咲〈オロチ〉編   作:Mt.モロー

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19.淡色の遊撃

 個人戦試合会場 連絡通路

 

 後半戦開始10分前、大星淡と宮永照は、やや歩調を速め、試合会場へと向かっている。

 これからの6試合ですべてが決まる。いや、トップ4の最終戦は別枠で実施されるので、実質は5試合しかない。

 淡は、隣を歩く照の顔を見る。無表情なのはいつもどおりだが、口元が引き締まっている。トップ4に残り、姉妹葛藤(かっとう)の決着を望む彼女には敗北が許されない。その決意が、表情として見えていた。

(させないよ……絶対に)

 淡には、もはや順位など関係なかった。愛深きゆえに自滅したがっている、愚かで哀しい宮永姉妹の対決を回避させること。やるべきことはそれしかなかった。

 姉のような存在の宮永照、愛すべき友人の宮永咲。どちらも失うことはできなかった。

 団体戦での敗北による挫折。そこから見えた希望。そして、初めて知った友への愛情。その濃密な経験が、淡の価値観を変えてしまった。

 淡は、神代小蒔の言葉を思い返す。

(神代さん……これが、チャンスなんだよね?)

 小蒔は〈オロチ〉の抹殺(まっさつ)を淡に伝えていた。だから、彼女とも闘わせられない。

 そうなると、淡の取れるべき手段は限られる。自分か原村和で〈オロチ〉を倒してしまうしかなかった。そのことにより、咲は雀士としての強さを失うかもしれない。

 しかし――

(サキ……それで、いいんだよね?)

 ――穏やかな終焉(しゅうえん)を迎えさせてあげること。咲の根に張り付いた〈オロチ〉の呪縛(じゅばく)を解くには、彼女の望む者がそれを行う必要がある。

 団体戦決勝翌日、照は淡に言った。

(「淡なら咲も納得する」)

 そうだ。自分にもその資格があった。和が行うのがベストだとは思うが、運命の歯車は淡を先に選択した。愛するものを守りたいと思う感情に従うしかない。なぜならば、それこそが、この数週間で得ることのできた宝石のような価値観だからだ。

 ――照が、自分の試合会場であるルームDの前で止まる。相手には淡が何度も苦戦した鶴田姫子が含まれていた。負けることはないだろうが、容易な展開では済まないはずだ。

「ねえ、テルー」

「……」

「私が〈オロチ〉を倒せるって、本当に思っている」

「うん」

 照から何度も聞かされた話だ。ただ、理由はわからないらしく、いつも漠然とした答えしか返ってこない。

「淡は、最も咲に近い存在。咲は……その力を恐れる」

「イメージしてみる」

 〈オロチ〉は5枚目のドラ牌が見えていない。四槓子を上がれないのだから当然といえば当然だ。だから、それが〈オロチ〉の弱点だとは思えなかった。しかし、照や弘世菫の意見は違っていた。咲の王牌の支配を破ることが、打倒への鍵だと考えていた。

「咲とは仲良くなれた?」

「え?」

 突然の照の質問に淡は戸惑った。その顔が笑顔だったからだ。先ほどまでの厳しい表情から一転し、なにか吹っ切れたような、もの柔らかな笑顔だった。

「う、うん」

「似たもの同士、二人はいい友達になれるよ」

「私たち、似てるの?」

 淡の問いかけに、照は小さくうなずいた。

「楽しかった……この半年間、私は咲と話しているみたいだった」

「テルー……」

 一呼吸置いて、照が自分の気持ちを打ち明けた。

「私は咲を再起不能にする……おそらく二度と麻雀は打てなくなる」

「……」

「だから、いい……」

「私がサキを倒しても?」

「お願い……」

 そう言い残して、照はルームDに消えていった。どこまでが本心かはわからないが、宮永照の弱さを如実(にょじつ)に表した言葉だった。

(そう……まだ、迷ってるんだね)

 それは自分も同じだなと淡は思った。

(……でも、自分の心は嘘をつかない)

 なにが正しいかなんてだれにもわからない。だったら、心の望む選択をすべきだ。淡の場合、それは宮永姉妹を守ることだ。

 ――大星淡は歩き出す。ルームKでの闘いに全身全霊を傾ける。それに集中する。

「ノドカ……」

 ルームKの前に原村和が立っていて、淡に優しい顔を向けている。

「どうしたの?」

 彼女がなにを言いたいかはわかっている。だが、淡は、あえて質問する。

「……あなたが友達で良かった」

 予想外の和の答えに淡は少し顔を赤くした。そんなことを言われたのは生まれて初めてだったからだ。

「面と向かって言われると……恥ずかしいもんだね」

 和が笑った。咲とは違った魅力のある笑顔だ。

「咲さんは中で待っています……」

 そう言って、和は淡とすれ違う。

「ノドカ」

 淡は、和の後ろ姿に声をかけた。足は止めたものの、彼女は振り返らなかった。

「私はサキを倒す……それでもいいってことだよね」

「はい」

 後ろ姿のまま、短い返事だけを残して、和は隣の部屋に入った。

(顔を見られたら嘘がばれてしまうからね……。ありがとう、私も、あなたが友達でよかった)

淡には和の気持ちが理解できた。咲と誓いを交わした彼女にとって、他者が〈オロチ〉を倒すなど許されることではない。だが、彼女は友情を優先した。たとえ嘘であっても、「いい」と言ってくれた。

 淡は、ルームKのドアノブを握る。

(不思議だね。あなたは倒されるのを待っているのに……倒すほうが、迷うなんて)

 淡は一度深呼吸をして勢いよくドアを開けた。迷いがふっ切れる。照も、和も、それをしても良いと言っているのだ。

 淡は速足で狭い通路を抜けた。

「サキ……」

 宮永咲は一人で雀卓の前に立っていた。光沢のない目、無表情な顔、間違いない、彼女は〈オロチ〉の戦闘モードに入っている。

 淡が近づいたのを確認してから、咲は場決め牌をめくった。【南】であった。淡もそれに続いた。開かれた牌は【西】。幸先(さいさき)が悪い、できることなら咲の前になりたかった。この並びだと自分が起家で、咲がラス親でしか条件を満たせない。

「淡ちゃん……」

「え……」

 淡は驚いていた。咲が光のない目を向けて、淡に話しかけてきた。

「和ちゃんを……ありがとう」

「サキ……あなた、その状態で話せるの?」

「団体戦の時とは、ちょっとだけ違う……」

「ちょっとだけ?」

「うん、ちょっとだけ」

 感情のない咲の受け答えであった。けれど、淡はなぜか嬉しくなってしまい、笑顔で自分の気持ちを伝えた。

「ずっと待ってた……この時をね……」

 場違いとも思える淡の笑顔を咎めるように、咲は漆黒(しっこく)の瞳で見据(みす)える。

「……私は怖い」

「怖い?」

「そう、私は……淡ちゃんと闘うのが怖い」

 淡は、体が凍りつくような冷気を感じていた。〈オロチ〉が発する邪悪なオーラに、これまでは抵抗することができなかった。

(待っていて……今、助けてあげるから)

 目を逸らさない。淡は笑顔のまま、それを受け止める。咲と〈オロチ〉は同一の存在であり、〈オロチ〉を拒絶することは、咲を拒絶することに他ならないからだ。だから受け止める。受け止めて倒す。それこそが、淡が、悩みに悩んでたどり着いた答えであった。

 

 

 選手仮眠室

 

(「ぎりぎりまで寝かせてやってくれ。起きんばそんまま棄権してんよか。責任は私が取る」)

 麻雀部部長の白水哩は、花田煌にそう言い残して、試合会場に向かった。後半戦開始まで10分を切り、あれだけ大勢の利用者がいた仮眠室も、今は、煌と、(そば)で寝ている鶴田姫子だけになっていた。

(あと5分……このまま眠っていてください)

 それまでに姫子が目を覚まさなければ、煌は運営事務局に棄権の連絡をするつもりであった。起きれば出ると言うに決まっている。だから煌は、そうならないように願っていた。

「花田……」

 姫子が目覚めてしまった。煌は心を鬼にして棄権させようと思っていた。姫子の出場の可否は煌に一任されていた。

「……起きましたか?」

「手を貸して」

 姫子の汗まみれ背中に手を回し、起き上がるのをサポートした。まるで病人を介護しているようだ。

「こんなに寝癖をつけて……」

 煌はいたたまれなくなり、姫子のぼさぼさな髪を撫でた。

「チャンピオンとん対戦じゃろ……化粧室に連れていって」

「姫子……なぜ知っているのですか?」

「わからん……夢ん中で部長ん教えてくれたような気がすっと」

「それでも……出るのですか?」

「こん一試合だけでよか……花田、お願い」

 部長も監督も、姫子を説得できるのは煌だけしかいないと考えて一任してくれた。一試合だけでいいと言ったが、それすらも不可能に思えた。

「許可できません。あなたは……疲れきっている」

「加減ば知らんけん。部長は……リザベん見極めが完璧だけど、私はそれがわからん」

 煌はつばを飲み込んだ。リザベーションは失敗時に苦痛を伴うと聞いていたからだ。

「まさか……あなたは……」

「上がれそうな時は……全部リザベばかけた」

「……」

 煌は、思わず唇を噛み締めてしまった。姫子の疲労の原因が凄まじすぎたのだ。

(部長……監督……許してください。私は、姫子を……止められません)

