咲〈オロチ〉編   作:Mt.モロー

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17.届かぬ想い

 個人戦会場 連絡通路

 

 ネット麻雀で頂点を極めた原村和にとって、相手がだれであるかは、リアルの対局でもさほど問題ではなかった。ネット麻雀では名前や顔(アバター)は大した意味を持たない。同じ名前であっても、その先にいる人間が同一人物とは限らないからだ。信じられるものは見えている情報のみで、和はそれを追究し、最強と呼ばれるスタイルを構築した。

 デジタルの化身“のどっち”であった。

 デジタル打ちの考え方は単純極まりない。牌効率に従い摸打を行い、聴牌即立直が基本だ。分が良ければツッパリ、悪ければ降りる。それを徹底すればよいだけだが、人間の心はそれほど強固でなない。ゆらぎや迷いがデジタルの鉄則を容易に曲げてしまう

 “のどっち”にはそれがなかった。運営のプログラム説が流れるぐらいに隙がなかった。その為、ネット麻雀の住人達は、畏怖の念を込めて最強と呼んでいた。

 その究極のデジタル打ちをリアル麻雀に活用して、和はインターミドルを制することができた。それは大きな自信となり高校進学後も継続した。和のスタイルの正しさは証明されつつあった。竹井久、染谷まこ、二人の手練れな上級生に一歩も引けを取らなかったからだ。

 ところが、想定外の確率の偏りを持つ者が現れ、その和の自信をズタズタにしてしまった。途中入部してきた宮永咲であった。

 親友の片岡優希も東場では異常な確率の偏りをみせていたが、和はそれを止めることができた。しかし、咲は違っていた。出現率0.28%の嶺上開花と、0.05%の四暗刻を、和の妨害をものともせずに、いとも簡単に決めてみせた。

 それだけではなかった。宮永咲は、確率をはじき出すのも困難な“プラスマイナス0”という驚愕のゲームをしていたのだ。 

 “確率の反逆者”。和は、咲をそう定義した。優希や竹井久のように、それを“能力”と言ってしまえば楽なのかもしれない。だが、そんな見えもしないオカルトを認めるわけにはいかない。和には確率こそが真理そのものだからだ。現に、最初は圧倒された咲との練習も、最近は対等になってきている。長いスパンで考えると、結局は確率の枠内に収まるはずだ。

(でもそれじゃあダメ……今日は、必ず勝たなければならない)

 団体戦決勝の副将戦前に、宮永咲は、姉の宮永照との葛藤を和に告白し、〈オロチ〉を倒してほしいと、涙ながらに懇願した。その二人だけの誓いは、和にとって他のなによりも優先されるものになった。その為には、自分がどうなっても構わないとさえ思っていた。

(……デジタルのレベルを限界まで引き上げる。“確率の反逆者”を制御できるレベルまで)

 誓いの時を迎えるには、多くの制約があった。まずは、決して負けないこと。なぜならば、最も高い確率で咲と対戦する手段は、最終戦のトップ4に残ることだからだ。そして、最終戦まで姉妹対決が実現しないこと。これは絶対条件であった。和には、姉妹対決によって、咲が手の届かない所に行ってしまう予感がしていた。

 試合の部屋割りはランダムに決められる。次にそれが実現してもなんの不思議もなく、そう思うと、和は不安で胸が張り裂けそうになる。

 

 

 次の対局場であるルームEに向かいながら、和は、面子について考える。それは“のどっち”時代には考えられないことだった。

(荒川さん……あなたは昨日、わざと私達に接触してきた。敵として意識させる為に)

 和と同室の荒川憩は、咲への敵対心を明確に示していた。正直な話、最も手こずる相手だと思っていた。互いに理詰めの麻雀で、憩は心理学を応用する。実力伯仲ならば勝負は心理戦になる。憩はその戦法に熟達しているのだ。

 ルームEの入り口に、その荒川憩が立っていた。和を見つけたのか、人懐っこい笑顔を向けてくる。

「原村ちゃん、よろしくなー」

「よろしくお願いします」

 二人は一緒にルームEに入る。雀卓までの通路は狭いので、憩が前になった。

 その憩が足を止める。

「あんな、原村ちゃん」

「……はい」

「咲ちゃんを守りたかったらなあ」

「……」

「私を倒すしかないでえ」

 憩が振り返り、笑顔で和に忠告した。その笑顔は昨日見たものと同じであった。表情は完璧な笑顔ではあるが、心はまったく違う。それは“怖い笑顔”であった。

(先手を取られました……)

 和は憩と同時に場決め牌をめくる【東】であった。対する憩は【西】。

「私、ファンタジーが大嫌いなんです」

「???」

 その和の発言に、憩のみならず細川緑も高橋麗華も、頭に疑問符をぷかぷかと浮かべている。

「魔法なんてオカルト、ありえませんから」

「あははははは」

 憩が笑っている。本当に楽しそうに笑っている。だが、それをそのままの意味と受け取ってはならない。既に、ルームEの試合は開始されているのだ。

 

 

 大星淡の3回戦はルームLで行われていた。少し長引いたが、今回は51000点の圧勝で終えた。1,2回戦は辛勝でポイントを稼げなかったので、この41ポイントは安心材料となった。

 淡は、ほぼ端から端の距離であるルームCまでの通路を歩きながら、対戦が決まっている神代小蒔について考えを巡らせる。

(サキを病院送りにした相手……)

 淡の心に、小蒔への憎悪が出現していた。――淡は、目を閉じて首を振る。

(違う……私が憎むのは〈オロチ〉だよ……)

 二日前、淡は、宮永照から咲と〈オロチ〉の秘密を教えられた。そのあまりの壮絶さに淡は涙してしまった。

 そして昨日、淡は、〈オロチ〉ではない宮永咲と出会った。ほとんど一目ぼれに近い状態であった。自分は友人を作るのが下手くそだが、真の友人となれる者は一目でわかる。咲こそは、淡の求める真の友人であった。

 その咲が、哀し気な表情で言った。

(「お姉ちゃんが笑わなくなったのは、自分のせい」)

(「違う、それは断じて違う!」)

 淡には理解できなかった。照も咲も、なぜそこまでして自分を責め続けなければいけないのか? そう思うと、哀しさと悔しさがこみ上げてきて淡は再び泣いてしまった。

(最近は泣いてばっかりだな……)

 通路のモニターの対戦表を眺める。山場は自分だけではなかった。同じ想いを持った友人、原村和も強敵である荒川憩と同室になっていた。

(ノドカ……)

 ――やはり昨日であるが、淡は原村和と二人だけで話す機会を得た。

(「あんた、サキを倒せるの?」)

 いきなり和を問い詰めてしまった。自分でも分かっていた。それは嫉妬なのだ。

 そんな淡に、和は優しく、そして、どこか哀し気な笑顔で答えた。

(「はい」)

(「サキと〈オロチ〉は分離できない! 〈オロチ〉を倒すことは、サキを再起不能にすることだよ!」)

 和の表情は、宮永照と実によく似ていた。咲への愛情と〈オロチ〉への憎悪。その二律背反の矛盾を解消できない苦悩が潜んでいた。

(「大星さん……それが咲さんの望みなんですよ」)

(「サキ……の?」)

(「その為なら……私は命をかけてもいい」)

 淡は勝てないと思った。その言葉には嘘が感じられなかった。和は命がけで咲を救おうとしていた。

(テルーも私も〈オロチ〉を倒せるかもしれない……。でもね、サキを救えるのは……きっと、あなただけ)

 ――淡は、和への友情と嫉妬のジレンマに苦しんでいた。

 もし和より前に咲と対戦が決まったらどうすべきか? 

 和の為に負けるべきか? 

(そんなことはできない。だって……だってね……)

 ルームCの前で、淡は立ち止まった。

(私だって、サキを救いたい……その想いは、あなたに負けないよ)

 ドアノブを握り、中に入ろうとした瞬間、後方から声をかけられた。

「あなたの心は、とても美しい……」

 振り返った淡の目に、あの神代小蒔の姿が映った。少し憂いのある微笑みを浮かべて、ささくれ立っていた淡の心を癒すように、優しい声で語りかける。

「大星さん、あなたにチャンスを差し上げます」

「チャンス?」

「私の目的は、あなたの愛する宮永咲さんを封じることです」

「……封じる?」

 予想していたとはいえ、小蒔は咲を潰すと明言している。

 “愛する”などと言われて赤面してしまったが、淡の表情は怒気を含んだものに変わる。

「復活を許さない。それが封じるということ。その為には、お姉さんの目の前で、彼女を再起不能にしなければなりません」

 その非情な小蒔の言葉の中に、淡は微かな慈悲を見つけた。それが彼女の言うチャンスなのだろう。

「最終戦……それまでにサキを倒せって言うの?」

「結果が同じならば、だれが行うかは問題ではありません」

「……」

 小蒔がドアを開ける。空調の冷たい風が流れ出て、淡を震わせる。

「あと5試合あります。きっと、あなたは咲さんと闘うことになる」

 そう言って小蒔は、ルームCへと入っていった。淡の震えは止まらなかった。それは小蒔への怯えではなく、エアコンの冷気のせいでもなかった。淡は、小蒔の言葉を信じてしまった。夜も眠れぬほど切望していた咲との対局。迷いはないはずであった。

(私……震えてる……)

 淡は自分の手を見つめ、これでは試合開始前の宮永照と一緒だなと思った。

(迷うなバカ! なに迷ってんの! そんなんじゃ〈オロチ〉は倒せない!)

