伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚   作:OTZ

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第十九話 父の決断

─8月25日 某時某分 某所─

 

 サカキはアポロから直々の報告を受けていた。その内容はフエン計画の失敗である。

 彼は表情一つ変えずに聞き入り、終わると「そうか」とだけ答えて下がらせた。

 この時、ある人物と食事をしていた。

 

「全く、不甲斐ないのう……。あれだけリーグを籠絡してみせるなどと啖呵を切っておったのに」

 

 オーキドである。彼は傘寿を迎えたとは思えないほど健啖な様子でステーキを頬張っていた。

 サカキは黙って日本酒を飲んでいる。こちらは舟盛りの刺し身だ。盃を置いた後に

 

「やむをえまいよ。あの女が出てきたんじゃぁな……」

 

 とさも仕方ないと言った様子で返した。

 

「それにしてもオーキド殿」

 

 サカキはオーキドを見る。

 

「なんじゃ?」

 

 オーキドは食べる手を休める。

 

「よく食べるが……貴殿はもう80であろう。体にはもっと気を遣ったほうがよいのではないか?」

「何を言うか。まだ傘寿じゃよ。魚などよりも肉のほうが精がつく故、健康的じゃよホッホ」

 

 などといいながらまた一切れ口に入れた。

 

「そうか……。まあその様子ならば大丈夫そうだ」

 

 と言って、サカキはマグロの赤身を醤油につけ、口に入れる。

 

「それで……」

 

 オーキドは一転、顔を引き締めてサカキに尋ねる。

 

「今日は何用かの?」

「ん……ああ」

 

 サカキは口端の醤油を拭き取る。

 

「また何か、頼み事かの?」

「いや、そうではない。たまには食事でもと思ってな。このステーキも普段の労をねぎらっての私のせめてもの謝礼のつもりだ」

「ほう」

「我が団がここまで返り咲けたのはオーキド殿のおかげだ」

 

 サカキはそう言うとまた一口酒を飲む。

 

「思えば去年の来月の頃だな」

「うむ」

「始めは何かの罠かと思ったのだがな……」

「無理もあるまいな」

 

 オーキドは食べる手を休めた。

 

「一度は露と消えたとは言え、当時の私にはそれしか縋る道がなかった……。思えば、オーキド殿はその頃から本気で私を支援するつもりだったのか?」

「さぁ……どうかの。それにしてもあの男はなかなかだったのう」

 

 オーキドは四年前のことに思いを馳せた。

 

──

 

─2009年 10月4日 午後6時 コガネシティ 某ホテル パーティー会場─

 

 この日、ここでは研究会とリーグ合同主催の懇親会が行われていた。

 ここには当時のポケモン研究会会長のオーキドは勿論、会員の研究者や大学教授、リーグ側からは副理事長のシロナや理事(四天王)が数名、そして当時のコガネシティジムリーダーのセンリが出席している。その他にもコガネ市議会議員や、府議会議員、商工議会重役などコガネの重鎮も顔を合わせ、秘書などを含めれば総勢70名ほどがその場に居た。

 双方の挨拶もそこそこに終わると、会食に入り、いろいろな人が談笑していた。

 

「博士、ご無沙汰しておりますわ」

 

 シロナはオーキドに社交辞令とばかりに挨拶する。

 

「おお、シロナ女史ではないか! 久々じゃのう」

「ええ。七年前の全国地球史学フォーラムでお会いして以来ですね」

 

 シロナは大学時代に地球史全体について考察するために幅広い学者が集ったフォーラムに学生代表として出席していた。

 

「あの時、君はあのまま学者になると思ったのだがのう。まさかこうして会うことになるとは」

 

 オーキドは心底驚いているようだ。

 

「なりゆきといいますか……。自分でも正直驚いているくらいです。しかし、私にはこちらの方が性に合っているようです」

「うむ。そうか。リーグと研究会。畑は違えど、ポケモンへの探求を行うという面では志を同じくするもの。これからも益々関係を良くしていこうと思うておる。互いに邁進していこうではないか」

 

 オーキドは闊達に笑いながらそう言った。

 

「ええ。勿論ですわ。これからも宜しくお願いしますわね。博士」

 

 シロナとオーキドはそれからも数分ほど会話していた。

 その頃、別のテーブルでセンリは研究員や府議などと会話していた。

 他愛の無い会話を続け、十分ほどした後に自分の席に戻る。

 

「ふう……」

「大丈夫ですかリーダー?」

 

 センリは後学の為にいいだろうと何人かトレーナーを連れてきていた。

 

「やはりこういう場所は肩がこる……。務めと分かっていてもなぁ」

 

 センリは首を回した。

 

「お疲れ様です……。それにしてもなんですかさっきの議員の言い草は……。まるでリーダーがこの街にとって不要な存在だとでも」

 

 センリは実直で誠実な人柄であるが、やや派手さや柔軟さに欠けるためコガネ人との気質とはなかなか折り合いがつかず水面下で有力者とのにらみ合いが続いていた。元々の任命が前任者の死亡によるリーグからの暫時的な辞令だったため尚更だった。

 

「リーダーはいつまでこんな仕打ちに耐えるつもりなんですか?」

「最近、やたらと色々テレビに出ている子がいるだろう?」

 

 センリは出された白ワインを一口飲んだ。

 

