本当に短編なので結構淡白です。
イギリスには古城が数多く残っている。女王陛下の居城でもあるウィンザー城や幽霊城として有名なエディンバラ城などの観光名所から、ひっそりと
ここ南イングランドにある、およそ12エーカー(48500平方メートル)の城にも居住者がいた。その落ち着きのある城の主は、“巨人”ウィンダム・コールであった。
もちろん、彼はここで生まれ育ったわけではなく、雀士として巨万の富を得てから取得した、文字通り帝王の城であった。
ウィンダムは年に数回しか試合を行わない。その彼がなぜこれほどまでの財力を誇るのか? それは麻雀の最高位を決めるシステムにあった。
現役雀士世界一を決める世界選手権。ランキング上位で争うマスターズ。この有名な2大会で勝っても世界最高位にはならない。それを決めるのは、11月にこの城で行われるウィンダム・コール杯であった。彼の名前が冠になっており、優勝賞金も彼が支払う。その額は1500万ポンド(約20億円)と破格のものであった。ただ、試合は一試合のみで、完全非公開で実施される。参加には世界選手権かマスターズで優勝するか、ウィンダムに選抜されるしかなかった。そう、麻雀の最高位は常に不動。要は“巨人”ウィンダム・コールを倒せるかどうかの話なのだ。
世界に君臨する彼は、麻雀のルールを一本化した。ローカルルールの多数を切り捨て、ワールド・マージャン・スタンダード・オーガニゼーション(WMSO)という組織を立ち上げ、世界選手権、マスターズを始め世界7大大会をそれに準拠させた。彼はWMSOのトップであり、彼の定めたルールは商標となった。それにより膨大なロイヤリティが彼に入ってくる。それがウィンダム・コールの財源であった。
ウィンダム・コールは多忙であったが、イギリス人らしく、仕事とプライベートをはっきりと分けていた。今週一週間は完全なオフで、彼は自宅で余暇を堪能していた。
――彼の私室(とはいっても小さな体育館程度はある)の扉をノックする音が響いた。だれであるかはわかっているらしく、ウィンダムは入室を許可する。
「入り給え」
大きな扉を開けて、初老の執事長に車いすを押された少女が入ってきた。
「お呼びでしょうか? マイ・マスター」
金髪の少女の名前はミナモ・オールドフィールド。彼女はウィンダムと対戦実績のあるテレサ・アークダンテの孫娘で、現在日本で大旋風を起こしている宮永姉妹の従妹でもあった。
「チェスの相手が欲しかったのだ」
ウィンダムが目配せすると、執事長は
「私などでは……マスターの足元にも及びません」
「かもしれないね。しかし、私はミナモの母君から聞いているのだよ」
「申し訳ございません……足を悪くしてからは、麻雀ではなくチェスやショーギばかりやっていました。でも、マスターのレイティングは2800(トップレベル)ですから」
静かで天井の高い室内は、よく音が響く。ミナモのソプラノの声が透き通るように反響した。
「ほう、ショーギもできるのかね? 最も、私は性に合わないが」
「オリエンタル思想ですか?」
「そのとおり。兵を使い捨てなどにできない。その点チェスは違う。たとえポーンでも、取られたら大ごとだ」
ミナモが笑う。少女らしい小さな引き笑いだ。
ウィンダム・コールが車いすを押して、部屋の奥にあるチェス盤の前に止める。豪華な大理石のチェス盤だが、ピース(駒)は置かれていない。
「イギリス貴族は……よほどお金の使い道に困ったのだろうね。何万ポンドもかけて、こんな遊び道具を作った」
「マスターもそうなのですか?」
「これは私が購入したのでない。いわばこの城の備品のようなものだ」
ウィンダムは重厚な箱に入ったピースを取り出して盤に置いていく。
「
「私には無駄に思えます。10ポンドのチェスセットと同じことしかできないのですから」
「そうだ。このチェス盤は無駄の極みだ。しかし、その無駄が意味を持つことがある」
「……」
ウィンダムはキングの白ピースを自分の前の所定の位置に置いた。
「キング……このピースは私だ。まあ、一コマしか動けないのは納得できないが」
「そうですね。マスターならクイーンのように動けなくては」
ウィンダムは、そのクイーンを隣に置いた。
「ビショップ。これは君だね。攻撃の要だよ」
「光栄です。マスター」
ウィンダムはチェスのピースを実際の人間に見立てていた。
続けて黒ピースを取り出し、キングをミナモの前に置く。
「これは小鍛治健夜だ。強い駒だよ」
「はい……」
そして、隣にクイーンを置いた。
「これはだれだね?」
「……宮永照」
ウィンダムはビショップも並べて、意地悪く質問した。
「これは?」
「咲です。……宮永咲」
ミナモの顔が歪んだ。その名前を呼ぶことになにか抵抗があるように見えた。
ウィンダム・コールは、それに気づきながらも、まったく意に
「なかなか強力だね。だが、こちらにも隠し玉がある」
「隠し玉ですか?」
白のルークを二つ盤に並べる。もちろんウィンダムサイドだ。
「ネリー・ヴィルサラーゼ……どうだね? 面白いだろう?」
「彼女が仲間になるのですか?」
「私は意味があるのなら無駄とは思わない。そう言ったはずだよ。たとえ多額の浪費になろうとも、このルークは手に入れる」
「私もそうですか?」
「そうだ。嘘をついても仕方がないし、君も迷惑だろう?」
「ご明察です。マイ・マスター」
ウィンダム・コールはすべてのピースを並べて、白と黒のポーンを手に握る。
「それでは、お手合わせ願おうか? マイ・ビショップ」
「その前に……」
ミナモは、先攻後攻を決めるトスを無視して、ウィンダムの前のクイーンを指さす。
「そのクイーンはだれですか?」
「このピースは例外だ。ショーギのルールを使用する」
「マイ・マスター……」
「なんだね?」
ミナモが呆れ顔になる。
「ショーギでは駒の役割は同じです。キングはクイーンになれません」
ウィンダム・コールが笑う。歯をむき出しにした豪快な笑いだ。
「ルールは私だよ」
「……」
「私のクイーンは小鍛治健夜しかいない。ルールなどは私が変える」
「御意……」
大理石のチェス盤 完