伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚 作:OTZ
第十三話 麒麟児の憂鬱
─2008年 12月17日 午前11時 セキエイ高原 ポケモンリーグ 第一会議室─
「ワタル君。貴方の政策ではますますリーグは衰退していく一方ですよ! 金は天下の回り物と申しますように、お金は使わなければ死んでいくのです!」
「し、しかしこのままの財政状況では近いうちにリーグは破綻します! ここは財布の紐をきっちりと締めて……」
理事長選挙。それは五年に一度のリーグにとって最大のイベントであり、儀式でもある。
二人はジムリーダーや四天王、マスコミなどが見守る中討論をかわしている。当時の理事長は一介のポケモントレーナーから短期間で理事長に上り詰めたダイゴ。それに対抗するのは中卒というさえない学歴でありながらもドラゴン使いとしての力だけで理事長候補として大いに期待されてる若き新星、ワタルであった。
「その証拠はどこにあるのです。実際に私が理事長に就いて以来、ジムのある街の経済効果は著しく、リーダーへ対する信頼感調査も過去最高なのですよ?」
ダイゴはフリップを見せながら言う。
「話をそらさないでください! どんなに外の成果があがろうとこのような持ち出しのままではいずれ財源が枯渇……」
このような議論を続けているうちに議場のドアが開かれた。
「待ってください! ワタルさんが仰せになっている事は事実です!」
ドアを開けたのはシンオウリーグのチャンピオン、シロナであった。
「何を言っているんだ君! 急に議場に入ってきておいてなんて事を」
ダイゴの発言が終わるまでもなく、シロナは二人の場所まで割って入り追及をはじめた。
「貴方が理事長に就いてからの五年間。リーグの財務諸表を全てチェックさせて頂きました」
シロナはワタルとダイゴに分厚い書類を手渡した。
「シロナさん。もしかしてこれが……」
「そう。この理事長の金遣いの荒さを示す重大な証拠です! ここ数十年のリーグの財務諸表と比してもこの純資産の減りようは明らかに常軌を逸しており、もう五年このままの状態が続けば破綻することは火を見るより明らかです。貴方のお父上の会社、デボンの資金で注入している部分もあるとはいえ、ほとんど貴方、リーグのお金でバラ撒いてるじゃないですか!」
シロナの追及にダイゴはそれまでの余裕に陰りが出始める。
「そんなことはない! これまでの投資の結果が出てくるのはこれからの話だ! もう五年続投すれば二倍三倍になって返って……」
「理事長。ポケモンリーグは投資ファンドでも証券会社でもないんです。貴方の勝手な使い込みでもしリーグの資産が全てなくなったらどうなると思っているのですか!? こんな無計画でかつ無責任なお金の使い方をする人間に新たな五年を任せてもいいのでしょうか?」
「話にならない! 議長。これは明らかな進行妨害です! 退場命令を!」
「議長、これは以前より何度もご忠告申し上げた事なのにも関わらず、是正の兆候が見られなかったためにリーグの為を思ってやむを得ず行ったことです。規則に反していることは重々に承知しておりますが、どうかお聞き届けの程を」
シロナは片膝ついて議長に屈した。
議長はシロナの提言を認め、すぐに下がることを条件に不問に処す。
シロナは去り際に肩を叩く。
「後宜しく。貴方ならあの理事長に勝てるはずよ」
「はい。ありがとうございます」
ワタルはシロナにお辞儀をした後、ダイゴに向き直って一転して反撃する。
「先程彼女が言ったとおり、このままの放漫経営ではリーグはいずれ潰れてしまいます! このような体制を改め、使途を精査した上で健全なリーグ経営をしていかねばならない! 私はこう考える次第です」
「ポケモンリーグはこれからも発展していかなければならないのだよワタル君! 堅実、健全大いに結構! しかしそのような守りばかりでは到底これからの新たな時代を生き抜いてはいけない! リーグは時代から取り残されてしまう」
ダイゴの意見を遮りワタルは寸鉄の一言を放つ。
「貴方がやっている事はリーグを発展させてなぞいない。リーグを財布にしているだけだ!」
そしてワタルは独自に調べ上げたリーグ関係各所の意見を取り上げた。
そこには更なる資金増援を求める意見がぎっしりと詰まっておりワタルが言ったとおりの事が現実に起こった事を指し示した。