「アカネちゃんですか?」

 

 アカネは2005年のスカウトの後、翌年の2006年にはデビュー曲でミリオンヒットを飛ばし、2007年のあるドラマでは主演の子役として近年稀に見る好演を見せそれ以来コガネのマスコットキャラクター、イメージキャラクターとして定着しつつある。

 

「最近、ここのお偉方の一部はあの子をリーダーにしたいと動いているみたいでね……」

「そんな。あの子確かに器用そうだけどトレーナーとしての経験あるなんて聞いたことないですよ?」

「そうなんだよ……。私も出れるものなら早く後任に就かせアサギに戻りたいんだがな」

 

 センリは腕を組みながら遠い目をする。元々センリは地元のアサギでリーダーをしていたが先述の辞令でかれこれ三年に亘りコガネで任についている。(アサギでは別に資格を持っている人間がリーダーを務め、ミカンの先代にあたる)

 後任が決まらないのは伝統的に街の意見が強い故になかなか意見が合うような後任がでてこないためであった。

 

「リーダーはもうお手合わせはしているのですか?」

「彼女は多忙で中々時間取れないみたいでね……。その点も含めてどうもリーダーに就けるには不安が残るんだよ。まぁそもそも本人がリーダーに就く意思があるのかどうかすらわからないしな」

 

 センリは再び白ワインを飲んだ。

 

「そうですか……。そんな調子じゃまだまだ時間がかかりそうですね」

「うむ。気苦労が堪えんよ……」

 

 と言いながらセンリはため息をついた。

 そうしているとセンリのポケギアが鳴り響いた。

 

「おっと。ちょっと外すよ」

 

 と言って彼は会場の外に出た。

 

─午後7時 廊下─

 

 センリは用事を済ませた後、ついでにトイレも行って会場に戻ろうとしていた。

 すると観葉植物の物陰から聞き捨てならない内容を耳にした。

 ボスのサカキ殿。の単語である。ロケット団ボスのサカキなどというのは決して穏やかな話ではない。ましてやここ数ヶ月はロケット団の活動の活発化がセンリの耳にも入っている。

 センリはこっそりと動静を伺う為その物陰に近づいた。

 

「うむ……手はずは整っておる。いや、決してこれは冗談で言っておるのではない。腹の底から思っての事じゃよ。うん」

 

 耳を澄ますと声も聞き覚えのある人物の声ということに気づく。

 彼は死角となりそうな場所から顔を確かめる。すると我が目を疑う事態に遭遇した。

 話しているのはあのオーキド博士だった。サングラスや帽子でごまかしてはいるが、何回も様々な会合で顔を合わせているので間違えるはずがない。

 どうして天下の研究者であるオーキドがロケット団に接触を試みようとしているのか。彼には全く理解できなかった。

 

「おっと。そろそろ戻らねばならぬのでの。またかけてくれい」

 

 そう言ってオーキドは通話を切った。

 センリは様子を探ってみようと様子をうかがっていた場所から出て、自然な風にオーキドに話しかける。

 

「あぁこれはこれは博士。ご無沙汰しております」

「おぉ君はセンリ君じゃったかのう。相変わらずご活躍のようじゃの」

 

 簡単な世間話をした後、センリはそれとなく聞いてみることにした。

 

「博士、最近は色々とポケモンの世界も物騒で困りますね……。聞きましたか? その、タマムシのアジトの話」

 

 9月24日。レッドがエリカ戦のついでに潰したタマムシのアジトでは警察の捜査が入り、ロケット団の凄惨なポケモン虐待などの実態が白日の下にさらされた。これまで表では名前を変えて良い企業の面をしていたものがこのような実態があったことを知れると世間は大きな騒ぎとなった。

 ロケット団員は次々と逮捕されたが肝腎のサカキやその他幹部など7割ほどがまだどこかに隠れているとされていた。

 

「うむ。全く不届きな話じゃのう。ポケモンと人間はあくまで互恵の関係でなければならん。それを真っ向から否定するような組織の存在はあってはならぬのう」

 

 オーキドは涼しい顔でそう言ってのけた。

 

「いや。全く博士の仰せの通りです。私もリーグの一員として微力ながらこのような反ポケモン団体撲滅に力を注ぐ所存です」

「うむ。頑張ってくれたまえよ。研究会も出来る限り力を貸せるよう手を尽くすでの」

 

 オーキドはシワを浮かべて笑いながらサカキの肩を叩いた。

 

「ありがたい限りです。ところで、ロケット団は今どこに潜伏しているのでしょうねぇ」

「さあ。ワシにも見当がつかぬの。エリカ女史から話は聞いていないのかね?」

 

 オーキドは据わった目をしたまま返す。

 

「彼女も事件発覚まであずかり知らなかった事のようで……。まあ本格的な着任から時間が経ってませんしね。それに今は……」

「おぉ……そうだったの。まだそんな状況ではなかったか」

 

 先月末にエリカは祖母であり、当人にとっては母親以上に敬愛していた肉親にあたるカルミアを亡くした。彼女にとってそのショックは計り知れず、最初の一週間はジムを閉めていた程だ。

 

「ええ。まぁそれはともかく、ロケット団の今後がどうにも気にかかりますね……。隣の地方の事とは言え憂慮してしまいます」

「ホッホッホ」

 

