第一部終了後、オーベルにてモーリスとデフロットの話

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紡ぐ未来

主人公→ユザク

第一部ネタバレあり

 

 

 

 

 

 

 

あれはユザクが生まれた時だったっけなぁ。いつも冷静な兄貴がいつになく朝からソワソワしててよ…うっかりミスする兄貴とか見たことなかったから、俺もえらくびっくりしたのをよく覚えてるぜ。

 

あれからもう20年も経っちまったのか…俺はすっかり年を取っちまったよ。あんたは記憶のまま止まっちまったとずっと思ってたが…色々あったとはいえ兄貴もこの四年、この世界にいたんだよな。

まったく、冗談じゃない話だがそれでも…兄貴がユザクに会えた事だけは、少しだけ神様とやらに感謝したいよ。その倍くらいふざけんなって気持ちもあるけどな。

 

 

 

 

 

 

夜も更け、静まり返った館に人目を避けるように動く影。その影は玄関を避けるかのように裏手に回り、裏庭にある木をよじ登ると一つのテラスに降り立った。

 

(ここの部屋は普段誰も入らないからな…こっからならノンノリアに気付かれず帰ってこれるって寸法よ!昼間に鍵を開けておいてよかったぜー)

 

ほろ酔い気分の上機嫌のまま、その影は開けておいた窓に手を伸ばす。詳しくは聞いてないが二階の二部屋、隣り合ったこの部屋は普段誰も使わず朝にノンノリアが掃除するだけの部屋だという事は確認済みだった。だからこそ過ぎた夜遊びの秘密の帰宅路として時折使用させてもらっているのだ…何せこの屋敷には口うるさいメイドと今は訳あって居ないが短気な従者が居たのだから。

 

(まーあいつらより、特に怒ったりしないくせに帰るまで待ってたりする領主様のがタチ悪いっちゃ悪いんだけどな)

 

まだ小言を言われる方が気が楽というものだ、あいつはちゃんと帰りを待ってて帰宅を知ると余り遅くなるなよと笑うのだから。

 

(まぁ…あいつは親しい奴が出て行ったまま帰ってこないって事がトラウマになってる節があるから仕方ねぇんだけどさぁ。かと言って夜遊び止めろとか無理だしなぁ。さくっと部屋戻って何起きてんだお前、もー帰ってるぜってシラ切るしかねぇか)

 

何時ものようにやり過ごそうと窓に手をかけた瞬間、予想もしなかった声。

 

「おいおい、随分と大胆なドロボウだな?この館にゃぁ盗むようなモンはないぜ?」

「うえっ!?モーリスのおっさん何で此処に…!」

 

突如かけられた声に驚き声に出してしまう。そんな彼にモーリスは呆れたように。

 

「なんだデフロットかよ。お前手慣れてんなぁ…さては何回もこの部屋を抜け道に使ってやがるな?全くよぉ」

「うぐっ…!あ、あいつらには内緒にしてくれよ。ってかおっさんこそ何でこの部屋に?そもそも此処ってなんの部屋なんだ?」

 

かけられた言葉にたじろぎつつ、それでもずっと疑問だった事を聞くと、モーリスは呆れたような口調で。

 

「そんな事も知らずに使ってやがったのかよ、全く騎士の風上にもおけねぇな。此処はオルタンシア王国の英雄フェルナンドの…ユザクの父親の部屋だぜ」

「王国騎士フェルナンドの!此処がそうだったのか…通りで誰も使わないはずだ」

 

やはりオルタンシアに暮らす者として、騎士になった者としてその名前は特別なのか、デフロットは興味深げに部屋を見回す。確かに何度か抜け道として使ったし、見てきてはいたが改めて英雄の部屋だと言われると感慨深いものだ。

しっかりと重厚な家具にセンスのいい調度品、よく見ると随分古い家族の肖像だろうか?小さな少年が母の膨らんだ腹に恐る恐る手を伸ばしている微笑ましくも幸せな瞬間を切り取った小さな絵が、机に大切に飾られていた。

 

(館にはあんまり家族の肖像とかそういやなかったな…ユザクへの屋敷の人間の配慮かもしれねぇ)

 

そんな事を思いつつ見渡す。そしてふと、この部屋のソファに座ったモーリスとその正面のソファの前のテーブルにワインで満たされたグラスが置かれている事に気付き、デフロットが不思議そうな視線を向けるとその気配に気づいたのかモーリスはにやっと笑うと。

 

「ちょうどいい、ひとり酒も味気ない所だったからな。あいつらには黙っててやるから少し付き合え」

「…いい酒なんだろうなぁ?しゃーねぇ、おっさんの寂しいひとり酒に付き合ってやるよ!」

 

恐らくモーリスは此処で兄と話をしていたのだろう。無事に王都は奪還され、正当な継承者たちに委ねられた…長かったモーリスの旅は終わり、重荷は降ろされたのだ…彼の左目と引き換えに。

 

(想像もできねーけど、とんでもない事だよな…みんないろんなモン失くして、いろんなモン抱えたんだ。俺も含めて)

