Fate/Grand order 虚構黄金都市ウルク   作:Marydoll

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姫ギル憑依物
ちょっと不幸そうなギルガメッシュと、いろいろな人の物語

弩級チート軍団による、世界を焦土と化すような大乱闘が今始まるーー!


誕生、それと王の帰還

声が聞こえる。

それは尊大で、鬱屈で、まるで私を断罪するかのように厳かな声。身体中を縛る鎖が、強く引き締められて痛い。自身の身の丈に合わない魂の慟哭に、耳を塞ぎたくなる。叫ぶ。声にはならなくとも、せめて私という存在が消えて無くなったりしないように。喚く。私がここにいる証を、大地に刻みつけるように、宇宙(そら)に映し出すように。嫌だ。嫌だ。消えたくないーー

私の心を焼き尽くす黄金の光から目を反らすように暴れまわる。触れるな。触れないで。私はまだ死にたくない消えたくない。けれど、私を押さえつける鎖はびくともしない。離してほしい。痛いのは嫌だ。怖いのは嫌だ。誰かーー

誰か助けてーー

 

ーー裁定者よ

 

声が、聞こえる。

それは鷹揚で、悪辣で、まるで私を赦そうとするように優しい声。身体中を縛る鎖が解かれるーーそのまま宙に浮かび上がる私の身体は、服も着ずに産まれたままの姿。自分のものとはもう思えまいきめ細やかな肌、美しい。か細く、けれども何者をも認め、拒み裁定するその白魚の指は、まるで無骨な死神の骨のように見えた。金色の髪がふわりふわりと漂いながら私の鼻腔をくすぐる甘い色を匂わせる。

声が、聞こえて、私は身体を震わせる。止まらない。止められない、だってこんなに怖いのだから。誰が、何処でーーどうしてこんなことをするの?

 

ーー裁定者よ、何を恐れる

 

力を。

ただ目前で私を映し出す、偉大なるそが光を。

何もできない。何をしても変わらない。そんな我が幕を引く声(デウス・エクス・マキナ)を。

私が何をしたというのか。ただ私は日々を生きることを望んでいただけなのに。大それたことなんて少しも望んでいなかったのに。確かに幸せになりたいとは思っていた。もっと綺麗になりたいとも思っていた、もっと賢くなりたいと思っていた。甘いものをいっぱい食べたい。いつか素敵なヒトと結ばれたい。幸せになりたい。幸せ、幸せ、幸せが欲しかっただけなのに。

もう私は、ワタシの顔さえも思い出せない。心配性の母の顔も。気難しい父の顔も。少し意地悪だった兄の顔も。青き日々を共に過ごした友の姿も。初心な初恋も、幼いころの些細な喧嘩も、嬉しさも悲しさも寂しさも何もかもを、私は忘却する。たった今その聖なる光の洗礼によって。

涙も流れない。それは既に私のものではないのだから。穢れなき黄金を濁らせる毒に過ぎないのだから。そのようなもの、裁定者たる『私』には必要ないものだからーー

嗚呼、何てことだろう。

酷いよ。こんなのーー許せない。

 

ーーそれがお前の裁定か?

 

裁定。

そうだ、これが私の思いだ。喉も引き絞って叫ぶーー声にはならない、そうだとしても。これが私の心だ。どれ程美しき黄金の誉れに焼き尽くされようとも、これだけはーーこの想いだけは消せはしない。消させはしない。泥にまみれても汚れることなき華のようにーーその名を決して忘れないように。思い出が記録に変わり、もう遠く白に塗りつぶされてしまったとしても私は。

哀れな潮で(まみ)れる視界のその向こうで、声は満足そうに頷いた。それでこそだと。私に言う。

ーー人を諌めよ。我が愛しき()……

 

私は人を見定めよう。この世界の悪しきも良きも、全てを測り、そしてお前にいつか告げてやるのだ。

私はまだ死んでいない。

私はまだ、生きている。

 

そう、私の名はーー決して消え去りはしない。

私の、ワタシの名前はーー

 

