いながら次はエリカがナギの猪口についだ。
「ありがと……。うん、やっぱり美味しいわね」
ナギは一口ですぐに飲んでしまった。
「ところで、航空大には滑走路があるみたいですけどよくこんな森の中で作れましたね……」
レッドが感心した様子で言う。航空大の事については式辞やパーティ前に外見を見た為それとなく把握していた。
「森の中だからこそ買収や税金が安く済んだり森がある程度防音の役割を果たしてくれるから騒音についてあまり考えずに済むとか色々と利点があるのよ。それに、実習には出来る限りあったほうがいいもの。力入れるわよ」
「なるほど……」
「あと、ここは全国で唯一、イッシュ地方との直通ルートを結んでいる空港としての役割もあるのよ」
ナギは二杯目の酒をつぐ。
「へぇ……あれ。てことは」
「そう。貴方達がイッシュに行く時はここから行くことになるわ」
「そうなのですか……。ナギさんはイッシュに行ったことがあるのですよね?」
「それはそうよ」
ナギは答えると酒をまた飲み干す。
「イッシュ地方はどんな所です?」
「そうねぇ……。やっぱりあの国だからこことは色々スケールが違うわよ。道は広いし、建物の外観もこことは勝手が違うわ。あと、人々はエネルギッシュでとても外向的ね」
「なんとも興味深いところですわねぇ……待ち遠しいことですわ」
レッドはジュースを飲みながらまだ見ぬイッシュの情景を思い描いていた。
「イッシュへ向かう時はナギさんが操縦なさるのですか?」
エリカが尋ねる。
「その時は私だけでなく渡航先のフキヨセシティジムリーダーのフウロが私と同じく操縦士の資格を持ってるから同行する事になると思うわ」
「ジムリーダーって事は俺たちと戦うことになるって事ですか……。どんな人なんです?」
レッドが興味津々に尋ねる。
「彼女とは個人的にも仲良くして貰ってるんだけど、なんというか天真爛漫をそのまま体現したような感じの子よ。太陽みたいに明るくて、でもどこか抜けてるところがあって……。まぁ総評するといい子なのは間違いないわ。パイロットとしてはまだまだひよっこだけどね」
「へぇ……。トレーナーとしての実力はどうなんです?」
「まぁ中の中といった所ね。良くも悪くもリーダーとしては平均的な力を持ってると思うわ」
ナギはそう簡潔にまとめる。
「そうそう。この前二人でヒウンシティで記念撮影したのがあるんだけど、見る?」
二人は同調し、頷いた。
ナギは手帳を取り出すがくしゃみの為に口を覆った。
すると、机にひらひらと一枚の写真が振ってくる。
「これは……」
写真にはどこかの観光名所で撮られたツーショット。
左にいるのは服装や髪型などが代わり雰囲気こそ様変わりしているが恐らくナギだろう。しかし隣にいるのは女ではなくしっかりした身なりをした男性だった。
「こ、これは気にしないで」
と言いながらナギはそそくさと写真を手帳に戻した。
「あーそれ。弁護士の彼でしょ? へぇ。コトブキの時計台まで行ったの? やるわねぇ」
パーマのおばさんがそう冷やかす。
「ち、違うから。これはあの、仕事で」
ナギはあからさまにしどろもどろになっている。
「あの、ナギさん。そのおばさんたち誰なんですか?」
レッドはずっと疑問に思っていたことを尋ねる。
「やーねぇ! あたしたちはヒワマキジムの事務員よ! 創設時からずっといるの」
「そうなんですか?」
エリカがやや疑いを含んだ口調で言う。
「そう。この二人、こう見えて優秀な経理ウーマンなのよ。一人は小さい頃からお世話になった人。もうひとりはお祖父様のツテなんだけどね。ふたりとも元国税局の人だからそういう所に顔が利くし、ジムの煩雑な会計を整然とまとめてくれるしで私はそこまで手が回らないから本当助かってるのよ」
「こう見えてって何よう! こっちは一生懸命やってるのに」
メガネのおばさんはやや酔いが回っているのか、言葉に悪意は見られない。
「へ、へぇそういうお金のこと専門にやる人置いてるんだなジムって」
「ナギさんやジョウトで言うならアカネさんのようにリーダーが副業を沢山抱えている方はこういうふうに経理だけトレーナーではなく専門の事務員を雇うことが多く見られますわね。その場合リーダーは最後の報告だけ目を通すという風に……」
「貴女のところはどうしてるのよ」