「一試合だけですからね」

「約束する」

 煌は、姫子を抱きかかえるように立たせ、肩を貸した。そうと決まれば急ぐしかない。試合開始まで残り時間はわずかだ。

「唇もカサカサで目尻も汚れています。チャンピオンとの対戦なのですから、TVに映ります。きちんとスタンバイしないと、恥をかきますよ」

「……ありがとう」

 

 

 ――どういう魔法を使ったのかはわからないが、姫子は化粧室で変身した。疲労の色が跡形もなくなり、普通の鶴田姫子に見えた。しかし、それは外観上だけで、身体はごまかすことができなかった。あいかわらず姫子は、煌の肩に担がれている。

「花田……来年はお願いね」

「……」

「部長ん後ば継ぐんなお前しかおらん」

「いいですよ……私と姫子で……新道寺を復活させましょう」

「楽しみ……」

 姫子が一瞬重くなった。きっと意識が飛んだのだろう。

(姫子……あなたの頑張りは、(むく)われるとは限りません。次の試合で、部長とチャンピオンが対戦する確率は――)

「繋がる……絶対に繋がる」

「え……?」

「大丈夫ばい……花田」

 姫子と心がシンクロしたように思えた。偶然のうわごとに近いものであろうが、煌は悪い気持ちがしなかった。

「そうですね、間違いありません。だから、思う存分……闘ってください。姫子」

 答えは返ってこなかったが、姫子は唇を動かし、笑顔を作った。それで十分だった。答えは、煌の心に届いていた。

 

 

 個人戦総合待機室 清澄高校

 

 個人戦後半戦はほぼ定刻(午後1時)に開始されていた。中継は、この大会のメインコンテンツと化した宮永姉妹の闘いを中心に放映されている。

 待機室がざわめきに包まれた。大型画面にはルームKの宮永咲の手牌が映し出されていた。それは驚くべき事態であった。いや、それを“驚き”と表現すること自体が奇妙なのだが、声を発している人間は、宮永咲が嶺上開花を外したことに仰天(ぎょうてん)しているのだ。

「まこ……これは?」

 竹井久もその一人であった。これまでにも咲は、何度か嶺上開花を外していた。準決勝で姫松高校に攻略された時や、自身の点数調整であえて外す場合などだ。しかし、今回は明らかにそれとは違っていた。

「ドラも8枚ある……間違いない。咲は上りにいっとる」

「じゃあ……外されたってこと?」

 染谷まこがうなずく。

「河は団体戦の初戦とよう似とるが一致しない。多分その原因は、Wリーの有無ではなく――」

「――6巡目、大星淡の槓」

「そうじゃ……そこから、河の流れに微妙な変化が出とる」

 同意せざる得ない見解だ。変化点は、あの無意味な【南】の暗槓しかなかった。

 久は、ルームKの東一局を最初からプレイバックしていた。

 

 

  対局室ルームK

   東家 田辺景子   徳島代表(二年生)

   南家 長曾我部理恵 高知代表(三年生)

   西家 宮永咲    長野代表(一年生)

   北家 大星淡    西東京代表(一年生)

 

 全員の配牌から、大星淡の絶対安全圏発動が確認された。田辺景子と長曾我部理恵は五向聴、宮永咲は二向聴(咲は絶対安全圏の影響を受けない)、淡は聴牌だったが、W立直をかけなかった。そのまま黙聴で局を進め、6巡目に【南】を暗槓した。対する咲は、9巡目に刻子で持っていたダブドラ牌【三索】の残り一枚を自模った。聴牌しており、ドラ8も確定した。待ち牌は【七筒】で、必殺の爆ドラ嶺上開花の準備は万端であった。

 ――しかし、咲の引いた嶺上牌は【二萬】であった。

 

 

(咲……なにがあったの?)

 咲はその【二萬】をなかなか捨てなかった。信じられないものを見るように長い間、手牌の端に置いていた。

『り……嶺上開花ならず! 藤田プロ! これは、異常事態ですよね!』

『嶺上開花を失敗して驚かれるのは、彼女ぐらいだろうよ……』

 中継画面では、福与恒子と藤田靖子が、会場の反応に大きく遅れて実況と解説を始めた。恒子はさておき、靖子まで戸惑っている様子で、久にはそれが意外に感じられた。

『でも……宮永咲選手の【三索】はWドラ牌で、必勝パターンのドラ8が確定しています。それを外したのですよ、なにか意味があるのでは?』

『わからない……わからないが……』

『はい?』

『あんたの言うとおりだ。きっと、なにか意味がある』

(嘘だわ……靖子、あなたはその意味を知っている)

 久は、二日前の夜、靖子から忠告されたセリフを思い出していた。

(「宮永咲を中心とした大きな(うず)が発生している」)

 その巨大な渦に、すでに引き込まれていたのだ。自分も、藤田靖子も。

 

 

 対局室ルームK

 

 大星淡は、強烈な圧力を宮永咲から受けていた。咲が嶺上牌を引いてから10秒以上が経過しているが、上がるでもなく、切るでもなく、咲はその牌をジッと見つめている。高鴨穏乃が言っていた。咲との対局中に八岐大蛇(やまたのおろち)の幻影をしばしば見たと。淡にはそれが見えなかったが、それに近い圧迫感が咲から放たれていた。

 咲が吸い込まれそうな黒い目を淡に向けた。そして、【二萬】を打牌した。

(崩した……)

 自摸番が回ってきた。淡は、咲の視線を無視して、手を伸ばす。引いた牌は【一筒】、すでに二枚切られている安牌だ。淡はその牌を横にする。

「リーチ」

 W立直を回避してここまで待った。それにどんな意味があったのかはわからないが、〈オロチ〉の怒りを買うことはできた。

 スピード型の絶対安全圏は安手になりやすい。この局の淡もW立直をかけなかったので、のみ手の2000点でしかなかった。しかし、立直をかけ、一発なら7900点まで点数を上げられる。自分と咲の槓により3枚もドラ牌がめくられているので、裏ドラも期待できる。ここは、上がっておきたいところだ。

 10巡目、咲が手牌を捨てた。ありえなかった。〈オロチ〉の状態で、咲が手を変えるなどありえない話だった。

 淡は勝機ありと感じ、自摸牌に手を伸ばす。指に当たり牌の感覚が伝わった。

(先行したよ……サキ)

 淡は、その牌を表にして置き、手牌を倒す。

「ツモ、門前、立直、一発――」

 三枚の裏ドラを確認する。【六萬】【白】【一萬】で、頭で持っていた【七萬】がドラになった。

(……【南】はドラじゃないの?)

 淡が暗槓した【南】は〈オロチ〉に支配されていなかった。異様な結果に、淡は困惑していたが、とりあえず、点数の宣告をする。

「――ドラ2。2000,4000」

 終局したので、東家の田辺景子が牌を崩そうとする。それを咲が止める。

「待ってください」

 太い声であった。それは、咲の声ではなく〈オロチ〉の声なのだ。景子が怯えて手を引っ込める。

 〈オロチ〉が淡を見ながら言った。

「牌を確認してもいいですか?」

「……」

 なんという雰囲気だ。淡は言葉を出せず、ただうなずいた。

 〈オロチ〉は5枚目のドラ表示牌の表と裏を晒した。

 【東】と【一萬】であった。

(なぜ……なぜ、その牌なの……?)

「ありがとうございました」

 そう言って〈オロチ〉は王牌を投入口に入れようとした。

「待って!」

 淡は大声でそれを止めた。わかってきた。自分の力がわかってきた。

「私も確認していい……」

「……いいよ」

 答えたのは〈オロチ〉ではなく、咲であった。

(見せてくれるの? あなたの秘密を……)

 淡は震える手を伸ばす。確認するのは残された王牌、4枚目のドラ表示牌と裏だ。あるはずだ。あの牌が必ずあるはずだ。

(これが……〈オロチ〉を倒す力……)

 4枚目の裏ドラに【東】があった。それは〈オロチ〉への遊撃、暗黒の牌の支配を惑わす“淡色の遊撃”の牌なのだ。

 

 

 個人戦総合待機室 宮守女子高校

 

「熊倉先生……」

 臼沢塞は、麻雀部顧問である熊倉トシの名前を呼んだ。一分ほど前にも声をかけたが、それには反応していない。トシは、身を乗り出し、瞬きもせず画面を見つめている。

 ようやく気が付いたのか、目を塞のほうに動かした。

「……呼んだかい?」

「ええ」

 トシは小さく息を吐いて、椅子にもたれかかる。

「ジェネレーションギャップを感じるねえ……」

「先生がですか?」

 親子ほども歳は離れているが、塞はトシに対して年代差を意識したことはなかった。それどころか、自分たち以上に柔軟で大胆な思考回路を持っているとさえ思っていた。そのトシの弱気な発言に、塞は意外さと寂しさを感じていた。

「この大星淡の謎を解くには、団体戦での高鴨穏乃の打ち方がヒントになる」

「宮永の三倍満振り込みですか?」

「そうだね……あの局、宮永咲は高鴨穏乃の単騎待ち――【八筒】だねえ。それに振り込んだ。その理由は――」

 以前にこの話は聞いていた。多分トシは確認を求めているのだろう。塞はそれに答える。

「宮永咲は、高鴨に偽の情報を掴まされた。あの【八筒】は完全な安牌だった」

 トシが笑う。彼女が求める答えを示せたようだ。

「お前は塞かい?」

 唐突(とうとつ)な質問にも塞は慌てない。これはトシがよく使うロジックだ。

「はい、塞です」

「そうだね、目で見えるものなら大抵は間違えない。けれど声だけならどうだい?」

「……胡桃、シロのものまねやって」

 隣で話を聞いていた鹿倉胡桃に、小瀬川白望のものまねを要望した。彼女はたまに白望のものまねをやってくれる。特徴をよく掴んでおり、結構似ていた。

「ダル……」

「よく似ているねえ、声だけならシロだと勘違いをするかもね」

 トシがなにを言いたいかわかってきた。この状態の咲は、ドラ牌が見えると仮定されている。ただ、“見える”と言っても、それは視覚的なものではなくイメージのようなものだと、トシは教えている。

