伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚   作:OTZ

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フエン編完結です


第十八話 フエン騒動(下)

─8月20日 午後7時10分 旅館『松ノ木』 檜の間─

 

「何を唸っておいでなのです……。私達の間では隠し事はなさらない。そう約束したはずでございましょう?」

 

 エリカは柔和な口調で話す。が、足はしっかりと正座を組んでいる。真剣な様子だ。

 

「分かった……。正直なところを話すよ」

 

 レッドは観念して、エリカに向き直す。

 

「そんなにさ……責めるような事かって思うんだよな」

「はい?」

 

 エリカは怪訝な表情を浮かべる。

 

「いやあの……。勿論エリカの言ってることが事実ならそれはそれで良くないことだっていうのは分かるし……。ちゃんとしたケジメをつけなきゃダメだと思うよ。でも……」

「でも?」

「サキヒサさんは……不景気で父親を失い、女手一つで育ててくれた母に恩返しするために……ここまでやってきたんだって」

 

 彼女は表情を変えずに聞く。

 

「そういう事情を知っちゃうとさ……。あまり強く責める気にはなれないっていうか……」

「それで?」

「え?」

「貴方はどうしたいのですか?」

 

 彼女は冷徹な眼差しで彼を見る。

 

「どうしたいって……」

「私もそのくらいの事は昨日今日の調べで分かっていますわ。しかし、例えどんな事情があれ、サキヒサさんやダイモンさんがなさろうとしていることはリーグの大義を大きく損なうものという事にかわりはないのですよ」

 

 彼女は滔々と諭すようにレッドに語りかける。

 

「いや別に俺は……エリカがやろうとしていることを間違ってるとかそういう事を言いたいんじゃないんだ。たださ……ふと気になったんだよ」

 

 彼女は先程よりは表情を緩めた。

 

「もしこのまま……証拠が見つかって、サキヒサさんの罪を立証できたとして……その後はどうなるのかなって」

「恐らくはバトル規則の重大な違反ということでリーグから処分が下されるでしょう」

 

 彼女はすぐさま答えた。

 

「それって……どのくらい?」

「そうですわね……。何しろ前例の無いことですから。しかし、不正な手段でリーダーの位を簒奪しようとしたことに手を貸したこと……。一つの町の治安や秩序の基盤を危うくしたこと……。これらを総合すると会員資格の剥奪でもおかしくはないと思います」

 

 会員資格剥奪。これはレッドをはじめとして役職の位にない普通のトレーナーにとっては最悪の処分である。これが下されるとポケモンバトルで対価を得ることを初めとしてポケモントレーナーに与えられた特権を全て喪失することになる。

 

「それってつまり……サキヒサさんはトレーナーを辞めなければならないってことか?」

「早い話がそういう事になりますわね」

「それじゃあポケモンたちはどうなるんだよ。サキヒサさんの大事な相棒たちだぞ!?」

 

 レッドはヒートアップしている。

 

「養える資金があればそのままペットとして飼うことになりますが……それがかなわないならば野生に返すなり育て屋などに寄付するなり。いずれにしろバラバラになるのを余儀なくされますわね……」

「そんな事って……」

「嫌ならば最初からこのような事をしなければ良かっただけの話です」

 

 エリカはきっぱりと切り捨てる。

 

「で、でもそれじゃあいつリーダーの願いが叶うか……」

「貴方」

「ん?」

 

 エリカはレッドに顔を向けさせると、思い切りはたいた。

 

「いつっ……。何すんだよ!」

「貴方……。目を覚ましてくださいまし。サキヒサさんが罰を受けてどのような道をたどろうと私たちには関係のない話です。私はあくまでリーグの一員としてかかる事態に粛々と対処するのみです。気の毒なようですが、ただそれだけのお話なんですよ」

 

 彼女は悲しそうな顔を浮かべている。彼女自身本当は辛いのだろう。

 

「エリカ……俺さ。分かんなくなってきたよ」

「はい?」

「皆お前とか、ワタルさんとかそういう輝かしい地位を目指して一生懸命頑張ってきたっていうのにさ……。報われるのはほんの一部だけでちょっとあぶれただけでサキヒサさんとか……そういう風にして夢を追い続けておっさんやおばさんになっていくなんて……。トレーナーってそんな……そんなつまらないものだったかな?」

 

 レッドは切実に語り続ける。

 

「一将功成りて万骨枯る」

「へ?」

「晩唐の故事です。一人の将が功を立てる裏には、一万の名も無き兵の死体が転がっている……。そんな意味の言葉ですわ」

 

 レッドは少し間を空けて

 

「それがどうしたって?」

「トレーナーに限らず……勝負の世界はそんなものだと思いますわ。だからこそ多くの人が追い求め、優勝劣敗が決まっていくのです」

「ふっ……」

 

 レッドは力なく笑う。

 

「どうしました?」

「お前は大人だよな……。そうやってちゃんと分別をつけられてる……。でもさ……俺ぁそうきっぱり決められないよ」

 

 その後、冷めた夕食を食べた後レッドはふて寝半分に床につき、エリカは日課の日記をつけた後にやや遅れて寝た。

 

─8月21日 午前10時 112番道路 草地─

 

 決戦が明日に迫ったこの日、もはや日課となりつつあるサキヒサの訓練に同行した。

 そしてレッドはある決意を抱いてサキヒサと腹を割って話そうとしている。

 

─同時刻 秘密基地─

 

 最初の二時間ほどメインの総当り稽古(それぞれの手持ちが1vs1でバラバラに戦う)を済ませた後、レッドとサキヒサは秘密基地で休んでいた。

 

「あの」

「なんだ」

 

 サキヒサは翌日に控えた決戦を前にしてやや気が立ってる様子だ。

 

「サキヒサさん……俺に、いや俺たちに何か隠してることはありませんか?」

「はぁ? なんだ藪から棒に……」

 

 サキヒサは呆れた表情だ。

 

「いえ……あの」

「俺がなんか企んでるっていうのか?」

「別にそういう訳じゃ……」

「まぁよ……」

 

 サキヒサは洞窟の外に視線を向け、遠い目をしている。

 

「レッドの言いたいことも分かるぜ。これまでさしたる修行もしなかった奴が、全力のリーダーに勝てるわけない! って事だろう?」

「……」

 

 レッドは黙したままだ。

 

「だけどなぁ。あいつは一生懸命修行したんだよ。言葉でしか言えんがな……。僅かな時間を使ってな。俺が見始めた頃はろくにボール一つ投げられずにポケモンが出てこれないこともしばしばだった。だが、今ではそれなりに様になってるだろ?」

 

 確かに初心者並とは言っても型はできていた。因みにモンスターボールは誤作動防止の為にボールを投げる角度や速さ、力の加減などが厳重に決められているため、トレーナーは最初にそれの使い方を習うのだ。

 

「あいつは……。アスナにとても強いコンプレックスを持ってる。父親はダイモンよりもアスナをトレーナーとして可愛がり、ダイモンの方はトレーナーとしての才は皆無だと見切ってマツノキ家の後継者としてのみの方向に鍛えることにした」

 

 レッドは黙って聞いている。

 

「だがダイモンはどうしてもそれに納得できなかった。一応の形式として行われた数年前の時は今以上に忙しかったから修行に時間が取れずあんなことになっちまったが、今は本当に少しずつ……トレーナーとして、マツノキ家の本当の後継者になろうと歩んでいるんだ」

 

 レッドは時折頷いて相槌をとっている。

 

「なぁレッドよ」

「はい」

「俺はさ……。あいつの夢を叶えてやりたいんだ。確かに今はちょっとばかしアスナに比べて弱いかもしれないけどよ。流れ者の俺が何言ってんだとか思うかもしれねえけど、決して伝統に恥じないトレーナーになると思うんだわ」

「すみませんけど俺にはそうは……」

「たった一枚のディスクで何が分かるんだ!」

 