「私のジムはそういうルールが伝統的に決まっていて、そのおかげで経理分野の仕事が調整されているのですわ。だからなんとかジム内のトレーナーだけで回せています」
「なるほど。確かにうちも二人に甘え過ぎてて会計のルールが緩慢になってるところあるかもしれないわ……。参考にしてみようかしら」
ナギはやや満足げな表情をしている。
「かもしれないじゃなくて本当に緩慢よ! せめて領収書はまとめて一緒に出すとか申請の時は綺麗な文字で書く位の事は徹底させて欲しいわね!」
「そうそう。あれ読み間違えたら大変なんだから。いちいち呼び出して確認するこっちの身にもなって欲しいわ」
おばさんは先程までの酔った様子ではなく深刻な様子で怒っていた。
「は……はい。わかりました」
おばさんの気迫にさしものナギも押されてしまったのだろう。敬語になってしまった。
「えっと、それで本来の写真は」
レッドが本題に戻す。
「え……ああごめん! これよこれ」
と言いながらナギは手帳から本来の写真を見せる。今度は背景は海で後ろの橋を左にしたツーショットである。ナギはフウロと思しき女性の肩を抱き、フウロは嬉しさが写真から十二分にうかがえるほどの笑みを浮かべている。
「これは左にたっているのがフウロって人ですか?」
「そういうこと。まあこれは開通後半年くらいに撮った写真で彼女はまだパイロットやジムリーダーになったばかりの頃だから今じゃ少しは雰囲気変わってるけどね」
「へぇ……」
レッドは無意識か意識的か、フウロの姿を心に刻んだ。
「何見入ってるのよ。まさか惚れた?」
ナギが冗談半分に尋ねる。
「い、いやそんな訳ないでしょう!」
「ナギさん……お戯れが過ぎますわよ」
「アハハ。ジョークよジョーク。こんな所まで連れ添っているのだもん。まさか浮気なんか考えもしないわよね」
そう言ってナギは静かに笑いながら三杯目の酒をつぎ、飲んだ。
─―
一本開けた後に会はお開きとなり、レッドとエリカはナギと事務員のおばさん2名と共にホテル内のバーで飲み会の続きをしていた。
机上には今三本目の地酒が置かれている。
「ナ……ナギさん。ちょっと飲みすぎじゃないですか?」
レッドが完全に酔った状態になっても飲み続けてるナギにそれとなく止めるよう促す。
「なぁにいってんの! まぁだまだこれからよ」
そう言いながら面倒になってきたのか徳利からそのまま飲んでいる。
「もうナギちゃんこうなっちゃうと止まんないわよ~。あと三升は飲むわね」
「三升!? ……ってどれくらい?」
「約5.4リットルですわよん。貴方ぁ」
そう言いながらエリカはレッドの胸に身を預けた。
「へぇ……。ってお前も結構酔い回ってるな……そんなに飲んでないだろ」
「へへへ……私はナギさんみたいにそんなガブガブ飲める性質じゃないのでお銚子一本半も飲めばもう結構酔っちゃうんですよぉ」
彼女の顔も朱を注いだかのように赤く、服を通した限りだと体は火照っているようだ。
「そ、そうか。でもそんな酔うまで飲まなくたって」
「大人同士のお付き合いにはお酒はかかせないのですよぉ。貴方も大人になれば分かりますわ」
普段の彼女に比べればかなり気の抜けた調子の声である。
「そういうもんかね……」
「あとぉ……日本酒ってお酒の中ではアルコールの度数高いんれすよぉ。おいしいんですよ。おいしいんれすけど……。なんというかよっぽふぉ強くないと沢山飲めないのが残念、残念無念なんれす……」
彼女はかなり酔いが回ってるようだ。しかもそんな中でも無理して説明しようとしているので言葉の発音の不明瞭さが目立ちつつ有る。
「あーもうわかったわかった。無理して喋るな」
「貴方?」
エリカは熱を持った視線をレッドに注ぐ。
「な、何だよ」
「今のわらし……きらいれすか?」
「え?」
レッドは唐突な質問に目をしばたたかせる。
「ねぇ。どうなんれすか!」
「そ、そうだなぁ……」
普段の凛とした彼女からは想像もできない程くだけた雰囲気のエリカである。レッドは暫し考えた後
「い、いいと思うぞ」
と返すが、エリカは首を横に振り
「そんな答え方じゃ嫌れす。好きかぁ嫌いかで言ってくれないと嫌れす!!」
「ばっ……お前何言ってんだよそんなことナギさんとかが見てる前で」
「いいから言ってくらさい!」
レッドは頭を搔いた後
「す……好きだよ! 当たり前だろ!」
「へへへ……」
そう言うと彼女の方から近づいてレッドの肩を抱き寄せながら唇を重ねた。
