Fate/Grand order 虚構黄金都市ウルク 作:Marydoll
今回はもうばっとぶった切ったので短いです。
後百合もあんまないです。
森の番人フンババーー
シャムハトの呟いた名に心の内で思いはせる。
唐突に現れた獅子の怪物は、俺たちを補足すると同時に悲鳴のような雄叫びを上げた。金切り声にも似た擦り切れるような声は、森を圧迫し、俺たちの思考を削ぎ落とそうとする。
最初に動いたのはーー多分シャムハトであった。
一歩前に出た彼女は、金切り声の向こう側で何事かをつぶやきーーすると、森の木々たちが急速成長して蔓を伸ばし、フンババを押さえつける鎖の役割を果たし始めたのだ。
異端調教のスキル。
意思なきものに意思を与えるそのスキルは、超広範囲の森のあらゆる木々を操ることさえできるというのか。悲鳴はさらに切迫感を増して、フンババが体を震わせるーー木々が総て引きちぎられた。
「やはり甘いですかねえ」
「そんなこと言ってる場合かい!?」
少し呆れたような口調のシャムハトの間の抜けた言葉に、ダ・ヴィンチちゃんはフンババに負けないような大声で返した。もはや怒号にも近いそれに、けれどシャムハトはただ笑うだけで返す。
「先輩、指示を」
「マシュ…………」
気付けば俺のそばにいたマシュがそう言う。けれどーー
「ーーーーーー」
「先輩?」
「ーーーーシャムハト!!」
沈黙。
迷いに迷った末に、俺の取った行動はーーシャムハトを頼ることであった。
俺たちには、圧倒的にあの怪物の情報が足りない。どこが欠点か、どこが危険か、何が有効か、いったい何をすべきなのか。
それらを判別する方法は皆無で、それに時間を費やす余裕もまた皆無。
フンババを眺めて立ち尽くしたようなシャムハトに大声で問いかけた。
「そうですね」
「シャムハト」
「ーーーー時間を稼いでください。或いは『彼女』であれば……」
「かのーーーー時間、時間だ時間を稼ごう! ダ・ヴィンチちゃんとシャムハトは可能な限りフンババの足止めを! マシュは俺を守って!」
「了解です、先輩!」
「了解マスターちゃん!」
態勢を立て直す。
シャムハトの操る木々が、先の何倍にもなってフンババに襲いかかる。ダ・ヴィンチちゃんは杖を振るい、フンババの足を攻撃する。マシュは俺の側で大盾を構えて、万事に対応できるように気を張り巡らせた。
戦いが始まるーー
ただ、シャムハトの言う『彼女』の存在を信じたーー盛大な負け戦であった。
*
「君はいったい何者かな?」
「名乗るほどのものではない」
「そう……じゃあどうしてここに?」
「頼まれごとをされただけだ」
「頼まれごとーーギルガメッシュからかな?」
「そう。彼女からの依頼ーーいや、命令だ。お前を足止めしろ、とな」
「ふーん。ギルも焦っているのかーーいや、準備をしているの、かな?」
「それに対する答えを俺は有していない。悪いが本人に聞いてくれ」
「本人に聞けってね……足止めをするんじゃなかったのかい? ーー施しの英雄」
*
シャムハトの言葉の意味を正しく理解することが出来たのは、僕がギルガメッシュと相対するのと同時のことであった。まるで痛みを堪えるかのようにしかめられた顔は、不機嫌さを感じさせる。それが誤解や勘違いであったとしても、会う人総てをそのように睨んでいたというならばーーなるほど確かに尾ひれのついた大層な伝聞がなされて当然のことであろう。
蛇のような瞳は紅。降り立つ黄昏のような金色の髪はーー僕にはどこか燻んでいるように見えて仕方がなかった。
僕を一瞥したギルガメッシュは、ふんと鼻を鳴らして言う。
「人形風情がーーシャムハトめ、一体どういうつもりだ」
人形。
確かに今、彼女は僕にそう言った。なんという明察。一目見ただけで僕の有り様の本質を見抜いたというのか、この女は。
「初めましてかな、ギルガメッシュ」
「初対面には思えんがな。その忌々しい面は、あの淫売を基に作り出したものかーー型作りから盛大に失敗しているんじゃあないか、泥人形」
「彼女には良くしてもらったよ。君のことも、彼女から教えてもらったんだけどねーーまさか、ここまでとは思わなかったよ」
