国民麻雀大会 ジュニアA Bブロック 岩手県代表
国民麻雀大会の優勝県には、かつての高校野球のように、ご
とはいえ、臼沢塞たち宮守女子麻雀部メンバーにとって、それはありがたいことであった。おそらく顧問である熊倉トシのゴリ押しで、遠征のフリータイムにニュージーランドがオプションに加わり、選手枠からもれていた鹿倉胡桃も八人制の採用によって代表登録された。
そして、この敗者復活が充実したトーナメント戦。これにもトシが深く関わっていたのではないかと考えてしまう。
今回はくじ運が良かった。本命とされている長野県チーム。対抗馬の大阪府チームとは別のブロックになれた。トシから指示されていたトーナメントの戦術は、最初のブロック戦で脱落することだった。強敵の長野や大阪はトーナメントを決勝まで勝ち進むはずで、敗者復活戦に回った岩手は決勝まで強豪チームとは闘わずにすむ。通常ルートよりも一試合多くなり、負けが許されない闘いが続くが、塞たちは絶対にそれを乗り切れると思っていた。優勝してエイスリン・ウィッシュアートに会いたいという気持ちが、塞たちの高いモチベーションを維持させていた。
(豊音でも天江衣には連続で勝つのは難しい……だから一発勝負)
宮永姉妹、荒川憩など有力選手たちが欠場している本大会で、塞たちの最大の障害になるのは“牌に愛された子”である長野の天江衣だった。しかし、岩手には対抗手段があった。
Aブロックのような地獄ではないが、Bブロックにも福岡県チームと東京都チームという強豪がいた。今の自分たちなら撃破できるとは思う。しかし、初戦はいいところはまったく見せずに惨敗せよとトシから指示されている。しかも、その二校をよく観察することも付け加えられていた。その理由は単純明快だった。塞たちが敗者復活一回戦を勝ち上がったら、その二校と再戦する可能性が高いからだ。
熊倉トシの分析は冷酷であった。本トーナメントで決勝戦まで勝ち上がるのは長野と大阪にほぼ確定している。同じ相手と何度も闘わねばならないこのトーナメント。自力で劣る岩手が、強豪チームに勝利するには、できるだけ手の内を見せず一撃撃破を目指すしかない。
ジュニアAの大会ルールで、先鋒から大将までで最低一人は二年生を入れなければならなかった。その点からしても長野は有利であった。現状の最強布陣でその条件を満たしていた。それに引き換え、大阪や岩手は三年生が主力であり、若干の戦力ダウンは否めない。岩手ならば、エイスリン・ウィッシュアートのいた次鋒か、鹿倉胡桃の中堅にルールを当てはめる。
初戦は次鋒に二年生を入れることにした。それ以外は、まるっきり宮守女子のインターハイのラインナップだった。
(対白糸台……結局は実現しなかったけど)
宮守女子高校の布陣は、白糸台高校を打倒するために組まれたものであった。先鋒の小瀬川白望は“絶対王者”宮永照の独走を阻止するために割り当てられた。トシは、照がアイ・アークダンテの娘であることを知っていた。そして、彼女の連続和了がダンテの定理の応用であることも知っていた。ダンテの定理の
次鋒エイスリン・ウィッシュアートの正しさは、団体戦決勝で証明されていた。弘世菫は“魔術師”
中堅の鹿倉胡桃は、和了や捨て局の見切りが早く、決勝戦で猛威を振るった“ハーベストタイム”渋谷尭深にはうってつけの人選だった。
副将戦、トシは亦野誠子の弱点を見抜いていた。彼女は自慢の戦法を止められると、ムキになってリトライしてくる(事実準決勝でそれは実現した)。そうなると、臼沢塞は対戦相手としてベストチョイスになる。
そして大将戦。“超新星”大星淡の力は立直が前提になっていた。姉帯豊音の先負によって、彼女は確実に攻略できる。羅睺の使用は許可されなかった。それは個人戦での対宮永照用として温存された。
用意周到に組み上げられたトシの戦略を、ダークホースだった長野県代表の清澄高校が
(長野とはなにかと縁があるね……悪い意味だけど)
塞たちは、再び敗北しようとしていた。だが、今回の敗北はあの時とは違う。長野へのリベンジのために、そして、エイスリン・ウィッシュアートとの約束のために敗北する。残り三試合はなにがなんでも勝ち続けなければならない。
国麻は1Dayトーナメントなので10分の休憩時間を挟んで直ぐに次の試合が始まる。塞はメンバーの顔を眺める。気持ちの切り替えは完了しているようだ。特に白望はこれまでの