「えっ……ちょ何してるのよ!?」
流石にナギも当惑している様子だ。
「んっ……」
「あらぁ。お盛んだこと」
パーマのおばさんの感嘆をよそにやがて舌も絡めてディープキスの体になった。1分ほどした後
「ふぅ……」
と彼女はレッドの唇から離れ、つばを布巾で拭う。
「お、お前皆が見てる前で」
「へへ……好きって言ってくれたご褒美れすよ貴方ぁ……」
そう言うとそのままソファに倒れ込んでしまった。寝息がするのでどうやら体力が尽きたらしい。
「はぁ……。どうもすみませんエリカがお騒がせして」
レッドがナギとおばさんたちに謝った。
「いいのよぉ別に」
「そうそうあたしも青春時代思い出しちゃったわよ! 羨ましいわ~」
メガネのおばさん、パーマのおばさんは口々にそう笑いながら流した。
「たっく公衆の面前でいちゃついてもぉ!」
そう言いながらナギはまた酒を飲んでいる。遂に三合ほどの枡に入れて飲んでいた。
「あらナギちゃんやきもち? 彼と上手くいってないの?」
「るさいっ! 男っていうのはどうしてこう女に甘いのよ……レッド然りアイツ然り……」
「ナギちゃんは理想が高すぎるのよ。お祖父さんみたいな人なんてそう滅多にいるもんじゃないんだからいい加減現実見ないとあたしみたいに売れ残りになっちゃうわよアハハハハハ!」
パーマのおばさんはナギの肩を陽気に叩きながら言う。
「大きなお世話よ……。結婚は一生の問題なのよ。それを考えたら妥協なんかしてられないっつうの!」
そう言いながらナギは三合の枡酒を飲み干した。
「そんな事言ってるから長続きしないんじゃないの。あんたはもっと寛容にならないとどんないい男でも逃げてっちゃうわよ。ねぇレッドちゃん?」
メガネのおばさんからはちゃんづけで呼ばれるようだ。
「え……。あ、アハハハそうかもしれないですね」
「ケッ。どいつもこいつもナヨナヨしくさって……。ママみたいな奥さんじゃなきゃ嫌だってか? 女をなんだと思ってるのよ!」
「あ、い、いやそんな怒らないでくださいよ!」
「いーい? レッド。あんたこれからもしあの子と結婚する気ならよく覚えておきなさい。今日見た限りじゃあんた、たしかにポケモンは強いけど、あの子に引っ張られっぱなしよ! 男ならもっとしゃんとなさい!」
「は、はい」
ナギの鬼気迫る説教にレッドはただただ小さくなって頷くしかなかった。
「しゃんとしろって言ったでしょ。もっとしっかり返事なさい!」
「はい!」
「ふん……。疲れたわ。もう一杯飲も」
そう言ってナギは酒瓶に手を出す。
「ナギちゃん。それくらいにしときなさい。あんた酔っ払うといつもそう人に説教垂れるんだからそこがやめどきよ」
「な……私はまだ酔ってないわよ!」
「酔っぱらいは皆そういうの。ほら明日もあるんだからそろそろお開きにしましょ」
メガネのおばさんがそう言いながら立ち上がる。机にあげていたバッグも持った。
「くっ……。そうね。わかったわ」
「よしよし。そう聞き分けがいいところがナギちゃんのいいところよ」
そう言ってパーマのおばさんはナギの頭を撫でる。
「子どもじゃないんだからやめてって言ってるでしょそれ」
「なぁに言ってるのよ。小さい頃は喜んでたじゃない」
パーマのおばさんは快活に笑った。
「いつの話してるの! 帰るわよ」
「はいはい。よっこらしょ」
そう言ってナギと続いてパーマのおばさんがバッグを持って立つ。
「いくら?」
「はい」
ナギの尋ねにパーマのおばさんが伝票を見せた。ナギはバッグから長財布を出す。
「あ! 俺も出しますよ」
レッドも財布を出そうとしたが、ナギは首を振る。
「子どもがそんな気遣いしなくていいのよ。いいからエリカさんを連れ帰りなさい」
エリカはまだソファで寝息をたてていた。
「でも」
「今回私は最初から親睦のため奢るつもりでいたの。だから気にせず出てちょうだい」
「そ……そうですか。それじゃごちそうさまです」
そう言ってレッドはリュックとエリカを背負って店から出ていった。
その後は会計を済ませた後、二人はポケモンセンターに帰った。
─9月5日 午前8時 ポケモンセンター─
朝食を食べた後、エリカは椅子に座っていた。
「いたた……」
一日空けた朝、エリカは頭をつらそうに触っている。
「二日酔いか……。ほら頭痛薬」
レッドは昨日閉店寸前の薬局で購入した頭痛薬と水を机上に出す。
「ありがとうございます……」