 怯えや迷いは〈オロチ〉の大好物だ。それを喰らい、〈オロチ〉は絶望的にまで凶悪化する。淡はそれを経験から学んでいた。だから、次の対決では、それを微塵もみせてはならない。

 震える手を握りしめ、淡は小蒔の後に続いた。

(それは、サキが望むこと……後悔なんてあるはずがない)

 

 

 インターハイ運営事務所

 

 戒能良子は、インターハイ運営事務所にほぼ軟禁状態であった。奥に大会委員長の机があり、その手前には、4人掛けの応接セットと40インチのTVが置いてある。良子と三尋木咏は、試合を観戦しながら改善点を委員長に提案する。協力してほしいとの咏からの要望であったが、実際はほとんど強制に近く、拒否は不可能であった。ご多分に漏れず、この世界も先輩後輩のしきたりが厳しい。改善するなら、まずはそこだろうなと良子は思っていた。もちろん、現時点ではそんなことは口にできるわけがない。

 ――委員長の机の固定電話が鳴った。

「はい」

 口数の少ない中年の男が、通話口の相手にしきりに頷いている。

「分かりました。通して下さい」

 そう言って受話器を置いた。

「だれか来るの?」

 咏が怪訝そうに尋ねると、委員長は眼鏡の位置を修正しながら「受付からです。小鍛治プロが面会を求めています」と、なんの感情も表にせず答えた。

 咏は立ち上がった。普段の彼女に似つかわしくない機敏な動作だ。

「逃げるよ戒能ちゃん」

「逃げる? まあ逃げるにしても、受付からだと、ここまで5分はかかります――」

 そんなに慌てる必要はない。そう続けたかったが、咏が真剣な顔で反論する。

「甘いよ、甘すぎる。あの人なら逃げられないように手を打つ。例えば、受付に5分後に電話してくれと頼むとか――」

 話が終わらないうちにノック音が聞こえた。大きな音ではなかったが、咏を驚かすには十分の音量であった。

 咏はあきらめた様子で、肩を落として良子の隣に座り、仏頂面で腕組みをしている。

「どうぞ―」

「失礼します」

 委員長の許可を得て、小鍛治健夜がドアを開ける。

「咏ちゃん、戒能さんも、偶然ですね」

「白々しいよ小鍛治さん」

「今回は逃げなかったんだね」

「……まったく」

 良子は笑ってしまった。大胆不敵に見える三尋木咏にも苦手な相手がいるようだ。

「小鍛治プロ、本日はどのようなご用件で?」

「最終戦につきましてご提案させて頂けたらと思いまして」

「最終戦、オーラストップ4のことですかな?」

「はい」

「お聞かせ頂けますか?」

 委員長と立ったまま話していた健夜が、顔を良子に傾けた。

「その前に確認したいことがあります」

 小鍛治健夜の聞きたいこと、おおよそ見当はつく。良子はそれを言った。

「姫様ですか?」

「その気になれば、いつだって咲ちゃんと対戦できるはずです。なぜこんな引き延ばしを?」

「抹殺する為です」

「……」

 さすがの小鍛治健夜も、良子の言葉に顔が青くなる。

「信じるかどうかは別ですが、宮永咲には“オモイカネ”のレシーバーがインストールされています」

「“オモイカネ”?」

「今の姫様の状態です。おそらく最強……小鍛治さんでも、宮永姉妹でも勝てません」

「……」

「〈オロチ〉、宮永咲は自分の状態をそう呼んでいたそうです」

「レシーバー……神代さんは、咲ちゃんの心を読んでいるの?」

「違います。レシーバーのエリア内では、二人は宮永咲の体と心を共有する」

 40インチTVの画面には、ちょうど小蒔が映っている。ルームCの東一局は、当然のように大星淡のW立直で始まり。3900で上がった。

 良子は健夜に目を戻して、話を続ける。

「そのレシーバーの情報を元に、姫様は決断しました」

「……」

「〈オロチ〉を完全に抹殺するには、宮永照の目の前で敗北させるしかない」

「そんなことは……させません」

 それは狼狽の表情であった。良子は、小鍛治健夜でもこんな顔するのだなと思っていた。ふと隣を眺めると、三尋木咏が、鬼の首でも取ったように喜んでいた。

 

 

 対局室 ルームC

 

  ルームC席順

   東家 秋葉葉月(岐阜代表 3年生)

   南家 黒井えり(富山代表 3年生)

   西家 神代小蒔(鹿児島代表 2年生)

   北家 大星淡 (西東京代表 1年生)

 

 この不安はなんだろうと思っていた。

 大星淡の絶対安全圏は、順調に発動されていた。東一局を3900で上がり、この二局もW立直を掛けられた。待ちも悪くない【二筒】と【五筒】の両面待ちでであった。

 6巡目、淡は面子の捨て牌を確認する。五向聴以上ならば、秋葉葉月と黒井えりは無理をせずに降りるはずであった。東一局はその展開で、淡は楽に手を進められた。

(降りていない……五向聴は機能しなかった)

 二人の打牌には、消極性がなかった。手を進め、淡に先行しようとしている。

(神代小蒔……)

 淡は、自分を不安にさせているのであろう人物を見る。赤と白の巫女服に身を包み、目は真っ直ぐと自分の牌を見ている。目は合っていない、なのに心を覗かれているような気がする。それはデジャブであった。この感覚は“照魔鏡”によく似ている。

(心を読む……テルーとは違う)

 原村和ではないが、そんなオカルトはありえなかった。心を読む相手ならば、だれも勝てないではないか。

 淡は思った。

(この人を……サキに近づけてはいけない)

 はっきりと認識した。神代小蒔は、咲を、〈オロチ〉を消し去る為にここにいる。

(チャンス……確かにもらったよ。私にとっての最大のチャンスは、ここであなたを脱落させること)

 話は早かった。小蒔はトップ4でケリをつけると言っていた。だったら、それを阻止したら良いだけだ。

「通らばリーチ」

 親のえりが7巡目に勝負をかけた。やはり絶対安全圏は不完全だった。不可能ではないが聴牌が早すぎる。

 しかし、捨て牌は【二筒】、それは通らない。

「ロン」

「ロン」

 淡の発声を待っていたかのように小蒔が声を合わせる。

「……え?」

 確認するまでもなくダブロンなのだが、淡にはこれが偶然とは思えなかった。

 小蒔が牌を倒す。二家和の大会ルールは放銃者に近いほうに優先権がある。

「断公九、ドラ1。2600です」

「単騎待ち……」

 小蒔は【二筒】の単騎待ちであった。淡の疑念は一層深まった。

 ダメ押しをするように、小蒔が口を開く。

「あなたの意志は尊重します」

「……」

「でも、“オモイカネ”の前では、あらゆる知略策略も意味を持たない」

 決定的であった。神代小蒔は心を読むのだ。

 しかし、淡は勝負を諦めない。神代小蒔は危険すぎる。咲との対戦は自分が止めなければならない。

(心ぐらい読ませてやる……だけど、あんたはここで止める!)

 それは、“超新星”大星淡の復活であった。

 

 

 対局室 ルームE

 

  ルームE席順

   東家 荒川憩 (北大阪代表 2年生)

   南家 細川緑 (熊本代表 3年生)

   西家 原村和 (長野代表 1年生)

   北家 高橋麗華(山形代表 2年生)

 

 原村和の制御モード、それは麻雀AIに例えられるが、実のところはまるで違っていた。

 近い将来、麻雀もAIが最強になる。しかし、まだまだ課題があるのも事実であった。その理由は以下の3項目だろう。

 

 1.運を読めない(数値化できない)

 2.将棋や囲碁とは違い、相手の手の内が見えない。

 3.麻雀は4人で行う競技であり、その動きを読むのは難しい。

 

 運だけはどうにもできないが、他の二つは対応可能だと和は考えた。

 人間を遥かに超える計算能力を持つコンピューターだが、数値がベースなだけに、構造が複雑化してしまう。例えば、√2は1.41421356であることはだれでも知っているが、PCは複雑な計算をしてその値を求める。麻雀牌の数は34種136枚、役は50種未満、アルゴリズムで言えば、囲碁の10分の1にも満たない。なのになぜAIが人間を上回れないのか? その理由がPCの苦手分野である2と3の項目なのだ。つまりは想像力と観察力であった。

 ネット麻雀で最強と呼ばれた和の想像力、観察力は超一流だ。とはいえ、“のどっち”ならば、ほとんど自分のことだけを考えていればよかったが、制御モードはそれでは足りない。4人の手牌を並列同時進行で予測し、点数や個人の持つ傾向を加味して、判断を繰り返さなければならない。無論その材料は見えている牌のみ、癖や表情などの曖昧な情報は排除する。

 異常なまでの情報量であったが、和は、記号化とフォルトツリーを応用して対応した。順子の21種と刻子は34種を記号化し、すべての手はそれが基準になる。それ以外の、例えば【一萬】の対子の場合は【一萬】-、槓子ならば【一萬】+。順子の場合は頭の数字の左右×で記号化する。1から3の順子の3が欠けた塔子は【一萬】×という具合にだ。

 フォルトツリーは目的こそ違えど(本来は故障解析に使用する)手牌の推測に有効であった。捨て牌と見送り牌にはそれぞれ理由があり、それらは意外に限定されている。捨て牌ならば、必要ないからだとか、既に持っているだとかの理由。見送りならば、まだ一枚目だからとか、鳴くと喰い下がるからだとかだ。

