咲〈オロチ〉編   作:Mt.モロー

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最終回 華ざかりの森(2)

  インターハイ翌年 3月12日 

  阿知賀女子学院 麻雀部部室 高鴨穏乃

 

 阿知賀女子学園麻雀部は、秋季大会で好成績を残したものの、晩成高校に僅差(きんさ)で及ばず、春季大会の奈良選抜から外れていた。高鴨穏乃はその結果を悔しくは思っていたが、宿敵である宮永咲が不在ならば、それもしかたがないと考え、納得することにしていた。

 もともと5人しかいなかった麻雀部は、松実宥が抜けた穴を埋めることができず、この結果となった。 清澄高校の場合はもっと深刻な問題を抱えており、秋季大会団体戦にはエントリーすらしていなかった。

 

(咲さん……だいじょうぶかな?)

 

 まだだれもきていない部室で、穏乃は雀卓に座って、宿敵、宮永咲のことを想った。友人であり、最大の敵でもある咲には、なにがなんでも公式大会に出てきてもらわねば困る。彼女にはのしを付けて返さねばならぬ借りがあるのだ。

 

(和、たのむよ)

 

 咲には、穏乃の友人である原村和がついている。きっと、和ならなんとかしてくれるはずだ。

 

「大変だよ!」

 

 乱暴にドアを空けて部室に進入してきたのは、二年生の松実玄だ。彼女にしては珍しい慌てぶりだ。

 

「どうしたんですか?」

「まだシズちゃんしかいないのか……」

「私もいるわよ」

 

 新子憧が息を切らして登場した。どうやら玄の後を追っていたようだ。

 

「どうしたの玄? 廊下を走ったりして」

「大変なんだよ」

「だから、なにがですか?」

 

 同じセリフを繰り返す玄に、穏乃はその内容を話すように催促(さいそく)した。すると玄は、顎に指をあててなにかを考えている。

 

「やっぱり言えないです」

「ええー! どういうこと? すごい気になるんだけど」

「これは企業秘密です」

 

 穏乃は憧と顔を見合わせる。

 

「企業秘密ですか?」

「お客様の情報を漏らすわけにはいきません!」

「なにそれ?」

 

 もやもやした感じとはこのことだろう。そういったものが大嫌いな憧は、そこまで言ったのなら話せと玄に詰め寄るが、玄は(がん)として口を開かない。

 

騒々(そうぞう)しい……なにをやってる……」

「灼さん、玄さんが大変らしいんですが……」

「大変?」

 

 部長の鷺森灼が玄を見ている。

 

「大変って……あのこと?」

 

 玄が頷く。それを見て、憧の不満が爆発した。

 

「ずるーい! 二人だけ知ってるなんて! 私たちにも教えなさいよ」

「もうすぐ晴絵がくるから……そこで話があると思う」

 

 気まずい空気が漂い、四人は無言で部活の準備を始める。憧は電気ポッドを持って給湯室へ、玄はホワイトボードの掃除、灼はデータ入力用のPCを起動している。穏乃は雀卓の準備をしながら、雰囲気を変えようと春季大会の話題を提供する。

 

「灼さん、春季大会はどこが勝つと思いますか?」

「下馬評では長野が断トツだよ」

「長野ですか? 清澄は出場しないんじゃ……」

「なに言ってるの……龍門渕が出るんだから」

「そうか……あそこはベストメンバーのままか」

 

 お湯の補充を終えて憧が戻ってきた。ポッドから急須にお湯を注ぎ、四人分のお茶を準備している。話が聞こえたらしく、表情に笑顔が戻り、会話に参加する。

 

「衣さんはずいぶん積極的になったね。これも咲のおかげかな」

「相手はたまったものじゃない……なにしろ天江衣だからね」

「衣さんか……公式戦で闘ってみたなあ」

「でも、そうしたらシズは咲とは闘えないわよ」

「衣さんとは個人戦で……咲さんとは団体戦かな」

「そんな都合よくはいかないよー」

 

 ようやくいつもの麻雀部に戻った。そこに赤土晴絵が『大変』なニュースを持ってやってきた。

 

「練習を始めるのを少し待ってくれ。みんなに重要な話があるからね」

 

 穏乃は灼に『これですか?』というように合図を送る。灼は『そうだ』というように目を動かす。

 

「だいぶ前から話はあったんだけどね。正式に決まったのは今月に入ってからだ」

「もったいつけは玄でお腹いっぱい。晴絵、要点を話して」

「おほ、これは手厳しいね」

 

 苦笑いしながら、監督用の席に晴絵は座った。コホンと咳払いしてから『大変』なニュースの内容を話した。

 

