伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚   作:OTZ

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第十二話(中) 古都炎上

―5月7日 午後4時―

 

 ジョウト、否、世界中が怒りに打ち震えた。

 ロケット団がエンジュシティジムリーダーであるマツバを殺害し、あまつさえ動画サイトに一部始終を流したのだ。

 これは瞬く間に各所で大きく取り上げられ、多くの人の耳朶に触れることとなった。

 マツバのエンジュ攻防戦時の雄姿はエンジュから避難してきた人々によって既に多くが知るところとなっており、そんな英雄を無残に殺すとは何事であるかと避難民を中心にロケット団に対して凄まじいバッシングが浴びせられた。

 これは戦争に携わっているリーグやそのバックに控えている政府にも飛び火し、『攻撃を行わないリーグは生温い! 警察も機動隊も役に立たないならすぐさま自衛隊を以て殲滅すべきだ!』という意見が沸々と出始め、エンジュ近隣の街やヤマブキシティは暴動寸前の有様となっていた。たった二時間前は治安出動不承認にホッとしていた筈なのにである。

 理事長のワタルはできる限り犠牲の少ない解決を念頭において考えていたが、こうなっては止む無しと動画公開から二時間後の午後六時に総員出動を司令。

 文化財の集まるエンジュが火の海になることを恐れた有識者も数多くいたが、怒髪天を衝いていた民衆にそれを考慮させるのは最早不可能である。

 応仁の乱ならぬ”平成”の乱は今やそこまで迫っていた。

 

―同日 午後6時30分 42番道路 エンジュ方ゲート付近―

 

 総司令官のワタルの下へ憤然としながら向かう一人の女性がいた。

 エリカである。歴史や文化を愛する彼女にとって古都であるエンジュシティが火の海になりかねないというのは居ても立っても居られない一大事なのだ。

 彼女はワタルのいる大テントのもとへつくと、机を叩いて怒りを爆発させた。

 

「ワタルさん! これは一体どういうことなのですか!」

 

 ワタルはエリカの怒気に少々気圧され、数秒おいて答える。

 

「エリカ君。君の怒りは尤もだよ。僕だってジョウトの人間だし、エンジュシティが如何に大事な都市なのかは君ほどでないにしてもよくわかっているつもりだ」

「でしたら、どうしてこのような命を出されるのですか! 確かに、ロケット団がマツバさんを処刑という名目で殺めたことは言語道断の悪行ですわ。それにエンジュで助けられた方やエンジュに住まわれている方などが憤慨し、ロケット団の壊滅を強く願うことも重々承知ですし、私とて同じ気持ちです。しかし、それとこの国随一の至宝が集い、古都たるエンジュを灰燼に帰すとでは話が別ですわ!」

 

 まるでエリカはエンジュが火の海になることが確定事項のように述べているがそれは当然のことである。

 ロケット団の持っている改造ポケモンの中には炎ポケモンもおおくおり、反撃で炎技を使用してそれが燃え移れば一大事である。一回目の攻撃の際エンジュに突入したとき無事だったのは、市中奥深くまで入れなかったからこその奇跡なのだ。

 また仮にロケット団が炎技を使わなかったとしても、証拠を残さないため、もしくはヤケクソになってエンジュ市街に火をつけることも十分に考えられる。当初の構想にあった誘き出し作戦では最終的にエンジュに入っているがあれはあくまで敵が消耗しきった後で行う見当で想定されているため、損害はごく軽微ですむと思われていた。

 彼女自身もそのくらいならばやむを得ないと目を瞑ったのだろうが、今回は敵の多くがエンジュに籠城したままでの総攻撃である。エンジュの街がただで済むはずがない。

 

「エリカ君……どうか分かってくれよ。我がリーグの面目を保つ為にはもうこれしか方法がないんだ。世間は昼までと打って変わってロケット団の徹底的な壊滅を願っているのだから」

「我々はいつからそのような機関になったのですか! 世間はどうであれ、リーグはリーグで超然を貫くのが本義というものでしょう! 民衆のご機嫌取りに伺うのがポケモンリーグとでも仰せになるのですか?」

 

 ワタルは立ち上がって、エリカに背を向ける。

 

「エリカ君。それは綺麗事というものさ。僕らの機関は寄付など100%民間からの助けで成り立っている。勿論、君含めジムリーダーの副収入の一部も内訳には入っているが、申し訳ないがそれだけではとてもやってはいけない」

「お金が不足というのであれば当家がいくらでも都合してさしあげ……」

 

 彼女が自らの財力を持ち出したところでワタルは遮る。

 

「それは嬉しいが、それだけの問題じゃないんだ。僕らの存在意義はトレーナーたちが自身の向上のためにポケモンを育て、その証たるリーグバッジを取っていき、将来へと活かす為にある。まぁ勿論他にもあるけれどこれが大きな柱といっていい」

「何がおっしゃりたいのですか?」

「そのトレーナーたちが君や僕たちに挑んできてくれるのは、僕らを"強い"存在。もしくは”超えるべき壁”と認識してくれるからこそ。それなのにここで何も動かずに、最悪、自衛隊が動いてごらんよ? 子どもたちはなんて思う?」

 

 エリカはその言葉にハッとさせられたような表情になる。

 

「答えはいろいろあるだろうけど少なくとも僕らを挑むべき強い相手とは思ってくれなくなるだろう。それを言い出したらこの前の三軍の敗北なんて最悪な事だけどあれはマスコミが上手くシジマさんの脱出劇を脚色してくれたからあまり責められずに済んでるけどね……」

「確かに……そうですわね」

「それ以外にも僕が昨日交渉に失敗したりで失態を重ねているけど、あれはまだロケット団が悪い組織だという前提があるからこそそれを戦っている僕らに分というか、正義という形で誹りをどうにか逃れているんだ。しかしこれがリーグではなく政府の手に渡ったらそうはいかない」

 

 今日の昼、治安出動が不承認になったとはいえまたいつ同様の決議がおこるのか分からない。そして次決議が行われれば承認が下って自衛隊が介入する蓋然性は非常に高いと言わざるを得ない。

 今回ワタルがエンジュを攻撃する意思を表明したことによって治安出動及びそれに関する決議はひとまず先送りにされたが、あと少し彼の行動が遅れていれば採決が再び行われていた可能性すらある。

 彼女自身そのことはよく理解していた。少し黙した後にこう尋ねる。

 

「ワタルさん。今回のエンジュ攻めによって文化財すべてが焼損するという事態になったらどうなさるおつもりですか? 失われた歴史は二度と戻ってはこないのですよ?」

「そうなって責任が追及されたら僕のクビ一つで済ませるさ。君たちに火の粉が降りかかるような立ち居振る舞いはしないよ」

 

 ワタルは自らのクビに手をあててみせる。

 

「それで済むとはとても思えないのですが……」

「心配無用。大義はこっちにあるんだ。この地にいるロケット団さえ叩き潰せれば問題はあるまいよ。ま、次の理事長選挙じゃ敗戦確実だろうけどね」

 

 ワタルは力なさげに高笑いしてみせる。

 