「特殊な条件では、宮永咲を欺ける……。高鴨穏乃はそれを教えてくれた」

「彼女は不思議な力を持っていました。大星も鶴田もそれに苦しめられた」

「宮永咲だって同じだよ。あの【八筒】は、本当にドラ牌だった。高鴨は、自分の手牌の【八筒】に霧をかけて、どこか別の牌にものまねをさせたのさ」

「……なるほど。宮永が振り込んだのは最終巡目だった。だったら、信じられる安牌の【八筒】を切るのがベスト」

 トシがうなずく。そして、表情を曇らせる。

「実はね……この謎を解いたのは私じゃない」

「え?」

「私も……雅ちゃんも、ぼんやりとした答えしか見えていなかった」

「……」

 トシの言った「雅ちゃん」とは、千里山女子高校の愛宕雅恵のことだ。二人は子弟に近い関係らしく、たびたび話に登場する。

「それでは……だれが?」

「赤阪郁乃だよ……」

 赤阪郁乃もトシの話によく登場する。ただし、それは警戒すべき相手としてであった。

「ジェネレーションギャップ……。彼女は、小鍛治健夜世代なのさ」

「小鍛治健夜……」

 その名前は、塞の心も不安にさせていた。この大会は普通ではない。外部より巨大な力が作用しているように思えた。それがなんであるかは定かではないが、“小鍛治健夜”というキーワードは、その得体(えたい)のしれないなにかを連想させていた。

 

 

 個人戦総合待機室 千里山女子高校

 

「【南】の暗槓を、宮永咲は予見できへんかった」

 (めい)である船久保浩子の質問への回答だ。とはいえ、それは推測でしかなかった。団体戦での例がなければ、推測すらも不可能な驚愕のカラクリだ。

「で、でも……ドラ表示牌に【東】がありました」

「だから……だから宮永は崩された」

「……」

 清水谷竜華と園城寺怜は医務室にいるので、ここには来年の麻雀部をしょって立つ、浩子と二条泉しかいなかった。

「もしかして……五枚目のドラ表示牌ですか?」

 それに気が付いたのは、浩子ではなく泉だった。雅恵は、彼女の成長に少し顔を緩める。

「宮永咲は……あの牌をめくって確認しとった。つまりは見えてへんねん」

「そうか! 五枚目にも【東】があった! 大星はそれを……」

 今度は浩子だ。アナリストを気取るだけあり、(わず)かな手掛かりでも要点を探ることができる。

「あくまでも想像やで……大星は五枚目のドラ牌を制御し、宮永の王牌支配にくさびを打ち込んだ」

「【一萬】も……ダブっていましたよね」

「嶺上も崩された……。おばちゃん、大星は高鴨と同じことをしてるんですか」

「意図的かどうかはわからへんけど、そないなことだ」

 雅恵の回答に、浩子と泉が混迷している。無理からぬ反応だ。はいそうですかと、うなずける話ではない。

「条件が……厳しすぎる。10枚中に同じ牌が含まれる確率は……」

「泉、そんな考え方は無意味やで」

「え?」

「宮永は……その可能性を知ってもうた。信じられたものが信じられなくなる。そら恐ろしいことやで」

 ――ギャラリーが歓声を上げる。東二局も大星淡が取った。魔王陥落(かんらく)の期待に湧き上がっているのだ。次局は宮永咲の親番なので得点差は更に広がるだろう。

 雅恵は画面に映る咲の顔を見て、とある感想をつぶやいてしまった。

「血は争えないものだ……」

 それを浩子に聞き留められた。

「似てますか? 宮永愛に」

 雅恵は、照れ隠しで、よく使う自虐(じぎゃく)ネタを披露した。

「自慢やないけどな……アイ・アークダンテに一番負けとるのは私や」

「……それは、自慢したらアカンやつですって」

「……まあそやけどな。アイ・アークダンテには「詰めよ」がでけへん。王手はなんべんもかけられるんやけど詰め切れへん」

「……対応力ですか?」

 雅恵は、顎で二人に画面を見るように促した。

「そっくりや……アイ・アークダンテは、その対応力が物凄かった。娘だって同じやろ」

 

 

 個人戦総合待機室 姫松高校

 

「レーダーってなー。あるやろー」

 それは、上重漫の「大星はなにをやってるんですか?」という質問に対する赤阪郁乃の答えであった。エキセントリックな発言が多い郁乃ではあるが、あまりにも無関係すぎるので、真瀬由子、愛宕絹恵、上重漫の三名は、呆れ果ててしまっていた。

「不思議なもんやでー。物凄い遠くにあるものを、簡単に見れるんやで」

「……」

「あれはなー、電波を使うてるん――」

「代行、なにが言いたいんですか」

 放っておくと延々と続きそうなので、絹恵がストッパーを入れる。しかし、郁乃はお構いなしに話を続ける。

「咲ちゃんを苦しめた相手に、天江衣、東横桃子、ネリー・ヴィルサラーゼ、高鴨穏乃がおるやろ? みんな電子攻撃の使い手や」

「で、電子攻撃?」

「衣ちゃんとネリーちゃんは“ジャミング”や。瞬間的に咲ちゃんを上回る電波で、探知を無効化した」

「……東横桃子は“ステルス”……ですか?」

「そうや。見えない敵ほど恐ろしいもんはないで」

 絹恵たちの顔が真剣になる。郁乃は諧謔的(かいぎゃくてき)な言葉遊びをしていたのではなかった。なるべくわかりやすいものの例えで、ルームKの闘いを説明しようとしていた。

「それじゃあ……高鴨穏乃は?」

「穏乃ちゃんは淡ちゃんと一緒やなあ」

「……」

「レーダーは電波の反射を捉えているにすぎへん。なにかを本物と誤認させたらええんや」

欺瞞(ぎまん)ですか?」

「二人はなー、咲ちゃんの支配の中に“デコイ”を置く力をもっている」

 ――その“デコイ”の効力なのか、大星淡が三連続和了を決めた。観客は大騒ぎなっていたが、愛宕絹恵と上重漫は険しい顔で画面を見つめている。モンスタークラスの選手に対抗するには、自分たちの力は非力すぎる。そのような考えが頭をよぎったのだろう。

「そんな顔したらアカンで」

 開いているかどうかわからない目で、二年生二人を見ている。

「善野さんに常勝姫松高校を復活させて戻したい。……そのためには二人の力が必要なんやで」

「代行……」

「漫ちゃん……爆発は強烈な電磁波を発生させる。それこそ、レーダーをぶち壊してまうほどにな」

 

 

 個人戦総合待機室 白糸台高校

 

 末原恭子、鶴田姫子、白水哩、姉帯豊音、江口セーラ、愛宕洋榎。本大会の強豪と呼ばれる選手たちが、寄ってたかってもかすり傷すら負わせられなかった〈オロチ〉に、大星淡は確実なダメージを与えている。

 弘世菫は考える。もしかして淡は、〈オロチ〉の天敵ではないのかと。

(なんというドラ麻雀だ。淡は、高めを狙っていないのに、すべて満貫越えしてしまうなんて……)

 〈オロチ〉の宮永咲は、相手の手牌を探るためにドラ牌を送り込む。当然、上り役にはドラが絡むことになる。ましてや淡は、槓を多用し立直もかける。和了イコール満貫越えは至極(しごく)当然と言えばそれまでなのだが、ものには限度がある。

 菫は、ルームKのこれまでの経緯を振り返る。

 

 

 対局室ルームK 東三局までの経緯

  東一局      大星淡   8000点(2000,4000)

  東二局      大星淡  12000点(3000,6000)

  東三局      大星淡  12000点(3000,6000)

 

 現在の持ち点(東三局まで)

  大星淡    57000点

  田辺景子   15000点

  長曾我部理恵 14000点

  宮永咲    14000点

 

 

「この局がポイントですね」

 亦野誠子は冷静だった。宮永姉妹の前では、この程度のリードは安心材料にはならない。しかもまだ東場なのだ。彼女たちのもつ破壊力にとって、40000点などは泡のように消されてしまう。

「そうだな……この宮永咲から、親で和了した者はいない」

「部長……咲ちゃんが汗をかいています」

「なに」

 渋谷尭深から衝撃の情報が伝えられた。なるほど、画面に映る咲の顔は光沢があった。その現象は、無数の毛穴から出た汗が、産毛に留まり光を反射しているために発生していた。

 客席がざわめく。尭深と同じく、〈オロチ〉の異常に気が付いた者が多数現れたのだ。

 ――実況の福与恒子が、それに止めを刺した。

 

『藤田プロ……宮永咲選手の顔を見てください』

『……汗だろうな』

『ゆ、勇者の登場だー!』

『……』

『魔王の心胆(しんたん)を寒からしめる勇者! その名は大星淡だー!』

『……まだだぞ』

『……はい?』

『勇者かどうかは、この八局縛りを破ってからの話だ』

 

 ――客席から淡への応援の声が上がった。それに同調する声援も、あちこちから聞こえてくる。

「なんか応援されるって……恥ずかしいですね」

 誠子が小さな声で言った。尭深も隣でうなずいている。宮永照が強すぎるせいか、これまで白糸台高校に対する応援は皆無であった。だから、二人共それに慣れていないのだ。

「全部照のせいだな……」

 それは菫も同じであった。ここは照に責任を押し付けてやり過ごすしかなかった。

 