国民麻雀大会 ジュニアA二回戦 先鋒戦 大阪府代表
岩手県の一回戦脱落は、愛宕洋榎たち大阪代表にとっては意外でもなんでもなかった。ありていに言えば、大阪も同じことをやろうとしていた。しかし、ブロックAで長野県と同枠になったことで、その作戦は変更された。来年の脅威となりうる存在。天江衣、龍門渕透華という二年生の詳細な分析のために、三試合分の対局データを取ることが選択されたのだ。
(渋谷……ええ覚悟や)
スポーツにしろ、文科系競技にしろ、人生を競技者として活動できる者はごく少数だ。大多数の人間は学生時代で選手生命を終えることになる。元プロ雀士を母に持つ洋榎は、その少数派になるように指導され、その期待に応えてきた。おそらく下家にいる福路美穂子も同じ道を歩むだろう。しかし、目の前で
なぜそんなことがわかるのか? それは、先鋒渋谷尭深がある意味禁じ手だったからだ。
(おかん、これを愚策や言うのは、あんたが指導者だからや。でもな……本人がそれを望むのなら、決して愚策ちゃう)
洋榎の母親の愛宕雅恵は、東京代表の布陣を見てこう言った。
(『宮永も辻垣内も出えへん。だからといって渋谷を先鋒に据える愚策を使うなんてな……あそこも
なにをもって愚策というのか? 雅恵はこう付け加えた。
(『中堅戦ならば、インハイの阿知賀のように引くに引けない相手が出てくる。だから渋谷の誘いも有効になる。だがな、先鋒戦やったら無難にまとめたらええだけや。現に地区ブロック戦ではすべてそうなった。たしかに先鋒戦での大量得失点はのうなったけど、あの戦法ならば東京は優位なスタートはできない』)
それにと言って雅恵は話しを続けた。多分それこそが本心なのだろう。眉間にしわがより、目も細くなっていた。
(『渋谷を使い潰すつもりか……あの子は完全に攻略されてしまう』)
尭深のポーカーフェイスは徹底している。有利な時も不利な時も、その表情からの推測は難しい。
「リーチ」
南四局三本場の四巡目。親の尭深が千点棒を置いた。ハーベストタイムのラス親モードが発生しており、次での和了が確定的だ。
(竹井……自分は三連荘で止めたけど、うちは無理なようや。ちょいばっかり悔しいな)
この状況は洋榎と美穂子で作り上げた。場決めで尭深が北家になった時点で、二人の思惑は一致していた。つまりは、ハーベストタイムの限界点を探ることだ。洋榎と美穂子は、尭深に誘導されるまでもなく、親での連荘を繰り返して、40000点近い点差を尭深につけていた。目的は団体戦の幻想の除去だった。第一捨て牌の組み上げで役満を成立させる。それが尭深にとってたやすいことなのか。まずはそれを検証する。団体戦は大三元であったが、今回は配牌に恵まれなかったようで、序盤は【西】【北】と索子を切り続けた。中盤、尭深は、狙いを混一色に切り替えた。洋榎と美穂子の注目点は、はたして
(福路、あとは効率だけやろ? まったくな……羊の皮を被った狼ってやつか)
天和48000点を追加したとしても、結局は原点以下だ。あとはどれだけ上乗せできるかでハーベストタイムの価値が決まる。団体戦のような勝敗を決するような爆発力ならいざ知らず、10000点以下の加点ならば、労力に見合った対価ではない。団体戦の幻想は、そこで消し去れる。
(せやけどなオカン。こいつはそれでもええ思てる。攻略されようがなにしようが役割に徹しようとしてる。……気に入ったで渋谷)
「ツモ、門前、立直、混一色。4600オール」
予定調和的に5巡目で尭深が和了した。天和一回と親の満貫三回で、彼女は80000点以上取り戻した。凄まじい破壊力と言えるが洋榎は冷静に対応していた。
(どうやって終わるか……そやろ渋谷)
だれかが地獄から逃げるように安手で上がってくれる。それが理想的な終わり方だろう。しかし、洋榎は――いや、洋榎と美穂子は、高めを上がろうとしていた。尭深からの直撃も視野に入れていた。
(ひとつわかったことがある……お前の引き直しにはなんらかの制約がある。ここまでに捨て牌はやたらと筒子が多かった。狙い目はそこか)
「四本場」
尭深が四本場を宣言してサイコロを回す。ここが勝負所と判断したのか、美穂子の表情も厳しい。
(福路も気づいたか……ほんまに怖い人間やな)