ーーギルガメッシュ(■■)

 

 

 

 

おかしなことを言う子供がいた。

その子は紅い瞳をしていた。いつも蛇のように鋭く、いく先々の物事を見極めんとするように睥睨する子供であった。

その子は美しい声をしていた。この世の全てを赦すように、この世の全てを裁くように、優しく厳かで、まるで己を神であると言うように他者を使役する支配者の顕れであった。

わたしの名前はシャムハト。

そして、何処か歪で、それでいて最初からそうあるべきと産まれてきたかのように麗しい彼女の名はギルガメッシュ。

この広大な国ウルクの次期女王にして、神と人との間を番う、産まれながらに高き視点を有する者。武勇に優れ、智慧に溢れ、才色兼備のその少女は、そしてわたしが予てより教育をしている子でもあった。

本来ならばただ母の役割を代わりに担うだけの任であったはずだというのに、しかしこの娘はわたしにそのような怠慢を許そうとはしなかった。自身の如何を良く知るように、彼女はわたしをまるで恭しき供奉であるかのように扱った。食事の時も、共に森で無聊を慰めている時も、彼女は自身の調子を崩すことはなく、あまつさえわたしにそれを強要する。彼女がわたしに何かを懇願することもなかった。全てが命令。全てが指示で、当然のこと。気付けばわたしも、彼女の手を引くことなく、その後ろを仕えるように歩くようになっていた。

それだけではない。彼女を健康無事に育て、王としての教養を身につけるための教育を施せるようにすることが本来の命令であったというのにーーなんたることか。彼女は誰に強いられることもなく自身で学ぶことを憶えたのだ。好奇心が旺盛な娘であると思ってはいたが、まさか競争に負けて腐り果てた動物の行く末を尋ねてくるなど誰が予想できようか。未だ五つの幼子が、ただ自儘に過ごしていただけのように思われた子供が、生死の有らんことに目を向けて、それを疑問に思うなどということを成せるものか。

視点が違うのだ。

視野もまた尋常ではなかった。

些細で、一見すれば意味なきことであっても、ギルガメッシュはわたしに問いかける。

 

「何故お前はここにいる?」

「……それはどういうことでしょうか?」

 

月を見つめ、肌寒い日、ギルガメッシュは地に堕ちるようにか弱くわたしにそう言った。わたしは今、此処に居る。あなたの側に居るではないか。答えはそれで事足りる。彼女はわたしに言葉遊びを求めている訳ではない。しかし、無意味な回答を求めている訳でも同様にない。

王の問いに、臣下は誠意と崇拝を持ってして答えなければならない。

彼女は、わたしにこう言った。

 

「お前は、自分の産まれた意味を知っているか? 何故このような穢れ多き世界に堕ち、這うように日々を生きるのか。お前は考えたことがあるか?

……シャムハト」

「いいえ、我が姫君。わたしはただ蒙昧にも、我が行く道の足元に罠が無いか、敵は居ないか、恐れ探ることしかできません」

「恐れる? 一体何を?」

「ーー喪失を」

ギルガメッシュはわたしの言葉に肩を小さく竦めて見せた。わたしを愚かだと嘲笑った訳では、ないようであった。これはむしろ、彼女自身を貶める行為であるように思えた。

彼女はわたしに言う、所詮人などその程度であると。

彼女は人を裁定する。

暗闇の中で木々が蠢く。月影は彼女の絹髪を淡く染め上げる。真紅の瞳がこちらを貫く。わたしは困ったように笑うしかなかった。一瞬彼女が涙を流しているのかと思ってしまったから。けれどそれはわたしの勘違いであった。ただ金糸のような髪の毛が一本、ギルガメッシュの頬に張り付いているだけであった。

人と世を裁量するその瞳は、わたしだけでなく、彼女自身をも明瞭に照らし出してしまう。そう、まるで虚構の光に照るあの月のように。

ギルガメッシュはどこか悲しげに呟いた。

 

「人は生きる術を知る。しかし、生きる意味を知る術(・・・・・・)を死するその時さえも知らずに、生涯を終えるーー悲しいことだ」

「………………………」

 