 

 対局室ルームK

 

 宮永姉妹との闘いは、自分との闘いでもある。宮永照との練習を積み重ねてきた大星淡は、防御に回ると、そこに付け込まれることを知っていた。しかし、淡は団体戦で、その(あやま)ちを妹の宮永咲に繰り返してしまった。

(攻めるしかない……こんな点差なんて、意味がない)

 咲との点差は43000点。しかも、淡は親で、相手が〈オロチ〉なら、ほぼ上がりは不可能であった。にもかかわらず、淡は絶対安全圏の通常型を発動し、ダブル立直をかけていた。

 淡の手牌には【四萬】の刻子があり、いつもの山の角での暗槓が予測できていた。

(槓が遅れる……そこまでは咲にコントロールされるかも)

 淡は咲の河を見る。驚くことに、今回は絶対安全圏が咲にも作用した様子だ。手を進めるもの特有の乱れた河になっている。

 咲が汗をかいているようにも見えるが、それは無視するしかない。

(目で見えるものがすべてではない……)

 それは、団体戦終了後にネリー・ヴィルサラーゼからもらったアドバイス。今ならよく理解できる。〈オロチ〉は対局者に幻影を見させる。それがどんなものであれ、最終的には絶望に変わる。咲に勝つためには、まずは自分に勝たなければならないのだ。

 東四局10巡目。ダブル立直の淡は、自摸切りを繰り返すしかなかった。この山の残り方だと、和了は16巡目になる。

(ドラ牌……まだ、一枚しかわからない)

 淡は、〈オロチ〉への対抗手段である5枚目のドラ表示牌を眺めた。覚醒(かくせい)した淡は、なんとなくではあるが、その牌に関連するものがイメージできていた。それは手牌の中にも一枚あり、和了牌になるはずだ。【五筒】、つまり、5枚目のドラ表示牌は【四筒】で、それは咲の支配する牌の裏ドラにもあった。

(サキ……あなたはなにを狙っているの?)

 咲の動きが鈍すぎる。団体戦の時のように鳴きで崩すわけでもなく、槓をしてくるでもなかった。

(ドラ牌の【一索】が一枚も見えていない……)

 淡は小さく首を振る。

(「不安を探すな!」。……亦野先輩、本当にそうだよね)

 それは、2年生の亦野誠子からもらった言葉だ。照や咲などの怪物級との対局では、ついつい不安探しをしてしまう。誠子はそれが敗北の始まりだと言っていた。

 淡は自摸切りを繰り返す。大丈夫、【五筒】にはイミテーションを仕込めたはずだ。咲には、淡の手牌の【五筒】は見えていない。

 ――14巡目。咲が手牌の【一索】を捨てた。ドラ切りでの手役変更。それは、淡の心に真の不安を植え付けた。

(七対子……あなたが、七対子を選ぶなんて)

 嶺上開花を武器とする咲は、七対子を組み上げることがほとんどなかった。淡はその可能性を除外していた。

 そして次巡。咲は自摸牌を軽く指で触り、河に置いた。聴牌しているとしか思えなかった。しかし、咲は立直をかけない。この点差で七対子なら、少しでも(はん)を増やすのが常套(じょうとう)策だ。

(この槓が外される……?)

 山牌の最後の角、ここで【四萬】を暗槓し、次巡で【五筒】を自模る。これが通常型絶対安全圏の流れだ。ただ、それは、阿知賀女子学院の高鴨穏乃によって破られていた。それが、淡の不安を(あお)っていた。

(成長してないね……こんなんじゃあ……サキを救えない)

 そう思うと、嘘のように不安が収まった。これは勝ち負けの闘いではない。咲を救うための闘いなのだ。この局は取られたっていい。見極めることだ。〈オロチ〉の引き出しをすべて出させることが重要だ。

 ――淡の自摸牌は【四萬】。

「カン」

 予定通りに淡は牌を並べ替えて倒し、槓ドラをめくる。

【四筒】

(そう……そういうことだったの)

 すべての答えは示された。もはや裏ドラが乗っているかなどは問題にすらならなかった。

 ――16巡目。咲は満を持して立直をかけた。

「リーチ」

 汗は完全に引いており、再び影の目立つ顔に戻った咲が、低い声で宣言する。

(私ができることは……あなただってできる。その手法を探っていたのね)

 淡は【五筒】であるはずの自摸牌に手を伸ばす。盲牌で【五筒】ではないことを確認してから、淡は(てのひら)で隠して卓に置いた。

(いいよ……でも、この手はもう通じないよ)

 淡は笑顔で手をどける。見えた牌は【西】。

「ロン」

 咲が裏ドラを確認する。当然のように【西】がドラになった。

「――立直、一発、七対子、ドラ4,16000です」

「はい」

 なんという対応力なのだろうと思った。僅か数巡で、淡の欺瞞に対抗できる臨機応変(りんきおうへん)さは、姉の宮永照と同等かそれ以上であった。

(すごいねサキ……でもね、私はテルーの後輩なんだよ)

 宮永姉妹との闘いは自分との闘い。大星淡は、あらためてそれを意識する。そう、(あきら)めたら、そこで終わりなのだ。

 

 

 対局室ルームK 現在の持ち点(東四局まで)

  大星淡    41000点

  宮永咲    30000点

  田辺景子   15000点

  長曾我部理恵 14000点

 

 

 試合会場 フードコート

 

 フードコートの六人がけのテーブルを、高鴨穏乃と新子憧は二人で独占していた。混雑時では考えられないが、今は後半戦も開始されて人影もまばらなので、そんな贅沢も許されていた。

 穏乃の目の前には、武蔵野肉汁うどんが湯気をたてていた。その向かい側で、憧が呆れたように頬杖をついて穏乃を眺めている。

「あんた、よく食べるわねえ」

 新子憧が溜め息まじりに言った。

「だってほら、和から聞いた「ほとんど小麦のうどん」だよ。食べたくなるよね」

 西日本のうどんといえば、ツルツルとした柔らかい麺が特徴であり。コシの強いことで知られる讃岐うどんにしても、その体裁(ていさい)は保っていた。しかし、この関東のうどんは、まるで細長いすいとんのようにゴツゴツとしていた。

「見て、持ち上げても麺が曲がらないんだよ」

 穏乃は、麺をつけ汁に入れて一本すする。

「おいしいの?」

「……うん」

 はっきりいえば、味はよくわからなかった。ついさっき昼食は済ませており、ほぼ満腹の状態なのだが、心のもやもやが、穏乃を過食に走らせていた。

「まったく……まるで恋する乙女ね」

 幼なじみの憧にはすべてを見透かされている。その言葉に穏乃は、顔を赤くした。

 宮永咲と大星淡は穏乃の友人であった。その二人の試合なのだから、本来ならば胸が躍るはずだが、穏乃は観戦途中で気分が悪くなり、ここに逃げ出してきていた。

 その理由もわかっていた。穏乃は、自分以外のだれかが、宮永咲を倒すことが許容できなかったのだ。たとえそれが大星淡でもだ。

(どこでこんなに差がついたのかな……)

 大星淡は明確な意思を持って咲と闘っている。それは穏乃が劣等感を覚えるほど純一無雑(じゅんいつむざつ)であった。あの団体戦決勝。穏乃と淡は――いや、もう一人のネリー・ヴィルサラーゼも多分そうだろう。――三人は恐怖に裏打ちされた怒りと憎悪で咲と闘い、完膚(かんぷ)なきまでに敗北した。そして、それは化学反応のように、三人の価値観に変化を与えた。なんの為に闘うのか? なぜ闘うのか? それを強く意識するようになってしまった。

(スタートラインは同じだったのに……)

 今、淡に感じている劣等感は、嫉妬(しっと)羨望(せんぼう)に近いものだと自分でも理解している。だが、穏乃は若かった。それを正直に認められるほど人生経験が豊富ではない。

「憧だって、もしも渋谷さんが(チェー)さんに負けたらどうする?」

「その時は雀をボコボコにするまでよ」

「ナルホド……雀に伝えましょう。阿知賀の新子は物騒なヤツだとネ」

 驚いたように憧が、声の方向に顔を向ける。そこには、穏乃のよく知っている顔が並んでいた。

「ネリーさんと……メ……」

「メグと呼んでクダサイ」

 臨海女子高校のメガン・ダヴァンとネリー・ヴィルサラーゼが立っていた。メガンはアメリカ人らしい笑顔だが、ネリーは決まりの悪そうな顔だ。穏乃は思った。ネリーもまた、自分と同じなのだなと。