「傀儡の身で私を裁定するか、泥人形。あの女がお前に何を吹き込んだかは知らないが、高々一人の阿呆に踊らされるその様は哀れ極まりないーー」
そう、本当にこれほどとは思っていなかった。これほどまでにーー酷いとは思っていなかったのだ、僕は。
シャムハトは僕にギルガメッシュが如何に美しく優れ、強き者であるかを懇切丁寧に言い聞かせた。それは僕が彼女のことを過小評価して、痛いしっぺ返しを喰らわないようにするためなのだろうと思っていた。実際、彼女が僕をギルガメッシュの為に利用し尽くそうとしていたのは目に見えてわかったことだ。だから、過分な評価であろうことを鑑みても、それ相応の何かしらが存在するのだと、ぼくはおもっていたのだーーだというのに。
箱を開けてみれば、これである。
立ち振る舞いは確かに強者のそれだ。万象が彼女に平伏してしまいそうなほどに巨大な威圧感ーーそれが虚像となり、彼女の本来の姿を偽りのものにしてしまっているのだ。影が大きければ、猫でも虎に見えてしまうだろう。蛇は龍に見えるしーー或いは人も神に思えることがあるかもしれない。
シャムハトの必要以上に誇張されたであろう賞賛の言葉の意味を、僕は察した。彼女は僕に、ギルガメッシュと初めて見えたその時にーーたぶん、拍子抜けして欲しかったのだろう。そうやって虚像と実像の違いを明確に見つめて、その上で僕に、ギルガメッシュの良しと悪しを推し量れと、そう言っていたのだろう。
僕がギルガメッシュという一人の裁定者のーーただの一人の少女の脆さにこうして気付いてしまったのだから、彼女のやり方はある意味では正しかったのだろうけれど。
「ギルガメッシュ」
「ーーなんだ人形。私の言葉を遮るとはいい度胸だな」
「君はーー」
なんていう顔をするのだろうか。
彼女のか細い肢体から、目を離すことができない。
まるで今から太陽に焼かされに行くかのように苦しげで、眩いものに痛めつけられたように歪められた顔は、どこを取っても脆弱に見えて仕方がない。今にも泣いてしまいそうな顔をしているのだ。苦しそうだ。辛い、痛いーー助けてほしい。まるで心がそう、僕に訴えかけているかのようなその瞳は、虚ろ。
シャムハトの言っていたことの一端が、なんとなく理解できたような気がしていた。
だけど、その役割を僕に任せようとする彼女の考えは全くもって理解できなかったーーだからこそ。
僕はーーワタシはそれを知りたいと思った。
どうしてそんな、親から逸れてしまった幼子のような顔をするのかーーワタシがまず、理解しよう。その上でシャムハトのーーそしてギルガメッシュの言葉の深奥を知ろう。
ギルガメッシュ。
きっと貴女はーー
「ーー僕は君の過ちを正そう」
孤独の中に、生きるべきではないのだからーー
*
敗北の予感だけがそこにあった。
シャムハトの操る数多の手管も、ダ・ヴィンチちゃんの放つ光弾も、かの獅子を傷つけるには能わなかった。それに反して、俺たちを殺めんとーーいや、あしらおうとする前足は、一撃で大地に大穴を開け、木々の悉くを薙ぎ払った。
根本的にスペックが違う。
遥か太古の、神秘に満ち溢れた時代の賢者であるシャムハトであっても敵わない。
人類を新たな舞台まで引き上げた箱舟の奏者である万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチをしても推し量れない。
そう、それは災害。
神の怒り。
人の為す過程も結末も、想いも余韻も、気にとめることなく滅ぼさんとする天災の顕れ。
たぶん、俺の思った弱気なそれは仕方のないことだと言えよう。
これは確実に、『人』には勝つことができないーー討ち果たすことが出来ない、排斥できない世の条理。当然の結末。
ほら、だからーー
「ーーーーーー」
「冗ッ……談っだろっ!?」
「先輩ッ……!」
それは吐息だ。
突如現れた羽虫への、鬱陶しさが表れた、ただの溜息だったのかもしれない。そんな微風のような吐息でーー森が
残ったのは太陽のような熱量と紅蓮、そして灰燼それだけ。
俺たちを狙い定めたわけではないーーだから生きている。
けれど。
けれど次は違う。
獅子の赤黒い瞳、それが俺の困惑と恐怖と失意の心根を燃やし尽くさんと穿ち抜いた。
