潮風が吹く。その方向に顔を向けると海は大きく広がっている。その反対側を向くと中規模ではあるが街と隣接した鎮守府が見える。ここが今日から暫くは仕事をするところだ。
荷物をまとめ、先程先導を任せていた長門さんの案内で今からここの提督に挨拶をする予定だ。後ろを歩く潮は少し顔色が悪いようである。緊張しているのだろうか。
「体調が優れないなら挨拶はこっちからしておくけど……」
小さい声で潮に囁くと大丈夫です、と答えた。本人が大丈夫だと言うのなら仕方がない。今日の疲労によるものだろうと考え、思考をこの後の挨拶に向ける。といっても相手の方からどうくるかによるので幾つか対応を考える。さて、皇提督のような人なら良いのだがな……。
「失礼する。提督、客人を連れてきた」
「……お疲れ。戻っていいぞ」
一連のやり取りを終えると長門さんは部屋を出た。提督の執務室にはこの部屋の主と俺と潮だけがいる。
「……ようこそ。お、俺は崎谷(さきや)だ。この鎮守府で提督をしている……」
低く小さめの声で自己紹介をしてくれた崎谷提督。第一印象は申し訳ないがだらしないと言わざるを得ない程に酷いものだ。標準体重を倍ほど超えたであろう体と手入れをしていないように見える身だしなみ。顔に出さない様に挨拶を行う。
「皇提督の命で来ました、白描(はくびょう)と申します。こちらが私の手伝いをしている潮です。よろしくお願いします」
潮と敬礼をする。潮の表情は無表情を装っているが動揺しているようであった。心配であるが動けないのは辛いところだ。
「……仕事については艦娘から聞いてくれ。い、医務室へは長門が案内する」
その言葉を言うと話す事はもうないという様に背を向ける崎谷提督。
失礼しますと言い執務室を後にする。しかしその時の崎谷提督の潮を見る目に寒気を感じた。潮は気付いていないようで良かったのかもしれないと思いながら部屋を出る。
部屋を出ると長門さんが待っており医務室へ案内される。俺はこの鎮守府で潮から目を離しては危険なような気がしてならない。それにこの鎮守府は少し空気が淀んでいるように感じた。
皇提督……、初の出張は生きて帰れますかね。
☆☆☆☆☆
医務室へ案内されるとここでの仕事のことをまとめた書類を渡され長門さんは戻っていった。白描さんを見ると何かを考えているのか険しい顔をしていた。取り敢えず医務室の扉を開くとそこには…………。
不快な臭いと乱れた室内が悲惨にもそこにはあった。ここの提督が何の目的でこの部屋を使っていたかと予想したくもないが、あくまで憶測に過ぎないので白描さんにもどう伝えたものかと考える。すると白描さんは部屋の中を進み窓を開けた。
「さてと、潮さんまずは掃除でもして寝れるようにしようか。今日はまだ時間もあるようだし、ね」
私を心配してか苦笑いながらも楽しげに机の上の掃除を始めた。彼の心遣いに感謝しながら私も物品の確認を始めた。