「タカカモもこの子と同じデスカ?」

「メグ! 保護者面しないでくれる」

「だって、ネリーはワタシをママと呼ぶじゃないデスカ?」

「……」

 ネリーは完全に不機嫌になっていた。

「よかったら座りませんか? シズも話したいことがあるだろうし」

 憧が二人に相席を勧める。団体戦の強敵も、試合が終わればノーサイドだ。

「いわゆる、旅は道連れ世は情けデスネ?」

「ちょっと違うけど……まあ、そんな感じですね」

「ネリー。食べ物を買ってきます。なにがいいデスカ」

 ネリーが穏乃のうどんを胡乱(うろん)な目で見て(たず)ねる。

「それっておいしい?」

「う、うん」

「じゃあ、高鴨と同じやつ」

 メガンが嬉しそうにネリーの背中を叩く。 

「ウドンは大変美味デス。ラーメンの次ぐらいにネ」

「メグ……」

「ハイ?」

「ラーメン買ってきたら怒るからね」

「ノープロブレムです」

 楽しそうに売店に向かうメガンを、ネリーは不審そうに目で追っている。

「あのラーメンバカは……」

 メガンがうどん屋の前に立ったのを確認してから、ネリーは憧の隣に座った。

 穏乃もネリーも、普通に話すのは初めてなので、お互い居心地が少々悪かった。

「ネリーちゃんも、咲と友達なの?」

 こんな時に憧は頼りになる。話の切り口を簡単に見つけてくる。

「ネリーちゃんか……寮のおばさんにもそう言われるけど、ちょっと照れるね」

「初対面じゃ呼び捨てにしないのよ。普通はね」

「でも私は慣れていないから」

「いいよ、私は憧って呼んで。この子は高鴨じゃなくて穏乃」

「憧に穏乃だね。わかった」

 不機嫌だったネリーに笑顔が戻った。試合では恐るべき威圧感を放つネリー・ヴィルサラーゼも、雀卓から離れると親しみやすい留学生にすぎない。

「憧と穏乃は宮永の友達?」

 ネリーからの逆質問だ。穏乃は答えようと口を開いたが、憧に先を越されてしまった。

「私はね。でもシズは違うわ」

「穏乃は違うの?」

 憧が薄笑いを浮かべて見ている。まったく、これだから幼馴染(おさななじみ)は手に負えない。

「シズは恋人よ」

 ネリーが口に手を当ててクスクスと笑う。穏乃は恥ずかしくなり、反論した。

「なに言ってるの、私も友達だよ!」

 逆効果だったようだ。ムキになって言い返す姿が、ネリーにはまってしまったらしく、腹を抱えて笑っている。

 ――ようやく収まったのか、ネリーが涙を拭きながら穏乃に言った。

「気持ちはわかるよ……」

「え?」

 予想外の言葉に穏乃は驚いていた。

「私は宮永とプライベートで話したことはない。だから、友達でもなければ知り合いでもない」

「……」

「でもね、私は、穏乃たち以上に、宮永をよく知っている」

「ネリーさん……」

 穏乃は、あの団体戦決勝を思い出していた。ネリーは半ば試合を放棄し、なにかを探査していた。途中で気絶し、信じられないほど疲労していた。そうなると答えは一つしかない。ネリーは〈オロチ〉を――いや、咲を探査していたのだ。

「だからわかる……穏乃の気持ちも、大星の気持ちもね」

 ネリーの顔が悲し気になった。間違いなくネリーは知っている。〈オロチ〉とはなんであるかを知っていた。

「憧……私たちが大星に嫉妬するのは当然だよ。理解できないだろうけど」

「うん。理解できない」

 穏乃とネリーは、顔を見合わせて笑う。それはそうだ、あの場にいた三人以外には理解不能のはずだ。最も、穏乃たちにも、その理屈は説明できなかった。咲への特殊な感情は、友情でもなければ恋愛でもなかった。理由のわからない独占欲が穏乃とネリーを苦しめている。逃れるにはこうするしかなかった。そう、つまりは現実逃避するしかなかった。

「お待ちどうサマ」

 メガンがトレイに乗ったラーメンをネリーの前に置く。

「……メグ」

「ラーメンは正義ですね」

「……」

「ネリーは伊豆に行ったことがありマスカ?」

「……」

「いろいろな名物がありますが、いざ現地に行くと大体の人間は魚介類を食べマス。それは、伊豆では魚介類が正義だからデス」

「……」

「正義は必ず勝つということデス」

 そう言ってメガンは、自分のラーメンを食べ始める。実にうまそうに食べるものだなと、穏乃は感心していた。ネリーもなにを言っても無駄と判断したのか、へたくそな箸使いで麺をすすっている。

「メグさんは、なんでそんなにラーメンが好きなの?」

「いい質問デス」

 メガンは箸を置いて、憧に答える。この辺は文化の違いだろう。メガンは“話す”と“食べる”をきちんと分けていた。

「少し長くなりますが、いいデスカ?」

「憧、断ったほうがいいよ。メグのラーメン談話は、ほんとに長いから」

「じゃあ、いいです」

 ネリーの進言を受け入れ、憧は速攻で断った。

「そうデスカ……残念デス」

 メガンの落ち込みようが、やたらと可笑しく感じられ、穏乃はむせてしまった。

「ちょっとシズ、大丈夫?」

 咳き込む穏乃に、憧が水を差し出す。

 それを飲んで、咳はひと段落したが、笑いは止まらなかった。そんな穏乃を見て、皆笑っていた。憧もメガンも、そしてネリーもだ。

「ネリーさん……食べ終わったら、戻りましょう」

 そう話すと、穏乃の心が楽になった。そうだ、自分の正直な心を伝えられる相手は、たった二人しかいない。それはネリー・ヴィルサラーゼと大星淡であった。

「うん。私たちは、宮永と大星の闘いを見る義務がある」

「ええ、そうです。……そうです」

 一つ目の「そうです」はネリーへの答え、二つ目の「そうです」は自分への答えだ。確かに伝わった。自分の気持ちは、ネリーに伝わったのだ。

 

 

 試合会場 ルームK

 

 大星淡に発現した新しい力は、いわば、対〈オロチ〉専用のものであった。ただ、発現の条件はかなり厳しかった。

 14枚の王牌の内、ドラ表示牌の8枚と嶺上牌の4枚は宮永咲に支配されているが、5枚目のドラ表示牌とその裏は、彼女の支配が及ばない。淡はその2枚をコントロールできるのだ。しかし、それには条件があった。淡と咲の支配する牌が重複する場合だけそれが可能になった。効果は絶大で、淡は重複している牌(ドラ表示牌なら、それが示すドラ牌)のイメージを入れ替えられた。

(テルー……ようやくわかったよ、私がなぜ三人に選ばれたか)

 団体戦の休憩時間。宮永照は、〈オロチ〉を倒せる人間として三人の名を挙げた。照本人、原村和、そして大星淡だ。

 淡は考える。その三人は決して照のフィーリングで選ばれた者ではなかった。少なくとも名前を挙げる理由がそこにはあった。

(私は〈オロチ〉への“抗体”を持っている……そう考えたんだね)

 人を死に追いやる病原菌やウィルスに“抗体”を持つ者がいる。淡のこの力は、まさに、〈オロチ〉の毒性に対する“抗体”であった。通常は全く役にたたないだろうが、〈オロチ〉には激的に有効であった。意図的な槓を多用する淡に、照はそれがあると判断したのかもしれない。だが、それには〈オロチ〉の毒を一度受けなければならなかった。淡は団体戦でそれを浴びて、絶望感を覚えるほど苦しんだ。そして、それを克服した時、“抗体”は完成した。この力は突如発現したものではなかった。大星淡の体内と心で(つく)り上げた〈オロチ〉を倒す切り札なのだ。

(テルー、あなたは“免疫”ね)

 照は一度〈オロチ〉に完全敗北したという。自分で「壊された」と言うほどなのだから、(さっ)して(あま)りあるものだ。それでも照は〈オロチ〉に立ち向かおうとしている。もちろん、姉妹ならではの深い繋がりゆえかもしれないが、「壊された」状態からの復活は困難を極める。再度対決を望むということは、照には〈オロチ〉への“免疫”が形成されたのだろう。

 そして――

(ノドカ、あなたは希望だよ……私とテルーの希望。だって、あなたは〈オロチ〉を“無力化”できるんだから)

 淡と照の対抗措置は、〈オロチ〉の存在を認めたうえでのものだ。しかし、原村和は違っていた。咲と〈オロチ〉の相関(そうかん)は認めるが、その“能力”については完全否定していた。つまりは、原村和は〈オロチ〉を完全無力化できるのだ。

 

 

 南一局。大星淡の“抗体”は発動しなかった。淡の保持する2枚と咲の支配する牌は重複しなかった。

(サキ……どこまでわかっている?)

 淡の手牌は勝負できるものではなかった。絶対安全圏も潰され、断公九三向聴で引きも良くない。恐らくは、咲にコントロールされているのだろうなと思った。ただし、戦意自体は喪失していなかった。前局、咲は淡の力を再現して見せた。それには、淡の保持する牌がなんであるかを、正確に判別する必要があった。

(私はだまされない……あの牌は特殊な牌だった。あなたには5枚目のドラ表示牌が見えていない)

 あの牌とは【五筒】のことだ。淡の模倣の(もほう)鍵となった牌の【五筒】は、半分が赤ドラという特殊な牌だ。咲は、その半数の赤ドラを手掛かりに、淡の保持牌を見抜いたのだ。

 ――局は9巡目まで進んだ。〈オロチ〉は強烈な毒を吐き出した。それは、淡が最も苦手とする毒。あの団体戦で大量失点を喰らわされた、他家を絡めた場の支配だ。

(長曾我部さんに牌を集めている……。なぜ? なぜ彼女なの?)

