東方月兎騙   作:水代

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一時間半であれかよじゃあもっと時間かけたらどうなるんだ?
と言われた。

A.文字数が増えました。


第十二話 ウサギ姫と戯れる

 

 

 綿月豊姫。

 現在の月のリーダー格の一人。

 私の………………元主人。

 そして。

 八意××様の弟子。

 

「…………あの娘が何と?」

 少しだけ強張った表情で、八意様がそう尋ね、私は豊姫様に言われたことをそのまま復唱する。

「『燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや。大海は智を知れど、銀盤は俯瞰するのみ』…………と」

 私の言葉に八意様が、そう、と呟き。

「随分と皮肉っているわね、何か嫌なことでもあったのかしら?」

「それと…………『兎は私が投げた銀鏡(しろみ)にして絆の証』とも」

 正直、私には何を言っているのか良く分からないことばかりなのだが、どうやら八意様には分かったらしい。

「それを本当にあの娘が言ったのね?」

「えっと、はい。豊姫様の言葉通りに」

 こくこくと頷く私に、八意様がなるほど、と納得したような表情になり。

「だいたいの事情は分かったわ…………それで、もう一つの用件と言うのを聞かせてもらいましょうか、まあだいたい予想は付くけれど」

 なんで今ので分かるのだろう、と思ったがさきほどまで感じていた警戒心が消えていることから、本当に事情察したのだと思う…………なんなのだろうこの廃スペック師弟。

 まあそれは置いておき。

「私をしばらくここに置いていただけないでしょうか?」

 数秒の沈黙。それから八意様が口を開き。

「良いでしょう。ただし、置くからには働いてもらいましょう。姫もよろしいですか?」

 隣で退屈そうにしていた輝夜様に話を振ると、輝夜様が頷き。

「ええ、貴女がそう決めたのなら良いわ。よろしく、イナバ」

「えっと、一応名前はレイセンなのですが」

「けれど貴女はすでに月の兎では無いわ、本当に貴女がここにいたいと言うのなら、その名は変えなさい」

 名は体を表す、と言う言葉が在るとおり、今の私がレイセンである限り、私は月の兎で、豊姫様のペットであり続ける…………用は心構えの問題だ。

「分かりました」

「貴女にとってその名が大事なのは分かる。だからイナバ、それを捨てろとは言わないわ。代わりに私から貴女に因幡の名前を上げる……………………永琳、貴女も一つ名を送ってあげなさい」

「そうですね…………では、優曇華院の名を上げましょう」

 優曇華は月にしかない花だ。その名を付けるということは…………やはりこの方は私の事情をだいたい察しているのだろう。

 後レイセンと言うのも変えたほうが良いだろう。豊姫様に貰った名だから音はそのままにするが。

「では……………………そうですね、(すず)(ひと)で鈴仙と名乗らせていただきます」

 そう言って輝夜様を見ると、頷いていたのでこれで良いのだろう。

 しかしそうなると私の名前はイナバ優曇華院鈴仙?

 どこの中二病患者だろうか…………多少不自然だが鈴仙優曇華院イナバ。まだこちらのほうが無難か。

 

「ところで何故イナバ?」

「兎だから」

 そんな理由ですか…………。

 

 閑話休題(まあ、それはさておき)

 

「ところでイナバ、早速なのだけれど」

「はい?」

「何か面白いことしなさい」

「無茶振り来た?!」

 なんという…………最早その言葉自体が芸人殺しと言ってもいい。

「ウドンゲ、それよりも先に仕事を覚えてもらうわよ」

「え、あ、はい…………ってそれ私のことですか?」

「優曇華院だからウドンゲ、優曇華院なんて言い難いじゃない」

 だったらなんで名づけたし…………というか鈴仙って呼べば良いだけの話…………。

「そんなことより鈴仙、ちょっと私たちと付き合ってよ、仲間(ドウゾク)でしょ?」

「え、でも他の」

「いいからいいから」

 手を引っ張るな、てゐ。

 

「何言ってるのよ、イナバは今から私と遊ぶのよ」

「その前に仕事を一通り覚えてもらわないと困ります」

「同じ仲間である私たちと一緒に行くんだよ」

 