まるでーー

まるで、かつて自分がそうであったかのような言い方をする。ギルガメッシュは手に持っていた赤い果実を徐ろに頬張る。しゃりと音がして、その中からは、外見のみでは及びつかない黄の身が見え隠れする。内と外で、まるで違う有り様を有するそれは、どこか人のよう。

ギルガメッシュは自身が喰んだ果実を手の内で弄びながら、わたしをしとりと見つめて言う。

王の裁定は、まだ終わってなどいないのだから。

 

「だから、私はこの世に産み落とされた。我が眼をもって、我が言葉をもってして、人世に光と、影を落とすために。善と悪に意味を与えるために」

「…………あなたは、己の生きる意味を既に、知っていると?」

「否。これは我が生の意味などではない。その場所は、天上の独善者共に押し付けられた仮初めの依代に過ぎない。私は決して、己の生くる先に意味を見出した訳ではない」

 

それは……それはなんと悲しい話であろうか。常に人の上に立ち、人を率いて、人を滅ぼす。その役目を与えられた彼女に理解者は居らず、そしてこれから先現れることもないだろう。彼女と共にある為には、何より彼女と同じ高さの視点が必要であるのだから。

彼女を諌め、導き、叱り、赦す存在でなければならないのだから。

彼女はこれから孤独の道を歩む。

彼女はこれから、多くに支えられ、多くに敬われ、多くを救い、多くを奪うだろう。けれど、その総てが彼女の本当の姿を知らない。彼ら彼女らにとって、ギルガメッシュは王であり、決して友ではなく、自身たちの理解者ではないのだ。無二の王であっても、無二の人ではないのだから。ただ優秀であれば、ギルガメッシュが王でなくとも気にはするまい。その程度の存在。結局、彼ら彼女らが見るのは王の姿であって、ギルガメッシュの姿ではないのだから。

 

「お前はそれを孤独というだろう。孤高たる我が道を、悲しきものであると嘆くだろう。愚かな女よ」

 

愚かな女。

彼女を数年見守り続けたわたしをして、彼女にとっては母でも友でもなくーーただ愚かな存在でしかないのだ。

それに何を思うことはない。事実わたしの彼女を慮る心は、なにより彼女にとって煩わしいものであろう。孤独で良いのだ。孤高であればいい。彼女は決して飢えていない、憂いていない。認めている。自身の有り様を、裁定者たる彼女が赦していた。

だから、もうわたしに言えることは何もない。

けれど、もしも彼女の心に、何か途方もない悍ましき闇があるのであれば、わたしはそれを嘆かずにはいられない。産まれながらに定められた道を歩く彼女に、わたしが言えることは何もなくとも。出来ることが、ただの一つもないのだとしても。

わたしはギルガメッシュから眼を逸らしたりはしなかった。

贖罪のつもりはない。

ただかくあるべきと叫ぶ、我が心に従うのみ。

ギルガメッシュは、わたしのそんな心情を総て理解した上で、わたしにまた、何度も言って聞かせてきたその言葉を仰せなさる、

溜め息混じりの呼吸が、渦巻きながら星々へと消えていく。

月の光に染められながら、彼女はわたしにこう言ったのであった。

 

「いい加減目を覚ませよ聖娼婦。明日の日は、もう直ぐに上ってくるのだから」

 

ーーなんて、

 

 

 

 

非道い夢を見ていたような気がする。

それはどこか痛みましくて、失意と後悔に塗れた望郷の気持ちのように思えた。

重たい身体に力を入れて、ぐいと起き上がる。寝ぼけ眼を擦って、ぼやける視界を回復する。そこはもう随分と以前からそこで過ごしていたかのように見慣れた自分の部屋であった。

簡素で、なんとなく病室めいた白塗りの壁が目に痛い。うんと大きく伸びをすると、ベッドが慎ましげに抗議してくる。

俺は肩を揉みながら立ち上がり、壁と同じように白色に染められた床に足をつける。しっかりと足場を確認してから、勢いに任せて起き上がった。

そうでもしなければ、またあの悲しい夢の中に誘われてしまいそうだったから。妄執と情景を振り切ってしまわなければ、もう立ち上がることすら出来なくなってしまいそうだったから。

