Fate/Grand order 虚構黄金都市ウルク 作:Marydoll
遅くなったくせに、短編などを書いたりしてすまない
とりあえずすまないさんを真似すれば、怒られないで済むとか思ってしまって……本当にすまない(しつこい)
エルキドゥとの再会の話もあります(時系列的には一話時点で既にしてるんですけどね)
姫ギルとエルキドゥの百合百合しい絡みは、途中途中に挟む過去話が主なので、もう暫く待っていてください
とても、とても長い時が経ったように思えた。ギルガメッシュは強く、美しく育ち、わたしの元を去っていった、ただ、わたしの忠義を讃えるだけをして。
彼女の誉れはこの遠い森の深奥にまで聞こえ轟いていた。
貧窮に苦しむ民を一年足らずで救ったーー彼女の指示の元に動けば、耕作は富み、魚は多く取れるようになったーーという。
敵国の軍勢を、一夜にして滅ぼしたーーそして国さえも奪い、従えていったーーという。
ギルガメッシュは確かに王となった。国に尽くし、それ以上に民に尽くされる。そこにあるのは、まさに賢王の姿のみ。
また一人になった時に寂しさを感じなかったと言えば、もちろんそんなはずはなかった。そう答えるしかない。森を散策しようとも、わたしに問いを投げかける彼女はもう居ない。食事を用意したとしても、それを評し、辛辣に口すぼめる彼女はもう居ない。一度他者の温もりを知れば、もうその心地よさを忘れることなんてできない。日差しに身を浸せば太陽を待ち望み、水に体を注げばまだかまだかと雨を待つ。愛おしい子供を望んでしまえば、わたしは何でこの渇きを慰めればいいというのか。
しかし、どこか欠落してしまったような日々に、光明が差したのは、彼女がわたしのところに訪れた日と同様に突然の事。
ーーそれは、泥であった。
必死に形を留めようとする泥の人形。幾度となく壊れ、直し、倒れ、起き上がる。まるで手負いのまま逃げる獣のようなその人形を見た時、わたしはまた運命の流転を実感する。
ゆっくりと近づけば『獣』は、わたしの姿にとても驚いたように見えた。まさかこのようなところに人がいるとは思わなかった、と言うように。
本来眼球の収まっているはずの眼孔は穴があり、内に見える眼底さえも綻んでは結実する。口と思しき場所もまた同様に、穴が一つ、下手な小細工のような見える。
必死に『人の形』を取ろうとする『獣』に、わたしは深い慈悲の念を感じていた。
そうか、貴方もまた生きているのか。
自身の本来の『カタチ』を失い、なすがままに、有りの侭に生きることを強いられる、彼女のように。
立つことさえも出来まいその足に必死に力を入れても、出来ない。ぐちゃりと泥が落ちて、またゆっくりと重なり合う。
『獣』は、目前に膝をついたわたしにとても驚いているようであった。
その頬に手を添えて、首をこちらに向ける。溢れてしまわぬようにゆっくりと……
「わたしを見て」
「ゥォ、ゥヴォォう……」
本当に『獣』のように
「わたしの顔は見える?」
「…………ゥォヴ」
「そう。それじゃあ、わたしの顔を真似しなさい。焦ってはいけない。ゆっくりでいいの、わたしはここに居るから」
「……………………」
『獣』はわたしの声に、戸惑い、けれど確かに頷いてみせた。
それからゆっくりと
彼女は、名をエルキドゥと言った。
人の様を取れども、それは泥の人形。神の傀儡であり、彼女はギルガメッシュを留めるため、天より降り立った縛鎖の役割を担うもの。エルキドゥは、わたしに何度もギルガメッシュのことを尋ねてきた。
「その子はいったいどんな子なんだい? 貴女の話を聞いても、ただの強がりな子供としか思えないんだけど……」
強がりな子供。