 和は、それらも記号化し、“オアゲート”(捨てた、見送った理由)としてツリー(枝)形成する。つまりは、一巡で一人につき4本のオアツリーが作られることになる。そして、何巡かすると、“アンドゲート”(捨てた、見送った理由が重複する)に符合するものが出てくる。そこで初めて見えている牌として確定される(100%ではない)。だれも副露しないで流局した場合、ツリーの本数は全体で280強になる。その数字は決して多くはなく、相手が副露したり、確定したりした場合は、ツリーはそこで停止する。和にしてみれば、それは十分対応できる数字であった。

 そうして、相手の手牌を洗い出し、完成形を推測し、自分の手牌との比較、点数比較、山の残牌と期待値を予測し、なにが最善かを判断する。“のどっち”ならば牌効率を考えるだけでよかったが、制御モードは相手の未来形への干渉もしなければならない。それが“修正ゲート”だ。特定の条件で高い確率で発生する事象、分かりやすいのは宮永咲の嶺上開花だろう。咲が刻子、槓子を持っているか? 山の中に推測を含めた槓材がいくつ残っているか? それを踏まえて、打ち筋を最終決定する。この“修正ゲート”こそが制御に必須なものであり、それと同時に、最大の負荷にもなっていた。

 制御モードの和は、顔が真っ白になり、肩を小刻みに揺らし、呼吸をする。脳機能を限界まで使用しているのだ、その冷却は、身体全体で行う必要がある。大量の発汗を身体を動かし、気化させている。

 

 

 東一局は原村和が満貫で上がった。荒川憩の試合前の挑発に、親の即流して答えた形だ。

 そしてこの東二局、既に9巡目であったが、和はまだ聴牌していなかった。この巡目ならば面子の手牌はほぼ確定している。親の細川緑は、わずか3巡目で降りを決めていた。降りた人間のそれ以降のツリーはシンプル化される。安牌不足に陥らないかぎり、手が動かないからだ。高橋麗華もそうだ。4巡目に手牌を崩して降りていた。これは“治癒魔法”かなと和は思った。

(信じているわけではありませんが……全員が降りてしまう効果は認めましょう)

 憩は、門前、断公九、平和で立直ならば5200点、自分の失点を取り返す“治癒魔法”の条件を満たす。麻雀は100%予測しても勝てる競技ではない。ここは一歩引くのが最善だろう。

 和は自分の捨て牌を眺める。

(!)

 考えられないことが起こっていた。制御モードでは捨て牌を何度も見ることはしない。和はそれを記憶しているし、よけいな情報は増やしたくないからだ。

(5巡目……【四萬】……)

 和の制御モードが解除されていく。汗が引き、顔に赤みが戻る。

(降りていた……私も……既に降りていた)

 打牌した記憶のない牌がそこにあった。和は荒川憩に目を向ける。

 ――笑っていた。荒川憩は和を見て笑っていたのだ。

 そして、牌を横にする。

「リーチ」

 一発ならば満貫だ。“治癒魔法”の2倍モードだ。

(この人を……止めなければ)

 和と大星淡は、ほとんど同じ状況に置かれていた。親友の為に、いや、愛する咲の為に、新たに出現した怪物に立ち向かっている。

 11巡目、荒川憩は“治癒魔法”を完了させた。

「ツモ、門前、断公九、平和、立直、一発。2000,4000」

(いいでしょう……それを“修正ゲート”にします。あなたを制御します)

 和と憩は、点棒の受け渡しを行いながら、目だけで会話していた。言うまでもないが、その内容は、いささか物騒なものであった。

 

 対局室 ルームE

 

  対局室ルームE 東三局までの経緯

   東一局  原村和  8000点(2000,4000)

   東二局  荒川憩  8000点(2000,4000)

   東三局  原村和  3900点(1300オール)

 

 

  現在の持ち点(東三局まで)

   原村和   34900点

   荒川憩   27700点

   高橋麗華  19700点

   細川緑   17700点

 

 東三局は、親の原村和が速攻で和了し、一本場になった。

「一本場です」

 和は、短い視線を荒川憩に送り、配牌を開始した。

(なるほど、もういっぺんやってみぃってか?)

 配牌を終えた和は、いつものように長考に入った。長かった。通常は10秒前後なのだが、今回は30秒経過してもまだ考えていた。

「失礼しました」

 長考の謝罪をして、和が【北】を捨てた。

 恐らくは“治癒魔法”のなにかを、彼女のフローチャートに加えたのだなと、憩は思った。

(「魔法なんてオカルトありえません」か……)

 試合開始前に和が言ったセリフだった。それは、憩の挑発と同じ効果を狙っての発言だろう。

(正解やで……試合前の駆け引きは、相手の心に影を作ったらええ)

 憩の自摸番が回ってきた。“治癒魔法”は発動されており、有効牌を引いた。狙いは平和、断公九で、ドラも一枚ある。立直で上がれば8000点。シーソーゲームを継続し、和の反応を確かめる。

(インヴァデシャン・システム(無効化システム)……可能性は捨てきれない)

 それが、憩の懸念事項であった。

 育った環境が環境だけに、憩も和に負けないぐらいのリアリストなのだが、“能力”というものを否定してはいなかった。憩は人間の心の脆弱さをよく知っていた。“能力”は心に作用し、その中に巨大な怪物を作り上げてしまう。だが、それをプロテクトできたらどうか? すべての対局をネット麻雀のように雀卓の鳥観図として捉えることができたら、それらの“能力”は無効化されてしまうのではないか?

 憩は和を眺める。白いと言うよりは、青いと言ったほうがしっくりくる肌の色で、自摸を繰り返している。彼女が“のどっち”であることは知っている。ならば、彼女がやろうとしていることは、憩が考えたそれしかない。

(魔法はありえない……そのとおりやで原村ちゃん。本当の魔法なんてありえへん。でもな、魔法と手品は同じ定義や。常人には理解でけへんことが起きる。違いはタネがあるかあらへんかだけ。やったらな、タネが解らん手品は魔法と同じやで)

 魔法の対義語は科学であるが、万能に見える現在の科学力でも、複雑な現象は苦手としている。例えば、雨が降る原理なら完璧に解るし、風の吹く原理、雲の発生する原理だってそうだ。しかし、それらを総合した天気となると曖昧な予測しかできないのだ。

 そして、人間は曖昧のものは処理できない。不明なものは経験則で補うしかない。それはどんなに頭脳明晰な人間でも同じだ。

 ――5巡目、憩は更に有効牌を自模り、これで一向聴になった。

 原村和の魔法への抵抗力を計測する必要がある。憩は、その為に“治癒魔法”の仕組みを、和に見せることにした。

 “治癒魔法”は、まさに魔法と呼べるぐらいに成功率が高かった。公式戦での失敗例が3回しかなく、その理由もはっきりしていた。“治癒魔法”の発動が遅れ、高めの得点設定になってしまい、和了できずに流局してしまったケースだ。

(手品のタネはだれでも知っとる。でも、それは漠然としてるやろ?)

 “治癒魔法”のタネは、面子がその成功に協力するからに他ならない。単純に言えば全員降りてしまうのだ。

(無意識の領域は巨大や……私はそれを引き出したらええ)

 “治癒魔法”の圧力によって自ら降りる者も多数いる。しかし、そうではない者も同等数存在する。憩はそれを強引に降ろせる。麻雀の役作りはシリアル(連続的)なものだ。断念させるには、それを切るかループさせたらいい。

 憩は、自らの捨て牌でそのトリガーを引く。そうすると、相手は錯誤行為で致命的な打牌をしてしまう。それは“絶対王者”宮永照でさえ例外ではなかった。

「チー」

 ――6巡目、高橋麗華が和の捨て牌の【九索】を副露した。彼女はまだ降りておらず、狙いは7から9の三色同順のはずだ。和は彼女を降ろさないようにフォローしていた。

(結局は同じやで原村ちゃん……信じられるものは、自分だけ……)

 憩はゆっくりと手を伸ばし、自摸牌を取った。良い牌が手に入った。役には絡まないが、麗華のトリガーにはなる。

 【六萬】

 憩は指で牌を隠し、手品のような動作で河に置いた。

(人間の心は脆い……不明なものは、在るものとして扱うしかない)

 それは自分も同じだなと思った。求める牌がどこに在るか解る。なぜそうなのかは、憩にも不明であった。

 

 

 原村和の手牌は、七対子の一向聴であった。荒川憩のような相手には、回し打ちを意識しなければならず、和は回復力の速い七対子を選択していた。

 ――7巡目の自摸は【五萬】、有効牌ではないが、高橋麗華を支援できる牌であった。

 この巡目まで来ると、面子の手牌は70%以上判明している。もちろん、残りの30%は高確率の推測で補う。

 細川緑は3巡目で降りていた。彼女の未来形はもう考える必要がなく、フォルトツリーはシンプル化されている。

 麗華の三色同順は、前巡の副露によって一向聴のはずであった。単独牌(和の推測では【二萬】【五萬】)を二つ持ち、塔子、対子の形成待ちのはずで、突っ張るか降りるかの判断は決めかねている様子だ。

 憩は、平和、断公九で、最終的には【四筒】【七筒】の両面待ちになる可能性が高い。しかし、憩の河はあからさまに萬子待ちを主張している。そして、前巡で憩は【六萬】を打牌した。常識的に考えるのならば、麗華は持っている萬子を切れない。完全に彼女を降ろす作戦だ。