これでダイゴは致命傷を受けた。財政窮乏に加えて放漫経営の露呈。その後のポケモンバトルにも惜敗してダイゴは選挙に敗北。理事長の座を追われることになった。
――─―
─2013年 5月17日 午後2時30分 シェルフ―号 廊下─
波瀾万丈であったジョウトの旅を終え、二人は新天地、ホウエン地方を目指していた。
この船でアサギシティから700kmほど離れたカイナシティまで向かう。
エリカは何故か不機嫌であったため居づらくなった彼は甲板に出ようと廊下を歩いていた。
すると偶然二人の男が話をしていた。一人は新聞を持っている。
「全くジョウトでは参ったよ。あの戦争だか紛争のせいでエンジュ観光どころかエンジュにすら行けなかったし、他の街では支援者や避難民の寝床確保だかでろくに宿も取れやしねえし。せっかく長めの有休取れてジョウトまで足を運んだのにこれじゃ疲れに行ったようなもんだ」
エンジュでの騒乱はリーグやレッドの奮戦でどうにか収まったがその残火は未だ燻っている。
数十万人規模もの難民たちを発生させたこの騒乱は主に住居の問題で近隣の街は頭を抱えていた。とりあえずの一時しのぎで体育館や市民ホール、宿泊施設などを避難所として用い、仮設住宅に順次入っていく事になってはいるが、その移行の段階で旅行客や出張族のサラリーマンなどを中心に不満がたまっていた。
騒乱が鎮圧されてからはエンジュへ戻り再建事業の手伝いや普段の生活に戻る人も出てきてはいたが当地はより深刻な住居不足に変わりはないため半年程はこのような状況は解消されないと見られている。
「本当だよなぁ。しかもさっきニュースで見たらあれもっと被害は少なく済んだかもしれないんだって? たくもっとしっかり働いてくれよなー。これじゃあ何のためのリーグか分かりゃあしねえよ」
そんなことをいいながら男は新聞を丸めてゴミ箱に投げ入れ、レッドの横を通り過ぎる。
新聞の一面には『爪痕未だ深し 帰れない古都の住人たち』と題された特集記事がある。彼は憂鬱な気持ちになりながら甲板に出る。
─甲板─
船首の先には青い海が広がっている。アサギからは離れ、播磨灘をかきわけながら航行している。
天候は穏やかであり丁度よい温度の潮風が肌を撫でている。目の前には日光浴用に並べられたデッキチェアが何脚かあった。
レッドは海を眺めるために船首へと歩く。
「おや君……もしかしてレッド君か?」
すると途中でデッキチェアで寛いでいた男が半身を起こし、サングラスをずり下げてレッドに話しかける。
男は銀色の髪に目鼻立ちの整った気品のある顔立ちをしており、赤いアスコットタイに波状の模様をしたスーツを召した格好をしている。
「へ……すみませんがどちら様ですか?」
レッドは面識がないため申し訳なさそうに尋ねる。
ダイゴはサングラスを胸ポケットに差すとデッキチェアからおもむろに立ち上がり、レッドの前まで移動する。
「おや、君ほどのトレーナーが僕のことを知らないとはね……。僕はダイゴ。ワタル君の前の理事長だ。宜しく」
「前の理事長って事は……もしかしてリーグチャンピオンですか!?」
レッドは思わず驚きながら言う。言われてみればまだ小さい頃にテレビで見たような気もすると彼は思った。
「シーッ。余り大きな声で言わないでくれよ。まぁ、少し前まではそうだったけどね……。リーグに篭もるよりも趣味で石を集めてる方が性に合ってると思って別の人にチャンピオンの座は明け渡したんだ。今はただのホウエンリーグの理事だよ」
ダイゴは先程より小さい声で話す。
「あぁ……そうなんですか」
「レッド君は……。そうか、これからホウエンかい?」
「はい」
「エリカさんはどうしたんだい」
「あーあいつなんかこの船に乗ったときから不機嫌で……。まぁ時間が経てばなんとかなるでしょう」
そうこうしているうちに彼女の気配がした為、レッドは後ろを振り返る。
「あら。ダイゴさんですか。お久しぶりです」
案の定背後には彼女がいた。エリカはレッドを一瞥した後にダイゴへ声をかけた。
「やあ。直接会うのは数年ぶりかな。君のところの花にはよく世話になってるよ」
「花?」
「エリカさん……というか今から五代前のおじいさんが作った会社のお花さ。支社本社の受付に限らず応接間やトイレなどいろいろな所に置かせてもらっているんだ。とても綺麗で心を和ませるのに役立ってるよ」
「へぇ……って事はえっ!? エリカって社長なの?」
レッドは思わず驚きながら尋ねる。
「いいえ。私は株式を持っているだけですわ。お祖母様の代から実体の経営権は社員の方にお任せしています。年に一回の株主総会すらも代理の弁護士の方に出ていただいてますし、ほとんど私は関与していません」