わたしが知恵と知識を与えたエルキドゥは、みるみるうちに獣の体を失い、人のように振舞い始めた。そうやって時間を経て、自分という存在を確立し始めた頃から、彼女の姿はまたさらに変貌を遂げていた。初めは私にそっくりであった容姿は、私に比べて幾分スリムにーーそう、まるで凛々しくも美しい男性のように、中性的に変化していった。けれど自我を確立したとしても、その役目を放棄するつもりはないらしい。エルキドゥは、わたしの話からギルガメッシュのことを、ただの強がりだと言う。
釈然としない思いと同時に、成る程そうとも見えるのかと思いもした。強がりな幼子、彼女を表す言葉として最上のものであるのではないかと驚いてしまったくらいだ。
ギルガメッシュは、彼女自身が自覚し、認めているようにーー強い。恐らく、この世の悉くを超越することそれが……可能なほどに。けれど、それ以上に彼女は何かに怯えているようにも見えた。終ぞその真相を確かめることは出来なかったが、確かにわたしにはそう思えたのだ。その怯えが、彼女に強さを追い求めるように駆り立て、責め立てているのではないのかーー或いはそうなのだろう。
「そうね、彼女は強かった。そして賢明であった。だからこそ、彼女は不必要にーー有りもしないことにさえ怯えてしまっていたのかもしれない……」
「有りもしないこと?」
「ーー裏切り」
エルキドゥは小さく目を見開いた。彼女のことを強がりと称せども、その実力の丈は認めていた。だからこそ、孤高たる姿のみを伝聞されたエルキドゥには、そんなギルガメッシュの姿を想像し難かったのかもしれない。
けれどわたしには分かる。
ギルガメッシュは、わたしを他人として扱おうと躍起になっていた。わたしは彼の供奉であり、従順で使い勝手の良い存在ーーもはやわたしの本来の役割であるはずの、彼女の保護者として認めてさえいなかっただろう。ギルガメッシュの意図の深奥を測ることは、わたしには出来ない。それをするには、わたしの立つ場所が余りにも彼女からかけ離れすぎている。
けれどもーー
「エルキドゥ」
「……なんだい?」
「あなたは、天の鎖。ギルガメッシュを抑えるために降り立った存在であることは重々に承知しています、ですがーー」
エルキドゥの瞳を見つめる。碧色に照る光の、奥底を覗き込もうとする。それが出来ぬことであると分かっていても、そうせずにはいられない。
きっと、彼女はギルガメッシュと同じーー孤高の存在。遥か高みに位置し、すべてを見下ろし、俯瞰して、人々を裁定する者。その端くれ。そしてだからこそ、彼女ならば、ギルガメッシュの孤独を理解してあげられる。そうで、あるはずなのだ。
「あなたはギルガメッシュの縛鎖になることは出来ないでしょう」
「…………………………」
「あなたはきっと、ギルガメッシュの上にも下にも位置しないーーきっと、きっと彼女と共に歩くことのできる唯一の朋友となることができるでしょう」
「……僕に、役目を放棄しろと?」
「いいえーー」
首を振り、息を吐く。
「ーー違います。あなたは、彼女と共に在り、彼女を宥め、諌めてーー
「…………君は、僕に何を求めている?」
やはり、見抜かれる。
その瞳はーーその昏い輝きは、ギルガメッシュのそれととても良く似ている。孤高たる者の気持ちを、群れなす者どもに理解しろという方が可笑しいのだ。無理難題を押し付けるのは、過ちであろう。
わたしが、ギルガメッシュのために、エルキドゥを利用しようとしていることをーーエルキドゥ自身が既に見抜いているのだ。
「これは……もちろんあなたの為でもあります、我が娘よ」
「僕の為で
「はい。けれど、そうすれば、あなたの労力のほぼ全てはギルガメッシュに注がれ、彼女に尽くすことと相成るでしょう。けれど、わたしはその役目をあなたに務めてほしい」
「それは、どうして?」
どうして、などと尋ねられたとしてもーー答えなど最初から決まり切ったことであった。