宮永姉妹と同卓になった最初で最後の人間である福路美穂子は、まるで化学反応するかのように怪物化した。照魔鏡のように相手の特徴を読み取り主導権を握る。ただし、宮永照とは違い、他者を圧倒することはなかった。ある程度フリーハンドを与えておき、決定的な局面ですでに敗北していた事実を告げる。それは、洋榎が完全敗北した宮永咲によく似ていた。
(格がちがうとは言わん。せやけどうちとあんたはスタイルがまるでちゃう。それ見てもらうで福路)
“能力”などという意味不明な言葉があった。その価値のない言葉を百歩譲ってあるものとしよう。では、なぜ“能力”を使わなければならないのか? それは“能力”を使うものが弱者であるからだ。それを使用することでしか強者に対抗できない。
(そんなけち臭いものは、うちには必要ないな)
愛宕洋榎は疑いようのない強者であった。配牌の終わった洋榎の手牌は、それを証明するかのように聴牌していた。
(【五筒】【八筒】の両面待ち……上がりを放棄しなければお前は打牌を変えないはずや。自ら引くことは幻想を消してしまうからな)
自分の選択は正しきもの。それを信じるかぎり決して洋榎は敗北しない。
(宮永……絶対にお前を倒したる)
洋榎が敗北した相手は一人しかいない。“魔王”宮永咲だ。とはいえ、彼女とはしばらく対戦できない。だから、妹の愛宕絹恵にしばらく預けてもいい。あるいは、母親の雅恵が丹精込めて指導している二条泉に預けてもいいだろう。だが、本心は自らの手で“魔王”を倒したいと思っていた。
尭深が洋榎を見ている。捨て牌が危険牌であること承知しているのだ。しかし、“ハーベストタイム”の継続を望むのなら、彼女はそれを切るしかない。
河に置かれた牌は【八筒】だった。
「それや。 地和、34400」
「はい」
インターハイのようなけたたましいブザーは鳴らない。係員がきて「それまで」と、先鋒戦終了を宣言した。洋榎と尭深で点棒の受け渡しをする。最後に役満直撃をされた尭深ではあるが、どこか満足気であった。それはそうだ。結局は尭深の望み通り幻想が維持された。洋榎と美穂子が行ったことは、親の“ハーベストタイム”に対する2例目でしかなかった。高めで上がり得点効率を下げる。新子憧の巡目縛り上の和了に匹敵する困難さで、決定的な対策にはほど遠い。
ならば、現状渋谷尭深への対処法は限られる。それは無害なままにしておくことだ。
「渋谷、もうちょい麻雀を続けてくれ」
「……」
「勝ち逃げはゆるさへんで」
「決勝でもう一度闘うかもしれませんよ?」
「それで、うちが満足できたら許したる。でもな、できなかったら大学でもう一度や」
「……わかりました」
対照的な笑顔の二人がいた。嬉しそうに笑っている渋谷尭深。そして、やれやれといった顔で笑う福路美穂子だ。
(まるで宮永のようだってか? 人のことは言われへんで福路。あんただって同じやろ? 宮永に……いや、咲に
国民麻雀大会 ジュニアA二回戦 次鋒戦 大阪府代表
体育館の大きなフロアにパテーションで区切られて雀卓が4台設置されていた。そこでジュニアAのABブロック、ジュニアBのABブロックが同時進行している。2階の観客はそこから生で競技を見ることができた。大型モニターも2台設置されており、選手の表情なども映し出されていた。当然それは競技者の目にも入るので、絶対に手牌が映らないようにカメラが調整されていた。
ジュニアAの二回戦は東三局まで進んでいた。そして、その結果が大型モニターに映し出され、観客が大きくどよめいた。
「ロン、立直、
序盤は竹井久の独壇場だった。しかも3900点のであがりを三回連続で、うち二回は江口セーラからだ。
「調子ええな。次、自摸やったら、アレをやって見してや」
「アレはインターハイで怒られたからもうできないわ」
セーラが見せてくれとせがんだアレとは、久がたまに見せる上り牌を指で弾いて上に放り投げるアクションのことだ。さすがにマナー違反を指摘され、もう二度とできないらしい。
(ザンク三回よりも跳満一回か……どっちがええかって聞かれたら、そらあザンク三回や。二翻、三翻に比べて六翻は運の助けが必要やからな)
あっという間の東四局だった。大会前に愛宕洋榎と約束した『竹井久を泣かせる』は、まだ実現できていない。
(咲、うちらは自分と違うて負けてもええねん。どや? 羨ましいんちゃうんか?)