 和には憩の手牌が推測できている。萬子は危険牌ではない。それを麗華に教えるべく【五萬】を捨てる。荒川憩に“治癒魔法”のフリーパスを与えてはならない。

 高橋麗華が恐る恐る自摸牌を引いた。なにを引いたのかまだ分からないが、それは手牌の中に入った。麗華はわずかに考え、【九萬】を切った。三色同順を崩す牌。麗華は、和との共闘を拒否し、“治癒魔法”への協力を打牌で提示していた。

 麗華の選択は想定内のものであった。これも“修正ゲート”のチェックフローにすぎない。他家をフォローして“治癒魔法”の基本条件を防げるかの確認だ。解答は“No”であった。

 憩の自摸番だ。引いた牌は手牌の中央に嵌り、その隣の牌が切られた。

【六筒】

 いくつかの“オアゲート”が“アンドゲート”に換わった。それにより、憩の聴牌は確定したが、彼女は立直をかけなかった。それは自然なことではない。門前、平和、断公九でも“治癒魔法”の条件を満たすが、得点で和を上回れないからだ。

 考えられる答えは『まだ降りてない人間がいるから』に違いなかった。ならば、もう一つのチェックフローをしなければならない。和は、東二局の事例から、自分の切った牌をWチェックしていた。制御モードでは自分の河は見ない。捨て牌は記憶しているし、なによりも不必要な情報は極力減らしたかった。だが、“自覚せずに降りている”という奇妙な現象を体験したからには、河の確認もしなければならない。

 ――8巡目、和の引いた牌は【西】、有効牌ではなかったが、一枚も見えておらず、面子の手牌の中にもなかった。残り3枚はすべて山の中にある。和は3枚の単独牌の【一索】と交換することにした。牌をつまみ、河に捨てる。Wチェックを行う。河にあるのは【一索】に間違いない。和は手牌に目を戻す。

(ばかな……)

 東二局の完全なるリプレイであった。七対子一向聴の手牌が二向聴に後退していた。

 和はもう一度河に目を向けた。

(【三索】……対子を、落としていた……)

 和の制御モードは、その衝撃により解けていた。

「リーチ」

 赤みを増す和の顔を見ながら、憩が牌を曲げてきた。

(ありえない……この現象を“修正ゲート”に加えてはいけない……)

 ――そして10巡目、憩は再び“治癒魔法”を完了させた。

「ツモ、立直。門前、平和、断公九、ドラ1。2100,4100」

 和の渡す点棒を、憩は愛嬌のある笑顔で受け取った。

「おおきにー」

 紛れもない強敵、和は憩をそう位置付けた。

(イニシアティブを取ること……荒川さんに高めの役を強制すること……それができなければ、私は負ける……)

 それは敗北主義ではなく予測される事実を考えただけだ。それを拒絶したいのなら、イニシアティブを取り続けたらいい。簡単ことだ。原点に戻るだけ。制御できない相手など存在しない。

(あなたは、咲さんの災厄……近づけるわけにはいかない)

 ――原村和が自覚していないものがもう一つあった。宮永咲を守ろうとする強い意識が、制御モードに不完全な領域を作っていた。その欠陥部に和は気がついていない。しかし、それを知っている者がいる。荒川憩、彼女はそれをはっきりと認識していた。

 

 

 個人戦総合待機室 白糸台高校

 

 

 待機室の大型モニターには、対局室ルームCの映像が流されている。

 対局は淡々と進んでいるが、それがかえって見ている者の心を不安にしていた。大星淡が卓にいる場合、こんな穏やかには局は進まない。

 

 実況の福与恒子が疑念を口にする。

『大星選手の代名詞でもある“絶対安全圏”が機能してないのでしょうか?』

『機能はしている……大星は全局でW立直を掛けているからな』

『おっと、黒井選手の自摸和了! 異常事態発生! “絶対安全圏”はまたもや不発だー!』 

『神代小蒔の力か? 五向聴縛りが不完全だ……』

 解説の藤田靖子も困惑気味であった。W立直で圧倒的に有利な淡が、4回連続で上がれていない。しかも、それを阻止したのは神代小蒔だけではない。秋葉葉月も、黒井えりも淡に先行和了していた。 

 

 

 ――弘世菫は、モニターの端に表示されているルームCの経緯を確認した。

 

 対局室ルームC 東四局までの経緯

  東一局      大星淡   4000点(1000,2000)

  東二局      神代小蒔  2600点(黒井えり)

  東三局      神代小蒔  6000点(2000オール)

  東三局(一本場) 秋葉葉月  2300点(600,1100)

  東四局      黒井えり  4000点(1000,2000)

 

 現在の持ち点(東四局まで)

  神代小蒔  30500点

  大星淡   24400点

  黒井えり  22800点

  秋葉葉月  22300点

 

 

 画面に映る大星淡の表情には、焦りの色が見えていた。弘世菫は、こんな顔の淡を見るのは久しぶりだなと思っていた。あの、悪夢の団体戦決勝。“魔王”宮永咲にプラマイ0を強制された時以来だ。

(淡……自分の力を信じろ)

 それは、静かな恐怖としか言えなかった。“魔王”、いや、〈オロチ〉との対戦は、宮永照から仕組みを聞いていたので、あの場でなにが起きていたかは知っていた。しかし、今、ルームCで、神代小蒔がなにをしているかは皆目見当もつかない。ただ、淡の力は、確実に封じられている。

「淡のやつ、やたらと神代さんを気にしてますね」

「そうだな。咲ちゃんとの対戦を思い出すな……」

 亦野誠子も菫と同じ感想を持っているようだ。なにかが起きている。淡はそのなにかと闘っている。しかし、菫達にはそれを確認する術がない。

(今の淡の心を支えているのは、照と咲ちゃんへの想い……ここで敗北すると、その支えが外れてしまう)

 嫌な予感がしていた。ただでさえ混乱気味の個人戦なのに、神代小蒔は更なる混乱を追加しようとしている。

(いや、もう一人か……)

 本心で言えば、菫は姉妹対決をさせたくなかった。そして、それを可能にするのは、大星淡と原村和だけだと思っていた。しかし、その二人は、最強クラスの強敵に苦戦している。

(神代……荒川……なぜおまえたちは、それほどまでに咲ちゃんを目の敵にする?)

 二人の背後に、なにやら不穏な意識体がうごめくのを感じた。その意識体が、菫に答えを告げる。

『あれは秩序の破壊者、存在してはならないものだ。だから〈オロチ〉は倒さねばならない』

 

 

 対局室 ルームC

 

 場は既に南場に突入していた。親の秋葉葉月が起家マークを裏返し、配牌を開始する。この局、大星淡は“絶対安全圏”を発動しなかった。記憶に残っている感覚、あの団体戦で〈オロチ〉に蹂躙された際と同様の感覚があった。

(……私は罠に引き込まれている)

 大星淡は、これまでの全局で“絶対安全圏”を作動させていた。W立直はかけられたが、初回以外は上がることができなかった。もちろん、そういうことだってありえる。だが、淡は何か別の異様さを感じていた。“絶対安全圏”の手ごたえが無なかった。まるで形だけトレースされているように思えた。

 

 淡は唇をかみしめ、神代小蒔に視線を向ける。

(違う……サキとも、テルーとも)

 小蒔とは目が合わない。それどころか、彼女は自分の手配を見つめるだけで、面子も見なければ、河も山も見ていない。

(見る必要がないってこと? 本当に心を読んでいるの?)

 淡は焦っていた。神代小蒔をトップ4から転落させるのは、自分に課せられた使命だ。しかし、その手掛かりを掴めない。そして、そんな淡の心を蝕むように、小蒔の予言が、頭の中でリフレインしていた。

『あなたは咲さんと闘うことになる』

 無理をする必要はない。ここで負けても望みは叶う。そんな誘惑に満ちた言葉だ。

(こんなやつ……)

 淡は、意識的に小蒔を憎悪した。悪魔の誘惑に打ち勝つには相手を憎むしかない。

(神代、おまえはサキの敵……絶対に倒してやる)

 小蒔が顔を上げる。淡は怒りの眼差しを向ける。

「思い通りにはさせないよ……」

「怒りは積極的な感情です。でも、プラスとマイナス、両方の作用があります」

「試してみたらいい」

 小蒔の顔がほころぶ。会話の内容とは真逆な表情だ。

「では」

 小蒔は顔を手牌に戻し、ゆっくりとした動作で理牌をしている。

 気に入らなかった。神代小蒔のなにもかもが気に入らなかった。分かっている。今自分は過去に戻っているのだ。あのギスギスした心の“超新星”大星淡に戻っているのだ。

(かまうもんか……サキの為なら、私はどんな悪党にだってなれる)

 淡も牌を整える。【北】と【三索】、二つの対子があった。淡は、その牌に小蒔を破る力があるように思えていた。

(……槓できるかも)

 

 

 個人戦総合待機室 永水女子高校

 

「小蒔ちゃん……」

 南一局8巡目、大星淡の暗槓に、神代小蒔は顔を上げた。石戸霞には、それが良くない兆候に思えてならなかった。

「姫様は、大星に上がらせるつもりですか?」

 狩宿巴が、小さな声で石戸霞に聞いた。

「そうね……」

 霞は、小蒔の苦悩を知っていた。それは“オモイカネ”の副作用とも言えた。レシーバーを宮永咲に埋め込むのは、その本質を知る為だと小蒔は言っていた。しかし、それが小蒔を苦しめることになった。

 試合開始前、咲と小蒔は、一体化し意識を共有していた。霞は、その時の小蒔が忘れられなかった。

(あなたは、咲ちゃんの記憶にあてられてしまった……)

 自分のことのように、小蒔は泣きじゃくっていた。意識の共有は分け隔てがない。相手が強烈な悲しみを持っていたら、それも共有してしまう。

 それでも小蒔は、宮永咲を封じると、霧島一族の長としての決意をのべた。無理をして力強さを装うその姿は、悲壮感すら漂っていた。

 霞は不安であった。“オモイカネ”の力ならば、それも可能だと思うが、同時に小蒔も再起不能になる予感がしていた。

(強い力は、使う者にも害を及ぼす……)

 レシーバーを埋め込んだまま咲を倒したらどうなるか? それが“オモイカネ”の害ではないのか?