 オーキドは得意の高笑いをする。

 

「なぁに。センリ君よ。直に分かる日がくるじゃろうて。この件の事はとりあえずはカントーのリーグを信じて自分のことをやりなされ」

「ハハハ……それはまぁ。そうですね」

 

 オーキドとはその後も二言三言話して別れた。

 

─午後8時16分 同所 エントランス─

 

 パーティーはその後いくつかの座興などを挟み、8時頃に終了した。

 サカキは数人のトレーナーと共に外に出ようとしていた。 

 

「はぁ~。本当疲れた……。でも色々勉強になったな」

「うんうん。少しだけ視野が広がったような気がしますねぇ。あ、先輩これからどこか飲みにいきます?」

「おー。いいねぇそれ! リーダーもどうですか?」

 

 取りまとめ役にあたるトレーナーがセンリを誘った。他のトレーナーたちも同調して二次会の流れができつつある。

 

「いや。すまないが今日はいい」

「えぇどうしてですか?」

「ちょっとした用事があるんでね……。君たちだけでやっててくれ」

 

 センリはすまなそうな表情でトレーナーに言う。

 

「そうですか。それじゃあ仕方ありませんね……」

「明日もあるんだから、程々にな。それじゃ」

 

 そう言ってセンリはスタスタと外に出た。

 

─午後9時 居酒屋─

 

 センリはその後、オーキドとの会話で不審を感じたのか目立たないよう変装して尾行をしていた。

 研究者たちはどうやら仲間内で二次会をしているようでその中にはオーキドもいた。

 そして彼はやがてトイレに立った。無論センリもついていき、個室に入る。

 

「やぁ。折り返しが遅れて悪かったの。ワシじゃよ。オーキドだ」

 

 センリはおそらくさっきの電話の続きだろうと考え、耳をそばだてる。

 

「うむ……。その通りじゃ。それでいい……うむ……」

 

 オーキドはしばらく相槌を打ち続けた。

 

「疑り深い御仁じゃのう。ワシは何度も言うとおり協力すると言っとるのじゃ。そこまで言うのなら近いうちにサカキ殿と会っても良いのじゃぞ?」

 

 センリはこの言葉に目を丸くした。

 聞き間違いでも嘘でもない。オーキドはロケット団に協力するつもりである。

 

「それに、もうアレは見たのじゃろ? あの名義は間違いなくワシのものじゃ。若い頃よく使ったものよ」

 

 わざわざ偽名を施してまで接触を試みている。センリの心中は疑問でつきなかっただろう。

 

「うむ。分かった……そういう事で良い。では、またの」

 

 そう言ってオーキドは電話を切り、そのまま手を洗ってトイレから出て行った。

 センリは今回の電話を以て確信を深めた。

 にわかには信じがたいが、ポケモン研究会の最大の権威である博士が真逆であろう組織に寝返ろうとしている。と。

 

──

 

 あれからセンリはオーキドの身辺やロケット団について徹底的に調べた。迷惑はかけられないと一人で慎重に慎重を期して執念深くオーキドを洗った。

 そして──

 

─11月7日 午後5時 コガネシティ コガネ大学前─

 

 センリは直談判の為にこの日、コガネ大において講演会を開いていたオーキドを待ち伏せた。

 講演会終了からしばらくしたこの時間にオーキドは大学の関係者用出口から出てくる。右手には年季の入った茶色のカバンを持っている。

 

「どうもこんにちは博士」

 

 センリは帽子をとって軽く頭を下げた。

 

「センリ君か。こちらこそ」

 

 オーキドは返礼をする。

 

「博士、今日は折り入ってお話があるのですがお時間は宜しいですか?」

「すまぬのうセンリ君や。これからワシは用があるのじゃ。また今度での」

 

 そう言ってオーキドは笑みを浮かべながらセンリの横を通ろうとした。

 

「ある組織に、その書類を渡すつもりですね?」

 

 センリは鋭い口調で言う。

 オーキドは先程までの笑みを消し、一転険しい表情になった。

 

「ほう……。どういう事かの?」

 

 オーキドはセンリの前に戻った。

 

「ここでは憚られる話です。場所を変えましょう」

 

─午後5時30分 コガネシティポケモンジム 応接間─

 

 センリは予めこの時間帯には誰も残らないようトレーナーには言っており、一対一で話すことにしていた。

 応接間のテーブルにセンリとオーキドは向かい合って座る。

 

「単刀直入に伺います。博士、ロケット団と接触するつもりですね?」

「ホッホ。何の話かのう?」

「とぼけないで頂きたい。調べはすべてついております」

 

 オーキドは表情一つ変えずに話し続ける。

 

「そこまで言うのであれば何か証でもあるのかのう?」

「失礼ながらここ一ヶ月博士の動きを探らせていただきました」

 

 そう言いながらセンリは机上に写真を並べる。センリは自分でも調べつつ、興信所の知己を通じてオーキドを探っていた。

 写真にはロケット団の幹部と対面している場所や、シルフカンパニー内の廊下を闊歩している所などがおさめられている。

 

「博士。十分でしょう。このような事はおやめください」

「……」

 

 オーキドは写真を凝視しながら黙している。

 

「貴方がこれまで築き上げてきた名誉すべてが水泡に帰すことになりますよ?」

「……」

「博士。聞いて」

 