黄金を纏う紅の瞳の、その奥で淀む穢らわしき毒ーー彼女自身の傷みを、彼女自身で認め、或いは諦めて、彼女がいつか、それを乗り越えていけるように。
「ーーそれは……」
わたしはあなたを利用しよう。神の傀儡よ。
「わたしが、彼女のことをーー」
*
間に合わないタイミングであったはずだったーーしかし、そうはならなかった。
マシュを切り刻まもうと飛び掛った泥の人形たちがーー総て一瞬にして瓦解したのだ。
「ーーえ」
「お怪我はありませんか」
惚けた俺たちに、美しい声が掛けられた。最初に忘失の最中を脱却したのは、ダ・ヴィンチちゃんであった。俺たちの方に駆けてきた彼女は、俺たちの前に立って杖を構える。それからマシュがハッと大盾を構えて、声の主を見るーー
「大丈夫。わたしは敵ではありませんよ」
なんと美しい女性であろうか。俺はせっかく脱却した忘我の中へ、再び舞い戻りそうになってしまう。
黒い髪の毛は質のように艶やか。同じように黒い瞳は、まるでこの世全てを飲み込む麗しき夜が如し。その雰囲気に、俺たちは一瞬で圧し抑えられてしまう。
落ち着いた様子の俺たちに薄く微笑んだ女性は、透き通る水のような声を震わせて、俺たちに言った。
「初めましてーーわたしの名前はシャムハト。恐らく、あなた達の味方として、この地に喚ばれた者でしょう」
「つまり、その女神イシュタルが特異点の原因であると、君はそういうのかい?」
「ええ。彼の者の気配を、わたしは確かに感じています。わたしと神イシュタルは、とても深く繋がっている、それ故に」
荒地を抜けて、暫く歩いた先に存在した森の中のーーさらにその奥にぽつりと在った湖のほとりに、俺たちは座り込んで話していた。木々が騒めいて、風が轟く。そんな森の中は、あらゆる異端を排斥するように、俺たちに慟哭しているようであった。
シャムハトは、俺たちに微笑みながら話を続ける。
「あの人形らも、恐らくは神イシュタルの産み出した贋作でしょう。基を辿れば、余りにも杜撰に過ぎる出来ですから」
「そうーーそう、人形と言えばだよ。君はどうやってあれ程の人形を倒したんだい? 出来れば教えてくれると助かるかな」
言わないと信じないぞ、というダ・ヴィンチちゃんの心の声が、俺にも聞こえてきた気がした。そんな、ある種辛辣な彼女の言葉を、シャムハトは気にすることなく答える。
「わたしのスキルです。『異端調教』のスキルーー効果は、意思なき者に意思と智慧を与えるもの」
「それは…………」
「あの人形らは、意思なき者として産み出された存在です。それは神の意思によって固定された、無二の概念。故に、そこへ人に比類する意識を植え付けられればーー」
「自己矛盾を起こして、崩れさる?」
シャムハトはその通りと鷹揚に頷いてみせた。
ダ・ヴィンチちゃんは、うんうん悩むように首を捻っていた。何処か思うところがあるらしい。
俺は隣の、ずっと黙りきっているマシュをちらりと見てから、シャムハトに問いかける。
「その女神さまが何処にいるか、あなたは知っていますか?」
「ええ、存じ上げていますーーですが……」
「……?」
シャムハトは笑みを一瞬潜めて、顔に陰を落とした。しかし、それは本当に瞬きの間のことーーシャムハトはまた薄く微笑みながら、続ける。
「ですが、今そこに行くのは余り得策ではないかと」
「それは、どうして?」
「神イシュタルのそばには、常にーー」
言葉が、途絶えた。
それは、決してシャムハト自身が意図したことではなくーー後方。そちらから獣達が逃げるように森を駆け抜けて、俺たちを気にすることもなく去っていたからであった。何事か、シャムハトを見ると、彼女は驚いたようにーー或いは何かを恐れるように森の向こうを見据えていた。
「シャムハト?」
「ーー早過ぎる。まさか、居場所を?