 サキヒサは気色ばんだ表情でレッドを叱りつける。

 

「どいつもこいつもたった一回戦うのを見ただけで決めつけやがってよぉ! そんなにダイモンがリーダーになるのが嫌なのか!? そんなにあの女がいいっていうのかよ!?」

「……」

 

 レッドは息を呑んでサキヒサの動静を見守る。

 

「すまんな……。急に怒鳴ったりして……。だがこれは本当に俺の胸の内だ。確かに俺が将来リーダーになるためっていうスケベ心がないとは言わねえけどさ。それまでの間あいつの成長を見守りたいっていうのもまた本心なんだ」

「気持ちは分かりますけど……」

「そっちが何を考えてるんだか知らないが……。頼むわ。これは俺とダイにとってここ一番の時なんだ。俺たちみたいなトレーナー界の日陰者にとってこんな機会ってそうそうねえんだよ。そっとしておいてくれないか……?」

 

 サキヒサは切実な表情でレッドに頼み込んでいる。

 レッドは少し間を空けた後

 

「失礼します」

 

 とだけ言って秘密基地を去っていった。心中は複雑である。

 

─同日 午後3時 旅館『松ノ木』 5階 支配人室─

 

 サキヒサは修行を早めに切り上げて支配人室へ向かった。

 

「なんだって! 先生……それは本当か……?」

 

 ダイモンはサキヒサの報告を聞いて顔を真っ青にした。

 

「まあ……。確たる証拠がないからなんとも言えんが……。レッドはともかく妻のエリカは相当頭が切れると聞く。何か掴んでいてもおかしくないぞ」

「ううむ。これは早く行動に出なければならないな……」

 

 ダイモンは落ち着かない様子で室内を歩き回る。

 

「よし、行くぞ!」

 

 サキヒサは思い切った様子で天井を見る。

 

「行くって……どこに?」

「決まってんだろ! お偉いさんのとこだよ!」

 

─同日 午後4時 フエン町役場 町長室─

 

「どうしたんだね君たち……。そんな慌てた様子で」

 

 町長は急にやって来た二人を見て目を瞬かせている。

 

「町長。早急に推薦状を出してください」

 

 サキヒサは鋭い目つきで町長に迫る。

 

「なんじゃと? 推薦状は明日の勝負次第といったはずだ」

「それがそうもいきません。アスナ側が我々の事に勘付いたやもしれません」

「何かやましいことでもしたのかね? 私は知らぬぞ」

 

 町長は疑惑の眼差しを向ける。

 

「ちょっとお耳を……」

 

 町長はサキヒサに耳を貸す。時間を経るごとに表情を変えていった。

 話し終わると耳から離れる。

 

「君たち……そんなことをしていたのか!!」

 

 町長は怒りの表情を露わにする。

 

「申し訳ありませんねぇ。私のようなよそ者がこれらの人にお近づきになるには相応のこれがいりまして……」

 

 サキヒサは指と指をこれ見よがしにすり合わせる。

 

「アスナやレッドはともかく、エリカは相当な策士です。明日の決闘でその事を町民の皆さんの前でぶちまけるやもしれませんよ?」

「し、しかしのう」

「貴方はこの町の”紐帯”と……ご自身の町長としての地位を守りたいのでしょう? この事がばれたら貴方は次の選挙で負けることに……」

「わ、私は知らん! 知らぬと申すに」

「貴方がそう言っても町の人はそう思ってはくれませんよ……。この町は近年外からの転入が増えてるようですね?」

 

 サキヒサは笑みを浮かべながら言う。フエンは温泉地としての需要が近年退職した中高年に魅入られ、移住する人が増えているという。

 町長は苦渋の表情を浮かべ、暫くした後に

 

「わ、分かった……。今から寄合の召集を」

 

 町長が備え付きの電話に手をのばす。

 

「賢明なご判断です……。あ、しかし」

「まだあるのかね!?」

 

 町長は苛立った様子だ。

 

「私が先程言ったことはくれぐれもご内密に……。壁に耳あり障子に目あり……人の口に戸は立てられぬと言うでしょう?」

「ぐっ……。分かった」

 

 その後、町長室を去った。

 

─同日 午後5時 旅館『松ノ木』 5階 支配人室─

 

「ふぅ……」

 

 サキヒサはどっかりとソファに座る。

 

「先生……。あの時町長になんと?」

「側近や有力者に金を渡したって事を事細かに言ったのさ」

「え!? まさか……そんな事」

 

 ダイモンは目を丸くする。

 

「バーカ。そんな金あったらそもそもここに来るかよ」

「え?」

「全部デタラメだ。デタラメ。あの爺さんに推薦状を出させるための方便だ」

 

 サキヒサはクックックッと含み笑いをしている。

 

「それにしても推薦状を出させるとは驚いたよ……。だけど有効な策かもしれないね」

 

 ダイモンも少し笑う。

 

「気づいたか?」

「僕も馬鹿じゃないからね。時間稼ぎだろう?」

 

 サキヒサは嬉しそうに頷く。

 

「うむ。とりあえず今日推薦状を出させれば、明日の早朝までにアスナはどんな事情があれとりあえずは理事会議から諮問がかかって決戦どころじゃあなくなる。とりあえず数日は時間が稼げるはずだ。その間に対策を考えるんだ」

「それにしてもよくあんな事堂々と言えたね……。あとそこまでリーグの制度知ってるなんて」

「舐めるな。俺の人生がかかってんだぞ。是が非でもこれを成功させるんだ」

 

 サキヒサは強い決意のこもった声で言う。

 

「にしても……こんなにすんなりいくならもっと早くやっておきゃよかったな」

「そうだね……。町長はもっと頑固な人だと思ってたし……」

「地位が脅かされるとなるってならまぁあんなもんかもしれんな……。ま。いいさ。これで向こうは慌てふためくだろうよ」

 

 サキヒサは不敵な笑みをうかべている。ダイモンは妹への罪悪感かやや暗い顔だ。

 

─同日 午前10時10分 112番道路 草地─

 

 少し時は戻ってレッドがサキヒサと話していた頃。

 ポケモンたちは修行の疲れを癒やすために休憩していた。

 ピカチュウたちも例外ではなく、ブラッキーやエーフィと共に居る。ブラッキーは例によって草に伏していた。

 

『ほんとピカちゃん強いのね~。うちのトップパーティの子たちと互角以上に戦うなんて惚れ惚れしちゃうわ』

 

 エーフィはピカチュウの頬を撫ででいた。

 

『へへへ。一応パーティの中じゃ一番レベル高いんだ!』

『まぁ! じゃあ一番可愛がられているのね』

『レッドと一緒になったのはフシギバナが一番早いんだけど……。よくボールから出してくれるからね! どうしてだかこうなっちゃった』

 

 ピカチュウは嬉しそうに話す。

 

『可愛くてしょうがないのね~。確かにかわいいもん!』

『ちっちゃいから出すの楽なだけだろ……』

 

 ブラッキーは小さく憎まれ口を叩く。

 

『ち、違うもん! レッドは僕が一番可愛いと思って』

『はいはい喧嘩しないの~。あ、そうそう。マスターの育てている木の実がちょうど成ってたからとってきたんだけど食べる?』

 

 エーフィは背後から様々な木の実を前に出す。

 

『食べる食べる!』

 

 と、ピカチュウはモモンの実をとった。味は上々なようでご満悦だ。エーフィも同じ実を食べる。

 

『う~ん。マスターの作る木の実はいつもおいしいわねぇ! 最高よ!』

『……』

『クロちゃんは?』

 

 ブラッキーは少し間を空けて

 

『別に……腹減ってないし』

『もう! そんな事言ってこのまえ熱中症で倒れちゃったんでしょ! 食べれる時に食べないとダメよ!』

 

 エーフィは珍しく声を荒げてブラッキーを叱る。

 