セーラは、配られた牌を見て内心ほくそ笑む。混一色二向聴。ドラが絡めば跳満も狙える。親の竹井久を泣かせられるかもしれない。
しかし、セーラはそのことよりも、あのインターハイでの闘いを思い出していた。敗北への恐怖のあまり気を失ってしまった本来の宮永咲の姿。そして、抵抗を
セーラはそれを知ってしまった。闘いとは非情なもので、勝者こそが正義であり、敗者は慰みの対象でしかない。それがセーラの価値観であった。だが、苦しみながら勝利する宮永咲という存在が、その価値観を大きく変えてしまった。
(せやけどな……負けるって言うのは、結構きついものやで。だからね、うちは負けるのが好かん。もちろん、お前にもね……咲)
セーラの不安定だった感覚麻雀は、愛宕雅恵の“王道麻雀”で修正された。勝つためになにをするかではなく、なにをすれば勝てるのかに思考が切り替わった。同じことに聞こえるかもしれないが、簡単に言えば局面だけを見るか、全体を見るかの違いだ。だから、竹井久に先行されても、セーラは慌てない。
(洋榎、自分もたまにはええこと言うな)
信じることは美しきこと。それを守ることにより“王道麻雀”は不滅の生命を得る。
12巡目。聴牌したセーラは、迷うことなく牌を曲げる。
「リーチ」
セーラが染め手を張っていると推測して、久は、聴牌形を崩して安牌を捨てた。状況が不利ならば降りるというベーシックな反応。なるほど、彼女は基本に忠実な打ち手なのだ。だからこそ、悪手である、悪待ちを自在に操れる。
(そんなん、うちには必要あれへんけどな)
15巡目にセーラは和了した。
「私からもリクエストしてもいいかしら?」
久からの意味不明な質問だ。
「憧ちゃんに言ったアレをおねがい」
「……まあ、うちのアレは、あんたとは違うて禁止されてへんからな」
「……」
久がいい笑顔でセーラを見ている。ここは期待に応えるべきだろう。
「ザンクを3回刻むより、12000を和了るほうが――」
セーラが「好きやねん」を言う前に監視員から指摘が入る。
「江口選手、竹井選手。私語は控えめにお願いします」
「はい……」
「はい……」
国民麻雀大会 ジュニアA二回戦 副将戦 大阪府代表
末原恭子は、副将として同卓している花田煌について考察していた。彼女は大会を棄権した白水哩の代役ではないかと噂されていた。それを裏付けるものとして、地区予選にてリザベーションのような事例がいくつかあったからだ。リザベーション・ネクストステージ、そう呼ぶ者もいたほどだ。宮永咲に破られるまでは、無敵を誇ったリザベーションは、哩の離脱と共に消滅すると言われていた。
(確かめる必要があるな。脅威は少しでも減らさな)
三年生である恭子は、この花田鶴田コンビとはもう闘わない。だが、愛宕絹恵や上重漫はそうではない。ネクストステージが本物ならば、大きな脅威となる。
(この子もそうやな……)
恭子は、対面にいる龍門渕透華に目を移す。個人戦前の練習試合で、彼女は天江衣に匹敵する怪物となった。“治水”と呼ばれるその力は、その名の通り、危険な力を収め、場を安定させてしまう。運やつきも含めてあらゆる作用が無力化される。考えようによっては最も怖ろしい能力だった。しかし、透華がその力をコントロールできないことも分析できた。それならば対応は可能だ。
(まずはネクストステージか……宮永のつこた手は無理すぎる。別の手段を考えな)
“絶対王者”が破れないとまで言ったリザベーションは、その妹の手によって破られた。しかも、彼女以外は不可能と言える手法でだ。
(うちとの対戦が始まりやったな。南入を繰り返して、哩姫の繋がりを切ってまう……そんなんできるか)
“魔王”宮永咲と最も対戦した人間。それは末原恭子で間違いないだろう。団体戦で二回、個人戦で一回の計三回咲と対戦した。屈辱の敗北を喫した初戦。なんとかリベンジした二戦目。だが、個人戦での対局時に、その二戦目も敗北していたことを知らされた。自分は敗北を拒んでいただけだった。理解したくない、認めたくない、ただそれだけだった。
(
新道寺女子高校の真のエースが哩だったことはだれもが知っている。和了率だけならば、高校生3位(1位は宮永照、2位は園城寺怜)の実力だ。彼女の代役などできる者はいない。それが大多数の意見であった。しかし、花田煌が唐突にそのポジションに居座った。しかも、それなりの結果を残せている。
(仮定と検証……うちはやりすぎるきらいがあるからね。姉帯の時も、おっぱいお化けの時も、やりすぎて宮永に利用された)
龍門渕透華がおとなしすぎる。それは、第一戦目の宮永咲を思い起こさせた。
(結局は洋榎と同じか……なににつけ宮永のこと思てまう。まあええ、せやったらうちがなにをしようとしてるか分るやろう?)