 わいわい、がやがやと話し合うのは良いのだが、私の意志とは関係ないところで進めないで欲しい。

 そんなことを思っている間に。

 

「「「じゃーんけーん…………ポン」」」

 

 どうやら初勤務の相手は決まったらしい。

 

 

「と言うわけで私と遊ぶわよ!」

 どうやら勝ったのは輝夜様らしい。

 輝夜様の私室らしい部屋に通された私は、やることがあるとどこかに行ってしまった八意様と兎たちどどこかに走っていったてゐがいなくなったので、現在輝夜様と二人だけだ。

「それで、何をするんですか?」

「まあそれは半分冗談なんだけれどね」

「冗談だったって…………じゃあ何するんですか?」

「そうね……………………貴女の人生でも語ってちょうだい」

「へ?」

 いきなりと言えばいきなりな提案に、素っ頓狂な声が出たのを自覚する。

「ふふ、別に人生と言っても特段難しいことを言えと言っているわけじゃないわ。貴女がこれまでどんな暮らしをしてきたのか。そこで何を思って何を感じたのか、ほんの些細な日常の一コマでいいの、それを私に教えてちょうだい」

「えっと、何故そんなことを?」

「あら? 新しく共に暮らす家族のことを知りたいと思うのは普通ではないかしら?」

 やばい、ちょっとカッコイイ。思わずそう思ってしまう。

 さきほどまで八意様に押し倒されていた人とは思えないほどの…………そう、カリスマとでも言うべきか。

 これが月の姫君と呼ばれた人か…………ふとした瞬間、そう思って。

 自然と私の口は開かれていた。

 

「目が覚めた時、月の荒れ果てた地面が見えました」

 

 月の民たちが住むのは月の裏側とでも言うべき場所だ。

 だが、その広大な土地に比べ、月の民の数は非常に少なかった。

 実際問題、月の裏側には月の民の都市が大きく広がってはいるが、全体から見れば95%以上は人の手の付けられていない未開発の地で埋め尽くされている。

 そんな未開発の地の荒野で…………私は生まれた。

 

「私は月から生まれた玉兎です。なので親も親類もいません」

 

 玉兎の生まれ方は二種類ある。

 通常の生命のように、有性生殖するケース。要するに親から生まれる場合だ。

 そしてもう一つが妖怪のように自然発生するケース。月の魔力が溜まりきった場所で時折生まれるレアなケースだ。

 違いを上げるなら、前者は生まれた時は赤子だが、後者は最初からある程度成長している。

 そして月の都市にいる玉兎の99%以上が前者で、私は後者だった。

 

「ここがどこで、私は誰なのか…………ソレを教えてくれたのは私の眼でした」

 

 自然発生した玉兎の瞳は他の玉兎よりも紅が深い。

 それは月の魔力を宿しているせいだと言われている。

 そのせいか、その瞳に一度吸い込まれてしまえば並大抵の者では月の魔力にあてられ、狂う。

 そして月の魔力を宿しているせいか、月との間に相互の繋がりがある。

 例えるなら親子の絆とでも言うべきものだろうか?

 

「そうして自己の確立を図っていたその時会ったのが…………綿月姉妹様方でした」

 

 出会う。

 出会って…………拾われる。

 それから始まるのは。

 幸せな物語。

 そして。

 

 そして。

 

 

 

 

 思考する。

 意識が思考の海へと落ちていく。

「『燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや。大海は智を知れど、銀盤は俯瞰するのみ』…………と」

 燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや…………小人物には大人物の大きな志や考えがわからないという例えだ。つまり、綿月は何故こんなことになったのかは知らないが、八意様には何か考えがあってのことだろう。と言うこと。

 それはまだ私のことを信頼している、と言うことだろうか?