……でも、俺はいったい、どんな夢を見ていたのだろうか。

思い出せない。

夢なんて大体がそんなもので なのだろうけれど、なんでだろうか。

あの見ず知らずの誰かの想いを、俺は忘れてはいけないものであるように思っていた。温かい籠の中で揺られていれば、誰一人として傷つけることはないはずなのに、俺はその他者の傷を共に背負うことになんら躊躇いを感じたりはしなかったのだ。

不思議な心地に、部屋の真ん中でぼうとしていると、ふと扉が開く気配がした。

 

「えっと……先輩?」

「…………マシュ」

 

まだ夢見心地な俺に、マシュは困惑したように問いかけた。その声にはこちらを心配する優しさが含まれている。

こんなに素敵な後輩を何時までも困らせるわけには、いかないよね……

 

「大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫さ。少し寝ぼけてたみたいだ」

「なら、良いのですが……」

 

心配そうな表情はそのままに、マシュは一応の納得を示してくれる。あつも俺を気遣ってくれる彼女には、感謝してもし尽くせない恩を感じていた。

「それよりも、どうかしたの?」

「あ、はい。ドクターが、先輩を呼んでいるので、私が貴方の元に参上した次第です」

「ロマンが? ということはーー」

「はい先輩……」

 

マシュはやっぱり、申し訳なさそうな表情で、俺にか細くこう言ったのであった。

 

「新たな特異点が発見されました」

 

 

 

「レイシフトの準備はできている。君たちには今直ぐに特異点へ向かってほしい」

 

Dr.ロマンの居場所まで向かうと、 開口一番に彼はそう言った。焦りが透けて見えるその彼らしくない態度に、俺は首を傾げる。ダ・ヴィンチちゃんもその隣で難しそうな顔をしていた。不思議になって、俺は彼に尋ねる。

 

「どうかしたの? なんだか慌ててるみたいだけど」

「慌ててる? そうさ慌ててるんだよ、僕らは」

 

俺はマシュと顔を見合わせる。

 

「何かあったの?」

「………………そうだね。まずはそこから説明しようか」

 

ロマンはふうと息を吐いてから、自信を落ち着けるようにする。けれど話し始めた彼は、やはり焦っていて早口になっていた。

 

「次の特異点は今までとは少し事情が異なるんだ」

 

頷く。

変に口を挟むのは止めておいた方が良い気がしていた。

 

「何せ、特異点が一体何処にあるのか、僕らには全くわからないんだからね」

「場所がわからない?」

「そうさ。時代は分かる、恐らくは古代メソポタミアとか、中国の殷とかそういう、遥か昔の、まだ神がこの世に生きていた頃さ。だからなのか、特異点がどの辺りに発生しているのかわからないんだよ」

 

俺はロマンの説明を聞いて、疑問を抱いていた。だからそう尋ねる。

 

「じゃあ、どうやって特異点を見つけたの?」

「それは……いや、すまない。僕の言い方が悪かったみたいだね」

「……?」

「どういうことですか、ドクター?」

 

ロマンは苛立たしげに頭を掻いてから言う。

 

「特異点は世界全て(・・・・)。僕らに分からないのは、その遥か昔の地球のいったい何処に特異点発生の原因である『聖杯』があるのか、ということだ」

「世界全て……!?」

「そんな……」

「分かるかい? これは異常事態なんだ。特異点が今までのように限定的であればどうとでもできたけれど、こんなに広い範囲で『聖杯』を探すためには、 何度もなんどもレイシフトをして、ひとつひとつ可能性を探って行かなければいけなくなる。だから君たちには今直ぐにでもレイシフトしてそちらに向かってほしいんだよ」

「……わかった」

「……先輩」

 