彼女はレッドに礼をした後、薬を飲んだ。
「ふぅ……」
「全く、お前酔うと全然人格変わるのな」
「え!?」
彼女は寝耳に水の様子だった。
「えって……お前覚えてないの?」
「す、すみません。パーティでお酒を飲んだことまでは覚えているんですけどバーに行った後のことはあまり……」
「ほう……」
レッドはわずかににやけた。
「あ、あの私何か粗相をいたしましたか?」
彼女はやや動揺した様子で尋ねる。
「粗相っつうかな……まあいいやよく聞け」
レッドは昨夜の出来事を全て話した。すると彼女は昨夜と同じように顔を赤らめた。勿論、昨日と事情は違うであろうが。
「わ、私そんな事を……。酒席のこととはいえとんだことをしましたわ」
彼女は唇を噛み締めている。
「ほんとにな。まさか人前でディープキスするなんて思わなかったぜ」
レッドは笑いながら言う。
「や、やめてください。恥ずかしくて消えてしまいたいくらいですわ……」
彼女は机に伏してしまった。
「ハハハ……まあでもさ」
エリカはレッドを見上げる。
「楽しかったよ。お前の別の一面を知れてもっとよくエリカの事知れた気がする」
「貴方……」
「たまにはいいんじゃないのか。あれくらい弾けても」
それはレッドの心の底からの希望だった。
暫し間を開けてエリカが話し出す。
「私、実は初めてだったのです」
「ん?」
「ああやってお酒を飲むのが……です」
「ジムの人たちとはやったことなかったのか?」
「ええ。私は今年が20ですし、する前に旅立ってしまったので……」
なるほどとレッドは心の中で腑に落とした。
「私、酔ってた時のことは覚えてないのですけれど……夢を見たのです」
「夢?」
「草原の上でゆらゆらと心地よく横たわってた夢ですわ」
「夢の中でも寝てるのかお前は……」
レッドは半ば呆れていた。
「そ、そこは気にしないでくださりませ。恐らく……あの時レッドさんに揺られて帰っていたのでしょうね。とても心が洗われるようで……気力が満ち足りていきそうな感覚でしたもの」
「そうか……」
「私はジムリーダーであり、貴方の妻です。ですからあまりそういうことはしないでおきたいのですが……。貴方におぶられるのならばたまには……いいかな。なんて」
彼女はそう言うと照れながら笑ってみせた。
レッドはそれにまた心が満ち足りる感覚を覚えるのだった。
──
二日酔いが収まった翌日に二人はヒワマキシティを出立。120番道路を通り過ぎ、121番道路に通りがかった。
するとまたユウキに出会った。
─9月10日 121番道路─
ユウキに会うと世間話もそこそこに深刻そうな表情であることを伝えた。
「前会った時、おくりびやまの話をしましたよね?」
「ああ。そうだな」
レッドが答えた。
「あそこにマグマ団とアクア団が来ていて……勿論下っ端や幹部はやっつけたんですけどすんでの所で超古代ポケモンのカイオーガを目覚めさせるあいいろのたまとグラードンを目覚めさせるべにいろのたまをボスにもっていかれたんです……」
「何やってんだよ! そんなことさせたら思う壺じゃないか」
「貴方。仕方のないことですわ。ユウキさんを責めるのはやめましょう」
エリカがフォローする。
「いえ……。そこは僕の落ち度ですから。それで山を守っているおじいさんおばあさんに取り戻してくれと頼まれたんですが……。去り際に小さな声で話していたのでちょっと申し訳ないと思いながら聞いてしまったんです」
「ほう」
「あのたまは偽物かもしれない……っていうんですよ」
エリカは目を丸くする。
「偽物? しかし断定できないとはなんとも歯切れが悪いですわね」
「はい。そのお二人の話も判然としないので……まあまさかとは思いますけどね」
それからも二言三言話してユウキと別れた。
翌日、二人はミナモシティに入った。
―ミナモシティ ホウエン第二の玄関。そしてホウエン随一の高級住宅地でもある。ミナモデパートやマスターランクコンテスト会場といろいろな建物が目白押しである。トレーナーファンクラブもあり、ここ最近はレッドエリカの話題で持ちきりである。
─9月11日 午前10時 ミナモシティ─
入るや否や二人は大量のクラッカーの雨を受け、大歓迎を受けた。
「ようこそおいでくださいました! 伝説の夫婦と名高し古今無双のお二方! レッドさんとエリカさん!」
代表と思しき男が前に出てそう述べた。