『あーもう心配しすぎなんだよお前はさぁ。多少タフなくらいじゃないと耐久型は務まらねえんだよ』

 

 ブラッキーはそう吐き捨てる。

 

『バカバカバカ! クロちゃんがこの前倒れてどれだけ心配したと思ってるのよ! お医者さんだって一時は』

『お前さぁ。分かんないの?』

 

 ブラッキーは立ち上がってエーフィを睨む。

 

『何がよ』

『明日は決戦だろ?』

『だから?』

 

 ピカチュウは険悪なムードを感じて

 

『あーもう喧嘩はダメってエーフィが言っといて何してるの! 落ち着いてよー!』

 

 と、仲裁に入る。

 

『ピカちゃんは黙ってて!』『お前は黙ってろ!』

 

 ピカチュウは気圧されて小さくなってしまった。騒ぎを聞きつけた周りのポケモンたちが囲みはじめた。

 

『明日はマスターの……サキヒサさんにとって運命の一日なんだよ! だからこそ俺は……』

『だからそれがどうしたっていうのよ! 尚更精をつけないとだめでしょ!?』

『違う! だからこそ俺は自らを律しなきゃならないんだ! ドサイドン先輩に次ぐ壁として……。俺は耐えなきゃならないんだよ。そうそうたらふく飯なんか食ってられっかよ』

 

 ブラッキーは悪態をついている。

 

『何言ってるの! 壁だからこそ、攻撃に耐える為により栄養をつけなきゃダメでしょう!』

『栄養ばかりじゃダメなんだよ! 耐久型だからこそ他よりもより空腹に耐えないとダメだ! 空腹に耐えられないで敵の攻撃をしのげると思うか!?』

『それで……それで死んじゃったらなんにもならないじゃないの! この前倒れた時も脱水状態が……』

『うるさい! 俺は……俺はサキヒサさんの為ならどんな事でもやってのける! あの事を……』

 

 ブラッキーが言いかけたその時背後から地響きの如き声があたりに響く。

 

『静かにせんか!』

 

 ピカチュウは後ろを向く。声の主は少しずつ近づき、やがて姿を見せる。

 どうやらドサイドンのようだ。通り道に居たポケモンたちは素早く道を開けた。

 

『何があった』

 

 ドサイドンは最古参らしく腹に響く声で言う。

 エーフィとブラッキー双方が言い分を述べた後

 

『この粗忽者め!』

 

 とブラッキーにアームハンマーをくらわせた。流石に耐久型らしく一発では瀕死にならなかった。

 

『いいか。お前は確かに強固な壁だ。だがな、壁も使えなくなっては何の意味も無いことくらい分からぬのか!』

『すみませんでした……』

 

 流石のブラッキーも最古参にして主将ともいえる大物の前では形無しのようだ。

 

『お前たちも、明日にむけて精をつけるのだぞ。この馬鹿みたいにやせ我慢をしたらそれが一番あいつを悲しませるということをゆめゆめ忘れるな』

 

 そう言ってドサイドンはドシドシと定位置の岩場に帰っていった。

 

『や……やっぱりすごい迫力だね』

 

 ピカチュウはあっけに取られていた。傷一つ与えられず鎧袖一触に倒されたトラウマもあるのだろう。

 

『なんたって一番の古株だもんね~。やっぱり凄い方だわ。さーてクロちゃん』

『分かった分かった。食べるよ。流石に大先輩に言われちゃあな』

 

 と言いながら残った10個ほどの木の実をがばっと抱え、全て食べた。

 

『あー……』

 

 ピカチュウは物欲しそうに見つめている。食べたい木の実が他にあったようだ。

 

『ほらやっぱりお腹空いてたんじゃないの! 全くもう……』

 

 エーフィは言葉とは裏腹にやはり嬉しそうだ。

 そして、ピカチュウが少ししょげた顔したのに気づく。

 

『あ……ごめんねピカちゃん……』

『い、いやいいよいいよ。仲直りできたならね』

 

 ピカチュウは嬉しそうな顔をしつつもやはりどこか物足りなさそうだ。

 

─同日 午後10時 旅館『松ノ木』 檜の間─

 

 レッドとエリカは15時から夕食を食べながら2日分の翻訳を終え、一息ついていた。

 そして終わってノートを読んでいるとエリカの顔が途端に明るくなる。

 

「これ……これですわ! やっと尻尾をつかみましたわ!」

 

 彼女は舞い上がっている。

 

「はぁ? どうしたんだよ急に」

「ふふん。証拠……とまでは言えませんけれど、有力な手がかりを見つけたのです! これで明日は万全ですわ」

「そ……そうか。まぁ何だか知らんが良かったな」

 

 レッドは朝から複雑な心境な為ついそう投げやり気味になってしまった。

 

「もう! 少しはどんな手がかりを掴んだのか? とかお聞きになってくれても良いのですよ?」

 

 彼女は余裕たっぷりな様子で言う。

 

「あーそうじゃあどんな手がかりをつかんだん」

「明日のお楽しみですわ」

「なんだよそれ!」

 

 そんなやり取りをしていると突如ドアが叩かれた。

 

「もう。人がせっかく良い気分になってるのに……」

 

 とエリカは渋々部屋の入口に向かった。

 すると、ジムトレーナーのトモミが血相を変えて飛び込んできた。

 

「た、大変です! たった今寄合で推薦状作成が決議され……。ここのリーグ支部に提出するとのことです!」

「な……なんですって!?」

 

 青天の霹靂とばかりにエリカは表情を真っ青にした。

 午後6時から始まった緊急の寄合は協議の結果賛成多数で推薦状作成が決定し、本日付で提出することになったのだ。

 このニュースは電撃のように街中に広まり、夜のフエンを震撼させた。

 

「アスナさんはどうされているのです?」

 

 エリカは続いて尋ねた。

 

「いつリーグからお達しがくるか分からないのでジムに待機しています。もうあたしいても立ってもいられなくて……」

「分かりましたわ……。ありがとうございます」

 

 そう言うとトモミはドアを閉め、立ち去っていった。

 

「どうしたんだ? なんか推薦状がどうのって……」

 

 エリカは座敷に戻り、レッドに事の次第を報告する。

 

「え!? そんな馬鹿な。だって町長は……」

「貴方……。もしかしてサキヒサさんにこの計画を密告したのでは」

 

 エリカは疑惑の視線を向ける。

 

「そ……そんな事するわけないだろ!」

「では、密告とまでいかなくても仄めかすような事は……」

「そんな事……」

 

 と言いながらレッドは自らの言動を省みる。

 

「ごめん。言ったかもしんない」

「あぁもう……なんて事をするのですか! 前に言いましたでしょう? 事の経緯がどうであろうと、リーダーが代わって間もない時期の推薦状提出そのものが理事会議の対象になりかねないと!」

 

 エリカは柳眉を逆立てる。

 

「ごめん……本当にごめんなさい!」

 

 レッドは土下座して謝った。

 

「はあ……まあしかし過ぎたことを責めても致し方ありませんわ。かくなる上は嘆願書を作成して早朝に支部へ行き、寛大な処分を願わなければ……」

 

 と言いながらエリカは机に向かって便箋とボールペンを出し、書状をしたためはじめた。

 

「ごめん……本当に」

 

 レッドは謝り続けたがエリカは早くも集中していた為、何も返事は返ってこなかった。

 

─同日 午後9時 サイユウリーグ フエン支部 総務課─

 

 この頃、フエン支部では推薦状提出を受け、総務課長及び支部長の決裁を経てリーグ本部へ送信する手続きをとっていた。

 ただの推薦状ならば翌日扱いとなるが、今回は理事会議の案件になるため一刻も早く証拠の推薦状と一緒に召集願いをサイユウの地方本部を通り越してカントー・セキエイ高原に存する全国本部へ提出せねばならないので退勤後にも関わらず両者は引っ張り出された。