吊り上がった喉が急速に引き締められたーー叫び声は余りにも悲痛に過ぎた。
シャムハトの呟きが、ぽとりと灰の上に流れ落ちた。
「全く……我が教え子ながら、よくこのような化け物とーー」
「令呪を持って命じるッッ!!!」
俺の眼の前に躍り出たのは、愛しい後輩のか細い身体。ちらりと覗き見れた桃色の瞳には、恐怖の暗色が掛かっていた。
歯を食いしばって力を込める。
軋み上がる肢体ーー
振り上げられた大盾ーー
大きく肩が上昇して、
「俺たちを守れッッッ!」
「仮想宝具、擬似展開ーー」
瞬間。
余りにも重たい質量を伴って、太陽が爆ぜた。
「
包み込む、炎の具現。
それは多分、ただの吐息であるはずなのに、総てを滅ぼす死を纏った風。
展開された宝具にびしりと傷が生まれる。光が散り、俺たちの頬を掠めて消えるーー耐えられない。
「ーー馬鹿にすんなヨッ!!!」
マシュの宝具がーー
人理の盾が、崩れ去る寸前。
ダ・ヴィンチちゃんが叫んだ。
杖を振る。
現れたのは、幾重にも重ねられたオーロラの光。
その金剛の障壁は俺たちを護る盾に絡みつき、眩い輝きを放った。
「万能たるレオナルド・ダ・ヴィンチ
特性のおもちゃさっ!!! 因みにあと107個あるけどッ!!??」
叫ぶ、唸るーー
果たしてーー障壁は大きな音を立てて砕け散った。
「ーーーーーーーー」
なんて呆気のない。
マシュの宝具と、ダ・ヴィンチちゃんの保護を物ともせずに俺たちに襲いかかる紅蓮はーーもう止めようもなかった。
咄嗟に呆然と身体を後ろに傾けたマシュを抱きしめて包み込むーー
きっとーー間違いなく意味のない行為であろうけれど。
マシュが俺の肩を強く掴んだのを何処か遠くで感じながら、最後に見上げたのはーー
迫り来る熱ーー
そして紅の流星、それと紫紺の光であったーー
*
なんて馬鹿げたーー
その『光』を遠巻きに眺めていた私の感想は、ただそれに尽きた。
森の番人フンババ、など。
化物の中の化物だ。
私の仕える王たるギルガメッシュをして苦戦したと伝えられる獅子の魔獣。
その吐息は途方もない熱量の塊。森の番人でありながら、その森林を壊し尽くす矛盾した神の悪戯。
そんな馬鹿げたーー
そう巫山戯た存在は今。
私の眼の前でーー
大きく
ふと目を向けた先には、目を白黒させる人理の守護者ーー少年と少女。
不可思議な様相の女は、驚きに目を丸めそしてーー
黒に塗れた聖娼婦は、私の眼をしっかりと捉えて言う。
ーー彼女に宜しく、お伝えください。
ーー全く、本当に……
馬鹿げた話であったーー
*
呆れたように息を吐く魔女の視線の先には居たのは、紅の髪を風に流されて、毅然と立つ女であった。
我が王ギルガメッシュに、私の『お守り』を命じられたらしい彼女は私の方をちらりと見たあとに、思案げに顎に手を当ててふんと鼻を鳴らした。
それを傍目に、私は件の紅の女を見つめていた。
赫色の槍を両手に持ち、吹き飛ばされたーー今しがた己の吹き飛ばした魔獣の行く末を睨むようにする彼女は一体ーー
「ーー死の国の女王、スカサハ」
「…………?」
「それが彼女の正体よ」
死の国の女王ーー知っている。
かの猛犬クー・フリンを育て上げた不死の魔女。神殺しの槍使い。
まさかこのような地で目にすることになるとはーー
「あの聖娼婦サマも私に気づいていたようだけれどーー気に食わないわ」
「…………というと?」
「あちらの女王サマは、最初から
本当に不機嫌そうに自分の髪を擽る魔女は、今度こそ私に向き直って言う。その手には虹色に光る宝石。
「移動するわ。お姫様の言っていた『馬鹿狐』に会いにね。貴女も、当然だけれど、着いてきなさい」
言外に文句はないなと詰問するような雰囲気を感じたが、もちろん否むはずもない。今この瞬間、彼女の言葉は王の勅命にも等しいのだから。
私は一つ頷き、彼女の元に近づく。
手を虚空で振るった魔女は、最後に私の耳を擽ってからーー
共々に
もう宣言するけれど、次はマシュとぐだ子の百合を書き上げます。
短編だと書きたいことだけ詰め込めばいいから簡単だし、何よりあの自分で読み返した後に悶絶したくなるぐだ子の独自がいっそ心地よくなってーー
と言うことでまた失礼します。
出来れば早い再開をば!