 こうなると、淡には手も足も出ない。この局を捨てようと思っていたが、全体的な流れの意図は見極めようとしていた。〈オロチ〉は無意味な行動をしない。長曾我部理恵の和了には、なにかしらの意味があるはずだ。

「ツモ。門前、平和、ドラ4。3000,6000です」

 12巡目に想定どおり理恵が上がった。平和の自摸和了。彼女も〈オロチ〉の怖さを知っているのか、立直をかけなかった。それにしても、赤ドラが二枚も加わり、裏無しでドラ4とは恐れ入るしかない。

 

 

 南二局。淡は五枚目のドラ表示牌のヴィジョンを得た。【二索】と裏は【北】であった。しかし、淡はすべての【三索】と【東】が見えているわけではなかった。入れ替えが行われた牌のみ、その場所が示される。その数も不確定だ。一枚だったり四枚だったりもする。それは“抗体”ならではの性質で、淡の意向とは無関係に発動してしまう。今回は二枚で、一枚目は8巡目に淡が自模る牌、もう一つは13巡目に咲が自模る牌だ。

(サキ……気がついたね)

 咲に他家をコントロールさせない為には、淡の“抗体”発動を意識させる。どうやら、咲はそれに気がついた様子だ。これで彼女は自分に集中せざるをえない。

(警戒心が強い時、あなたはほとんど鳴かない)

 今回の対戦で咲の副露は、第一局の暗槓だけであった。鳴きで活路を見出す咲にしては珍しいが、それだけ淡の“抗体”への猜疑心(さいぎしん)が強いのだろう。

 河の状態から、咲が和了を目指していることがわかる。鳴きを封印しながらも〈オロチ〉によってばら()かれた有効牌を着実に回収している。

 8巡目。淡はそれを止める武器を手にした。自摸牌の【三索】。咲にはこの牌がもっと奥にあるように見えているはずだ。

(この局は、あなたの上りを止めるだけでいい……勝負は次のあなたの親番)

 淡は【三索】を打牌する。咲がその牌をジッと眺めている。

(くるか……)

 咲の雰囲気が変わる。息苦しさを感じる独特の雰囲気。それは淡の記憶に生々しく残っていた。

 あの団体戦で恐怖のどん底に叩き込まれた〈オロチ〉の殺戮(さつりく)モードであった。

(そういえば……シズノが〈オロチ〉の本体を見たって言っていたな)

 昨日友人になった高鴨穏乃が話してくれていた。彼女は団体戦で〈オロチ〉の本体を見たと言っていた。一つの身体に八本の頭と尾がうごめく実に禍々(まがまが)しい姿で、頭が龍であることを除けば、日本神話の八岐大蛇(やまたのおろち)を思わせるものだ。しかし、淡にはそれが見えない。というよりは、見えないほうがよかった。

(『咲の力は幻影の力』)

 宮永照がそう教えてくれていた。穏乃の見た〈オロチ〉は、まさしく幻影であった。そして、それが見えた時点で、穏乃は敗北していた。

「チー」

 咲が鳴きで探りを入れる。13巡目に自分が引くことになる【三索】をずらした。これは、淡が何枚の牌を入れ替えられるかの探りだ。当然、淡は、四枚すべてホールドできるように見せかけなければならなかった。

(あと3巡……間に合うか)

 あの牌を咲に見せることが不可欠であった。疑心暗鬼(ぎしんあんき)の淡の力を確定させる。そうすれば、次局以降の行動に制限をかけられる。

 11巡目。田辺景子が自風牌である【北】を捨てた。願ってもない。これでレールを元に戻せる。

「ポン」

 淡は持っていた【北】の対子を倒し、景子の切った【北】をくっつける。咲のどす黒さが増していく。淡の画策(かくさく)が気に入らなかったようだ。

 そして13巡目。咲はその牌に手を伸ばす。

(それは【三索】ではない……私が入れ替えた【東】だよ)

 咲は、その牌を5秒ほど眺めた後、頭を上げて淡を見る。

(……なに?)

 咲の周囲がぼやけだす。まるで霧がかかったようだ。そして、咲を守るように、八本の龍の首が形成されていく。

(シズノ……これが……これが、あなたの見た……)

 一つの身体に八本の頭と尾を持つ〈オロチ〉の本体。その幻影は、淡の目の前に具現化した。

(ノドカ……私は負けるかもしれない……でも、あなたなら……)

 淡は弱気になる自分を鼓舞(こぶ)した。唇を結び、手の震えを止め、自分の自摸牌に手を伸ばす。

 〈オロチ〉の八本の首が一斉に淡を威嚇(いかく)する。牙をむき出し、咆哮(ほうこう)し、よだれを流しながら、首を揺らしている。〈オロチ〉は淡の操る2匹の龍を認識し、息の根を止めようと戦闘態勢にはいっているのだ。

(まともに立ち向かっては勝ち目がない……菫が言っていた、遊撃的に……そう、遊撃的に弱点を突く) 

 

 

 対局室ルームK 南一局までの経緯

  東一局      大星淡   8000点(2000,4000)

  東二局      大星淡  12000点(3000,6000)

  東三局      大星淡  12000点(3000,6000)

  東四局      宮永咲  16000点(大星淡)

  南一局   長曾我部理恵  12000点(3000,6000)

 

 現在の持ち点(南一局まで)

  大星淡    37000点

  宮永咲    26000点

  長曾我部理恵 26000点

  田辺景子    9000点

 

 

 龍門渕高校 麻雀部部室

 

 長野からのインターハイ出場は、長期にわたり、風越女子高校が鉄板目(てっぱんめ)であった。県内他校とは比べ物にならないぐらいの部員数で、それをまとめるスタッフも優秀な人材を揃えており、正真正銘の強豪校といえた。昨年、その強豪校が県予選で敗退するという波乱が起きた。その快挙を成し遂げたのは龍門渕高校という、一年生の部員が5人しかいない私立高校であった。オーナーの息女(そくじょ)である龍門渕透華が集めてきた個性的な打ち手と、彼女の親族である“牌に愛された子”天江衣を(よう)し、風越の実力者を個別撃破することで、その牙城(がじょう)を崩したのだった。

 その翌年、5人のメンバーがそのままスライドした龍門渕高校は、戦力低下もなく連覇に向けての態勢は盤石(ばんじゃく)に見えた。しかし、まったくの無名校であった清澄高校に、その野望が阻止されてしまう。井上純、沢村智紀、国広一は、対策により自由に麻雀が打てず点数を稼げなかった。龍門渕透華にいたっては、精神的な不安定さが露見(ろけん)し、さらに失点する始末であった。そうなると絶対的なパフォーマンスを持つ天江衣に頼ることになる。衣は、その期待に応え、大将戦の前半で一気に形勢逆転をした。ところが、そこにも魔物が存在した。衣自身がそう呼ぶ“嶺上使い”宮永咲であった。海底撈月(はいていらおゆえ)嶺上開花(りんしゃんかいほう)。同じ偶然役を決め手に持つ“異能者”同士の闘いは、相性の良し悪しがはっきりしていた。衣のもたらす無駄自摸を、嶺上牌を駆使して補う咲は、はっきり言えば、衣との相性は最悪であった。結果、衣は敗れ、龍門渕の野望は(つい)えた。

 ただ、それは悪い作用だけではなかった。孤独な“異能者”の天江衣は、宮永咲と精神を削るような闘いと敗北を経て、その閉ざされた心を開放することになった。

 

 

「透華……世話をかけた。咲を返してもらうぞ」

 天江衣がテレビに映る宮永咲を見たまま言った。

 龍門渕透華は直ぐには答えず、衣の見ている画面を確認する。目を細めたり、顔を傾けたりして、衣の発言の意味を確かめようとしている。

「なにか見えましたの?」

 結局、答えが見つからず本人に尋ねる。

「弱点だ……咲の弱点は尾にある」

「尾……ですの?」

「そうだ。八本ある尾の半数が機能していない」

「……」

 透華に限らず、井上純、沢村智紀、国広一も言葉が出せない。なにしろ、彼女たちには衣の見ているものがわからなかった。

「大星の力?」

 このような時は、ムードメーカーの国広一の出番だ。笑顔で世間話のように衣に質問する。

「いや、これは大星とは関係ない」

「なにが見えるの?」

「咲の力の本体だ……はっきりと見える。穏乃と豊音の時はぼんやりしていたが、今回は、全身がはっきり見える」

 天江衣は、団体戦決勝で見せつけられた咲の凶悪な側面に自信を喪失し、『咲には絶対に勝てない』と思うようになっていた。しかし、姉帯豊音戦で、咲が四槓子を放棄したあたりから、その意識が変わり、この大星淡戦で咲攻略の手応えを掴んだらしい。『咲を返してもらう』という言葉がそれを象徴している。

 透華はそれを理解したようで、笑顔で答えを返す。

「いいですわよ。私には原村和という宿敵がおりますから、咲は少し重荷ですわ」

「宿敵と思ってるのは透華だけだよ」

 井上純は口が悪い。けれども、その口の悪さが家族的というにふさわしい龍門渕高校麻雀部には必須のものであった。透華がヒステリックに反論(恐らくは意図的)し、一が追撃する。そして、そのやり取りは、家族の笑いを生み出す。重い雰囲気が即座(そくざ)に解消される。

「お茶が入りました」

 杉乃歩がドアを開けて入ってくる。紅茶やスコーンが乗せられたワゴンを押しながら、透華たちの後ろに止まる。純が待っていましたとばかりにスコーンをつまみ食いする。

「井上様は相変わらずですね……」

 歩は、笑いながら全員に紅茶を配る。

「流局……」

 渡された紅茶を手にしながら、沢村智紀が言った。アナリストの彼女は南二局が流れたことに合点(がてん)がいかぬようだ。

「流局するしかない……」

「咲も大星も聴牌を狙っていなかった。それはなぜ?」

「わずか数局で解けるパズルではない。咲も大星も、次局のために不確定要素を減らす努力をしただけだ」

 衣が振り返る。実に穏やかな表情だ。

「智紀も……皆も、この怪物は見えないのだな?」

 四人は一斉に頷いた。なぜか歩までもつられて頷いていた。

「それでいい、それが普通だ。けれど、衣には見える……その理由もわかっている」

「衣……」

 衣は、画面に目を戻し、紅茶を飲んだ。

「大星にも見えているだろう。そして、なぜ見えるのかを知った時……大星は敗北する」

「この局で決まりますの?」

「透華……それは言い方が違う」

「……?」

「咲なら……ここで決める」

 