 センリが言いかけたところでオーキドは突然笑い声をあげた。

 

「ホッホッホッホ……」

「笑い事ではございませんぞ」

「いつから目をつけておった?」

「一月ほど前からです」

「ほう。そんな短期間でここまで掴むとは流石はリーダーだのう。たまげたわい」

 

 オーキドは相も変わらず笑い続ける。

 

「博士。真剣に聞いてください。このままだと私はリーグに訴えでなければならないのですぞ」

「それが?」

「リーグと研究会のよしみですから、ここで思いとどまるというのであれば内々で済ませることもできます。しかし、もしこのままロケット団と通じ続けるの言うのであれば」

 

 センリはモンスターボールを手にする。

 

「リーグの一員として貴方を討たねばなりません」

「討つとな?」

「貴方を強制的に拘束し、速やかに然るべき場所にお連れせねばならないのです。そうとなれば、内々に済ますというわけにはまいりませ」

 

 オーキドは先程よりも大きく笑った。

 

「拘束? 訴える? そのような事でワシが怯むとでも思っておるのか?」

「何ですと?」

「全てはこのために粛々と演じ続けたこと……。今更こんな地位などなくなったところでやめはせんわい」

「それでは博士はあくまでも引き下がらないということですか?」

 

 オーキドは静かに頷く。そしてこうも付け加えた。

 

「まあ……じゃがこれでは貴様もここまでやった甲斐がなかろう。一つ取引をせんか?」

「ふざけないで頂きたい。取引などする余地は……」

「まあ聞きなさい。ワシと勝負をせぬか?」

「はい?」

 

 センリは目を見開かせた。

 

「なぁに勝負と言ってもそちらの得手とするポケモン勝負じゃ。もしワシが負ければ大人しくこの件については手を引こう」

「……」

「但し、もしワシが勝てばそちらが手を引いてもらう。ただそれだけのこと」

「戯言を申さないでいただきたい。そのような事は受け入れられるはずがないでございましょう」

 

 センリは即座にそう否定した。

 

「元々そのつもりで来たのじゃろう? リーダーがわざわざここまで来るということはそれを用いてワシを捕まえるつもりじゃったのだろう」

 

 オーキドはすべてを見透かしているかのような口ぶりで言う。

 センリはしばらく黙した後

 

「わかりました。そこまでご所望であるのならば受け入れましょう」

 

 モンスターボールを構えた。

 

「ホッ。最初から素直にそうしておればよかったものを。まぁ良い。いざ参ろう」

 

 センリとオーキドは場所を変えてフィールドで勝負する。

 センリは予想外にも手強いオーキドにやや苦戦するも3体を残し勝利した。

 

─午後7時 同所 フィールド─

 

 センリはケッキングを戻した後に言う。

 

「以前は高名なトレーナーだったとは聞いてましたが未だここまでの強さを持っているとは意外でした……。しかし、約束は約束です。手を引いていただきましょうか」

 

 オーキドは倒れたポケモンを戻した後うつむいたままである。

 

「クッ……。このワシが……まさか……リーグの尖兵ごときに負けるなどっ……」

 

 失意のあまり唇が震えている。余程悔しかったようだ。

 

「博士。勿論これで済むなどと思ってはいないでしょうね?」

「何?」

「言ったでしょう。貴方を拘束し、事の次第をすべて公にしてもらうと」

 

 センリはコツコツと靴音を建てながらオーキドに近づく。

 オーキドはすぐに向き直った。

 

「ホッ……。何を血迷った事を言っておるのじゃ」

「貴方に言われたくありませんよ」

「よく聞け。ワシは手を引くとは言ったが拘束に応じるとは言っておらん」

 

 センリはオーキドの目前に立ち、首を横に振る。

 

「そんな屁理屈は通りませんよ。拘束と手を引くことはワンセットです。さあ、私と来てもらいましょうか」

 

 センリはオーキドの腕を掴むが、すぐに振りほどいた。

 

「博士。往生際が悪いですよ」

「やむを得ぬの。最後の手段じゃ」

 

 オーキドはカバンからラップトップを取り出し、センリにある映像をうつしだそうとした。

 

「今更何をしようと言うのです」

「まあ見ておれ」

 

 映し出されたのはセンリの住んでいるアサギのマンションであった。向かいから撮っているのか上から彼の住む家のベランダが見えている。

 ちょうど今は妻が植栽に水をやり、息子のユウキがベランダでくつろいでいるのがうかがえる。

 これを見たセンリは顔色を変えた。

 

「博士……これはいったいどういうつもりですか?」

「流石に察しがいいのう。もしこのままワシを連れて行こうと言うのならば……二度と君の愛する身内には会えなくなるじゃろう」

「何ですと……」

「君がワシに目をつけている事は薄々勘付いておったからのう。逆手に利用させてもらっただけの事よ」

 

 センリは暫くうつむいた後、決然とした表情で返す。

 

「リーグの一員の家族として、妻も息子も相応の覚悟をしているはずです。そんな程度の脅しでは屈しませんよ」

「ほう。そうか。分かった。君があくまでそういうつもりなら仕方がないの」

 

 オーキドはコートのポケットを一度叩いた。

 すると男たちは5人ほどの体制でセンリの家の周りを固めるべく移動している。

 センリは脂汗をかいている。

 