 

「課長、印鑑を」

 

 総務課長は課員の差し出した召集願いの書面を見て面倒くさそうに印鑑を出す。

 

「これは本当なのかね? 明日の決闘次第で決めるという事に成ってたはずだが?」

 

 課長は疑り深く尋ねる。

 

「私もそう伺っておりましたが……。下記の通り推薦状の要件を満たすだけの署名捺印がありますので」

「むぅ……そうか。分かった」

 

 と朱肉をつけ、押印しようとした。

 

「その件。少し待ってくれないかな?」

 

 一人の男が突如としてストップをかけた。

 その男を見ると共に課内に居た委員は総立ちし、頭を下げる。

 

─8月22日 午前5時 旅館『松ノ木』玄関前─

 

 レッドとエリカは早起きをしてリーグ支部へ向かおうとした。

 すると玄関前で一人の男が待ち構えていた。

 

「やあ! おはよう。久しぶりだね」

 

 男は爽やかに二人を出迎える。

 

「え……ダイゴさん!? どうしてここに」

「言ったろう? いやーな予感がするって。君たちがこの街についたっていうのに一向にバッジを取ったとも聞かないから不思議に思って昨日来てみたら案の定ね……」

 

 ダイゴは懐から一枚の書状を取り出す。

 

「もしかしてそれは……」

 

 レッドが気づく。

 

「推薦状と理事会議の召集願の写しだ。セキエイリーグに行ったら僕にはどうすることも出来ないからその直前で差し止めた」

「間一髪ですわね」

「それにしてもダイゴさん。どうしてここまで……」

 

 レッドは疑問に思った。

 

「嫌だなぁ。僕だってポケモンリーグの理事だよ? 町の勝手な都合でリーダーをころころ変えられたらたまったものじゃないよ」

 

 ダイゴもエリカと志は同じだったようだ。

 

「君たちのことだ。もう既に相手側の尻尾はつかんでいるんだろう? 堂々と引導を叩きつけてあげなよ。観客として楽しみに見ているからね」

 

 そう言ってダイゴは立ち去る。

 

「ダイゴさん!」

 

 エリカは呼び止める。

 

「ありがとうございました!」

 

 エリカは最大限頭を下げる。レッドもつられて頭を下げる。ダイゴは振り返って笑いながら手を振った後、嬉しそうに立ち去った。

 決闘の時刻は朝10時。とりあえずもう一眠りするために一旦二人は旅館に戻った。

 

─午前8時 同所 5階 支配人室─

 

「な……保留!?」

 

 ダイモンは町長からの電話を受け取って思わず叫んだ。サキヒサも思わず立ち上がった。

 

「うむ。今しがたリーグ支部より連絡があった。従来通り、本日の決闘次第で推薦状を再度提出するように。とな。こうなればもう私らには何もできん。今日の決闘はこれまでの通り行う」

「分かりました……」

 

 そう言うとダイモンは受話器を置いた。

 

「どういうことだ保留って……」

「言ったとおり……。リーグ側が判断を保留した。つまり、アスナは理事会議の対象にすら今はなってないということだ……」

「くっ……。誰の差し金だ畜生……!」

 

 サキヒサは地団駄を踏む。

 

「どうしようか」

「こうなれば是非もなし……。決闘に出てアスナと少なくとも前回以上の成果を見せつければ済むこと」

「しかし先生言ったじゃないか! 向こうが何か掴んでるかもしれないと!」

 

 サキヒサは数分程黙した後

 

「向こうが何のネタを掴んでるか分からん以上……出来る限りこちらも正々堂々戦うしかない」

「そ……そんな……」

「そんな顔するな! 頭を使え! 頭を!」

 

 サキヒサとダイモンの会話は30分頃まで続いた。

 

─午前10時 中央広場─

 

 中央広場にはフエン中の人たちが一堂に会していた。

 周りには露店も多数出ており祭りにも似た盛況である。周囲の道路は交通規制が敷かれ、警官隊も多数出動するなど警備も厳重だ。

 広場の入口には高いフェンスが設けられ、その中に関係者の人々が入る。寄合の投票権を持つ有力者たちやジムトレーナー。そして、レッドとエリカ、アスナ。それに相対するダイモンとサキヒサ。

 フィールドの真ん中にはリーグより派遣された公式の審判がいる。

 

「ルールは6対6のシングルバトル。どちらかが全てのポケモンを失った時点で勝敗を決定する。持ち物は原則通り、使用ポケモンに関しては……」

 

 審判の説明を終えた後、アスナ及びダイモンはモンスターボールを用意する。

 

「行け、ヘルガー!」

 

 アスナは迷いなくポケモンを出したが、ダイモンは躊躇している。

 

「兄さん……?」

 

 アスナは様子を伺う。

 

「どうしましたか?」

 

 審判も続いて尋ねる。

 

「いや。なんでも。失礼。行け! シザリガー!」

 

──

 

 その後三ターンにわたってダイモンのポケモンは倒れ続ける。

 あまりにもワンサイドゲームなので周りからヤジが出始める。

 

「……」

 

 三匹目の倒れたバクーダをダイモンは黙って戻した。

 アスナは黙ってダイモンの様子を見ている。

 そして、先程より少し年季の入ったボールを震えながら持つ。

 

「どうかしましたか?」

 

 審判が尋ねる。

 

「いえ……。行け! ブラッキー!」

 

 これを見た瞬間アスナはうつむき加減に話し始める。

 

「兄さん……それ本当に兄さんのポケモン?」

 

 これを聞いたダイモンは表情を変えずに

 

「何を言ってるんだ。紛れもなく俺のポケモンだ」

 

 と返す。

 

「本当に?」

「嘘をつくはずないじゃないか」

 

 ダイモンが答えるとアスナは悲しそうに

 

「そう……。分かった」

 

 とだけ答える。

 

「なんだ? どういう事だ?」

「ダイモンさん。貴方、今嘘をつきましたね?」

 

 エリカが突如、主賓席から立ち上がり、コツコツとダイモンに詰め寄る。

 

「なんだ君! 無礼なこと言うな!」

 

 ダイモンは精一杯の反抗で声を荒げる。ブラッキーはそんなことはどこ吹く風とばかりに平静な表情だ。

 

「往生際が悪いですわね……」

「もし。あのこれはどういう……?」

 

 状況を読み込めない審判がエリカに尋ねる。

 

「ダイモンさんは、そこのサキヒサさんよりポケモンを借用し、自らのもののように偽装して今リーダーの位を簒奪せんとしているということですわ!」

 

 エリカはサキヒサを文字通り指弾する。

 これにはサキヒサも業腹な様子でエリカに立ち向かう。

 

「エリカさん……。そこまで言うからにはもちろん証拠があるのでしょうね!?」

 

 しかし公の場所だからか口調はまだ丁寧な様子だ。

 

「サキヒサさん。貴方はあくまでも関与を否定なさるのですね?」

「当然だろう! 俺はあくまでダイモンのトレーナーであって、直接俺のポケモンを貸したなど根も葉もない事を」

「貴方はそれをここで見ているフエン町民35000人余の前で誓えるのですか!?」

 

 彼女は一歩も引かずに堂々と言う。

 サキヒサは少し間を置いて

 

「誓う。俺は……次のフエンジム副リーダーだからな!」

 

 ダイモンも同様に頷く。

 彼女は勝利を確信した。この言質を取ることが彼女の目的だったからだ。

 

「承知致しました。では証拠をご覧に入れましょう」

 

 エリカはICレコーダーをアンプに繋げ、編集した録音を公開する。

 

「これがどうかしたのか?」

 

 サキヒサは未だ余裕を崩していない。

 しかし、録音を聞いた瞬間、周りの観客の手持ちたちなどがざわつきはじめる。

 

「これは貴方のブラッキーからとった証言です。翻訳するとこうなります『うるさい! 俺は……俺はサキヒサさんの為ならどんな事でもやってのける! あの事を……』」

 