 

 対局室 ルームK

 

 

 対局室ルームK 南二局までの経緯

  東一局      大星淡   8000点(2000,4000)

  東二局      大星淡  12000点(3000,6000)

  東三局      大星淡  12000点(3000,6000)

  東四局      宮永咲  16000点(大星淡)

  南一局   長曾我部理恵  12000点(3000,6000)

  南二局       流局  聴牌 田辺景子

 

 現在の持ち点(南二局まで)

  大星淡    37000点

  宮永咲    26000点

  長曾我部理恵 25000点

  田辺景子   12000点

 

 

 宮永咲をガードしている〈オロチ〉の八本の首は、大星淡をターゲットにすべてをこちらに向けていた。しかし、一本動きが鈍い首があった。それが淡の龍の効果だ。重複させたドラ牌により咲からのコントロールを奪う。とはいえ、淡はそれを味方にはできない。あくまでも機能を奪うだけだ。

(すべてが見えるはず。この局に全精神を集中する)

 次は自分の親番なのだ。“抗体”を持つ淡でさえも和了(ほーら)は不可能だと思っていた。実質的にこの局が勝負の決め手になる。

 ――配牌が完了する。“絶対安全圏”はかけなかった。それが通じる相手ではないからだ。この局の宮永咲は、本気で淡を潰しにきていた。

(見えた……四枚)

 咲の六番目のドラ表示牌の【七筒】が淡の龍と重複している。そのため、淡には場にある【八筒】の位置が見えていた。ひとつは田辺景子が持っているがその他は山の中にあった。6巡目に長曾我部理恵が自模る牌、9巡目の咲の自模牌、そして13巡目に淡の自模る牌だ。その内、入れ替えに成功したのは理恵の牌と淡の牌で、それぞれもうひとつの淡の龍である【三索】と入れ替わっている。

 前局で、咲は執拗(しつよう)に確認をしてきた。多分、淡のできることは認知されたであろう。たかだか一匹の龍を機能不全にするぐらいでは、咲の優位性は揺るがない。だれもがそう考える。しかし、淡は知っていた。宮永姉妹は違うのだ。あらゆる部分でパーフェクトでなければ、その能力は不完全になってしまう。宮永照の“照魔鏡”も、咲の“嶺上開花”もわずかな欠点を突かれて敗れた。淡の“抗体”は、いわば〈オロチ〉の獅子身中(しししんちゅう)の虫であった。〈オロチ〉はそれを排除するために完全な姿を現していた。

(尾が半分動いていない……なぜ? テルーもシズノもそんなことは言ってなかった)

 奇妙なことに気がついた。〈オロチ〉の尾の半分(淡から見て右側)の四本がまったく動いてなかった。それが淡の力によるものなのか、あるいは別の意味があるのかは不明だが、直感的にそれが〈オロチ〉の弱点だと感じた。

(四……四はなにを意味する? 八本の首はドラ牌の象徴、動いている尾は嶺上牌だとすると残りはなに?)

 嶺上開花ドラ16を〈オロチ〉の完全体だと照は言っていた。だが、淡はそうは思わなかった。きっと、姉の照でさえも、この〈オロチ〉の完全な姿を見たことがないのだ。なぜならば、照も高鴨穏乃も、〈オロチ〉は霧に包まれたような姿だと言っていたからだ。

(なにか意味があるはずよ……テルーも知らないなにかが)

 集中力が途切れそうになり、淡は手牌に意識を戻した。〈オロチ〉の謎解きは後回しにするしかない。ここは跳満以上で和了し、オーラスで咲に三倍満以上を要求する。少しでも咲の逆転を困難にすることが現状のベストな選択だ。

 ――4巡目。淡は決定的な牌を自模り、断公九(タンヤオ)の一向聴まで手を進めた。

(三索……単騎待ちにしなければ、咲に読まれる)

 淡が可視化できるのは咲の操る牌と重なったものだけ、【三索】は淡の操る牌ではあったが、見えるのは“デコイ”として置いたもののみだ。しかし、ここでこの牌を引いたことは、13巡目での自摸牌がデスティネーションになる。咲との対戦は上り役に必ずドラが絡む、立直一発を含めると跳満以上になるだろう。

(サキ……これはあなたの罠じゃないわよねぇ)

 前面に現れた〈オロチ〉は宮永咲の姿を隠していた。淡はそれを必死に探す。

(……サキ)

 〈オロチ〉の背後にいた咲は、淡を眺めていた。はっきりはわからないが笑っているようにも見えた。ただ、その笑顔は、高鴨穏乃を倒した時のような暴虐的(ぼうぎゃくてき)なものではなく、なにかを見守るような笑顔で、淡にはそれが不満であった。もっと、もっと咲を本気にさせなければと思った。自分の脅威を咲に認めてほしかった。

 ――6巡目。理恵が淡の仕込んだ“デコイ”を自模り手牌に入れた。その【三索】は彼女の有効牌になった。――〈オロチ〉が低いうなり声をあげる。認知されていた。淡の欺瞞(ぎまん)は読まれていた。淡は自身の二匹の龍を〈オロチ〉にけしかける。もちろんフェイントだ。一匹は動きの鈍い首に立ち向かい、もう一匹は死角から尾を狙う。〈オロチ〉はそれに反応し、淡の龍を食いちぎろうと襲いかかる。淡はすばやく龍を後退させ、再び対峙(たいじ)の状態に持ち込んだ。

(危なかった……こんなに反応が早いなんて)

 しかし、淡の目的は達せられた。咲の表情が笑顔ではなくなったからだ。光のない目で淡を見つめている。それは、いつもの〈オロチ〉の顔であった。

 ――淡の額から汗が流れる。一向聴から手が進まなく、だれかに鳴かれると軌道修正が難しい状況が続いている。そして、9巡目を迎えた。親の咲が“デコイ”ではない【八筒】を引く。

(あなたが見えているとおりの牌……まだ。見分けられないはずよ)

 淡が干渉している牌はわかっていると思う。だが、どれだけ入れ替えられるかは不確定のはずだ。なにしろ、淡でさえもわからないのだから。

 その考えを是認(ぜにん)するように、咲はしばらく牌を見つめてから河に捨てた。間違いなく【八筒】であった。

 続く淡の自摸番。手を伸ばし触れた牌は有効牌、淡は勝利への切符を手にした。

(リーチは12巡目……でも鳴かれると終わり)

 無論、その気持ちは表情に出さないが、身体は別の話だ。淡の耳には普段は意識しない音が鳴り響いていた。

(心臓の音……こんなに早く……激しく)

 まずは、今持っている【一萬】を通さなければならなかった。田辺景子の筋牌だ。彼女はすでに降りていたが、副露(ふーろ)しないという保証はなかった。

(あと2巡……このまま……このままで)

 淡は【一萬】を河に置いた。汗で滑り傾いてしまったので、指で整える。震えはなんとか抑えてあるが、呼吸音は尋常(じんじょう)ではない。

 景子は、チラリと見たものの、【一萬】をスルーしてくれた。

 ――次巡も危険牌であったが、淡の執念が勝ったのか、その牌も通った。

 そして12巡目、淡はこれ以上ない安牌を手にした。場に三枚出ている場風牌の【南】。淡は、はやる心を抑えて静かに立直を宣言する。

「リーチ」

 咲に他家を支配されてはたまらない。〈オロチ〉を一撃で倒すのは今しかなかった。淡は決心して二匹の龍を静かに〈オロチ〉に近づける。

 ――今度はフェイントではない。一匹の淡の龍が加速し、動きの鈍い〈オロチ〉の龍の喉元に噛みついた。当然、他の七本の首は、淡の龍を引き離そうと四方八方から攻撃をしかける。あっという間に血だらけになったが、噛みつきを止めない。その龍は犠牲になっても良い(おとり)だ。その隙に地面を()うようにもう一匹の龍が〈オロチ〉に接近する。狙うのは、動かぬ四本の尾であった。

(!)

 あと一歩、あと一歩のところで、その龍も止められた。上から幾つもの首に噛みつかれ、淡の龍は二匹とも行動不能になり、消えてしまった。

 〈オロチ〉が血だらけの牙をむき出し咆哮(ほうこう)する。淡の干渉が解けた首も自在に動き回っている。しかし、四本の尾はそのままであった。尾が動かぬ理由は、淡の力とは無関係なのだ。

 13巡目。咲が自模牌を手に取った。なにが起きるかはわからなかったが、決して良い結果ではないことはわかっている。淡は、咲の動きを、虚ろな目で眺めていた。

「ロン。門前、平和、断公九、一盃口、ドラ2。12000です」

「はい」

 咲の長曾我部理恵への振り込み。これで理恵が暫定トップになった。

(これで……終わりかな……)

 抵抗の武器が奪われた淡は、戦意を喪失していた。もう放っておいてもよい存在のはずだが、〈オロチ〉はまだ淡を警戒していた。

(なぜ……? なぜ、まだこれが見えるの?)