「センリ君よ。これが最後のチャンスじゃ。このまま家に帰るが良い」

 

 オーキドはポケギアを取り出し、通話モードにする。

 センリは黙したままだ。

 オーキドは相手に断った後、電話を下げてセンリに最終警告とばかりに言う。

 

「ここでワシが相手に対し、かかれと言えば、君の大切な人は二度と帰ってこれぬ。それどころかこの世のものでないほどの辱めを受けることとなるぞ?」

「……」

 

 数分ほどの沈黙の後、オーキドは深くため息をつく。

 

「分かった。かわいそうだのう君の家族も。一人の下らぬプライドのせいでこの後の人生は悲惨なものになるのじゃからな」

 

 一笑に付した後、彼はポケギアを耳に当てる。

 

「やめろ!」

 

 センリは思わずポケギアを持つ彼の手首を掴んだ。

 

「ん?」

「要求は飲む。だから、やめてくれ」

 

 オーキドは計画通りとばかりにニヤリと表情をほころばせた。反面、センリは苦虫を噛み潰したような表情である。慚愧に堪えない心持ちなのだろう。

 

「作戦は中止じゃ。戻るが良い」

 

 そう言うと男たちは散っていった。

 

「懸命な判断じゃ。センリ君。家族を守る立派な大黒柱じゃのうホッホッホッ!」

 

 オーキドはこれまでにないほど高笑いをする。

 

「くっ……」

 

 センリは憎悪の念からかオーキドから目をそらし続けている。

 

「安心せい。約束は守る。この件については手を引く」

 

 オーキドはセンリの肩を叩く。

 

「だが、もし君がこれから先、ワシを告発するような動きを見せれば……君は家族に二度と会えぬ。それだけは努々忘れるでないぞ」

 

 その後、オーキドとセンリは約定を交わし、オーキドはジムから出て行った。

 

──

 

 その後、オーキドによる差し金でコガネシティはリーグに対し推薦状を提出。推薦されたアカネもリーダーとなることを受諾した為、リーグの審査を経てジムリーダーとなった。

 一方センリは元々の任地のアサギではなくまた空きが出たトウカシティに辞令が下る。これもまた地域の圧力にみせかけた間接的なオーキドの嫌がらせである。あまりにも突然なリーグの措置にリーグ内部では困惑の声が見られたがそれもやはり時間が経つと薄れていった。

 センリ自身もオーキドの事は時間が経つと少しずつ忘れていったが……。

 

── 

 

─2013年 8月24日 午前10時 トウカシティ ポケモンジム─

 

 朝起きるとすぐに開くのを待ってポケモンジムに入った。

 いつもの通り快調な様子で破っていったが。どうにもトレーナーたちに元気がない。

 不思議に思ったエリカが次がリーダーだと言うので聞いてみることにした。

 

「あの……なんだか皆さん元気がないようですがどうされたのですか?」

「え……あぁ。リーダーがね……」

「リーダーってセンリさんですよね?」

 

 レッドが尋ねる。

 

「そう。こうしてジムはちゃんと開いてはいるんだけどどうも暗いというか……。元々地味な人とはいってもここ最近は見てて心配になるくらい」

 

 トレーナーは暗い表情で話す。

 

「やはり……お悩みごとがあるのですね?」

「そうなんだろうけど……。私達が何聞いてもごまかすばかりでねぇ。こっちも気を使うよ本当……」

 

 その言葉にはやや愚痴めいたものも伺える。どうやらセンリに気を遣ってあまり明るくとはいかないようだ。

 

─同所 リーダーの部屋─

 

 センリは存外穏やかな様子で迎い入れた。

 

「よく来たな。少し待ちくたびれていたぞ」

 

 しかし、その顔にはクマが見え、血色は良くなくやや憔悴めいたものがうかがえる。これではトレーナーたちが心配に思うのも無理はないだろう。

 

「あの……センリさん。どうかされたのですか?」

 

 エリカが尋ねる。

 

「あぁ。最近少し寝不足でな。歳のせいだろう。気にすることはないよ」

 

 とセンリはやや表情を崩して返す。

 

「本当にお歳のせいだけですか……? トレーナーの方も気にかけておられましたわよ」

「そうだ。全くエリカはそういうのは相変わらずだな……ハハ」

 

 センリは笑ってみせるがやはりどこか力がない。

 

「あの……」

 

 黙していたレッドがセンリに話しかける。

 

「ん? どうした」

「エリカはセンリさんのことずっと気にかけていて……。何か悩みがあるんじゃないかと思っているんです」

「ふぅ……」

 

 センリはため息をつく。

 そして暫く考えた後

 

「どうしても、聞きたいのか?」

 

 と尋ねる。

 

「はい。何か私に出来ることはないかと……」

「そうか」

 

 とセンリは下をむく。

 

「どうしても聞きたいならば、勝負の後にしろ」

 

 と、センリは切り捨て、モンスターボールを構える。そこからは何者も構うなと言わんばかりの気迫が伺える。

 

「余程触れられたくないみたいだし、やめておいた方が」

 

 レッドはエリカに耳打ちする。

 

「た、たしかにそのようですけれど……。どうしても聞かない訳にはいかないような気がしまして」

「どうした?」

 