「来月の1、2日で、私たちはインターハイチャンピオン清澄高校と合同合宿を行う。場所は松実館別館だ」

「ええー!」

 

 大声で反応したのは自分と憧だけだ。玄と灼は平然としている。なぜだ? なぜ二人は慌てないのだ? 阿知賀に住む者にとって、4月上旬は身動きがとれないはずだ。

 

「嬉しいけど無理よ。晴絵だって知ってるでしょ?」

「それはもう、ここで生まれ育ったからね」

 

 だったらどうしてと言いたくなった。桜祭りの時期、阿知賀は観光客でごった返しだ。神社も、旅館も、ボウリング場も、お土産屋も、人で溢れかえる。

 

「だいじょうぶだよ、憧、シズ。助っ人を頼んであるからね」

「助っ人って……うちは無理だよ」

「ふーん。どうして?」

「だって神社なんだから。しきたりとか作法とか、覚えるだけで大変だよ」

 

 もっともなことだと穏乃は思った。一度、巫女を手伝ったことがあったが、作法が覚えられずに、素の穏乃がでてしまい、あとで憧に怒られたものだ。

 

「これでも?」

 

 と、言って、晴絵は憧にペラペラの紙を渡した。

 

「石刀霞……石刀さんが手伝ってくれるの?」

「霧島神宮の筆頭巫女様が手伝ってくれるんだ。文句があるかい?」

「……」

 

 穏乃は自分の家のことが気になり、憧に紙を見せてほしいとせがんだ。

 

「狩宿さん……ということは、永水の人たちもくるんですか?」

「狩宿巴は偏差値70以上、憧と同じぐらいだ。シズんちの手伝いにはうってつけだろう?」

「うちは滝見春ちゃんと石刀明星ちゃんだよー。おもちコンビ」

「灼さんちは?」

「うちは薄墨初美さんと十曽湧ちゃんがきてくれる」

「十曽湧って……あの全中チャンピオンの?」

 

 一昨年の全中チャンピオンは原村和。そして、去年の全中チャンピオンは十曽湧だった(第二位は石刀明星で全中個人戦は永水女子のワンツー)。

 

「そう、志崎ちゃんや辰巳ちゃん(旧阿知賀こども麻雀クラブの一員で現在中学一年生)は興奮していたよ」

 

 永水女子高校がバックアップしてくれるのなら家業の問題はクリアできそうだ。しかし、穏乃には気がかりな点が二つあった。

 

「神代さんはだいじょうぶなんですか?」

 

 まずは一つ目。永水女子の象徴である神代小蒔は、インターハイ個人戦で再起不能になったと噂されていた。しかも、その後の情報は一切伝えられていない。穏乃とは接点のなかった小蒔だが、個人戦での圧倒的な強さは目に焼き付いていた。咲と同様に、対戦してみたい人物だった。

 

「霧島の姫様は復活しているよ。永水では彼女だけが今回の合宿に参加する。もっとも、対戦はできないかもしれないけどね」

 

 素直に良かったと思った。これで機会があれば、小蒔とは対戦可能だ。

 

「赤土さん……」

 

 そして、二つ目の気がかりだ。それは、穏乃のアイデンティティに関わることだ。

 

「宮永咲だろ?」

「ええ」

「心配しなくていいよ。咲ちゃんもくるから」

「でも……」

 

 対戦はできないだろうなと思う。原村和からのメールでも、咲はまともな練習すらできないらしかった。

 晴絵は、そんな穏乃の懸念を吹き飛ばすような笑顔で答える。

 

「小鍛治さんがね、一回だけなら咲ちゃんと対戦できるって言っていた。ただし、合宿の成果で面子は決めるよ。これには清澄のメンバーも含まれる」

「てことは、和や優希や染谷さんにも勝たなきゃいけないってこと?」

「なんだ? 憧も咲ちゃんと打ちたいのか?」

「それは……まあね」

「シズ、これは本当に『大変』だな」

 

 晴絵の笑顔が憎たらしかったので、穏乃は反撃をすることにした。

 

「小鍛治さんもくるんでしょ?」

「……くるよ」

 

 憎たらしい笑みが晴絵から消える。ざまあみろと言いたいところだ。

 

「でもね、小鍛治さんは咲ちゃんと神代さんに付きっきりだ。私も、永水女子の助っ人の様子を見て回る。だから、合宿は灼と染谷くんに任せてある」

 

 その灼が、雀卓を外れて、自分のカバンからなにやら冊子状のものを取り出した。

 

「それじゃあこれを……」

 

 灼はそう言って、その冊子をみんなに配る。受け取った冊子にはこう書かれていた。

 

『合宿のしおり』 

 


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