 霞はいても立ってもいられなくなり、“操作”の為に仮眠室で待機している滝見春の様子を見に行くと、巴に告げた。

「その前に、もう一度質問を」

 巴が真剣な表情で霞に向かい合う。

「姫様は、大星に宮永咲を倒させるつもりですか?」

「いいえ……姫様は自分で咲ちゃんを倒します」

「それでは、なぜ大星を潰さないのですか?」

「存在していたからです。咲ちゃんの意識に、二人は存在していた」

「二人?」

 巴の顔が曇る。明らかに当惑していた。

「大星淡、原村和、二人は咲ちゃんの希望……そして恐怖」

 

 

 対局室 ルームE

 

 対局室ルームE 南二局までの経緯

  東一局      原村和  8000点(2000,4000)

  東二局      荒川憩  8000点(2000,4000)

  東三局      原村和  3900点(1300オール)

  東三局(一本場) 荒川憩  8300点(2100,4100)

  東四局      細川緑  3200点(800,1600)

  南一局      原村和 12000点(3000,6000)

  南二局      高橋麗華 4000点(1000,2000)

 

 

 現在の持ち点(東二局まで)

  原村和   41000点

  荒川憩   28200点

  高橋麗華  17000点

  細川緑   13800点

 

 

 荒川憩の親番である南一局は、原村和にとって勝負局であった。全神経を集中し、跳満を和了した。続く南二局、憩が“治癒魔法”を発動しなかったので、和は制御モードを解除し、体力の温存を図った。

(ここまで待つと思いました……)

 南三局、和の親番であった。憩は、必ず“治癒魔法”を発動するはずだ。互いの親を高めで潰し合う。出上がりが見込めない二人には、手っ取り早い戦術であった。

 過去のデータで考えると“治癒魔法”は連続発動ができない。ということは、憩は跳満以上でなければトップに立てない。イニシアティブは和が握っていた。

(“治癒魔法”は咲さんの嶺上開花と同じ、極端な偶然が連続しただけ)

 和は、荒川憩の“修正ゲート”をシンプルなものに変更した。『特定の条件で運が偏る』それだけだ。その他の枝葉末節なものは全部切り捨てた。

 起点を決めるサイコロを回しながら、和は考えた。

(ピンゾロの確率は36分の1、でも2回連続は1296分の1)

 憩の“治癒魔法”とて、そんな偶然にすがる悪あがきにすぎない。そんなものが制御できないはずがない。

 ――サイコロが止まった。出目はピンゾロ。

(36分の1……)

 和は微かに笑い、制御モードにスイッチする。みるみるうちに肌の色が青みを帯びていく。ここで“治癒魔法”を制御できたら、和のイニシアティブは盤石のものになる。

 ――和は“右2(ウニ)”から配牌を開始した。

 

 

(止める気満々やな、原村ちゃん)

 荒川憩は、氷のように真っ青な原村和を見てほくそ笑む。公式戦では一度も他者に止められたことのない“治癒魔法”だが、非公式では止められたことがある。

(もこちゃん……可能性があるって言ってたなあ……インヴァデシャン・システム、できる素質があるのはこの子だけ)

 それを行ったのは、憩の仲間の対木もこであった。ただし、彼女はインヴァデシャン・システムで止めたわけではなかった。もっと単純な、降り偽装を用いて止めたのだ。一発勝負の奇策であったが、憩はもこの実力を認めざるをえなかった。

 そのもこが、“治癒魔法”を本当に止めるには『無効化してしまうか、治癒が効かない毒を使うしかない』と、言っていた。前者は原村和のことで、後者は宮永咲だ。

(そうやな、あの子の毒には解毒剤がない……)

 ノーテンからでも上がれる力。ばら撒かれたドラを支配する能力。宮永咲の毒はわずか数ミリグラムでも致死量になる。しかし、噛まれなければどうということはない。

(あかん……なに考えとるんや)

 憩は対局に集中することにした。目の前では、原村和が真っ白な顔で“治癒魔法”を無効化しようとしている。

(かまへん……ぜひ無効化して見してほしい)

 何事にもこだわりがない憩にとっては、“治癒魔法”も例外にあらず、無敗を守るなどナンセンス極まりなかった。むしろインヴァデシャン・システムを実際に見てみたかった。

 ――南三局5順目、もう一対一になっていた。和は配牌が良かったのか、またもや七対子を狙っていた。対する憩は、ドラの【南】を刻子で持っており、跳満への布石は十分だが、老頭牌が多く全帯幺九和了を目指すしかなかった。

(二向聴、しかも辺張待ちになる……ここは降りてもらうしかなさそうやで、原村ちゃん)

 ――6巡目、和は憩の未来形への圧力をかける。捨て牌は【三萬】、それは全帯幺九に必要な牌だ。これで残りは三枚になった。だが、憩はもう一枚の所在場所を知っていた。

(もう一枚は高橋ちゃんが持っとる。鳴くと跳満に届かない、そういう計算やろな……)

 続く高橋麗華は、和に合わせるように【三萬】を切った。

「チー」

 憩はそれを副露する。これで一向聴、次に必要な牌は【三筒】と【九索】だが、鳴いたことにより、満貫迄しか点数が伸びない。

(普通に打ったらそうやろな……けどな、もう一枚の【南】は細川ちゃんが持っとるんやでー)

 憩はトリガーを引く、捨て牌は一枚だけ持っていた【西】だ。それにつられるように、細川緑が【南】を捨てた。

「カン」

 緑が真っ青になった。『なんでこんな牌を切ったのだろう』その顔はそう言っていた。これで跳満の準備は整った。あとは和に降りてもらうだけだ。

 嶺上牌を取る。【七筒】、和のトリガーになる牌だ。

(あんたは、これと同じ牌を切る……対子落し、その数が5個から4個になる。立て直しは厳しいで)

 憩は和に目を向ける。大明槓の影響はまるでないように見えた。

(変わらんか……さすがやな)

【七筒】を捨てる。和はチラリとそれを見て目を戻した。

 ――7巡目、原村和は自摸牌を取り手牌に入れた。そして、左角の牌をつまんだ。

【九索】

 和は、その牌を横にして置いた。

「リーチ」

 憩は笑った。“治癒魔法”を止められたことが可笑しかったのではない。原村和の存在自体が痛快であったのだ

(……もこちゃん、現れおったで……インヴァデシャン・システムの使い手が……)

 自然に笑みがこぼれ、心も壮快だが、手の平は汗でベットリしていた。憩は、体は正直なものだなと思った。そうだ、自分は嫌な汗をかいているのだ。

 

 

 インターハイ個人戦 一般観覧席

 

『“治癒魔法”ならず! 傷口は更に広がったー!』

 福与恒子の絶叫実況に、観客が大きく反応し、会場は興奮のるつぼと化していた。初めて見る快挙、恐怖の対象であった荒川憩の“治癒魔法”が破られたのだ。これまで聴牌すら困難であった憩の支配の中、原村和は、当たり前のことのように七対子を決めてみせた。

 

 

 現在の持ち点(東三局まで)

  原村和   50600点

  荒川憩   25000点

  高橋麗華  13800点

  細川緑   10600点

 

 

「シズノ、アコ……私はケイには勝ったことがない」

 対木もこが画面を見つめながら言った。

 高鴨穏乃は、もこの表情を確かめる。彼女は感情表現が乏しく何とも言えなかったが、呆れているようにも、怯えているようにも見えた。

「そうですか……和、凄いですね……」

 穏乃は、もこが原村和を認めているのだなと思い、純粋な感想で返事をした。自分も荒川憩には手も足も出なかった。隣にいる新子憧だってそうだ。しかし、和は憩に引導を渡しつつある。“治癒魔法”なしでの三倍満を憩に強制していた。

「シズ、これって、ひょっとするとひょっとするよ!」

 普段の憧らしからぬ言い回しであったが、彼女も興奮で顔が紅潮し、声も弾んでいた。

 だが、そんな期待は、もこの言葉でトーンダウンさせられる。

「私は……原村さんを褒めたわけではない」

「え?」

「実は私も“治癒魔法”を止めたことがある」

「ええー!」

 穏乃と憧は、驚きの声を上げる。

 もこが二人に向き直り、自虐的に笑う。

「それでも、ケイには勝てなかった」

「……」

「ケイはフェイクをよく使う、“治癒魔法”は連続発動可能」

「そ、それじゃあ……」

「次は“治癒魔法”の増幅コンテニュー、プロテクトは不可能」

 会場の画面には笑顔の荒川憩が映し出されていた。穏乃はそれを眺めながら考えた。

(そうか、必ず一騎打ちになるから“治癒魔法”を止められても、和の親は代わらない……荒川さんは、これを想定していた?)