レイシフトの始動準備が完了したというアナウンスが聞こえた。俺とマシュは急いでレイシフトの範囲サークルの中に滑り込む。

振り返ると、ダ・ヴィンチちゃんがいつに無く真面目な顔をして、俺に

話しかけてきた。

 

「マスターちゃん。今回は、はっきり言って生半可な戦いにはならないよ。何せ世界中が敵になるかもしれないんだから、もしかしたら君たちはたった二人で世界と戦わなければいけないのかもしれないんだ」

「ダ・ヴィンチちゃん……」

「……だから」

 

神妙な表情のダ・ヴィンチちゃんと目を合わせる。彼女は、覚悟を決めたようにして頷いた。

レイシフトの光が最高潮に達する寸前、ダ・ヴィンチちゃんがばっとスカートを翻しながらーー

 

「だからーー今回は僕も行くことにするよ、マスターちゃん」

「………………えーー」

 

ロマンの驚き慌てた顔を目の端に映したのを最後に、俺たちはレイシフトの光に包まれていったーー

 

 

 

目を覚ました 。

怖気が走るような暗がりが目先の総てを覆うような感覚に身を微かに震わせる。心身を縛り付ける理解しがたい鬱悶に強く魂を揺さぶられるような感覚がしていた。星々を一層輝かしく映し出す暗黒の空を、ぼうっとした頭で無為に眺める。風が鼻先を掠めてくすぐったい。土の感触が、なんだか遠くにあるものみたいに感じられる。あまりに壮大な光景に、けれど私の身は重たく鈍い。吐き気すら催すような気配に頭を抱える私に、その声は雲居の遥か上方から聴こえる声が如くに思えた。

 

「目を覚ましたか……雑種」

「ーーーーあ」

 

そこにいたのは黄金であった。

腰あたりで風と踊る髪の毛は美しい金、身に纏う鎧も輝かしい金。端正な顔立ちは、名のある人形師が造形したようで。だからか、そのせいで彼女の鋭い捕食者のような紅の瞳が嫌に輝いて見えて身体が凍りついたように硬直してしまうーーのも一瞬のこと。

身体を跳ね上げて、圧倒的な王気を纏う女から距離をとる。二度三度地を転がり、互いに直ぐには攻勢に出られまい程度の空白を作り出す。

腰についたナイフを抜き取り構えて、戦闘態勢に入る。慎重に慎重に、一つ一つの動作が、相手を刺激しないようにしながら。

……だというのに。

明らかなまでの敵対行動。その意思を感じ取っても、目の前の『王』は揺るがなかった。不敬に怒りを抱くことも、突然向けられた武具に焦りを感じることもなく。むしろ、そんな風に一人児戯に耽るような私を冷めた目で眺めているように思える。よく分からない。なんなのだ、この女はーー

 

「身の程を知らぬ生娘に、用はない。お前は、その易い刃を私に向けて、いったい何をしようというのだ?」

「…………っ」

木々のざわめきに、やっと私は自身の窮しているこの状況そのものが異常であることに気が付いた。

私は『座』で眠っていたはずだ。

なのに、どうしてこのような森の中で気を失っていた?

この女はいったい、何を知っているのだろうか……

 

「山の翁の系譜か。ハサン・サッバーハ。私が知るのは百の貌の暗殺者であるが……お前はいったいどうなのだろうなあ?」

「!?」

 

何故それを?

いや百歩譲って我々ハサンの存在を知っていたとしても、それが直ぐに私の正体に気付く理由にはなり得ないはずなのに。

人の本性。性さえも一目にして見抜く目を持つというのか? この『王』は。

徐ろに一歩目を踏み出した『王』の砂を踏みにじる音を聞いて、はっとする。思わずそれに伴い一歩、後退りしてしまう。情けない話ではあるが、この身は暗殺者。その本領は闇討ちや隠密行動にこそ発揮されるもの。正面から戦闘をする為の技能など、生来の戦士に劣るのは当然のことである。