「は、はぁ。ありがとうございます」
トレーナーファンたちの一大拠点でもあるこの街はまさにこの二人の来訪で大騒ぎになっていたのだ。
「ヒワマキからの長い旅路。お疲れ様でした。旅の疲れを癒やすためまずはポケモンセンターに寄ってポケモンを治療した後、是非我がファンクラブにおいでください」
そう言って男は招待状を手渡す。
ポケモンセンターに立ち寄った後、悪い気はしなかったのでとりあえずトレーナーファンクラブの建物に入った。
─同日 午後3時 ミナモシティ トレーナーファンクラブ─
入るや否やまたも彼らは大歓待を受けた。
ファンたちからの賛辞の言葉や贈り物などを受け取り、更に宴を催されて豪華な食事や出し物など至れりつくせりである。
そんな中、ファンたちは他のトレーナーの話をしはじめた。
「いやー。本当お二方に来てくれて嬉しい限りですよ! 貴方達なら何日でもここに居てくれて構いませんよ!」
ファンの20代くらいの男がそう言った。
「いやぁ……。ご迷惑では」
「いやいやとんでもないです! 私達は本当ファンとして二人が来られることを心待ちにしてたんですよ」
同じくファンのこちらは女子高生くらいの年頃の子が言った。
「そうそう……それに引き換え将来の対戦相手になるだろうゴールドさんだっけ? あの人は……」
30代くらいのサラリーマン風の男が暗い顔をしながら言う。
「あああの人ね……」
20代くらいの男はその名を聞くと意気消沈していた。
「ゴールドさんがどうかしました?」
エリカが尋ねる。
「話せば長くなるんですけど、確か先月だったかな? ゴールドさんが来たんですよ。そりゃ勿論ね。貴方達の対戦相手ですし、彼自身も相当な凄腕トレーナーですから私達も歓迎しましたよ? しかし……」
30代のファンが話すところによると彼はどうもナギに負けて傷心の自分を慰めてもらう目的でここに来ていた節があったようだ。その上、ポケモンの話はそこそこに彼女のカスミの自慢やのろけ話ばかりを聞かされゴールドを歓迎していた彼らも段々興が冷めていき、あまりもてなさなくなった。
そして9月8日に八回目の敗北を喫してここに戻ってきた時遂に一部のトレーナーが来ないように仄めかす行動を行い、それ以来(といっても三日だが)彼は姿を見せなくなった。
「情けない奴だな本当」
「貴方。いっその事ポケモンリーグに相談する方が良いと思いますわ。ここまで酷い体たらくですとリーグの体面というものが……」
「いや、俺から持ちかけても仕方がないだろう。対戦する候補はあいつしかいないし代わりのトレーナーはまずいないだろう」
レッドもそれなりに現状を認識している。
「そこなんですわよねやはり……」
エリカはそう言うとため息をつく。
「正直言って俺たちも今のゴールドさんとレッドさんが戦っても勝敗は分かりきってると思ってますよ」
「あたしもー。あんな甘えん坊じゃ見ててつまらなそうだわ」
「せっかくのPWTですし我々としては期待はしたいんですよ。期待は……しかし」
ファンたちは口々に思いを語ったが大半はトレーナーの本分を忘れて色に耽けるゴールドへの非難だった。
「わかりましたわ。私からリーグのワタルさんにご提言申し上げますわ。まぁしかしワタル理事長はお人好しですからね。あまり期待はできませんが……」
「あれでも俺のライバルだ。油断はできない。だけど、俺も次ゴールドにあったらきつく言っておくよ。あんな腑抜けた調子でPWTで戦えって言われても困るしな」
ファンたちは伝説の夫婦から自分たちの意見を認めてもらえたと感激して更に祝宴を続けた。
─同日 午後11時 同市 ポケモンセンター 218号室─
宴は午後10時頃お開きになり、二人は遅くポケモンセンターに到着した。
「ゴールドさんも困ったものですが……アクア団マグマ団の動き、そしてべにいろ・あいいろのたまの真贋問題も気になる所ですわね」
「うむ……。バッジ6枚でホウエンも終わりが見えてきたけど……まだ波乱はありそうだな」
それから30分ほどこれからの事を相談しあい、床につく。ゴールドのワタルへの報告は翌日に回される。
─第二十話 本音 終─
次回でホウエン編は完結します。
それに伴い、完結後は改訂前のホウエン編はジョウト編と同じく全て削除します
改訂前のホウエン編はいずれのサイトにも代替はないためもし保存したい方がいれば次話投稿前にどうぞ