 このことにはブラッキーも驚いてこちらを見た。

 

「お前……どこからそれを」

「些か憚られる事とは存じていますが……私達のポケモンに少しだけマイクの仕掛けをしたのです」

「ふざけるな! こんな……こんな事認められない! 無効だ! 無効!」

 

 サキヒサは狂ったように叫び続ける。

 

「ええ。確かに一般の道理には悖る方法かもしれません……。しかし、このような小癪な手段でリーダーの位を侵そうとしたあなた方には……存外相応しい方法だと思いますわよ」

 

 彼女はサキヒサの目をしっかりと見据えて言う。

 

「俺は……あいつに騙されていたのか……」

「いえ。ピカチュウを責めないでやってくださいまし。この事はピカチュウ自身にも知らせては居ないことです。さて、貴方には一つお尋ねしたいことがあります。あの事……とはどういうことですか? 何を言おうとしたのです?」

 

 エリカはブラッキーに尋ねる。

 

「ふん……。決まってるだろ。この戦いそのものと勝ってマスターをお祝いすることさ」

「マスターとは誰の事です」

「それはもちろんダイモンさ」

「いいえ! 貴方ははっきりとこうおっしゃいました。サキヒサさん……と! これは紛れも無く貴方がサキヒサさんのポケモンである事の証左です!」

 

 彼女はブラッキーを追及し続ける。

 

「ふん。翻訳なんて解釈の仕方がいくらでもあるだろう。そっちの聞き間違いなんじゃないか?」

「ならばここに居るポケモンたちに先程の録音でどう聞こえたか尋ねて周りましょうか?」

 

 そういうとブラッキーは沈黙した。

 

「今一度お尋ねします。あの事……の後何を言おうとしたのですか?」

「……」

 

 ブラッキーは数分ほど黙した後

 

「黙秘権だ。答える義務はない。以上」

 

 とあくまでも白を切り通すつもりだ。

 

「そうですか。貴方がそのつもりならばこれ以上は尋ねません。皆さん! 先程このお二方は宣誓しましたね? 不正など一切していない! 今出しているのはダイモンさんのポケモンであると! しかし、現実では誰が親かも明確ではないポケモンを用い、ポケモン自身も答えを濁す! このような方をリーダーとして、トレーナーとして認めるべきでしょうか!?」

 

 彼女は精一杯の声で観衆に問いかける。答えは二人へのブーイングの嵐であった。これこそが彼女の欲していたものである。大衆を味方につけ、二人をリーダーにすることを認めないという町論を形成させることだ。証拠の弱さを疑惑で埋めることが目的だったわけである。

 

「私からは以上です。差し出がましい事をし、申し訳ありませんでした」

 

 と言って、彼女は主賓席に戻る。流石になれない声量で喋りすぎたせいか水を飲み干した。

 

「兄さん……。残念だよ。こんな事をするなんて……」

「アスナ……。どうしても俺じゃダメなのか? どうしても……お前がリーダーをやりたいのか?」

 

 ダイモンは力無き声で彼女に問う。

 

「あたしは……。確かにしきたりを破ってるし。兄さんとか、そこに居るじっちゃんやばあちゃんからしたら面白くないかもしれない。それでも……それでもお父はあたしの力を認めてリーダーになるため鍛えて、漸く形になった時満足そうにあの世に逝った」

「……」

 

 ダイモンは黙って聞いている。

 

「兄さんは残されたあたしのたった一人の兄弟だし……。大事に思ってるよ。でも……。やっぱりあたしと兄さんはお父の遺してくれたものをお父の言うとおりにこれからも守っていかなきゃダメだと思う。この前の兄さんの言葉を借りるなら……それこそ”宿命”なんじゃないのかなって」

 

 ダイモンはうなだれている。

 

「でも。決してそれは悪いことじゃないと思う。お父はあたしと兄さんの事をちゃんと見た上でそれぞれにその宿命を課してくれたんだよ。兄さんがバトルに向いてないみたいに、あたしは経営の事なんて全く分からないしね。もしこれが反対になったら……きっと家にとってよくない……いや絶対よくない。これは乗り越えられないことじゃないんだよ。あたしたちだからこそ出来るお父から与えられた最後の課題なんだよ」

「そうか……」

 

 ダイモンは頷いている。

 

「だからさ……一緒に頑張ろうよ。お父自慢の兄妹なんだから」

 

 語り終わったアスナの顔は晴れ晴れとしていた。

 ダイモンは間を空けた後

 

「町長」

「なんだね」

 

 主賓席に居た町長が答える。

 

「推薦状……取り下げてください。やっぱりアスナがリーダーの方が良いみたいだ」

 

 町長は嬉しそうにうなずき

 

「よく、決意したのう。分かった」

 

 と言いながら町長は散り散りに突き返された推薦状と召集願いを破り捨てた。

 

「ダイ! お前、本気なのか!?」

 

 サキヒサがダイモンに肩を揺さぶらせながら詰め寄る。

 

「先生……。俺達は負けたんだよ。潔く認めよう」

 

 ダイモンがサキヒサに語りかける。

 

「ふ……ふざけるな! 俺がどれだけこの勝負に賭けてきたか、お前にはわからないのか!?」

「先生には悪いと思ってる……。思ってるけど、ダメなものはダメな」

 

 ダイモンが言いかけたところでサキヒサは

 

「もういい! 俺は俺なりのやり方で夢を叶えてやる!」

 

 と言ってブラッキーを戻した後、旅館の方角に飛び去った。

 

「貴方!」

「うん。行こう」

 

 レッドとエリカもそれに続いた。

 決闘はお開きになり、アスナ勝利ということで幕を閉じた。

 

─午後1時 旅館『松ノ木』 1階 廊下─

 

 レッドとエリカは支配人室へ向かうためエレベーターに向かったが廊下でサキヒサが待ち受けていた。

 

「やっぱり来たな。こっちだ」

 

 と言ってサキヒサは旅館の離れへ向かった。

 

─午後1時10分 同所 離れ 第二ジム─

 

 第二ジムと名付けられた場所はプレハブ造りでいかにも仮といった作りであった。

 しかし、最低限の設備は整っている。

 

「サキヒサさん。最早貴方に勝ち目はありませんよ。諦めたらいかがですか?」

 

 エリカが説得にかかるが

 

「黙れ! お前たちさえ居なければ……これは上手くいったんだ! もういい。お前らを倒し、アスナを倒し……俺が真のフエンリーダーになってやるんだ!」

 

 サキヒサは自暴自棄になっている。戦う気は満々のようだ。

 

「止むを得ないな……。戦うしかないって事だな」

「レッド。教えてくれ……やっぱり前のは手抜きだったんだな?」

 

 レッドは帽子を目深に被り直し

 

「はい。サキヒサさんに近づく為に……。わざと手を抜いてました」

 

 彼女も同様に頷く。最早隠す理由が無いため正直に話した。

 

「ふっ……。そうか。ならば今回は本当に伝説の夫婦と戦えるということだな。これで散るなら……トレーナーとしてこれ以上の名誉はねえ! 行け、サメハダー! ロズレイト!」

 

 レッドはリザードンを、エリカはダーテングを繰り出した。

 

「サメハダー! リザードンにハイドロポンプ!」

 

 サメハダーの猛き水流はリザードンに直撃。四分の三のダメージをくらった。

 

「ダーテング! 日本晴れです」

 

 ダーテングは天に葉っぱをあげて舞い、フィールドを晴れ状態にした。

 

「リザードン! ロズレイトに問大文字だ!」

「ではロズレイトさんに問題です。1880年から1884年にかけて世界で一番高かった建物は……」

 

 ロズレイトは立ち止まって考える。

 

「ふっ……そんなの愚問だね。あの大きい建物だろう。そんなの」

「ブッブー! 時間切れです! 正解はケルン大聖堂でしたあああああああ!」

 