「そこまでのお覚悟があるのでしたらもう何も申し上げることはありませんわ。それでは、失礼いたしました」

 

 彼女は深々と頭をさげてこの場を後にした。

 作戦の概要は第二軍合同ということになっているため翌日に回されている。

 ワタルはエリカが立ち去った後、緊張の糸が切れたのか否かどっかりと椅子に座る。

 

「ハァ……。怖かった……。それでも怒っている彼女も可愛かったなぁ……」

 

 などと呟きながらワタルは机に伏して仮眠をとった。彼は昨日から一切寝ていない。

 

―レッドとエリカのテント―

 

「お帰り。どこ行ってんだ」

 

 彼女はつくや否やすぐさまワタルの元まで飛んで行っていた。

 レッドは手持ちの世話をしている。

 

「ええ、あまりにも浅慮な判断だと思いましたから直談判を……」

「お前あんとき滅茶苦茶ショックうけてたもんな……」

 

 エンジュ攻撃に伴う動員の電話がかかってきた際、彼女は強く衝撃を受けてその場にへたりこんだほどである。

 42番道路について漸く活力を取り戻し、怒りとなって飛び込んでいった次第だ。

 

「ワタルさんもそれなりにお考えがあっての行動という事は分かりましたが、それでもやはり心情としてはやりきれませんわ……」

 

 彼女自身エンジュへの攻撃の正当性は理解こそしているのだろうが、やはり胸中で燻る物があるのだろう。不興顔である。

 

「難しいことはよくわからないけど……。とにかくこうなった以上、俺らがやれることはできる限り民家や建物が壊れたり、傷ついたりしないように出来るだけのフォローをすることじゃないか?」

「そうですわね……。一度下った命に逆らうことは出来なくとも、最悪の結果を招かないよう尽力することは出来ますしね」

 

 エリカはそういって少しだけ立ち直った。

 しかし、何にしても戦乱のさなか、自分の身も危ないというのに一体どこまで気を配れるのか、そこが不安なレッドであった。

 その後、二人は明日のために早めに床へつく。

 

―午後9時―

 

 仮眠をとっているワタルのもとへ一本の電話が入った。

 眠い目をこすりながらワタルはポケギアを取り出す。

 電話の向こうにいるのはリーグ委員である。

 

「あの……。ヤマブキの官房長官公邸よりお電話が入っております」

 

 委員は緊張のあまりか震えた声で言う。

 

「え!? 一体どういうことだろう……。分かった。とにかく回して」

 

 これまで政府からの勧告はすべて文書であり、政府高官、それも総理大臣に次ぐ地位をもつといって過言ではない官房長官から電話がかかるなど前代未聞のことである。

 ワタルは襟を正して相手が話すのを待った。

 

「もしもし……貴方が、ポケモンリーグの理事長ですか?」

 

 相手は存外丁寧な様子でワタルと話した。

 エリートらしく細く、しかししっかりとした調子の声である。

 話の内容はやはり翌日よりはじまるエンジュ総攻撃に関してのことであった。

 

「我々政府としてもこの事態は可及的速やかに処理し、エンジュシティそのものの復興へつなげていきたいのです」

「それは勿論の事です。ですから出来る限り短期間でロケット団を制圧し、エンジュを解放したいと考えております」

「それは結構なことですが……。我々にはあまり時間がないのです。反乱に時間をかけすぎれば、国民のみならず国際的な非難を浴びるのは必定です。そしてそれは我々だけでなくあなた方リーグも同様でしょう」

「えぇ……」

「それで先ほど総理や大臣ともお話をしたのですがね……。明日中にエンジュを解放できなければ、9日に決議に基づいて自衛隊の強制介入を行うこととしました」

「そ……そんな乱暴な! エンジュシティは大事な国宝がたくさんあるのですよ!? ジムリーダーのエリカも先ほどその件で直談判に来たくらいで……」

「エリカ……さんですか。同学年だった私の孫からも聞きましたよ。大変な別嬪で、怜悧なお方であったとね……。なるほどそんな彼女ならばそのくらいのことは仰せになるでしょうねぇ」

「話をそらさないでください! と、とにかく明日中に陥落するというのは不可能とはいいませんけれどね、それにはエンジュ市街に甚大な被害が……」

「理事長さん。国民はエンジュの街並みがどうこうよりもロケット団の一日でも早い一掃を願っています。確かにエンジュに残る国宝や文化財は何物にも代えがたい価値をもっています。しかし、それに気をとられて市民の帰還を先延ばしにするのは如何なものでしょう?」

「もしエンジュが焼失すればその帰る場所もなくなってしまうんですよ?」

「そうなった場合のフォローは我々が行います。とにかく、文化財や景観の保護よりも、可及的速やかなロケット団の殲滅を願いますよ。さもなくば我々もリーグに対して何らかの処置をとらねばなりません」

「処置……?」

「私が伝えることは以上です。では、おやすみなさい。リーグの皆さんの健闘を祈ります」

 

 そして官房長官の電話は切れた。

 ワタルは強く膝を掴みながら、目をいからせていた。

 

―5月8日 午前7時 同所 大テント―

 

 ワタルは大テントの中においておそらく最後となるであろう作戦を話した。

 

「我々第一軍は西側から突入し、ロケット団の軍勢を突破しながらエンジュ市街を囲むように市街から見て東側と北側を取り囲む。第二軍は西側と南側を包囲するという風に先ほど合意した」

 

 ワタルはエンジュシティ全体の地図を二色のペンで用いながら一番外側にある道をぐるりと囲む。

 

「包囲が完了したら、相当な抵抗が予想されるが、少しずつ少しずつ前へ前へ詰めていく。第二軍はエンジュ大学を、我々第一軍はロケット団の司令塔となっている市役所を目標にジリジリと」

 

 ワタルは二本の矢印を用いて各軍の目標まで矢印を書き込む。

 

「あの、第三軍のほうはどうなっているんですか?」

 

 タケシが尋ねた。

 

「第三軍はおそらく西方攻略部隊との戦いであまりこちらに来る余裕はないだろう。もし余裕があればエンジュまで来るように伝えてはいるが、あまり期待しないほうがいい」

「了解しました」

「大学と市役所、それぞれに敵の首領格がいるだろうから見つけ次第捕縛し、すぐさま道路で待機している警察まで引き渡すように。そしてそこまで完了したらその旨を布告して団員に降伏を促す。それでも抵抗するようなら容赦は必要ない。戦闘行為が終息したら解放宣言を出し、エンジュのポケモンセンターにおいて総動員令を解く。……とまあ口で説明すれば簡単に思えるかもしれないが実際はかなりの犠牲を覚悟しなければならない戦いになるだろう。敵も必死なのだということも忘れずに、総員の健闘を祈る。尚、エンジュシティは大変に文化的価値の高い街のため家屋や建物に被害を及ぼさぬよう慎重に事を進めるように」

 

 ワタルはそういって作戦会議を終了した。

 街並みに対する配慮に言及したためエリカは少しだけ安堵する。

 

―午前7時30分 同所―

 