 モンスターボールを出そうとすら見せない二人を見てセンリは促した。

 

「いえ。わかりました。では、いきますよ!」

 

 二人は耳打ちをやめ、モンスターボールを取り出した。

 センリはエテボースとムクホーク。エリカはモジャンボを、レッドはカメックスを繰り出した。

 

「エテボース。モジャンボにほのおのパンチ」

 

 エテボースはモジャンボに炎を纏った拳で突き飛ばす。

 不一致技で有るためダメージは三割ほどと大した痛手にはならなかった。

 

「ムクホーク。モジャンボにブレイブバード!」

 

 モジャンボに一閃の弾丸と化したムクホークが襲いかかる。避けきれずまともに食らってしまい体力の九割五分を失うという致命的なダメージを受けた。

 一方これは反動ダメージ技の為、ムクホークも相応の痛手を負った。

 

「カメックス。吹雪!」

 

 レッドは大技でかたをつけようと試みる。フィールドに凍てつかせる吹雪が吹き荒れた。

 ムクホークはまともに食らってしまい、反動の効果も相まってか一撃で倒れる。

 エテボースはすんでの所で上手く避けた。

 

「モジャンボ、根を張りなさい」

 

 エリカは持久戦を選択。モジャンボはツルを這わせてその場に鎮座した。

 センリはムクホークを戻した後、新たなモンスターボールを繰り出した。

 

「行け、ハピナス!」

「エテボース。もう一度!」

 

 エテボースはもう一度炎を纏った拳を繰り出す。モジャンボはまともにくらい、倒れた。

 

「これであいこだな……。ハピナス! 瞑想」

 

 ハピナスは目を閉じて神妙そうな表情をした。

 

「カメックス! 地震だ!」

 

 とりあえずレッドは効率的にダメージを与えようと地震を選択。

 ハピナスは五分の一程くらい、エテボースは三割ほど削れた。

 

──

 

 レッドは二体、エリカも二体を失ったが、どうにか勝利した。

 

「うむ。ここまで待った甲斐がある良い勝負だった。その功に対し、このバランスバッジを授けよう」

「ありがとうございます!」

 

 ホウエン地方5つ目のバッジを二人はいつもの通り恭しく受け取った。

 

「これでバッジは5枚か……。順番からいくと次はヒワマキだな」

 

 センリは二人がバッジをケースに収めている姿を見ながら言う。

 

「そうですね。やはりナギさんって強いんですか?」

 

 レッドが尋ねる。

 

「ああ……ホウエンのリーダーの中ではトクサネの双子、フウ君とランちゃんと並び称されるほどの強さだ。私とは10回程戦ったが4回勝って6回負けている。見事に回を重ねるごとに腕を上げてるよ」

「へぇ。センリさんでもそれ程苦戦なさるのですか……」

「なんといってもあの雪柳斎殿の孫娘だから……。おそらくヤナギ翁が亡くなれば彼女がその足跡を踏む事になるだろう」

 

 その名前を聞いて二人は目を丸くした。

 

「えっそうなんですか!?」

「そうだ。まあ孫といっても事故で幼いころに両親を亡くして以来育ててもらったようだから彼女にとっては第二の父親かもしれないがな」

「なるほど……」

「彼女は本当に強い。心してかからないとヤナギ翁の二の舞いになりかねないぞ。気をつけてな」

 

 センリはエリカに目線を合わせつつ、レッドの肩を叩いた。

 レッドはここまでヤナギに一回負けたことが筒抜けになっていることにやや気恥ずかしさを感じていた。

 

「あの、センリさん!」

 

 エリカがこのままでは帰されてしまうのを危惧してか、思い切ったような様子で言う。

 センリがエリカの方を向く。

 

「話して頂けませんか……。そこまで何を思い詰めていらっしゃるのか」

「全くまたその話か……」

 

 センリは辟易したとばかりに首を横に振る。

 

「どうしても話したければ勝負の後にと仰せになったのはセンリさんの方ですわよ?」

「はぁ……」

 

 センリは一つため息をついた後、二人にゆっくり背を向ける。

 

「何を聞いても後悔しないか?」

「はい。センリさんから何を聞かされようと受け入れる心はできておりますわ」

 

 センリは後ろを向いたまま顔のみレッドに目配せをする。

 

「君もか?」

「は、はい。大丈夫です」

 

 レッドはエリカに釣られたようにそう返事した。

 センリは目線を部屋の外に遣る。縦格子の後ろには景色がうかがえる。

 

「分かった。そこまで言うのであれば話そう。君たちにも関わりがないとはいえない話だからな」

 

 そう言うと、センリは決意をした表情で二人の方になおった。

 誰も近づけるなとトレーナーに釘を刺した後、改めて神妙な様子で話し始める。

 

「今から四年前……私は……ロケット団を。いや、オーキドを見逃してしまったんだ」

 

 二人はその名前を聞いて愕然とした。あの騒動にオーキドが関わっているなどというのはあの時エンジュに居た面々のみ知っている事である。

 

「それってどういうことですか?」

 

 その後、センリは滔々と話し始めた。

 オーキドとの関わりからトウカへの異動まで彼の知る限りにおいて詳らかに説明した。

 

「私一人の意地の為に……エンジュ騒乱は引き起こされたようなものだ」

 