 などと言いながら大文字を食らわせる。完全に虚を突かれたロズレイトは最大限の威力をその身を以て体感することとなった。

 当然、耐えきれずに倒れることとなった。

 サキヒサはロズレイトを戻す。

 

「ふっ。いいね! これこそ最強に相応しい実力だ! だがまだまだ行くぞ! 行け、フーディン!」

 

──

 

 その後、一進一退の攻防を続けたがブラッキーの最大限まで影分身した後のバトンタッチをサキヒサはやろうとしていた。ブラッキーは既に戻っている。

 交代を続けている為、これがサキヒサが選べる最後のポケモンだ。

 

「……」

 

 サキヒサは二つのモンスターボールを取り出す。

 レッドとエリカは注意深く動静を伺う。

 

「ふっ……。悪いな……アポロさんよ」

 

 と小さく呟く。二人には聞こえなかった。

 するとサキヒサはもう一個のボールを叩きつけ、もう一つのボールを選択した。

 

「行け! ドサイドン!」

 

 この最後に選択したドサイドンが登場してから状況は一変した。

 ドサイドンは三ターンかけてロックカットで素早さを最大限にし、当たらない上に素早く、火力は化物という有様になっていた。

 これにより次々にレッドとエリカのポケモンは倒され気がつけば残り二体になっていた。

 しかし二人の方も対策を講じなかった訳ではなく、なんとか善戦し、同じ状況に持ち込ませた。

 

「ほう。俺の奥の手をここまで凌ぐとは大したものだな」

 

 サキヒサは現在、ドサイドンとブラッキーを、エリカはキノガッサでレッドはピカチュウを出していた。

 

「こっちもそうそう負けるわけにはいかないんでね……」

「ええ。その通りですわ。ここで負けては名折れというもの……。キノガッサ! ブラッキーにスカイアッパー!」

「ブラッキー! しっぺ返し!」

 

 ブラッキーとキノガッサは同じタイミングで技を出し、両方倒れた。

 これでエリカは全滅。サキヒサも残り一体となった。

 ピカチュウもドサイドンも流石にこれまでの戦いで疲労困憊であった。

 

「お互いにもう疲れているみたいだな」

「そのようですね」

 

 サキヒサは少しばかり視線をそらした後

 

「よし。これを最後のターンにしよう。全力の技を出そう」

「分かった……。相棒同士。最後の戦いだ! ピカチュウ! アイアンテール!」

「ドサイドン! 地震だ」

 

 ドサイドンの地震で大地が揺れる中、ピカチュウはめげずに走り続ける。

 そして

 

「ピッカァー!」

 

 と跳躍するや否や渾身のアイアンテールをドサイドンの頭に見舞う。

 ドサイドンはバランスを崩して轟音をあげながら身を倒した。

 

「ドサイドン!」

 

 サキヒサは駆け寄った。

 

「ふっ……。済まなかったな。夢を……叶えてやれずに……」

 

 ドサイドンは絶え絶えの息でサキヒサに謝る。

 

「いや、いいんだ。ゆっくり休んでくれ」

 

 と、彼をボールに戻した。

 ピカチュウも同様に気息奄々の様子だったがなんとか立っていた。

 

「やった……やったぜ! ピカチュウ」

 

 レッドは喜びながらピカチュウを抱き上げた。ピカチュウも仇を倒して幸せそうな表情だ。

 

「くっ……。これで……終わりか。何もかも」

 

 サキヒサは絶望に打ちひしがれている。完全に希望を絶たれてしまったのだから無理もない。

 

「サキヒサさん……」

 

 エリカはサキヒサを哀れんだ表情で視線を投げかける。

 

「ふっ……。だが、トレーナーとしての最後に……伝説の夫婦と一戦交えられただけ俺は幸せ者かな」

「恐縮です……」

 

 レッド、エリカともに軽く頭を下げた。

 

「さて、支部に行くとするか。楽しかったよ、それじゃ、さようなら」

「待ってください」

 

 エリカが呼び止める。

 

「何だ?」

「一つだけわからなかったことがあるんです」

 

 サキヒサは頭を掻いた後

 

「まぁこの際だ。なんでも答えよう」

「どうして……語弊がありますけど貴方のようにコネもなにもないただのトレーナーが……このような事情を聞きつけたのならまだしも、リーダーの親戚なぞに近づくことができたのですか?」

 

 彼女にとってそれが最大の疑問であった。ダイモンは旅館のいわゆる旦那(支配人)であり、そうそう一般人が接触するなど不可能であるのが当然だからだ。

 

「それはだな……」

 

 サキヒサが説明しようとした瞬間、頭から倒れた。

 

「サキヒサさん!?」

 

 レッド、エリカ双方が彼に駆け寄る。

 

「うぐぐっ……」

 

 サキヒサは声にもならない嗚咽をあげている。脂汗でびっしょりだ。

 

「ど、どうした事だこれは!?」

 

 彼女は彼の頭を起こす。

 

「これは……吹き矢ですか?」

 

 首の後ろには金属の円錐状の物体が刺さっていた。頸動脈に深く刺さっている。床は血で溢れていた。

 

「くっ……。どうやら俺もこれまでのようだな」

「サキヒサさん! 気を強くもってください。今救急車を」

 

 エリカがポケギアを取り出す。

 

「いや。俺はもうもたん。それよりも。俺の遺言だと思って……これから言うことを聞いてくれないか?」

 

 サキヒサは苦しみに喘ぎながら言う。

 

「貴方。止血と録音しながら聞いてください。私は救急車を呼びます!」

「わ……分かった!」

 

 レッドはリュックに入っていた大きめのガーゼを取り出し、吹き矢を引き抜いて当てようとした。

 

「いいかレッド……。俺の……秘密基地の……冷蔵庫の隣……。そこの金庫に俺の稼いだ……全財産が入ってるんだ……」

 

 レッドはガーゼをテーピングし、患部をしっかり押さえ続けた。エリカの救急車を呼ぶ声もまた聞こえる。

 

「お前……たちなら……信頼……できるから……。その金を……。トウカシティの……スカイメゾンに住んでる……俺の母ちゃんに……渡してくれ……。詳しいことは金のある……箱の……紙に入ってる……」

「わ、分かりました……」

「俺のジャケットのポケットにある……財布に……金庫の鍵と……暗証番号の紙がある……。ふっ……。本当は……もっと……もっと……稼いでから……渡したかったんだ……が……な……仕方……あるめえ……よ」

 

 段々とサキヒサの顔から生気が抜けていく。レッドは替えのガーゼをあてたが、それでもとめどなく血が溢れる。

 

「レッド……俺の分も……が……んば……ってくれ……よ」

 

 そう言うとサキヒサは何も言わなくなった。

 

「サキヒサさん……? サキヒサさん!」

 

 レッドは体を揺さぶるが反応はない。心臓は弱く動いてるが時間の問題なのは明白だった。

 

──

 

 やがて救急車が到着し、サキヒサは病院に搬送されたが間もなく死亡が確認された。

 二人は当然警察の捜査を受けたが、流石に状況から二人が犯人でないのは明確なので簡単な聴取で終わり、その日のうちに帰された。

 警察に録音を聞かせ金を渡す使命があることを話し、承諾を受けた。

 

─午後9時 112番道路 草地 秘密基地─

 

 二人は解放されるとすぐさま秘密基地へ向かった。

 

「へぇ……ここがサキヒサさんの秘密基地……ですか」

 

 最早主のいなくなった秘密基地はいつも以上にひっそりしているように見える。レアコイルは主人の死を知らずに電気を供給し続けていた。

 レッドは天井の灯りをつける。

 

「たしかこっちだって言ってたんだけど……」

「あれではないですか?」

 

 エリカが冷蔵庫の後ろにある白い金属の箱を指差す。レッドはそこに歩いた。

 