 第二軍から準備が完了した報告が入り、ワタルは整列を命じ、突撃の準備を整える。

 レッドとワタルが先鋒に立ち、他は先鋒の支援や全体の後方支援に回った。

 

「よし、行くぞっ! エンジュに一片たりともロケット団の痕跡を残すなっ!」

 

 ワタルの号令で市街への突入が開始された。

 それとほぼ同時に第二軍も突撃し、ロケット団はあっという間に二正面作戦を強いられた。

 

―午前7時40分 エンジュシティ エンジュ大学 学長室―

 

 突撃を開始してから10分。

 ワタルの予想通り作戦は難航。少しずつ削れてはいるが互角という表現以上の仕方は不可能である。

 

「ホッホッホッ……始めおったか」

「今頃リーグの連中は不思議がってるだろうな……。この前よりも明らかに強いことにな」

 

 第一次、第二次攻勢の時に用いたポケモンは進化系と非進化系の割合が1:2であった。しかし、今回の防衛に用いているポケモンは進化系と非進化系の割合が3:1の割合に増えていた。特に進化系の割合の中でも第一進化系よりも第二進化系のほうが多く割合を占めていた。

 

「うむ……。ワシらのねらいに気づかぬとは理事長とやらも大したことはないのう……さて、ワシはそろそろ行くとしようかの」

「何処へ行くんだ」

「なに、ちと野暮用での」

 

 と言ってオーキドは去っていく。

 

「全く相も変わらず読めない御仁だ……。さて」

 

 サカキは自身のポケギアを用いて電話をかける。

 

「私だ……。うむ、手はず通りにな」

 

─午前10時 スズの塔 関所前─

 

 少しずつとはいえ、包囲網は完成しつつあった。

 スズの塔の関所周辺を攻略したとき、陣頭指揮を揮うワタルに一人話しかける者がいた。

 

「誰だ! この忙しいときに……」

 

 ワタルは少々苛立った口調で言いながら振り返る。

 

「おおこれは威勢の宜しい……」

「ハ……あの、御坊様方は……?」

 

 ワタルは目をしばたたかせながら袈裟を着た僧侶たちを見る。

 後ろには百人ばかりが続いて揃っている。どうやらスズの塔に仕える僧侶のようだ。

 

「拙僧も微力ながら加勢いたしますぞ。これでも最初の戦の時は一歩たりとも寺内には立ち入らせませなんだ」

「い、いえいいですよ! 気持ちは痛み入るほどありがたいですがこれは我々の為すべき仕事です」

 

 ワタルは丁重に断ったが、住職とみえる髭をたくわえたその僧侶はしゃがれながらも威厳のある声で答える。

 

「我々とて道理に悖る悪党がこの街において跋扈するのをこれ以上見ておられぬのです。今日まで臥薪嘗胆の心持でこうして機会を伺っておりましたが、こうしてあなた方リーグが来ていただいた以上我々もエンジュに住まうものとして黙ってみているのは如何なものかと思いましてな」

「しかし……」

「これはマツバ殿が一番苦境に立たされているときに助けてあげられなんだ時のせめてもの罪滅ぼしなのです! 理事長殿。どうか、加勢をお許しくださいませぬか」

 

 住職に続いて僧侶たちは丸い頭を深々と下げて頼み込んだ。

 根負けしたワタルはふうと溜息をついて

 

「わかりました。エンジュの解放を心より願うものとして共に戦いましょう。但し、あまり無茶はしないでくださいよ」

 

 こうしてエンジュの僧侶たちも戦線に参加することとなった。僧侶たちは主に回復や後方支援を担当し、彼らの参戦によって持久力が大幅に増え戦況は時を経るごとにリーグ有利に傾いていった。

 後に塔に避難していたエンジュ市民たちもモンスターボールを持って義勇軍として支援を願い出たがこれはワタルは丁重に断る。

 

―午後2時 同所―

 

 ワタルはあれからスズの塔関所前を本陣として指揮をとっていた。

 漸く完全な包囲が完了し、これより本格的な追い込みを開始しようとしていたとき第三軍司令官のシジマがやってきた。

 

「理事長殿! 加勢にやってまいりましたぞ!」

 

 シジマは采配を持ち、甲冑姿でワタルに話しかけた。

 

「わっ! シジマさんなんですかその格好……」

 

 ワタルはその姿を見て目を丸くして言う。

 

「ワハハハハ! 戦と聞いたらやはり気分を盛り上げねばやってられぬわ! 理事長殿もどうだ。もう一領あるぞ?」

 

 シジマは闊達に笑いながら勧める。

 

「いや結構です。私にはドラゴン使いの鎧といえるこの服装をもってますから……。それはそうと、よく加勢に来ることができましたね」

 

 ワタルからしたらシジマは年上であることは勿論。自身のジムリーダー時代を知っている数少ない先輩のため敬語で接している。キョウやヤナギ、カツラなども同様である。

 

「おう。なんだか一時間前から急に敵が撤退し始めてな! 罠かとも思ったんだがどうもそんな気配はないし進んでいったらこの様よ」

「そ……そうですか。なんとも面妖な話ですね……」

「うむ……。まぁともかくワシらは遊撃隊として第一軍と第二軍のフォローに周ろうかと考えているがどうだ?」

「そうですね。我々も第二軍も特に急を要する救援の話は来てないですし……。とにかく助かります! これならば今日中にもエンジュは解放できるでしょう」

「ハハハ! 任せておけ、先日の窮地に比べればこの程度赤子の手を捻るものよ!」

 

 シジマは高笑いをし、金具の音を立てながらワタルのもとを去って行った。

 こうして、エンジュ解放戦はリーグ側の圧勝のまま終わると思われていた。

 

―――――

 

 追い込みの開始から1時間。

 エンジュ市街への突入は遅々として進まない。

 少しずつ進んでこそいるが、敵側も相当なやり手であり、碁盤の目を利用した小規模包囲や家屋からの奇襲などゲリラ戦術を駆使して思ったように上手くいかないのだ。

 そして、午後3時。事件は起こった。

 

―午後3時 エンジュシティ 某所―

 

「エンジュが……エンジュが燃えているぞ!!」

 

 あろうことか中心部に火が放たれたのだ。

 恐れていた事態が遂に起こってしまった。これに焦った各ジムリーダーや四天王たちは本格的な強襲を開始、家屋の破壊も目立つようになっていった。

 しかし、この時点ではまだそこまで被害は大きくない。

 

―午後3時30分―

 

 強襲を開始してからいよいよ戦いは乱戦の体を為していた。

 互いのポケモンたちは丁々発止の戦いをつづけ、倒したり倒れたりを永遠と思えるほどにやり続けた。

 最初の戦い以上に惨憺たる有様になりつつあったのだ。

 そんな最中、レッドとエリカは戦っていた。本来は先鋒と後方支援なので別々のはずであるがこのような有様になってしまったため最早最初に決めた配置など関係がなくなってしまった。

 ここはワタルが指揮すべきところではあったが、ワタル自身も早期の終結を願っていたため関所前で指揮をとるのではなく自らも戦いに参加。一応最低限の包囲戦術は守るようとの厳命は下しているが最早自身のことで手いっぱいの為放置気味であった。