しかし、どうやって……」
「ねえ? どうしたーー」
呆然としたような彼女に、もう一度問いかけようとするとーーその必要はないとばかりに、森が大きく震えた。
大地が揺れる。まるで大地震が起こったかのようーーだけど、それは違うとわかる。これはむしろーーまるで、大きな何かが、何度も大地に振り下ろされるような、そんな感じ。
ずん、ずんと、地は幾度となく揺らされた。
シャムハトは、未だ森の闇の何処かしら一点を見つめて、ぽつりと言った。
「ーー森の番人フンババ」
「シャムハト?」
「構えてください。でなければ……」
シャムハトは、焦ったように、だというのに落ち着いた口調で、俺たちに目を向けた。
彼女は、こう言った。
「でなければ、ここで英雄譚はお終いですよーー」
影を引き連れて現れたのは、とても巨大な獅子の化け物であった。
マシュが盾を構え、ダ・ヴィンチちゃんが杖を向ける。
勝てないーー
そんな思いを、決して表にださないようにしながらーー
*
声が聞こえた。
淫鬱で、しとりと忌まわしき穢れに塗れたようなーーそれでいて屈託のない声が。
『座』にて安寧の眠りについていた私を叩き起こした下手人に、苛立ちと興味を綯交ぜにしながら目を開く。
ギルガメッシューー
何処かで聞いたことのある声ーーいや、私はこの声を確かに知っていた。
目を覚ましなさい、ギルガメッシューー
そこは、白亜の宮殿であった。照りつける白色の極光が眼を打つようにさえ思えるほど。身体をゆっくりと起き上がらせると、其処にいたのはーーやはり彼奴であった。
「ーーイシュタル」
「嗚呼、ギルガメッシュ。また貴女がワタシの名前を呼んでくれるだなんて、なんて素敵なことなのかしら!」
その女は、宮殿の壁に溶け込むような白であった。染み一つない柔肌も髪の毛も、白に近い透き通ったそれ。琥珀色の瞳は妖しく光を漂わせ、身につけた服も、純白の衣。私より高いその視点にある玉座に座り込み、足をばたつかせている。
忌まわしい貌は、いったい何者が創造したのかというほどに美しいーー頰は僅かに紅く染まり、身体を抑え込めぬ激情に震わせていた。腰をくねらせ、腕を組みーー巨峰のような胸を押し上げる。豊満な肢体は、此方を誘惑するように、滴る蜜の香りを匂わせていた。
イシュタルは私の名を呼ぶ。
何度もなんども、確かめるように、焼き付けるように。繰り返し、繰り返しーー
ギルガメッシュ、と。
「何のつもりだ?」
「何のつもりだなんてーー決まっているでしょう? ワタシの愛しいギルガメッシュ。貴女をワタシのモノにする為に決まっているわ」
「ーーほう?」
淀みなく、疑いもなく。イシュタルは、私が彼女に愛情をもってした返事をすることを、確信していたーー愚かなことである。
「私が貴様のものになるとでも?」
「うふふ、良いのよ。貴女が何を言おうとも、何を成そうともーー絶対にワタシのモノになる。当然のことなのだから」
「なにをーー」
イシュタルは鬱屈なく、麗しく笑ってーーその細腕を前に差し出した。
其処にあったのは、間違いなく『黄金の杯』。そう、かつての聖杯戦争で、私が目にした奇跡の願望機。
ーー聖杯。
「ーー何故貴様がそれを持っている」
「何故だと思う?」
「…………………………」
いや、そもそも。
この場の違和感に、私は今にして気付いたーー魔力が余りに潤沢に過ぎる。かつて現界した時代ではあり得ぬ密度である。そう、それはまるでーー
さらに言えばーー
まずイシュタルが、神の一翼であるこの女が、人世に姿を現せていることも可笑しな話であった。
「ワタシと共に来るというならば、これを貴女に与えましょう。これは報酬でもありーーそしてワタシたちの婚姻の証となる」
「…………………………」
聖杯。
かの戦争では、数多の時代の英傑が集った。ブリテンの騎士王も、湖の騎士も、輝く貌の槍使いもーーどいつもこいつも、全員揃って愚か者であったけれど……丁度、かつての私と同じように。後悔と失意に塗れた、哀れな幼子のような慟哭と願望を見に宿して今世に顕れ、自分勝手に争いを始める。私も彼らも、同じ穴の狢であった。
成る程、確かにそれは私がかつて望んだ宝物。その美麗も、その神秘も私の宝物庫に加えるにやぶさかでは無い出来であろうーーだが。
「ーーあり得ない。私がお前の元に下る? 冗談は休み休み言えよ、愚神が」
「あら? これじゃあ物足りないかしら……だったらそうーー他に何か欲しいものはない?」