ーーだが。

人を定むるこの『王』とはいえ、我が身の『毒』を察することはできるものか? 生唾を飲む。

状況も正確に理解できない今、早く現状を脱することが最重要事項であると判断する。情報収集など、後々に幾らでも出来るだろう。特別この『王』と関わり合う必要はない。だからーわ

二歩目を踏み出す『王』に、わたしは瞬間ーー駆け出した。

 

「ッ!」

「…………」

 

この身は英霊。常人には目にも止まるまい速さそれを、やはり『王』は愚かしいものであるかのように俯瞰していた。その遥か高みの視点に身体が竦みそうになりながらも、走り抜けるーー何処から取り出したのか、『王』の左手には美しい白銀の刀が握られていた。尋常ならざる気配。間違いなく宝具ーー!

目前まで迫って、その麗しさ相応に細い頸へナイフを振るうーーだが当然それを遮るように振るわれた剣が、高い音を立ててナイフを弾き飛ばす。

ーーそれでいい。

上方に振るわれたままのその剣では、私の第二撃を避けられはしないーー防御に出られても、それで構わない。

ただ一度。

ただ一度私の身体にさえ触れてしまえば、私の勝ちなのだからーー!

 

「フッ!!」

「…………」

 

身につけた仮面を投げつけるーー『王』は胡乱げな表情でそれを斬り払いそしてーー私は彼女の唇に、自身のそれを重ねる。

ただ手で触れるだけでもよかった。けれど、念を押しておくことが無駄になることは、まあないだろう。私の体液を摂取してしまえば、幻想の隠者さえも滅せるーー私はそのようにして、誰にも触れることなく生きてきたのだから……

だからーーだから。

我が『毒』に斃れたはずの『王』が、私の身体をつかみ地面に叩き落としたことに、意識が大分に遅れてーー気が付いた。

「ーー、がっ、はぁ…………ッ?」

 

なんだ?

何が起こった?

背を無防備に強く打ち付けられて、悶絶しながら『王』を見上げる。冷めた目は変わらず、しかしただ私だけを見つめる彼女の姿は余りに美しくてーー

何か大きな、そう、『運命』が動き出した気配を、私は朦朧とする意識で感じていた。

私が長きに亘り求めてきた存在である『王』は、私を見下ろしながら言う。

 

「この程度の毒で、我が身を滅せると考えたのか? 私を殺すというならば、せめてこれの万倍もってこい。愚か者めが」

「ーーーーっはあ!」

「……だが、確かに私以外には有用な力ではある。これに耐えられる者など、私を除けば『アイツ』か、神か魔王くらいのものだろうよ」

「ーーーーあなっ、たは……?」

 

白銀の剣をーー宝具であるはずの剣を無造作に投げ捨てて、暗殺者などに膝を折り、私の頬を優しく撫でた『我が王』は、愛おしげに、やはり鬱陶しそうに、背反した表情を織り交ぜにしながら私にこう言った。

 

「我が名は『ギルガメッシュ』。これから、私の箱庭を穢す愚か者どもに誅を下す。ついてこい下僕。私がお前をーー導いてやろう」

 

気付けば流れ出ていた涙は、そんな彼女の手を汚していた。それを気にすることなく『我が王』は、私の身体を横抱きにして歩き出す。

初めて触れる人の温もりに包まれて、私は静かに、意識を再び暗がりへと落としていった。

 

我が王の鼻を鳴らす音が、微かに耳に聞こえたような気がしていた……

 

 

 

 

「先輩ッ!」

「これはちょっとマズイっぽいよマスターちゃん!」

 

二人の悲痛そうな声を聴きながらら俺は必死に思考を巡らせていた。

マシュとダ・ヴィンチちゃんを連れてレイシフトした俺たちを迎えたのは、なんとも広大な大地ーーそれと、数百に上ろうかという『泥人形』の軍団であった。

本当に、ダ・ヴィンチちゃんが居てくれて良かったと心から思う。きっとマシュと俺の二人だけだったら、今頃死んでしまっていただろうから。

突然地面から生えるように現れた人形は、なんとなく女性的な姿をしているような気がした。泥で作られているからかぐちゃぐちゃな髪の毛がとても長いからである。一体一体の強さは、たぶんシャドウサーヴァントに遥かに劣る。けれど、その一撃だけでも、最悪即死してしまうほどの力があることは確かであった。