「ツモ、門前、東。700,1300」
わずか8巡目で恭子は自摸上りをした。代名詞ともいえる超早上がり。それは、あの宮永咲をも苦しめた。
(花田を焼き鳥にする。これでネクストステージの新しいサンプルを作る。まどろっこしいてか宮永? すまんな、これがうちのやり方や、今度は失敗しないから安心しろ)
国民麻雀大会 ジュニアA二回戦 副将戦 福岡県代表
副将戦はもう南三局になっていた。花田煌は、いまだに和了できていない。しかし、それは決して悪いことではなかった。
(末原さんも龍門物さんもネクストステージを探っている……すばらなことです)
超早上がりを繰り返し、煌をこのまま終わらせようとする末原恭子、良いタイミングでアシスト牌を切り、煌に上がらせようとする龍門渕透華。二人のアナリストがネクストステージの謎を解こうとしている。
(部長……これでいいんです。姫子の秘密は謎のままにしておくこと、それが咲ちゃん倒す唯一の方法です)
白水哩から鶴田姫子を頼むと言われたあの日、煌はネクストステージの提案をした。無論、哩はいい顔をしなかった。姫子をリザベーションの鎖から解放したかった哩ならば、当たり前のことだろう。
煌はある事例を挙げて、哩を説得した。
(『咲ちゃんはこれまでに3回敗北しています。部長、わかりますか?』)
(『ネリー、神代、宮永照……そんなもんか』)
(『お姉さんと神代さんはともかくとして、咲ちゃんを倒すヒントはネリー・ヴィルサラーゼとの試合にあります』)
(『……ラッキーパンチか?』)
(『親譲りと言いますか、咲ちゃんの対応力は凄まじいものです。でも、ネリーさんの驚異的な瞬発力には対応しきれなかった』)
(『姫子にそれをやれと?』)
(『部長、姫子に本当のことを話してください。そして、このことも合わせて』)
(『ネクストステージか……』)
(『いいですねそれ、意図的にその名前を広めてください。結局、咲ちゃんは姫子の謎を解けなかったのです。だから、個人戦であんな手を使った。そして、成功したと思い込んでいる。彼女はネクストステージが
(『あとは姫子次第ということか』)
(『部長、姫子を信じてください。あの子は、確実に成長しています』)
(『……わかった』)
透華からのアシストで断公九ドラ2を聴牌した。きっと、彼女は次巡で差し込んでくるだろう。
(四翻なら狙って上がれます。だから六翻を狙わせる。さすがは龍門渕透華というところでしょうか)
煌の予測に
「ロンです。断公九ドラ2。1000,2000」
「あら」
少し驚いて見せた透華の意図はこうだろう。
(『天江衣を相手に、決められた局で跳満を上がる自信があるのか?』)
残念ながら、それは意味のない話だ。現状ネクストステージは疑惑レベルにとどめている。ファーストステージのように倍増が確立されているわけではない。失敗もあれば、翻数が下がることもある。しかし、姫子が法則に従って和了することでリザベーションの幻影は残り続ける。
(部長……姫子のリザベーションからの解放は来年のインターハイまで待ってもらいます。それまでは、この幻影の力を最大活用します)
そういえば、と煌は思った。
(白水先輩は、もう部長ではありませんでした。しっかりしなければ、今の部長は私ですから。この秘密を知るのは……私と姫子だけ。守り通さなければ)
宮永咲は、煌のことを花田先輩と言って
(咲ちゃん。あなたには……怖い“花田先輩”を見てもらいますよ)
国民麻雀大会 ジュニアA二回戦 大将戦 大阪府代表
(竜華……負けてもええ言うとったけど、やっぱちょい悔しいな)
園城寺怜は同卓になっている天江衣と鶴田姫子を眺めた。二人はまだ二年生だ。来年の千里山女子を苦しめる存在になることは間違いない。