「うん。これみたいだな……どれどれ」

 

 レッドは託された紙と鍵を使って金庫を開けようと試みる。因みに紙は暗号形式になっていたがエリカがすぐに解いてしまった。

 

「……。なんか悪いことしてるみたいだな」

「傍から見ればただの金庫破りですからね……。あら、開いたみたいですよ」

 

 レッドはドアを開ける。中には一つのアタッシュケースと一枚の手紙が入っている。

 手紙の内容はもう自分は死んでいるだろうという書き出しと、礼を言う文言。そして母親の住所が書いてあった。

 

「それにしてもいくら入ってんだろう……」

 

 レッドは好奇心に負けて、紙を頼りに解錠。ケースを検める。

 中には想像に反して札束が数個とバラのお札をゴムでまとめているだけだった。

 

「これは……」

「およそ……300万円といったところでしょうか」

「てっきりケース一杯に入ってると思ったんだがなぁ」

 

 レッドはやや拍子抜けしている様子だ。

 

「まぁ……。ずっと流れ者の不安定な収入状態ではエサ代なども差し引いてこれが限界だったということでしょう」

 

 と言いながらエリカはバックから銀行の封筒を取り出す。いつの間にか銀行に行っていたようだ。

 すると彼女はいくつか札束を追加で置く。ついでにバラバラになっていたお札もまとめる。すると520万ほどになっていた。

 

「このくらいならば不自然には思われないでしょう」

「え……どうして?」

「いいですか。これは私たちリーグの責任でもあるのです。リーグがベテラントレーナーへの保障や施策を十分にしてこなかったが為に起こった悲劇ともいえるのですわ。これは一員としてせめてもの償いのつもりです」

「償いでポンと200万円……」

「何か?」

 

 彼女は当然とでも言いそうな雰囲気である。レッドは忘れかけていたが彼女はリーグでも有数の大金持ちであったことを改めて自覚するのであった。

 レッドは笑って流した後

 

「それにしてもさぁ……」

「はい?」

「サキヒサさんのポケモン……これからどうなんのかなぁ」

 

 レッドはそのことが本当に心配なようだ。

 

「あぁ……そうですわね」

 

 エリカも同様に表情を暗くする。

 

「あんなに仲良さそうにしてるのに……。皆バラバラになっちまうのかなぁ」

 

 レッドはため息をつく。

 

「まぁしかし……ポケモンは主人を選べませんから……。これもまた運命かもしれません」

「そうだ。エリカ。お前養って」

「貴方。ポケモンの世話というのは簡単なものではないのですよ? そんなことをいうのなら貴方が」

「う、うーん。いくら仲良くなったと言ってもなぁ」

 

 いくら仲良くなったとは言っても、育て主が違うポケモンが一緒になるのである。そこで色々な問題が起こるということは想像に難くない。

 その後、アタッシュケースを閉めて、旅館に持ち帰った。しかしお金だけは念のためエリカが肌身離さず持っている。

 

─8月23日 午前9時 フエンタウン ポケモンジム─

 

 決戦から一夜。

 改めてジムリーダーとして認められたアスナは翌日よりジムを完全に再開した。

 いつも通りジムトレーナーを倒して、アスナのもとに着いた。

 

「やーおはよう! 本当にありがとうね! あたしがここに居られるのは二人のおかげだよ!」

 

 アスナはすっかり元気を取り戻したようだ。

 

「お元気になられたようで何よりです。フエンも人が戻ったようでなによりですわ」

 

 フエンタウン自体も騒動の収束を知り、少しずつ賑わいを取り戻していた。

 

「うん! 兄さんとも仲直り出来たし、ほんと感謝してもしきれないくらいだよ! 雨降って地固まる……ってやつかな」

 

 エリカは嬉しそうに頷いている。

 

「さてと。それはそれとして……。改めて自己紹介するね。あたしはフエンタウンジムリーダーのアスナ! 炎タイプの使い手で、お父から受け継いだこの熱き魂。二人に見せつけるから覚悟してね! 行け、ヘルガー! バクーダ!」

 

 彼女は改めて自信たっぷりに言えて幸せな様子だった。

 レッドはカメックスを、エリカはルンパッパを繰り出す。

 

「ヘルガー! ルンパッパを挑発!」

 

 ヘルガーは様々な言葉を言ってルンパッパを怒らせた。ルンパッパは挑発に乗ってしまった。

 

「ふっ……。一筋縄ではいきませんわね」

 

 ルンパッパに雨乞いをさせるつもりだったのか少し悔しそうだ。

 

「カメックス! バクーダにハイドロポンプだ!」

 

 カメックスはバクーダにハイドロポンプを食らわせる。4倍の上に一致の大技では耐えきれるはずがなく、バクーダは倒れた。

 

「ルンパッパ! ヘルガーに波乗りです!」

 

 エリカは安定を重視し、波乗りを指示。ヘルガーは押し流されたが、三分の二程度を失って耐える。

 

「なかなかやるね! 流石! でもこっちも負けてられないんだから! 行って、ブーバーン!」

 

 ブーバーンは大きく息を吐きながら堂々と登場した。

 

「ヘルガー! ルンパッパに悪の波動!」

 

 ヘルガーは禍々しい波動を放つ。一致技とはいえ等倍なので三分の一程度失う。

 

「カメックス! ヘルガーにハイドロポンプ!」

 

 レッドは相性の良さを活かしてひたすら火力で押していく方針である。しかし、すんでのところで外れた。

 

「ルンパッパ! もう一度!」

 

 ルンパッパはもう一度波乗りをくらわせる。ヘルガーは耐えきれずに倒れるがブーバーンはイトケの実を食べて威力を半減。四分の一程度におさめた。

 

「ブーバーン! カメックスにかみなりパンチ!」

 

 ブーバーンは渾身の電撃をまとった拳をカメックスに食らわせる。カメックスは大きく後ずさったが、所詮は不一致なので五分の二程度の減少にとどめた。

 

──

 

 レッドはカメックスを残したまま完勝。エリカは善戦したが相性の悪さは如何ともし難く全滅した。

 

「うん。やっぱり強かったねぇ! お父が戦うの楽しみにしていただけあるよ。はい、ヒートバッジ! お待ちどう様」

 

 レッドとエリカは漸く4つ目のバッジを手にした。

 二人はありがとうございますと礼をした。

 

「本当に……長かったな」

「ええ。日数にすればほんの五日くらいですけど一月くらい居たような感覚ですわね……」

 

 彼女は感慨に浸っている。

 

「あぁそういえばアスナさんって挑戦者には厳しく接するとか……」

 

 レッドは思い出したかのように言う。

 

「あーあれね。あれずっとやってると結構疲れんのよ……。肩に力入っちゃうしね。兄さんと頑張るって決めたばかりだし、自分に合ったスタイルでいこうと思ってこれからは自然体で行こうって決めたの」

「結構な事ですわね。それで、お兄様はあれからどうされたのです?」

 

 エリカはアスナに尋ねる。

 

「即日でもうリーグから処分下ったみたいで……。これからはトレーナーとしては戦えなくなったって」

「そうですか……。やむを得ませんわね」

「でも。これまで捕まえたポケモンは手放さないみたいで、自分の部屋で飼ってるよ。結構可愛がってるね。まぁ元々ポケモンは好きな方だから……」

 

 レッドは結果オーライに終わった事に安堵している。

 

「それにしても宿はこれから大丈夫なんですか?」

 

 エリカが尋ねる。

 

「いやそれがさぁ。意外と大盛況なのよねぇ。兄さんが潔く身を引いたのと、あの公開決闘が逆に宣伝になったみたいで今日のぶんの予約は満室みたいだよ。離れで死人が出たっていうのも怖いもの見たさでむしろ……って感じに」

「あら左様ですか……。まぁ丸くおさまって宜しい限りですわ」

 