私の拒絶をもってしても、この女は私のことを諦めるつもりはないようであった。聖杯それのみでは、私が揺らがないと、そう考えたらしい。
何という愚かさであろうか。
神の傲慢さも、今となってはいっそ清々しいほどであった。ここまで自己を見据えることのできない愚かな存在など、人の世をいくら探しても存在するまい、そう思えるほど。
イシュタルは、ゆっくりと玉座から立ち上がりーー階段を下りながら、私の方へと歩み寄ってくる。
欲しいものーーなど。
「私の欲する宝物は既に総て私の物だろう。新たな宝をこのギルガメッシュが望んだとするならば、貴様は対価などを求めずに、ただ私に貢げば良いのだーー頭が高いぞ、イシュタル」
「ふふふ、良いわ。素敵な女王様。けれどこれだけは譲れないのよーー貴女は私のものにするの……これは既に決められたこと」
「私に指図をすると? 阿呆めが、万象は私を食いつぶし、故に私にはそれら総てを喰らい尽くす権利がある。貴様に、私の勅命を諌める術などありはしない」
裸足のまま、貼りつくような音を立てながらイシュタルが近づいてくる。立ち上がった私に比べて、少しだけ視点が低いーーそう、それで良い。私と共に、この高みを見るものは、ただこの世に一人であればーー
「そう? ならーー
「ーーーー」
ーー懐かしい雰囲気であった。
その振る舞いは極自然で、最初からその場にいたかのよう。身体全体を覆い尽くす外套に包まれて、萌黄色の髪が踊るように震える。碧色の瞳は此方を優しげに見つめてーーアレはいったい何者だ?
「ーーなんだ、貴様は」
「久しぶりだね、ギル。随分長い時が過ぎたみたいだ」
我が唯一の朋友ーーエルキドゥの姿を模した何者かは、まるで私と知古の関係であるかのように、私に微笑みかけた。
ーーあり得ない。
あれが、あのような泥人形が、私の友であると、そう言うのか……貴様らはーー
「ーー染められたか」
「僕はぼくだよ、ギルガメッシュ」
「愚か者め。どいつもこいつも、たかが神の自儘如きにーー」
「ーーギル」
「…………その名で私を呼ぶか? 蒙昧」
あの娼婦と似た雰囲気をした、エルキドゥは、嬉しそうに微笑みながら、此方に向かってくる。イシュタルは気付けば遠くに移動しており、高みより此方を見下ろしていたーー
私はーー
「…………ギル?」
「近づくなよ、人形。今日の私は、いつも以上に機嫌が悪い」
「…………いつも機嫌が悪いのは否定しないんだね」
私の後方に展開された、黄金の波紋ーー優に百数十。エルキドゥはそれを眺めても、落ち着いた雰囲気をそのままに私に語りかける。
「僕を人形と呼んだーーなのに、此処でそれを使うのかい?」
「莫迦が。貴様のことなど知ったことかーーだが、私は彼奴の強さを知ってる。生半な業では及びつかぬ、この私と同等にして無二の友の強さを」
身体が光に包まれるーー神秘を存分に纏った、やんごとなき白銀の糸で編み込まれた装束を身につける。
手には我が宝物ーー乖離剣。
私はエルキドゥを睨みつける。
「ーー私は此処にいるぞ、エル」
「……分かっているさ、ギルガメッシュ」
ーー砲門が、弾けた。
*
なんと幸せなのだろう。
目前の光景に、怪しい笑みが出るのを堪えるのに全力を注いでーー必死になってしまう。
私、メディアがこの地に降り立つと同時のこと。あの娘は私の前に存在していた。
ーーやはりと言うか、なんと美麗なことか。
絹のように靡く金色の髪も、その肢体ひとつひとつにしてもーー何より目を引くのは、その紅の瞳。獲物を前にした蛇のように私を睨みつけ、裁量する支配者の器。常にその様相であったが、あの冬木の街で出会った時よりも遥かに不機嫌そうに眉根を寄せた顔で、彼女は私を睨みつけていた。
草木のたったひとつを探し出すことにさえ多大な労力を必要としそうなほどに寂寞とした荒地に、彼女はあまりなも不釣り合いであった。
「…………お久しぶりね、英雄王」
「裏切りの魔女ーーまあ、良い。貴様には、私と共に来てもらうぞーーこれは王の命だ。まさか否むはずもあるまい」
「ーーーーええ、構わないわ」
だけど、その美しく輝く玉のような瞳の奥にある、どこか寂しげな光を見てしまえばーー私の独善的な支配者に対する嫌悪感を、彼女に抱くことなど出来るはずもなかった。そう、あの時も結局最後の最後の、聖杯戦争の寸前に至るまで手を出さなかったーー乱入した理由も、また人世の王に相応しい、納得せざるをえない事情によるものであったーー英雄王の、諦念にも似た昏い光を見てしまえば。