 センリは重い表情で語る。

 

「なるほど……。センリさんが思い悩まれているのはその為だったのですね」

 

 エリカは思いの外冷静に返した。

 

「そんな。センリさんに責任はありませんよ! エンジュの騒乱はあくまで博士自身がやったことですよ? それに、博士があんな行動に出るとはエスパーでもなければ見抜けませんよ」

 

 レッドは真っ先にそうフォローした。

 

「もしあの時博士を告発していれば、あの惨劇は回避できたかもしれないだろ」

「し、しかしその時は……」

「その場合は家内とユウキを見殺しにする羽目になる」

「どちらにしろ私にとっては辛い結果に終わる。あの時点で考えてもロケット団への内通者を私情で黙っていたには変わらないんだからな。停職は免れん」

「センリさん」

 

 エリカが再び口を開く。センリは彼女の方に視線を変えた。

 

「貴方のしたことは今となってはエンジュの人々を恐怖に陥れるものであったということ。これは疑うべくもありません」

「おいエリカ!」

「センリさんは私と同じくリーグの一員です。ジムリーダーであるならば、このような行動をとるべきでなかったことは自明ですわ。センリさん。貴方は私に対しリーダーは常に己を捨て、公に生きよと仰せになられたはずです。それなのに……それなのにどうして!」

 

 彼女は訴えかけるかのようにセンリを責める。

 

「やめろよ。センリさんだってそんな事くらいわかってるはずだろう。落ち着けよ」

 

 レッドはそうエリカを宥める。

 

「そうだな……。私は教育者としてやってはならないことをした。己こそが君に常々言って聞かせたことをするべきであった」

 

 センリはそういった後、エリカに頭を下げる。

 

「しかし、エリカよ。それを考えもしたがそれでも……どうしても出来なかった」

「どういうことですか」

「憧れだったリーダーとなる夢を叶える為に5年間握っていた教鞭を捨て、ここにたどり着くまでの険しく、苦しい時間を共に過ごし、心と体の支えとなってくれた妻を……。新米のリーダーだった頃、色々あって荒んだ心を健やかな成長で優しくほぐしてくれたユウキとを失うことはどうしても我慢ならなかった」

「わ……私にもかつて家族がおりました故、お気持ちは分かっているつもりです。しかし」

「いいや。分かっていない! 夫として、子を持つ親として……。血反吐を出してでも守ってきた人を失うという事がどれだけ辛いことなのか。耐え難いものなのか。それが君にわかるというのか!?」

 

 センリのずしりと重い質量を伴った反論にエリカは黙するしかなかった。

 

「すまなかったね。急に取り乱して。……。これはリーダーとしてあるまじき事。どう言い繕うとも……私のしたことはいずれ罰を受けなければならない事だ」

 

 センリは横を向く。

 

「センリさん……」

「こうして君たちが来た事は最早天命なのかもしれないな……。最早ロケット団はこの国におらず怯えることもなくなったというのに今までリーグに打ち明ける踏ん切りがつかなかったんだ」

「ということはもしや……今からリーグに洗いざらいお話をするという事ですか?」

 

 エリカが尋ねる。

 

「そうだ。もはや私には……エンジュで苦難を強いられた百万にも及ぶ人々の恨みつらみをこのまま一人で黙って背負うのは忍びないことだ」

「賢明な判断だと思います。センリさんにもやむにやまれぬ事情があったことは私も承知しております故、出来る限り軽い処分になるよう尽力致しますわ」

 

 エリカはセンリの眼を一点に見つめて言う。

 

「いや。君にそんな迷惑は……」

「いえいえ。やらせてくださいまし。お願いします」

 

 エリカは頭を下げた。

 

「しかしこれは私の問題だから」

 

 センリはエリカの協力を拒んだが、レッドが間に入る。

 

「センリさん。エリカは過去に貴方から教わったことについて深く恩を覚えていて、どうしてもその恩を返したいと考えているんです」

「それは当然のことをしたまでだ。恩と思われる筋合いは……」

「しかしそれでも彼女は何かしらの形で報いたいと考えているんですよ」

 

 レッドにつづいてエリカが話す。

 

「このような事情があったことを私は当時同僚でありながら気が付かなかった事にも責めがありますわ。どうかせめてものお返しのつもりでやらせてはいただけないでしょうか……」

 

 エリカはまた一段と頭を下げた。

 センリはしばし間を空けた後

 

「わかった。そこまで言うのであれば頼んだ」

 

 と返した。

 

──

 

 その後、センリはその足でリーグ支部に赴き、三日後にリーグ理事長のワタル及びサイユウリーグ理事長のミクリと面会して事の次第を全て話した。

 事はすぐさま理事会議にかけられ、理事の間でも意見が分かれた為三日間連続で会議が開催された。

 

─8月29日 午後4時 118番道路─

 

 レッドとエリカは理事会議に対し、嘆願書を提出した後トウカシティを発った。

 そして、118番道路を通っている最中にエリカのポケギアに電話がかかる。相手はワタルだった。

 挨拶もそこそこに彼は本題に入った。

 

「処分は停職一年と決まった。もうじきマスコミにも公表されるだろう」

「まあそんなわざわざ……ありがとうございます」

 

 彼女は丁寧な様子で返す。

 