 

そんなデフロットの気配にモーリスは一丁前に気遣いやがってと笑いながら、ゆっくりグラスを傾けた。正面に座り、フェルナンドの為に満たされていたグラスを一度空に掲げてからそれを一息であおったデフロットは、テーブルに置かれたボトルから自らワインを注ぐと。

 

「ユザクのおふくろさん、初めて見たぜ。美人だな」

「この俺の自慢の姉だ、当たり前だろ?」

「え!?おっさんおふくろさんの方の血筋かよ!俺はてっきりフェルナンドの方だと思ってたぜ!」

 

よほど予想外だったのか驚くデフロットにモーリスも笑う。実の兄弟と思われるほど睦まじく思われていたのだとしたら喜ばしい事だ…長い間あの兄はずっと自分の目標であったのだから。

 

「最初の俺はお前と同じ、いやもっとひでえゴロツキだったんだよ。姉貴と結婚する事になった兄貴が天然と言うか、押しの強さで俺を拾い上げた…そういう意味ではお前とユザクに似てるかもな」

「あー…容易に想像できるわ。あいつも天然の割に頑固で押しが強いからなぁ」

 

色々な事を思い出したのか、ややげんなりした様子でデフロットが空を仰ぐ。そんな彼の様子にモーリスは豪快に笑うとグラスをあおり。

 

「妙な所で頑固だしな。俺も昔は大概兄貴には迷惑かけたよ。滅多に怒らない所もユザクに似てやがる…兄貴が取り乱してるのを見たのはユザクが生まれた時が初めてだったな」

「へぇ…王国騎士フェルナンドの取り乱すとこなんか想像もできないな」

 

それはそうだろう、デフロットにとって、いや、今の時代を生きる者にとって、英雄と呼ばれる王国騎士達はみな『英雄』なのだ…偶像にも似たその感覚は致し方ない者であるし、理解はできる。だが。

 

「俺が言えた義理じゃねぇが、兄貴達も…英雄達も一人の人間だったんだ。英雄なんて名前じゃなく、ただ笑ったり泣いたりする一人のな…」

 

 

 

 

姉が死んだ時を覚えている。

 

どうしようもなかった自分のただ一人の味方だった姉…体は強くはなかったけれど、優しくてほがらかなよく笑う姉だった。

 

どうしてこのどうしようもない自分より先に姉が死ななければいけなかったのか…幼い子供達と優しい夫を手に入れ、幸せになれた筈の姉の命がこんなにもあっさり消えてしまわなければいけなかったのか。

 

何より大切な姉の死に目に間に合わなかった自分に呪詛の様な言葉を投げ、嘆いた自分を諌め、自らの子供達と同じように背を抱き宥めた兄の腕が、声が震えていた事を覚えているのだ。

誰もいないこの部屋で、大切な存在達の幸せな瞬間を切り取ったこの肖像の前で、一人嗚咽を噛み殺していた兄の背中を覚えている。

 

兄は確かに此処にいたのだ…王国騎士フェルナンドとしてではなく、妻を亡くした一人の男として。

それだけは忘れないで居たかった。

 

「そっか…そりゃそうだよな」

 

そんなモーリスの言葉を何処まで汲み取ったのかは分からないが、デフロットが呟く。彼もまたこの戦いを生き抜き、思うところがあったのだろう…その表情は出会った頃のそれよりしっかりとした意思を宿していて、それでもしっかり前を向く強さを感じる事ができるものでもあった。

 

(見えねえってのが少しばかり残念だな。こいつらの築く未来ってやつを、今更見れないのが残念に感じやがる)

 

 

まぶしいと、素直に感じた。自分たちが若かった頃もこうやって輝いていたのだろうか?何を危ぶむ事もなく、ただ未来が続くと信じていた自分たちよりも動乱の時代を流されながら生きていく彼らは、それでも一際眩しく感じたのだ。

 

「…御前達も、いつか英雄とか呼ばれる日が来るかもしれねぇ。だけどその名前に負けんじゃねえぞ?」

 

心から、そう願う。

王国騎士フェルナンドは英雄ではあったけれど、確かに一人の人間だったのだから。妻の死に嘆き、一人嗚咽をかみ殺す…自分のただ一人の兄だったのだから。

 

「当たり前だろ!このデフロット様は英雄って肩書きだけじゃ足りないビッグな男だぜぇ〜!?」

「調子に乗るんじゃねえよ、この馬鹿たれ!」

 

調子に乗ったように大きな身振りで言ったであろうデフロットに、空になったワインのコルクを投げつける。見事に当たったらしいデフロットが元からの酔いも相まって転倒し呻く気配に大笑いして、モーリスは再びワインをグラスに注ぐと楽しそうにグラスを傾けたのだ。

 

 

(これからは、こいつらの時代だ。ユザクは仲間にも恵まれてる…心配しないで見ててやってくれよ、兄貴達)

 

 

窓に映る月明かりを落とし込むように掲げたワイングラスに映る月を思い出しながら亡き兄へと笑って。

 

 

 

 



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