かのウルクの王、ギルガメッシュは私を引き連れてーーただ一度も私に振り返ることなく、この場へと引き連れてきた。
ーーのは、まあいい。
なんだ、この素晴らしき空間は。
「おい犬。そんなに擦り寄ってくるな擽ったいだろうがーーおい、聞いているのか? おい、おいアサシン」
「ーー我が王」
「おい? 聞こえているのなら離れろーー離れろと言っているだろう」
何処から取り出したのか(まあ当然あの波紋の宝具からなのだろうけれど)ギルガメッシュは黄金の玉座に片肘をついて座ってーーそんな彼女に擦り寄る浅黒い肌の幼げな少女と戯れていた。本人には戯れている気など毛頭なく、あの少女のことを鬱陶しくも愛らしく思っていてーー言葉の通り、少しばかり面倒な犬に絡まれた程度の感覚なのだろうけれど。
犬、或いはアサシンと呼ばれた少女は、その生き様の性質上仕方ないとはいえ、その幼さに見合わない蠱惑的な笑みを浮かべて、ギルガメッシュに擦り寄っている。そんな姿は、見てるこちらも微笑ましく(むしろこちらが倒錯的な感情を抱きかねない)思えるほどーーなのだが、しかしその性質は、山の翁に相応しい巨悪の天使に他ならない。
触れるだけで幻想種ーー神さえも殺しかねない蠱毒の身体。本来、只人ならば触れるだけで即死するほどのその肉体を、ギルガメッシュは無雑作に押し返そうとしている。
はっきり言って、その状況は異常も異常ーーあり得ないにも程がある光景であった。
ギルガメッシュの誉れ高き英知と武勇はーーその神秘は、神の権能にも等しい猛毒すらも下ろしてしまうというのだ。
「ーーお姫様」
「なんだ……それと、私のことは王と呼べ。私は姫ではない」
「構わないでしょう? それよりも、完成したわよ」
「ほう?」
ギルガメッシュは口を歪めて、私の方へ手を伸ばしてきたーー当然、王たる彼女が、貢ぎ物を献上されるときに腰をあげるはずもなく、私は彼女の元まで歩いて行き、それを直接手渡した。片膝をついて、首を垂れるのも忘れずに。
良しと言う彼女の言葉を待って、私はギルガメッシュの玉座の右後ろ、つまりアサシンの反対側(あたり)に立つ。
ギルガメッシュが手に持つものは、虹色の宝石のついた銀製の指輪。単に銀と呼んでも、その中に内包される神秘はそこらのものとは比べ物にならない一品である。神代で名を馳せた魔女である私をして、今までお目にかかることなどなかったほどのものだ。そんなものを無造作に地に投げ捨てた彼女の感覚は、もう完全に狂っているとしか言えない。その価値を知らないわけではないだろう。ただ、彼女にとっては数あるうちの一つに過ぎないというだけだ。
ギルガメッシュが私に作成を命じたものーーそれは、アサシンの毒の宝具を抑え込むための魔道具であった。ラブラドライトを基盤に、それぞれ調和、堅固などの力を持つ宝石を混ぜ合わせて創り出された道具であり、その価値は作成した私ですら計り知れないほどのものである。魔術の世界において、虹色は最も優れた色と言っても過言ではないーーつまり、この指輪の魔道具『虹霓の悲色』もまた、それに相応しい力を持つということである。
ギルガメッシュもそれを暫く眺めた後に、それをーー私に投げ返した。
「ーーーー」
「良くやった、褒めてやろう。それは褒美だ、受け取れ」
「………………………はあ」
長い時間をかけて噛み締めた困惑は、結局魔の抜けた返事になって口元を潜り抜けていった。手にした指輪を矯めつ眇めつして、結局自分の薬指につけるという、中々に奇怪な行動に出てしまったのも、恐らくその所為だろう。そんな私を見ることもなく、また波紋の中から彼女はーー私の指にはめられた物と
「ーー!」
「おい犬」
「はい、我が王」
「手を出せ。この私自ら貴様の指に嵌めてやろうーー光栄に思え」
「…………ッ!」
驚愕に思考が一瞬真っ白に染まった私には、やはりと目を向けることなくギルガメッシュは、取り出したその指輪を彼女の
「………………………え?」
「成る程。確かに毒は抑えられているなーー十分な成果だ。魔女よ、再び褒めて遣わそう。喜べ」
「ーーーー有り難き、幸せ」
なんという規格外だーーまさかあの宝物庫には、
いやそれよりも。なんの迷いもなくそれを相手の薬指に嵌めたことの方が驚愕である。もしかしたら、その情報を知らないーーいや、十年もかの時代に現界しておいて、その程度の知識を彼女が手に入れないはずもない。つまりーーわざと?