怜のパートナーである清水谷竜華は、それを踏まえて怜に調査を優先させた。だが、考えることは皆同じなようで、衣も姫子も全力を出してはいない。特に衣は、一回戦から流すように打っている。それでも、何度か
(ここまで相性が悪いとは思えへんかった。こらチャンピオン以上かもな)
インターハイの宮永照戦で、怜は未来視の限界を知った。自分は未来を変えられない。できるのは見ることだけ。だから、衣が海底モードに入ってしまったら、怜はどうすることもできない。
しかし、愛宕雅恵のみならず、赤阪郁乃まで、怜を大将に選んでいた。その理由はなんだろうと考える。二人は相性が最悪だとは思っていないのだろうか? その答えは、親友である竜華が示してくれた。
(『よう分かれへんけど、ヒントは海底摸月にある思うねん』)
(『竜華どういうこと?』)
(『天江が海底モードに入ると無駄自摸ばっかり引かされるっちゅうやん。もしも、怜やったらどないすん?』)
(『どないすんもなんも……そら捨てるしかあれへんよ、無駄なんやから』)
(『天江もそう思てるやろうな』)
(『……なるほど』)
自分ならば本当に無駄自摸かどうかを判定できる。それが海底摸月の死角だろう。
そして、竜華はこうも言った。
(『未来は変えられへん。そら怜がそう思てるだけで決定されてはない。それ試すためなら、二回戦は負けてもええ』)
牌に愛された子である天江衣とて無敵ではない。彼女の場の支配にも限界があるということだ。その話で竜華が参考に挙げたのは、衣の唯一の敗北とされる宮永咲戦だった。
(宮永咲か……セーラは夢中のようだけど、うちには縁がなかったな。幸か不幸かわからんが)
セーラの思いを理解することは可能だ。なぜかというと、怜自身も宮永照に対して同じ思いを抱いていたからだ。彼女への敗北を認めたことにより、勝つことが目標変わった。それはわかる、だが、セーラは度がすぎている。まるで恋人でも見つけたかのようにエネルギッシュだ。
(それだけ魅力があるちゅうことか……うちも闘うて見たいな)
国民麻雀大会 ジュニアA二回戦 大将戦 福岡県代表
鶴田姫子は、大会前に白水哩からリザベーションは幻影であると告げられた。正直信じることができなかった。哩と自分との絆の力、それがリザベーションだと思っていた。しかし、哩は
(ネクストステージ……部長、幻影ば続けてみる。でもね、あなたが言うたごと、個として、鶴田姫子として宮永咲に対抗できる力ばつけます)
南三局。幻影を継続するためにはこの局で上がらなければならない。配牌はまずまずだった。門前、断公九、平和を狙えるが、立直をかけても四翻にしかならない。残りは
「
天江衣が姫子を見ながら言った。園城寺怜も顔を動かす。衣が一向聴地獄を使うと宣言したのだ。ここで上がれなければネクストステージは効果が
(部長……絆ん力ってあるんですよ。たとえそれがうちだけに作用すっとしてん、信じっことこそが力ん
姫子は、親友との絆を信じて、脳の中で三翻をゲインアップする。光が見えない。暗黒の中で、姫子は祈るように手を合わせる。
8巡目に姫子は一向聴になった。ここから天江衣の支配が始まる。姫子は無駄自摸を引き続けた。そして、突然、姫子の身体が6本の鎖で締め付けられる。それはファーストステージの虚空から伸びる輪のついた鎖ではなく、姫子を縛り上げるよう巻き付いていた。当然、それは姫子の身体を痛めつける。
(これが……ネクストステージ)
堪え難い苦痛だった。だが、それでも姫子は絆を信じて祈り続ける。
(見えた……)
天頂に小さな明かりが見えた。それは次第に広がり、暗闇は取り払われる。そして、肉に食い込むほど姫子を締め上げていた鎖は消失し、代わりに6と書かれたキーが現れた。
(リザベーション……クリア)
12巡目。姫子は一向聴地獄を突破した。
「リーチ」
あの天江衣が驚いている。映像ではあるが、同じ表情を見たことがある。それは、長野地区予選で宮永咲が衣に三連続槓を決めた時だ。