 

 

 個人戦総合待機室 臨海女子高校

 

『藤田プロ……これはどういうことでしょうか?』

『小鍛治さんは宮永咲をなんて呼んでいたかな?』

『魔王……ですか?』

『そう魔王だ……これで大星の勝ちはなくなった。オーラスは魔王に支配される』

『暫定トップの長曾我部選手にチャンスはありませんか?』

『チャンスはある。あるからこそ大星に勝ち目がない』

『ぐ、具体的に言って頂けると助かりますが……』

『魔王と呼ばれた宮永をリードしているんだぞ。こんな快挙を目前におとなしくできるか?』

『長曾我部選手は積極的にしかけると?』

『ああ……それこそが魔王の望む展開だ。大星の妨害を排除できる』

 

 

 ネリー・ヴィルサラーゼは、解説の藤田靖子の説明は半分間違えていると思っていた。戦術面では正しいが、大星淡はすでに負けている。彼女がいまできることは限られている。妨害など考える必要がなかった。

「ネリー。宮永はまた厄介な相手を作り出したのか?」

「はい、大星は……宮永に匹敵する脅威になります」

 ネリーに質問したアレキサンドラ・ヴィントハイムが顔をしかめる。

「これほどまで急速に変化するのか? 私も小鍛治に一口のりたくなったよ」

「監督……冗談デスヨネ」

「当たり前だ。私はアイ・アークダンテが大嫌いだったからな」

「嫌いと苦手って同じ意味ですか?」

「……」

 雀明華(チェーミョンファ)はナチュラルに空気が読めない。今も悪気はないのだろうが、アレキサンドラのデリケートな部分に触れてしまっていた。

「ね、ネリー。オーラスはどうなりマスカ?」

 険悪な雰囲気に、大慌てでメガン・ダヴァンが話を変える。ネリーもそれに付き合う。

「勝者は見えているよ……宮永が勝つ」

「なんだか嬉しそうですネ」

「否定しないよ。でも、彼女とも闘ってみたい」

「彼女とは大星デスカ?」

 ネリーは頷いた。そして、心の中で、大星淡にエールを送る。

(大星……受け入れろ。お前は、自分自身を知ることになる。それにより、お前はさらに強くなる)

 

 

 対局室 ルームK

 

 大星淡の親番であるオーラスが始まっていた。結局、自分は宮永咲を救えなかった。それどころか、まだ決着がついていないにもかかわらず、負けを受け入れてしまっていた。目前にいる〈オロチ〉の威圧が淡の抵抗する心を奪っていた。

(シズノ……あなたもこんな気持ちだったの?)

 ふと淡の頭に疑問が浮かんだ。なぜ自分は〈オロチ〉が見えるようになったのか? 高鴨穏乃は見えたと言っていた。団体戦終了後にアドバイスをくれたネリー・ヴィルサラーゼも見えていたはずだ。この二人には共通点があったような気がする。それがなんであるか、淡は記憶の糸を手繰(たぐ)る。

(そうか……テルーが言った……恐怖に囚われるもの……)

 穏乃とネリー、それに天江衣の三人の力は、恐怖が根源であると宮永照は断言した。それは妹の咲と同じもの、彼女が見誤(みあやま)るはずがなかった。

(私も……私もそうだっていうの?)

 自分は咲を守りたかっただけ、それは恐怖ではない。淡はそう何度も自分に言い聞かせたが、もうひとつの答えも見つかっていた。

 しかし、大星淡はそれを受け入れることができなかった。

(私は……サキを守りたかったんじゃない……サキを失うのが怖かっただけ)

 その瞬間、〈オロチ〉は姿を消した。残されたのは、哀しい目で見つめる宮永咲だけであった。

「カン」

 咲が暗槓を(さら)した。ドラ牌であった。そうなるとこれからの展開は予想がつく。嶺上開花ドラ8になにかを絡めた三倍満で咲は和了する。

 淡はそれを呆然と眺めるしかない。悲しかった。泣きたくなるほど悲しかった。自分は咲を救うために闘っていたのではなく、自分を守るために闘っていたのだ。その自己嫌悪によって、涙はかろうじて抑えられている。

(泣く資格なんてない……ゴメンね……ノドカ……サキ)

 咲が三倍満を宣言する。これで淡の抵抗は終わった。文字どおりの完全決着であった。

 試合終了のブザーが鳴り、全員で起立する。

 

 

 対局室ルームK 試合結果

  東一局      大星淡   8000点(2000,4000)

  東二局      大星淡  12000点(3000,6000)

  東三局      大星淡  12000点(3000,6000)

  東四局      宮永咲  16000点(大星淡)

  南一局   長曾我部理恵  12000点(3000,6000)

  南二局       流局  聴牌 田辺景子

  南三局   長曾我部理恵  12300点(宮永咲)

  南四局      宮永咲  24000点(6000,12000)

 

 最終得点

  宮永咲     37700点

  長曾我部理恵  31300点

  大星淡     25000点

  田辺景子     6000点

 

 

 礼を終えて、咲が帰ろうとしている。淡と目を合わせようとしない。

「サキ!」

 淡の感情が爆発した。

「お願い……ノドカに負けて」

 こんなことを言っても意味がないのはわかっている。だが、自分の本質を知ってしまった淡に、その衝動を止められなかった。

「……それはできないよ、淡ちゃん」

「なんで!」

「私は和ちゃんと約束したから……いつだって全力で闘うって」

「……」

「でもね……私の全力は、いつもだれかを傷つけてしまうの……だからゴメンね、淡ちゃん」

 そう言って咲は去っていった。別れ際に見せた辛そうな笑顔が、淡の心を責める。

(なんで? なんでいつもまわりのことばかり考えるの? サキ、あなたは? あなたは傷ついてもいいって言うの?)

 途轍(とてつ)もない悲しみが淡を襲う。自分のこと、咲のこと、そして原村和や宮永照のこと。ありとあらゆる波状攻撃に、耐えることができなかった。大星淡はその場に座り込み、号泣した。その悲しみの中、淡はひとつの希望を何度も何度も心の中で繰り返していた。

(ノドカ……お願いだから、サキを救って)

 

 

 都内 タクシー車内

 

 小鍛治健夜はメールを確認していた。それはウインダム・コールからのもので、飛行機が離陸した直後に送られてきた。

 

 From:Windom Cole

『ひとつ言い忘れていたことがあった。アイ・アークダンテと会えるようにセッティングしておいた。用事がなければ、いや、用事があっても会ったほうがいい。君にとってもプラスになると思うよ』

 Re:どのような条件でセッティングしたのですか?

『スコヤがテルとサキに関して良いプランを持っていると話した。間違いではないだろう?』

 Re:ご厚意に感謝します。

『なに、未来の妻のために骨を折る。イギリス人の真面目さをアピールしただけだよ』

 Re:未来は決まっていませんよ、ミスター・コール。いずれにせよありがとうございます。結果はご連絡します』

『そうしてくれたまえ、良い結果を期待する』

 

 健夜は、ウインダム・コールから指示された番号に電話をかけて、宮永愛と午後に会う約束を取り付けた。さすがの健夜も緊張している。いきなり娘さんを自分に預けてくださいなど言えるわけがない。うまく戦略を練らなければ、一瞬でご破綻になってしまう。

 

 

 ――タクシーを降りた健夜は、エントランスホールから宮永愛の部屋番のインターホンを押す。

『はい』

「先程お電話を致しました小鍛治です」

『どうぞ』

 その淡白な受け答えに、健夜は若干の不安を覚えた。しかし、ここは腹をくくるしかない。ドアのロックが解除され、健夜はエレベーターへと歩みを進め、六階のボタンを押した。

 宮永愛の自宅は605号室だ。健夜はその前で、再びインターホンを押した。

 いきなりドアが開いた。カメラ付きのインターホンなので、健夜であることがわかっていたのだろう。

「お入りください」

「失礼いたします」

 宮永愛に笑顔はなかった。その顔は、どちらかといえば宮永照に似ていた。髪型もよく似ていて、動画で見たことのあるアイ・アークダンテにわずかに加齢補正(かれいほせい)しただけの顔だった。ウインダム・コールは歳よりも老けて見えると言っていたが、健夜は逆の印象を持った。40代とは思えない若々しさだ。

 室内は都内のマンションらしからぬ広さで、日当たりが良い場所には観葉植物が整然と並べられ目を楽しませてくれる。

 愛にダイニングセットの上座を指定され、健夜はそこに座った。

 しばらく待たされた後、愛が戻ってきて対面に座り、紅茶を差し出された。

「ありがとうございます」

 ウインダム・コールから作法は聞いていた。テーブルの高さがちょうど良い時はソーサ(皿)をテーブルに置いたままにする。健夜はその作法にしたがって紅茶を飲んだ。

 愛の表情が少しだけ緩み、話を切り出した。

「ウインダム・コールから話は聞いています」

「そうですか、それは助かります」

「話を進める前に確認したいことがあります」

「伺います」

 愛の顔が再度厳しくなった。

「小鍛治プロ……あなたは咲に勝てますか?」

 どうやら穏やかな話し合いにはならない。おそらく麻雀勝負と同等の駆け引きになるだろう。健夜はそれに慣れていた。なにしろ自分はウインダム・コールと対等に話ができるのだから。

「不思議な質問です……」

「……」

「まずはお答えします。私は咲ちゃんに勝てると思います」

「ほう……」

「団体戦で初めて見た時は勝てないと思いましたが、今は違います」

「なぜでしょうか?」

「咲ちゃんには意図的に作られた弱点があるからです」

「弱点?」

「不思議とはそういう意味です……」

「……」

「その弱点を作ったのは……宮永さん、あなたではないのですか?」

 宮永愛が笑った。娘の宮永咲が見せた暴虐的な笑顔の原形。その圧倒的な圧迫感に、健夜の紅茶が震えていた。

 




次話:絆

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