「そんな適当な……」
「まぁそれだけ安定的な経営が出来てるって事だよ。明治の創設以来業績は堅調で不況でもビクともしない。全く常に景気や物価なんかに戦々恐々としなきゃならないうちからすれば羨ましい話だよハハハ」
ダイゴは快活な様子で笑う。
「いえいえ……。それよりもダイゴさん。どうしてここに?」
ダイゴは少し間を置いて答える。
「先月の戦争の報告を聞くためにリーグに行ってきたんだ」
「あぁ……そうでしたか」
レッド、エリカ共に少し表情が暗くなる。
「まぁ聞けば聞くほど本当に大変な騒ぎだったって分かるよ……。正直君たちの働きのおかげで出動せずに済んでホッとしたさ」
「あそこまで命の危険を感じることはもう二度とないと思います……。リーグ側に死人がでなかったていうのが本当不思議なくらいで」
レッドはそう当時を述懐する。ダイゴは何も言わずにゆっくりとかぶりを縦に振った。
「他の理事の方々はどのような様子でしたか?」
エリカが話のついでとばかりに尋ねる。
「そうだね……。シロナさんがかなり怒ってたねぇ。『理事長、貴方がいながらこの有様は一体なんなんですか!』ってすっごい剣幕だった」
「そんな……。ワタルさんもかなり頑張っていたのに」
ダイゴは息をついた後続ける。
「いくら他の街に被害が及ばなかったとはいえ、その代償があまりにも大きすぎるのさ……。街の大半があんなことになって今でもその影響は決して小さいとは言えない。まぁ尤もワタル君以外が理事長だったとしてエンジュの街を救えたかどうかは分からないけどね。二人はどう思う?」
「お、俺は……。やっぱりあれが一番マシな選択肢だったんじゃないかと思います……。あれだけの組織を相手にするからにはどうしても被害が大きくなってしまうんじゃないかって……」
レッドはそう私見を述べた。
「そう……。まぁ一理あるね。エリカさんは?」
「私は理事長の行ったことは歴史に残る汚点であったと思っています。が、同時に誰が理事長であったとしてもああなることは予め決まっていたのではないかと思うのです」
「へぇ……というと?」
ダイゴは身を少し前に出して尋ねる。
「そもそもこの反乱からして理由が釈然としません。確かにロケット団からすれば我々ポケモンリーグは面白くない存在でしょうけれど、直接壊滅させたのはリーグではなくレッドさんやゴールドさんであってリーグを無きものにしようと思われるほどの恨みがあるとも思えません。そしてその為にエンジュの街ごと占領するというのはいささか度が過ぎているように思えてなりません。思うに、これらの事情を勘案するとこれらは全てあるシナリオに則って行われたものに過ぎないのではないかと……」
「ふむ」
「ですから理事長の行動も、マツバさんの殺害も予め決まっていたことであり誰が理事長であろうと結果は変わらなかったように思えるのですわ」
エリカは終始平坦な口調で述べ、そう締めくくった。
「で、そのシナリオというのは……?」
「さぁ……私には分かりかねますわ。ただ、そうとでも考えなければ理にかなわないのですわ」
「そ、そうかい。冷静に見てみると確かにそうだね。何かしらの作為を感じないでもないよ。もしそれが本当ならば彼らの狙いは何なのか慎重に探らないといけないね……」
ダイゴは近くにあった丸机を指で小さく鳴らしながら言った。
「ええ。その通りですわね……。ところで、今年は理事長選挙の年ですけれど、ダイゴさんは再び立候補されるのですか?」
エリカは話のついでとばかりに話題を変える。
「ハハ……。理事長選挙か。早いな。もうそんなに経つか」
ダイゴはそう言うと海の方向に視線を向け、やや黄昏ている。
「理事長選挙?」
レッドは聞き覚えのない単語に思わず言葉を漏らした。
「五年に一度。我々ジムリーダーや四天王などがセキエイのポケモンリーグに集まりリーグを統括する長たる理事長を決める選挙ですわ」
「あぁ……。テレビでそんな事やってたような……」
ダイゴは二人に向き直る。
「僕はいまから五年近く前、今の理事長であるワタル君と戦いあと少しの所で負けたんだ。エリカさんもその場に……」
「ええ。居ましたわ」
「居たよね。覚えてるよ」
「あら、どうしてです?」
「取引先の御令嬢を忘れるはずがないだろう? それに、君の普段着ている服ってやっぱり目立つからねぇ」
ダイゴは笑みを交えながら話す。
「あら左様な事でしたか……。フフフ」