「あれだけの嘆願書を書いてくれたんだ。君には真っ先に伝えなきゃと思ってね……」

「それはどうも……。しかし些か処分が重すぎではありませんか? センリさんは脅されていたんですよ?」

 

 停職はリーグ法に定められた処分の中ではちょうど真ん中に位置する重さの刑である。リーダーとしての職務は一切行えず、自宅へ謹慎していなければならない。しかし、それより上の剥奪処分とは違い、代理を立てる事でジムは続けられる為期間終了後に業務を再開することは可能である。

 

「脅されていたとはいえ、これだけ長期間リーグへの通告義務を怠り、しかも最終的にはロケット団の復活を招いてしまった事があまりにも大きすぎるんだ。中には永久剥奪が妥当だって唱える人もいたくらいだしおさえるのが大変だったよ……」

 

 ワタルは心労が伺える声で話す。

 

「し、しかしロケット団によって先の騒乱を招く事など誰も予測できないではありませんか」

「もっと早く言っていれば手を打てた可能性があった。いずれにしても罪の重さは変わらない」

「そ、そうですか……」

「しかし、当人の反省や君の言うように脅されてやった事。後は君を始めとする五千を超える嘆願書。これらを鑑みてリーダーとしての再出発のチャンスは与えようとこういう処分になったわけだ」

「わかりました。ワタルさん。ありがとうございました」

 

 その後も数分くらい話してワタルとは電話を切った。

 

「処分が決まったらしいな」

 

 レッドが語りかける。

 

「ええ……。一年の停職処分だそうです。私の力が及ばないばかりに申し訳ない限りです」

「電話から聞く限りじゃお前のおかげで刑が軽くなったそうじゃないか。十分だと思うぞ」

「そうでしょうか……」

 

 再びエリカのポケギアが鳴る。次はセンリだった。

 また挨拶もそこそこに本題に入る。

 

「処分の話はもう聞いたか?」

「はい……。厳しい罰になりましたわね」

「いや。当然の罰だ。謹んで受けるつもりだよ」

 

 センリの口調は実に神妙な様子である。

 

「私の力が至らないばかりに申し訳ありません」

「君がトウカで署名に駆け回っていたことは知っている。嘆願書のうち1000は君が集めたものだってね。私の為にこれだけ動いてくれたことは本当にありがたく思っているよ」

 

 センリは処分が下るまでミシロにて自主的に謹慎していた。

 

「そうですか……。センリさんがそう仰せならば良かったですわ」

「一年は長いが……。この間に自分のしてきたことや償いに何が出来るか考えるつもりだ。今まで忙しかった分じっくりと腰を据えて向き合う」

「そうですわね……。良い試みだと思います。御家族ともよくお話すると良いと思いますわ」

 

 それからもいくつか話し、センリとの通話を切った。

 

「センリさんなんて言ってた?」

「自分のしたことを悔い改め、きっちりと謹慎の罰を受けると。そして私にありがとうと言ってくださりましたわ」

 

 エリカは肩の荷が下りたかのようにスッキリとした表情で答える。

 

「そうか……センリさんに気持ちが伝わってよかったな」

「はい。これで十分に恩を返していれば良いのですが……」

「十分だと思うぞ……。さて、じゃあ行くか。ヒワマキまではまだ遠いぞ」

「ええ。参りましょう!」

 

 こうしてエリカとレッドは気持ちを切り替えて、118番道路を進んでいった。

 因みにマスコミの公表ではセンリはあくまでロケット団の犯行を知りながら黙秘していたという形で報じられた。オーキドとの関与については証拠がないとして例のごとく一切話されなかった。

 

──

 

─8月25日 某時某分 某所─

 

「今にして思えば良き思い出よ……」

 

 オーキドはそう言って過去の話を締めくくった。

 

「しかしオーキド殿よ」

「ん?」

「別にそんなセンリとの約定など無視して我々と同道してもよかったのではないか? 脅しは効いているのだから」

 

 サカキはやや不興顔で言う。やはり4年前に救援に来なかったことが心の何処かでは恨めしいのだろう。

 

「馬鹿を言うな。ワシはの。約束を破るということは大嫌いなのじゃよ」

 

 オーキドは快活に笑いながら言う。

 

「そうか……。それにしてもオーキド殿もしくじったな。いくらリーダーとはいえ負けてしまうなど」

「あの当時はトレーナーとして活躍していた過去を過信していたからのう。じゃがおかげでリーグの力を改めて認識することが出来た……」

 

 オーキドは最後の一口のステーキを頬張った。そして口と手を拭いた後に一つのモンスターボールを取る。

 

「このポケモンたちを捕まえようなどと思ったのも……。あの男のおかげでもあるのじゃ。ポケモンを改造するなどということも当時のワシでは僅かばかりに残った良心で躊躇しておった」

「なるほど……いわばセンリが背中を押したようなものだったのだな」

「左様。今の我らがあるのもある意味ではセンリのおかげと言って過言ではないくらいじゃよホッホ」

 

 オーキドは軽く笑ってみせる。

 

「そうか。では礼に引き込んでみるか?」

 

 サカキは冗談半分に言う。

 

「いや。もう必要ないわい」

 

 そう言ってオーキドは赤ワインを最後の一口まで飲み干した。

 

─第十九話 父の決断 終─


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