(咲……うちにもできたばい。天江衣ば驚かすことがね)
13巡目。姫子は当たり牌を引いた。立直、一発で五翻、裏ドラは期待値ではない。姫子にとっては確実なものだ。
「ツモ、立直、一発、門前、断公九、平和――」
「わあーすごーい、早く裏ドラをめくって!」
衣が楽しそうに姫子の手を見ている。ワクワク感が見えてまるで子供のようだ。外見的にはまったく自然ではあるが。
「ドラ1。3000、6000」
「跳満か……」
つぶやいたのは園城寺怜だ。これでいい、これで幻影は継続された。だが、ネクストステージとは宮永咲を倒すための手段にすぎなかった。
(咲……楽しみばい、お前と打つ日ん早う来っとよかね)
三時間前。国民麻雀大会観覧席 D-10
辻垣内智葉は宮永姉妹から列をひとつ空けた前列に座っていた。友人である弘世菫は
(無理するなよ、董)
菫の言いようが、体裁を整えるためであることを智葉は知っていた。本心では上手く和解してくれることを願っている。
――それは一週間ほど前のことだ。智葉は、董からこの計画について協力を求められた。
(『私に盗み聞きをしろと?』)
(『そうです。あなたは耳がとても良いと聞いています。だから、これを頼めるのは智葉しかいないと思いました』)
(『姉妹だけになる環境を作れるのか? 私が耳が良いというのは本当だよ。でも、それ以上に照君は目が良い。途中で気づかれて逃げられるかもね』)
(『私だけならそうかもしれません。でも、これには清澄の染谷君も原村君も絡んでいます。絶対に二人だけにして見せます』)
(『……』)
(『……』)
(『菫にひとつ質問がある』)
(『なんですか?』)
(『私に盗み聞きを頼む理由は好奇心かな?』)
(『軽蔑しますか?』)
(『いや、ますます好きになった。私だってあの姉妹は気になるからね』)
(『正直ね……私は知りすぎてしまったと思います』)
(『……』)
(『あの泥沼のような姉妹関係が修復されるとしたら……その経緯もわかっておきたい』)
(『いいよ、協力する』)
(『ありがとう……ありがとう智葉』)
何度も頭を下げる菫の表情は、智葉が難題を引き受けてくれた安堵感と、はたして上手くいくのかという不安が混在していた。
――だから、今、董がいかに無理をしているのかがよくわかった。
姉妹に動きがあったようだが、智葉は振り向けない。音だけで状況を把握しなければならなかった。難しいように思えるが、そこは
(照君が動いたか……落ち着かないようだな)
隣同士で座っている姉妹は、やたらと姿勢を変えている。不安や恐れを感じている人間の特徴的な動作だ。
それは二時間ほど継続されたが、少しずつ音が発生するスパンが長くなっていった。しかし、二人はまだ一言も話していない。
――会場の歓声が大きくなった。モニターに大星淡と原村和が映し出されている。
「淡が勝つよ」
最初に声を発したのは宮永照だった。互いの友人同士の闘いについて感想を言った。
「……そうかな」
少し間が開いたが、妹が異議を唱える。
「もちろん」
「じゃあ、
「賭けるって……なにを?」
「お年玉」
クスクス笑いが聞こえる。声の質からいって姉のものだろう。
「まだ恨んでるの?」
「それは恨むよ、だってお年玉でお姉ちゃんにプレゼントしようと思ってたんだから」
「プレゼント? なに?」
今度は妹のクスクス笑いだ。弾むような、ごく自然な笑い方だった。
「……お菓子」
二人が揃って笑っている。
(あれ……なんだこれ)
智葉の目から大粒の涙がボロボロこぼれていた。
(菫のやつめ……私にこんなことをさせるなんて)
だが、智葉は怒ったりはしない。なぜならば、この話を菫に聞かせたら、きっと彼女も自分と同じ状態になる。楽しみだ。この姉妹の和解を、早く友人に聞かせたいものだ。
次話:国麻にて(後編)