「双方、報酬はくれてやったぞ。それ相応の働きはしてもらおうーーメディア」
名前で、呼んだ。
私は返答する。
ギルガメッシュは毅然と私に命令する。
「お前はこの地にいる総て存在を監視しろ。特にエルキドゥーー萌黄色の女には力を注げ。あれと見えるとなれば此方も相応の用意がいる」
自分の髪の毛をくるくると指で弄りながら、彼女は続ける。
「そして、あの『バカ狐』と手を組んでーーかの番人を討ち果たせ。手段は問わん。必要とあらば投資してやる。求めるのは効率ではなく結果だ。多少の散財は許してやろう、王の器だ」
バカ狐ーーまあ、確かに少しばかり頭がよろしくないように見えるのは確かだが、それ以上に彼女の力の強さは確かなことである。繊細さにかけては私の方が上であると自信を持って言えるが、一度総力戦になってしまえば私では太刀打ちできないであろうーー特に、神代たるこの時代の、その中でもとりわけ神秘の濃いこの地ならば。
ギルガメッシュはさらに続ける。
「ーーあとはあの聖娼婦だ。あれに関しては基本的に放置しておけ。ああいう手合いは泳がせておいたほうが良い結果を運び込むものだ。だが殺すには惜しい人材でもある。その時にのみ手を貸してやれーー犬」」
「はい、我が王」
「お前には
「いいえ、はい」
「だとしても、お前はこの場においては余りにも力不足だ。一定量は正攻法を取らざるをえない状況下で、お前の暗殺者としての活用法はやはり『それ』以外には存在するまいよ」
「はい、我が王」
「不満は」
「微塵も」
「ならば良い」
ギルガメッシュはアサシンにそう確認すると、玉座から立ち上がり、森の闇のさらに向こうを見つめて言う。
「行くぞーー凱旋だ」
さんざめくような白い服が、花びらみたいに風に靡いた。
私はそんな王の背に、一抹の不安と確かな信頼感を感じていた。
王は歩き出す。
私たちとその後ろについて、歩き出した。
そう、戦いはこれからである。負けは許されず、またそのようなことはありえない。
何故なら彼女は英雄王。誉れ高き最後の王にして、人世を統べる唯一の支配者。その道を阻むものは、神であろうが悪魔であろうが、関係なく薙ぎ倒していくのだからーー
しかし、あの服ーー
どう見てもウエディングドレスなのだがーー如何だろうか?
やんごとなき白銀の糸で編み込まれた装束ーーそう、その名はウエディングドレスッ!!!
因みに、ギルガメッシュの初めての相手はエルキドゥということになっていますーーふたなりって怖いよね。もはや神の怒りだよ。バベルの塔だよ。
この作品では、自身を人の形に象るためにシャムハトを利用したけれど、その後に調整が入って原作エルキドゥのようになったという設定にしてあります。
拙者のイメージでは、シャムハトは戦神館の辰宮百合香の黒髪バージョンですね。髪の毛等の色は一応イシュタルと対比させているつもりです。
バカ狐…………一体何者なんだ?
感想と評価待ってます
前書きが長くてすまない(ボソッ