 

「ロズレイト! ルンパッパ! ワタッコ! ソーラービームです!」

 

 三本の眩い光線が目前にいる岩ポケモンたちに襲い掛かる。

 もちろんこの一撃で20体ほど倒れたが、イワークがエリカのいる方向に倒れ掛かってきた。

 このイワークはロケット団もといオーキドによる改造の成果か、本来の二倍以上にあたる20mの長さの体をもっていた。

 断末魔をあげながら倒れこんでくるイワーク。普段の彼女ならすぐに避けられたであろうが、朝からずっと立ちっぱなしの上に声を出し続けて疲れているせいか少々動きが鈍かった。

 

「エリカっ!」

 

 隣にいたレッドが気付いたころにはもう遅く、影は彼女を包んでいる。

 彼女は咄嗟に横へ避けたが、間に合わず左足がイワークの巨石の餌食となった。

 倒れた瞬間は砂埃が舞い彼女の姿が見えなくなる。

 レッドはすぐさまエリカのもとに駆け寄った。

 

「おい! しっかりしろ!」

 

 彼は彼女の両脇を抱えながらどうにか引きずり出そうとする。

 ポケモンたちはレッドの指示がなくても自分なりに動いていた。

 

「貴方……私は大丈夫です……。指揮に戻ってください」

 

 彼女は痛みを押し殺してレッドに言う。

 

「大丈夫なわけあるかっ! お前を放っていけるかよ! ふんぬぁぁぁぁぁ!」

 

 レッドは自身の膂力を発揮してどうにか彼女を引っ張り出せた。

 足袋をみると真っ赤である。どうやら膝より前に出ている足の部分が潰れてしまったようだ。

 

「こ……こりゃ酷え! すぐに病院へ行かないと……」

 

 エンジュのすぐ外には傷病人の看護の為野戦病院というべき簡易の医療施設が設けられている。ポケモンセンターと厚労省が主体となり近隣の医者をかき集めて用意した急場の病院である。

 また、戦闘には参与しない前提で衛生科配属の自衛隊員が巡回しており怪我人がいないか常に巡回している。

 

「貴方。医務の方が……じきにここへ来られるはずです。ですから……私のことは」

「レッド君! 君は何をしているんだ!」

 

 近くで戦っていたワタルがレッドを物凄い剣幕で見咎めた。

 

「何って、エリカを外の野戦病院まで連れていこうかと……」

「何を言っているんだ! ここには直に衛生兵がやってくる! 君は君自身のやるべきことをしなければダメじゃないか!」

「それはそうですけど、エリカがこうして倒れているのをほっとけというんですか!」

 

 ワタルはエリカを一瞥して、一度目をそらし、強く瞑ったのち絞り出したような声で返す。

 

「そうだよ! いいかいレッド君! これは戦争なんだ! ポケモンを指揮する君がいなくなってはやがて統制を失っていかに精強な君の手持ちも……」

「じゃあワタルさんに指揮を頼みますっ! かわりにどうかお願いしますね!」

 

 そういってレッドは出しているポケモンのモンスターボールを渡し、脱兎の勢いでその場を走り去る。

 

「あ! おいっ! はぁ……。仕方のない子だなぁ……」

 

 ワタルは観念した風にレッドとエリカの手持ちたちの指揮を引き継ぐ。

 

―午後3時40分 エンジュシティ 南方―

 

 第三軍配属のミカンはあまり先頭にでたがらないため後方でポケモンたちの指揮をとっていた。

 エリカ同様、疲れが顔に出始めたその頃、遠目にエリカをおぶって走り抜けていくレッドを見た。

 

「あれ……レッドさん?」

 

 ミカンは思わず、レッドを見ていた。

 

―同じころ―

 

 レッドはエリカをおぶって野戦病院へと走っていた。

 

「貴方……」

 

 レッドにおぶられている彼女は申し訳なさそうな声で話す。

 

「なんだよエリカ。病院ならもうすぐだぞ」

「指揮を放棄してまで、私を病院に連れてくださるのは本当にありがたいですが……本当に宜しいのですか?」

「いい、いいんだ。お前の事が気にかかったままだと戦いに集中できないしな。それに……」

「それに?」

 

 レッドは少しずつ目深に帽子を被って、

 

「ほ、他でもないお前の体……俺以外におぶってもらいたくないんだよ」

 

 彼女はそれに何も答えなかった。代わりに彼は自身の首筋が少しだけ暖まったように感じる。

 すると、その刹那。二人の前に白衣を着た一人の老人が立ち塞がった。

 

「ホッホッホ……仲睦まじいのう……。レッド君」

 

 聞き覚えのある声、レッドは立ち止まってまじまじと顔を見る。

 

「オーキド博士……!」

 

 レッドは戦地にいる博士を見て漸く心の底からすべての首謀はオーキドだったんだと深く自覚した。

 

「うん。久しぶりじゃのう。少しばかり大きくなったかの?」

 

 そのように話しかけてくるさまは、最初に草むらに入った時に注意された時。最初にポケモンをもらった頃、優しく声をかけてくれた一人の優しかった博士と何も変わりはないようにレッドは錯覚に陥りそうになる。

 しかし、すぐに切り替えて、歯を食いしばったのちにいう。

 

「博士。そこをどいてください」

「つれないことを言うのう。せっかく久しぶりに会ったんじゃ、ゆっくりと話そうではないか」

 

 レッドはいつもの調子でにこやかに接する恩師が不気味でならなかった。

 しばし沈黙が続き、オーキドが口を開く。

 

「やはり、これではいかぬか……の」

 

 オーキドは俯きながら言う。

 

「失礼します」

 

 レッドは帽子を深く被って、オーキドの横を通り過ぎようとした。

 

「うらやましいのう」

 

 オーキドは恨みったらしさが十分に伝わる声で言う。

 レッドはこのままでは先に進めないと察し、立ち止まる。

 

「博士だって、昔奥さんがいたらしいじゃないですか」

「誰から聞いたのじゃ」

 

 オーキドは先ほどまでとはまるで違う重々しい声で言う。

 

「母さんからです」

「フン……井戸端会議とやらもバカに出来ぬものよの」

「認めるのですか」

「認めるもなにも……それが原因じゃからの」

 

 レッドはそれを聞いて思わず振り返った。

 

「どういうことですか」

「ワシも若い頃色々あっての……。妻とは死別したのじゃよ。いや、正確には死んだも同然の状態なのじゃが……」

「もっとかいつまんでお願いできますか」

「察しが悪いのう……そこのエリカ女史じゃよ」

 

 レッドはそれを聞いて少々仰け反る。

 

「はい?」

「初めてエリカ女史をタマムシ大学の入学式で見かけたときはそれはもうビックリしたわい。本気で妻が若返ったのではないかとおもったからのう。それと共に年甲斐もなく好きになってしまったのじゃよ。当人をの」

「な……何を仰っているのか……」

 

 レッドは信じられないことを次々と告げられて数歩ほど引き、当惑を通り越して愕然としている。エリカ当人はどうかといえば一応は冷静に聞いているようだ。心中がどうであったかはここで書くまでもないだろう。