 エリカはにこやかな表情で言う。本当に安心しているようだ。

 その後も何分か話してジムを後にした。ついでにお礼としてフエンせんべいを十箱分貰う。

 

─午後11時 フエンタウン ジム前─

 

 ジムを出ると一人の男が待っていた。ダイゴである。

 彼は二人をみつけるといつもどおり爽やかな笑顔を向けた。

 

「やあ! 君たち昨日は本当に良かったよ。よくぞ正してくれた。同じポケモンリーグの人間として誇らしい限りだよ!」

 

 ダイゴは開口一番に褒め続ける。二人はこそばゆい思いがした。

 

「いえいえ。ダイゴさんがあそこで差し止めてくれなければどうなってたことか」

 

 もしあそこで推薦状が提出されていれば少なくともこの問題は長期化かつ泥沼化したことは目に見えているのだ。

 

「ハハ。理事として当然の仕事をしただけさ。あぁそうだ。サキヒサくんのポケモンの事だけど……」

 

 二人はにわかに真剣な表情になる。

 

「あれ。サキヒサくんのお母さんが自ら申し出て、全部引き取ることになったから」

「ええ!? 大丈夫なんですか? たしかトレーナーの経験がないし……あと何よりも先立つものが」

 

 レッドが心配しているがダイゴはにやりと笑い

 

「大丈夫。元はと言えば僕が一番強くてすごかったのが一因といえなくもない。だから、せめてもの償いでね。家も新しく用意して、飼育に必要な資金や指導員も十分に支援するつもりだよ」

 

 レッドはここで元々サキヒサがトレーナーを志した原因を思い出す。

 

「そ……そうですか。え、でも大丈夫なんですか?」

「おや。舐めてもらっちゃ困るねぇ。エリカさんよりも僕はお金持ってるんだよ?」

「え!?」

 

 仰天してエリカを見る。

 

「は、はい。その通りですわ。ダイゴさんは……確か私の総資産の十倍程度を将来引き継ぐ予定と伺っております。現在でも生前贈与で相当数貰ってるでしょうし」

「そういう事。だから心配いらないよ。まぁもちろんお金だけの問題じゃないとはいえね……」

 

 ダイゴは横を向いている。それなりに責任は感じているようだ。

 

「あと君たちこの事は聞いてるかい?」

 

 ダイゴは思い出したかのように言う。

 

「何でしょうか?」

「サキヒサ君を運び出した後、あのプレハブを捜索したんだけど……一個のモンスターボールが彼がいたであろう場所に転がってたんだ」

「ああ……」

 

 二人は思い出す。恐らくはサキヒサがあの時投げ捨てたボールだろう。

 

「安全のために外でそのポケモンを捜査員の人が出したんだけど……なんと信じられないことにデオキシスが出てきたんだ!」

「デ……デオキシスってあの幻のポケモンの……?」

 

 レッドも噂でしか聞いたことのない非常に珍しいポケモンである。

 

「そう。それで彼はチラッとこちらを見たと思うと天空に消えていったんだ……。なんとも不思議な話じゃないかい?」

「ほう……。中々面妖な話ですわね。サキヒサさんがそのポケモンを手に入れてたと言うことですわね?」

 

 エリカが尋ねる。

 

「でも、デオキシスは伝承によれば宇宙にいるポケモンだ。そうそう彼のような普通のトレーナーの手が出る領域じゃないとおもうんだけどな……」

「不思議な話しですねぇ」

 

 レッドはそう感想を言った。

 

「ま、そんな話があったことを伝えたかったのさ」

 

 その後も二言三言話してダイゴとは別れた。

 

「それにしても良かったなぁ。万事丸く収まって」

 

 レッドは肩の荷が降りてホッとしているようだ。

 

「そう……ですわね」

「どうした?」

「い。いえ! 参りましょうか」

 

 レッドとエリカはとりあえずポケモンセンターへ向かった。

 

─8月25日 某時某分 某所─

 

「そうですか……全て失敗に終わりましたか」

 

 アポロはランスの報告を聞いて落胆した様子で席についた。

 

「あの例のポケモンについては謎ということでケリがついたようです。我々の関与が疑われなかった事が不幸中の幸いですね……」

 

 ランスはそう述べた。

 

「私がどんな思いをしてあのポケモンをあの男から手にしたか……。投げ捨てたと言うことは使うことすらしなかったと言うことですね?」

 

 アポロがランスに尋ねる。

 

「はい。そういうことです」

「全く何を考えてんだあの男はよぉ!? サカキ様がやれといってるのになんでやらねえんだおかしいだろ!」

 

 ラムダがそう毒づく。

 

「ふん……。まあ良いでしょう。私の指示に従えない時点であの計画が成功したとしても後々の障害になったのは事実でしょうから……。寧ろ良かったかもしれませんね」

「そうね……。サキヒサのあの様子じゃダイモンを裏切るよう言っても反抗しかねないだろうし」

 

 アテナが爪を研ぎながら答える。

 

「しかしアポロ様……。バッジ12枚で我々になびく貴重な人材を殺してしまって本当によかったのですか?」

 

 ランスがアポロに尋ねる。

 

「如何に強かろうと命令に服従しないのではタダのゴミと同じです。まぁ貴重とはいえ似たような人材はまだまだ居るでしょう。ベテラントレーナーは未だリーグが持て余している棄民ですからね……」

 

 アポロは含み笑いをする。

 

「はーぁ。サキヒサがダイモンを裏切り、フエンのリーダーにしてこちらのリーグ内通者にするっての……。いいアイデアだと思ったんだが失敗じゃなぁ」

 

 ラムダがそう呟くと

 

「お黙りなさいラムダ。これは失敗ではありません。中止ですよ。言葉には気をつけなさい」

 

 やはりラムダは注意されて小さくなってしまった。

 

「こうなればまた別の手を考えるほかありませんね」

 

 アポロはホワイトボードを見ながら呟いた。それを失敗というんじゃと幹部たちが思ったのは想像に難くない。

 

─8月23日 午後6時 トウカシティ ポケモンセンター─

 

 二人は空を飛ぶでトウカシティに行く。そして、サキヒサの母親にお悔やみと託された資金を渡した後、転居予定の家を見てポケモンセンターに行った。サキヒサの遺体は明らかに殺人であるため司法解剖に回されている。

 

「立派な家だったよなぁ……」

「ええ。流石はデボンの力と言うべきか……」

 

 転居予定の家は外観から見た様子だと平屋ではあるが、3000平米もの広い敷地に、500㎡の家。ポケモンのためのプールやランニングコースなどいたれりつくせりのまさに豪邸と言うべき場所だった。元はダイゴの父、即ち今の会長の別荘だったが数年前から使われなくなったのを改装しているようだ。現在は工事中。

 

「お母さんも本当に嬉しそうだったよね」

「ええ。まさに棚からぼたもちと言っては不謹慎やもしれませんけど……。そのような感じですからね。それもあるのでしょうが、今まで一人ぼっちだったのがポケモンとはいえ新しい家族のような存在がたくさんこれから一緒に過ごせるのでしょうし……。お母様としてはこの上ない幸せでしょう」

「サキヒサさんも一緒だったらもっと嬉しかったんだろうけどな……」

 

 レッドはふと呟いた。

 

「まぁ……それはそうでしょうけどね」

 

 彼女は自分で淹れた紅茶を飲んでいる。

 

「さてと、次はトウカジムか」

「ええ。センリさんですわね。勝負もですが……一体何を悩まれているのでしょうか」

「あー! そうだったな」

 

 レッドは今の今まで忘れていたようだ。

 

「貴方……」

「いやぁ。ハハハ。そっか。そうだよなぁ……。あんな深刻そうな顔してなぁ」

「ええ。何かお手伝い出来ることがあればいいのですけどね」

 

 二人は新たなる課題に直面しようとしていた。

 

─第十八話 フエン騒動(下) 終─

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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