東方月兎騙   作:水代

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第六話 ウサギ地上を夢見る

 

 

 

 負傷者三十八名、死者零名のクーデターは半日で終わった。

 戦場に立った兵士たち全員の心に深い傷を残して。

「あははははは、よくやったわ」

 レイセンです。戦場でヒャッハーし過ぎて、軽く自己嫌悪中のレイセンです。

 豊姫様のテンションが朝から最高潮です。

「火照のあの顔見たかしら。真っ青な顔してぶるぶる震えてるの、依姫も見てくれば良かったのに」

 あくどい笑みを浮かべ、私の肩を叩く豊姫様を半眼で見る。

 命月火照。それが首謀者の名前だ。ソレは知っている。それは分かっている。

「結局、何がどうなっているのか…………説明してもらえませんか?」

 月は平穏だ。平穏だった…………だったはずだ。

 なのにどうして突然こんなことになったのか…………一介の玉兎でしかない私には分からないことだらけだった。

 どうして命月火照はこんなことをしたのか。どうして命月様は豊姫様を頼ったのか、そして。

 どうして豊姫様はあんな命令をしたのか。

 

『ああ、それとね、レイセン』

『敵味方の区別はつけなくてもいいわ、その代わり殺しちゃダメよ?』

『ついでだから彼らにも教えて上げなさい。恐怖と言うものを…………私たちの恐ろしさと言うものを、ね』

 

 今回のクーデターで実際に鎮圧に動いたのは、不思議なことに命月様の手駒…………後は豊姫様の駒たる私だけだ。

 月の軍は一切動いていない。都市防衛隊も依姫様も。無いわけではない。豊姫様が私を動かしたように、命月様が自身の部隊を持つように、都市の上層部なら大抵自分だけの手駒と言うものを持っている。

 だから命月様も、わざわざ豊姫様のところに来る必要も無かったはずなのだ。ああいう態度を取られることが分かっているような様子だったが、それならもっと友好的な人たちが他にもいるはずだろう。

 仮にもし、他の人たちの部隊が鎮圧に加わっていたら…………豊姫様を同じ命令を下しただろうか?

 

 分からない。分からない。だから聞く。だから尋ねる。

 

 そうして。

 

「豊姫様と命月様たちの間に何があったのか…………それを尋ねてもよろしいでしょうか?」

 

 ここ最近で最大の地雷を、問いかけた。

 

 

 

 

 屋敷を出て考える。

 質問に対する答えは無かった。ただ先の戦いの報告を聞いたら、今日は帰って良いと言われた。

 多分答えない、と言うことが答えなのだろうと察し、一つ頭を下げてそのまま帰ってきた。

 所詮は他人。そこまで話す義理も豊姫様には無いだろう。実際に戦場に出されたわけだが、都市防衛隊の一員である以上、クーデターなどと言う有事に動いて当然だろうし。

 まあそこまでは良かった。そこまでは…………。

 その去り際、豊姫様一言私に投げかける。

 

『あなたに一つ、褒美を上げるわ。あなたの望むことを何でも言ってみなさい』

 

 それが私を悩ませる。

 何でも…………と言う選択肢の広さに悩む。

 ぶっちゃけて言って、望むことならある。

 だが、それは例えば先の問いの答えだとかそういう、物欲的なものではなく、人と人との問題だ。

 それを望むというのはちょっと無いのではないだろうか?

 そういう人の優しさに付け込んで、人の秘密を知ろうとするのはちょっとダメじゃ無いだろうか。

 本来なら無報酬でも良いはずのものに、豊姫様の好意で与えられた褒美、それを使って豊姫様に仇を返すようなことはできない。

 前にも言ったが、私は基本的にあの人が好きだし、恩人なのだから、余計に…………である。

 話を戻すが、今一番聞きたいことが聞けない以上、何か別のものを望むのだが。

「なーんにも無いなあ」

 他が満たされすぎて望むことが無い。

 月の技術があれば、大抵の願いは叶う。しかも割りと技術が普及していて、玉兎でも使えるので特に困ったことが無いのだ。

「何かあるかなあ…………」

 頭を捻り、考えてみる。

 ふと、その時、視界に映る宙。

 そこに見えるのは遠く映る、青い星。

 

「……………………ふむ」

 

 

 

 

 