 

「レッド君よ。そんなワシがどうして君の恋路を応援するような真似をとったかわかるかね?」

「いえ、分かりませんね」

「エリカ君には何度となくお茶に誘ったり食事に誘ったり色々としたのじゃがの……のらりくらりと躱してばかりで結局卒業まで一度も二人っきりでワシに付き合うてくれたことはなかったのじゃ」

 

 それに対し、エリカは猛然と反論した。

 

「あ、当たり前ですわ! 教授と学生の間で必要以上の関係をもつなど考えられませんもの!」

 

 エリカがそんな正論を述べると、オーキドは面をしかめて

 

「じゃからこそ! こうしてリーグ全体が動き出すような騒動を起こし、このような状況に陥るように全て計算づくで綿密に計画をたてたのじゃ!」

 

 そう言い切った瞬間、オーキドと二人の間に一本の大木が叩きつけられる。大木が衝突した衝撃で風が巻き起こり、博士の白衣が大きくはためき、砂塵が巻き起こる。

 そして砂塵が晴れ大木が引き上げられると、白髪の残る頭を風になびかせながら、一人の老人が現れ、オーキドにこう言い放った。

 

「言いたいことはそれだけかの、オーキドよ」

「ヤナギか。久々じゃの」

 

 オーキドは見た事もないほど鋭い眼光でヤナギを見る。同様の眼差しでヤナギもオーキドを見ていた。

 

「挨拶などよいわ。教えを授けるのが使命の教職にありながら教え子に恋心を抱き、あまつさえこのような大それた事を起こしてまで手に入れようなどと……貴様、死ぬ覚悟は出来ておろうな?」

「フン。ヤナギには分からぬだろうよ。一度、たとえ最後まで馴染めなかったとしても、長年の意中の人と、伴侶として一つ屋根の下で、暮らせたときの喜びなど……の」

 

 オーキドはそうヤナギの戒めを吐き捨てて見せる。

 

「狂っているとしか言いようがないの……。全く天下の研究会会長がこれでは堕ちたものよ。かつて私と共にポケモントレーナーを目指していた頃のあの輝きはどこに消え失せたのだ」

 

 ヤナギは憐憫と侮蔑の情が籠った眼差しをむけつつ言う。

 

「昔の話はよさぬか」

「そういうな。直に聞けなくなるであろう。エリカ女史を初めて見てから……心のどこかでいつかはこうなると思うておった。オーキドよ、半世紀余りの蟠りを今ここで清算しようではない」

 

 ヤナギは途中まで言いかけた所で、幹部の一人であるランスが邪魔に入る。

 

「ヤナギさん。こんなところで油を売っている暇があるなら、こいつらを倒したら如何です?」

 

 ランスは冷ややかに微笑みながら背後の数十匹のモンスターを指さす。

 

「くそっ……。直に戻る!」

 

 ヤナギはそう言って戦地へ戻って行った。

 

「邪魔が入ったの……。ともかく、ワシはエリカ君をなんとしても手に入れたかったからロケット団に手を貸し、こうして戦いを引き起こしたのじゃよ」

 

 レッドは暫く黙した後

 

「ふざけるな」

「ん?」

「そんな……そんなくだらない理由で一体どれだけの人が嘆き悲しんでいるのか貴方には分かるのですか! マツバさんもこんな博士の欲望に付き合わされて……」

「そのような事。ワシの知ったことではない。エリカ女史が通常の手段で手に入るような人でないこと位、レッド君も重々に承知しておろう」

 

 確かにエリカはただでさえジムリーダーの上に財産も家格も市井からかなりかけ離れている雲上の人間である。

 レッド自身、こうして戦場の最前線に出ることを頼まれるほど強くなれなければ彼女とは下手すればまともに口を利くことすらかなわなかったであろうことは十二分に理解している。

 しかしだからといってオーキドのした行為は褒められたものではない。

 

「そのくらい……分かってます。分かってますけどだからこそ博士の取った行動は許せないんです」

「ほう」

「俺のようなバトルだけで、ほかは何もない人でも彼女は……エリカは受け入れてくれたんです。そして彼女は非道を何よりも忌み嫌っている清廉な性格なんです! 博士、エリカは貴方のような人間を何者よりも嫌います。大学で教授と学生の間柄だったらそのくらい……」

 

 オーキドは途中でレッドの言葉を鼻で笑って返す。

 

「ほんの数か月一緒に居ただけでエリカ君のことを分かったつもりでいるのかね? 笑止千万じゃのう」

「俺の何倍以上もの期間接していたのにこんな手段しか取れない貴方ほどじゃないですよ」

 

 レッドは物怖じせずに堂々と返して見せる。

 

「君のような青二才にどう嘲られようと知ったことか。ともかく、ワシはエリカ君を伴侶として欲しているからこそこのような戦いをおこしたのじゃ。エリカ君、君がワシと夫婦になるのならば道などいくらでも外れてみせるわい」

 

 レッドは背後でかすかに震えを感じ取っていた。さすがのエリカもこの狂人を前にしては平常ではいられないようだ。

 

「そんな事、俺がいる限り絶対にさせるものか!」

 

 レッドは決然とした様子で言い切る。

 

「ほう……本当かね?」

「俺がエリカの前で嘘をつくと思っているんですか?」

「フ……このようなことをされてもかの」

 

 その瞬間、レッドは額に冷たい金属を感じる。

 この世界ではいわゆる兵器や武器というものがそれほど浸透していないため、レッドは何があてられているか理解するまで時間がかかった。

 

「これはのぉ……拳銃といって一瞬で人を打ち抜くポケモンなどよりもよっぽど手軽なある世界ではよく用いられとる武器よ……」

「っ……!」

 

 レッドは何度か映画で見たことがあるものの見慣れているものではないため少しだけ物怖じする。

 だが、エリカの手前ここで引き下がるわけにはいかないと奮起したレッドは

 

「博士……貴方、そこまでするのですか!!」

「言ったじゃろう。エリカ君がワシと夫婦となる為なら如何なこともするとな……」

 

 と言いながらオーキドは跡がつきかねないほどぐりぐりと強く銃口を押し付ける。

 

「撃てるものなら撃ってみろよ……!!」

 

 ここにきてレッドは覚悟を決めて言い放つ。

 

「冷や汗ビッショリだのう……レッド君。ここで撃つのも容易いがそれでは簡単すぎて面白うない。手に入れるまでの過程は少しでも難しいほうが、事後のワシの征服感も上がるというもの……。ここはひとつ取引といこうじゃないか」

「は?」

「今ここでエリカ君をワシに引き渡すならば、ここは発砲しないでおいてやろう。レッド君はロケット団を潰すなり逃げるなり好きにするが良い。じゃが、そのままならばエリカ君を背負ったまま撃つ」

「ま……待ってくれ。それじゃあエリカまで危害が……」

 

 丁度現在はレッドの首の後ろにエリカの口がある。もしこのまま撃って貫通でもすればほぼ間違いなくエリカも即死、良くても脳に障害が残ることは確実である。

 