 

「くぅっ……」

「これッ、いつまで出てくんのさ! 幾ら何でも無理ゲーだよ!」

 

先からロマンとも通信が繋がらない。ダ・ヴィンチちゃんは、神秘の色が余りにも強すぎるせいだと言っていたけれど、理由よりも、ロマンの知恵を借りれないことの方が遥かに大問題であった。

マズイーー

本当にマズイ。

一つ殺せば二つ出てくる。

いくら倒してもキリがない。

全然減った気さえしない。

こんなのーー

 

「あぐぅぅッ!?」

「ーーッ、マシュッ!」

 

そしてついに均衡が崩れてしまう。俺のような足手纏いも助長して、マシュが土人形に強く殴り飛ばされるーーそこに数多の泥人形が殺到する。十、二十三十ーー

ダメだ。

ダメだ、マシュ。

ーー助けないと。

 

「ーーちょッ、マスターちゃんッ!?」

 

ダ・ヴィンチちゃんの声が遠くに聞こえる。すべてを振り払うようにして足に力を入れる。腕を振り回す。

駆け出す。

身体に強化の魔術を掛けて、加速する視界の中、ただマシュだけをーー

 

「せんっ、パイっ、?」

「マシュっ!!」

 

鮮明になった視界の中、人形の一つがマシュに大きく腕を振りかぶってみせるーー

ああ、マシュ、マシューー!

 

「ダメで、すッ……先輩っ!」

「マシュっ……」

 

ーーあ。

 

だめっ、だ。

 

間に合わーー

 

 

 

ーーなんてことを言うギルガメッシュの頭を、こつりと小突いた。

不意を打たれたように、驚きに目を丸くし、果実を取りこぼす。その後自分の頭に両手を当てて、何をされたか明確に理解してから上目遣いでこちらを睨みつける。

しかし、長年彼女の癇癪まがいの言葉を聞き、受け止めてきたわたしとしては、その程度のことでは全く揺らぐことはないのである。

 

「貴様っ……なんのつもりだ不敬だぞッ! 王たるわたしの頭を()つなんてッ……身の程を知れ淫売がっ!」

「不敬も何も。わたしは貴方を育てるためにここにいる(・・・・・・・・・・・)のですよ? 口の悪い子供にはしっかりとした言葉遣いを教えてあげなければいけません」

 

わたしの言葉を聞いて、ギルガメッシュはもう訳が分からないと口を開閉する。何かを言いたいけれど、何を言えばいいのか分からない。まるでそう言っているようであった。

しばらく可笑しな表情を繰り返して、両手を膝の上に下ろしたギルガメッシュはどこか気恥ずかしそうにわたしから目を逸らした。頬を仄かに赤く染めて、なんだか所在なさげに首を振っていた。窓の外から、また先までのように月を見つめーーわたしにぽつりと言う。

 

「今日は、月が綺麗だな……シャムハト」

「……ええ、我が姫君。とてもお綺麗ですね」

 

わたしはギルガメッシュの横顔を見つめながら言う。そうやって暫くの時間二人揃って同じようにしていた。

 

ギルガメッシュが喉が渇いたと、また我が儘を言い出すまで、結局何も話すことは、なかったけれど……

 

 

 

 

「聞こえるかい? ギル」

 

「風の音が聞こえるんだ。世界すべてを巡り、またこうして僕たちの背を押す健気な風の声がね」

 

「君とまた遊べるのは、とても嬉しいことだ」

 

「君もそうだろう? だって、君のことは僕が一番分かっているんだから(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「楽しみだね? 楽しみだよ」

 

 

 

「早くここまで来てね、ギル」

 

ーーここに来てはダメだ、ギルっ。

 

 




ちなみにフォウくんが居ないのには原因があります

早くギルガメッシュとエルキドゥの世界を巻き込んだ大乱闘を書きたい(錯乱)

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