エリカは如何にも社交辞令な風の笑みをこぼした。
「エリカってそんな前からリーダーやってたのか」
「まぁ尤も当時は御祖母にあたるカルミア女史の監督を受けていたから、選挙のときも付き添っていたけどね」
「ダ、ダイゴさん。夫の前でそんな……」
彼女は見習い時代の事を話されるのを恥じているのか少し顔を紅潮させている。
「初めての選挙だったからか妙に緊張しててねぇ。議論の内容を一生懸命メモに取ってたよ」
「あ、あれはお祖母様からの課題ですわ! いまリーグがどのような問題に直面しているのか知る事も役員たるリーダーの大事な役目ですと」
「ハハ……。まぁこうね。色々と初々しかったのさ。ワタル君も似たような感じだった……なのに……」
ダイゴの表情がにわかに曇った。
エリカは何かを察したのか、話題を戻す。
「それで、ダイゴさんは返り咲くべく立候補はされるのですか?」
「いや。そんなつもりはないよ。理事長って今思い返してみれば地位は高いけど相当ストレスになる仕事だからね……。それにワタル君は僕よりもよくやってくれてると思うし、今の地位で十分だよ」
ダイゴは自嘲気味に笑いながら言う。
「左様ですか。それでは、今回の選挙は誰が立候補しそうですか?」
「そうだね……。うちの地方のミクリはまず経営に興味ないだろうから立候補しないと思うし……。やっぱりシロナさんだろうねぇ。今回のことでワタル君に見切りをつけていてもおかしくはない」
「シロナさんですか……」
エリカは興味深げな表情をする。
「君なら知ってると思うけど彼女はリーグのみならずポケモンバトル全体の環境改革を夢見る急進派の先鋒を務めている。もし彼女が選挙に出るとなれば大波乱になるだろうね」
「えぇ存じていますわ。リーグの一元化や、ポケモンセンターとフレンドリィショップの統合、国際リーグ構想……。リーグ創設以来の大改革を目指しているそうですわね」
「副理事長の今でさえも委員の人員整理や会計監査の強化などでやりたい放題やってるというのに……」
ダイゴはシロナに対して批判的のようである。
「ダイゴさんはシロナさんの事お嫌いなのですか?」
「うーん……好ましくはないかな。あんな急進的な改革したらトレーナーたちが困……」
「もしかして五年前のあのこと……。恨めしく思っているのですか?」
エリカはダイゴの発言を遮って強めの声色でダイゴに問いかけた。
「フ……。そんな前のこと今更どうこう言うほど僕もねちっこくないさ。僕があの選挙で落ちたことはリーグの下した判断だしね。ただやっぱりね……」
「やっぱり?」
レッドがその先を促す。
「このまま黙って引き下がるほど僕はお人好しじゃないよ」
その目には明白な挑戦の意志が宿っていた。
──
その後も二言三言会話して、ダイゴとは別れた。
暫く海を眺めた後に、二人は自室へと戻る。
─午後3時30分─
今回の船室は目立たないように、スタンダードなクラスを指定した。シャワーとトイレ完備で二人分のシングルベッドがあり、奥にはテレビと簡単なソファと折りたたみの机がある。四角の船窓からは海が見える。
着いてしばらくして、レッドはベッドに寝転び気になっていたことを尋ねる。
「なあ、五年前のあの事って何?」
彼女は机の上で本を読んでいた。彼女は視線をレッドには向けず本に投じたまま返す。
「あぁ……。ダイゴさんのことですか?」
「そうそう」
「選挙の際、立候補者は互いに討論をするのですわ。それで、五年前のときはダイゴさんが優勢に議論を進めていたのですが突如としてシロナさんが現れ、ダイゴさんの無駄遣いの酷さを糾弾したのです」
レッドは目を瞬いて驚く。
「へぇ……大胆なことするな」
「私も。こんな事をなさる方がいるとは思いませんでしたわ」
エリカは視線をやや上げてそう当時を思い出していた。
「それを契機にダイゴさんの旗色が悪くなり、対立候補のワタルさんが優勢になりました。その後のバトルにもそれが響いたのかダイゴさんが惜敗し、選挙に敗れたのですわ」
「しかしさエリカ」
「はい?」
「ダイゴさんは自分に落ち度があったから選挙に負けたんだろ? どうしてそれで今まで恨みを持つのか……」
エリカは本に栞をはさみ、ゆっくりと閉じた。
「西国の麒麟児……」
「え?」
レッドは聞き慣れない言葉に思わず聞き返す。
「ダイゴさんはかつてそう呼ばれていました。モラトリアム期間から才覚を現し、若くしてリーグチャンピオン、そして理事長になったいわばリーグドリームの魁のような人でしたわ。未来のポケモン世界を切り拓いていく人材たりうるだろうと……そう将来を嘱望されていた方だったのです」