「そうじゃのう……これは45口径のマグナムじゃ。危害どころかエリカ君ごと死ぬのは確実じゃの」

 

 オーキドは平然とそれを言ってのけたのち、にやりと笑い

 

「じゃが、それもまた一興よ。動かない屍になったエリカ君と褥を共にするもまた良い。エンバーミング(防腐処理)を施しつつ蝋人形と化したエリカ君と夫婦生活を送るのも悪くはないの」

 

 それを聞いてレッドは得も言われぬ恐怖を覚えた。エリカの方は何か返そうとはしていたみたいだがあまりのことに声帯が麻痺してしまったのか声が出ない様子である。

 

「さあ、どうするのかねレッド君。30秒だけ時をくれてやろう」

 

 オーキドはその言葉と同時に安全装置を外し、グリップを強く握りしめる。あとはトリガーを引くのみだ。

 レッドは全神経を集中させてどうするかを考える。

 たった30秒。30秒で自らの命運が決まってしまう。

 オーキドの目は本気そのもので、時間が経てば容赦なく発砲するだろう。

 戦場は相変わらずとても騒がしく、街に広がる炎で春なのに夏同様の熱気となっていたが、この周辺だけは氷河の如く冷厳な雰囲気であった。

 25秒ほど経ったところでレッドが口を開く。

 

「分かった……エリカを……渡す。俺はまだ死にたくない」

 

 オーキドはそれを聞いて恐らく今まで彼が見た中で一番の笑顔をレッドに見せる。

 一方、エリカの目からは光が失われる。

 

「よう決心したの。さて、渡してもらおうか」

「待ってください。その前にこの物騒なものを下げていただけないですか」

「それは出来ん。約束が完全に履行されるまでは油断できぬからの」

 

 オーキドはやはり海千山千である。一筋縄ではいかない。

 

「片手ではエリカを抱きかかえられないでしょう。彼女は今足を怪我しているのですよ? まさかあれほどまで求めていたエリカを一旦でもこの地べたに置けとでも?」

「う……うぅむ。分かった」

 

 そう言ってオーキドは渋々拳銃を下げる。

 レッドはうつむきながら数秒黙したのち

 

「では……」

 

 と言いながらエリカの手をほどこうとする。

 しかし、彼女は一向にはがれようとしない。

 

「エリカ、分かってくれ。これしかないんだ」

 

 レッドは足りない頭をフル回転させて自分の腹案を如何にオーキドに悟られないようにエリカへ伝えるか考え、目を合わせつつ口に出す。

 彼女はその言葉をきちんと受け取れたのかそれとも完全に諦めたのか、すっと力を抜きレッドは落ちないように向き直ってエリカをお姫様だっこの要領で抱きかかえる。

 エリカの表情はどうにも読めない無表情になっていた。

 

「さあ」

 

 オーキドは両手を差し出す。

 レッドはオーキドの方向を向いて彼女を引き渡す為に手を伸ばす。

 エリカはオーキドの手に渡った。その瞬間石畳とオーキドの靴が見える。

 レッドはすかさずその隙を狙って思い切りオーキドの靴を踏みつけた。

 

「うっ!!」

 

 オーキドはたまらずエリカと拳銃を落としてしまった。

 

「レ……レッド貴様はか……」

 

 レッドはすぐにそれらを奪取し、オーキドの頭を狙って三回発砲。まったくの初めてな為二発は外したが、最後の一発は見事に命中。オーキドはそのまま倒れる。

 

「クッ……愚かなマネをしおって……ワシが倒れても……エンジュと……全国……リーグの崩壊はとめられ……ぬわ……ホッホッ……ホッ……」

 

 いまだにうわ言じみたことを話す博士が惨めに思ったのか、レッドはとどめの一発を心臓に放つ。

 やがて、オーキドは息を引き取った。

 四発の銃声を聞きつけ、ワタルがカイリューに乗って前線からとんでやってきた。

 

「レ……レッド君。これは……」

 

 降りてワタルは呆然とした表情でオーキドの遺体を見る。

 

「俺がやりました。警察に連れて行くなりなんなりしてください」

「いや……いいよ。よくやってくれた。そのあたりは職務行為扱いでなんとか僕がとりなす。それより、エリカ君をはやく連れて行きなさい」

「この死体……どうするんです?」

「すぐにでも片づけたいところだけど……。そんな暇はない。衛生兵がつれていくだろう」

 

 そう言ってワタルはそそくさと再びカイリューに乗って前線に戻った。

 

「ふう……。どうにか片づけたか」

「あなたぁ……」

 

 エリカは珍しく気弱そうな声で言う。

 オーキドから奪取したとき、エリカはレッドに抱きかかえられたような状態になっている。

 

「わたくし、最初は本当に見捨てられたのかと思いましたのよ?」

 

 エリカはレッドの目をみつめながら言う。

 

「バカ言うな! 誰があんな外道に大事なエリカを渡せるかよ!」

「ええ。貴方にこれしかないんだって言われた時、もしやと思って貴方に従いましたらオーキドを見事に抹殺してくれましたもの。私、あなたと一緒になれて良かったと……心から……あら?」

 

 エリカは緊張の糸が切れたせいか、ポロポロと紅涙が溢れる。

 

「ずっとこらえてきたんだもんな……よしよし。絶対にお前を放さないからな」

 

 レッドは自らの胸にエリカをより近づけそっと肩を抱く。

 

「はい……貴方」

 

 先ほどまでとはまるでちがう暖かな雰囲気が二人の周りを包んでいた。

 

―午後4時10分 少し離れた場所―

 

 指揮するのも忘れて一部始終を目撃していたミカンは顔が紅潮していた。

 オーキドが拳銃を出していた頃は止めに行く勇気がでなかったのだ。

 

「いいな……エリカさん……」

 

 ぽつりとでたその一言でミカンはレッドに恋心を抱いていることを自覚した。

 何を隠そうミカンがジムリーダーになろうと決意した原因はレッドにあるのだ。そこからずっとある種の憧れこそ持っていたがそれはあくまで遠くの存在だからこその憧れであり、近いところで恋人たるエリカを懸命に守るレッドを見て恋情が憧憬を上回ったのである。

 これ以後、ミカンはまともな指示が下せなくなり、鋼ポケモンたちは暴走しはじめる。ヤナギから冷徹な精神を学んだミカンであったが15歳の少女にそれを徹底させるのは不可能だったのだ。

 

―午後4時30分 37番道路 野戦病院―

 

 エリカを野戦病院に送り届けた後、エンジュシティの方角からレッドにとって聞き覚えのある咆哮が聞こえる。

 異様な胸騒ぎを覚えたレッドはすぐさま羅城門をくぐりぬける。すると、目の前にはとんでもない風景が広がっていた。

 

―午後4時35分 エンジュシティ―

 

 くぐりぬけると、そこは大砂嵐が起こっていた。

 10m先は何も見えないほどの砂嵐である。そうこうしているうちにワタルが再びカイリューに乗ってやってきた。

 

「やーレッド君! 大変なことが起きているんだよ!」

「それはこの状況をみればなんとなくは……」

 