 

 

 対局室 ルームC

 

 対局室ルームC 南二局までの経緯

  東一局      大星淡   4000点(1000,2000)

  東二局      神代小蒔  2600点(黒井えり)

  東三局      神代小蒔  6000点(2000オール)

  東三局(一本場) 秋葉葉月  2300点(1100オール)

  東四局      黒井えり  4000点(1000,2000)

  南一局      大星淡   8000点(2000,4000)

  南二局      大星淡   5200点(1300,2600)

 

 

 現在の持ち点(南二局まで)

  大星淡   37600点

  神代小蒔  27200点

  黒井えり  18200点

  秋葉葉月  17000点

 

 

(神代……)

 大星淡は苛立っていた。神代小蒔の名を呼んだものの、実際の苛立っている相手は彼女ではなかった。

 南三局は小蒔が親であった。一万点以上リードしているので、“絶対安全圏”のスピードタイプで流そうと思った。しかし、それは小蒔のシナリオ通りに行動したにすぎなかった。

(心を読まれている……前2局は手加減された)

 淡が苛立っている相手は、成長していない自分自身だった。

〈オロチ〉との対戦とまるっきり同じであった。強大な敵を前にし、わずかばかりの優位性を守ろうと逃げに走る。結局はその心の弱さにつけこまれ敗北する。

 南三局、淡はW立直をしていた。平和の両面待ちだが、上がれる気がしなかった。それどころか、神代小蒔の自摸にいちいちびくついていた。

(こんな弱い心じゃ……〈オロチ〉に勝てない……)

 ――9巡目まで場は進んだ。小蒔は顔を上げて、淡を見ながら立直をかけた。

「リーチ」

「……」

 なんという圧倒的な存在感なのだと思った。宮永照とも〈オロチ〉とも違っていた。小蒔を前にして思うのは敗北ではなかった。

(諦めろってこと? そんなことできない!)

 淡は、歯を食いしばって小蒔を睨んだ。

 小蒔はその視線を受け止め、厳しい顔で淡に語りかける。

「憎しみでは〈オロチ〉を倒せない……あなたも分かっているはずです」

「〈オロチ〉……なんであんたがそれを知っている?」

 小蒔は10巡目の牌を自模りながら言った。

「本人から聞きました」

 淡は吐きそうになるぐらい気分が悪かった。血圧は低下し、胃は収縮し、手も震えていた。

 そんな淡に、小蒔はダメ押しの一撃を喰らわせた。

「ツモ、立直、一発、門前、平和、一盃口。4000オールです」

 

 

 現在の持ち点(南三局まで)

  神代小蒔  39200点

  大星淡   33600点

  黒井えり  14200点

  秋葉葉月  13000点

 

 

対局室 ルームE

 

 想定外の出来事に原村和は大きなジレンマを抱えていた。

 荒川憩の“治癒魔法”を止めるには、アグレッシブな攻撃を仕かけるしかなかった。守りに回ると憩から干渉を受ける可能性があったからだ。それはオカルトではない。無意識の操作なのだ。いきなり飛んできたボールを反射的によけるようなもの、だれも抑制できない。憩はその無意識を引き出す術を使う。だから和は、連続的な攻めで“治癒魔法”を無効化した。そして、憩との点差を25600点まで広げ、必要十分なアドバンテージを得た。しかし、想定内はそこまでであった。

(継続している。なるほど……フェイクでしたか)

 想定外。それは“治癒魔法”が続いていることだ。

 “治癒魔法”は過去に三度の失敗例があった。そのいずれのケースでも、能力はそこで消滅しており、“治癒魔法”は連続発動が不可能と推測されていた。

 だがそれは、憩に仕組まれた情報であった。連続発動は意図的に隠蔽されていた。

(これも読まれていた……?)

 和の制御モードには、憩の“修正ゲート”が設定してある。

『特定の条件で運が偏る』

 “特定条件”とは憩にフリーハンドを与えることだ。守勢に回った人間は憩の心理的干渉を受けてしまう。なにしろ彼女は、その道のスペシャリストといえる存在なのだ。

(攻めると逆転のチャンスを与えてしまう。守ると荒川さんの術中に嵌る……)

 どちらを選んでもいいことはない。まさにジレンマであった。

 憩には三倍満を強制してあるが、それは互いに振り込まない自摸和了での話だ。出上りが見込めるのならば倍満でも“治癒魔法”は完成する。

 選択肢は一つしかなかった。“特定条件”を成立させない為には、憩が望むままに攻め続けるしかないのだ。

 ――南三局一本場。和はサイコロを回して配牌を開始する。

(咲さんの天敵のような人……私が止めなければ)

 和の顔が真っ白になり、制御モードが起動した。ただ、そのシステムには不良セクタが存在した。そう、“宮永咲”という不良セクタを内包したまま、和の制御モードは立ち上がった。

 

 

(そやな、それしかないなあ原村ちゃん)

 荒川憩には、原村和が前局と同じ選択することがわかっていた。“治癒魔法”さえ無効化したら、得意の確率勝負に持ち込めると彼女なら判断するはずだ。しかし、憩は確率勝負など考えていなかった。

(負けを意識させたらええ。あんたのそれは完全やない……綻びがな、見えとんのや)

 和はAIのように摸打していたが、時々人間に戻る瞬間があった。憩はそれがなぜ起きるかを知っていた。

(絶対に負けられない……やろ? 咲ちゃんが誓うた相手はあんたやろうさかいね)

 カチャカチャと牌がぶつかり合う音だけが響いている。憩は、このせわしない配牌時の雰囲気が好きではなかった。気晴らしに原村和を眺める。相変わらず真っ白な顔をしている。

(“能力”なんて実体はなにもない。私もそう思う。でもな……だからこそ恐ろしい)

 配牌が終了した。憩の目に映る牌の並びは、先ほどまでの不快感を払拭させるものであった。

【中】の刻子があり、【白】【北】【西】の対子と単独牌で【南】もあった。そして、【北】は高橋麗華が、【白】は細川緑が持っていることも分かっていた。一巡目の字牌切りはセオリーになりつつある。わずか一巡で字一色一向聴までもっていける可能性があった。“治癒魔法”の増幅ループ。友人の対木もこは、この現象をそう例えた。もちろんそんなものは信じるに値しないが、反撃には最高の手札であるのは確かだった。

 ――不意に、もこからの試合前の忠告が頭をよぎった。

(「自分の力を信じなければオーバーロードには勝てない」)

 彼女の言うオーバーロードとは宮永咲のことだ。

(オーバーロード……それこそオカルトの極致や。そなら、あの子に勝つにはオーバーマインドになるしかないのか?)

 くだらない冗談だと思った。オーバーマインドは個の存在しない意識集合体。完全にSFの世界であった。だが、認めなければならないものもあった。

(原村ちゃん……私も同じや。心にな、あんたと同じ不良セクタを持っている)

 初めて出会った負けたくないと思える相手。究極の防御力で攻撃を仕かけるオーバーロード。それが“宮永咲”だ。憩の心には恐怖と羨望がフィフティフィフティで存在していた。

 ――原村和の第一捨て牌。

【中】

 それは刻子で持っている。もういらない。

 続けて高橋麗華が自摸牌を取った。作業的に【北】を捨てる。

「ポン」

 憩は当然副露した。これで自分の手の幻影を面子に描かせる。最低でも倍満が必要なのになぜ鳴くのか? 狙いは限定されるはずだ。役満の幻影だって捨てきれないだろう。

(細川ちゃん。私は四喜和かもしれへんで。まだ序盤や、セオリーを守りまひょ)

 細川緑は、憩の意図が読み切れず打牌まで結構な時間を要した。

「ポン」

 緑は迷った末に、憩が望む【白】を切ってくれた。目の前には【北】【白】の刻子が晒されている。これで自分がなにをしようとしているか、大方の見当はついたはずだ。特に、真っ白な顔をしている彼女ならば当然だ。

(三倍満縛り返しや……私に役満を上がられたらそうなる。だけどな、まだ私は一向聴やで。お得意の速攻なら問題ないやろ)

 原村和の強靭な精神力は、負けられないという強い意志から発生している。ならば崩すは簡単だ。負けを意識させたら良いのだ。

 

 

 インターハイ個人戦 一般観覧席

 