「…………はぁ?」

 私の目の前で豊姫様が素っ頓狂な声を上げる。

 その隣の依姫様も珍しいものでも見るような目でこちらを見てくる。

 

『地上に行ってみたい』

 

 それが私が豊姫様に願ったこと。

 郷愁だろうか…………ふと宙を見上げ、地球を見つけた時、得も知れぬ胸のざわめき。

 それが懐かしさなのか、それとも未練なのか…………正直良く分からない。

 だから行ってみようと思った。

 だから言ってみようと思った。

 そうした結果が、これだ。

 

「地上…………ねえ。穢れに満ちたあの地の何が良いのやら」

 呆れたような声で豊姫様がそう呟く。

「地上へ、となると月の使者でしょうか…………お姉様」

 ふと、依姫様が豊姫様に目配せする。

 それを見た豊姫様も一つ頷き。

「そうね…………ちょうど良いわ。レイセンにやってもらいましょうか」

「…………はい?」

 藪蛇だった? と思った私は悪くないと思う。

「ねえ…………レイセン」

 取り合えずは。

 

「ちょっと地上まで行って来てくれないかしら?」

 

 本願は叶ったが、嫌な予感は拭えそうには無かった。

 

 

 

 

 余談。

「あ、そうだわ。良い珈琲豆をもらったのよ、あなたも飲んでいきなさいな」

「豊姫様。わざわざ珈琲を淹れてもらってあれなんですが、何故にラベルに塩と書かれた粉をぱらぱらと入れているのでしょうか?」

「何を言っているのよレイセン、これは月の超科学が生み出した調味料、その名も珈琲専用の塩よ」

「珈琲専用の…………塩? ていうか甘いんですけど、これ砂糖ですよね」

「塩よ」

「いや、でも」

「珈琲専用の()よ」

「……………………塩ですか」

「ええ、塩よ」

「そうですか」

 

 

 

 

 

「聞いたか?」

 円卓に座る男の一人が唐突にそう切り出す。

「何をだ?」

 男の対面に座る別の男がそう尋ねると、男が答える。

「海幸彦の話だ」

 ああ、と納得したように男が頷き。

「聞いたさ」

「全く…………愚かな男だ。今ことを起せば綿月に握りつぶされるだけだと言うのが分からんのか」

 小馬鹿にしたような男の口調に、けれど対面の男は首を振る。

「やつも弟に良いように使われて我慢ならなかったんだろう。それは、俺たちも同じじゃないのか?」

「…………然り、然り。月夜見に支配され、綿月の小娘共に命令されることを良しとしないのが我らだ。確かにその気持ちも分からなくも無い」

「ところで、聞いたか?」

 話の流れを断ち切って、円卓に座る男が再度切り出す。

「何をだ?」

 男の対面に座る別の男がそう尋ねると、男が答える。

「先の戦いを一人で鎮圧したと言う玉兎の話だ」

 男の答えに、対面に座る男が、ああ、と納得したように頷き。

「聞いたぞ、聞いたぞ。クーデターに参加した兵士の全てが再起不能にされたとか言うあれだな」

 然り、と男が答える。

「また綿月らしいな」

「然り、然り。綿月だ。忌々しい!」

 ギリギリ、と歯を軋らせ男が声を荒げる。

「落ち着け…………と、そう言えば、その玉兎が月の使者になったらしい」

「何?」

「もうすぐ地上に行くと言っていたぞ」

「あの穢れの地に?」

「ああ…………ところで、だ。噂ではもうすぐ月で大きな戦が起きるらしいぞ」

 対面に座る男がニヤリ、と口元を歪める。

 それに気づいた男も同様に、嗤う。

「何を企んだ?」

「企むなど、失礼な…………ただそうだな。兎どもはどいつも自分勝手で()()だ。例え噂を信じてしまっても、そしてその結果…………そう、地上へ逃亡したとしても、仕方ないと思わんか?」

 その言葉に男が嗤う。

「然り! 然り! 然り! それは仕方ないなあ。なあに、良くあることではないか。全く持って仕方の無い…………だが、逃げ出した兎に帰ってこれる場所など無い」

「そうだな…………全く、これだから兎は使えんのだ」

 然り、と男が呟き。

 

「…………綿月には泥を被ってもらおうか」

 

 そうして、男が嗤った。

 

 

 




ところで…………最後に出てきたオッサンたち誰?

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