 砂嵐はごうごうと音を立てている。

 

「原因は分かっているんですか?」

「さっきの咆哮は君も聞こえただろう? 僕も知っているポケモンの鳴き声だったからおそらくポケモンの技……それもこのような強力なレベルということを考えたら恐らくロケット団のうみだした改造ポケモンとやらの仕業だよ。全くなんとむごいことを……」

 

 ワタルは相当に憤慨しているのか時々地を蹴っている。

 

「あの他の人たちは?」

「この調子じゃ敵も味方もまともに戦えない。とりあえず近くのゲートまで逃げ込むように指示したよ」

「そうですか……」

 

 レッドは少し黙したのちに思い切ってワタルに尋ねる。

 

「ところでさっき知ってるポケモンと言っていましたが……何のポケモンか教えてくれますか?」

「レッド君もシロガネ山にいたなら一度か二度くらいは聞いたことあるんじゃないかな……。バンギラスだよ。僕のもつドラゴンポケモンと互角に戦えるほどの力を持つとても強いポケモンさ」

 

 レッドはその言葉に強く反応する。やはりあの胸騒ぎや氷の抜け道で見た夢は正しかったのだ。

 

「ワタルさん。俺、行きます!」

「は……はぁ!? 何を言っているんだ! やめときなよこれはただの砂嵐じゃない! 安易に近づいたら大変なことになるよ!」

 

 ワタルは必死にレッドを止める。

 

「恐らくですが……今あの場にいるバンギラスは俺の……いや俺たちにとって決着をつけなくてはいけない相手なんです」

「ど……どういう事だい?」

 

 レッドは簡潔にシロガネ山で起こった二度にわたるバンギラスとの戦いについて話す。

 

「なるほど……。わかったそういうことなら行ってくるといい。あと、これを渡そう」

 

 ワタルはレッドに防塵マスクを手渡す。

 

「ありがとうございます。これ……マスクですか?」

「一応工事現場だとか地下用の防塵マスクだ。僕も一応いろいろなところに行く機会があるからね。常にこういう道具はもっているんだ……。気休め程度にはなる。でも目を護る道具がないけど大丈夫なのかい?」

 

 ワタルはレッドを心配する。

 レッドもそれについて突っ込まれると少々不安になったが、リュックの奥底に眠っているゴーグルの存在を思い出した。

 レッドはゴーゴーゴーゴーグルを見つけ出し、装着する。

 

「ほほぅ……よく持ってたねぇ」

「初めてバンギラスと戦ったとき、親切な人がいて……、何も知らなかった俺にいろいろと教えてくれた後にこれを置いて行ってくれたんです」

「それじゃあその人に感謝しなくちゃね……おや、ちょっと待って」

 

 ワタルは後ろに周りこんで留める部分に描かれている紋章を見る。

 

「これ、デボン製か……。たぶんその人、ホウエン地方の人だろうね。あそこは砂漠地帯があるっていうし」

「へぇ。そうですか……またいつか会った時にお礼がしたいです。さてと、俺はそろそろ」

 

 レッドは防護マスクを装着した。

 

「うん。気を付けておいで。恐らく、今このポケモンを倒せるのは君しかいない。健闘を祈る」

 

 ワタルの激励を受けて、回復させた後にレッドは砂漠となりつつある地帯に足を踏み入れる。

 

―午後5時頃 エンジュシティ 市街―

 

 レッドはとにかく見えないなら音に頼ってバンギラスの位置を割り出そうとした。

 心なしか、バンギラスの方から自分の方へ寄ってきている気がするためレッドはその方向へ歩みを進める。

 バンギラスが動くたびに家屋のつぶれる音が聞こえてくる。

 

「くっ……」

 

 砂地は平地よりも歩くのに体力を消耗する。朝から歩きづめのレッドにとって如何に強靭な体を持つ彼といえども一人砂漠の中歩くのは相当に堪えた。

 レッドは修行していた頃を思い出し、これも修練だと割り切りながらバンギラスのもとへ近づいていく。

 

―午後5時30分頃―

 

 探し始めてから一時間弱。レッドはようやく影を視認。

 恐らくシルエットから見てバンギラスは後姿である。先制攻撃だとばかりにレッドはカメックスとフシギバナを繰り出す。

 

「マスター。あれって……」

 

 カメックスが影を指さしながら言うと、

 

「そうだ」

 

 と深く頷く。

 

「ケッ。あのデカブツまた出やがったのか……。性懲りもない奴」

 

 レッドの最古参にあたるフシギバナがそう毒づく。

 

「恐らくこれがジョウトで戦う最後の敵になる……。でもだからといって気を抜かずにな」

 

 二匹は言われなくてもわかるとばかりにレッドの方へ頷く。

 レッドはその表情を見て安心しつつ、指示を出す。

 

「よしっ! カメックス! ハイドロポンプ! フシギバナ! リーフストーム!」

 

 二匹はこの二つの大技を遠くにいる影に向かって全力で放つ。

 

「行けっ! カビゴン!」

 

 レッドはこれだけでは倒せないことを承知しているためさらにカビゴンを繰り出す。

 先ほどの技は命中したようで、影はどんどん大きくなり、やがて姿が見えた。

 通常のバンギラスより三倍以上の大きさを持つ巨体が姿を現した。

 

「んぁ……あれは……」

 

 カビゴンは青菱にある傷を見て何者か思い出したようだ。

 

「そうだ。あれはお前が前、傷をつけたバンギラスだ」

 

 そして、この傷でいよいよバンギラスがレッドたちを二度にわたって苦しめたのと同じものと分かった。

 手持ちたちは気を引き締める。

 レッドは一度手持ちをすべてだす。

 

「うろたえるな。博士が何をしたんだか知らないけど……。ポケモンはポケモン。ポケモンならば俺たちに不可能はない! 現に一度敗れたミカンさんやヤナギさんだって俺たちは打ち破れたんだ! 絶対に倒して、このくだらない戦争を終わらせるんだっ!!」

 

 レッドの檄によって手持ちたちの士気は大いに上がった。

 

―――

 

 一時間後。

 バンギラスはカイリキーやレアコイル、カメックスといったレッドの主力やサブたちを倒して力尽きる。

 バンギラスが倒れると、砂嵐は止み、空がおがめた。

 最早日は沈みつつあったが、はるか遠くから鬨の声が聞こえてくる。砂嵐があけるのを待って出撃するのを待機していたのだろう。

 エンジュの町はどうなったかといえば、バンギラスが大いに暴れたことで致命的な損害を受けた。ただでさえ火事などでもろくなった家にバンギラスの大暴れである。まともな形を保っている家屋の方が圧倒的に少なかった。

 かろうじて形を保っている建物も砂嵐によって通信網が破壊されたり屋上や、下手をすれば屋内が砂まみれになったりとおよそ無事とはいえない損害を受けている。

 エリカや有識者たちの言うとおり、エンジュは応仁の乱と同様の大損害を受けたのだ。

 

―午後7時 太平洋上空―

 