「和……」

 高鴨穏乃は思わず友人の名前をつぶやいてしまった。

 観覧席の大型モニターに映し出されているのは、出現率0.008%の字一色の一向聴。荒川憩の“治癒魔法”の恐ろしさを物語る映像であった。

「大丈夫、“治癒魔法”には弱点がある」

 穏乃の左隣の新子憧が力強く言う。右隣では対木もこが興味深そうに見ている。

「もこちゃん。さっきあなたが言った“引き出し”だけど、それは限定されているものよ」

「その限定とは?」

「面子を降ろす為だけのもの。栄和には使えない」

 実は穏乃もそう思っていた。過去の“治癒魔法”はほとんど自摸上りだったからだ。

「残念だけどそれは違う。ただ単に使う必要がないだけだよ」

 もこがストローでコーヒー牛乳を飲んでいる。なぜかは分からないが楽しそうだ。

「アコは高いところは苦手?」

 もこが突然話を変えた。戸惑いながらも憧が答える。

「……ううん。阿知賀はロープウエイが普通の足代わりだから、高所恐怖症だと死活問題だよ」

 もこが穏乃をちらりと見て、再びコーヒー牛乳を飲む。聞く意味がないとでも言いたげだ。

「私は高いところが苦手、アコの言った高所恐怖症だよ」

「もこさん……なにが言いたいんですか?」

 穏乃は気が急いていた。友人の和と荒川憩の対決は刻々と進んでいる。もこの話は、その行方を占うものになるはずだ。

「私は高いところ行くと、ありえないような想像をして、最悪のことを考えてしまう。それは分かっている。分かっているけど恐怖心をコントロールできない」

「……」

「ケイと闘う者は、皆、高所恐怖症になる。コントロールは不可能。なにが起きても不思議ではない」

「和は一度破ったわ!」

 常識人らしく、周りに迷惑がかからない程度の大声で、憧が反論する。

「そう、度胸を決めて挑めば、何回かは克服できるかもしれない。でもそれは本質的な解決ではない」

 ――画面上では対局が7巡目まで進んでいた。荒川憩は前巡に字一色を聴牌していた。待ち牌は【西】と【南】だ。対する原村和も2巡前に【東】を副露し、この自摸により【四萬】と【七萬】の両面待で聴牌した。ほぼ対等の条件で、当たり牌の引き勝負になった。

 穏乃は不安であった。和は引きの強い雀士ではない。彼女はそういった運を否定してきたのだ。もしも運の神様がいるとしたなら、絶対に味方はしないはずだ。

 

 

 対局室 ルームE

  

 原村和は、現状の展開はやむを得ないと思っていた。待ち牌の【四萬】と【七萬】はベストではない。しかし、字一色を聴牌している敵がいるのだ。ここは五分の闘いでも良しとしなければならなかった。互いに残り牌は3枚ずつで、一対一なのだから、どちらかが必ず和了する。当然ながら、相手の当たり牌を自模ることもある。その場合は潔く引くしかない。

 既にやるべきことはすべて行った。もはや制御モードは必要なかったが、和はそれを解いていない。

 荒川憩がムダ自摸の【八索】を捨てる。いつもの笑顔だが圧力が凄まじい。彼女が立てている7枚の牌は全部見えている。【中】の刻子と【西】と【南】の対子だ。字牌の読みは分かりやすい。持つ意味がはっきりしていることと、順子を考える必要がないからだ。

 ――和の自摸番が回ってきた。山に手を伸ばし、牌をつまんだ。親指に字牌の感覚が伝わるが、和は慌てない。牌を確認すると【発】であった。一枚も見えていないので危険牌に思えるが、和には単なる無駄牌にすぎない。なんのリアクションもなく捨てると高橋麗華と細川緑が驚いていた。彼女達の怯えは、無意味な感情だと思っていた。

 確固たる意志で牌を引き続ける他はない。それが荒川憩に運を偏らせない唯一の方法だ。運を味方にするつもりはないが、敵であっても困る。可能性が50%なら勝負をかける価値がある。確率は決して嘘をつかないからだ。

 

 

 荒川憩の待ち牌は、原村和に切られている【南】以外は山の中にあった。つまりは残り3枚だ。和は萬子待ちのはずだ。5巡目に【三萬】が切られているので恐らくは【四萬】【七萬】だ。残り牌も似たようなものだろう。

 8巡目。【発】を打牌した和に心の乱れはなかった。字一色聴牌の相手に、生牌の三元牌切りを躊躇しなかった。彼女は何事もなく【発】を河に置いた。憩の待ち牌を100%特定しているということだ。

(大したもんやで……ここはフェアプレイで勝負や)

 ――当たり牌を先に引く。それはシンプルで過酷な勝負だ。一瞬も油断できない神経をすり減らす攻防が続いている。

 15巡目でもまだ決着がつかなかった。さすがに憩も前髪が汗で額に貼り付いている。和も同様であった。発汗量は更に多くなり、呼吸も速くなっていた。

 16巡目も、互いに無駄自摸であった。憩からは笑顔が消え、和は口を固く結んでいた。

 そして17巡目。原村和が目を閉じて山に手を伸ばした。

(意識したな……あんたは負けを意識した)

 和は大きく息を吐いて、筒子を捨てる。

 憩に笑いが戻った。

「原村ちゃん……それじゃあ、咲ちゃんに勝てへんで」

 その言葉を引き金に、和の制御モードが解除されていく。不良セクタによりエラーが発生したのだ。

 最後の抵抗者である原村和が脱落し、憩は“治癒魔法”を完成させるべく自摸牌を引く。

【南】

 憩は牌を倒し、治癒完了を宣言する。

「ツモ、字一色。8100,16100」

 

 

 現在の持ち点(東三局一本場まで)

  荒川憩   57300点

  原村和   34500点

  高橋麗華   5700点

  細川緑    2500点

 

 

 個人戦総合待機室 清澄高校

 

(荒川憩……宮永照が直接勝負を避けた子。まさかここまでとは……)

 竹井久は度肝を抜かれていた。この局面で原村和を相手に役満を上がる。それは入部時の宮永咲の四暗刻を思い出させる驚異であった。

(牌に愛される……確か靖子がそう言っていたわね。宮永姉妹、荒川憩、神代小蒔。彼女達の力は強大すぎる)

 顔にこそ出さないが、和の逆転は、ほぼ絶望的だと思っていた。

「苦しいのぉ……三倍満か跳満の直撃しかない」

「そうね、実質三倍満じゃなきゃ勝てないわ」

 わずかな希望に賭けるしかない。染谷まこもそう言っていた。

「のどちゃんは負けないじぇ!」

「……優希座れ」

 片岡優希が立ち上がって叫んだ。隣の須賀京太郎が慌てて手を引っ張っている。

「と、とりあえず座って」

 周囲の注目を集めてしまったので、久は京太郎と一緒になって優希を着席させた。

「絶対に負けられないって……咲ちゃんと闘う為には絶対に負けられないって、のどちゃんは言ってたじぇ」

 原村和にとって、宮永咲以上に身近な存在が片岡優希だ。中学からの付き合いで、和が清澄に進学したのも優希がいるからだと聞いた。そんな彼女が涙ぐんで言っている。こっちの胸も詰まってしまう。

「優希……だったら信じましょう。私達はそれしかないの」

「のどちゃん……負けちゃダメだじぇ」

 優希が必死に和を応援している。

 久は恥じていた。和が負けても仕方がないと考えた自分を、嫌悪していた。

(ごめんね優希。私は……部長失格だわ)

 久は笑顔を強引に作った。そして染谷まこの肩を叩く。

「部長さん。なにしょぼくれた顔してんの。和を応援しましょ!」

「あのなあ……まあ、ええわ」

 久とまこは、口に手を当てて大声で叫んだ。

「和、がんばって!」

「和、がんばりんさい!」

 呼応する声があちこちから上がる。やはり和はファンが多い。会場全体が、原村和の応援団になっていた。

 

 

 対局室 ルームC

 

 対局室ルームC 南三局二本場までの経緯

  東一局      大星淡   4000点(1000,2000)

  東二局      神代小蒔  2600点(黒井えり)

  東三局      神代小蒔  6000点(2000オール)

  東三局(一本場) 秋葉葉月  2300点(1100オール)

  東四局      黒井えり  4000点(1000,2000)

  南一局      大星淡   8000点(2000,4000)

  南二局      大星淡   5200点(1300,2600)

  南三局      神代小蒔 12000点(4000オール)

  南三局(一本場) 神代小蒔  6300点(2100オール)

  南三局(二本場) 大星淡   4600点(1200,2200)

 

 

  現在の持ち点(南二局二本場まで)

   神代小蒔  43300点

   大星淡   36100点

   黒井えり  10900点

   秋葉葉月   9700点

 

 

 オーラスは大星淡が親なので、この点差ならば逆転勝利は可能だ。W立直からの早上がりを基調とする淡なら、有利であるとも言えた。ところが、流れは完全に神代小蒔のものであった。9巡目に立直をかけられ、現在は12巡目。淡はいまだに一向聴だ。諦める気持ちはさらさらないが、敗北への誘惑も心の片隅にあった。

(試合が始まる前から……私は負けていたのかも)

 神代小蒔の『きっと、あなたは咲さんと闘うことになる』という言葉が頭から離れなかった。

 13巡目。気を取り直し、淡は牌を自模る。ようやく聴牌したので立直をかける。平和断公九なので、逆転には立直が必須だ。捨てる牌は【西】。序盤で2枚切られているので、安牌のはずであった。

「リーチ」

「ロン」

 小蒔が手牌を晒す。【西】の地獄単騎待ち。あからさまなピンポイント攻撃であった。

「立直。1300です」

「はい……」

 不思議なことに、淡はすんなりと敗北を受け入れてしまった。ただし、それは宮永咲に対するような真の敗北ではない。この4回戦で神代小蒔に負けただけだ。とはいえ、これからの行動への制約は計り知れないものがある。

(これで……自力でのサキとの対戦は難しくなった)

 それは最大のダメージであり、この勝負に負けたポイントでもあった。

 大音量でブザーが鳴っている。淡は力なく立ち上がる。

 小蒔も同時に立ち上がり、礼をしている。その姿に、淡は怒りの感情がふつふつと湧き上がっていた。それは負けたからではなかった。咲を再起不能にするという小蒔の言葉を思い出してしまったからだ。自分でもどうにもできなかった。