「え……その割には俺はさっき会うまで分からなかったけど……」
「そうでしょうね……。貴方の世代の頃はもうそんな事は言われなくなりましたわね」
「ひょっとして、理事長の座を降ろされたから?」
レッドが半身を起こして尋ねる。
「ええ。理事長の座を降ろされ、ミクリさんにリーグチャンピオンの座を奪われダイゴさんの名声は失墜しましたわ。噂ではダイゴさんのお父様に大層叱責されて一時は後継から下ろす降ろさないの騒ぎがあったなどとされるほどで……。あと御曹司であるが故に親の七光りなどと後ろ指をさされる始末で……」
「そうなのか……」
「その為、転落の原因となったシロナさんの事を恨んでいてもおかしくはないと思ったのです」
「本人は恨みは無いみたいだけど」
「その一方でこのままでは済まさないお気持ちもあるようですわ。何にしても気になるところですわね」
エリカは思案深そうな表情をしている。
「エリカさ……」
レッドは何となしなふうに尋ねる。
「はい?」
「お前いつの間に機嫌直ってるよな。どうしたの?」
エリカはそれを聞いて途端に表情を険しくした。
「貴方……私が厠に行っている間、どこで何をされていたのですか?」
「え」
レッドは唐突な追及につい目を逸らす。
「答えてください」
エリカはまっすぐにレッドの目を直視して尋ねる。
「その……ミカンさんが急に港の裏まで連れ込んで……」
エリカは変わらず鋭い目つきでレッドを注視している。レッドはまるで取調室で訊問を受けているような気分になっていた。
ここで嘘をつくことは賢明とは言えないと思ったレッドはすらすらとありのままを話す。
「俺のこと……好きって言って……」
レッドは言葉に詰まるが、エリカは無言の圧力で先を促す。
「その……思い出と……断ち切るためにキスしてきた」
「ふぅ……」
レッドが言い終わるとエリカは深くため息をついた。
「ご、ごめんなさい! 俺……。本当に唐突でどうしたらいいか分かんなくて……ついミカンさんのペースに」
レッドはベッドの上のまま正座し、エリカに直視して切々と謝った。
「貴方」
「はい」
「クスッ……。そんなに改まって謝られなくても良いのですわ」
エリカはそれまでの険しい表情を崩して、にこやかな笑顔になっていた。
「え?」
「私……一部始終見てましたもの。ミカンさんが貴方を連れ去るところからずっと」
「そ……そっか。なぁんだ脅かすなよ」
レッドは足を崩して安座になり、ホッと一息をついた。
「でも、どうして?」
「貴方の愛を試したかったのですわ。しかし大丈夫ですわね。何か二心があるようならばここまですらすらと本当のことを話しませんもの。ダイゴさんと話している時も怪しい動きはありませんでしたしね」
エリカは椅子を立ち、自分のベッドに座る。
「あぁ……なるほど……」
「私達は届を出していないだけの正真正銘の夫婦ですわ。隠し事なんてしていれば承知しませんわよ」
「うん……そうだよな。気をつけるよ」
彼女は今一度レッドの目を見る。
「貴方、かまえて浮気などしてはいけませんよ。もしミカンさんに情が移ることがあったら私……」
「それは大丈夫さ」
レッドはエリカの発言を途中で遮る。そして、エリカの正面にたつや否や右手を伸ばして服からでもはっきり分かる程度の彼女の豊かな胸を掴んだ。
「ミカンさんには……これがないからな」
「キャッ……もう、貴方ったら……」
エリカは言葉ではやや抵抗があったが、そのまま受け入れた。
が、しばらくして肝心な所で船員の邪魔が入り本番をし損ねる。
─5月18日 正午 出口─
『本日はシェルフー号をご利用いただきまして誠にありがとうございました。当船はまもなくカイナ港に到着します。お忘れ物のございませんよう……』
出港から22時間。長い船旅を終え二人はカイナシティにたどり着こうとしていた。
出口の前には降りようとする人で賑わっており、いよいよホウエンについたのだと言うことを実感させる。
「いよいよ……ですわね」
「ああ。頑張ろうぜ」
エリカとレッドはそう言うと堅く手を握りあった。
やがて錨が降ろされ、出口の扉が開く。ここを抜けた先はいよいよ二人にとって未知の新地方、ホウエンである。
南国の大地で新たな物語が始まろうとしていた。
─第十三話 麒麟児の憂鬱 終─
はい。というわけでホウエン編の改訂版始めました。
番外編の2―3―2後編は全て終わったあとに書きます。