 一方ロケット団は改造ポケモンと主な団員たちをつれて砂嵐の混乱に乗じてヘリコプターで逃げ去っていた。

 サカキは備え付けのテレビで報道を見ていた。

 テレビにはエンジュ解放に狂喜乱舞するエンジュ市民たちの模様が映し出されていた。

 サカキはそれを見て鼻で笑って見せる。

 

「全く愚かな者たちよ……我々がこの程度で消え失せると思っているのか」

「とはいえサカキ様。ジョウトの主要都市ににらみをきかせられる立地、内国で一二を争う研究設備のある大学、内国にとっての戦略的重要性。これだけ揃っていたエンジュを手放して良かったのですか?」

 

 アポロがそう不満げな顔で尋ねる。自らの腹案が根底から潰されたのでさすがに少しは何か言いたくなったのだろう。

 

「なぁに新天地などいくらでも我々にはある。それに内国……日本などという国を手中にできたところでいつかは破綻するのみ。我々が本腰を入れるべき場所はやはり更に強い国でなければな」

 

 サカキは低く笑いながら言って見せる。

 

「ということは……」

「この国でやったことはすべてデモンストレーションだ。アポロよ、お前の言ってくれたその王国への案。新天地で存分にやるが良い」

「は……ははっ!」

 

 アポロは瞳を輝かせて深く頭を下げた。

 

「サカキ様」

 

 ランスがサカキを呼ぶ。

 

「どうした」

「この死体は……どうしましょうか」

 

 ランスが持っていたのはどさくさに紛れて持ってきたオーキドの亡骸である。

 

「あぁその”くろーん”とかいうやつの骸か……。海に放り投げておけ。ここは公海だ。そうそう見つかることもあるまいに魚どもの餌にしてやれ」

「はっ」

 

 そういうとランスは下っ端に命じてオーキドの骸を海へ放り投げた。

 

「サカキ様……俺、やっぱりあのオーキドとかいう胡散臭いジジイのいう事なんか聞いてられねーっすよ。ほかにどうにかならねぇんすか」

「ラムダ。それが言いたければもっと活躍してから言う事ね」

 

 アテナがラムダをそう窘めた。

 ちなみに折檻の形跡が残っておりあちこちに腫れ跡がある。

 

「あぁ!? てめぇだってランスの尻馬に乗って辛うじて勝てただけだろうが! 偉そうな口叩くんじゃねえぞ!」

「何ですって! あんたまた熱い鉄棒で顔焼かれたいの!?」

「黙れ。ニュースに集中できないだろうが」

 

 サカキの一声に二人は押し黙る。

 こうして、一機のヘリは太平洋を通り過ぎていく。

 

―午後9時 エンジュシティ ポケモンセンター 会議室―

 

 このような戦乱のさなかでもポケモンセンターだけはかろうじて残っていた。

 ジョーイなどが全ていなくなっており営業はされなくなっていたが、エンジュが解放されると即日営業を再開した。

 そして、ワタルをはじめとする戦争に参加した総員がここで総括を行う。

 

「今回の戦争は死者、死亡したポケモンが100000をこえるという痛々しいものになったが、各方面軍の活躍で被害が他の街に及ばずにすんだ。本当に感謝する」

 

 ワタルは深々と礼をする。その表情は固くも少し安心しているように見えた。

 

「首領のサカキはジョウトからヘリを使って、幹部連中共々逃走した。以上の事を明日の記者会見で述べるが異議のあるものは挙手を」

 

 少しだけ議場を静寂が支配する。

 

「では、以上を持って緊急命令を解くものとする。各々、各仕事場に戻って頂いて結構です。本当にご苦労であった」

 

 こうして、一週間以上にわたる戦いが、本当に終わりを告げた。

 しかしたった一週間とはいえ、戦後最大の反乱となったエンジュ騒乱は後世の歴史の教科書に必ず載るほどの大事件となったのだった。

 しかし、ポケモンリーグからすればここからが本当の戦いであった。

 

―――

 

 あれから。

 まず政府はエンジュ解放のしらせが来るとすぐさま治安出動の議決を取りやめ、緊急対策本部を解散。「エンジュシティに係る戦災からの復興に関する法律」(戦災復興法)を制定し、エンジュシティの復興のみに特化した大臣を置くことを表明。

 主な内容も避難民の生活支援からエンジュシティの再建や被災者たちの経済的・心理的ケアに切り替えられた。

 先述したとおりエンジュシティの損害は”応仁以来”と評されるほどの惨憺たる有様であった為、中にはエンジュではなく親戚、親類の家に移ることにした者も少なくはなかった。

 しかし、やはりエンジュに戻りたい。エンジュで生活したいという人々が多数を占め、寺院や仮設住宅などに住みながら毎日エンジュまで行き建物の建築や都市計画などに携わり一日も早く往時の姿に戻す為に人々は尽力した。

 ポケモンリーグはどうだったか。やはりいくら早期解決にむけて尽力していたとはいえ、終了後当初は檀上会談の失敗やエンジュ総攻撃の件などでワタルはマスコミより手厳しく指弾されることとなった。

 しかし、これに対してノーと言ったのがエンジュの市民たちであった。ポケモンリーグが如何に自らの街を守る為、救うために尽力してくれたかをある人は動画にし、あるひとは漫画に、ある人は文書にして訴えかけた。

 これによって反乱終了から数か月も経つとワタルに対する風当たりはおさまった。これが再燃するのは12月の選挙となるが、それはまた別の話である。

 オーキドの件はどうなったか。オーキドは総攻撃の前日にタマムシ大学へ忍び自身の研究室に置手紙をして去っていた。

 そこには『一身上の都合により、ポケモン研究会会長及びタマムシ大学教授の職を辞することとした』とだけ書かれており研究会はたちまち大波乱となった。

 しかし、まさかオーキドがエンジュ騒乱に加担していると疑う者は一人としておらず、新会長はシンオウのナナカマド博士に決まりどうにか片付いた。リーグ側はオーキドの関与を警察やマスコミに対して声高に主張したが、肝心の証拠が戦災、もしくは故意に破棄されたり持ち去られていたため一つもなかった。ここで例の死体でもあれば決定的な証拠に成りえたのだろうが、死体は先述の通り海の藻屑となった。

 こうなったらと副理事長のシロナはワタルに対し例の意見書の公開を求めたが、やはり状況証拠に留まっているため確信を得ることはできないとして断念。

 エンジュ騒乱は結局ロケット団のみの犯行と断定され、取り残された数百名ほどの団員を逮捕して警察は捜査を打ち切り。ちなみにその中にはマツバを殺害した実行犯もおり、この時逮捕された者の中では一番重い死刑の判決が下された。オーキド博士の行方は誰も知る者がいなかった。

 そしてサカキと四名の幹部は内乱の首謀及び重大な関与をしているということで国際指名手配されることとなった。他の団員たちもポケモン愛護法違反や器物損壊罪、逮捕監禁罪、破壊活動防止法違反などで次々と同様の手続きが行われた。

 こうして、戦禍は過ぎ去り、いつもの日常がもどってきたのだ。

 

―第十二話(中) 王国の終焉 終―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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