 大海とは即ち海神の血筋である綿月家のこと。

 智は思兼神の血族の八意……つまり自身のこと。

 大海は智を知れど…………つまり綿月は自身の居場所をすでに見つけている。あるいは検討が付いている、と言ったところか。

 銀盤はそのまま月に置き換え。

 俯瞰する、つまり見下ろしている。それはまだこちらを見つけていない、探している途中だということだろう。

 銀盤は俯瞰するのみ…………つまり月は未だ自身たちを見つけておらず探し回っている。

 

 つまり綿月はすでに私たちを見つけているが、月は見つけていない。

 それはつまり綿月は月の上層部へそのことを知らせていない。

 その前の文の『何か考えがあってのことだろう』と言う意味合いと併せて考えると、綿月はこちらの味方…………とは言わないが、少なくとも敵になるつもりはない。

 

 そして読み解き方を変えるともう一つ意味がある。

 燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや…………先生(自身)にはきっと深い考えがあったに違いないのに、小人物(月の上層部の人間)にはそれが分からないのだ。

 大海は智を知れど、銀盤は俯瞰するのみ…………私たち(綿月)はすでに先生(私)を見つけていると言うのに、月の人間にはまだ分からないのだ。

 さらに前後の文章をつなげると、一つの意図が読み取れる。

 

 先生を見つけることもできない小人物にどうして先生の深い考えが読み取れると言うのだ。

 

 要するに、綿月から月の上層部へ向けた盛大な皮肉である。

 

 引き攣りそうになる表情を抑え、そう、と呟く。

 それから。

「随分と皮肉っているわね、何か嫌なことでもあったのかしら?」

 少しだけ噴出しそうになる表情を抑えて話しているのだが、この玉兎は気づいていないようだった。

「それと…………『兎は私が投げた銀鏡(しろみ)にして絆の証』とも」

 そして、それを聞いて思わず目の前の玉兎を見てしまう。

 

 銀鏡…………と言うのは月に例えるが、今回は違う。

 その前に『私が投げた』と言う言葉が付いているのなら別の意味になる。

 

 昔々、迩迩芸命と言う男がいた。

 迩迩芸命は佐久夜姫と言う少女を妻に娶った。

 この求婚の際、妻の姉である石長姫も共に娶るはずだった。

 だがこの石長姫はあまり容姿が良くなく、迩迩芸命は石長姫を親元に帰してしまった。

 この時に境遇を嘆いた石長姫が自身の姿を映す鏡を放り投げると大木の枝にかかり、陽の光、月の光を浴びて白く輝いた。

 

 そんな話がある。

 この話に出てくる鏡は白く輝くことから『白見(しろみ)』と呼ばれ、転じて『銀鏡(しろみ)』と呼ばれた。

 私が投げた銀鏡…………私とは豊姫のことだろう。投げた、とはつまりこちらに寄越した。銀鏡はつまり、陽の光、月の光を浴びて輝くモノ。

 その後に付く絆の証…………要するに自身と綿月を繋ぐモノ。と言うことだろう。

 

 兎は私が投げた銀鏡(しろみ)にして絆の証…………とは、綿月家と自身の連絡手段であり、月の民がやってきた時などのための警報装置の代わり、と言ったところだろう。

 たしかに玉兎には、玉兎同士の特殊な情報網がある。大概はデタラメな噂話だが、それを意図的に流し、レイセンがそれを聞けば、一方的ではあるが情報を取得できる。

 正直言って、月の状況が何も分からない現状で、かなりありがたい、と言っても良い。

 

 だからこそ。

 

「私をしばらくここに置いていただけないでしょうか?」

 

 その問いにも頷いたのだ。

 

 しかし不思議でもある。

 何故玉兎がわざわざ綿月家からの言伝など持っているのか。

 自称月から逃げてきた兎が何故そんなもの持っているのか、あの兎は正直隠す気は無いようだが、本当のことを言うつもりはあるのやら…………。

 ついでに言うなら、豊姫のほうも謎がある。わざわざこの玉兎のことを言伝で伝えるのはまるでこの玉兎が特別のようではないだろうか?

 

「いえ、でもそうなら辻褄は合うわね」

 

 特別なのかもしれない。

 少なくとも、豊姫にとっては。

 

「…………今度聞いてみましょうか」

 

 輝夜と何かしているらしいが、今はまだ忙しい身だ、今度時間を取ってその辺りを聞いてみよう。

 

 幸い…………と言うべきか。時間だけなら掃いて捨てるほどあるのだから。

 

 

 

 

 




二日連続投稿。
実は昨日飲んだ、味の変な牛乳のせいで、朝からゲリと嘔吐が…………。
今は薬で抑えられているので大丈夫……だとは思う。
で、暇いので執筆。三時間もかかった。主に伝言の内容考えるだけで30分くらいかけた。

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