「神代さん……あんたを絶対にサキに近づけない。あと5試合って言ったね? だったらまたあんたと闘うかもしれない。その時は必ず倒してやる」

 敵意をむき出しにした淡の言葉に、小蒔は目を閉じて考えている。

 そして、そのままの状態で、静かに言った。

「大星さん……結果は同じなのですよ。あなたにしろ、私にしろ。結局は咲さんを抹殺することになる」

「勝手なこと言わないでくれる……」

 小蒔が目を開けた。

「抹殺するだの……封じるだの……サキをなんだと思ってるの?」

「……」

「サキは……怪物でもなければ虫けらでもない。私達と同じ普通の高校生なんだよ!」

 淡の感情が爆発してしまった。そうだ。だからこそ許せないのだ。宮永咲を異常なものとして扱う人間を許すことができなかった。神代小蒔、荒川憩、辻垣内智葉。みんな叩き潰してやる。そうせずにはいられない。

「そうです……咲さんは普通の高校生。けれどね……その普通の高校生が、強大な力を持ってしまった。悲しいけど……それは事実です」

 小蒔の言葉は嘘ではないと思った。理由は分からないが、小蒔は咲の悲しさを知っているように思えた。

「神代さん……あなたは……」

「大星さん……私はね――」

 一瞬で小蒔の目の光が消えて、話が途絶えた。

「……?」

 わけがわからなかった。小蒔は魂の抜けた人形のように立ち尽くしている。

 ドアを開けてだれかが入ってきた。淡は振り返って確かめる。

「サキ……」

 宮永咲がゆっくり歩いてくる。彼女の目にも光がなかった。やがて立ち止まり、小蒔と向かい合った。動かなかった。凍りついたように二人は動かなかった。

「サキ……どうしたの?」

 その呼びかけに最初に反応したのは小蒔であった。目に光が戻り、軽くため息をついた。

「よけいなことを言い過ぎました……それでは然るべき時に」

「はい」

 小蒔と咲は、小さく礼をしてすれ違った。

 淡は、目で小蒔を追った。

(神代さん……あなたはなにを言いたかったのですか)

「ありがとう。淡ちゃん」

 咲に礼を言われた。心当たりがまるでないので、答えに窮してしまった。

 淡は咲の顔を眺める。笑顔を作ってはいるが、昨日とは別人のようだ。

「やっぱり、結構違うね……」

 無理に気を使う必要はない。淡は友人をそういうものだと思っていた。だから咲にもそうする。

「うん……ゴメンね」

「謝らないでよ……私はテルーの後輩なんだよ。知ってるから……」

「そうだね」

 そのまま二人で部屋を出た。淡のささくれた心が癒されていく。傍に友人がいるだけなのに、その効果は絶大だ。淡にも笑顔が戻っていた。

「淡ちゃん。和ちゃんを迎えにいこう」

「ノドカ? 部屋はどこだっけ?」

「隣の隣だよ」

 そう言って咲は、淡の手を引っ張っる。試合のことを忘れてしまうような心地よさだ。

 

 

 ――ルームEの前に二人で立った。試合情報は部屋の前のモニターでしか確認できない。南四局。原村和は22800点のビハインドで2位、しかも相手は荒川憩だ。苦しい展開になっている。

「厳しいね……」

「うん」

(やっぱりテルーに似てるね……願望を切り捨てる現実的な考え方。勝負の非情さを知り尽くしている)

 二人は、無言のままモニターを見つめている。

 しばらくすると、画面が束の間ブラックアウトし、試合結果が表示された。

   

 ルームE試合結果

  荒川憩   61300点

  原村和   33500点

  高橋麗華   3700点

  細川緑    1500点

 

 

「和ちゃん……」

「……」

 原村和も敗北してしまった。自分でさえこんな状態なのだから、和ならもっときついはずだ。淡はそう考えて、ある決断をする。

「ねえサキ……」

「……」

 咲が悲し気な顔を向ける。淡の心も痛む。

「先に戻ってほしいの……ノドカには伝えておくから。あなたが来てたって」

「淡ちゃん……」

「あのね……きっとノドカは、今だけはサキに会いたくないと思うの」

「……」

「だからね、私に任せてほしい……絶対にいつもの原村和にして返すから」

 咲は迷っていた。それはそうだろう。大切な友人を放っておくなんてできるわけがない。だが、咲は信じてくれた。友人になってまだ数日の自分を、咲は信じてくれたのだ。

「淡ちゃん……お願いね」

「任せて」

 咲が歩いていく。後ろ髪を引かれるようにゆっくりと何度も振り返りながら通路を進んだ。そして、咲は見えなくなった。

 ガチャと音がして、ルームEのドアが開けられた。

「大星ちゃんか……」

 出てきたのは、ひどく疲れた顔の荒川憩であった。

「……お疲れで」

「ほんまに……寿命が3年は縮まったわ」

 いつもの笑顔がなかった。それだけ原村和に苦しめられたということだ。そう思うと、逆に淡が笑顔になる。

「荒川さん……」

「ええよ……」

 憩も笑顔になる。もちろん憩も淡も普通の笑顔ではない。悪い笑顔なのだ。

 みなまで言う必要はない。いつでも勝負してやる。憩の答えはそういうことだ。

「原村ちゃんなら、中におるで」

「ありがとうございます」

 憩に続いて同室だった高橋麗華と細川緑も退出する。彼女達は苦行からの解放を喜んでいるようであった。

 残っているのは原村和だけだ。待っていても仕方がないので、淡は部屋に入る。

 

 和は椅子に座ったままであった。ペンギンのぬいぐるみを抱えて、ぼんやりと雀卓を見つめている。

 

「ノドカ……」

 和の顔が動く。声で淡と分かったのか、痛々しい作り笑いを浮かべている。

「淡さん……」

「サキも来てたけど、私が帰したよ。差し出がましいまねをしてゴメン」

「いいえ……ありがとうございます」

「負けちゃったね……」

「はい」

 和がゆっくりと顔を戻した。

「和……私も負けたの」

「はい、知っています」

「でも、これで終わりじゃない」

「ええ……そうですね」

 淡は、近くにあった椅子を引きずり、和の前に置いて座る。そして和の両肩に手をかける。

「ノドカ、しっかりして。これからだよ、もう一回闘えばいいだけだよ。私とあなたで神代と荒川に土をつけたら、トップ4に残れる可能性はある」

「……」

「それにね……サキとの直接対決だってありうるんだよ」

「う……」

 感情を抑えきれなくなったのか、和は静かに泣き始めた。

「泣かないで! 泣いてもなにも変わらない!」

 淡は、和の手を軽く握る。どうやら涙をうつされたようだ。和の顔が良く見えない。

「私達を待ってる子のことを考えて……その子はね、誰よりも優しくて、誰よりも強い……そして誰よりも孤独なの……」

「……」

「あなたはね……サキにも、テルーにも選ばれた。だから、くじけちゃいけない」

「……照さんが?」

 手で涙を拭きながら、和が聞いた。

「〈オロチ〉を倒せる三人。テルーと私、それにあなた」

「私が……」

 淡は手ごたえを感じていた。もう一息だ。もう一息で、和を復活させられる。

「意外じゃないよ……あなたはサキから直接言われたんでしょ?」

「……」

 和が目を閉じる。なにかを思い出しているのか、頭を小さく揺らしている。淡は静かに和が話すのを待っていた。

「淡さん」

 数分後。和は目を開き、力のある声で淡の名を呼んだ。

「……なに?」

「泣いてもなにも変わりませんよ」

 淡は自分の頬を触ってみる。確かに涙でぐしょぐしょだった。大慌てで涙を拭いて笑ってみせた。和もそれを返してくれた。

「分かりました。協力しましょう。要するに1敗組を多数作るということですね」

「そう、可能なかぎり勝ち続け、トップ4に食い込む。できるはずだよ」

 和がエトペンを脇に抱えて立ち上がる。

「ありがとう……あなたが友達で良かった」

「じゃあ聞くけど、私がサキを倒しても怒らない?」

「はい。でもそれは不可能です」

「……なんで?」

「咲さんを倒すのは私ですから」

「……」

 

 

 ――原村和と連絡通路を歩いている。彼女も普通の女子高生だ。昼食時なので、食べ物はなにが好きかなどの他愛もない話や、戻った時の“てへぺろ”の練習などもした。和には咲とは別の魅力があった。

「それじゃあ」

「またね、ノドカ」

(サキ……約束は守ったよ。あとは、お願いね)

 二人は笑顔で別れる。ただそれは仮の姿。淡も和もやるべきことは分かっている。〈オロチ〉を倒す。その仕切り直しが終わっただけで、闘い自体はこれからなのだ。

 

 

(自分を待ってくれる人達がいる……だから私はそれに答えなければならない。たかだか1回負けたぐらいで落ち込むなんて……なんという愚かな弱者)

 原村和は足早に仲間の元に向かっていた。竹井久、染谷まこ、片岡優希。もはや家族も同然であった。そしてなによりも、自分に倒されることを望んでいる宮永咲がいる。

(心配させてすみません。原村和は、あなたとの誓いを守ります)

 和の歩くペースが上がる。みんなが見えてきた。片岡優希が和に気がついた。

「のどちゃんだじぇ! 部長、のどちゃんが帰ってきたじぇ!」

「和……」

「和!」

 竹井久と染谷まこも立ち上がり、和を迎えてくれている。

 そして、宮永咲が、和の前に立った。

「和ちゃん……お帰り」

「……ただいま」

 




今回の大星淡さんのセリフに、感想で頂いた言葉を流用しています。

雨宮様には心より感謝します。


mt.モロー

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